出遅れ★ダービー   作:ババネロ

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デビュー戦編はここまで!また溜めに入ります!


#11「白い悪夢」

 鮮烈に時代は始まりを迎えていた。

『なんという強靭なフィジカル!ここ東京でカウガールが魅せました!』

 東京レース場にて行われた新バ戦。ダート1600を制したのはタイキシャトルであった。デビュー戦を見た者たちは口を揃えて「躍動するその姿に魅せられた」と語る。行動を多くともにするプライズとは真逆の恵まれた肉体はデビュー戦でも確かな破壊力を持って見せつけられたのだった。

「アオイ〜〜!アーイム、ウィナー!」

「ふふっ、おめでとうございます。シャトル」

「イエーイ!」

「わっ!?」

 ウィナーズサークルでトレーナーである桐生院葵を持ち上げて肩に乗せてみせたタイキシャトルに誰もが度肝を抜かれた。

 ――パワーが違いすぎる!

 共に走ったウマ娘たちはタイキシャトルの素質の高さに加え、そのトレーナーが桐生院葵であることに絶望した。レースに詳しい者であれば、特に、中央を目指してきたウマ娘であれば誰もが知っている。

 何ものにも染まらない、純白。泥にまみれようとも、ターフの碧の上にいようとも、まるで何もない真っ白な平坦な道を走るように勝ってみせる。万能のウマ娘“ハッピーミーク”。どこにでも現れ、勝利を脅かされる白い悪夢のようなそのウマ娘を育てあげたトレーナー。

 そんなトレーナーが、今度は凄まじい素質を持つウマ娘を担当した。

「あんなのと、3年間走るの…!?」

 砂塵で埃に塗れた1人のウマ娘は目の前が真っ暗になりそうだった。

 

 

 

「フンギャー!?しょ、しょんな…スズカさんがハヤスギル…」

「いや、いい。お前は十分だ」

「じゅ、十分だなんて、ま、まさかここまでで…!?」

「誰もそんなことは言っていない。ライブ行ってこい」

「うぅ、イッテキマス…」

 その時代の渦中から、1人が外れていた。マチカネフクキタル。サイレンススズカやメジロドーベル、タイキシャトル、そして、プライズ。友人5人の中で唯一、彼女だけがデビュー戦で敗北を喫していた。

 しかし、その内容は2着のウマ娘から1/2バ差での3着。決して悪い内容ではない。彼女のトレーナーを担当であり、非常に手入れの行き届いたスーツを纏うサングラス姿の男性トレーナーはまるで、この世の終わりのような背中をみせるフクキタルを送り出し、サングラスを外す。

 黒髪をオールバックにサングラスの下にある目つきも鋭い。どうみても堅気に見えなさそうな男であった。彼は控え室に置かれた水晶玉に目をやり、そこに映る“快晴のイメージ”にふぅ、と息をついた。

「見えすぎてしまうのもよくない。お前はそのままで十分だ、フクキタル」

 この男、色々“見え過ぎて”いるせいで壊滅的に言葉選びが下手であった。

 

 

 

 デビュー戦勝った!このまま終わり!とはなりませんでした!

「なんで正座させられたかわかるかな?」

「わかりません!」

「無茶するなって言われたのにしたからでしょう!!」

 はい。ライブが終わって、さぁ気持ちよく帰ろう、と着替え終わったところで控室に戻ってきたルックさんとドーベルさんの前で私は正座させられていた。うん、そりゃそうだ!

「一呼吸分、って私言ったよね?」

「はい」

「前にも、本番でもするなって、言ったよね?」

「はい…」

 歳下の子二人に叱られるの、ダメージが大きすぎる。それに、今回は完全に暴走で、あんな激しく走らなくても勝てる可能性があった。もし根性が保たなければ散々な結果になっていたに違いない。

「私がなんで怒ってるのか君は全く理解していないようだね」

 ひぇ。

 怖い。なんか、怖いよ。すごい笑顔だ。壮絶な笑顔だ。ルックさんの顔が、み、見たくない。隣にドーベル先輩の怒りを遥かに超えてる…!?いや、はい、ごめんなさい…。

「君の身体が出来上がってないのは同じウマ娘としてもよくわかってる。だから今は“一呼吸分”と言ったのにあんなロングスパートをかけて。君は今日が引退レースなのかな?」

「ち、違います」

「そうだよね。プライズはこれから、今日から3年間トゥインクルシリーズを走るわけだ。君が奨学金を使っているのも知ってるし、勝利に貪欲なのも普段の姿や今日のレースを見てれば誰でもわかる」

 何にも言えない……。

「知ってるよね?授業で聞いたよね。最初の3年間、走り抜けられるのはそう多くないって。ひどいとクラスの半分は消えるって。君みたいに無茶をして身体を壊して、何も残せず消えていく。そんな子たちが後を絶えない。それを止められないトレーナーも多い。けど、私はそうさせない。ダメなものはダメと言う」

 グイ、っとルックさんが私の胸ぐらを掴んで顔を引き寄せた。そして、目を合わす。至近距離で見た彼女の瞳はいつもの濁った、狂ったような色はなく、明るい瞳だった。純粋に、私を想ってくれている目。

「ちょ、ちょっとトレーナー、それはやりすぎっ」

「ドーベル、甘やかさない。それで、プライズ?」

「ごめんなさい…」

「………わかってくれるね」

「はい」

「よし」

 すっ、と私のことを離して、ルックさんはいつもの、トレーニング外の雰囲気に戻った。……こんなに本気で叱られたのはここに来てからだ。ルックさんにも、ドーベル先輩にも。私は期待されてる。だから、こんなにも言ってくれる。

 言ってもらえているうちが、華だ。これからはよく考えよう。私は、大人なんだから。

「んっ!まぁそれはそれとして、改めてデビュー&勝利おめでとう!二人とも!」

 あれ、本当にさっきまでの雰囲気どこいったの?声音も表情も何もかも、というかテンションが地べたからいきなり宇宙行ったみたいな代わりようで私もドーベル先輩も固まってしまった。

「いやなんで固まるの?おめでと〜って」

「自覚ないの!?さっきの空気感!?」

「え?……そんな怖かった?」

 怖かったよ!と思いっきり言いたいけど悪いことしたのは私なので苦笑いするしかない。ドーベル先輩が代わりに突っ込んでくれるから大丈夫だし。

「怖かったに決まってるでしょ!?担当の胸ぐら掴んで説教するのは!」

「私の担当トレーナーも無茶したときすごい怖かったしこんなもんでしょ〜」

「そ、それを言われると言い辛い…!」

 夫がスパルタなのは知ってるけど怒るとほんと怖いもんね〜。確かにあの怒り方はそっくりだったルックさん。夫は本当にまずいことした時しか怒らないから、怒られたら素直に反省して直さなくちゃね…。

「ま、重い話はこんなもんにして、何度も言ってるけど身体出来ればアレしていいって言ってるし、今日のタイミングとかもあとでビデオとか見て将来の糧にすれば善し!」

「はい!」

 そして、なんでも糧にするのもおんなじ。今日私がやってしまった暴走も、決して無駄にはしない。この先の未来できっと役立つ。役立たせる。ルックさんもそれはわかってる。だから、こんな切替をしてくれた。頑張ろう。

「もう…プライズも…とにかく、トレーナー。今日はどうするの?帰るのは明日だけど」

 ひとまずレースについてのお話はここまでで、ドーベル先輩がこれからのことを聞いてきた。私たちが現在いるのは新潟レース場。そして、新潟レース場は日本海の近く。つまり、今から帰るとかなり遅くなる。ライブは夕方から行われてその終わったあととなれば、当然。

 ライブする側だと裏方も色々あるからこうなるよねぇ。ちなみに、リトちゃんたちはメッセージアプリでお祝いしてくれて、すでに帰っている。長居すると裕二くんが怪しまれるし。

 ルックさんはさてこれからどうしたものかと考えている。いや、ホテルにまっすぐ戻るんじゃないのかな?

「そうだねぇ、ドーベル。今日はこのまま真っ直ぐホテルに戻るとして、明日もここに来ない?」

「え?明日も?」

「そういえば、帰りの飛行機、ルックさんのミスで遅かったですね」

「…トレーナー?」

「ちょ、プライズ!?それ言っちゃダメだって!」

 今日はいいとして、明日の帰りは実は遅い。なんでかと言えばルックさんがチケット取り間違えたから。朝の8時って言ったのに何を間違えて夜の8時なるのか。というかキャンセル間に合うから変えてくださいね、って言ったよね?さすがに私も怒っちゃうぞ。

「そもそも、キャンセルすれば間に合うって、お伝えしましたよね?」

「…ハイ、言ってました」

「なんでキャンセルされなかったんですか?」

 自然とルックさんが正座しだした。あれ、さっきと真逆の立ち位置だこれ!今度は歳上からのお説教になってるけど!

 ルックさんは気まずそうに私たちから目を逸らしながら言った。

「すいません。忘れてました」

「いっちばんダメなやつ!」

「ごめん!ほんとにごめん!」

 ひーん、とどうみても平謝りしてくるルックさんに母としての愛の鞭を入れるべきかな、とも思ったけど、歳下(見た目)に叱られるのは辛いよね…とも思ったのでやめておく。今回は予定上も特に問題ないので。

「はぁ…トレーナー、しっかりしてよ。予定が空いてるからまだしも……で、どんなことで誤魔化すつもりだったの?」

 ドーベルさんの言葉がすごい刺さってるのかなんとも情けない感じの表情になりつつもルックさんは話し始めた。

「いや、まぁ、誤魔化したのはそうなんだけど、それを差っ引いても明日ここにくる価値あるからさ!」

「前置きはいいから」

 ぴしゃりとドーベル先輩に言われてルックさんが泣きそうになってる。

「うぅ、そんな怒らなくても…二人に怒られるとお母さん二人に怒られてるみたいで怖いんだよぉ」

 片方本物だからしょうがないね!ドーベル先輩も怒ると怖いのはよくわかるよ。

「えっと、そのね。明日はさ、サマードリームトロフィーの予選レースが一つあるから、それを見ようってね」

「え!?そんな昨日今日で観戦できるの?」

「そこはこのトレーナーさんに任せなさい!」

 ドリームトロフィーリーグって、人気のある子がそのまま走ってるのでチケットも取るの大変なんだけど、ルックさんどうするつもりなんだろう。そう想ったらおもむろにルックさんは携帯を取り出すとどこかへと電話した。

「あ、もしもし、タキオン?どう?取れた?オッケーありがとう。…え?もちろん、飲んであげるから。じゃ、よろしくね〜」

 電話の相手はタキオンさんらしい。話しぶりからして事前にタキオンさんに言ってたのかな?

「今のって」

「タキオンだよ。チケット取っといてもらったんだ。これで明日、私たち3人は大手を振って観戦できるよ」

 どうやらその通りらしかった。

「あの、ルックさん。でも、どうしてドリームトロフィーリーグの予選見るんですか?」

「プライズの言う通りだよ、トレーナー。今のアタシたちに参考になるかどうか」

 観戦するのはいいけど、まだペーペーの新米もいいところな私たちが百戦錬磨のレジェンド級選手たちのレースを見て、私なんか「なんかすごーい!」「はやーい!」ってなるだけな気もするんだけど。

 が、ルックさんはそうではないらしい。

「いやいや、明日のはね、君たちのこれからにも直結するんだよ」

「どういうこと?」

「それは明日教えてあげよう。今日はともかく、ここまで!もう休もう!」

「なんか腑に落ちないけど…わかったよ、トレーナー」

「はーい」

 私たちに関係あるってどういうことなんだろう?

 

 

 

 そして翌日、またやってきちゃった新潟レース場。これから何度か来るかもだけど連日はなかなか無いのでは?

「なんかお客さんいっぱいですごーい!」

「はしゃぐとホントにちっちゃい子みたいでかわいいね」

「トレーナーと意見一致しちゃった…」

 昨日とは比較にならないお客さんの入りにはしゃいでたらルックさんたちがそんなこと言い出した。ちっこいからしょうがないね。

 ライブまで通した指定席のチケットを取ったトレーナーさんのおかげで、私たちはわりかしいい席を取れた。通常のレースだと当日券買って入るけど、ドリームトロフィーリーグはトゥインクルシリーズよりも興行っぽいからそのあたりが違うみたい。

 パドックはまだ少し先なので、観客はみんなそれぞれの時間を過ごしてる。

「って、あれはタイキと…誰だろうあの子。ヒト…みたいだけど」

 ドーベル先輩が私たちより離れた席にタイキちゃんがいるのを見つけた。なんでここに?タイキちゃん東京でデビュー戦じゃなかった?勝ったのは電話で聞いて安心したけど。まさか一晩でこっちに来るなんて。

「プライズ、昨日、タイキは来るって言ってた?」

「いいえ、何も…」

 タイキちゃんがまさか私に隠し事だなんて…そんなことある?私たちが悶々としてると、ルックさんが口を開いた。

「あの隣にいるのは桐生院トレーナーだね」

「え?誰ですそれ「桐生院…!?」ドーベル先輩?」

 私の声を遮ってドーベル先輩がビックリしたのか声を上げた。桐生院って誰?

「あ、ドーベルは知ってるか」

「知ってるも何も…じゃあ、今日の予選レースって」

「今、ドーベルが想像した通りの子が出るし、君たちはこれから“アレ”を担当したトレーナーが育てるタイキシャトルと戦うわけだ」

 どういうこと?なんのこと?私にもわかるように説明して!?ドーベル先輩の顔がすっごい青ざめてるし!?

「えっと、ルックさん。あの、タイキちゃんの隣にいるのが、タイキちゃんの担当トレーナーさんってことでいいんですか?」

「うん。そうだよ。私服着てると子供みたいでわかり辛いけどね。彼女は桐生院葵トレーナー。私から見ても先輩のトレーナーさんだよ」

「なるほど…」

 つまり、彼女があの“アオイ”と。アオイとしか今まで言ってなかったし、ドーベル先輩も気がついてなかった?

「そういえば…タイキ、決まってからずっとグラウンドで練習してるの見てなかったかも」「あぁ、桐生院トレーナーは自分のトレーニング施設近場に持ってるからね。流石名門なだけあるよ」

「名門?」

 トレーナーに名門とかあるの?

「あぁ、そっか。プライズは転入組だし知らないか。私みたいなそこらへんの野良トレーナーもいれば、やっぱりウマ娘たちみたいにトレーナーにも名門がある。桐生院はその一つ。葵さんはそのあたり、異端児らしいけど、しっかり結果は出してるからね」

「なんか凄そうなのはわかりました」

「今はそれでいいよ」

 それはそれとして、ドーベル先輩はなんでこんな絶望的な顔をしてるのか。こんな顔見たことない。スズカ先輩の前でも見たことないのに。

「タイキちゃんも言ってたけど、あの桐生院トレーナーが担当してた子って、他にはハッピーミークって子がいましたよね」

「そうだね。それが大問題なんだよ。ドーベルがこんな顔しちゃうぐらい」

「こんな顔って…!」

「同じウマ娘として気持ちはわかるよ。ところでプライズ。例えばだけど圧倒的な相手がいたとして、その子にはもう勝てそうにない…ってなったら君はどうする?」

 よくわからないけど、ルックさんがそんなことを聞いてきた。絶対勝てない相手がいたら、か。あえて挑む、というのはちょっともう私も若くないからとれない。じゃあ、逃げる?逃げてもいいよね。あ、脚質的な意味でなくて。

「その子の適正外のレースに逃げるかな?」

「うん。回答ありがとう。そのあたりの冷静さは流石だね。君ぐらいの歳のとき、私は負けたくないから挑みかかってたけど」

「ど、どうも?」

「ま、プライズの判断は一つの正解だよ。勝てる可能性を少しでもあげるためならあえて“逃げる”のもいい。そもそも、正解なんて何一つないからね。勝てたもん勝ちだよ」

 不正は除いてね?とルックさんは言う。何を言いたいのか、なんとなくわかった。ドーベル先輩は知ってるみたいだ。

「しかし、プライズ?もし、その化け物みたいな相手が“どんなバ場”でも“どんな距離”でも、走れたら?」

「それって、ハッピーミークさんの」

「なんだ、ハッピーミークの万能さは知ってたんだ」

 ここまで言われてようやく気がついた。

 ハッピーミークさんはもう、私たちと走ることはほぼありえない。だから私はどこか、他人事というか、テレビの中の有名人のような感覚でいた。でも、そうだ。あのとき、タイキちゃんから桐生院トレーナーの話を聞いた時に考えたじゃないか、私。

 タイキちゃんは芝も、ダートも、どっちもやるつもりなのかって。

「さて、気がついたみたいだね。ハッピーミークは惜しいレースが多かったが、勝ちきれない、ということもなく、しっかり結果は残せてる。そんな脅威になるようなウマ娘がどこにでも相手に現れたらどうなる?勝ち負けじゃないところで、とんでもないストレスだよ。しかも、本人はなんでも無さそうに走るんだ。芝からダートに転向して、死に物狂いでやってる子の前でもね」

 逃げられない。それは、私も考えただけでゾッとする。私自身の人生、追われることが多かったから。

「君たちも知っての通り、芝とダート双方を走るのは非常に難しい。私もそんな子を担当できそうにない。けど、桐生院トレーナーはそれを成し遂げた。URAファイナルズこそ中距離部門2着で終わったけど、それはしょうがない」

 一度、ルックさんは言葉を切って、タイキちゃんへと目を向ける。

「ハッピーミークは最初、どんくさいし中央でも長くは生き残れない、そんな子と思われてた。けど、その結果は現役ウマ娘の頂点に近い位置までいった。しかも二刀流で。そこまで仕上げたトレーナーが、今度は凄まじい才能の持ち主を育成する。どうかな?なかなかに絶望的でしょ?」

 ドーベル先輩の気持ちがようやくわかった。タイキちゃんの素質の高さはわかってる。じゃあ、その素質をさらに育てあげて“実力”へと変換したとき、何が起こるのか。

「今日見れるのはその“結果”の一つ。ドリームトロフィーリーグは一部の心無い人たちから“アガリを迎えたウマ娘の墓場”なんてひどいこと言われてるけど、そんなことは断じてない。“本物の怪物同士の喰らい合い”だよ」

 ドーベル先輩の息を呑む音が聞こえた。

「さ、パドックが始まるよ」

 ルックさんに促され、私たちはパドックへと目を向けた。トゥインクルシリーズと特に変わらないなんの変哲もないパドックの時間。順次紹介がされていく。何度か私も耳にしたことのあるウマ娘たちが出走している。

 みんな、ギラギラとして、とても本格化をとうに終えているとは思えない。むしろ、私たちみたいなトゥインクルシリーズの選手たちよりも更に燃えてるというか。

「すごい…何度かDTは見たことあったけど、今日はなんか…熱い、というか」

「ドーベル先輩もそう思います?」

「うん。こんなふうにみんな、ずっと走れるのかな」

 私もそうであれたら嬉しいけど。そこはきっと無理だろうな。ドーベル先輩の走る姿は好きだから、もしDTに移籍するとかなったら応援したい。

「だと、いいですね」

「うん」

 パドックはの紹介は流れていき、最後に今日の一番人気の子が紹介される。

『さぁ!最後の紹介!本日の一番人気、ハッピーミーク!』

 場内のアナウンスに拍手と歓声があがる。今日一番の歓声だった。ちらりとタイキちゃんたちを見れば、桐生院トレーナーともども大きく手を振っていた。

 そして私はパドックに現れた真っ白なウマ娘を見た。着込んでいる勝負服は毛色に劣らぬ純白さで、ドレスにも、タキシードにも見えた。小柄な桐生院トレーナーと並んでしまえば、まるで王子様のようにも見えるし、今の一人でいる姿はおっとりとしたお姫様にも見える。

 なんというか、雰囲気が定まらない。ふわふわしてる。

「綺麗…はっ!?」

「ドーベル、わかるよ。ミークは綺麗だからね」

 思わずときめいたのかドーベル先輩がハッとしていた。確かに綺麗なウマ娘さんだと思う。それに、ここから見ても、とても走りそうに見えない、というか。おっとりしてそうというのが話したことなくてもわかる。テレビで何度か見てはいたけど、こうして生で見るとホントに勝負服を着てるのも首を傾げたくなっちゃう。

「今日のコースは覚えてるかな?ドーベル」

「えっと、確か芝2400」

「コースは違えど“クラシックディスタンス”ってやつだね。プライズは実際走るしよく見ておこうね」

「はい!」

 日本ダービーと同距離。ただ、コース特性が全く違うので参考程度かな。

「それと、ドーベル。君の場合は先行から差し、またはその逆も走ってる途中で作戦変更しなくちゃいけないと思うから、よく見ておくんだよ」

「わかったよ、トレーナー」

 ハッピーミークさんの脚質は先行、差しらしい。

 パドックが一通り終わり、出走の時間が近づいてくる。コース内に選手たちが入っていき、設置されたゲートに入っていく。ハッピーミークさんはおっとりした様子とは裏腹に、サッとゲートに入ってしまった。

『サマードリーム予選、中距離第4レース!全ウマ娘、ゲートに入りました!』

『注目株のハッピーミーク、サインアウト!どんなレースを見せてくれるでしょうか!?』

 二番人気のサインアウトという青毛のウマ娘も実力がありそうだった。ハッピーミークさんのことを気にしてるのかちらちらと見ている。ハッピーミークさんはゲートの中で微動だに…というか、すごいボーッとしてるように見え――。

「あれ?」

「どうしたのプライズ?」

「いいえ、先輩。なんか一瞬、真っ白なもやみたいなのが見えたというか」

「大丈夫?」

「光の反射だったかも」

 なんか一瞬、ハッピーミークさんの周りが真っ白というか、舗装されたというか“何にもない地面”が見えた気がしたけど、気のせいかな?今日は日差し強いし、見間違えかと思うけど。

「……へぇ」

 ルックさんが私を見て何か面白いやつだな、って顔してきたけどなんだろうか。私は面白くないよ!

『スタートです!まずは1番、ラッシュコンボ、グリグリーンが飛び出します!』

 気がつけばレースがスタートしていた。慌てて視線を戻せば、まずは逃げの子たちが飛び出していった。綺麗なスタートで、ぐんっと、前へ出る。そのまま逃げの二人は競り合うように、ハナを獲り合…ってないよねこれ。

「あの、トレーナーさん、あれは」

「気がついたかな?アレは逃げの子がこのコース終盤不利だから、今のうちに互いにスリップストリームを利用して自分たちだけの勝負にしようって魂胆だね」

「いいの、それ?」

「最終的にどっちも叩き潰すつもりでいるから平気だよ。それに、そんな程度で勝てるならウマ娘の競争は、特に興業的な意味合いが強いDTはとっく廃れてるよ」

 ルックさんの言う通り、逃げの子たちが3番手以下子たちを離そうとしても“一定の距離”を保たれてる。差し切れるギリギリの距離だ。スピードを上げている逃げに一定の距離を保ち続けるのはすなわち、その逃げの速度に全員がついていけてるってこと。

「暴走しないギリギリのラインで逃げるならついていけるって判断だね。これで逃げの子たちが焦って暴走してくれたらって気持ちもあるかな」

 駆け引きが行われていた。けど、この駆け引きは私たちにも必要だ。トゥインクルシリーズの私たちの世代は。

『レースは速めのペースを維持しています!注目のハッピーミークは現在7番手!』

「“差し”かな、トレーナー」

「今回は差しでくるね」

 ハッピーミークさんは差しの位置で足を貯めているようだった。よく観察していると、ふと気になった。周りの子は僅かな起伏や坂で少し足の動きが変わっている。けど、ハッピーミークさんはなんだか妙にその中で浮いて見えた。

「……あの、ルックさん」

「どうしたのかな、プライズ」

「妙に、ミークさん浮いてるような」

「おっ、気がついたね。ならもっとよく見てみよう」

 もっと見る?私はよーく観察すると、気がついた。ハッピーミークさんはずっと“同じ動き方”をしてる。姿勢が崩れない、表情が変わらない。足の動きも等速。

「ミークさんだけ、坂でもどこでも、影響を受けてない?」

「正解。そこだよ、ハッピーミークがもっとも脅威的だとされた点。彼女はね、どんな場所も走れるというけど、正確には“どんな影響も受けない”んだ」

 ありえないような。だって、走ってたら足は地面を蹴ってるわけで、絶対影響を受ける。なのに、それがない。まるで幽霊みたいじゃないか。

「納得できないって、顔だね。そういうものだって思うしかない」

 不条理なことを考えても時間の無駄でしょ?とルックさんは言葉の外で言ってる気がする。そういうものだって、じゃあどうするか、ということになる。

「ハッピーミークの走りは確か、それ自体は堅実でって聞いたことがあるけど」

「そうだね。ドーベル言う通りだ。だからやりづらい。基本に忠実っていうのは地力が高いからこそ生きてくる。想定外に弱いってこともあるけど、そんなのあの子には関係ない」

 レースは中盤を過ぎた。ハッピーミークさんは囲まれてる。これが、完全なマーク。これじゃあ前へ出れない。

「露骨なマークも強者の証だね。ちょっとブーイングがあるのはご愛嬌だよ」

 ルックさんの言う通り、ブーイングが少しあった。でも、こうまでされてるのはきっと、ハッピーミークさんが強いから。

「けど、トレーナー。あんなマークからどうやって抜けるの?」

「言ったでしょ?あの子は“どんな影響も受けない”って」

 ドーベルさんの懸念は簡単に覆された。四方を囲われていたハッピーミークさんが一瞬、減速したかのように見えたと思ったら、順位を2つ下げて、外に逃げていた。

「え?」

「今のなに!?」

 私もドーベル先輩も理解できなかった。すっ、と気がついたら消えていた。

「ふふっ。悪い夢みたいだよね。囲んでたのに気がつけば抜けられる」

「トレーナー!あんなのどうやって!?」

「やったことは簡単だよ。前で抜けば斜行になっちゃう。なら、後ろに抜ければいいでしょ?あの子は斜め後ろに下がったんだよ」

 ハッピーミークさんの表情はここからじゃわからない。でも、マイペースに抜け出したかのように思えた。まるで周りは関係ないと言わんばかりに。レースは一人で走るものじゃない、って言うけど。あの子は――。

「ハッピーミークは一人で走ってる。そんなふうに言われることがあるんだよね。もちろんそれは周りを顧みてない、とかそういう後ろ向きな意味合いじゃないよ。まるで、夢みたいに、ふわりとしてるんだよ」

 マークを抜け出された子たちが露骨にヨレていた。動揺してる。まるで“悪い夢”でも見せられたみたいに。

『レースは終盤に移ります!ハッピーミークは外から行く!ここから差しに行くか!』

 最終直線へと入った。しばらくして、ハッピーミークさんが増速する。加速のタイミングはバッチリ。長い直線のある程度を消化してから。

『新潟の直線は長いぞ!ここからが本当の速さ!』

 逃げの子はひろげたリードをとっくに奪われて、勝負になっているのはミークさんや他の差しの位置で控えていたウマ娘たち。その中でもミークさんは完璧なスパートのタイミングで抜け出した。私みたいなロングスパートをかけるのではない、真逆の正攻法だ。

「すごい、綺麗な勝負の仕方…!」

 ドーベル先輩の言葉通りだ。容姿にそぐわない、純白のような、綺麗な勝負。だからこそ、応援したくなる。真面目さが滲み出るような、そんな走り方。

『ハッピーミーク!完全に抜け出しました!残り200!これは決まったか!』

 2番手以下はそこまで離れていない。でも、ハッピーミークさんの脚色が衰えるようにも見えない。そうしてそのまま、ハッピーミークさんはゴールした。

『ハッピーミーク!今ゴールイン!見事予選を制しました!しかし、ドリームトロフィーリーグ、未だ未来は白地図!まだまだ予選は続きます!』

 綺麗なウマ娘の綺麗な勝ち方。そんなの、人気に決まってる。歓声が上がって、割れんばかりの拍手が響いた。走り終えたハッピーミークさんはぬぼーっとした表情ながら手をゆっくり振っていた。

「……さて、こんな子を育てたトレーナーがタイキシャトルを育てたらどうなると思う?」

 確認するかのような声に、私とドーベル先輩は答えられない。

 無邪気にはしゃぐタイキちゃんが同じようになるとは思えない。けれど、あんな強者を育て上げた人が担当になれば、全く違うタイプであれど…それに、先輩から、何かコツとかも教わるだろう。そうなれば、きっと。

「それでも、私は負けたくありません」

「プライズ…」

「だって、私が勝ちたいから」

 どんな相手でも関係ない。大人だから冷静に考えて、逃げる?それじゃあいつまで経っても勝てない。だって、相手はどこにでも来るようになる。タイキちゃんは芝でも速いんだから。逃げ場なんてどこにもない。

 ルックさんはその答えに満足したのか、いい笑顔だった。

「そう。冷静さが必要なのは走ってるときさ。やって後悔すればいい。挑むまではどんなことも可能性が0%かどうかなんてわからないんだから」

 そうじゃないと、私の夢は叶わない。ルックさんの言う通りだ。後悔は全部終わってからでいい。ここで、大人かどうかなんて関係ない。

「………プライズ…うん。そうだよね、アタシも、負けてられない」

「ドーベル先輩…!」

「その意気だね、二人とも。さ、帰ろうか。レースも終わったことだし…ん?」

 いい感じにこれで帰ってやるぞー!ってなったところで、ルックさんの携帯が鳴った。誰からだろ?タキオンさん?

「…はい、佐藤です。あ、どうもたづなさん」

 佐藤、って確かルックさんの戸籍の名前だっけ?名刺にはルックアップミー、って名前と戸籍上の“佐藤直美”って名前が載ってたかな。それにしても電話してきたのって、理事長秘書のたづなさん?

「え?今日ですか?今は新潟レース場でDTの観戦を担当の子たちと」

 ドーベル先輩と顔を見合わせる嫌な予感がした。ルックさんは確かにトレーナーとしては切れるタイプだ。けど、それ以外は、おっちょこちょいだし、ズボラだ。つまり抜けてる。そんな人に、いわば上司的な人から電話がかかってきた。

「…あ、あっ!?やばっ…すいません!すいません!すぐに戻ります!はいっ!はいっ!ホントすいません!」

 慌てた様子でルックさんは電話を終えると、くるりと私たちに振り向いて、私とドーベルさんの肩に手を置いた。

「いやぁ〜うっかりしちゃった♪外泊申請出し忘れてた」

「「は?」」

「ひっ」

 どうやら私たちは今、レースも勝手に出て無断で外泊したような状態らしい。今度こそ私とドーベル先輩はルックさんに愛の鞭を振り下ろした。

 

 

 

 ちなみに、このあとタイキちゃんがこっちに気がついたらしいけど、恐ろしい雰囲気に声をかけられなかったと帰ってベッドの中で聞いた。

 私も怒ると怖いんです。だってお母さんですから。

 




ルック「現役のウマ娘に勝てるわけないだろ!」
なんでこいつメジロ家のウマ娘の担当できてるんだ?となりますがルックさんは詐欺師的に内情知らない人にはウケがいいです。たづなさんからは助走つけて呼び捨てにされる程度には怒られたことがありますが。


ちなみに、今作のミークさんはちゃんと固有があります。こんな感じのものが発動してました。

固有スキル名:ノーネーム・ドリーム
<効果説明>
レース前にボーっとすることで無我の境地に至り、あらゆる適正の影響を受けなくなる。
また、囲まれにくくなる。発動すると、ミークの足元が真っ白で平坦な地面が形成され、最適なコース取りとなる部分も同じような地面が形成される。
<効果詳細>
全ての適正が1段階上昇し、賢さとパワーに80数値を加算する。

パッシブ型(緑スキル)の固有スキル版に適正全部上昇するイカれた効果がついてます。走る前に発動する感じです。
継承すると適正の上昇はAまでになって、能力値の補正は半減します。なお、タイキちゃんは継承しようにも発動条件を満たすのがはっきり言って無茶です(そもそもミークも説明できない)。



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