出遅れ★ダービー   作:ババネロ

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#29「その夢のために」

 夏の夕暮れに照らされた砂浜。耳に届くのはさざ波のざわめきと、一人の少女の狂笑だった。その少女の足は硬いギブスで覆われ、松葉杖を使って砂浜の上に立っていた。もはや、走ることも歩くことも叶わなくなり、ただそこについているだけとなった足は二度と動くことはない。

 少女はウマ娘だった。競争ウマ娘だった。競争ウマ娘にとって、全盛期ともいえる時期に故障し、引退するというのは何を意味するのか。

 狂ったような笑い声と、とめどなく溢れる涙が答えだった。ここが終わり、果て、たどり着いた場所。まるで世界の終焉を迎えたかのような人気の無さのこの場所が少女の走った先に待ち受けていた景色だった。

 終わってしまった少女の前で崩れ落ちている女性がいた。黒毛のウマ娘だった。彼女もただ涙を流すしかなかった。目の前の女性に対し、少女が感じていたのは怪我の原因を作った憎しみなどではなく、ただひたすらに――申し訳なさだった。

 

 

 

「………………はぁっ…またあの夢か」

 アグネスタキオンが目を覚ました場所は砂浜の上などではなく、チーム・フラガラッハの部屋、つまりはルックアップミーの執務室であった。メジロドーベルのおかげで清掃が行き届いたこの部屋はちょっとした休憩にはちょうどよく、タキオンは研究室にいない時はここで仮眠を取ることが多かった。

 一年前まで寮で同室であったアグネスデジタルが部屋を移動してからは彼女の身の回りの世話をしてくれる人物がいなくなったため、結果的にルックアップミーに頼ることとなり、この部屋に入り浸るようになった。

「ひどくうなされてたよ、タキオン」

「なら起こしてくれてもよかったんじゃないかい?トレーナーくん」

 ルックアップミーも休憩をしていたのか、ティーカップを手にタキオンが眠っていたソファの対面に座っていた。もちろんテーブルの上にはタキオン以外のチームメイトに関する資料が散らばっている。

「それで?またあの夢ってことは、アレ?私がタキオンを故障させてタキオンも狂って泣き笑いしてたってやつ?」

 最悪な目覚めに更に最悪な気分を上塗りされたようにアグネスタキオンは感じたが、ルックアップミーの歯に衣着せない口はもう慣れきってしまっており、頭をかきながら頷きつつ身体を起こした。

「そうだよ。なんで見るんだろうねぇ」

「ふふっ。並行世界ってやつだったりして」

「正物質と反物質の話かい?結局のところ証明できないって話だったはずだが」

「ロマンあるよね。もしかしたら私が裕二トレーナーとあのままG1取って結婚した世界があったかもしれないし、タキオンが何事もなくデビューして無敗3冠達成したかもしれないし、プライズがいなかった世界もあるかもしれない」

 寝起きの十代の少女に憎しみ混じりの笑みを浮かべながら話さないでほしいとアグネスタキオンは珍しく年齢相応な少女としての思考をしつつ、身体を伸ばした。

「んっ………よくもまぁ、そんなものを抱えながらプライズを担当できるね」

「私は大人だからね」

「衝動的に我がチームのエース二人をスカウトしたのは誰だったか」

「……ごめんなさい。子供です」

 大人と言うにはまだあどけなさが残るルックアップミーというウマ娘はアグネスタキオンにとって共犯者であり、貴重な研究対象だ。良好に見える関係を築いたのはただ単に“快くモルモットが実験に協力する”ようにしているためだ。

「(本格化の影響というのは精神面にも影響するのかねぇ。このあたりはカフェの方が詳しいが…)」

 ウマソウルそのものから発生する影響が肉体以外にもあるというのはアグネスタキオンの“知人“であり、監視役でもあるマンハッタンカフェの”お友達“と”マンハッタンカフェのウマソウル“から推測するまでに至っているため、聞くまでもないだろうと彼女は判断する。

「ふむ、それで?この前のトライアルの結果を見ていたのかい?」

「そうだよ。まぁ、ギリッギリだったからねぇ」

 話を切り替えようとアグネスタキオンはテーブルの上の資料へと目を移す。データ化前に紙での記録を取る癖がルックアップミーにはあった。そして、今目の前にある資料の中身はアグネスタキオンのチームメイトであるプライズの“皐月賞トライアル”対象となっているOPクラスのレース結果だった。

 適当な一枚をアグネスタキオンは手に取り内容を確認する。

「本格化の終了の兆しは無し…実に一般的なウマ娘として育っているじゃないか」

「これなら今年度は大丈夫そうだし、あとはどこまでこの子がいけるかだけど」

「そればかりは彼女次第だからねぇ」

 タイムが記されていた資料を見たアグネスタキオンはプライズが競技ウマ娘としては高齢ながら十代のウマ娘と何ら遜色ないタイムを出しており、一般的な追込ウマとして十二分に通用するものだとわかる。

 それ自体が“異常”だということに口元を笑わせながら。

「足の直りもこの様子だと問題なさそうだね」

「まぁ、痛めたの筋だからね。骨とかじゃなくてよかったよ」

 プライズは昨年末の朝日杯FSで“領域”を使用した結果足を痛めていた。そのため一ヶ月強の休養をとって、2月の皐月賞トライアルにいきなり参加となった。結果はハナ差での勝利。領域の使用を禁止し、小柄な身体を生かして相手を風除けとして徹底的に利用して体力を温存し、出来うる限り早く長くスパートをかけての勝利であった。

 この作戦はルックアップミーとプライズが話し合って決めた作戦であり、マークされるならと逆に一人ずつまなざしを向けていったような形となった。一緒に走っていた相手は全員走りづらそうにしていた。

「さて、このトライアルでは縦長にならなかったが……皐月賞ではどうだろうね」

 プライズが最も苦手とする展開。それは高速レースであり、縦長の展開となることだ。マイルまでの距離であれば現状のプライズでもまだ間に合う。しかし、皐月賞はこれまでのマイルよりも長い2000m。つまりは中距離となる。アグネスタキオンは皐月賞、否、その後のクラシック2冠も厳しいと言うしかなかった。

「皐月賞は“最も速いウマ娘”が勝つ、と言われるぐらい高速展開のレースだ。プライズとの相性は最悪だろうねぇ」

「コントロール…しようにも、クラシック3冠のレースはちょっとワケが違うからね」

 一生に一度、誰もが必死であり徹底的に相手のことは洗ってくるとルックアップミーは“経験”から知っている。プライズのことは週刊誌や“異次元の世代”の一角として見られているだけあって警戒度が段違いだと感じていた。

「プライズへのマークは多分、これまでの比じゃない。何にもさせてもらえないかもしれない」

「可能性は十分あるねぇ。おまけに、君のことを快く思わない輩も多いことだろう。同時3冠なんて達成させたくない、とね」

「……うっ」

 ルックアップミーというトレーナーは外部から見ればほぼ初めて担当を持ったにも関わらずいきなりクラシック3冠路線、ティアラ路線を同時に狙い、しかも手が届くかもしれないという史上類を見ない栄誉を勝ち取る可能性があるのだ。それを快く思わない者たちもいる。

 それはプライズやメジロドーベルの相手となる選手のトレーナーにもだ。

 嫌いな相手こそ詳しくなるもので、特に異常なプライズへの対策は執拗なまでにすることがルックアップミーは簡単に想定できた。

 担当二人には心配する必要はないと言い切ったが、実のところルックアップミーは不安であった。どれだけ不敵な態度やアグネスタキオンと似た瞳をしたとしても、彼女の根は決して明るいものではなく、データ主義な面からしても楽観的に物事を考えられないウマ娘だ。

「まぁ、そんな場外の話はどうでもいいんだろう?」

「そりゃ、まぁ…走るのはあの子たちで、勝利も敗北もあの子たちだけのものだからさ」

 しかし、だからといって臆することはなく、ルックアップミーは前へ進み続けている。アグネスタキオンは健気なものだと内心、愛玩動物へ向けるような愛らしさをルックアップミーへ感じた。

「話を戻そう。それで?そのまま終わらすのかい?」

「まさか。強みを生かす、ってなると何もプライズの強みは根性だけじゃない」

「ほう。というと?」

「ここだよ」

 ルックアップミーが自らの頭を指差す。

「レースコントロールは難しいんじゃなかったかな?」

 プライズの頭の回転に関してはアグネスタキオンも選抜レースの頃から理解していた。その後の出場したレースや本人との直接の交流でどの程度のものかまで深まってもいる。だからこそ、徹底的に傾向と対策を取られれば本人が“無理”と判断してしまうほどだということも知っている。

 できない、とわかってしまうのはかなりの精神的ダメージであるとアグネスタキオンもルックアップミーもわかっていて、そのうえでレース中のレースコントロールは不可能だと判断していた。

「だからさ、こっちも正々堂々、真正面からやらなきゃいいんだよ」

「話が見えないね。どういうことだい?」

「人の認識って、固定されると突然の変化についていけないよね」

 ルックアップミーのあからさまに悪い笑みにアグネスタキオンは何を考えているのか理解し、笑った。

「はははははっ!そういうことかい?君も大概詐欺師だね」

「いやいや、これ考えたの、スカイだから」

「彼女が?なるほど、納得だ」

 新たなチームメイトの名前が出て、アグネスタキオンは納得する。

「だからさ、プライズにはさ――」

 

 

 

「――逃げについていけるだけの呼吸を学んでもらうね!」

「はい?」

 2月も半ばの学園内練習コースにいる、復帰戦のオープンをギリギリでなんとか勝った私にルックさんはそう言ってきた。いや、なんて?逃げについていけるだけの呼吸(スタミナ)?

「いやいやいや!無理ですよ!ルックさん!」

「トレーナー、流石に無茶じゃない?」

 ドーベル先輩も無茶だと言ってるし!これまでの戦法がキツイのはわかっていたけど、だからっていきなり逃げに転身は無茶すぎる。って目を向けたらルックさんはいつもの胡散臭い笑顔で「まぁまぁ」と言ってくる。

「これ考えたのスカイだからさぁ」

「え?どういうこと?」

 コースの傍の芝で日向ぼっこに興じているスカイちゃんへ視線を向ける。新しくチームに入ってからのスカイちゃん、なんというかほんと自由気ままで猫みたいというか…練習で空いてる時間はあぁしてよく寝ている。ちゃらんぽらんな子ではないみたいだけどちょっと心配……なんだけど、そんなスカイちゃんが私のために何かを考えてくれてたってこと?

「あぁ、私の方から話をして、一緒に考えてもらったんだよね。皐月賞で勝つ方法」

 皐月賞で勝つ方法…私は意識を切り替えた。正直なところ、このままじゃクラシック3冠は無理だよなぁって、自分で思ってた。デビューから一年弱、スピード以外に関してはかなり良くなったと自信があるけど、スピードだけはどうしても伸び悩んでいた。どれだけ加速しても、どれだけ踏み込んでも頭打ちする。領域がそれを解決してくれたけど、下手に使えば体を痛めてしまう。

 皐月賞は「一番速いウマ娘が勝つ」と言われるほどの高速レース展開となることが多い。となると、私はついていけない可能性だってある。

「うん、いい目だ。じゃあ具体的に何をするかの話をしようか」

「お願いします」

 ルックさんはそう言うと、手に持っているタブレットを操作して私に画面を見せてきた。画面の中にある内容はこれまでの私のレースに関する記録だった。

「プライズのこれまでの出走記録?」

「ドーベル、脚質の部分はどうなってるかな?」

「……差し、追込だけに決まってるよね」

「そそ。じゃあここで問題。差し、追込のウマ娘がいきなり逃げに転向してそれなりに走ってみせたらどうする?」

 ドーベル先輩が難しい顔をする。私もルックさんの狙いはわかった。

「もしアタシが相手なら……混乱するかな」

「正解。だからプライズには種目別競技大会で“逃げ”で走ってみせて、本番では一瞬逃げの動きして、あとはいつも通りにやってもらう。もちろん、種目別競技大会での逃げのためにトレーニングをするわけだけど、これで高速展開への慣れとちょっとだけスタミナを伸ばす方向へ行くよ」

 相手を本番前から騙す。水面下でこれまでも行われていた場外戦術。私に異存はないし従うけど、だ。

「……ルックさん、これ、相手もやってこないっていう保証ないですよね」

「そうだね。というか、常套手段だよ。一番最近の例だとハッピーミークがそうかな。走り出すまで何をするのかわからない、って言われてたからね」

 なるほど。ハッピーミークさんほど適性が広いとやりたい放題できるわけだ。決して強いわけじゃないけど、過去の映像見てたら逃げで走ってみせたレースもあった。その直後にいきなり追込になったり。読みづらいと対策する側はたくさんのプランを用意しなくちゃいけないから、それだけ負担になる。しかも、今回は準備期間なんてあってないようなもの。

「けど、一ヶ月半でスタミナなんかつくの?」

「そこはね、スペシャリスト呼んでくるよ。高速展開に慣れて、かつ呼吸の入れ方が上手い人をね」

「………そんな人いるの?」

 ルックさんとドーベル先輩の話を聞きながら、知り合いの中にそんな条件に当てはまる人いるかな?と思ったけど、唯一あったのはスズカ先輩。けど、先輩とは同期だし、まさか敵に塩を送るような真似をするとは思えない。いや、実力差があるからそれぐらいじゃ大した旨味にならないかもだけど。

「心配しないで、とびきりの子だからさ」

 ルックさんが太鼓判を押すので、とりあえず信じてみよう。

 

 

 

 ――そんなやりとりがあった翌日のトレーニングで、体操服で練習場に行くとルックさんの隣に背の高いウマ娘さんが立っていた。ふわふわなロングヘアの鹿毛で、ルックさんよりも後ろ姿が大人っぽくみえる。一応学園の体操服を着ているから生徒なんだろうけど…誰なんだろう。

「ルックさん!お疲れ様です!」

「お、きたね!」

 近づいて声をかければ、ルックさんと一緒にその人は振り向いてくれた。

 見覚えがある顔だった。優しそうで、私を見た瞬間に柔らかい笑顔を浮かべてくれた。

「あなたがプライズさんなんですね」

「あ、はい。そうです」

 語尾に音符がついてるんじゃないかってぐらい声が跳ねていた。すごい楽しそうにしていらっしゃる。

「紹介するね…というか、有名だから知ってるかもだけど。彼女はスーパークリーク。君のちょっと上の先輩で、あのオグリキャップのライバルの一人だよ」

「すごい人きちゃった!?」

 いきなり芸能人クラスの人きちゃったよ!?スーパークリークって言われれば流石に私もテレビで何度か名前は聞いたことがあるウマ娘だ。たしか、ステイヤーで、今はドリームトロフィーリーグにいるはず。けれど、最近の高速展開のレースにも適応してる“高速ステイヤー”……。

「あらあら、すごい人だなんて」

「いやだって、え?いいんですか?私のために」

「ふふ。お安い御用ですよ。ルックトレーナーには借りもありますから」

「君のトレーナーが、だけど」

「それでもですよ」

 うーん、ものすごく大人な雰囲気。これじゃ私が子供みたいだ。一番この中で歳上のはずなのに。

 ちなみに、今日はスカイちゃんやドーベル先輩、タキオン先輩は自主練ないしは休養日なのでいない。ルックさん曰く、今一番時間をかけなくてはいけないのは私らしい。

「えっと、改めて……プライズです。よろしくお願いします」

「はい。こちらこそ」

 保母さんとか似合いそうだなぁ〜って思った。包み込むような感じがこの子からはものすごいする。けど、何故だかスーパークリークさんにはこっちも母性が湧くというか……大人っぽく見えるのに、子供だという印象も受ける。ちぐはぐな感じだ。

「で、具体的に何をするんですか?ルックさん」

「まずはともかく併走かな。クリークには本気で走ってもらってもいいかな?」

「はい、それがプライズさんのためになるなら〜」

 ドリームトロフィーリーグのウマ娘の本気、と聞いて私は思わず息を呑んだ。いわゆる“レジェンド”である彼女から何を学びとれるのだろう。

 

 

 

 

 

 スカイ先輩が母のチームに入ったと聞き、まず感じたのが嫉妬であった。母との対戦、母とのレース。それが今の私の夢の一つだったから。母と共有できる趣味はできるだけしてきた。けれども、母と本気で出来ることは少なかった。だから目指していたのに。

「リトルさん、大丈夫ですか?」

「ッ……あぁ、すいません。フラワーさん」

 こんな嫉妬をしても何にもならないというのに。それに今はフラワーさんの植木鉢を運んでいるのだから、落としでもしたら目も当てられない。

「すいません…!もし体調が優れないようでしたら」

「いいえ、体調は悪くありません。それに、私は体調がわるければハッキリと言いますので」

「…そ、そうですね。リトルさん」

 クラスメイトである彼女に余計な心配をさせるわけにはいかない。母よりも背が低い、私の隣を歩くニシノフラワーさんは優しい子で、無愛想で人付き合いが苦手な私でもよくしてくれている。クラスの中でも体が大きく浮いている私に最初から話しかけてくれたのは彼女だ。だから、こうして時折、恩返しのつもりで手伝いをしている。

 飛び級をしてまで入ってきた彼女の素質はとびきりのものだと聞いている。短距離、マイルでの瞬発力はこの小柄な身体からは想像もできないほどのもの。母といい、ウマ娘というものは見かけで判断できない。

 私の適正距離ではマイルでの対戦の可能性がある。その時は是非とも真っ向勝負をかけたいところだ。

 考えているうちに学園の本校舎裏までやってきて、フラワーさんが個人的に育てている植木鉢に今私が持ってきたものも加える。

「ふぅ。ここでいいですね?」

「はい!すいません!手伝ってもらっちゃって」

「いいえ、これぐらいならおやすい御用です」

「あの、何かお礼を…」

「普段からよくして頂いているので十二分に頂いています。では、私はこれで」

 素っ気なさ過ぎるだろうか。母から何か言われそうだが、仕方がない。今までもこうしてきた。一度手を洗い教室に戻るか、と思い校舎裏から出ようとした時だ。建物影から一人のウマ娘が現れる。

「私のお花ちゃんはここかな〜……って……げ」

「人を見るなりその顔は失礼では?」

 芦毛。気ままな雲のような雰囲気。タイミングが悪くスカイ先輩と出会した。げ、とはなんだ。

「あ!スカイさん!」

 フラワーさんがスカイ先輩を認めて駆け寄ってくる。それを見たスカイ先輩が表情を私に向けているなんともいえないものから飄々としたいつものものへと戻す。切り替えが早い。

「おや、フラワー。奇遇ですなぁ。こんなところで、どうしたんだい?」

 若干こっちに凄みを飛ばすのはやめて頂きたい。

「新しい植木鉢を下ろそうと思って。リトルさんには新しい植木鉢を持ってきてもらうのを手伝ってもらってたんです!助かりました!」

 無邪気なフラワーさんの言葉に私は頷く。スカイ先輩は「だろうと思った」と安堵していた。いい加減、気がついて頂きたいものだが、いつまで私は勘違いされたままになるんだろうか。

「あっ…そうだ!ごめんなさい!私これからビコーちゃんとお勉強しなくちゃいけないんでした!」

「おっと、そりゃ邪魔しちゃったね」

「いえ!それじゃあこれで!リトルさんもありがとうございました!」

「お気になさらず」

 フラワーさんがスカイさんの横をすり抜けて走っていく。なかなかの瞬発力だった。

「………ずいぶん見るじゃん」

「彼女は非常に高い素質を持つと聞いています。気にかけるのはおかしくないのでは?」

「けどわざわざ植木鉢持ってきてあげる?あれぐらいならフラワーだけでもいけただろうし」

「彼女には普段からお世話になっていますから」

 なぜこんな空気になっている。なぜスカイ先輩とは和やかな空気になれない。私はただ事実を話しているだけなのだが。

「そうそう、もう聞いてると思うけど、私さ、リトルのお母さんと同じチームになったんだ」

 話題を切り替えて空気も入れ変えようとしたのだろう。けれど、その話題にだけはしてほしくなかった。さきほど封じ込めた嫉妬などがまた首をもたげてくる。

「抜け駆けがお得意だとグラス先輩から聞きましたよ」

「も〜グラスちゃんったら後輩に何を教えてるんだか」

「ですので、母の前にまずあなたです。スカイ先輩」

「…………は?」

 母を育てるルックアップミー。同じく彼女に育てられるセイウンスカイ。母と本気でレース(遊び)をするために、まずは越えないといけない壁。私はそう思っている。今の私では手も足も出ない。しかし、可能性は0%ではない。

 スカイ先輩の表情は一瞬の驚きのあと、生意気な後輩に若干の苛立ちを覚えたのか僅かに目を細めて攻撃的なものになったが、すぐに飄々とした感じに戻る。

「ひゃ〜怖いなぁ。私、そんなリトルに恨まれるようなことした〜?」

「いえ、何も。ただ、母を倒すのは私ですので、そこだけは憶えておいてください」

「ふーん……リトルの夢って、お母さんと戦うことなの?」

 ………そういえば、一度も先輩たちには言っていなかったか。

「母とは、生まれてからずっと、本気で遊んだことがなかったんです」

「どゆこと?」

「ゲームなどで遊んでも母はあまり強くありませんでした。そのたびに母は私に謝るのです。それが嫌だった。母とは対等にいたかったのに」

 我ながらおかしな話ではあると思う。……本当はただ、気にしないでと言えばよかったのだろうに。私は色々と下手くそだ。

「けど、今は同じレースを走る身となった。そして、母の素質は高い。私よりも。ようやく、正面からぶつかることができる」

 これはきっと、気がつけば体が大きくなりすぎてしまった私の、母へ甘えたい感情の一つなのかもしれない。ひどい回り道だ。

「ですから、私の夢に先に触れようとしたあなたを、まずは倒したいと思います」

「…ありゃ?そういうこと?宣戦布告されてる?」

「えぇ」

「……そっかぁ」

 スカイ先輩は私の宣戦布告を受けて、少し考える素振りをするも、仮面は剥がしてくれなかった。

「ちょっと悪いことしたかな」

「いいえ。スカウトされたのはあのチームのトレーナーの意向と母からも聞いています。なのでこれは八つ当たりです」

「うへ〜〜、怖いよリトル。あと、これグラスちゃんあたりに言ったらぶっ飛ばされてると思うよ?」

 それはそうだろう。グラス先輩にこんな生意気な口を聞こうものならいきなり眉間に薙刀を振られてもおかしくない。いや、例えの話だ。それほどまでの殺気を向けられるということだ。

「はぁ……まぁ、でも、そこまで言われちゃあ、セイちゃんも黙ってられないなぁ」

「すいません」

「いいよ、別に。謝らなくても。けど、ちょっとさ、今のリトルとならやりたくなったな。レース」

「え?」

「正直、いつものメンバーの中で何考えてるかわかんなかったんだよね一番。そのくせ、人のはらわたを覗き込むようなことするからさ」

 よく言われる。口下手で、何をお前は考えているんだと。

 スカイ先輩はほんの僅かに、私の瞳を射抜くような威圧感を出した。

「けど、もう、わかった。だからさ、今度の種目別競技大会、出ない?」

「もとより出るつもりです」

 母が出場するという距離に。

「ありゃそうなの?」

「はい」

「そりゃそっか。リトル、真面目だもんねぇ」

「ありがとうございます」

 スカイ先輩が微妙な顔になったが「ま、じゃあ楽しみにしとくよ」と話はそれで終わりなのか手をひらひらと振ってその場から去ろうとする。

「あ、そうだ」

「はい?」

「さっきの夢の話、キングとかにはあんまりしないほうがいいよ?」

「どういうことですか?」

「お母さんに向ける感情って、人それぞれだからさ」

「……あぁ、そうですね」

 言われて、そうだと思った。キング先輩のお母様は非常に有名だ。多くの功績を残した競技ウマ娘であり、偉大な親の下に生まれた子供となれば――想像に難くないものがある。

「それじゃあ本当にばいばーい」

「はい。お疲れ様でした」

 スカイ先輩もいなくなり、私はその場に一人取り残された。

 母とスカイ先輩が出る種目別競技大会。私はまだ未熟だ。足元にも及ばないかもしれない。だけど、それでも、走りたい。楽しみだ。

 

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