母の年齢などについての暴露から一週間が経過した。その間に、この件に関したこと、それ以外のこと、色々とあった。
まず、私、リトルカンパニー自身には早々に生徒会長から呼び出しを受けた。生徒会室に一人呼び出され中に入れば生徒会長ただ一人。言われたことはなんてことない、何か困ったことがあったら頼れというものだった。執拗な取材や学内でいじめ等にあったら即報告するようにとも言われた。前者に関しては頷いたが、後者に関してはまず問題はなさそうだった。
なにせ、母の実年齢が明かされたことで私にまで畏怖の視線が加わったからだ。理解するのに時間がかかりそうだったが、そのあたりはこういった事態に冷静なグラスワンダー先輩が優しく教えてくれた。「リトルさんもプライズさんみたいに凄い強いと思われているのでは?」と。その時のグラス先輩の獲物を品定めするような視線は忘れられないが、つまるところ、蛙の子は蛙と勘違いされているらしい。
本格化も不完全だというのに気が早いことだった。なんであれ、強い先輩、しかもその娘にちょっかいをかけようとする輩はほぼいない。いたとしても、グラス先輩のような直接被害は無さそうな(?)なタイプだ。
次に、学園側の対応についてだ。あの母のことをなじった週刊誌の記事について、学園というか理事会は即座にホームページ上で記事の一部否定を行った。主に、不正入学ではないというところを強く押している内容だった。こういった類は悪魔の証明になりやすいのが相場だったが、すぐに沈静化していった。何が起きたのかわからず驚いていると、これは母から詳細を聞けた。
なんでも、URAから出向してきている樫本理子理事長補佐が外部に対する説明を一手に引き受け、記事の否定をさせたのだという。正直、不可能だと思ったが、実際に沈静化しているのだからやってみせたのだろう。
樫本補佐はなんでも、数年前に“アオハル杯”という現在行われているチーム対抗戦の前身となる競技会を一時復活させた際にマスコミに強いパイプを持ったらしく、その時のツテだそうだった。この情報はスカイ先輩からだが、なぜあの人は知っていたのか。
なお、否定しなかった一部は母の年齢や子供がいるという方だ。これはいい方向に作用したらしく、実際にもう重賞をとってしまっている以上実力に年齢などは関係がなく、本格化が終わりかけのウマ娘たちからの声援(ファンレター)がちょっと増えたと母が言っていた。
他には細々とした事件はあったが取り立てて思い返すものはなかった気がする。あぁ、精々あるとすれば、あの記事がタイトルだけでマルゼンスキー先輩のことを書いたものだと勘違いしたサクラチヨノオー先輩が、件の週刊誌の出版社へ殴り込みをかけようと暴走しかけたことだろうか。敬愛している相手が悪く言われれば致し方ないかもしれない。しかも二度目、三度目らしいから。
「――こんなところか」
「うわぁ、ビッシリだねぇ」
「……メモを覗き込まないでくれますか?」
「おや、失礼」
今私がいるのはカフェテリアだ。放課後はやることがない限りはここでジュースを飲みながら1日のことを整理するためにダイアリーを書き込んでいる。週刊誌の件は整理が必要なため、時間をとってちょうど今まとめ終わったところだった。
そうしたら毎度のごとく、スカイ先輩が私に絡んできた。しかも、顔を上げれば彼女だけではなかった。
「セイちゃん。そういったものを覗き込むのは流石によくないと思いますよ」
「グラスさんに同感ね。流石に」
「わぉ。ひどい言われよう」
グラス先輩とキング先輩がまず私のダイアリーを勝手に除いたスカイ先輩を咎めた。当たり前だ。
…グラスワンダー先輩。スカイ先輩やキング先輩ほどではないが、よくしてもらっている。いや、私の付き合いのある先輩の中では一番の常識人だ。明るい栗毛はブロンドにも近く、瞳は蒼い。纏っている雰囲気のせいか勘違いされがちだけど、この人は母の友人であるタイキシャトルと同じ出身。つまりはアメリカ人である。
「ごめんなさい、リトルちゃん。セイちゃんが失礼なことを」
「いいえ、お気になさらず。“いつもの”ことです」
「セイちゃん?」
「ちょ、余計なこと言わないでよ〜〜〜」
なのだが、話によると相当に日本の文化に傾倒し、このような日本人よりも日本人らしい状態になったそうだ。ときおり、お茶目が過ぎたり、僅かに距離感が近い時もあるのは元の性格なのだろう。ゲームにも相当詳しいのか、しれっと私がやっているADVゲームの話題に乗ってきたこともある。
そのせいか、親しみやすくて、グラス先輩がいるときはスカイ先輩をパスしがちだ。
この3人以外にも、残り2人ほどいるが、片方は面識がある。
「リトル!元気ですか?」
「普通です」
「元気ないデス!元気があればなんでもできますよ!」
「はぁ」
エルコンドルパサー先輩。グラス先輩のルームメイトで、本人はグラス先輩と同じくアメリカ、北米出身だと言っているが彼女もわりと日本語が巧みで訛りはあんまりない。マスクを常にしていたり、どうみても鷹なコンドルを学内で無断飼育していたりとその無茶苦茶さはタイキシャトル先輩に似たものを感じる。
元気がいい人なので若干私はついていけない。悪い人ではないが苦手意識がある。
そして、最後の一人。彼女は見たことがなかった。
「先輩方、こちらの方は?」
「そうだ。この子の紹介で声をかけたんだよね。リトルに」
「なるほど。例の北海道からの転校生ですか」
「そそ」
前々から私たちの間で話題にあがっていた編入生が彼女らしい。
「ちょうどツヨシ先輩の入れ違いというとこですか」
「えぇそうね。……紹介できないのが残念だわ」
ツヨシ先輩というのは、本来はこの編入生のいた位置に立っていたはずの先輩だ。ツルマルツヨシ先輩。今は大病を患って治療のためにアメリカに渡ってしまっている。気さくな人だったが、無事帰ってこれるかは心配なところだ。
「……で、皆さんと一緒にいるということは学年、上ですね」
「リトルにまた先輩が増えたねー」
容姿気や出身地からして、穏やかな空気が漂っている。僅かに青みがある黒毛に前髪は流星が流れていて、ボブカット。三つ編みハーフアップ、右耳に青のリボンと髪型も派手すぎずな感じだ。
「初めまして、私はリトルカンパニーと言います」
立ち上がり、こちらから挨拶をすれば、わかりやすく相手は肩を跳ねさせた。
「わ、私はスペシャルウィークですっ!北海道から来ました!よろしくお願いします!」
すごいガチガチな挨拶を――北海道から来たというスペシャルウィーク先輩はしてくれた。
「あぁ、敬語じゃなくていいですよ。学年は下ですし」
「え?そうなん…そうなんだ。すっごく大きいからつい」
「スペちゃんの気持ちもわかるよ〜リトルは名前に反してでっかいからね〜」
父譲りなのか、少なくとも目の前の5人よりは身長が高い。おまけに私の表情筋があまり仕事をしてくれないせいで、よく年上と勘違いされる。母とは真逆だ。
「んじゃ、そういうことで、今後はスペちゃんもよろしくね〜」
「スペ?」
「ウララさんが付けたのよ」
「あぁ…じゃあ、スペ先輩と。よろしくお願いします」
「は、はい!」
握手を交わす。ウララ先輩ならそう名付けるだろうなと思った。あの人のあだ名のセンスは結構いい。
本当に紹介だけだったのか、5人はそれで去ってしまった。なお、誰のルームメイトになったかを後ほど聞かされたが驚きだった。まさかの3人部屋になったらしい。
「それにしても、先週のドーベル先輩はかっこよかったですね」
「や、やめてよ…自分でもちょっと恥ずかしかったんだから……」
阪神ジュベナイルフィリーズはドーベル先輩の勝利に終わった。ドーベル先輩のことを意識してかハイペースにレースを進めようとした他の出場者は最後に余力を残せず、華麗な差し足でドーベル先輩が全部撫で斬ってくれたのだ。
ただ、いまさっきの「恥ずかしい」はレース内容じゃなくて、レース後のインタビューだった。
「そうですね〜!あそこまでハッキリと言い切るドーベルさんは流石!と思いましたよ!」
「ちょっ、フクキタルまで!」
「ドーベル!照れなくてもイイデス!」
「う〜」
照れるドーベル先輩は可愛い。デジタルちゃんもきっとそう思うだろうね。で、何があったのかといえば、ドーベル先輩の勝利後のインタビューなのに何故か私の話題が出てしまったわけだ。
「……それにしても、あんな質問をしてくるなんて…」
スズカ先輩らしからぬこの言葉はある記者から飛び出した質問せいだった。――メジロドーベルさんは年齢詐称の疑いのあるプライズというウマ娘とご友人だそうですが、メジロ家としてあのようなウマ娘は如何思われますか?…これがドーベル先輩に向けられた悪意だった。
もちろん、ルックさんがその質問を遮ろうとしたけど、意地悪な記者はそうはさせずに矢継ぎ早にひどい言葉を重ねてドーベル先輩を追い詰めようとしていた。
ドーベル先輩は男の人が苦手で、あんなふうに気持ち悪い目線も向けられるのは嫌だったろうに、毅然とした態度でこう言ってくれた。
「“プライズは私の大切な友人です。それ以上でもそれ以下でもありません”……私、とっても嬉しかったですよ!」
「い、言わないでよっ!」
にやにやしながら思い出して言ってしまうぐらいには、この言葉が嬉しかった。ちなみに、この質問をした記者はドーベル先輩の答えのあと、つまらなさそうな顔をしてどこかに行ってしまった。また現れたらやだなぁ。
まぁ、来るとしたら今週末の朝日杯FSの時だと思うので、今は置いておこう。
「それはそれとして、先輩」
「なに?プライズ。もうからかうのはやめてよ」
「ごめんなさい、もうからかいません。それで、メジロ家から何か言われたりしませんでした?」
問題があるとすれば、ドーベル先輩のご実家の方だろう。名家のお嬢様が私みたいな輩とつるんでいると知れたら何を言われるのか想像に容易い。お堅いイメージあるし…。
「何かって言われても………アルダンさんはこんなことぐらいで何か言ってこないよ」
「アルダンさん?」
「あぁ、そうか、プライズには言ってなかったね。今のメジロ家はメジロアルダン…アタシの親戚の、先輩のウマ娘が当主代理をしてるんだよ」
いまいちイメージが付かないな、って顔をしてたらフクキタル先輩が「こんな方ですよ!」と携帯の画面を見せてくれた。
「うわぁ…すごい綺麗な人ですね」
言葉が思わず漏れてしまうほどだった。空色、というかガラス色といえばいいのかな?透き通るような髪色に、お嬢様然とした雰囲気を出しながらもどこか、すごく芯が強そうで、それでいて顔つきは美しさと可愛らしさを兼ね備えたお姉さん、といった感じだ。
フクキタル先輩が見せてくれている記事は彼女が現役だった頃の写真だそうで、記事の内容をチラリと見る限りサクラチヨノオー先輩とは同期のようだった。
「あはは…やっぱりみんな、綺麗な人って言うね」
「はい。なんというか、ドーベル先輩もそうですけど、別方向に名家のご令嬢、って感じがしてます」
「そっか。まあ、見て貰えば分かる通り、アタシたちとそこまで歳も離れてないから、プライズのことはそこまで悪く思ってないよ。むしろ、ドリームトロフィーに戻ろうかしら、って言ったし」
私の年齢のせいか、最近引退した子とか、デビュー遅めの子からのファンレターが増えた。アルダンさんも引退気味だったのかもしれない。私の走りが誰かに勇気を与えられているのはちょっと嬉しいな。
とりあえず、ドーベル先輩への懸念は解消されて、話はそのままアルダンさんのほうに移った。
「…………“重戦車“だったわね。確か、彼女の異名」
「スズカ、最近レースのことになると詳しいね」
ドーベル先輩の気持ちは本当によくわかる。スズカ先輩は最近、レースに関することだけは知識量が増えている。なんでも、過去のさまざまなウマ娘を調べては仮想トレーニングを繰り返しているらしい。速さに関しては本当に、とことんやるよねぇ。
「ヘビータンク?ドーベル、どういうコトデスカ?」
「そのままだよ。アルダンさん、こんな感じの雰囲気だけど、走る時はすごい“強い走り方”をするんだ」
「私も知ってるわ。チヨノオー先輩に教えてもらって」
「とてもそうは見えないデース…」
タイキさんに同感だった。こんなお嬢様って感じの人がどんな力強い走り方をするんだろうって。と、また考えてたらフクキタル先輩がささっと検索してくれた。気が利きすぎる。
「えっと、ありました!ウマチューブに!」
カフェテリアの丸テーブルの上にフクキタル先輩の携帯が置かれ、画面内で動画が再生されていた。タイトルは「メジロアルダン メイクデビュー」と書かれていた。なんと芝じゃなくてダートがデビュー戦だったらしい。
「ダート!ドーベルも短距離でしたし、意外デース!」
ますます興味が湧く。ダートは芝と違って、力が逃げる砂を強く踏み切っていかなければならない。トレーニングで私たちも走るけど、タイキちゃんみたいにレースで走るとなると簡単じゃない。
体操着姿のメジロアルダンさんがゲートから飛び出したところで、動画は流れ出す。その姿はとてもお嬢様らしさなんかとはかけ離れた力強いものだった。
「すごい力強いですね…!」
「でしょ?プライズ、これがアルダンさんの異名に繋がったものなんだ」
「今ならわかります。確かに、これは重戦車です」
体つきもドーベル先輩と比べると逞しいし、フォームも全く異なる。けれども、何故だか見ていて不安になってしまう。ガラスのような儚さと、力強いという真反対なイメージのせいかな?
動画のレースはそのまま、メジロアルダンさんが2位をギリギリ抑え込んで勝利したところで終わる。
「すごかったですね…それで、このあとメジロアルダンさんは?」
私が何気なく聞くと、ドーベル先輩は少し答えづらそうにしている。
「チヨノオー先輩とのダービーのあと、骨折してしばらく療養になってしまったそうよ」
スズカ先輩が代わりに淀みなく答えてくれた。“骨折”。ウマ娘にとって、それはあまりにも辛い怪我だ。一度癖になってしまえばもう競技人生はおしまいとなってしまう。
「Oh…あれだけストロングなスタイルデース……しょうがない…デスか」
聞かなきゃよかった、と私は思わず謝りそうになったけど、ドーベル先輩が慌てた様子で「いやいやまだ完全引退してないからね!?」と言ってくれた。そうだった、さっき、DTに戻ろうかな、って言ってたもんね。
「そういえば、メジロアルダンさんはDTで1勝上げていらっしゃいますよね。最近はご実家での活動に専念されてるようですけど」
フクキタル先輩の補足に、よかったと胸を撫で下ろす。ならばと最近の走りはどうなのかと思ったので、フクキタル先輩に、そのときの映像はないか聞くと、すぐに検索して出してくれた。優しいね!
が、その映像を見て私はちょっと驚いた。先ほど見せた力強い走りがまるっきり消えていたのだ。
「こ、これって」
「さっきの映像見てこれ見るとびっくりするけど、アルダンさんはフォームを変えたんだ。足に負担がかかるからって」
「フォームを変えるってすごいですね」
「うん。かなりキツイ感じだったね…それでもモノにしたのは流石だよ」
華麗、と言ってもいいぐらいに綺麗な走り方に変わっていたアルダンさんはそれでも速くて勝利を手にしていた。スズカさんは「これ…チヨノオー先輩の……」と何かを呟いていたけどよく聞こえなかった。
けど、そっか。骨折したりもすることを私は最初から気にしなさすぎてる。私の走り方はかなり足に負担をかけてる。背が小さい分いっぱい足を動かすし、早仕掛けなんかもっとだ。加えて肺とか色々。全身に無茶をさせがちなんだ。
この前のタイキちゃんたちに攫われた時にだいぶ冷静になれたから今考えちゃうけど、長く走るためには色々考えなくちゃね。
「プライズ?」
「あ、いや、私も体には気をつけなきゃって」
「そうだね。アタシも気をつけないとね」
ドーベル先輩も同意してくれたけど、ドーベル先輩はなんだか健康に長生きできそうな子におもえるんだよね、なんとなく。
『さぁ、始まります。クラシックへの登竜門、朝日杯¬フューチャリティーステークス!』
その年の朝日杯フューチャリティーステークスは一部のウマ娘からは「開いてはいけない扉を開いた」と言われた。このレースで競った“異次元の世代“と後に呼ばれる二人もそうであるが、その片割れから放たれた”熱”が何よりもいけなかった。
『スタート前に改めて注目株のウマ娘を紹介しましょう!やはり、まずはここまで無敗!本日一番人気!このままダートもターフも全て開拓するのでしょうか!?タイキシャトル!』
『続けて、人気こそ6番と落ち込みましたが、その体のどこにそのような熱を秘めているのか!?URA史上初の20代でのG1初制覇なるか、プライズ!』
いわゆる、テッペンを超えたと言われるウマ娘たちはプライズの姿を見て、希望を抱くだろう。その希望を囲む、絶望を無視してでも、夢を見るだろう。
「トレーナーさん」
「なんだ、チヨ」
「もう一度だけ、私、走れるでしょうか。この場所で」
「……君が望むなら」
「こんな気持ちだったのかな……マルゼンさんも」
散ったはずの桜が、枯れたはずの幹から芽を吹かす。
「へぇ……面白いね」
「あら、シービーちゃんもあの子たち気になるの?」
「うん。いいね。あの子たち、楽しそうだ」
「変わらないわね、シービーちゃんは」
「君も変わってないと思うけど?マルゼン。顔が怖いよ」
「あら、いけないわね」
「私も仲間に入れてもらえないかなぁ〜」
ただ一人、
ドリームトロフィーリーグは心ない者たちから“アガリを迎えたウマ娘の墓場”とも呼ばれ、実情を知る者からは“本物の怪物同士の喰らい合い”と畏怖される。そして、後者にこそ、リーグ設立の目的が含まれていた。
殿堂入りとは、本当に讃えるためのものだろうか。理解の外にあるものを遠ざけようとしているのではないだろうか。
“異次元の世代”はその強さとは別に、呼び起こしてはいけない
『この一戦が何か大きなうねりを生み出すかもしれません!さぁ、今、ゲートが……開いた!朝日杯!スタートです!』
無情にも、その扉は――開いてしまった。
シービーの隠しボス感好きなのでチヨちゃんシナリオの色々は結構好き