年が明けた!あけおめー!ことよろー!って若い子のテンションではしゃぎたいなと思ってた年始は「あけましておめでとうございます」と深々と挨拶をしたリトちゃんによって打ち砕かれた。ノリが悪いよ!!初詣も私だけおめかしをして、リトちゃんと夫はいつも通りの私服だった。屋台のおじちゃんにりんご飴をサービスしてもらえました。嬉しいね。
ちなみに、その間にフクキタル先輩の舞姿が動画で送られてきた。めちゃくちゃ神々しくていつもの胡散くさ――もとい、怪しい占い師感はなかった。この感じで学園でも雰囲気出してけばいいのでは?と思ったけどあまりフクキタル先輩は実家の話したくないみたいなんだよね。
大抵は優しい先輩が唯一、曇り気味な声でやんわり話を逸らしてたので。ドーベル先輩たちもそういう時だけギクシャクしてて、なんか去年あったのかな?といっても私は知る由がないので、何にも聞いてない。
1月1日から数日は家でごろごろして、学園で授業とか始まるのは8日からなので、それまでは暇だ。足を使わない軽めのトレーニングとかしてもいいんだけどね〜。
「で?暇で学園に戻ってきたと」
「えへへ」
「可愛く笑っても実験からは逃れられないが?」
「どうして…」
そんなわけで暇を潰そうと早々に学園に戻ってきたらチームの部屋、つまりはルックさんのトレーナー室で何かレポートを書いているタキオンさんと遭遇した。来なきゃよかった。
年始の家で母親が暇なんてありえるの?って思うけど、ウチは特に親族とかの集まりはないし、リトちゃんや夫は粛々と過ごすタイプなので、むしろ私の方が手がかかってるかもしれない。お祭りとか私、好きだし!
だからリトちゃんに遠回しに「学園に戻れ」と言われた気がしたので戻ってきたらこのザマである。
「しかし……ふむ、せっかくだ。君の意見も聞いてみようか」
「え?なにをですか?」
専門的なこととか分からないけど…って思ったけど、タキオンさんが「よいせ」とタブレットを動かして見せてくれたのは学園内で行われてる模擬レースのようだった。って、これ。
「リトちゃんたちの模擬レース…?」
映っていたのは娘のリトちゃんと、その友だちさんたち。確か、セイウンスカイちゃんと、キングヘイローさん、スペシャルウィークさん…それと、知らない子が二人。
「模擬レースというか自主練習でやった草レースのようだね」
なるほど。ただどうやってこんなの録画したの?と思ったけど怖いので聞くのやめた。絶対隠しカメラとか仕掛けてるでしょ。
とりあえず、感想がほしいって言われてもなぁ。
「レースをこれから見るんでしょうけど、私ってトレーナーさんみたいに判断できはしないと思いますよ」
「トレーナーくんには後で見せるから気にしないでおくれ。素直な反応がみたいんだ」
「わかりました」
距離はどれぐらいかな、と思えばタキオンさんが「1600mみたいだねぇ」と答えてくれた。マイルらしい。リトちゃんの適正距離は幅広い。唯一短距離だけが筋肉の質が違いすぎて厳しいらしいけど、他はそこそこ…と夫は言っていた。ジュニアクラブの時に得意だった作戦は今の私と同じく差しと追込。
長身を生かした豪快な差し足はかっこいいんだよね。
「それにしても、こう並ぶと君の娘は大きいね」
「はい、自慢の娘ですから。……最近は甘えてくれないけど」
「そのあたりは思春期だししょうがないだろうねぇ」
画面の中でレースはスタートしたようで、まず駆け出したのはセイウンスカイちゃんだった。他の子でついて行ったのは意外にもリトちゃん。先行策で走ってる。他の子はスペちゃんが何故か大きく出遅れて、その前にキングヘイローさんと他二人が差しの位置にいる。
「あの子たちは?」
「あの二人かい?あの二人はアメリカからの留学生だよ。栗毛の方がグラスワンダー、もう片方のマスクをつけてる方がエルコンドルパサーだ」
グラスワンダーさんとエルコンドルパサーさん。この二人が残るリトちゃんの友人なのだろう。グラスワンダーさんは柳のように流れる足捌きで、エルコンドルパサーさんはわかりやすいエネルギッシュな走り方。タイキちゃんとは似ても似つかないけど、タイプは同じに思える。
どっちも差しでしっかり末脚を使えそうに見える。
「本格化はまだ不完全ってリトちゃんからは聞いてますけど、十分“レース”になってますよね?」
「そこがこの世代の恐ろしいところだねぇ。君やドーベルくんの世代もスズカくんのおかげでだいぶ化け物扱いされてる世代だが、次もまた恐ろしいな」
速度こそ流石にまだ出てないけど、レース運びやフォームはかなり形になり始めてる。唯一スペちゃんはがちゃがちゃしてて、まだ中央に来たどころかちゃんと走ったことはなさそうだけど、それでも、大差をつけられるような遅れ方はしていない。
練習用で短いコースだから一周する構成なので、第一コーナー、第二コーナーとレースはセイウンスカイちゃんを先頭に進行していく。なんだろう……思ったより突き放さないというか、これって。
「気がついたかい?」
「えぇっと、前にみたドリームトロフィーリーグのように、リトちゃんが“差”を維持してますかこれ?」
「正解だ。君の娘は君のように大人顔負け…あ、いや、君は大人だったね。ははは」
「どうせ子供っぽいですよー」
「拗ねるんじゃあないよ。ククッ、しかし、恐ろしい頭のキレだねぇ」
リトちゃんは向正面の時点でかなり苦しいのが親だからわかる。基本この子はポーカーフェイスだけど、ただでさえ鋭い目つきが更に鋭くなってるので、たぶんセイウンスカイちゃんについていくのがやっとなのだろう。
「このセイウンスカイというウマ娘、逃げウマのようだが、我々がよく知るスズカくんやタイキシャトルのような相手を叩き潰すタイプとは真逆だ。おそらく、駆け引きをしてスタミナを使わせたりしてくるタイプだな」
「なんでわかるんですか?」
「君の娘が後ろについてからペースを徐々に落としてる。スパートのタイミングを図って一気に突き放すつもりなんだろう。後方は差が詰まったところでそれをやられるわけだ。精神的にも揺さぶりをかけようという魂胆かねぇ」
言われてみれば、リトちゃんがぴったりマークしてから本当に、よーく見ていないとわからないぐらい速度を落としてる。今の段階でここまで頭をレース中に使えるのはすごい。大抵はリトちゃんみたいにスタミナが足りなくて頭に酸素がまわらないのに。
「というか、タキオンさんよくわかりますね」
「人並み以上にウマ娘は見ているつもりだよ、私は」
「トレーナーとか案外向いているんじゃ?」
「私は誰かの夢を背負って走れるほど足が太くないから、それは嫌だね」
タキオンさんがトレーナーなのそれはそれで面白そう……だけど、やっぱりやらないかぁ。
画面の中のレースは終盤に移っていって、やっぱりか、リトちゃんの目前に迫ったセイウンスカイちゃんが一気に加速――しなかった。
「あれぇ?」
代わりに二人を躱して先頭に立ったのはキングヘイローさん。ズバッと一気に二人を撫で切るように追い抜いて、直線に入っていく。そのあとに続いたのは大きく遅れていたはずのスペちゃんと、控えていたエルコンドルパサーさん。グラスワンダーさんは少し遅れて上がっている。
「フフッ!流石にまだ体が出来上がっていないねえ。セイウンスカイとリトルカンパニーは電池切れ。結果、順当に温存していた後ろが追い抜いていったと」
ゴールまでにセイウンスカイちゃんとリトちゃんは全員に追い抜かれて、結果1着はキングヘイローさんとなり、その後にエルコンドルパサーさんとスペちゃんと続く。温存していた後方が差し切っての勝利……よくあると言えばよくあるレース結果に終わった。
「リトちゃん、負けちゃったかぁ」
「やはり娘が負けるのは悔しいかい?」
「そりゃまぁ。ただ、練習ですし、気にはしないですよ」
「なるほどね。それで、このレースを見てだが」
「そもそも、なんでこのレースをタキオンさんは見てるんですか?」
聞かれる前にまずは目的を知りたかったのでそう言ってしまえば、タキオンさんは「なにもおかしいことはしていないよ」とまるで普段は悪いことしてますが、と言わんばかりに手をひらひらしながら目的を答えてくれた。
「働かざる者食うべからず、と直々に理事会から言われてしまってねぇ」
「どういうことです?」
「早い話が、デビューがまだ遠いならトレーナーの補佐ぐらいしろ、ということさ。だから校内にカメラを仕掛けて青田買いを」
目的は真っ当(?)だけど色々手段大丈夫かな、うちのリーダーは。ただ手段が青田買いっていいんですか?ダメな気がするー!
「一応聞きますけどカメラの設置の許可もらってます?」
「その質問は時間の無駄だねぇ」
「チームリーダーが率先していけないことするのよくないと思います!」
「人聞の悪いことを言わないでおくれよ。いきなり足を触り出したりするよりは全然いいだろう」
「いきなり足……?」
「トレーナーの中には見るだけでそのウマ娘の素質がわかるように、触れればわかるものもいるが、いきなり触れればただのセクハラというか痴漢だからねぇ」
確かに痴漢!でもこれも盗撮!!
「やってること同レベルですよっ!」
「まぁまぁ。ちゃんと秋川理事長から許可は取っているから大丈夫さ。これが終われば片付ける予定だからねぇ」
「あ、そうなんですか」
理事長お墨付きなら大丈夫かな……ほんとかな?私子供っぽいからって偉い人の名前出せば黙るとか思っていない?タキオンさんをジトーって見てると、タキオンさんは「それで」と露骨に話を逸らした。怪しすぎる、このウマ娘。
「君からの感想を聞きたい」
「感想って言っても……みんなすごいなぁ、って」
「小学生みたいな感想を言うねぇ」
「29歳で、学生?なんですけど!」
「なんで疑問系なんだい」
なんでだろう。
ともかく、リトちゃんたちを見ても本当にすごい、という感想しか出てこない。素質がありあまってる。最速で来年、つまりは私たちのシニア級の時にこの子たちとは戦う可能性があるけど、その時までにどこまで強くなっているのか……想像もできない。
「タキオンさん。青田買いってことはこの子たちの中からスカウトをしようってことですよね?」
「あぁ、そうだね。といっても、あくまでモルモットくんにこんな子がいたよ、と提案するだけだが」
「提案だけ?」
「モルモットくん、もとい、トレーナーはウマ娘を見る目だけは確かだからねぇ」
本当にぃ?
「私を見ながら疑わしい目を向けないでおくれ」
「いやぁ、つい」
「まぁ、彼女の目は本物だよ。我ながら“速さだけ”は自慢できるものだから、腐っていた私からよく見抜いたものだよ。それに、君やドーベルくんのことを考えれば十分だろう。今は君たちをスカウトした時と違い、G1ウマ娘と準G1ウマ娘を抱えてる。実績も十分だ」
ルックさんは私たちのジュニア級の結果、ほぼ新人としては破格の実績を上げてるってことになるんだよね。やっぱり只者じゃないんだよね、ルックさんも。ここは流石夫の教え子、と思っておけばいいのか。
「だから、提案だけというわけさ。最後に決めるのは彼女と、そして、そのウマ娘だからねぇ」
も、ものすごいまともなこと言ってる!すごい失礼だけど!タキオンさんがまともなこと言ってる!
「ものすごいまとも!」
「心の声が漏れてるよ、プライズくん」
「はっ…!?」
「まぁいい。それで、話を戻そうか。君ならどの子を誘う?」
改めてそう聞かれるとなんとも言えない。まず…。
「リトちゃんは無しですね」
「おや?どうしてだい」
「ルックさんとリトちゃんは相性悪いと思います」
「君の夫に鍛え上げられていたんだろう?弟子であるトレーナーくんとは相性は悪くないと思うが」
一見そう思うよね?というか、リトちゃんのことよく知らないとそうなるよね。
「それが、実はリトちゃん、確かに夫には特訓付けてもらってましたけど、最後の一押しとか、詰めの部分を手伝ってもらっていて、そこまでは自分で徹底的に管理して自力で鍛えてるんです」
だからよく、その日のことをメモに纏めてるのは自己管理の一端だったりする。じゃあ自己管理バッチリかというと、その管理のせいで本当に限界ギリッギリまでトレーニングをしてしまうことがあると夫から聞いていて、その無茶をさせない、リトちゃんを制御する管理主義なトレーナーが彼女には向いているとのことだった。
ということをタキオンさんにも伝えた。
「なるほどねぇ。なら彼女は上げない方がいいか。残りの5人はどうだい」
「そうですねぇ、気になったのは……」
リトちゃんの友達の中で、私が気になる子。となると、自ずと私は画面の中の芦毛に目がいく。空色とも思える碧い芦毛。
「――セイウンスカイさん。彼女が気になりますね」
「くちゅんっ!」
「セイちゃん、風邪?」
「いやいや〜、どこかで誰かが噂してるのかも」
ただ鼻がむずむずしただけなんだけどね。仮に噂するにしても誰がするの、ってとこ。それよりも今は鍋だよ鍋。
「……それにしても、よかったのかしら……勝手に寮の中で鍋なんて」
「問題ありまセン!キング!」
「先輩たちもやっていましたし〜」
「そうだよキングちゃん!」
キングが心配してるのは今、私たちがスペちゃんの部屋でやってる鍋パーティーだ。スペちゃんがルームメイト二人がいなくて寂しそうだったのでそれとなーくエルにそのことを伝えてこうなった。ちょうどグラスちゃんもアメリカのツヨシのお見舞いから帰ってきたのでタイミングよかったし。ウララがついてきたのは予想外だけど。
先輩たちもやってたんだねぇ鍋。
「キング、細かいこと気にするとハゲるよ」
「なっ…そんなことないわよ!」
「ほらほら〜、お肉いただき〜」
「ちょっとスカイさん!それは私が育ててたヤツ!」
「早いもん勝ちだよ〜」
ふっふっふっ、友達と鍋を囲んだらそこはもう戦場なんだよ、キング。
「クッ…!次は取られないわよ」
「…それにしても、ついに私たちも今年からデビューですか……」
グラスちゃんがふとそんなことを言い出した。途端にウララとスペちゃん以外が真剣な顔になる。……そう、私たちは本格化を完全に迎えた。ウララはどうだかよくわからないけど。
「ツヨシちゃんも本格化自体は完全に始まったそうです」
「そうなの?けど、あの子、戻れるのは…」
「早くても夏の半ば……ただそこからデビューとなると」
「無茶しないといいけど」
ツヨシは無茶しそうだからそこら辺は心配だねぇ。ま、これで私たち全員、準備が整ったわけだ。そうなると、まず焦点を合わせなくちゃいけないのが…学内の催事レースとか、選抜レース。ここでいい成績とか、何か注目されるようなことをしないとね。
「まぁまぁ、ツヨシのことだから、きっと大丈夫だって」
「スカイさん、あなたそう気楽に」
「キング!ここはセイちゃんに同感デス!信じるしかないのですヨ!」
そそ、難しく考えすぎてもしょうがない。私たちはツヨシじゃないんだし、きっとあの子のことだから、体が治れば元気いっぱいできっと、大丈夫だよ。って口で言ってあげられればいいんだけど、キャラじゃないからね。
キングは納得したのかしてないのか、それ以上はツヨシのことは言わなかった。
「それにしても、スペちゃんの実家からこんなに野菜とか送られてくるんだね〜」
「あ、うん!ウチ、農場やってるから!」
「へ〜」
「にんじん美味しかったよ!スペちゃん!」
「ありがと、ウララちゃん!お母ちゃんに言っとくね!」
スペちゃんの実家農家なんだ。そういえばこの部屋、スペちゃんのスペースらしきところに段ボール積まれてるな…にんじんっぽい。いいなぁ〜。にんじん食べ放題じゃん。
「スペシャルウィークさんのお母様…どんな方なのかしら?」
「見ます?」
キングが気になったようで言うと、スペちゃんは懐からちょっと型落ちの携帯を取り出して私たちに見せてくれた。画面の中にはたぶん北海道から上京直前に撮ったと思われる制服を着慣れてないスペちゃんと、なんかえらい美人な金髪の女性が肩を組んでいい笑顔で写っていた。
ぜんっぜん似てなくない?リトルとプライズさんが親子だって逆によくわかるぐらい。
「その、スペちゃん?お母様、ですよね?」
「うん?そうだよ、グラスちゃん。…あっ!そっか、みんなに言ってなかったね。私、お母ちゃんとは血が繋がってないんだ」
うげっ!?これ突っ込んじゃいけないやつだよ!キング!なんてことしてくれてんのさ!って目を向ければキングは目を逸らした。くっ、こういう時に限ってリトルがいない!あいつがいれば強引に話逸らしてくれるのに!
「私ね、産んでくれたお母ちゃんと育ててくれたお母ちゃん、二人のお母ちゃんがいるんだ。産んでくれた方のお母ちゃんは育てのお母ちゃんと友達でね、私が生まれたあとすぐに亡くなっちゃった産んでくれたお母ちゃんの代わりに、私のこと、育ててくれたんだ」
突然壮絶すぎる話を聞かされてちょっと固まった。………まいったな。どうしたもんか。それにしても、スペちゃん、そんな過去があるとは全く普段は感じさせないというか。だからこそなのかな、こんないい子なの。
スペちゃんが私たちが固まってることに気がついたのか、慌てだした。
「あ、いや!あのね!そんな重くならないで!みんな!?確かに産みのお母ちゃんと会えないのは悲しいけど、育てのお母ちゃんと二人のお母ちゃんがいること、私は嬉しいから!」
「ご、ごめんなさい!スペシャルウィークさん!」
「き、キングちゃん!?そんな、謝らないで!」
「け、けど」
「大丈夫だから、ねっ!?」
狼狽えるキングは貴重だなぁ〜。ま、本人が気にしてないからいいかな。ならこっちが逆に気にしすぎてもしょうがないか。
「それにしても、どこの出身なんですか、スペちゃん」
エルちゃん、それ聞く必要あります?
「うーん、お母ちゃんどこの出身だったかな……あ、聞いたことないかも」
「……北欧系の方でしょうか?特徴的に」
「ほくおー?ってどこなの?グラスちゃん」
「ウララさん、だいたい……このあたりですね」
グラスちゃんが優しくウララに北欧の位置を携帯で教えていた。いや、その優しさ私たちにくれない?エルもジト目で見てるし、キングもこっそり嫉妬してるぞ〜?
「綺麗だね!スペちゃんのお母さん!」
「ウララちゃん、ありがとう!」
実際美人だもんな〜。けど、なんで日本に来て農家やって、おまけに友人の子を引き取って育てたんだろ。色々謎だ。人の家庭の話だから迂闊に聞けないけど、ちょっと好奇心。
「実はね、ここにくる前、お母ちゃんに少しだけトレーニングを見てもらってたんだ!」
「そうなんデスか!?」
「色々やったよ!森の中で走ったり、原付乗ったお母ちゃんと並走したり、相撲したり、川で泳いだり、将棋やったり……」
どういうトレーニング?あと最後の関係ある?
「随分と…その、色々、されたんですね」
「うん!」
グラスちゃんがどう突っ込んでいいのか迷ってる!リトル、マジでなんで今日学園にいないの?ツッコミ役のキングもさっきので止まってるからツッコミ不在なんだけど!
「すごいね!スペちゃんのおかあさん、トレーナーさんなの?」
「えっと、確か……お母ちゃん、あ、もう一人の方だけど。知り合ったのは学園……?とかどこか、だったかな?もしかしたらそうかも!」
いやぁ、完全我流すぎて疑っちゃうな〜。
「あと、お母ちゃんってすごい強いんだよ!私が相撲で突っ込んでも全然平気なんだもん」
「元トレーナーっぽいわね」
「かもしれません」
うん、頑丈さ的にそうかもしれない。トレーナーって頑丈なのも学園との契約で重要って噂で聞いた。ウマ娘の力って強いからねぇ。
「コホン。それで?話を戻すけど、ご実家は農家もされてるのね。それであんなに野菜も送られてくると」
「そうだよ、キングちゃん。まぁ、あんまり大きくはないけどね」
「ふふ、それでも、とても野菜はおいしかったですし、愛情をもってされているのがわかりましたよ、スペちゃん」
「そう言ってくれると嬉しいなぁ〜」
照れ臭そうなスペちゃんはいい子だなぁ。ツヨシもいい子だけど、この子もいい子だ。何かと抱えてる私たちの中の清涼剤って感じ。
「にしても、トレーナー、かぁ」
「どうしたの?スカイさん」
「いやぁ、私たちをスカウトするトレーナーってどんな人なのかなって」
スカウトはウマ娘の人生の中でも一大イベントなわけで。これで人生が決まっちゃうと言っても過言じゃない。無茶なトレーナーの下について潰れちゃう子もいれば、某会長たちみたいに未踏の栄光を掴んじゃう子もいる。
はてさて、私はどんなトレーナーさんにスカウトされるんだろうねぇ。ま、ほどほどに頑張る人の方がいいかなぁ〜?熱血はちょっと合わないだろうし。
みんなは誰がトレーナーになるのかな?
「エルは世界最強を一緒に目指すトレーナーがいいデス!」
「あらあら、大変ですね、エルのトレーナーになる人は」
「そういうグラスはどうなんデスか!?」
「私ですか?うーん……そうですね、不退転、ともに道を歩んで頂ける方であれば」
グラスちゃんのトレーナーさんも大変だと思うな〜、言わないけど。
「キングはどんな人にスカウトされたい〜?」
「私?もちろん、キングにふさわしいトレーナーよ」
そこで「一流」って軽々しく言わないあたり、キングだよねぇ。
「わたしは楽しい人いいかなぁ〜」
ウララ…のトレーナーさんが一番読めない。ウララ、一生懸命だからまぁ、いいトレーナーさんが付くといいね。
「トレーナー……あの、スズカさんのトレーナーさんってどういう人なんですか?」
スペちゃんはスズカ先輩と一緒になりたいのかな?けど、あのスズカ先輩のトレーナーさんかぁ。
「なんかすごい人らしーよ」
「どういうことセイちゃん?」
「URAファイナルズって知ってる?」
「知ってる知ってる!テレビで見たよ!」
「それの中距離部門初代覇者のトレーナーさんだよ」
「へ〜……えぇっ!?そんなすごか人にスズカさんついてるん!?」
驚きすぎて方言出てるよスペちゃん。方言っ子は私、守備範囲外なんだよなぁ。グラスちゃんは割と好きなのかな?なんか目つきがよくないぞ。
「うぅーん、そんな凄い人だと、私スカウトしてくれないかも…」
「スペちゃんはスズカ先輩と同じチームになりたいのですか?」
「うん。この前の朝日杯で私、スズカさんの姿に憧れちゃって…!」
なんだっけ?憧れとは理解とは程遠いとかうんぬん。私は嫌だなぁ。あんな理解できないぐらい強い人と同じチームなの。同じチームになっても全く弱点わからなさそう。
「まぁまぁスペちゃん!レースで勝てばきっといけマス!」
「なんであれ、実力を見せるべきね」
スペちゃんがスカウトされるかはみんななんとも言えない感じだけど、私はされちゃう可能性もあるんじゃないかなって。この前のお遊びみたいな練習レース、リトルに粘着されつつ周り見てたけどまぁスペちゃんの素質は怖い。あんだけ出遅れてたのにしっかり気がつけば勝負に絡んでた。いいトレーナーがついたらかなり厄介な相手になりそうだ。
「ま、ともかく、今は鍋を……ってまたお肉がないじゃない!」
「だめだよキング、気を抜いちゃ」
「セイウンスカイさんッ!!静かだと思ったら!!」
まぁまぁ。まだお肉はいっぱいあるんだしさ〜って言おうと思ったらなんかグラスちゃんあたりから怒気が飛んできた。ヤバ。やりすぎた。
「セイちゃん?」
「はい」
「ふふっ。鍋奉行、交代してもらってもいいですか?」
「鍋奉行なんて今回いたっけな〜」
「交代、してください」
「ハイ!」
………グラスちゃんは怒らせちゃいけないな…これ。次怒らせたら斬られそう。
「というわけで、セイウンスカイをスカウトしようと思う」
「どういうわけで!?」
冬休み明け、チームの年初めの初ミーティングでルックさんは宣言した。いきなりなのでドーベル先輩が思わず突っ込んでいた。いや私もどういうわけで?となってる。例の練習映像からルックさんも考えたと思うんだけど。
「というか、青田買いって結構グレーだったはずだけど」
「あ、やっぱりそうなんですね」
「……プライズこの話知ってたの?」
「まぁ、その、この前、タキオンさんにある練習レースの映像を見せられまして」
あはは、と苦笑いしながら言えばドーベル先輩が頭を抱えた。ごめんなさい。新年早々に、ほんと。
「はぁ……トレーナー、大丈夫?」
「何が?」
「流石に聞こえてきてるよ。トレーナーへのやっかみ」
ルックさんへのやっかみ、というのは実は生徒たちの間でも噂になってる。私とドーベル先輩を持ちながらタキオンさんという名家のウマ娘を侍らせて腐らせていると。ここに更に青田刈りなんてしたら……。
「なんだ、そんなこと?私は暇じゃないからさ、そんな話に構ってられないよ」
「アタシ、心配して言ったんだけど…」
「そこはありがと、ドーベル。けどここ、えげつないぐらいに実力主義な職場だからさ。そんなやっかみ言ってる“程度”のトレーナーはそのうちいなくなるから、静かになると思うよ」
だから気にしないでね、とルックさんは本当に気にしていない様子で言い切った。私たちウマ娘もそうだけど、中央のトレーナーも結構入れ替わりが激しいと夫から聞いたことがある。そう思えば、ルックさんの考え方はいいのかな。
ドーベル先輩はなんとも言えない顔になってて納得してないみたいだけど、本人がいい、と言っているからかそれ以上は言わなくなった。
「んで、なんでスカウトしたいか、って話だけど……それはもし、スカウト出来てから話そうかな」
「え、そこ言わないんですか?」
何にも考えてないとか、そういう話じゃないと思うけど。
「個人的な興味かな。なんとなく、彼女の為人を調べたけど、色々とね」
「トレーナーって、スカウトする前に結構調べるの?相手のこと」
「そうだよ?」
「じゃあ、アタシたちのことも」
「いや、君らは衝動的」
「そこは嘘でも調べたって言おうよ!?」
衝動的だったんだ……まぁ、今思えば夫のこともあったんだろうなぁって察しもつくし、結果的に悪くない状況なので、キッカケはなんでもいいのかな。ドーベル先輩の気持ちはわからないでもないけど。
「ちなみに、弁護するわけではないが、トレーナーくんは割とデータ主義だ」
「あ、それはなんとなくわかります。普段もそうですけど、夫から聞いた話だとわりと、昔からメモで纏めてたんですよね?」
「いやーはずかし。そそ、子供の頃から理論値纏めるの好きでね。最終的に“私は…データを捨てる…!”って感じでぶん投げたけど」
「ぶん投げたんですか!?」
なんかそれリトちゃんの持ってる漫画で読んだことある!
「それでG1獲れたからね。けど、データを取る癖自体はやめてないよ。なんだかんだ、わかりやすい指標は出るからさ」
「実際、トレーニングの時とか、タキオンともども助かってるのは事実だよね」
「ですよね」
ドーベル先輩に同意しちゃう。数字が出てるとわかりやすくていいよね。目標タイムで上がるためにどう動いていけばいいのか。このチームでは数値化でわかりやすい指導がされてる。そこに数値では出ないような根性的な部分をウマ娘であるルックさん自身が経験を元に教えてくれる。加えて、夫譲りの強みを見抜いて尖らせるのも上手。いいトレーナーさんだと思う。
仕事ぶりに関しては。
「これで光ってなければ……」
「今日は太ももに反応が出てるねぇ」
「いやぁ、我ながら慣れてるのが怖いわー」
慣れていいのかなそれ?
「私が光ってるのはいつものことだしタキオンのせいなので置いといて」
「……もうアタシ突っ込まないからね?」
「ドーベル先輩、精神衛生的にその方がいいと思います」
「プライズ……そうだよね…」
ツッコミで過労気味になってやる気が下がっちゃうドーベル先輩を見るのは辛いのでそう言っておいてあげた。チームだけじゃなくてスズカ先輩たちと一緒にいてもこの調子なので。
「話戻すけど、スカウトできるかどうかはわからないし、期待しないで待っててね」
「はーい」
新しいチームメイトかぁ〜。どうなっちゃうんだろう?
発光する変なトレーナーに目をつけられてしまったセイちゃんの明日はどっちだ