ホープフルステークス。スズカ先輩が出場する予定のG1レース。もちろん私やドーベル先輩は見にきていた。ちなみに、今日は珍しくフクキタル先輩やタイキちゃんが一緒にいない。二人ともどうしても見にきたかったけど、予定が合わずに外でテレビ観戦するらしい。
観客席は満員御礼。二人目のジュニア級無敗、そして、ここまでずっと逃げで相手を完封してきたスズカ先輩の強さと、その強さに裏打ちされたかのような姿が人気なのかな。そうそう、この前の私とタイキちゃんのウィニングライブは結構好評だったらしく、可愛い、って褒めてくれるファンレターが増えた。年甲斐もなく正直かなり嬉しかった。
「それにしても…ほんとすごい人だね」
「ドーベル先輩は大丈夫ですか?人混みは…」
「平気…とは言い切れないけど、なんとか」
隙間がない、ってほどではないけど、私たちの時より混んでるので心配だった。ドーベル先輩は頑張って耐えているので、私も頑張ろう。レースまでにはまだ少し時間があるし、パドックもまだ。どう時間を潰そうかなぁ。
「……おや」
「ん?」
声をかけられたかな?と思って顔をその声がした方へ向ければ、よく見知った顔があった。見知ったどころか娘だった。
「リトちゃん?」
「こんにちは先輩方」
そこにいたのはリトちゃんこと私の娘、リトルカンパニーだった。いやぁ、やっぱり背が高いよねぇ。
「えっと…あなたは…」
「メジロドーベルさんですね?いつも母が世話になっています」
「い、いやいや!そんな」
「色々とボケをかましているのは聞いていますので、お世辞ではないですよ」
母に対する容赦のなさも相変わらずぅ!リトちゃんはドーベル先輩の挨拶もそこそこに、隣に立っている青毛のウマ娘を紹介してくれた。なんか緊張してるというか、場慣れしてない感じがすごい。
「先輩方、こちらはスペシャルウィークさんです。今月こちらに編入されたばかりです」
「よ、よろしくお願いします!」
スペシャルウィークさんはなんというか、今までで一番生徒らしい生徒かもしれない。なんというか、学園の生徒ってみんな大人びてる子が多いから…タイキちゃんも子供らしい子供だね。体はおっきいけど。
「よ、よろしく…アタシは、メジロドーベル」
「よろしくお願いします。私はプライズです。リトちゃんのお母さんですよ」
「リトさんの…おかあちゃん?」
自己紹介を交わしたらやっぱり私がリトちゃんのお母さんであることに目をぱちくりとさせたスペシャルウィークさん。遅れて驚いた。
「うえっ!?で、でも、プライズさんって制服着てこんな可愛くて、ど、どういうこと!?」
「ちなみに来年で30だよ」
「すごい年上!?」
「……母さん。スペ先輩をからかわないでください」
「ごめんごめん」
あはは、ついつい娘の友達だからってふざけちゃった。それにしても、リトちゃんたちもここに来てるってことは観戦なんだろうけど。なんで、って、そっか。
「確か、スズカ先輩の新しいルームメイトの名前が…スペシャルウィークさんだったね」
「あ、そ、そう!そうです!スズカさんのルームメイトです!私!」
「なるほど…それで、リトルカンパニーさんはその付き添い?」
「そのようなものです。メジロドーベル先輩。ただ、私以外にもあと4人ほど来ていますがはぐれました」
「まぁ、この混み具合だもんね〜」
ふむふむ。リトちゃんたちはグループで行動してたと。人数的に、たまにお話を聞いていた子たちなのかな?この子もいい子そうでよかったぁ。
「ふふ。娘と仲良くしてあげてくださいね。ちょっと無愛想ですから」
「は、はい!」
「母さん…」
久々にお母さんできた気がする!よし!
なんかドーベル先輩が静かだなぁって思ってたら固まってた?なんでぇ?
「ドーベル先輩?」
「あ、いや、その…プライズ、本当に子供いたんだ、って」
「そういえば先輩の前でリトちゃんと話すのは初めてでしたね」
「その切り替えどうやってるの…?」
「切り替え?」
なんの切り替え?って首を傾げたけど誰もツッコミを入れてくれないのでそのままこの話題は流れてしまった。
「それにしても、まだ出会ってすぐとはいえレースを見にくるって偉いね、スペシャルウィークさん」
「そんなことないです!そ、それと、スペでいいです!」
「あ、じゃあ、スペちゃんで」
「ありがとうございます。それに、スズカさんもそうですけど、もう一人ルームメイトの先輩が出るので」
「もう一人?」
そういえば、スズカ先輩は3人部屋になったんだよね。元々スズカ先輩がかなり広い一人部屋だったのが、本来の人数に戻ったとかなんとか。スズカ先輩って一人のほうが楽そうだけど、今のところは特に変わったことがないから大丈夫なのかな?それにしても、もう一人って誰なんだろう。
「あ…そっか。ブライトだね」
「はい!ブライトさんも今日出るんです!」
「ブライトさん?」
「メジロブライト。アタシたちと同期だよ、プライズ」
え?そんな子いたっけ……。
「まぁ、普段別の子たちとつるんでるし、レースも全然被らなかったし、アタシも話題にあんまり上げなかったからプライズは知らないかも」
生徒が多いからしょうがないよ、とドーベル先輩は私を撫でてくれた。その様子を見たスペちゃんがふと言った。
「あの……もしかして、メジロドーベルさんもお子さんがいたりは…」
「いや!?いないよ!?アタシは見た目通りの年齢だからね!?」
「す、すいません!すごい大人びてるからまさかって」
「はぁ……まぁ、プライズもこんな見た目なのに、こんなおっきいお子さんがいるからしょうがないけど」
ちょっと笑いたいけど我慢してる。今日は私しかいないのでドーベル先輩のツッコミが全部私に来てしまう。いやあ、でもいい勘してるよスペちゃん。ドーベル先輩はいいお母さんになるだろうからね〜。
それにしても、スペちゃんはなんというか、すっごくいい子なんだろうなというのがこう見ているだけでも伝わってくる。久々に、タイキちゃん以外で母性が刺激されてしまう子だ。
「――あっ!いたいた!」
少し遠くからそんな声が聞こえてくると何人かのウマ娘が駆け足でくるのは見えた。先頭にいるのは芦毛の子。あの子は知ってる。何かとリトちゃんと仲がいいっぽいセイウンスカイちゃんだね。
「リトルさん、スペシャルウィークさん、こんなところにいたのね」
「すいません。はぐれてしまって」
セイウンスカイちゃんの後ろにいたお嬢様っぽい娘はなんか、似たような顔に見覚えあるかも…えっと、なんだっけ…グッバイヘ――。
「あら、そちらの方は……」
「母のプライズと、母の同期のメジロドーベル先輩です」
「リトルさんのお母様…噂は本当だったのね」
「こんにちは〜」
「いつもリトルカンパニーさんにはお世話になっています。キングヘイローです」
品あるなぁ〜とキングヘイローさんを見て思った。なんだろう、飾っていない良さというか。絶対お嬢様なんだろうけど、それをいい意味で感じさせない気やすさみたいのあるね。この子もいい子なんだろうな〜。
「へぇ〜、リトルのお母さんなんだ。セイウンスカイでーす。よろしくお願いします」
セイウンスカイちゃんは雲みたいにふわふわしてる子みたい。お気楽そうな感じが滲み出てる。
「よろしく、キングヘイローさん、セイウンスカイさん。セイウンスカイさんはいつもリトルから仲良くしてもらってるって聞いてるよ」
「…あ、あ〜、そうですね。えぇ、仲良くさせてもらってますよ〜」
なんか冷や汗掻いてない?気のせい?
「はぁ…全く……すいません。プライズ先輩にメジロドーベル先輩、二人のお邪魔をしてしまって」
「べ、別に大丈夫…それより、他にもいるの?あなたたち」
「はい。あと二人ほど…スペシャルウィークさん、リトルさん。戻りましょう。グラスさんとエルさんが待ってるわ」
「は、はい!わかりました!」
キングヘイローさん、絶対面倒見がいいでしょ。なんというか、私たちだとドーベル先輩のポジションなのかな?ツッコミとか疲れてない?大丈夫?
「じゃあ、私たちはこれで」
「お邪魔しました!」
「ばいば〜い」
手を振ってリトちゃんたちを見送る。去り際、なんかセイウンスカイちゃんが睨んだような気がしたけど気のせい…じゃないかなぁ。あれはこっちを覗き込もうとする感じ。ターゲットとして見てる相手がしてくるのと同じだね。
「……あれがアタシたちの一年後輩になるんだよね」
「そうですね、ドーベル先輩」
セイウンスカイちゃんの視線はドーベル先輩も感じ取れたらしい。リトちゃんたちは本格化がとうとう完全に始まったとのことで来年の選抜レースに向けてこれから色々と頑張るみたいだ。早ければ再来年、私たちがシニア級の時に誰かとは戦うかもしれない。
もしそうなったら、一度はリトちゃんと…。
「それにしてもさ」
「なんですか?」
「プライズ、あなたの子供おっきいね」
「そうですね。誰に似たんでしょ?」
「顔つきとか髪色はプライズなんだろうけど」
リトちゃんがおっきいのは本当に誰の遺伝なのかよくわからない。夫は高身長というほどでもないので、隔世遺伝かなんかだと思う。
「あと、性格も全然似てない気が」
「リトちゃんは私のこと反面教師にすっごく真面目な子に育ったので」
「反面教師って…」
「私こんな感じなので」
「……ごめん、納得しちゃった」
「先輩〜!」
「いやはや……おっそろしい先輩方だったねぇ」
「スカイさん。失礼がすぎるわよ」
あちゃ〜、キングにはバレてたか。リトルのお母さんとそのチームメイトにあんな接近したのは初めてだったけど、間近で見ると正直、あそこまで“差”があるとは思わなかった。たった一年レースで先輩なだけで、まるで大きな壁のような存在感があった。だからついつい、覗き込もうとしたけどすっごい深みにはまりそうでやめた。
プライズ。リトルのお母さんは本当に大人なんだなって。底が全く見えなかった。
「リトル。プライズさんって本当にお母さんなの?」
「何か疑う要素でも?」
「いや、リトルってデッカいからさぁ」
素直にリトルがおっきいので、あの小柄なちょっとお花みたいな可愛さのプライズさんから生まれたとは思えなかった。
「何も私は最初からこんなサイズではありません。小さい頃はもう少し母と似ていましたよ」
「へぇ〜」
「本格化の影響でここまで大きくなってしまったんですよ」
「聞いたことがあるわね。本格化で急激に身体が成長するって」
キングの補足は私も聞いたことがあった。どこだっけ?あぁ、そうだ、授業だ。半分寝てたからあんまり覚えてなかった。なるほどねぇ。身体が大きくなる以外にも食欲とかがすごくなるのもあるよね。そういえばフラワーも本格化迎えてるけどあのサイズ感だし、プライズさんがちっこくで若々しいのもそこらへんが関係してるのかな。
「というか、この話は授業で出てたはずよ、スカイさん」
「寝てたから忘れてたよ。ありがと、キング」
「どういたしまし――いや、寝るなセイウンスカイ」
「ひゃ〜こわい」
うーん、藪蛇。最近キング、私に容赦無くなってきてるな〜ウララには甘々なのに。私のことロリコンって言えなくない?いやまぁ、ウララは私たちの一個下だけど。
「あ、あはは」
「はぁ……もう。スペシャルウィークさん。こうなってはダメよ」
「き、気をつけます」
割とマジで言うのやめてくれない?ちょっと傷つくよ。
「スカイ先輩は母と戦いたいのですか?」
うーん。リトルにはこう、私の中にあるものを簡単に引き摺り出そうとしてくるところがあるから苦手なんだよね。悪い子じゃないけど、実際のところ、なんでつるんでるのかよくわからないぐらいに私たちは相性悪い。
質問に対して、まぁ、答えはYES。答えないけどね。
「いぁそんな恐れ多いこと言えないでしょ〜デビュー前のぺーぺーにさ」
「………そうですか」
納得いってないな〜?いかなくてもいいけど。それにさ、私は君のことを何も、苦手だからって嫌いなわけじゃないんだよ?リトル自身は謙遜してるけど、プライズさんとは全く別種の差し足を得意としてるから、グラスちゃんといい、要注意なんだよねぇ。
「それにしても今日はあのサイレンススズカさんの逃げに期待しちゃうね〜、同じ脚質だし参考にしちゃおうかなぁ〜」
話題を切り替えるため、かるーくそんなことを私は言ってしまったんだけど、まぁ、後で後悔した。
――あんなの真似できたら全部のレースに勝てる。それほどまでにありえない光景だったんだから。
パドックが始まって、さっそく1番人気のスズカ先輩が紹介されていた。
『1番、サイレンススズカ、1番人気です!』
『ここまで無敗で、そして何より1度たりとも二番手以下に影すら踏ませていません。この世代の中では抜きん出ています』
スズカ先輩はこんな紹介をされてもマイペースに、いつもの様子を崩さない。普段一緒にいる私たちから見てもその姿はかっこいいし、綺麗だった。冬の寒い風にケープと長くて綺麗な髪が揺れて、余計にそう見える。
「先輩…」
「スズカ、いつも通りみたいだね」
私たちのよく知る、いつものスズカ先輩。勝負服を纏っても、変わらない。誰よりも速くて、誰よりも強い。圧倒的なライバルで、そして、一番強いと信頼してる友達。その友達の晴れ舞台。
「すぅ…がんばれー!スズカせんぱーい!」
応援せずにはいられないよね!
私の声が聞こえたのか、スズカ先輩にしては珍しくこちらを向いて、笑顔で手を小さく振ってくれた。観客席が湧く。すごい熱気!冬じゃないみたい。
「すごいね、スズカの人気。ここまでだなんて」
「けど、これまでのことを考えたらこうなりますって」
「それもそうだね」
のびのびと、やりたいようにやる…それがスズカ先輩のトレーナーの方針で、それがスズカ先輩と完全に噛み合った結果が、今の無敗という結果。ルックさんはもしスズカ先輩が一般的なトレーナーについていれば、最初は色んなセオリーとかにがんじがらめにされてこうも強くはなかったなんて言ってたっけ。
それほどまでに、トレーナーとウマ娘の相性は競技人生を180度変えてしまうほどに大切なんだって。
『4番人気はメジロブライト』
『悪くない差し足をこれまでも見せてきました、メジロ二人目の新世代です』
紹介が順にされて、4番人気に立てられたのはメジロブライト先輩。ドーベル先輩とは親戚の子だ。なんというか、おっとりしたお嬢様といった雰囲気で、脚質は私と同じ追込だけど、どうもスパートのタイミングに苦戦してるみたいだった。それでもこれまで勝ちもあるから、素質はやっぱりとんでもないんだと思う。
「ブライトも緊張はしてなさそうだね」
「おっとりしてるから…っていうのもあるんでしょうかね?」
「うーん。ブライトのはおっとりというよりも……それにしても、連続でルームメイト同士の対決なんだね」
「たしかに」
この前も私とタイキちゃんの同室対決だったけど、今日のスズカ先輩とブライト先輩も同じだ。おまけに、脚質も全く同じ。まるで焼き直しだよ。
「今日のコースは右回りですけど、スズカ先輩大丈夫でしょうか」
「右回り、あんまり得意じゃなかった気がするけど」
スズカ先輩が左回り大好きなのは知っての通りだけど練習の時も左回りが多かった。なので、一時期一緒に回り出した私もそうだけど、地味に私たち5人とも左回りの方が調子良く思うことがある。そんな影響受けるぐらいやってたわけだけど、今回は右回り。スズカ先輩は大丈夫なのかな?
「それぐらいで負けるとは思わない…って言えちゃうぐらい今のスズカは速いからなんとも…」
パドックはあっという間に終わって、本バ場への入場までも大きなことはなかった。せいぜい、観客席の隅で明らかにデータ取りをしているであろうタキオンさんとルックさんが見えたことぐらいだろうか。
ゲート入り、の時間となるとターフの上に姿を見せたスズカ先輩はサッとゲートに身体を入れてしまう。迷いなんて何もない、真っ直ぐな姿。ゲートに入ればただ前だけしか見ない集中の仕方はこの前タイキちゃんもやっていたらしい。
「そろそろですね…」
「うん。スズカ…頑張れ…!」
スズカ先輩が緊張してなさそうだからか、私たちの方が緊張してしまう。
『ゲートに全てのウマ娘が収まりました。ホープフルステークス、一等星の煌めきを手にするのは誰となるのか』
スタートの瞬間が近づいて、会場が静かになっていく。そして、すぐに、ゲートは開いた。
『さぁゲートが開きました。一斉にスタート!』
開くと同時に飛び出す影。スズカ先輩が飛び出していた。流石!
『サイレンスズカ一番に飛び出した!弾丸のようなスタート!』
ゲートから飛び出した勢いのままスズカ先輩は一気に伸びていく。そのペースは明らかにオーバーペースにのようにしか見えないほどに。周囲はざわめく。私も、ドーベル先輩もここまでの飛ばし方は初めて見た。
「ドーベル先輩!?大丈夫ですかあれ!?」
「わ、わかんない。でも、スズカどうしてあんなに飛ばして…?」
スタート直後の直線でスズカ先輩と2位以下の差はなんと5バ身差まで開いていた。いつもならここまでは開かない。実力差がありすぎたのかな?いやでも、スズカ先輩以外にもそこそこ有望株の子もいる。
『サイレンススズカ、早くも第一コーナーへと入ります!後続との差は開く一方!』
おかしい。そう思い始めた。スズカ先輩から違和感のようなものを感じる。なんだろう…?強引…?スズカ先輩の走り方は風のようなもので、すごく洗練されてるんだけど、今日の先輩はまるでタイキちゃんのような力任せの走り方のように見える。ううん、もっと、それよりも…乱暴?
2位以下の子たちはスズカ先輩も流石にあれは暴走だと判断してか、開く差を放置し出す子が出てきた。2〜3人が焦って追いかけてしまってるけど、あの子たちはもう後半が辛いだろうなぁ。
「プライズも気がついてる?スズカの走り?」
「はい。いつもより乱暴に見えます」
「だよね?焦ってる…?」
「スズカ先輩が焦るって、何に…ですか?」
「わからないけど…とにかく、そう見えるよね」
ドーベル先輩も同じ気持ちらしい。スズカ先輩、スタート前まではいつも通りだったのに…どうしたんだろう。
『サイレンススズカ、やはりペースが落ちたか!』
『ですが、そのまま巡航しています。うまく息を入れられたようですね』
実況と解説の言う通りで、スズカ先輩のオーバーペースは止まって、そのままいつもの中盤ぐらいの速度で落ち着く。やっぱり、何かがおかしかったのかな。上手く折り合いがついたから元に戻せたのかな。
レースは進んで、スズカ先輩と後続との距離は向正面でやっぱり縮まりつつある。このままだとスズカ先輩が呑まれてしまうけど、後半の足、残ってるのかな?
『後続が徐々に上がってまいりました!サイレンススズカ、このままでは苦しいがどうする!?』
表情は遠くてわからないけど、フォームに崩れはなさそうに見える。最初の暴走?がなければいけそうな雰囲気だけど…。
『残り2バ身差というところまで後続が迫る!サイレンススズカは一足先にレース後半へ!』
暴走した逃げウマ娘の例にもれずスパートが遅れる。私でさえもそう思った。きっと、会場のみんなも、思ってた。でも、そうはならなかった。
「ッ!?」
隣で、ドーベル先輩の息を呑む音が聞こえた。
『サイレンススズカ!?増速しました!』
『あれほどの大逃げを打ってもまだここから速度を上げられるのは驚きです!』
まるでシームレスにスパートへ移っていくかのように速度をスズカ先輩は上げた。そのフォームは最初のスタート時に見せた乱暴なものとは大きく違う、綺麗、って思わず見惚れてしまうほどの――風のような姿。
『さぁ第三コーナーカーブ!ここからレースは終盤へ!』
差が、また開き始める。スズカ先輩と、それ以外に。
『サイレンススズカがまた飛び出していきます!後続は一気にスパート!詰め切れるか!』
観客席の声援が爆発する。このままいけば完封勝ち。それもジュニア級そのものを――こんなの、湧くしかない。でも、先輩をよく知る私たちはスタート時の様子がひっかかって、戸惑ってる。
なんだか、まるで、スタートの時は何かを振り払おうとしているかのような。そんなふうに思えてきていたから。
『サイレンススズカ!サイレンススズカが粘る粘るっ!先週のタイキシャトルよりも更に強い逃げ!大逃げです!』
『メジロブライト!二番手まで上がってきましたがこれはあまりにも…!』
もう、差しきれない。私はそう思った。横に並ぶことさえ、それどころか、影すらも踏めない。競り合いすらできない。
『誰も止められないのか!この短い直線では逃亡者に手が届かない!――サイレンススズカ、今、ゴールインッ!』
スズカ先輩の前を誰も走ることなく、レースは終わった。ゆっくりと速度を落としていくスズカ先輩。落とし切って立ち止まると、先輩は風を全身で感じるかのように両腕を広げて空を見上げた。スズカ先輩を讃える声援なんてまるで聞こえていないかのように。
「スズカ…」
ドーベル先輩の心配そうな声が、私に届く。友人が勝った、それが嬉しいはずなのに、私たちはなぜか、爆発したかのような歓声に乗ることができず、一抹の不安を抱えたままジュニア級の幕が降りたことを感じていた。
何かがおかしい。サイレンススズカはスタートした直後に感じた違和感を振り払おうと強引に身体を動かした。どこか痛いわけでもなく、何か調子が悪いわけでもない。ただ、言いようもない、違和感。何かが、自身の中で噛み合わない。
それは、友人が自身を真似たように、サイレンススズカ自身も力強い走り方を真似ればほんの少しだけ噛み合ったような気がした。なんとか落ち着きを取り戻し、呼吸を入れて、いつもの感覚が少し戻ったサイレンススズカはそのまま、レース展開など見向きもせずに、自分だけのレースを走り切った。ゴール後にルームメイトであるメジロブライトの僅かな悔しさを感じさせる視線を受けたが、微風のように受け流し、彼女は観客席の友人たちを探す。
見つければ、呆けているようで、どうしたのかと思えば、彼女たちは慌てて手を振っていた。手を振りかえして、サイレンススズカはターフを後にする。ウィニングライブは正直、そこまで気が乗らないサイレンススズカだったが、やらなくてはならない。
「……なんだったのかしら」
勝利はした、誰にも邪魔はされなかった、先頭の景色は自分のもののままだった。なのに、すっきりとしていない。後味が悪いレースだったと感じている。
「…言うべきかしら」
これまで最低限のコミュニケーションだけはしてきたトレーナーと、サクラチヨノオーに相談すべきだろうか。サイレンススズカはまとまらない考えを頭の中で巡らせながらジュニア級最後のレースを終えたのだった。
なんとか第一部終わりました…。クラシック級はもう少し寄り道(アプリのイベントネタとか)するかと思います。主人公たちの日常描写増やしたい。
評価や感想、ここすき、大変励みになっておりますので、まだお付き合い頂けますと幸いです。
そういえば、97世代書いてたおかげかベルちゃんもタイキちゃんも新衣装引けました。書けば出るって本当だったのか…。