出遅れ★ダービー   作:ババネロ

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#9「アグネスのヤバい方」

 デビュー戦まであと僅かに迫っている中で、私はルックさんからトレーニングは休みと伝えられて時間が空いてしまった。調整が済んだのであとは本番で頑張るだけだって。ちなみに、ドーベル先輩は本人が納得できないらしく、無理のない範囲で調整は続けるという。

 ルックさんのトレーニングの密度は本当に絶妙で、体を壊すほどではないけれどかなり気持ち良く眠りにつけるレベルで毎日やっている。私は特に体づくりのための基礎練習が最近は多いから余計に。そんな日々だったのでトレーニングがないとなんかパワーがありあまってる感じになった。

 なので、今日の放課後はどうしようかと学園内を歩いていた。

「うーん。改めて見ると広いね」

 学園は私の体の大きさのせいもあってかなり広く感じる。隅々まで見たらかなり時間がかかりそう。夫はこんなところで昔は仕事してたんだよね。年頃の女の子を相手にしなくちゃいけないわけだし、色々と大変だったんだろうなぁ。

 時間的にも寮に戻ってしまえばいいんだろうけど、なんかそれももったいないし、かといって行くところは特にないし…なんて思いながらぶらぶらしていると、噴水のある広場に出た。

「これって確か、三女神…?」

 そこにあったのは噴水と大きな銅像。三女神、と言われる全てのウマ娘の始祖とされてる3人のウマ娘をモチーフにしているものだった。だいぶ年季が入っていて、なんだかご利益がありそうだった。

「お参りでもしておこうかな」

 なんとなく、手を合わせて拝んでおくことにした。願掛けみたいなものなので特に何もおきないけど。

「おや、三女神に願掛けかい?」

「え?」

 拝んでたら後ろから声をかけられたので目をあけて振り向くと、そこには白衣姿のタキオンさんが立っていた。暑いからか襟足を纏めてる。ちょっと可愛いね。でも目はいつも通り正気じゃなさそうなので怖い。

「なんでも、この像に“呼ばれる”とこの地に残された過去のウマ娘たちの想いを引き継げる、なんて七不思議みたいな話があるね」

「どういうことです?」

「簡潔に言えば突然ウマ娘として強くなれるらしい。フフッ、オカルトが過ぎるね」

 タキオンさんの言う通りで、あまりにオカルトがすぎる噂だった。ただ、タキオンさんはオカルトすぎるだけと笑っただけで、その目はいたって真剣に見える。夕方で、目元が少し陰っているから?

「さて、察しがついていると思うが、私は君のことを知っているよ。プライズくん」

「でしょうね」

 前触れなく、私の正体を知っているとタキオンさんはハッキリと言う。

「けど、ルックさんには言ってないですよね」

「あぁ。そうだね。話す必要もない。過去をほじくり返すのは検証のためだけでいいからね。君の昔話なんてものは私にとっても、彼女にとっても不必要だよ」

 気持ちはわかる。私の、夫に救われるまでの話はできるだけ明かしたくないのが本音だ。話しても不快にするだけ。私の年齢のことなんてこれの前にはどうでもよくなる。タキオンさんは――この子は、ルックさんのことを大切に想ってることがよくわかった。

 デビューを学園から遅れてもいいと承認してもらっているというのはよっぽどの事情がある。それがあってもタキオンさんのためにルックさんはきっと何かしてあげている。自分を見てくれる人、考えてくれる人、そんな人がいたら大切に思いたくなるのは痛いほどわかる。

「だから私は君の過去を明かさないし、詮索もしない。今の君はチームメイトのプライズ、それ以上でもそれ以下でもないと私は思っているよ」

「そうだと、助かるかな」

 思わず頭を撫でたくなるけど、流石にやめておこう。タキオンさんはたぶん嫌がるタイプだ。タイキちゃんはほんとそのあたり平気で可愛いんだよね。

「それで、タキオンさんはどうしてこんなところに?」

「あぁ、そうだね。それを言っていなかった。君の姿が見えたものだからてっきり三女神に呼ばれたものかと」

「え?この像喋るんですか?」

 だとしたらホラーだよ!

「そんなわけあるかい」

 やっぱりないんだ。よかった!

 けど、姿見えただけで声をかけたなんて意外と社交的――

「もしかしたら君がその“想いを継承”するのかもと思ってね、観察しようとしたんだ」

 そんなことはなかった!やっぱりこの人私たちのこと研究素材としか見てなくない!?

「まぁ、そもそも、この像に呼ばれた、なんて生徒は数えるほどしかいない。なんでも、最近だとURAファイナルズの中距離初代覇者が燃え尽きかけのところをまた再起できたと聞いたが…」

「燃え尽きかけ、って?それに再起とはどういうことですか?」

「そのウマ娘は本格化が終わりかけていたらしい。本格化が終わるとどうなるかというのは君も授業で聞いただろう?」

「はい」

 本格化が終わると、競争ウマ娘としての能力は最終的には喪失する。大抵はかなり緩やかに衰えていくのでドリームトロフィーリーグに移籍して戦い続ける娘もいるけど、時折、一気に、ガラスが割れてしまったかのように崩れていく子がいるって聞いた。

 だから私も急いでる、というところがある。

「本格化が終わりかけて崩れていく自身の体が、三女神に呼ばれてある程度持ち直したらしい。そこから、再起した…という噂さ。出処も不確かで、不調だったというのは本当だったが、一時期伸び悩んで急にまた勝ち出すということは、稀ではあるけどないわけじゃあない」

 研究者ちっくなタキオンさんが言うにはなんともロマンがありすぎる話だった。

「タキオンさんって、そういうロマンな感じ嫌いかと思っていました」

「そうだねぇ…まぁ、説明できないものは困るが…そもそも、私の研究対象がウマ娘という種族である以上、どうしても現代科学で証明できないものが出てくる。それこそ、魂とか、オカルトの類のね」

「む、難しそうですね」

「あぁ、難しいとも。ただ――面白い」

 ニヤリとしたタキオンさんは正直一番怖かった。子供がしちゃいけない迫力ありません?この人。

「現に、君というまたしてもあり得ない存在が現れた」

「あぁ…確かに、私自身も冷静に考えるとだいぶおかしいですよね」

「うんうん。本当にねぇ。ただ、もう、そこに存在している以上、ありえない、と理解を拒むことはできない。徹底的に調べあげてしまいたい、というのが正直な私の気持ちだよ」

 なんだろうなぁ、この人、こういう強引なところ結構刺さる人には刺さるのでは?リトちゃんもこういう俺様系?なのかな、漫画でそういうタイプ好きそうだったし、タキオンさんに壁ドンされたら照れ顔とか見せてくれそう。うん、見たいな。

「タキオンさんのそういう素直なところ、嫌いじゃないですよ」

「それはどうも。じゃあ打ち解けたところで、早速だけどこれとこれとこの薬、どうだい?」

 マジシャンかな?なんかスゥっと余ってる袖の中からもんのすごい色に発光してる試験管を何本も出してきたタキオンさん。

「………」

「すごいね、今ようやく君の実年齢通りの表情を見てる気がするよ。ただ何もそんな渋い顔しなくてもよくないかい?」

「怪しい人からもらったものを飲んだりしちゃいけませんって私は娘に言ってるので」

「うーん、味は悪くないと思うんだが」

 そういう問題じゃないでしょ!いやほんと、たぶん命に関わることはないと思うけど身体光るのは嫌すぎる。ちくちくりんなのに全身発光したら新手のUMAかって思われちゃうよ。

「まぁ飲んでもらいたいのは“半分“冗談だよ。君が特に何も継承していないのはわかったから私はこれで失礼するよ。あぁ、もし色々体のことで気になることがあったら聞いてくれたまえ。そこらの医者よりは君の”本格化“絡みはわかると思うよ」

 では、とタキオンさんはひらひらと袖を揺らしながら立ち去っていった。嵐が去ったような空気感だ…。タキオンさんのペースについていけるルックさん本当にすごいと思う。

 それにしても、本格化がらみはわかる、か。機会があったら聞いてみよう。普通のお医者さんだとどうしても判断に困ることあるみたいだし。私1人になった広場は想像以上に寂しい空気なので、私もここから動くことにした。

 

 

 

 次にやってきたのは学園内の練習用ステージだった。練習用ステージなので規模もかなり小さいし、この時間帯は利用者がほぼいないって聞いてる。だいたいお昼とかが多いみたいなんだよね。練習代わりに観客(生徒)集めてやったりとかするみたいなので。

 けど、今日は誰かが使ってるのか、歌声が聞こえてきた。

「〜〜〜〜〜♪」

 いや、なんか、めちゃくちゃ上手くない!?こっそり練習ステージの横にある植え込みに隠れつつステージ方を見ていると、舞台の上で1人の桃色の髪の生徒が歌っていた。歌声はまず恐ろしいほどに綺麗だった。高い、最近のアニメっぽい声のように思えて、ものすごい表現力あるし、そんな完璧な歌声を出しながらしっかりダンスもこなしている。

 ウマ娘はレースで勝てばウィニングライブを披露するのでそこらのアイドル並に歌って踊れる子がほとんどだ。私もまさかこの歳で練習することになるとは思わなかったけど、ちゃんとメイクデビュー用のライブ準備はしている。

 それが基本の中で、目の前にステージにいる彼女は飛び抜けて上手い。おまけに、容姿も抜群にいい。可愛らしい、アイドルって感じがすごいする。

 しばらく眺めていると一曲終わったのか、私は思わず立ち上がって拍手してしまった。

「どわーーーーーーー!?見られてたーーーーーー!?」

 そしたらなんか卒倒しかけてよろめいた!?えぇ、まずかった!?

「ご、ごめんなさい!こっそり見てしまって!」

「い、いいいえいえ!あたしの拙い歌と踊りを見てそんな反応をいただけるなんて、しかもこんな可愛いウマ娘ちゃんにぃ!」

 なんか顔がこの子急にやばい感じになったよ!?可愛いのになんかもう全てが台無しになってる。なんだろう、別ベクトルだけどタキオンさん並みのヤバい感じがプンプンするよこの子。

 あと私のこと可愛いって言っちゃうのもなかなかすごい。

「拙いなんてそんな。正直、ここ最近見た中で一番上手だと思いましたよ」

「ホアーーーー!ありがとうございます!ありがとうございます!」

 苦笑いしちゃうよ。自己評価が妙に低いけど、なんというか、たぶん根はいい子。

「えっと、私はプライズと言います。あなたは?」

「あ、あたしですか!?あたしはアグネスデジタルって言います!って、プライズさん!?あなたが!?」

「それはこっちの台詞でもありますね。あなたがアグネスデジタルさん」

 なるほど〜〜、この子がタキオンさんの元ルームメイトでドーベル先輩の現在のルームメイトか〜〜〜〜。

 ドーベル先輩大丈夫?寮の部屋でもツッコミ役で疲れてない?

「いやいや光栄ですぅ!いつもドーベルさんからお話はかねがね」

「え、何か聞いてるの?」

「えぇ、それはもう。放って置けなくてとっても可愛らしいと…いざこう目の前にするとものすっごくわかります!なんというか、艶がかった髪色、深く温かい蒼い瞳、無垢さが全面に出た愛らしいお姿!護りたい…!全力で護りたい!そんな気にさせられます!」

 すごい。なんとここまで一切息継ぎせずに言ってる。そのせいかものすごい息が荒い。ほっぺも赤い。不審者では?

「はっ…!?あ、ぅあ、すいません…急にこんなぺらぺら…失礼ですよね…」

 と思ったら急にテンションがめちゃくちゃに下がった。いや、落差ありすぎ。別に私は引いてないよ!?

「あはは、びっくりしちゃったけど、平気ですよ。そんなに褒められて、恥ずかしいけど、悪い気はしないので」

「な、なんと、慈悲深さも…」

 拝まれた。色々すごい子だ。これはタキオンさんの元ルームメイトだっていうのは納得。そういえばさっきタキオンさんとも会ったばっかりだけど、同じ冠名ってことは親戚なのかな?

「そういえば、タキオンさんとは親戚なの?」

「そんなことはありえません!あんなとっても偉大すぎて輝いて見えるタキオンさんの貴き血があたしにも流れてるなんてことはっ!」

 タキオンさんも発光してるのかな?いやいや、そうじゃなくて、別に親戚じゃないんだ。そういうこともあるのかな。

「あ、親戚ってわけじゃないんだね」

「はい!間違いありません!」

「そ、そこまで否定しなくても」

 メジロの例もあるから思っただけなんだよね。あんまり気にしないでほしい。

「あっ、そういえば、それを言うのであれば…リトさん、リトルカンパニーさんとは姉妹だったりしますか?」

 これ墓穴掘ったかな?やっばい。どう答えよう。そういえばこの子、リトちゃんとも絡みあるんだった。

「あーまー、そうだね。親戚ではあるね」

「そうでしたか!いやーどこか面影がありますが、プライズさんの方が先輩で…アッ!もちろん他意なく!」

「まぁよく私が妹なんて言われること多いから、気にしないで」

 うーん、なんとなくこの子、色々鋭いな。なるほど、わかってきた。事前情報だとこの子、完璧超人かと思っちゃうけど、こういうオタクっぽいとこがないと本当にそうなのかもしれない。私なんかよりも遥かに出来がいい。

 記憶力、頭の回転、あのダンスのキレの良さから運動神経、歌唱力。この子はタキオンさんの言う通り、絶対大成すること間違いない。

 こういうときにすることと言えば一つしかない。

「あの、デジタルさん」

「ハイっ!なんでしょうか!」

「サインください」

「へ?」

 あ、ちょっとその素っぽい顔かわいいね。

 そう、こういうときはサインをもらう。あとで有名になったときに自慢できるから!

「デジタルさんのサインがほしいです」

「な、な、な、なんですとーーーー!?あたしの、サイン、ですかっ!!???」

 驚きすぎでは?

「はい、そうです。色紙はちっさいけどありますから」

 小さめの色紙はこっそり持ち歩いてるのでニュッと彼女に差し出す。デジタルさんはしばらく悩んだのち受け取ってサインを書いてくれた。

「そ、粗品ですが」

「ううん。大事にするね」

「あ、ありがとうございます。そ、それにしても、あたしまだ、デビューどころかスカウトも、本格化も完全に迎えてないんですが…」

「ううん、満足。さっきの歌ってる姿、まるでアイドルみたいだったし」

「あったかい…あったかい…言葉ひとつひとつに…母のような暖かさを感じる」

 本能的にバレてませんこれ?

 




ジッサイデジタルサンの歌は上手い。もっと歌唱曲増えて…
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