「見失った!?」
学園を出てしばらく追いかけたけどタイキたちを見失ってしまった。スズカも悪ノリするとタイキと一緒に悪知恵を働かせて…まったく!
とにかく、午後のトレーニングもあるからトレーナーに連絡しないと。
アタシは携帯を取り出してすぐにトレーナーへと連絡する。この時間帯は1コールで出てくれるはず。
『ほいほい、ドーベルどうしたの?』
「トレーナー!プライズがタイキたちに攫われた!」
『遊んでてトレーニングに遅刻はダメだよ〜』
「ちょっと!?遊んでるわけじゃないって!」
『……うーん。わかった、今行くよ』
「ありがと!一旦学園の正面門に戻るから!」
来てくれるのは助かる。フクキタルはしれっと姿消してるし…。アタシは学園の前まで戻って数分待っていると、トレーナーが走ってきた。走るフォームはウマ娘らしいもので、現役引退してるけど様になってた。
「お待たせ。それで、どうしてプライズが攫われちゃったの」
「えっと……」
どうして、といえばその理由はなんとなく、わかってる。悪ふざけじゃない。今朝、学園内でちょっとした騒ぎになったプライズの正体。アタシたちよりもすごい年上で、おまけに子供までいる、大人だったこと。
アタシはそれを知って、これまでの自分が恥ずかしくなったと同時に……少し、ほんの少しだけ、プライズの得体の知れなさが怖くなった。二十代も終わりで、そんな十代のウマ娘に劣らぬ、それどころか、重賞を獲ってしまうなんて、ありえない。根本的にアタシの常識がひっくり返って、理解が追いついていない。だから、怖い。
「アタシ、プライズが怖い」
「怖い?」
「でも、タイキたちはそんなの、関係ないって」
けど、プライズは変わらない。あの子は、あの人は、年齢を偽っていたわけじゃない。言っていなかった。ただ、それだけ。明かされても、態度はこれまで知っているプライズだった。
そうだ、デビュー戦の時だって、あのとき、アタシを励ましてくれたのも…。
「プライズは変わらない。ずっと、アタシが知ってるプライズのまま。なのに、アタシ…」
恥ずかしさも、怖さも、関係のない話だって、わかってる。でも、整理が追いつくわけじゃない。なのに、タイキたちはそれを許してくれなかったのかな。
「うんうん。わかったよ、だいたい。友達想いないい子じゃん、タイキシャトルも」
「わっ」
トレーナーがアタシの頭の上に手をポンと置いた。それは…わかってる。
「よし、今日のトレーニングは中止。代わりに目一杯探しておいで、プライズを」
「で、でも、来月はアタシたちの…!」
「試練だよ、ドーベル。きっとこれがね」
「試練?」
「そう。後悔しないようにしておいで。タイキシャトルやプライズ、彼女たちの友情はきっと一生ものだよ」
優しげな顔をしたトレーナーに、アタシはどうすればいいのか、とか考えるのをやめることにした。友達。そう、友達なんだ。タイキも、スズカも、フクキタルも、そして、プライズだって。
「さ、行っておいで」
「…うん、ありがと、トレーナー」
「お安い御用だよ。これぐらいね」
「それはそれとして、手伝ってはくれないの?」
「いやいやそんなめんど――友情に割って入るのはね」
「今めんどうくさいって言おうとしたでしょ!」
ちょっと見直したの損したよ!まったく!
駆け出したドーベルを見届けることはできなかった。あまりにも眩しすぎて、日陰者な私には刺激が強すぎた。
「それにしても、周りにもプライズに影響されて、性急になりすぎじゃないかな」
プライズが、どこの、誰なのかは、もうわかってしまった。そこに思うところはたくさんある。私がこんなふうになってしまった原因なのだから。けれども、それは“担当であるプライズ”には関係のないことだった。
「トレーナーさんには嫌われたくないからね」
担当が無事三年間を走り切る。それは何も、怪我なしで…という意味だけじゃない。彼女たちの青春を、一生に一度しかない輝かしいアオハルを過ごさせるという意味もある。プライズだって例外じゃない。それに、私が知っている今流れている噂“以外”のことも加味すれば、プライズが今ここで学園生活を謳歌できている奇跡を、私は壊したくない。
大人の役割とはそういうものだと思っている。
「いやだなぁ、いつから私も大人になったかな」
「ルックトレーナー!」
「ん?」
声をかけられたと思ったら後ろにたづなさんがいた。また怒られるのか…?やだな。
「今、タイキシャトルさんたちが飛び出したと…!」
「そうですね」
「知ってたんですか!?」
「まぁ、さっき、ウチの担当も一人飛び出させましたからね」
「え」
顔色が変わるたづなさん。おお、怖い。でもさ、やっぱり私は悪い大人でもあるからね。
「飛び、出させた?」
「青春してますよね。ちょっと羨ましいです」
「感心してる場合じゃないですよっ!あなたは担当であるプライズさんが今どんな状況かは知っているでしょう!」
「だからこそですよ。今は子供たちだけで頑張らせましょうよ」
時間は稼いでおくから、しっかり青春しておいで、プライズ、ドーベル。
タイキちゃんたちに攫われてしばらく、最終的に辿り着いたのはいつものランニングコースとしている河川敷だった。平日の昼間なのもあって、人通りは少なく、こんな時間に学生がいるということは誰も咎めなかった。
「ン〜!芝生が気持ちいいデース!」
「ふふ、そうね。いい風も吹いているわ」
人一人抱えて全力疾走したタイキちゃんは疲れ切っていて、ちょうど最近整備されたばかりなのか綺麗な芝生の上に寝転んでいた。スズカさんは冬にしては温かみのある風が気持ちいいのか、穏やかな表情だ。私?私はどうすればいいのか全くわからない。
「あの、先輩…これからどうするんですか?」
タイキちゃんとスズカ先輩に問い掛ければ、二人は「何もしない」と言わんばかりに首を横に振った。
「プライズはなんにも、シンパイしなくていいデス!」
「そうね」
「けど……」
きっと、ドーベル先輩のことを思っての行動だと思うけど、それだけじゃない。
「どうして、ここまでしてくれるんですか?」
周囲の、私への視線はみんな気が付いてたはずだった。だから、きっと、先輩たちは私を心配して、ここまで連れ出した。
「どうして…って言われても」
「フレンド、だからデース!」
友達だから。ただ、それだけのために。大人だから、勘ぐってしまうけれど、二人ことを知っているからこそ、裏もなく、それだけの理由なんだとわかってる。
「……………あははっ」
「プライズ?」
「いえ、なんか、一人で悩んでたのが、バカみたいだなって」
あぁ、そうだ。きっと、そうだ。これから私たちは戦い続けるけど、何も命のやりとりをしようってわけじゃない。譲れないものもあるけれど、それでも、きっと、タイキちゃんたちは変わらない。
気がつけば、“そんな程度”じゃない仲になっていたんだ。
「タイキちゃん」
「ドウしました?プライズ?」
「朝日杯FS、私は負けるつもり、ないよ」
本当の意味で信じてなかった。この子たちを。信じたいから、私は、今までみんなに向けたことがない、私の中にあるものをぶつけた。わがままな、子供の私。
それを向けられたタイキちゃんは一瞬目を点にして、すぐに表情を変えた。それは、私も見たことがなかった。大きな、大きな、競争ウマ娘“タイキシャトル”の姿。挑発的な私の表情を映すブルーの瞳が、返すように私を見ていた。
「ワタシもデス!プライズ!レース、エンジョイしましょう!」
レースを楽しむことはきっと、私にはできない。けど、それはそれ。勝っても負けても、タイキちゃんたちとの生活は続くし、まだ、私は走れる。
「二人とも、楽しそうね」
私たちの、宣戦布告のような状況に、スズカ先輩はクスクスと笑っていた。笑っていたけど、目はまるで笑っていなかった。そういえば、4月ごろ、スズカ先輩とはここでランニングをしていた時に遭遇したことがあったね。その時とは違って、先輩の瞳の中に私がいた。
「けれど、それでも、私の方が速いわ」
「わからないですよ?だってまだ、ジュニア級が終わるだけですから」
煽るように返せば、スズカ先輩はちょっと驚いた様子だった。
「試してみる?」
負けず嫌いなんだなぁ…スズカ先輩。いや、後輩にこんなこと言われたらムッとするよね。でも、私はいつか、あなたに追いつかないといけない。
「じゃあ、学園に戻りましょうか。ドーベル先輩ともそのうちすれ違うこと期待して」
「なら…いきましょ?」
「そうですね…って、もう走るんですか!?」
いつものようにスズカ先輩はスタートダッシュを決めて一人飛び出して行った。タイキちゃんも口をあんぐりと開けてから大笑いした。
「あははははっ!スズカ、ベリーファースト!プライズ、ワタシたちもGOデス!」
「うん!」
置いていかれるわけにはいかないと、私たちも土手を駆け上がって、土手の上にあるウマ娘用の歩道に入った。ランニング用の靴じゃないからそこまで本気では走れないけど、スズカ先輩はもう遠くだ。
「逃しマセンよ!スズカ!」
「私も置いてかれませんよ!」
笑いながら、私たちはスズカ先輩を追いかける。スズカ先輩もこちらを少し振り向いて笑っていた。なんだろう、これ、すっごく青春してる気がする!
でも、楽しい時間は続かなかった。
「で?」
学園に戻って、私たちを必死に探していたドーベル先輩は冬にも関わらず汗だくになっており、結局すれ違った結果、私たち3人はドーベル先輩の前で正座させられていた。正直、その、めっちゃ怖い。
「プライズ」
「ひゃい!?」
「アタシ、すごく悩んでたんだ。大人なあなたにこれまであんな態度して、それに、色々とさ」
怖いけど、顔を上げたらそこにはものっすごい、いい笑顔をしたドーベル先輩がいた。ひえっ……。
「けど、悩んだアタシがバカだったみたいだね?」
「ドーベル、怖いわ」
「スズカは黙って」
「速いわね………返し…」
ぴしゃりと、スズカ先輩の口を声で塞ぐドーベル先輩に、私は背筋が寒くなる。タイキちゃんをちらりと見れば気絶しそうなぐらい顔を青くしていた。
「連れ攫われたから、と思ったら、3人とも仲良さそうに外周していたのはどういうことなの?プライズ、あんな感じなら止められたよね?すぐ帰ってこれたよね?アタシに連絡入れられたよね?」
「ハイ!」
「何か言うことは?」
「ごめんなさいっ!」
「お願いだからしっかりして。プライズまで二人と同調したら、収拾つかなくなるって前から言ってるよね?本当に――」
怒られてる。でも、ドーベル先輩はいつも通りに戻った気がする。もう一度タイキちゃんに視線を向ければ、顔を青くしながらもウィンクしてくれた。
「ちゃんと話聞きなさい!」
「「ハイッ!」」
「おや!皆さんお戻りになったんですねぇ!」
「フクキタル!あなたも正座!?」
「何故っ!?」
「自分は関係ないですって顔して逃げたのわかってるんだからね!」
「しょんな〜!!」
結局、いつもの通り、私たちがバカなことして、ドーベル先輩が怒る。先輩には悪いけど、この状況がとっても楽しいと思ってしまった。
「ドーベル先輩!」
「なにっ!?」
「許してください!二人も悪気があったわけじゃないんです!」
「そういう問題じゃないでしょ!」
これからも、どうか、よろしくお願いします。ドーベル先輩。
次回から朝日杯FS、ジュニア級完結編。
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