前回のまとめ。無茶したらドーベル先輩にめっちゃ怒られた。更にそこから連れ去られたと思ったらなんか怪しい雰囲気のトレーナーさんにスカウトされた。以上!
「粗茶ですが」
「ありがとうございます」
あのあと、控室で着替えたり身体拭いたりしてから、学園の校舎にあるルックアップミー…ルックさんのトレーナー室に招待された。なんでかタイキちゃんたちも一緒である。ルックさんはそこらへん大丈夫なのだろうか。
「さて、早速ですが本題あっちゃっ!?」
話を始めようとしたルックさんが自分で入れた紅茶を飲もうとしたら熱かったのか盛大にカップを取りこぼした。
「あっつぅ!!???」
おまけにそのまま胸元にもこぼした。
「わぁ!?なんと!?大丈夫ですか!?」
「いや、あっつ、あっつ!」
フクキタル先輩が慌てて声をかけると、すんごいジタバタしている。あれぇ?なんかさっきまでの怪しい感じどこいったの?
しばらくルックさんがバタバタして、落ち着いたのは十数分後だった。紅茶がぶっかかったシャツはそのまま。……シミになっちゃうから猛烈に洗濯してあげたい。
「あの、ルックさん?」
「なにかな?」
「Yシャツ、シミになっちゃいますよ?」
「あぁ、まぁ、大丈夫。それよりも本題に入ろう。みんな疲れてるでしょう?レースの後だからね」
疲れているのはその通りなので、さっそく話に入るようだった。……それにしても、このお部屋、ちらりと見るとちょっと汚い、というか、普段はちらかってるけど強引に片付けました感がすごい。
あと、なんか部屋の一角にフラスコとか無造作に置かれてるし中に発光する水滴ついてるのはなんだろう…。もしかしてルックさんって結構ズボラ?うぅ、面倒みてあげたい。
「じゃあ、改めまして、私はルックアップミー。元選手で今はトレーナー。新人みたいなもので、今年で2年目。担当ウマ娘はいるけどデビューは当分先。なので実質今はフリーみたいなものだよ」
「え?もう担当いるのに、2人目をですか?」
「そうだよ、メジロドーベルさん。できればもう1人ぐらい欲しいところだけどね」
私以外にももう1人スカウトしたいようだった。だからドーベル先輩たちも招いたのかな…?それにしても、実績なさそうだけど大丈夫かな?
「ふふっ、実績がないけど大丈夫なのかな?と今5人とも考えてるね」
ギクっとみんな肩が跳ねた。いやそうだけどね!?トレーナー選びは大事にしないと、って夫もリトちゃんも言ってたし!
「まぁ証明できるものもないから、一緒に夢を目指そうっ!と言うしかないね!」
「帰ろう」
「えぇ」
「ちょっ、ちょっと待って!まだ何も話してないよ!?」
ドーベル先輩とスズカ先輩が興味は失せたと言わんばかりに立ち上がった。こういうところは息合うね2人とも!?
「……その、失礼ですけど、とてもそれじゃあプライズをお任せできそうにないというか」
「ウッ。確かにこれじゃあね…いや、とにかく、座って。まだお話始まったばかりだから」
ね?っと額に汗を浮かべながらルックさんは頼み込んだ。なんか、気がつけばみんな私の保護者になってない?おかしいぞ?私この中で一番年上!既婚者!お母さん!まだみんな知らないけど!
「コホン。さっきのレース最初から見ていました。……率直に言うと、プライズさん。あなた、本当に子供?」
「……ッ!?」
まるで横から棍棒で殴られたかのような衝撃だった。棍棒で殴られたことないけど。
見抜かれた?私が三十路手前だってこと。
「あぁごめん、老けてるとか、そういうのじゃなくてね。判断力が、かな。とてもデビュー前の子とは思えない」
あぁ、そういう…よかった。
「まず、最初。スタートわざと遅れたね?あれはなんで」
いきなりバレてる。そりゃそうか。さっきの選抜レースのスタート、私はわざと出遅れた。目的はもちろん、私自身からマークを外すため。
……みんな、ドーベル先輩たちは気がついていないけど、4人とも有力株で、そんな人たちに懇意にされてる新入生ということで私、実は結構警戒されていたらしいのだ。リトちゃんからそれを聞いて、私はわざとこの選抜レース出遅れて「もうアイツは脱落した」と思わせた。
それを伝えたら、ドーベル先輩やスズカ先輩までが「スタート遅れたのはやっぱりわざとだったんだ」という顔をした。そこは気がつかれていたらしい。
「なるほど。それを選抜レースでやるというのはちょっと信じられないね。ただ、君の狙い通り、見事にマークは外れたわけだ」
「はい」
結果、レースは最後まで誰にも気にされていなかった。だから、見事に掛かってくれた。
「…先輩たちはもうわかっていますが、私は他の子たちと違って、基礎が出遅れています。中央へ受けるための準備があまりできていないなか、なんとかギリギリ合格したんです。ですけど、すぐにデビューする必要があって、今回みたいな策を取りました」
「足りない能力を補うために、無茶をした。そういうことだね」
「……はい」
無理をしたことも見抜かれている。さすがはトレーナーさんというところなのだろうか。怒られるかな、と思ったら、全く違う反応がルックさんから返ってきた。
「確かに褒められたものじゃないけど、君は全てそれを計算し尽くして、見事成功させたわけだ。本来そこまでの作戦を煮詰めるのはトレーナー…私たち大人だよ。それを単独で行う。本人は理解していないが、プライズくんのお友達の君たち。とても脅威的じゃないかい?」
褒められて、るのかな?それに、みんなに私のことをどう思うか聞いてきた。タイキちゃんはよくわかっていなさそうだけど、フクキタル先輩は露骨に顔が真剣になっている。スズカ先輩は「知ってた」と言わんばかりで流している。
「えぇ、確かに、プライズは時折大人顔負けの詰めた動きをしますね」
そんな中、ドーベル先輩だけが言葉を返した。
「ほぅ」
「ですけど、大人ならそんな無茶、させないですよね?」
キッ、とドーベル先輩がルックさんを睨んだ。わ、ワァ……ドーベル先輩、怒ってない!?
「うん。その通り。私が担当トレーナーならさせないね。こんな選抜レースなら特に」
「……必要であれば他のレースではさせるんですか?」
「させないよ。ただ、今日見せた“早仕掛け”はこれからの成長次第で十分武器にできる」
早仕掛け。夫とリトちゃんと考えた結果今できることがそれだった。追込脚質であるという私に合わせた今できる一番勝てる策。スカウトまでの短期間のみの無茶。ただ、もし体がついてこれれば、最大の武器になる。
それをこの人は私の“暴走”と捉えず、今とれる“最善手”だって、理解している。
「さて、私はね、プライズさん。育成の方針はこうしてる。“そのウマ娘の強みを最大限に伸ばす育成”をするようにしている」
それって…!夫の、ゆうくんと同じ。
ッ!?なんで今まで気がつかなったの!?この子、この子は、あのっ――!
「これはね、私のトレーナーさんがやってたポリシーでね…ウマ娘の競技人生は長くはないから、全バ場、距離、天候に合わせるのは不可能。その子が持つ強みを最大限に合わせて、もっとも発揮できるレースで勝たせるということなんだ」
ルックアップミー…夫の元担当ウマ娘。私が潰してしまった夢の、一欠片。
「最大限本人が出たいレースには出させる。調整もする。けれど、私は欠点を直させることを無理強いしない。もちろん、足りないものは最低限鍛えるけどね」
室内の空気が変わる。先ほどまでの少し緊張が崩れた状態から、息苦しいまでの緊張感。な、なんで、どうしてこんな重苦しいんだろう。彼女に罪悪感を感じているから?それとも、みんなが真剣だから?
「プライズさん。君の強みは同年代の子たちとは比較にならない計画実行能力と、勝つと決めたら押し切れてしまうほどの桁違いの根性。それを生かせれば君はG1を絶対にとれる。あとのスピードやスタミナはやってるうちについてくることだろう。少なくともクラシック級4月までには…ギリギリ間に合う筈だ」
クラシック3冠路線。そこに間に合うと、彼女は言った。……もはや、彼女のスカウトを断るという選択肢は無くなった。夫の元教子、同じ教育方針。この子となら、もしかしたら。
「……スカウト、受けます。ルックさん」
「嬉しい。その言葉を待っていたよ」
契約成立。私はこの子の元で勝っていく。決めた。
「プライズ、いいの?」
ドーベル先輩が心配して聞いてくる。この子はずっと、私のことを心配してくれているんだ。私なんかにはもったいないぐらいに、いい子だ。
「はい、大丈夫です。この人の元で頑張ってみたいと思います」
「そっか………」
「よし。それじゃあ、ひとまず今日は解散ということでいいかな?」
話はここまで、とルックさんが解散を言い渡す。みんなもひとまずは了解したのか、立ち上がった。
「そうだ。これからよろしく、プライズさん」
ルックさんが手を差し出す。私はその手を迷いなくとった。
「はい、よろしくお願いします。トレーナーさん」
「よろしくされました」
優しそうなはずのルックさんの笑顔はどこか貼り付けたように見えた。
後日、トレーナー室を訪れると、
「お疲れ、プライズ」
「あれ?ドーベル先輩」
何故かドーベル先輩がおり、後から彼女もスカウトされたと聞いた。ちなみに、スズカ先輩やフクキタル先輩、タイキちゃんたちはそれぞれ別のトレーナーにスカウトされたとのこと。
「おつかれ2人とも!さっそくトレーニングしよう!」
「その前にトレーナー、この部屋片付けない?」
「あーあーナニモキコエナイ」
とにかく、ここからスタートする。私の挑戦が。…その前に、この以前来た時読んだ通りひどい有様の部屋の片付けから始めなきゃだけど。
記念すべきトレーニング開始1日目は、ドーベルさんとの部屋の片付けに終わった。
「随分とあの女に入れ込んでるみたいだな」
「……君にはそう見えるかい。シリウス」
「あぁ」
双眼鏡を手に、学園内の練習コースが見える丘に立っていたシンボリルドルフに声をかけたのは、シリウスシンボリであった。彼女はルドルフに呆れた顔を見せながら、その横に立った。
「というより――どこで聞いた」
視線は向けず、並のウマ娘であればそのまま失神してもおかしくない重圧を滲ませながらルドルフはシリウスに問う。シリウスはそんな烈火のごとき圧をそよ風のように受け流しながら鼻で笑った。
「ふん、噂を聞いただけだ」
「噂だと?」
「あぁ……知ってるだろう?お前も?」
――名家のガキを孕ませて逃げた男の話を
それは、この無情な世界の中ではどこかで起きているような話だ。しかし、そんな下劣にも思える話の真実をルドルフは偶然にも知ることが出来た。だからこそ、主犯とされた男の罪を全て、今の理事長、その理事長よりも実際の権限は高い伝説の“彼女”に話し、赦したのだ。故に、その物言いは看過できないものだった。
「おい、そんなに怒る話か?」
「あぁ。シリウス、久々にね。…事情を知らずに、あまりそういう言い方をしない方がいい」
メキャり、とルドルフの手元から音が鳴った。シリウスは舌打ちし「悪かったな」と平謝りした。
「それで、慈悲深い皇帝様はどうして他人の女のケツを追っているんだ?」
「彼女の行く先は困難が待ち受ける。不幸にも、彼女の素質は信じられないほどに高い」
「……もう29にもなる女だぞ?」
「私たち自身も、この長い歴史で何もわかっていないんだ。年老いても、ある一定の年齢まではその姿は若々しく保たれ、力はヒトを圧倒する。なかには成長が異常に遅いものもいる。稀にだが」
「あの女はその稀だと?」
「そうだ」
異端。言葉を選ぶ理事長の右腕がそんな言葉を端的に漏らすほどだ。未だ、異常なまでの実力を持つ“彼女”がそこまで言うのであれば間違いない。だから、ルドルフは見守ることを決めた。彼女の夢と、全てのウマ娘のためにも。
プライズという劇物の存在が、この世界において毒となるのかそれとも…見極めるために。
「で?お眼鏡に適わなければどうするんだ?」
「適っているさ。だから彼女はあそこにいる。仲間も得て、ね」
「仲間、ねぇ?真実を知ったらどうなるんだろうな」
「変わらないさ」
「だからあんな無茶苦茶な部屋割りをしたのか」
「……君の耳はどこにでもあるね」
ここで初めてルドルフがシリウスを見た。いつもならば余裕で流すはずの表情は本気で困っていそうなものだ。幼馴染のらしくもない様子にシリウスはイラつく。
「誰かさんが秘密主義すぎるからな」
「君みたいに開けっぴろげすぎるのもどうかと思うが」
僅かな沈黙が流れる。嵐が吹き荒れているかのような空気なのに、ひどく静まり返り、学園の喧騒が届くほどだ。
「私は期待しているんだ。彼女に」
「期待?」
「“彼女たち”は一度、大きな失敗をしてから、踏み込みが甘くなっている」
「なんの話だ?」
「だから、プライズという変化を齎して、もっと踏み込んでほしいのだよ」
「………あぁ、なるほどな。お優しい皇帝サマだことで。余計なお世話だろうに」
「それを決めるのは彼女たちさ。私はね、シリウス。全てのウマ娘に幸せになってほしいのさ」
「大人相手によくも思うな」
「もう一度言おうか、この世界の全てのウマ娘に幸せになってほしい、私はね」
「相変わらず強欲が過ぎるな」
興味は失せたとシリウスはそれきり言葉を発さずにその場から立ち去る。ルドルフはそのまま、そこに立ち続ける。
「プライズ。大人だからと1人で走り続ける必要はない。出遅れていても最後に勝てればいい。レースとは孤独に走り続けるものではない。そのために、トレセン学園はある。強くなるとは、ただ、肉体が強靭であることじゃないんだ。それが理解できれば、君はいずれ、影すら塗りつぶすほどの栄光を得るだろう」
願うようにルドルフはそう言った。その言葉は誰にも聞かれることなく、夕闇の近づく空に呑まれて行った。
???「ふぅん…被験体が増えたね…いやはや、モルモットくんには感謝しかないよ」
ルック「流石に名家のご令嬢に手を出すのはやめようね!」
???「困ったな。それじゃあどっちも手を出せないじゃないか」
ひとまず、ここまでとなります。諦めるボタン押したくなるジュニア級はまた気が向いたら。
コパノリッキーちゃん、とっても可愛いですね…推してるマヤちゃんと並べたい