出遅れ★ダービー   作:ババネロ

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#7「そもそも火器持ち込み禁止」

 母さんの評価というのは私たち中等部のほうでもかなりのものだった。期待株であるメジロドーベル、同じくクールで人気のあったサイレンススズカ。アメリカからの留学生で非常に潜在能力の高いタイキシャトル、あとは不気味な占いで読めないマチカネフクキタル。こんな先輩4人に可愛がられている後輩なんて、警戒されないほうがおかしい。

 実際に、プライズという先輩として母を見た時、その実力は日に日に、異常な速度で伸びているのがわかって、私は普通に警戒した。スピードもスタミナもパワーも、確かに“今は”足りてない。でも、足りてしまえばどうだろうか。

 根性で押し切ったあの選抜レースの結果が、答えだ。誰よりも早くスパートし、もう気がついた時には手遅れ。一緒に走った同じ学年の子は絶望していた。前走のサイレンススズカでさえ異常な強さなのに、プライズというウマ娘も圧倒的だったのだから。

 加えて、後に続いたメジロドーベルは鋭い差し足で全て撫で切って見せたし、タイキシャトルはダートの上で恵まれた肉体を全面に押し出して圧勝した。マチカネフクキタルだけが1人パッとしない勝ち方であったが、ハナ差でも先にゴールすれば勝ちなのである。

 各ハロンのタイムや他のデータをまとめたメモ帳を閉じて、私は息をついた。デビューすらしてないのに、早くもこの5人は圧倒的な相手であるとして同期の間で強く意識されはじめている。つまり、マークが強くなる。中でも一番小柄で未熟な母さんはまだ倒せるかもしれないとしてターゲットにされている節がある。

「……困ったな。これじゃあ勝てるかどうか」

「誰が勝てるのかって?」

「……スカイ先輩」

 今いるのは学園内の隅っこにある庭だ。静かで気に入ってよくここのベンチで考え事をするんだけど、ここには先客がいた。それがいつの間にか目の前にいた芦毛のウマ娘。私より少し先輩のセイウンスカイ。

 掴みどころがなくて雲のように見える。ただし、よく見ればその目つきは常に見透かそうとしてくるし、言葉の端々にはまるで罠をかけるかのように引っ掛かりがある。実力もまだ完全な本格化を迎えていなくてデビューは相当先なんだろうけど、読めない。

「勤勉だね〜、リトルは」

「普通では?最悪、彼女たちとは相手がシニア級のときにぶつかる可能性があります」

「ずいぶん先だね。それに、最初の3年間、ってなかなか走り切れる子は多くないって聞くけど」

「可能性が0でない限りは想定しておいた方が吉でしょう」

 常に最悪を想定し、そこまで行かなければ余裕が生まれる。これは父さんや母さんを反面教師にした結果だ。2人には感謝もしている、尊敬もしている。けれど、小さい頃、苦しい時期があったのも確かだった。終わったことは言ってもしょうがない。ならば、これからをどうするかと考えていけば、自ずと私はデータによる積み重ねやイメージトレーニングを繰り返し、現実の最悪をできるだけ回避するようになった。

 ただし、それはレースだけの話だ。そもそも、なんでセイウンスカイにこんなに私が絡まれているのか。原因は非常に単純だ。

 ニシノフラワーと仲良くしていたから。たったそれだけ。何があったのかは知らないけど、どうにもセイウンスカイは彼女にお熱らしい。間に入るとウマに蹴られて地獄に落ちるらしいが、私はそうはなりたくない。…まだ入学して数ヶ月でこれとは何か運命的な出会いでもあったのか…?少女漫画的な。

「それで、何か?」

「ん?いやいや、隣いいかな?」

「……昼寝したいのであれば空けますよ」

「あはは、悪いねぇ」

 絶対そんなこと思ってないというのがわかるけど私は席を空ける。悪人ではないのはわかるし、根は曲がっていないと思うけれど、どうにも私と相性が悪い。いずれ、彼女との走るかもしれないとなれば関係は切りたくないところだ。

「では私はこれで」

「なんか邪魔しちゃった感じになってごめんね」

「いいえ。考え込みすぎてしまうところでしたので、よかったです」

 小さい頃から、走る目標は不確かだった。ただ、走れるという事実があったから、やれることを積み上げてここに来たにすぎなかった。今は違う。明確な目標がある。母さんと走りたい。幼い母さんと何か一緒にできるという機会はなかった。気がつけば私が大きくなりすぎてしまって。

 けど、同じ土俵に今はいる。同じことができるのだ。

 ――異次元の世代。そう呼ばれるようになる彼女たちへの挑戦状を叩きつけるのは本当に、まだまだ先の出来事だった。

 

 

 

「ねぇタイキちゃん、これ大丈夫かな?」

「ノープログレム!」

 寮の屋上。そこで私とタイキちゃんは何がどうしてこうなったのか焼肉をしていた。発端は私のせいだった。ルックさんによるトレーニングが徐々に本格さを増してきたこの頃、どうにも、やっぱり私にはパワーが足りない。というのも、坂路が明らかに力不足でキツいのである。

 それを色々とダイナマイトボディなタイキちゃんに相談したらこうなってしまった。なんで?

 ちなみに、ここ最近になってタイキちゃんのことは先輩呼びしなくなった。朝の抱き枕タイムであやしていてつい“ちゃん”付けで呼んだらタイキちゃんには好評だったのでそのまま定着した上に、タメ口もOKになった。ただし、余計にタイキちゃんからのスキンシップが激しくなったけど。

「いや、本当になんで焼肉なの?タイキちゃん」

 力がない、と言えばいきなりこれだったので私が聞けばタイキちゃんは手早くカルビを焼いて私に差し出した。肉焼くの上手だねぇ!

「ローパワーなら、お肉でパワーアップすればイイんデス!じゃんじゃん食べテ、ガンガントレーニングして、スリープして、また食べての繰り返しデス!」

「わからなくもないけど…」

 トレセン学園の食堂だとたまに信じられない量のご飯を食べている人がいる。私と同じぐらい小柄なのに先輩なライスシャワー先輩はどこにその量が消えてるんだ、という感じで山盛りのご飯を食べてるし、既にドリームトロフィーリーグというトゥインクルの上位シリーズに上がっているオグリキャップさんは中央の移籍前に食堂を閉店させたという逸話が本当かと思うぐらい1人で尋常じゃない量を食べてる。

 両者とも、その量に比例してなのかとても実力が高い。ライスシャワー先輩は昨年度の宝塚記念で圧勝してみせていて、オグリキャップさんはここに来るまでウマ娘のレースにそこまで詳しくなかった私でも名前を聞くほどの圧倒的強者なんだよね。

 だから、いっぱい食べて、頑張って練習して、休んで、というのはわからなくもない。実際、ルックさんからも「もっとご飯食べて肉つけろ(意訳)」と言われたのでその通りだと思うんだけど。

 やっぱりこんな学園の寮の屋上で勝手に焼き肉はまずくない??

「ホラ!どんどん食べてクダサイ!」

「う、うん」

 紙皿に乗せられたカルビを食べる。うま……いや、ほんと、油もおいしい。焼き加減もいい。お肉すごくいいの使ってない?ウチで焼いた時はこんな味したことなかったけど?タイキちゃんの焼く姿を見ればものすごい手慣れてる。初日もそういえば焼肉の臭いしたし、結構な頻度でもしかしてやってる?なら安心していいかな。

「おいしいよ、タイキちゃん」

「センキュー!プライズ!じゃあ、ワタシも一口…んっ〜〜〜!このお肉は買って正解デシタ〜!」

「タイキちゃん結構お肉に詳しかったりする?」

「YES!ワタシのお家はファーム、酪農やってマース!だからリトル、詳しいデス!」

 実家が牧場やってるんだ。なんかすごいな〜。でも確かにイメージしやすい。カウガールっぽい感じがタイキちゃんからはする。行きつけのお肉屋さんがあるそうなので、あとで教えてもらう約束をしてもらいつつ、タイキちゃんが焼いてくれたお肉を楽しむ。なんかこんなふうに誰かに焼いてもらうの久々だなぁ〜、家だと私が焼いてあげてるし。

「そういえば、タイキちゃんのトレーナーさんはどんな人なの?」

 ふと気になったのでタイキちゃんのトレーナーさんについて聞いてみる。まだスズカ先輩やフクキタル先輩の方も聞いてないんだよね。

「ワタシのトレーナーさんデスか?」

「うん」

「ん〜、ノリはイイですネ!」

「ノリ…えっと、女の人、男の人?」

「女の子デース!」

 あ、女の人なんだ。タイキちゃんのこのノリについていけるぐらいだから明るい人なのかな?

「他にはどんな感じなのかな?」

「エット…プライズとドーベルのトレーナーさんみたいに新人サンではないデス」

「そうなんだ」

「あと、パルクールできマス!」

「パルクールって、あの障害物を乗り越えたりするあの?」

「イエス!」

 パルクールが出来るトレーナーってなんか運動神経良さそうだしすごそう。どんな人なんだろ?

「すごいね。ちなみに私たちはタキオンさんがいたりするけど、タイキちゃんの方も先輩さんいるの?」

「ハイ!いますよ!ハッピーミークが!」

 ハッピーミーク。私ですら名前を聞いたことがある子だ。珍しい白い毛並みのウマ娘で、さらに芝もダートもどんな距離も走れたという逸材。器用貧乏、なんて言われてしまっていたけれど、しっかりG1は複数獲ってるので決して実力が低いわけじゃない、ってリトちゃんが言ってたっけ。

 ただ、今はトゥインクルシリーズは既に卒業しているはずで、ドリームトロフィーリーグに移籍してるんじゃなかったっけ……?

「確か、ハッピーミークさんってDTに移籍してなかったっけ?」

「デスカラ、OGとしてたまに来てマース!」

「なるほどねぇ〜〜じゃあそのトレーナーさんもすごそうだね」

「ウン!アオイはスゴイデス!おかげでワタシも芝でもダートでも走れるようになれそうデス!」

 ハッピーミークさんの登場以来、あまりその手の二刀流に挑戦しようというのは聞いたことがなかった。たしか、大抵は中途半端になって碌な成績が残せない。トレーナーにも高い技量が要求されるって聞いてる。だから走れてもどちらかに比重を置くのが普通だ。タイキちゃんはどっちもやろうというのか。

「そういえば、プライズには言ってマセンでした!ワタシのドリーム!」

「タイキちゃんの夢?」

「はい!ワタシのドリームは“年度代表ウマ娘”に選ばれることデース!」

「それって…」

「つまり、勝って勝って、勝ちまくりマース!」

 年度代表ウマ娘。簡単に言ってしまうと、トゥインクルシリーズを大きく盛り上げた子に渡されるURAからの栄誉賞だったかな。でも、タイキちゃんの適性は短距離かマイル。特に短距離って選ばれるのが難しい。やっぱり中距離、長距離が花形って見られてる部分があるから…。

 でも、それをタイキちゃんは夢といった。

「すごい」

 すごい、と素直に思った。シンプルに、一番すごいウマ娘になる。わかりやすくてとっても大きな夢。

「ぷ、プライズ?」

「すごいね、タイキちゃんは。そんな、大きな夢を持ってて」

「ユメはおっきく!そうすればいつか叶うって思ってマス!」

「そうだね、いつか、叶うよ、きっと」

「センキュー!プライズ!そう言ってくれたのはアオイとプライズだけデース!」

「わっ」

 タイキちゃんは感極まったのか私のことを抱きしめた。ご飯食べてるせいでお互いすっごい暑いけど、なんとなく、もっと抱きしめてこの子の背中を撫でたくなる。両手塞がってるから無理だけど。1人で、外国に来て心細いだろうに…この子は本当にすごい。

 私の夢はどうなんだろう。夫の夢を叶える。G1で勝つ。決して悪い夢じゃない。

「プライズのドリームはクラシック3冠デスか?」

「正直に言えば、どんなものでもG1はたくさんほしい、かな」

「ワォ!欲張りサンです!」

「そうかも」

 そんな話をしてからタイキちゃんが離したあとはひたすら焼き肉を食べ続けた。

 ハラミとか、他にはタンまで出てきて気がつけば結構な量を私は食べていた。お腹がちょっと苦しいな、って思って見てみたら微妙にお腹が膨らんでるのがわかった。いやすごい食べてるね!おいしかったからするする入ったけど!

「タイキちゃん、ありがとう。もうお腹いっぱいだよ」

「OK!じゃあ残りはワタシがいただきマ「私にも一口いいかな?」…ス」

 ガチャリといきなり屋上の扉が開いたかと思えば、それはもういい笑顔なフジキセキ先輩が立っていた。うん、やっぱりダメだよね!

 

 

 

「タイキ、ヒシアマから聞いてたけど、まさか本当に寮の屋上で懲りずに焼肉するとは思わなかったよ」

「うぅ…」

「無断での火器の使用はやめてほしい。万が一火事になったら困ると説明があったはずだよ」

「ハァイ……」

「次はないよ。それと、もしやりたいならちゃんと申請をするんだ。ルドルフはそれぐらい許可するさ」

 フジキセキ先輩のお説教は諭すような形で、逆に効く感じだった。リトちゃんはお利口だったから、あんまり叱ったりしたこともなくてちょっと参考になるかも。私がそんなことを考えてたらフジキセキ先輩は「なに関係ない顔をしてるんだい」と言わんばかりにこっちをみてきた。うん、怖いね!

「プライズも……うん、君はちゃんとそのあたり、分別がつくだろう?タイキを止めなきゃダメだ」

「はい……」

 十歳は離れた子供に説教されるってどういう気持ちって聞かれたら、ものすごく恥ずかしいし正直舌噛み切りたい。こんな姿リトちゃんたち家族には絶対見せられない。タイキちゃんが申し訳なさそうにしてるけど、いや、これはやっぱり私が悪いわ。

「見逃すのは今回までだからね。タイキ、本当だよ?プライズも次からはちゃんと止めるんだよ」

「「はい」」

 正座のうえで、私たちはしっかりと頷いた。普段優しい人を怒らせてはいけない。




アオイ…一体何者なんだ…。

今作ではミークはDTに既に行ってしまっていますが私はミークかなり好き(桐生院トレーナーより背が高いのがポイント)
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