出遅れ★ダービー   作:ババネロ

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先頭民族


#2「宣戦布告」

 トレセン学園に入学して一週間以上が経過していた。寮生活はなんてことなく、娘のような年齢の子と一緒に寝ているので特になんにも感じなかった。むしろ、タイキ先輩――タイキちゃんは非常に甘えん坊だった。

「…あぁ、今日も」

 朝起きると、どうやら50%ぐらいの確率でタイキちゃんは私の布団の中に潜り込んでいた。どうにも、彼女見た目通りの留学生で、ホームシックになりがちらしい。それもあって、ドーベル先輩に甘えっぱなしだったそうな。これは同じくわざわざこちらの寮に越して来たドーベル先輩から聞いた。長い黒髪に綺麗な人で、クールビューティーって感じの子だった。

 あと、母の勘がきっといいお母さんになると思いました。私にそうやって言ってくれるあたり、面倒見がものすごく良さそうだ。あぁいう子がリトちゃんの先輩になってくれると嬉しい。

 ちなみに、リトちゃんは“美浦寮”に入った。別々になったのはもしかしたらそういう采配なのかもとリトちゃんは言っていた。

「…タイキちゃ…先輩、起きてください。朝ですよ」

 思わず頭を撫でそうになるのをこらえながらタイキちゃんに声をかけると、彼女はなんとも可愛らしい寝顔を晒しながら唸っている。本当に可愛い。癒される。はっ、リトちゃん、違うよ。お母さんは、決して、この子のこと娘みたいとか思ってないからね?

「ウウ…モウ、朝…」

「朝のランニング行きたいので、離してもらってもいいですか?」

「……ソレならワタシも行きマース…」

 1人になるぐらいなら、と一緒に彼女はランニングしてくれる。昨日出会ったサイレンススズカ先輩とは真逆の人だなぁという気持ちになる。とにかく懐っこい。ただ、それは寂しさからくる甘え癖のようで、母性がどうしても刺激される。甘やかしたくなる。

 いけない。そのうちママですよ〜とか言い出したら終わりだ。仮にも彼女は先輩なのだ。同期(予定)だけど。

 寝ぼけまなこのタイキちゃんを起こして、体操着に着替えて私たちは寮を出た。走り始めのうちはタイキちゃんは本当に昨日の元気はどこいったんだと言わんばかりの静かさである。朝が相当弱いらしい。

「ンン〜!チョット目が覚めテキマシタ!」

「ふふ、よかったです。もう少し行ったら引き返しましょう」

「OK!」

 学園近くの土手はウマ娘用に整備されていてよく生徒がランニングに使用するらしい。ちょうど、前方から引き返してくる生徒が見え…ってあれは。

「オウ!スズカ〜!ハウディ!」

「あら…?タイキと…あとは、プライズ、さん?」

「おはようございます、スズカ先輩」

 こちらに向かって来ていたのはジャージ姿のスズカ先輩だった。タイキ先輩の様子からして友人同士のようだった。私とタイキ先輩へ向ける視線の差が激しい。

「珍しいわね、タイキが朝早くランニングなんて」

「ひどいデース!?ワタシだって今年デビューデスカラ!」

「そうだったわね」

 くすりと笑う仕草がなんとも様になっていて、私よりもよっぽど大人っぽくない?スズカ先輩。おかしいな…私、一児の母なんだけど。

「それにしても、そうなると、タイキともいずれ一緒に走るのかしら?」

「あれ?スズカ先輩も、今年デビューを目指しているんですか?」

「…え、えぇ。も、っていうことはあなたも」

「ソウデス!スズカ、プライズも一緒デス!」

「なら、あなたとは同期……」

 ほんの僅かに、スズカ先輩の目つきが変わった。なんとなくだがわかる。これは敵意というか、警戒してる目だ。なんだろう、人見知り以上に、穏やかな子なのかなと思ってたけど、競技が絡むとそうでもないのかな…?

「モウ、スズカ!ソンナに見つめチャ、怯えてシマイマース」

「ああ、ごめんなさい。プライズさん、よろしくね」

「え、あ、はい」

 初日とは比較にならないほどハッキリとした口調でよろしくされてしまった。これ、怖い先輩にロックオンされた感じですか?タイキ先輩もことあるごとに、今も守ろうとしているのだろうけど、胸と腕に挟まれて若干ヘッドロック気味なのはもう、慣れるしかないかなぁ?

「それじゃあ、私はお先に…」

「アッ、スズカ、一緒に…ってもうイっちゃいました」

 ヘッドロックかまされたままの私はその速さに思わず目を見開いた。早い、いや、疾い。ウマ娘の全力疾走は街中でも少しだけみたことがあるけど、彼女の、サイレンススズカの走り去る姿はまるで一陣の風のように颯爽としていた。

 私の方が早い、と見せつけているような。そんな気さえしてくる。

「オゥ…行ってシマイマシタ」

「そうですね…というより、タイキ先輩。締まってるので、離してもらっても」

「アッと!?ゴメンナサイ!プライズ!」

 

 

 

 トレセン学園における朝はこの一週間強でだいたいこのようにタイキ先輩とのランニングから始まり、2人で食堂へ行って、朝ごはんを食べて、あと授業中は各々の教室で授業を受ける。授業に関してはついていくのがかなり大変だ。受験勉強してわかっていたつもりだけど、こと、学科のレベルも高い。特に、この年になるとちょっとずつ頭の吸収が悪くなっているから余計に。

「ふぅ…」

「大丈夫?アンタ」

「あっ、ごめんなさい。ついため息を」

 隣にいる子に声をかけられてしまった。隣の席の子はゴールドシチーちゃんだ。どう見ても雑誌でよく見かけるモデルさんです。こんなことあるんだね。すんごいストイックな感じで、近寄り難そうな感じかと思いきや結構面倒見がいい子みたいで、ちっこいせいか私がため息をついたり難しい顔をしているとこうして声をかけてくれる。既にデビューしているのだけれど、同じクラスだ。

「いや、別にいいけれど…この前みたいに頭ぐるぐる回しちゃう前に、他の子に聞いときなよ」

「あはは…そうします」

「んじゃ、アタシはこれから仕事だから早退するね」

「はい。お仕事頑張ってください」

「……りょーかい」

 モデル業と兼任しているとどうしてもこのように早退することがあるらしい。大変な子だ。そういえばもうお昼休みなんだよね。お昼はタイキちゃん、ドーベル先輩たちと食べてるし、今のところは1人で過ごしている。リトちゃんとは極力接触を避けている、というかリトちゃんが避けてくれている。やっぱり親子なので、どうしてもリトちゃんは私にも似ていて、並ぶと姉妹に見える。

 そこから色々詮索されるのも今は面倒だということで、リトちゃんは私と距離をおいた。正直に言えばかなり寂しいけど、私と違ってすっごいしっかりものに育ってくれて嬉しいよ…母さんは…。

 ひとまず教室を出て、廊下に立つとここ最近で見慣れた背中が見えた。タイキちゃんである。

「アッ!プライズ!待ってマシタ!一緒にお昼食べまショウ!」

「あ、はい、よろこん――わっ、ちょっ、まだ返事してないですから!?」

「ゼンはイソゲデース!」

 軽いせいかひょいっと傍に抱えられて私は食堂へ連行された。みんな私のことマネキンか何かと勘違いしているのかな?

 ともかく、連行された先にいたのはスズカ先輩とドーベル先輩と、あと見慣れない先輩…スズカ先輩とは近い明るい栗毛の、なんか目がしいたけ?ってぐらい輝いている先輩だった。

「みんな〜!プライズ、連れてきまシタ!」

「…どうみても拉致してきたように見えるけど?」

「うそでしょ…」

「むむっ!なんだか不幸な予感!」

 強制的に椅子に座らせられて、スズカ先輩、ドーベル先輩がなんとも言えない顔になっている。そして、なんか見慣れない先輩は…今、なんて言ったの?不幸?

「えっと、そちらの方は?」

「おっと自己紹介がまだでした!私はマチカネフクキタルッ!と申します!」

「初めまして。プライズ、といいます」

「早速ですがプライズさん!?占いにご興味は?今なら水晶占いをサービスしちゃいますよ!」

 ゴトっ、とどこからともなく水晶玉がテーブルに置かれた。いや、その、みなさん引いてますよ?

「……えぇっと、そういうのは間に合って、ます?」

 どうみても怪しいアレにしか思えず、定型文を返すとドーベル先輩が大きくため息をついてフクキタル先輩の水晶玉を下げさせた。

「ごめんね?フクキタル、こういう子だけど、怪しいけど悪い子じゃないから」

「ちょ、ちょっと、もう少しオブラートに包んで頂いても…?」

 ツッコミ役はどうやらドーベル先輩だけらしい。ともかく、フクキタル先輩は後から聞くに占いとかそういうのにどハマりしているだけで、なんか怪しい勧誘とかはしてない、らしい。

 ともかく、私の周りにいるのはなんとも不思議な子たちだった。どうみてもタイプが違って仲良くはなさそうなのにこうしてつるんでいるあたり、仲はいいのだろう。そして、全員が今年デビューを目指す同期。私もそこは同じだ。だからタイキちゃんはここに連れて来たのかもしれない。

 優しい子だ。本当に優しい子。

「タイキ先輩?」

「なんですカ?プライズ」

「ありがとうございます」

 なので、最大限の慈愛を込めて笑顔を向けると、タイキちゃんはなんとも言えない嬉しそうな恥ずかしそうな顔をして「ドウイタシマシテ」と答えてくれた。まるでお母さんに褒められて照れくさいような感じだ。

「タイキ、プライズに甘えすぎちゃダメだよ。後輩なんだから」

「ウッ」

 そんなタイキちゃんにドーベル先輩は釘を刺して来た。私も甘やかしすぎないように気をつけないとね。

 というわけで昼食会、となったのだが、みんながいただきますと唱和した直後にフクキタル先輩がおもむろに言った。

「それにしてもこの集まりは一体どういったことですか?」

「え?普通にご飯食べるんじゃなかったっけ」

「……そうだっけ?」

「NO!イイマシタヨね!?コレはケッキ集会デース!」

 タイキちゃんが箸を持ったまま勢いよくそのように宣言すると、当然周囲から視線は刺さるし「オイそこ!行儀悪いぞ!」と、確かもう一つの美浦寮の寮長さん、ヒシアマゾン先輩に注意されてしまった。タイキちゃんは勢いよく謝りながらまた座った。元気がいい子は私好きだよ。

「決起集会って…何するのよ」

「何っテ、みんな、今年でデビューデス!だから、ソノ!」

「なるほど!これから競い会うライバル同士、宣戦布告ッ、ということですね」

「私の方が早いわね」

「いやまだデビューする前から!?あとスズカ、早すぎ!」

「いいことでしょう?」

 なるほど?ドーベル先輩この調子で、1人で捌いているんだね?

 会話に加わらないと…娘ほどの子達だから気をつけないとね。歳バレないように。

「そういえば、えぇっと、みなさんの適正距離って」

 私のその問いに真っ先に答えたのはドーベル先輩だった。

「私は…マイルと中距離、かな。長距離も走ってみたいけれど…」

 ドーベル先輩は、あの名門“メジロ”の子だった。ゆうちゃんに聞いたらなんでも…長距離といえばメジロというほど“ステイヤー”をたくさん輩出しているらしい。そんな彼女がマイルと中距離が適正なのに、長距離を走りたいというのはお家柄なのか。

「ドーベルとは路線は違うけれど、私も中距離とマイルが向いているわ」

 スズカ先輩も同じ距離だった。それにしても、路線が違うとは、どちらかがクラシック三冠、もう片方がティアラ路線なのだろうか。

「おっと、私は中距離…と長距離も目指せるかもしれない、とのことです!」

 フクキタル先輩は多分3冠路線だ。間違いなく私とぶつかる。奇天烈な先輩だけど、中央にいるということはきっと無茶苦茶強い。リトちゃんでさえ、受験前の特訓で私は何回か負けかけた。本格化が先に始まっているかの差でしかなかったのだ。

 それにしても、この時期はまだ適正距離なんてわからない、って聞いてたのに、もうわかってるのはどう考えても彼女たち、只者じゃない。

「ワタシは短距離とマイルデース!」

 最後にタイキちゃんだけ完全に別路線だ。マイルでスズカ先輩やドーベル先輩とやり合うか、といったところか。

「えっと、私は中距離とマイルって、入る前のコーチ(裕二)から聞いてます」

「へぇ、プライズはクラブか何に入ってたの?」

「まぁ、そんなような感じです」

 ゆうちゃん曰く、私はマイルか中距離、長距離は正直、7段階評価とするなら上から3番目、Cだと言う。端的に私は年齢的に、肺活量が十代のウマ娘としては下がってしまっているからだ(それでもヒトとは比較にならないらしい)。

 高山トレーニングなんかやってる余裕はないので、3冠は無理に狙わないようにと言われてるけど…。

「私、クラシック3冠狙います」

 私はそのように宣言した。ほんの少し、食堂が静かになった気がした。クラシック3冠。それがどれほどの重みであるかは…入学前にリトちゃんにかなり教えられた。皐月賞、日本ダービー、菊花賞は一生に一度しか走れない。だからチャンスは一度切り。3冠達成をしたウマ娘はごく僅かしかいない。

 達成すれば偉業。そう言われるほどの目標をこんな場所で宣言すればそんなふうに注目を集めてしまう。目立っちゃうのはよくないけど、これは夢だ。掴む前に言わなくちゃいけない。夫が欲しかったのただのG1一勝ではない。“クラシック三冠を手にすることができるG1ウマ娘”だ。

 私の宣言に、先ほどまで気軽なムードだった先輩たちが真剣な表情になっていた。

「アタシは…ティアラ路線だけど、同じく3冠を…トリプルティアラを目指すつもりなの。だからプライズ、応援してるよ」

「ふむふむ…ならプライズさんとはぶつかりますね…」

「えぇ、私も。皐月賞と、ダービーは」

 なるほど、これが中央トレセンなんだ、と私は初めて理解した。

 

――いいかいライズ?中央は誰しもが一番になりたいとそこにいる。一度しか手に入れられない冠を手にしようと死に物狂いでそこにいる。仲の良い友達だろうと、ターフの上では超えていくべき相手なんだ。だから、普段から…呑まれてはいけないよ。

 

 夫の言葉が蘇る。そうだね。これは、私が見た目通りの年齢なら呑まれていたかもしれない。けど、これぐらいの気迫は、私を守った時のゆうくんと比べればまだ大丈夫。

 私は努めて笑顔を維持したまま、応えた。

「楽しみにしてます。フクキタル先輩、スズカ先輩」

 私の夢は夫の夢。私が壊した夢を叶えるために、私は負けるわけにはいかない。たとえこれから、仲良くなろうとも、ここだけは譲っちゃいけない。

 

 

 

「楽しみにしてます。フクキタル先輩、スズカ先輩」

 プライズ、タイキの新しいルームメイトの、新しい小さな後輩から発せられた気迫にアタシは呑まれそうになった。向けられたのはフクキタルとスズカだというのに、まるで覚悟の違いを見せつけられたかのように思えて。

 隣を見ればフクキタルはちょっと呑まれていた。対してスズカは涼しい顔をしている。スズカは確かに早い。距離が短くないとまだその持ち味をいかせていないけど「私の方が早いです」と自信満々に言えてしまう程度には早いのだ。そのせいで去年、いろいろ起きたけど…。

 ともかく、こんなおとなしそうな子が発して良いい気迫じゃないのは確かだ。プライズの底が見えない。まるで、アタシたちよりも長く生きているのではないかというぐらい深みがある。

 今ここで、プライズだけがまだ走りを見せていない。それもあって、ひどく不気味にさえ思えた。

「決起集会っテ、こんなカンジでイイんですカ?」

 冷え切りそうな空気がタイキの声で元に戻る。いや、これ決起というかフクキタルの言う通り宣戦布告してるからね?

「あはは…けど、私も先輩たちに負けないよう、がんばります!」

 プライズのまとっていた底なしの気配が雲散する。同時にフクキタルもいつもの調子で「ライバル出現…これは凶報では!?」と言い出した。スズカはマイペースにスープを飲み出した。うん…なんだろう、もっと真面目な空気を維持できないのだろうか。

 ふと遠くの席を見ると、デジタルさんがこちらを見てなんともいい表情でサムズアップしていた。

 あぁ…これは次のデジたん先生の本のネタになるのかもしれない。やめて…。




なお、まだスズカ先輩は1人部屋です。
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