才能全振り野郎が美少女に頑張れ頑張れされる話 作:不知火勇翔
「さ、入って下さい」
ごくありふれたマンションの一室、なのだが。
神条さんが一人暮らししている部屋なのだ。
男が入る場所じゃない。
「何してるんですか?」
「・・・」
玄関前で立ち止まるという最後の抵抗を見せる僕に、神条さんが見かねたのか言った。
「あー、私が変なことすると思ってます?しませんよ、流石に。シンク様も人の心には理解がありますから」
「・・・じゃあ、どうして家なの?もっと他に」
「もしかして、奏吏さん期待してますか?」
神条さんが茶化すように言った。
「・・・いや、違うけど・・・」
「なら入って下さい。話し声も結構近所迷惑ですから」
「・・・」
入ることにした。
「私が奏吏さんを呼んだのは、特訓してもらうためです」
僕が後ろ手で玄関を閉めている間に、神条さんはスタスタと部屋の奥に向かいながら話し始めた。僕も靴を脱ぎ、「お邪魔します」だけ言って家に上がった。
家の中には、何も無かった。一人暮らしを始めてすぐの人でも、実家から持ってきた物が少しはあるだろうが、この家にはそういうのも無かった。
ミニマリスト?だっけ?そういう人なのだろうか。
廊下を少し歩いて、僕はリビングに入った。
リビングには大きなソファが1つだけ。照明はあるが、テレビも机も無かった。家具が圧迫していないからか、部屋が広く感じた。
リビングで立ち止まった神条さんは、僕と向き合うように立ち、言った。
「イメージの世界で、まず重要なのは第一印象。ファーストインプレッションです」
神条さんが真剣な顔をしていた。コッチも相応の集中が必要かもしれない。
「・・・そう、なのかも?」
何かの試合でも、勝てそうに無いと思う相手と戦うなら、確かに勝率は下がるのかもしれない。そういうことなのだろうか。
「奏吏さんは先生がいませんでしたから知らないんですよね」
引き籠りでしかも何の成果も出せていない上に、神条さんと出会うまで何にもしてこなかったような奴に誰が教えるというのか。というか僕も教わるつもりなんて更々無かったし。
「まず奏吏さん、『立ち姿』をよくしていきましょう」
神条さんが指を鳴らした。すると、部屋にある全ての壁が一瞬で鏡に変化した。
剣道部とかがよく使う姿見だ。
色々思い起こすので僕がソワソワと周りを気にしていると、神条さんは手を僕の頬まで伸ばしていき、ニギニギしてきた。
近くで見ると、本当に神条さんはカワ・・・。
「表情もマシなものにして下さい。緩んでますよ?」
「!?」
ニギニギするのを止めて、スッと離れた神条さんが苦笑いしながら続けた。
「女の子に慣れていませんね?駄目ですよ。これからは」
ゲッ。・・・・・・ヤバ。引かれた?結構ショックなんだけど。
「奏吏さんは、『大きな変化』が必要ですね。私達の戦いは『イメージでのマウントの取り合い』。演技でもなんでも、『凄み』で勝つんです。いっそ、一人称でも変えてみましょうか。『俺』って言ってみて下さい」
それは・・・・・・。
「・・・僕は、」
「・・・男の子なら子供に見られたくなくて強い言葉を使うものですが、奏吏さんにはソレがありませんよね。その奏吏さんは、一旦捨ててみて下さい」
凄い考えてくれてるのは分かるけど、どうにも・・・・。
「・・・えっと、」
「大切なのは、『演じ切ること』です」
ニコッと笑った神条さんは、それ以降何も言わなくなった。多分、実践してみろということなのだろう。
えぇ・・・・・・。
神条さんの顔を見ると、完全に待っている顔だった。期待というより、観察の面が強いようなかんじだ。
あーもう。分かったから。期待には応えたいし。
えっと、良い立ち姿をイメージ。表情も、思いつく限り男前(笑)に。一人称も『俺』に。目標は、演じ切ること!
「すぅー。はい。どうだ?」
平時の僕、俺なら、どう?って聞いている所だが、どうだ?、に変えてみた。
クスッと笑う神条さん。
「・・・はい。演技だけでも、大分マシになったんじゃないですか?立ち方は要練習ですが。まぁ後はソレを戦いの中で崩さないようにすれば、まぁ舐められることは少ないと思いますよ」
マウントの取り合いなら舐められるのもアドバンテージなのかな?よく知らないので分からないが。
「ソレ、四六時中続けてて下さいね。確実に意識が変わりますから」
「え、」
一〇〇〇一〇〇〇一〇〇〇一〇〇〇一〇〇〇
カチャカチャと食器の音がしている。
えー、現在神条さんの家に来ているみたいです。リポーターの辻さん?
はーい。辻奏吏でーす。えー、今僕、俺は現在神条さんの家にお邪魔しています。で、今は神条さんにご飯を作ってもらっている所です。
何故ご飯を?
えっとですね、神条さんが言うには、胃袋を掴みたいそうなんですよ。なんでも、僕がココに住むとお互いに不便が少なくて済むらしいです。はい。よく分かりませんね。
不便と言うくらいですから、連絡事項とかではないのですか?
確かにそうかもですねー。
「はい、奏吏さん。できましたよ」
あ、キッチンから皿を両手に2つ持った神条さんがやってきました。
「あ、テーブルありませんでしたね。ほい」
神条さんがウィンクするとあら不思議。いつの間にかテーブルがソファの前に出現しているではありませんか!これもイメージですか!林業の人が泣く所業ですね!ついでに家具店の人も!
「・・・どうして地面に座っているんですか?ソファがあるじゃないですか」
神条さんが言ってきました。現在、僕はソファに座らず床に座っていました。取り敢えず、家主の許可が下りたのでソファに座りたいと思います。はい。ソファは1つしかないので、当然のように神条さんも隣に座ってきました。
「あ、箸もありませんね」
神条さんは日頃からどうやって生活しているのか、するつもりなのか疑問ですね。取り敢えず、それくらい自分でやります!フン!あら?いつの間にか手元にお箸が二膳!神条さんにも渡したいと思います。
「あ、どうも」
素直に受け取る神条さん。さて、机に置かれた2つの皿には、スパゲッティがそれぞれ載せられていました。大変美味しそうですね。
「「いただきます」」
EAT!うん!美味しい!凄いぞ、箸が止まらない!早いぞ!今までの食べ物は何だったんだ!むむ!?なくなってしまっただと!?
「そんなに美味しかったですか?」
心なしか嬉しそうな表情をした神条さんが聞いてきた。うん!美味しかったよ!
「良かったです。毎日食べたいですか?」
う、ん?
「はい。分かりました」
どういう意味かは置いておいて、食べ終わったしちょっと聞こうかな?
「ねぇ、神条さんは目標とかあるの?」
「?取り敢えず、優香と呼んで下さい」
「呼び捨てはム、」
「ゆ う か」
・・・はい。
「優香、はさ。こんな奴の相手してるのも面倒でしょ?何かやりたいこととか無いのかなって」
「やりたいことですか。特には無いですね。スプラッター見たいのはいつもですし」
「・・・・・・神条さんスプラッター好きなの・・・・・?」
「ゆ う か」
「優香は」
「4回言って下さい」
「優香。優香床優香」
「床って言いませんでした?」
「言ってない。そっかー。スプラッターねー」
「奏吏さんも見ますか?」
「ごめん無理」
「ですよねー」
スプラッター。血しぶきがどうのこうののやつだ。
見るのは流石に、初心者の僕には厳しい。
「あ、そう言えば。聞きましたか?カマキリの後の混乱、結構収まってきたみたいですよ」
近場一帯の変な輩を一掃した僕と神条さんは、首都近郊まで足を運んで粛清祭りを行った。
本当に、イメージの強さが何もかもを決める世界だ。
壊滅した東の軍に代わって西の軍と警察も地道な努力で確実に犯罪を減らしていって、最近はようやく落ち着いてきたと今日の朝のニュースでやっていた。
「一時はどうなるかと思いましたけど、何とかなるものですね」
「結構死んだけどね」
何せ日ノ本の約半数だ。首都に人口が密集していたにしても多すぎる。
「これに懲りたら、もうあんな事はしないで下さいね」
「はいはい」
「ちゃんと努力もして下さいね」
「はいはい」
帰りがけの玄関先で、優香が突然真剣な表情をして言ってきた。
「西で大会が開催されるみたいなんですよ。どうせなら出てみませんか?」
「?」
「その、理由は聞かないでくださいね?とにかく出てください」
「・・・・・シンクの命令?」
「はい」
「・・・・・そっか」