出遅れ★ダービー   作:ババネロ

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#4「初勝利」

『さぁ、終盤に入っていきます!先頭は大きく離してシザーハンズグロウ!後方の子たちは巻き返せ――動きがあります!最後尾、プライズが急加速!スパートには早すぎないか!?』

 その子の走りを見たわたしは、間違いない、と確信する。間違いない、間違いない。あの強みを早くから理解させ、選抜レース時点でもう武器にできる特化型。彼女は、プライズというウマ娘は“トレーナーさん”のウマ娘だ。

「早すぎますよ!?これではスタミナが保たないのでは!?」

「プライズ、また無茶してっ…!」

「プライーズ!ファイトー!」

「……速い…!」

 彼女の友人と思しき子たちからそんな声が聞こえる。わからないのだろうか。もう、あの子は完全に“理解”している。判断力がとてもデビュー前とは思えない。まるで子供じゃないようだ。

『ぐんぐんと上がってきます!プライズ、あっという間に先頭にたどり着いた!』

『周りはつられてガチャガチャしてしまっていますね!』

 実況と解説の言う通り、レースが荒れ出した。当然だ。考え方が違うものが突然群れから抜け出せばこうもなってしまう。あのとき、トレーナーさんが去ってしまったときのように。今、走っている子たちはこう思っているだろう。早すぎるスパートなのに、なんであんなに保つの、と。

 プライズ、という子の表情も決して余裕ではない。しかし、わかる。彼女はおそらくピッタリ計算している。自らのスタミナと、それを超える根性も。まるで一流企業のビジネスマンのように全て計算づくだ。

『プライズ完全に抜け出しました!後方、スパートをかけるが既にプライズはスパートをかけ終わっている!』

 悩んでいる時間も、驚愕すらする時間も、既にプライズというウマ娘がゴール盤を駆け抜けたことで無意味になる。残酷なまでの結果がそこに横たわる。

「あっ!プライズ!?」

「プライズさん!」

「NOOOO!」

 計算し尽くされたスタミナはゴールして僅かなクールダウン後に完全に切れたようだった。プライズというウマ娘はその場で仰向けに倒れ込んで、彼女の友人たちは慌てて駆け寄っていく。周囲の選抜レース観戦しに来ていたトレーナーたちはこの結果に懐疑的だ。

「暴走か?今回は距離が短かったから保ったようだが」

「スピード自体はないな。ただスパートが早かったから、それで勝負を決めたようね」

 わからないのだろうか。スピードが遅い、それさえもおそらくは計算に入っている。トップスピードが遅いということは同じタイミングで加速しても絶対に勝てない。だが、レースはずっとトップスピードで走るわけではない。ならば、そのトップスピードを誰よりも長く維持できるのであれば、誰よりも早くゴールへ到達し勝てるだろう。

 単純で、非常に困難。だが、それを自ら理解し、本番でやってみせると度胸と相手も計算し尽くしてゴール直後に倒れてみせた完璧な調整。

 本当に、十代の子供とは思えない。

「……やらぬ後悔よりもやる後悔、か」

 トレーナーさんがかつて伝えてくれた言葉の一つ。この言葉にも従って私も、足りない自力を補うために手を尽くして、G1を取れたのだ。彼女はそれを既に自ら、理解している。だから、スカウトするのはこの私だ。わたししか、いない。

「裕二トレーナー、見ていてください。やってみせます」

 プライズ。異様なウマ娘をスカウトしようと、わたしは観客席を出た。

 

 

 

 選抜レースが近づくにつれて、明らかに身体の動きが入学当初よりよくなってるのを感じる。

「よっ、と」

「だいぶ力ついたね…かあさ、ライズさん」

「でしょ?」

 先生に頼まれた備品の移動をしている最中にリトちゃんと出会ったので、リトちゃんが手伝いを申し出て今に至る。中等部の子が高等部の子の手伝いをするのはなんらおかしくないので、問題なし!ただどうみてもリトちゃんが私のお姉さんにしか見えないけど!

 おかしいなぁ、あんなにちっこかったのになぁ。もう抱っこもできない(むしろされる)。

「よしっ。これで全部だね。ありがとう、リトちゃん。助かったよ」

「ううん。これぐらい平気。…それで、選抜レース、どうなの?」

「わからないかな。出たとこ勝負」

「……ちょっと心配だよ。選抜レース、父さんが言うには無理に勝たなくてもいいって」

「けど、結果は出しておきたいかな。そうした方がいいトレーナーさんつくかもしれないわ」

 リトちゃんもなんか心配してるけど、選抜レースでいいとこ見せていいトレーナーをつけたいんだよね。色々と足りない私をしっかり導ける人。お父さんが一番なんだけど、残念ながら表舞台に上がってこれないのでしょうがない。

「…わかった。でも、それで何かあったら、私も父さんも、それにライズさんの友達も悲しむんだからね?」

「はーい」

 もちろん、リトちゃんにもタイキちゃんたちのことは話してある。最初話した時は驚いてたっけ?特にドーベル先輩のくだりで「あのメジロと!?」とか叫んでたかな。リトちゃんのお友達の話も聞いたけど、いい子が多いみたい。ニシノフラワーちゃんというとってもいい子がいて、仲良くさせてもらっているそうな。

「じゃあ、私は戻るから」

「うん。ありがとう、リトちゃん」

 ばいばーい、とリトちゃんを見送り、荷物を置いた空き教室から出た。もう今日は夕方で、選抜レースも近いことがあって最後の詰めをしなくちゃならない。この前の併走の時よりはスピードも出るようになったし、たぶんスズカ先輩みたいな相手じゃなければ、あの追込で間に合うと思う。

 あとはどれだけ私が我慢できるか。

「おや?こんなところで出会うとは吃驚仰天。こんなところでどうしたんだい?プライズ」

「あ…会長さん」

 何故かシンボリルドルフ会長が目の前に現れた。同じ学生のはずなんだけど、彼女はなんというかすごい大きく見える。オーラ、ってやつなのかな?学園で過ごすにつれて、この子の偉大さがよくわかって“皇帝”という二つ名も納得だ。二つ名通りの風格って言えばいいのかな。

「えっと、荷物を運んでいたんです。先生に頼まれて」

「おや、そうだったのかい?生徒会に言ってくれれば運んだものを」

「え?いいんですか?」

「無論。学園の雑務も生徒会の仕事に入る。ちょうど、今日はそういうことが得意な者がいてね」

 まぁ、逃げられてしまったが、と苦笑いしながら彼女は言う。この学園はかなり大きいので、生徒会も裁量権が広いらしく、スズカ先輩の友人であり、さらに先輩でもあるエアグルーヴ先輩が校内で忙しなく動いてるのをよく見かける。

「それにしても、気がつけばもう君の選抜レースか。出場予定は芝の1600m、左回り。マイルと…」

「はい。今の私の“全力”を出せるコースです」

 左回りにしたのはスズカ先輩に付き合いすぎたせい。なんか一緒にぐるぐる回り出してしまったときは慌ててドーベル先輩に止められたけど。とにかく左回りに慣れすぎたので今回は左回りのコースだ。距離に関しては大まくりが可能なのは1600mが限界だから。スズカさんは別のレースに出るのを聞いてるのでたぶん他にすごい逃げが得意な人がいなければ大丈夫。

「全力か。楽しみにしているよ、プライズ」

「えぇ、どうぞ」

 そこまででお話は終わって会長さんは去っていった。なんだったんだろう?本当に偶然ここを通りかかったのかな?私もその場を立ち去ろうとしたら背後から「見つけたぞ!ブライアン!」と会長らしき人の声が届いた。あぁ、人を探していたのね。

「よし、がんばろう」

 むんっ、と近い選抜レースに向けて私は気合を入れた。

 

 

 

 そしてあっという間に選抜レース当日。学園内のコースにもちゃんと控室が用意されていて、私はそこで体操着に着替えて準備を終えていた。

「プライズ?身体に変なところはない?昨日はちゃんと寝れた?」

「大丈夫ですよ、ドーベル先輩」

 なんかものすごいドーベル先輩が心配してきた。ほんとにこの子いいお母さんになりそうだ。控室には他にも、タイキちゃんやフクキタル先輩が来ている。スズカ先輩はちょうど前走なので、終わったらそのまま観客席に行くそうだ。

「フンギャロフンギャオロ…ムムムムッ!出ました!勝てますよ!プライズさん!」

「YES!フクキタルの占いでもバッチリデス!プライズ!」

「ありがとうございます、タイキ先輩、フクキタル先輩」

 2人なりの激励をもらって、私はなんだか嬉しい。この二ヶ月、タイキちゃんをはじめ4人の先輩と過ごしてきたけど、この子たちは本当にいい子だった。きっと、とってもいい家族に恵まれたんだと思う。

 それを羨んだりはしないけれど、大事にしてほしいと思った。そういった家庭を知らない私は、まねっこでしかできなくて、やっぱり、本当にお母さんをできているのかわからない。リトちゃんがもうあまり甘えてくれないのも、ちゃんとお母さんできていなかったからなのかもしれない。

 いやいや、重いこと考えるのはだめだめ。これから頑張らなくちゃだから。

「今日の相手はわかってるの?プライズ?」

「はい。ほとんどは先行、差しの子みたいです。逃げの子が1人いるみたいですけど」

「……試しに聞いてみただけだけど、よく知ってるね」

「情報収集しておきました。ちゃんと準備してます」

 ふふん。なんたって、大人ですからね。石橋叩いて割るぐらいで行こう、ってリトちゃんにも言われたので色々と周りのクラスの子とかに聞いたり、それとなく私このレース出るんだ〜って言ってみたりして、集めておいた。

 そうして出る子たちをまとめて、どれぐらいの実力なのか、作戦は何でくるのか予想を立てて、結果、私の“作戦”はたぶん今回、いける。あんまり自信ないけどね!全部想定だから。

「いやはや、プライズさんはとっても慎重ですねぇ」

「デモ、たまにダイタンデス」

「大胆というか無茶するというか…とにかく、頑張ってね。怪我のないように」

「はい!」

 じゃあ、観客席に、と3人は控え室から出て行って、私もそのあとに控室を出てコースへと向かう。本番のレースなら、ここでパドック、という調子を観客に見せる時間があるけど、今回は内部向けのレースなのでそれはない。コースへと出れば、ちょうど前走のレースが終わった瞬間だった。

『サイレンススズカ!今ゴールです!圧倒的!デビュー前とは思えない実力です』

 学園が用意した実況さんの声が響いた。内容通り、スズカ先輩が圧勝したらしい。ちょうど私と次に一緒に走る子たちがその様子を見ていたのか、なんだか顔色が悪い。そりゃそうか。同期になる相手があんなすごい子だとね。

「…むちゃくちゃだよ…あんな逃げ方」

「ずっと先頭……速度も落ちないし…あんなのどうすれば…」

 ひそひそと話される内容はそりゃそうだよね、という感じだ。本当にどうやってあの子を抜けばいいんだろうか。追いついて、抜く、ということは相手よりも早くなくてはいけないのだから、スズカ先輩を追い抜くということは要求されるスピードもとんでもないことになる。

 タイキちゃんはなんとかついていってギリギリまで差しきれないなんてことが5人で練習してたときにあったけど。

 さて、スズカ先輩のことは今は置いておこう。これから私が走るんだから。この子たちはあの走りを見て若干動揺してるみたいだし、チャンスかもしれない。じゃあ、初めてのレース、頑張ろう。夢への第一歩だ。

 

 

 

『では第5レースに移ります。距離は1600、左回り。バ場は良』

「お待たせ」

「よかった、スズカ、間に合ったね」

「えぇ」

 ちょうどゲートに入る直前にスズカが観客席に戻ってきた。ジャージ姿なので本当に終わってすぐ来てくれたようだ。スカウトとかは来たはずだけど。

「スズカさん?スカウトはどうしたんですか?」

「みんな遅かったから…」

「Oh…」

 えっ、まさかスカウトに来たトレーナーさん全員振り切ってここに来たの?いいのそれ…?よくないよね?なんとういうか、こんな時までマイペースだなんて…。

「ままっ、ともかく、今はプライズさんです!」

「ソウデス!せっかく4人揃いマシタシ!」

「えぇ。応援しましょ?ドーベル」

「そ、そうね」

 まぁ、スズカが気にしていないならいいか…。コースに目を向けようと視線を動かすと、ふと、1人のトレーナーさんが目に入った。ハッチング帽を被った…女性トレーナーだ。尻尾があるからウマ娘?学園のトレーナーでウマ娘の人がいるのは珍しくないけど、妙にその人が気になった。

『さぁ、お次はこの娘!7番、プライズ』

『少し、他の子たちよりも小柄ですね』

「プライズ!ファイトー!」

「頑張ってくださーい!」

 いけない。見ないと。実況に紹介されたプライズはゲート中でこちらに手を振っていた。明らかに周りの子に比べて落ち着きすぎてる。緊張している様子が見られない。こういうところを見てしまうと、なんだかプライズがだいぶ年上に見えてしまう。

「――あの子はずいぶんと落ち着いているな」

「――えぇ、期待したいわね」

 そんな声が聞こえてくる。選抜レースにはもちろん、この機会にスカウトを狙うトレーナーがたくさん来ている。男性の声が聞こえると少しまだ怖いけれど、なんとか反応しないで済む。

 それに、周りもやっぱり同じ風に見えてる。落ち着いている。デビュー前の子たちはみんな初めてのレースで緊張するのに。アタシだってそうだった。

『以上、9人でのレースです!』

『無事に走り終えましょう!』

 無事に。本当にその通りだ。お願いだからプライズに怪我とか、そういうのがないように…。

 ガシャン、っとゲートが開いた。同時に僅かなどよめきが広がる。

「あぁっ!?プライズさん!?」

「ソンナ!?」

「出遅れ……!?」

「プライズ…!」

 プライズが大きく出遅れた。スタート時点で他の子たちよりも離されている。ただ、本人はそんなに気にしてないのか、あんまり表情を崩してない?

『あぁっと!7番プライズ、大きく出遅れました!』

『緊張からでしょうか?ここからの巻き返しに期待しましょう!』

 出遅れたプライズはそのまま、慌てて追いつこうとは――しなかった。そのまま、出遅れた分の差を“維持”しながら走り続けている。これって…まさかわざと出遅れたの?

「ぷ、プライズさん…そんな…占いでは間違いなく勝てると…!」

「フクキタル!トラスト!プライズならきっと、ダイジョウブ!」

「そ、そうですよね!我々が信じなければ!」

 2人の動揺し切った声で、逆にこっちが冷静になる。スズカもそうなのか、冷静にレースを眺めている。

「スズカ、どう見る?」

「……わざとかしら」

「やっぱり?」

「たぶん」

 スズカも出遅れたのがわざとと見ているみたい。あの子は確かに幼いところもあるけど、ときおり大人顔負け、ってところもあるから、今回は後者。タイキの面倒を見ている姿はお母さんかと思ってしまうほどに大人っぽいんだよね。

 レースは中盤に差し掛かり、まだ動かない。このままいけば順当に脚質に合わせた順位で終わる。そんなありきたりな選抜レースになるだろうけど。

 …プライズが、このまま終わるとは思えない。

 そして、一番心配していたことが起こる。レースが終盤に差し掛かり、コーナーの出口にはまだまだのところで、プライズが、動いた。

『さぁ、終盤に入っていきます!先頭は大きく離してシザーハンズグロウ!後方の子たちは巻き返せ――動きがあります!最後尾、プライズが急加速!スパートには早すぎないか!?』

 最終直線の近くでのスパートになるところをもうプライズは動いた。他の出場している子たちが抜き去っていくプライズにギョッとして、一部の子は更にヨレる。ダメだって言ったのに!あのスパートのかけ方は…!

「プライズ、また無茶してっ…!」

「早すぎますよ!?これではスタミナが保たないのでは!?」

「プライーズ!ファイトー!」

「……速い…!」

 以前、アタシに見せた時の異常に早いスパート。あのときも限界ギリギリだった。プライズはあのときよりも少しだけ成長している。もちろん、相手もそれで終わる筈がない。先行までの子を全員抜き去って、最終直線。逃げの子が異常な速さで迫るプライズに気がついて、スパートをかけた。

『プライズ完全に抜け出しました!後方、スパートをかけるが既にプライズはスパートをかけ終わっている!』

 しかし、遅すぎる。トップスピードへ先に到達しているプライズがあっさりと先頭を抜き去った。あとはそのまま、スピードを維持し続ける。上を向いてる!?まずい!あのときよりももっと無茶してるっ!

『そのままゴールイン!なんという根性!早駆け、おっと転倒!?』

 プライズは僅かなクールダウンの後、芝の上に崩れ落ちた。大の字で仰向けに。

「プライズっ!」

 タイキが慌ててコースへと躍り出る。本当はご法度だけどアタシたちも続いた。プライズに駆け寄れば、息は非常に荒いけれど、気を失ったわけではなかった。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、やっ、た、やった、勝てたっ」

 その様子を見てアタシたちは揃って安堵した。彼女の息が整うのを待って、タイキが立ち上がらせると、プライズは少しよろめいた。

「プライズ!あんな無茶して!ダメだって言ったでしょ!?」

「ご、ごめんなさい」

 アタシが思わずそう言えば、プライズはタイキの影に隠れた。

「ドーベル、と、トリアエズ、Winしたんですカラ」

「タイキは甘やかさないで!とにかく、コースから出よう。次のレースもあるし」

「そ、そうですね」

「えぇ、そうね」

 係員が飛んでくる前にアタシたちはコースから退散する。プライズはタイキが抱えた。

 そのまま控室に直行、とはいかなかった。

「ちょっと待て、お前たち」

 控室への通路へ出たところで、背後から声をかけられた。知っている声だ。

「エアグルーヴ……」

 スズカがその声の主の名前を呼んだ。振り向けば、そこにいたのは生徒会会長の右腕…私が目標とするうちの先輩の1人“女帝”エアグルーヴ先輩が、ため息をつきながら立っていた。

「コースに侵入した挙句、走り終わった選手を連れ去るんじゃない。彼女をスカウトしたいトレーナーもいたはずだぞ」

「ご、ごめんなさい先輩!」

 アタシはとにかく頭を下げた。タイキたちも釣られて頭を下げた。うぅ、勢いでついやっちゃったけど、これすごいまずいよね…?しばらく頭を下げていると先輩は「もういい、頭をあげろ」と声をかけてくれた。許してくれた…というわけではなさそうだけど。

「友人が倒れたら心配になるのもわかる。しかし、これが公式戦であればお前たちは相応の処分を受けるところだぞ。今回は厳重注意ということで済ますが…次からはスタッフに任せろ」

「はい」

「それで、プライズ…といったか?」

「は、はい」

 先輩がプライズに声をかけてくる。プライズは先輩に緊張?しているのかちょっと声がうわずってる。

「疲れているところ悪いが、もう一度コースの方に戻ってくれ。おそらく、君をスカウトしたいトレーナーがいるかもしれない」

「そうですよね。なら、私は戻って…」

 プライズが答えようとしたときだった。先輩の背後、通路の角からカツカツと足音が響いて、誰かが影から出てきた。あれは、さっき観客席にいたウマ娘のトレーナー…?

「戻る必要はありませんよ」

 ハッチング帽を深く被っているせいで目元がよくみえない。口元だけが薄く笑っている。なんか、すっごい怪しい感じに見える。思わず警戒してしまう。

「…貴方は、ルックトレーナー。戻る必要がないとはどういう」

「プライズ、というそこの子なら私がスカウトしますので」

 ルックトレーナーと呼ばれた女性トレーナーが帽子を脱ぎ去る。黒い吸い込まれそうなほどの毛色。耳を立たせて、前髪は少し長く、片目が隠れがちだ。ただ、私たちに、正確にはプライズに向ける碧の瞳は少し…怖い。

「初めまして。私はルックアップミー。知っている子もいますか?これでも元G1ウマ娘だったりしたんです」

 知っている。かろうじで、だけれど。追い込みを得意として、G1を一勝したウマ娘だ。でも、そんな経歴は今どうでもよくて、彼女はプライズをスカウトしに来ている。プライズはどうするの?

「…あの、ひとまず、お話を聞かせてください」

「えぇ、そうですね」

 プライズを見れば、また底の見えない雰囲気を出していた。目の前の大人と対等。そう思わせてしまうほどの風格だ。プライズは…どうするの?




目が正気じゃないタイプのトレーナー。
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