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#24「ある年末の1日」
12月も終わり、冬休みに入った学園の寮は人が思ったよりも少なくて私はちょっとびっくりした。春からここまでタイキちゃんのおかげで賑やかだったこの部屋も今はすんごい静かに感じる。なんでかっていうと、タイキちゃんが里帰りしてしまったから。
――おみやげいっぱい買ってきマース!
アメリカ、ケンタッキー州へと冬休み開始当日に旅立ったタイキちゃんが見送った空港でそう言っていた。ケンタッキー州のおみやげってなんだろう。ちなみに里帰りはやっぱりホームシックだそうで。去年はドーベル先輩と一緒だったらしいけど、部屋で結構泣いていたんだって。私と一緒になってからは一度もそんな場面を見てないけど、それは私をお母さん代わりに甘えてたらしい。
ドーベル先輩が甘やかしすぎ、というのはそこも含めて外から見ると私たちはかなりベタベタくっついてるように見えたんだって。うん!不倫と思われてもしょうがない気がしてきた!
「私も家に帰ろうかなぁ」
おもわず、そんな独り言を言うほど今は暇なんだよね。私、実のところこの前の朝日杯で無茶したせいでしっかり体はダメージを受けていた。端的に言うと、やっぱり筋肉痛めてた。非常勤?って自称してた金髪のすごい美人な保険医さん曰く、“領域”の反動だって言ってた。
ルックさんはちょっと痛めただけで済んだことでかなり安堵してたのが記憶に残ってる。なんだかんだで、ルックさん、根が心配性なのを無理してるから、安心してくれたのはよかったと思った。
というわけで、トレーニングは軽めになってしまい、年末は安静にして、1月中旬ぐらいから私は活動再開予定なので今はやることがなくなってしまった。ちなみに、このことを夫に話すと戻ったら絶対家事はしないで任せてほしいと言っていたので家に戻ってもやることがない。さっきトークアプリでリトちゃんから「大掃除完了」と報告も入ったので、本当に何にもない。
じゃあ、せめて他の友達とお出かけ……と思っても、スズカ先輩はいずこかへと走る旅に出てしまい行方が知れず(スズカさんのトレーナーとチヨノオー先輩も一緒らしいけど)。ドーベル先輩は流石に年末年始、メジロ家で色々あるそうで忙しいらしい。なんだっけ?「委託はデジタルに任せたから」ってデジタルさんと話してたけどなんのことなんだろ。
フクキタル先輩が一番大変で、年末年始はご実家の神社で巫女さんのバイトのまとめ役とかやるらしい。家に帰ると余計に疲れるから大変なんですよね〜って、なんとも言えない顔で言っていた。南無。
舞とかも踊るらしいので見たい、って言ったけど恥ずかしいから来ないでほしいと言われてしまったので残念。せめて巫女服姿は見せてとお願いしたら渋々だけど写真はOKしてくれたので楽しみにしてる。
あと、他にも同級生の知り合いとかはいるけど、みんな忙しそうなので遊びに誘えない。シチーさんなんか一番誘っちゃいけない相手だ。忙しそうで朝礼の時とか死にそうになってた。
「はぁ〜〜〜、前にもあったっけ、こんな暇なの」
ちょうどレースに出ること悩んでた頃にも暇で学園内散策してたなぁ〜。なんでもいいけど、家には帰らなくちゃだから、今日1日は学園で時間を潰して、明日帰ろうかな?よし、そうと決まれば部屋を出よう。
寮を出るときにちゃんとコートとマフラーはつけた。晴れてるけど今日はちょっと寒い。冬休みでも学園でトレーニングしてる生徒がいたり、家が遠いので無理に帰らずに学園で年越しする人もいるから静まり返ってるわけでもなかった。とはいっても寮の周りに人影は……あ、いた。フジ先輩だ。
「フジせんぱーい」
「ん?おや、プライズ」
竹箒を持って玄関周りを掃除していたのはフジ先輩だった。春から実は色々とお世話になってしまってる寮母さんなんだよね。タイキちゃんとバーベキューをやった時に怒られたのは怖かったけど。
「どうしたんだい?君も学園で年を越す口かい?」
「いえ、明日には家に帰ろうと思ってるので、今日は帰る前に学園を見ていこうかなーって」
「なるほど、つまりは暇なんだね」
「あはは、まぁ、そんなところです」
フジ先輩は暇な私を見て、何かを考えるような仕草ののち、竹箒を持っていない方の左手をサッと動かすと私の顔の前に赤い薔薇を出した。え?どっから出したの!?差し出されたのでとりあえずもらっておく。
「す、すごい!どうやって出したんですか!?」
「そういえば、なんだかんだで君の前ではやってなかったかな?それは私から君の走りへの敬意ということで受け取ってほしい」
にこりと、惚れちゃいそうな笑みが向けられる。私は既婚者…既婚者だからね!
「君の情熱溢れる走りに魅せられる娘は少なくない。私ももちろんその一人、ということで、こんなものしか送れないのはごめんね?」
「い、いえ!ありがとうございます!」
赤い薔薇を見ると、流石に造花だった。真冬だもんね。あとこれ、マジックだよね?フジ先輩はそういうの得意、って噂で聞いたことあったけど、すごいなぁ。かっこいいし、実にこういう仕草が似合ってる。うーん、危ない。
「というか、すいません。手を止めさせてしまって」
「気にしなくていいよ。ちょうど私も、気分転換したかったからね」
少しだけいいかな、とフジ先輩は空を見上げながら話を始めた。
「……春先、貴方を初めて見たとき、不思議なウマ娘だと思った」
口調が、私を年上として見たものに変わっていた。え?え?真面目な話!?
「大人なのに、まるで子供のように希望に満ち溢れていて、それなのに大人のような底の知れなさもある」
9割ぐらい私はまだ子供というか大人になれてない気がする。お母さんとしていられるのも、リトちゃんがしっかりしてくれたからなところも大きい。大人らしいこと、なんにも出来てないと思うんだけどなぁ。
「しかし、レースで走る貴方を見て、わかった。貴方は特別な誰かじゃない、どこにでもいる、一生懸命なウマ娘なんだと」
「……そうでしょうか」
「少なくとも、私はそう思っていますよ。だからこそ……失礼ですが、あなたの年齢で、第一線で走るという“キセキ”を信じたい、とも」
ファンレターの内容がまた頭の中を過ぎる。私の走りが誰かの背中を押した。誰かの足を折るだけではなく、活かすこともできたということは、私が走り続けようと思わせてくれた理由の一つに、今はなってる。
「最初の三年間。そう言われているのは走り切るのが困難であるからこそです。シンデレラのように、我々には時間制限があるのですから」
本格化の終わり。それでもなお、走り続けたいと願う子たちからの手紙は切実なものが多かった。
「その時を止めているかのような貴方の、一生懸命な走りを見ていると、まだやれる、と思えてくるんです」
フジ先輩が――ウマ娘、フジキセキが私を見ていた。ぞくっとして、一瞬、周りがターフに、目の前の彼女が勝負服を着ているかのように錯覚してしまうほどの、気迫を感じた。
それはすぐに消えてしまった。
「……ははっ、ごめん、柄にもなく語りすぎたね。まとめると、つまり、君の走りに勇気づけられた、ってことさ」
「そ、そうですか。ありがとうございます」
「うん。やっぱり、君とはこれぐらいがちょうど良さそうだ」
よくわからないけどこれでお話は終わりかな?褒められて嬉しいけど、なんだか、こう、ロックオンされてしまったような気がする。大丈夫?フジ先輩、そういう感じでロックオンしたわけじゃないよね!?
「さて、私は掃除に戻るよ。ゆっくり回っておいで」
「あ、はい。じゃあ、これで〜」
フジ先輩とはそこまででお話を終わりにしてその場から離れた。いや〜、まだ学園の散策始めたばかりでなんか色々話しちゃった気がする。次はどこに行こうかな〜。そうだ、校舎に行ってみようかな。誰かいるかもしれないし。
「いやはや、まさかそれでここに辿り着くとはねぇ」
校舎来なきゃよかった。
何が起きたって?校舎の中に入ってふらついてたら普段は入らない隅っこのほうにやってきてしまって、この一年で嗅ぎ慣れてしまった薬品の匂いとコーヒーの混ざった匂いが漂ってき、たどり着いてしまったんだよね。タキオンさんの研究室(元理科実験室)に。
初めて来たけど、どうみても学生の研究室の域超えてるものがうじゃうじゃあってすごい。あからさまな薬品を作ってる装置もあれば、すんごいメカメカしい実験装置もあったりしてる。
「あの、タキオンさん、アレなんですか?」
特に気になった大きなカプセルみたいなものを聞いたらタキオンさんは「あれか」と説明してくれた。
「実は、あれだけは私のものじゃなくてねぇ。学園が来年度実験的に導入するVRウマレーターという代物さ。VRはわかるかな?」
「それは大丈夫です」
「なら言うと、いわゆるフルダイブ型のVR装置でね。個人でフルダイブ型の作成経験のある私に動作確認の依頼が来ていたわけだ」
なんかサラッととんでもないこと言ってない?タキオンさんって薬品とか作る方が得意なのかなって思ったけど、工学もいけちゃうの?すごくない!?なんか見直してしまった。
「すごいですね、タキオンさん…流石フラガラッハのチームリーダー」
「うん、素直な賞賛がおかしいな、妙な辛さを感じるぞ」
「?」
褒めたのになんで苦笑いしてるのかな?
「…あなたにも、常人並みの良心はあったのですね」
背後から穏やかな声がして振り向くと、今まで研究室の方に圧倒されて気にしてなかった教室の中のもう半分のスペースが目に入った。書斎…なのかな?まるで違う世界が同時に存在してるような感じ。
その書斎の中にある安楽椅子に腰掛けてる「黒い」ウマ娘がいた。綺麗な長い髪で、前髪で片目を隠し気味。女優さんみたいな綺麗な……ん?なんかテレビで見覚えあるかも。
「……初めまして、確か…プライズさん、でしたね」
「はい。えっと、あなたは…どこかで見た気がするんですけど」
「……あぁ…昔、子役で女優業をしていた頃があるので…マンハッタンカフェといいます」
「あ!そっか!思い出した!初めまして!プライズです!朝ドラ見てました!」
思い出したよ!そういえば黒髪のすっごい可愛いウマ娘ちゃんが出てたドラマあった!
「朝ドラ」
「はい!とっても可愛い主人公のお子さん役で…」
「…出てましたね……そういえば」
「今も女優は続けてるんですか?」
「…していない…です」
女優辞めちゃってるんだ。確かに、競争ウマ娘と女優業の両立って大変そう。ただでさえ、ウィニングライブとかもあるし、シチーさんがいっつも大変そうなのを見てるからちょっと納得かも。
「久々に見たねぇ、カフェのことを子役で知ってる人は」
「タキオンさんは知ってたんですか?」
「出会った時は知らなかったよ。後から偶然知ってね。だから、なんだ、とは思うが」
オブラートに包まず興味ないよ、と言ってのけるタキオンさんにカフェさんは気にせずコーヒーを飲んでいた。いい匂い…なんだけど薬品の匂いとまざってなかなかすごい匂いになってる。
それにしても、なんでこんなへんてこな空間になってるんだろう。実験室、というぐらいだからタキオンさん一人の部屋かと思ってたんだけど。
「それで?今日は自らここに足を運んだということはモルモットになってくれるのかい?」
「遠慮します!」
「うん、そうか。じゃあ早速この薬から行こうか」
「話聞いてます!?」
ヤバい色の液体が入ったフラスコを手に持ってヤバい笑顔を浮かべてるタキオンさんが怖い!なんの薬!?というか日本語通じてない!?
「……タキオンさん。ルックトレーナー以外への無理矢理はNGですよ」
「むっ…カフェの目の前だったねぇ、そういえば」
飲まされる、と思ったらカフェさんが止めてくれた。危なかった…あんなの飲まされたら全身発光するUMAになっちゃうよ。……ただ、さらっとルックさんは問答無用で飲まされてるらしいのが暴露されたけど。
「あ、ありがとうございます。マンハッタンカフェさん」
「カフェでいいです……」
「あ、じゃあ、カフェさんで」
「……いいですよ、それで」
カフェさんはあんまり表情の変化がないというか…ドラマで見た子役の頃は演技ものすごく上手で色んな表情をしていたんだけど、素のカフェさんは物静かな人なんだね。
「そういえば、この部屋なんか不思議な感じというか、タキオンさん一人のものじゃないんですね」
さっき気になったことを聞いてみると、タキオンさんは答えてくれた。
「なに、カフェがここにいるのは早い話、学園の差金だよ」
「どういうことです?」
「……監視役。私がここにいるのはタキオンさんが何かしでかさないか、見張るためです」
「ま、実は元々、私物が多いカフェのために貸し出されていたところに私がねじ込まれたんだけどねぇ」
詳しく聞くと、この部屋はタキオンさんの言う通り、カフェさんの私物を置くために貸し出されていた部屋だったようで、そこに実験室を欲しがったタキオンさんをカフェさんに監視させるついでに共有させられたとのこと。カフェさん一方的に被害被ってません!?
「監視のために部屋を共有させる必要あるんですか?」
「いやぁ、君も知っているだろう?前に実験室を爆破したって話は」
「ルックさんと一緒にやったんでしたっけ?」
「そうそう。それだ。あの失敗はちょうどこの部屋を貰う前でね。学園側も人と共有すればそんな無茶はしないと踏んだようだ」
「……………」
カフェさんから無言の抗議みたいの飛んでませんかタキオンさん?
「おかげで“多少の”無茶は見逃してくれるようになったから結果オーライ、というやつさ」
「カフェさんは平気なんですか?」
「………もう……諦めてます……」
なんだろう、絶対こういう表情しないだろうなって人だろうにものすごい遠い目をしていらっしゃる!ある意味タキオンさんすごいな…ドーベル先輩に紅茶をいきなり淹れさせたりとかさ…。
「しかし、せっかく来たのにこのまま何もせずに出ていくのかい?」
「え、だって何かすることあります?」
つい入ってしまったけど、このままいてもしょうがないので出て行こうと思ったら呼び止められた。タキオンさんは私を呼び止めてから何かカフェさんに目配せしていて、カフェさんが無言で頷くと「やっぱり行っていい」と解放してくれた。
今のは一体?と思いながら私は散策に戻ることにした。
「どうだい?カフェ」
「……バックドラフト。彼女のウマソウルの燃え方はそうとしか言えません」
「なるほど。これは新しい仮説が出来そうだねぇ」
逃げるようにタキオンさんとカフェさんの部屋から出て次に来たのは校舎の……生徒会室の前だよねここ。何にも考えずに歩いてたらここにきちゃった。用もないし、とその場でUターンをしたら近くの階段の踊り場から廊下に出てくる人と目があった。
うわぁ、すごい綺麗なお姉さんだ。ものすごい大人っぽくて、青い瞳が綺麗。背も高くてスタイルも良くて…私とはまさに真逆。学園の制服だし…生徒会の人なのかな?
「あら?プライズちゃんじゃない!」
「へ?」
会ったことあったっけ?こんな綺麗な人一度でも会えば絶対忘れないはずなんだけど…。
「あ!そっか、直接話したの初めてだもんね!私はマルゼンスキーよ!」
マルゼンスキー……聞いたことあるね!というかそうだよ!トゥインクルシリーズ中、たった一度の敗北しかない“スーパーカーのマルゼンスキー”じゃん!タイキちゃんが朝日杯で例えられてた!
「初めまして!プライズです!私のこと、ご存じなんですね!」
「モチのロンよ!だってあんなに頑張る姿!誰だって好きになっちゃうわよ!」
駆け寄ってきて頭を撫でてくれる。お姉さんがいたらこんな感じなのかな〜、私の方が年上だけど。
「あっ、ごみんごみん。プライズちゃんって私よりも年上だったわね」
「いいえ、気にしないでください。学園では後輩ですし」
「なら気にしないでおくわね。それに、こんなラブリーなのも反則よね〜、お肌とかもちもちだし」
撫でられたりほっぺたむにむにされたり可愛がられてしまってるけど好きにしてもらう。先輩だからね。
「それで?どうしたのこんなところで?ルドルフに用?」
「あ、いえ、特に用は無くて――」
マルゼンさんに暇なので学園を回ってることを伝えると「なら一緒に生徒会室入りましょ」と手を引かれた。ものすごいパワフルな子で、先輩って感じだなぁ。
「ルドルフ〜?いる〜?」
「やぁ、マルゼンスキー」
ノックもせずに入っちゃったし会長さんも全然気にしてない!仲いいのかな?いいんだろうなぁ。あれ、というかメガネかけてるんだ会長さん。意外と目が悪い?
「おや、プライズも一緒かい?どうしたんだい?」
「プライズちゃんってば、時間が空いてる中で学園を見て回ってるそうよ。いい子よね〜」
「そうなのかい?」
「暇潰しに見てました」
「ふふ。暇潰しか。どうだい?春から過ごして」
「とってもいい学園だと思います」
本心から言った。色々あるけど、やっぱりここはウマ娘にとって最良の環境だと思う。設備もスタッフも、それに通う生徒も。出遅れた私がここまでやっていけてるのはやっぱり環境がしっかり整えられてるからだ。
会長さんは私の即答に「それはよかった」とすごい柔らかい笑みを浮かべてくれていた。
「んっ、さて…マルゼンスキーは書類の提出だったね」
「そそ。はい、これ」
マルゼンさんの用事は書類の提出だったらしい。懐から…というか今胸元から出してなかった?微妙に会長さんの口元がヒクついてた気がする。
書類を受け取った会長さんはサッと目を通してすぐに判子を押していた。
「確かに。不備はないよ、マルゼンスキー」
「よかったわ。また書き直しなんて嫌だもの」
「学園にいる間は面倒だけど、必要な手続きだからね」
なんの手続きなんだろう?気になっているのを察してか、会長さんが話してくれた。
「プライズ、気になっているようだが、今マルゼンスキーに出してもらったのは車通学用の書類さ。車両を変更する時は毎回申請が必要でね」
「面倒よね〜、タッちゃんを修理中は代車なんだけど、変えるたびにこれだもの」
「マルゼンスキー先輩、車で通学してるんですか?」
「そうよ♪楽チンよ〜」
というか寮生活じゃないのも珍しい上に、車通学なのもすごい。一応家が近くだと電車できてる人もいるけど、車は見なかったなぁ〜。なんか似合うね。
「何に乗ってるんですか?」
「カウンタックよ」
「かうん……?」
「これだよ、プライズ」
車はよく知らないので、わからないでいると会長さんがわざわざ席を立って私に携帯の画面を見せてくれた。そこにはなぜかよれよれの会長さんと、逆につやつやしてるマルゼンスキーさんが赤いスーパーカーを背に写っていた。
「わぁ、速そうですね〜!」
「そうよ!そりゃもう最高にね!」
自慢げなマルゼンスキーさんは年相応の車好きな女の子、って感じがして可愛かった。けど、なんで会長さんは苦笑いしてるんだろうか。
「今度修理終わったら、プライズちゃんも乗せてあげるわね!」
「いいんですか?」
「可愛い子を乗せてドライブするのはさいっこうに楽しいからね!」
ウィンクして誘われたので頷いちゃった。この勢い、嫌いじゃないかも。でも、会長さんの顔がなんだか微妙な感じになってるのはなんでなんだろう。
「プライズ、一つだけ言っておくよ」
「なんですか?」
「マルゼンスキーとのドライブは万全の体調の時に行くことを勧める」
「…?はい」
遊びに行く時は体調整えるのは当たり前なんだけど…うん、とりあえず、覚えておこう。
「それはそれとして、まさかこんな偶然もあるものなのね〜。ちょうど、一度話してみたいと思ってたのよ、プライズちゃんとね」
「マルゼンスキー先輩が私と?」
「えぇ。ルドルフ、応接間借りちゃっていい?」
「構わないよ。今日はエアグルーヴも休みにさせたし、ブライアンはとっくに冬季休暇。他の役員も来客も予定はないからね」
「じゃ、遠慮なく。勝手にお茶とかお菓子も貰うけどオッケー?」
「年明けにちょうど補充するところだから、大丈夫だよ」
「ありがと。って、勝手に進めちゃったわね。プライズちゃん、このあと少しだけ大丈夫?」
「特に何の予定もないのでいいですよ」
マルゼンスキーさんが何かを話したいらしいので、言われるがまま、会長さんの席の近くにある応接用のソファとテーブルがあるところに座った。お茶とかお菓子とかはマルゼンスキーさんがテキパキと用意してくれていた。なんかすごい手際がいい。
「どうかしら?チョベリグな感じでしょ?」
「手際がすごくいいですね」
「でしょでしょ?」
「彼氏とかいるんですか?」
「どっちかって言うと彼女ちゃんだけど……うーん、そこは微妙なとこね」
つい彼氏いる?と年上のいけないとこ出しちゃったらマルゼンスキーさんは苦笑いだった。
「なかなかオチないのよね〜、トレーナーちゃん」
「あ……なるほど」
「そのあたり、もう結婚してるプライズちゃんに聞いてみたさはあるけど、今日はちょっと別のお話をするわね」
恋の相談を受けるのはちょっと憧れてたのでそこは楽しみにとっておくとして、別の話って一体なんだろう。マルゼンスキーさんはお茶を一口飲んでから話始めた。
「…まず、そうね。お礼を言いたいの。あなたに」
「お礼?」
「そう。大切な人のことを勇気づけてくれた、ね」
私、何かマルゼンスキーさんに感謝されるようなことした憶えがないんだけど…。考えても心当たりがない。
「ふふ、そうよね。いきなりお礼言われてもわからないわね。見たわ、朝日杯」
「会場に来てたんですか?」
「そ、友だちとね。そうしたらすっごいレースだったもの。久々にうずうずしちゃった」
楽しそうなマルゼンスキーさん。あのレースを見て、楽しいって思ってくれたんだ。ちょっと嬉しいな。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。それでね、あのレース、本当に色んな子が見ていたの。その中に、私の大切な大切な…チヨちゃんもいたの」
「チヨちゃん…?」
「サクラチヨノオー、って言えば、わかるかしら」
「……!!」
サクラチヨノオー先輩。スズカ先輩のチームの先輩で、今はもう引退しているはずの…この目の前にいる現代最強のウマ娘の一人とも言える、マルゼンスキーさんに唯一黒星をつけた。
「あの子の走りは……今のプライズちゃんみたいに、誰かの燃え尽きかけた火をもう一度燃え上がらせてくれる…そんな走りをね、していたの」
その話は聞いたことがある。当時、引退を考えてたいたとまで言われていたマルゼンスキーさんをもう一度表舞台に引き摺り出して、全盛期以上の勝負を繰り広げてみせたという話。
「けど、その代償はあの子自身の魂を燃え尽きさせてしまった。それでも…私は、私たちはね、待ち続けていたの。ドリームトロフィーで」
本格化の終わりと同時に、サクラチヨノオー先輩はまるでガラスが割れてしまうかのように能力が衰えて、今に至っているって。
「あの子はまだ、トゥインクルシリーズに籍を残しているの。諦めたくないって。泣いて、必死に、しがみついて……もうだめって、あの子は折れかけていたのよ。――そこに、プライズちゃん、あなたが現れたの」
まるで母親のような温かい気持ちがマルゼンスキーさんから伝わってくる。そこまで、サクラチヨノオー先輩のことを…。
「私もね、思ったわ。あなたの走りを見て…まだやれる。まだ走れるって。あの子も、同じだった。ううん、もっと、強く、そう思ったみたいなの」
「……私の走りが、サクラチヨノオー先輩を勇気づけられたんですか?」
「えぇ。間違いなくね。だって、この前会った時、すごかったもの。キラキラしてたわ、チヨちゃん。だから、お礼を言わせて欲しかったのよ」
ありがとう、とマルゼンスキーさんは深々と頭を下げた。私はそれを受け取った。同時に、感じたことがないぐらい……嬉しさが込み上げてくる。私が走ったことは、勝てなくても、誰かの人生を、変えられたのかな?
「どう、いたしまして。そこまで言ってもらえて、すっごく嬉しいです」
「よかったわ。お話したかったのはこのことよ。なかなか、こうやって顔を合わせることもなかったし」
「呼び出してもらってもよかったですよ?」
「先輩に呼び出されるのはこわくなーい?」
「いえ、別に…」
「そこはプライズちゃんが年上だからかしら?ま、というわけで、難しいお話は終わり!お菓子食べて、てきとーにお話しましょ」
「はい!」
このあと、マルゼンスキーさんと雑談して今日の残り時間を過ごした。マルゼンスキーさんとは妙に話が噛み合うと言うか、年上に好かれそうな子だなーって思った。好きなものとか、親御さんと仲がよくその影響をすっごく受けてるみたい。マルゼンスキーさんとは友達になれそうな気がする。
「じゃ、私はこれで〜」
「楽しかったわよ!プライズちゃん!またお茶会しましょ!」
「はい、よろこんで!」
バタリと、扉が閉まりプライズが部屋から出ていく。それを見送ったマルゼンスキーの背に、シンボリルドルフは声をかけた。
「随分と楽しそうだったね」
「あら、ごめんなさい。仕事してたのに」
「いや、いいさ。いいBGMだったよ」
「ならよかったわ」
互いに視線を交わさずに二人は言葉を重ねる。マルゼンスキーとシンボリルドルフ。生きる伝説の一つに数えられる二人は未だその足を止めていない。故に、学友である前に二人は…共に喰らい合う獲物同士であった。
「チヨノオーくんのことは、よかったね」
「えぇ本当に。アルダンちゃんも泣いてたわ」
「……約束を交わしたのは彼女だったか。こみ上げてくるものはあるだろうね」
「私も泣いちゃったわ」
「嬉しくてかい?」
「ねぇルドルフ、突いちゃいけないとこってあると思うのよ」
「失礼。礼を欠いていたね」
「わぉ。全然心がこもってなさそう」
「そんなことはないさ」
生徒会室の中が、怪物二匹のおぞましい重圧に支配される。この場にエアグルーヴがいないがために。
しかし、すぐに雲散する。マルゼンスキーが臨戦態勢を解いたのだ。途端に、彼女から発せられる優しげな空気に、ルドルフも生徒会長としての姿に戻った。
「きっと、あの子はこれからたくさんの子に勇気を与えていくんでしょうね」
「だろうね。それはこの世界にとって、喜ばしいことだよ」
「クラシック級、きっと、すごいことになるわよ」
「あぁ…さながら“異次元の世代”とでも云うべきか――私たちに彼女たちは、どんな世界を見せてくれるのか…楽しみだよ」
第二幕の開演は間も無くだ、とルドルフは心の中で呟く。プライズだけでない、規格外の新たな世代のウマ娘たちが次々と現れていくことが彼女は何よりも嬉しく、楽しみだった。
カフェの女優設定は流石に残しておくのは厳しかったんだろうな〜って思ったので子役をしていたと本作では原作初期設定を一部入れしました。
ちなみに本作のマルゼンスキーさんはだいたいアプリ上で可能な最高の戦績を達成しています(スーパーカーの称号取得済み)。トゥインクルシリーズで負けたのもチヨちゃんに対しての一回のみです。