何故だ……何故こんなことになってしまったんだ!
「そうかトム、君はそうなってでも生きているのか」
僕の目の前にはあの大嫌いな老人と突然僕の手を離れた人形がいた。もうこうなってしまっては今の僕に勝ち目はない。本体の僕ならこの老人共を殺す手段などいくらでも持っているだろうが、分霊である僕の持つ魔法力ではこの老人に魔法を当てることすらできないだろう。
老人、アルバス・ダンブルドアは隣に立つ少女、イレナ・アーシュに向かって問いかける。今まで僕が何度話しかけても、精神に介入しようとしても何の反応を示さなかったその女は、老人の一言で何事も無かったのように話し始めた。
「イレナ、何があったのか、教えてくれるかね?」
「はい、全てはルシウス様が落としたと思われる本を回収しようとした所から始まりました」
僕は半ば諦めた気持ちになりつつも、彼女の話を聞く老人の姿にどこか隙がないかを探るのだった。
ーーー
流石に義父母から虐待を受けているハリーほどではないが、マグルの中でお世辞にも良い環境とは言えない孤児院で過ごす私は、ガキンチョ共にホグワーツからかっぱらった本を取られないようにしたり、マザー達に魔法界でのあれこれを話したりして、魔法が使えないフラストレーションをなんとか制御していた。
そんな私もハリーのように2年次の教材を買う為にダイアゴン横丁に行くのは丁度良い気分転換であり、ロックハートの本を買うことでお小遣いの大半を消費することを加味しても買い物を楽しみ……楽し……たの……
やっぱ無理だわ。誰がロックハートの本なんか買うかよ!バーカ!!!
こうなったらホグワーツに着いてから必要の部屋漁って探すしかねぇ!前回は必死さが無かったから見つけられなかっただけで流石に授業が始まるのに教科書を持ってないという窮地の事態に陥れば必要になって見つけられる……はずだ。
最悪闇討ちして誰かの教科書奪うなり、虐められて本を失くした振りをするなりでいくらでも対処できる。こんな風に考えてるから必要の部屋で見つかんねえのかもしれないな……
ハリー達が来店するタイミングはロックハートのサイン会を目安に推測できた。まあ今回は彼らに接触するつもりはない(ルシウスがいるし)が、確認せねばならないことがある。
「貧相なお嬢様、この使い古しの本が君の父親の精一杯だろう?」
ルシウスはロンの父親であるアーサー・ウィーズリーと殴り合いの喧嘩をし(成人した魔法使いなんだし決闘で決着つければいいのに)ハグリッドに仲裁された彼は、身嗜みを整えながらロンの妹ジニーに彼女の教科書を渡した。
そもそもの喧嘩の発端がルシウスが彼女が入学したてなのに兄弟の使い古しの本を利用しているのを侮辱し、それにキレたアーサーが彼に掴みかかったことなのだが、ただ単にルシウスは彼らの気分を損ねる為に侮辱したわけではない。
そもそもいくら犬猿の仲だと言っても、ブリティッシュジョークのラインを大きく超えた発言をイギリス魔法界で有数の権力者が易々と言うわけがない(ないよね……?)彼はジニーの懐に、ある魔法道具を滑り込ませる為に一芝居を打ったのだ。
その魔法道具とはトム・リドルの日記。ラスボスであるヴォルデモートが持つ7つの分霊箱の内の一つで、要は残機みたいなものである。特に日記はそれ自体が強い闇の力を放っていて、彼は今のホグワーツで日記を用いて事件を引き起こし、ダンブルドアを始めとする現勢力の力を削ぎ落とすのが狙いだったのだ。
いやそんな私欲で上司の命とも呼べるもの乱用して良いのかよ。と思ったけど彼視点だと既にヴォルデモートは死んだ人間だし、闇の魔法道具を所持しておくにも魔法省が立ち入り調査するリスクがあるしそこまで悪い判断ではないのか。
原作だと直ぐにヴォルデモートが復活するからあまりイメージしづらいが、今のマルフォイ家は死喰い人という前科や英雄ハリーの魔法界デビューなどでかなり追い詰められている状況なのだ。まあヴォルデモートが復活したら復活したで癇癪持ちの闇の帝王に精神的に追い詰められるんだが。お労しやルシ上。
今回の秘密の部屋はこの日記が黒幕になってジニーを操り、スリザリンの継承者と名乗ってバジリスクを操りマグル生まれを次々に石にするのがストーリーだ。この時点で勘の良い諸兄らは気づいてると思うが、今回、私が前回のような控えめな介入で傍観者気取りしていると最悪死ぬ。というか石になったのだってどれも奇跡的な幸運があっただけで普通に死ぬ可能性の方が高い。
こんなことなら一年生の時から伊達メガネでも掛けてればよかった。今から用意すると絶対怪しまれるし、ちょっと頭が回ってなかったのは反省だ。
まあそんな受け身の対策なんて悠長なことしてられないのが現状だ。バジリスク対策したところでジニーを操って直々に殺しにくる可能性だってあるし。
それくらい私の存在はトム・リドルもといヴォルデモートにとって劇薬だ。彼は自分が半純血であることに異常にコンプレックスを抱いており、自分が純血の集うスリザリンに所属していたことに尋常ならぬプライドを持っている。
そんな彼がマグル生まれのスリザリンなんて見たらノータイムで殺しに行くだろう。私が色々と暗躍していたのは全てこの1年間を乗り切るためだと言っても過言ではない。スリザリンじゃなければ目立たずに過ごせたのになぁ……
それに……1年間でやれるだけのことはやったが、それでもたかが1年だ。どんな完璧なチャートもひとつのガバで崩壊するし、このチャート自体が運と自分のコントロールできない行動に依存したガバチャーだ。失敗する確率は成功する確率よりも高いだろう。
だからって何もしないよりはマシだ。マルフォイどころかネビルにすら舌戦で負けそうな私にだってヴォルデモートを倒せるってことを証明してやんよ!
あ、その前にロックハートの本買わないと。改めて考えたらホグワーツで準備する余裕なんざ無いことに気づいた。
この出費は高くつくぞ……ヴォルデモート!!!
2年生になってからの授業は1年生との授業とほぼ変わらず、特に増える教科があるわけでもない。ただ、死んだクィレル教授の代わりに来たロックハート教授はかなり無能寄り……それも駄目な無能のタイプで、いくら呪いのせいで1年で入れ替わりをせざるを得ないとは言え、この程度の人員しか持ってこれないダンブルドア校長にはそこまで人望がないのかもしれない。
そのロックハート教授は最初の授業で彼個人に関するテストを行い、実技授業だとのたまってピクシーを放し、その後片付けを生徒に任せるなんていう酷いものだった。
ロックハートはウザいことにかなりのイケメンでスリザリンの中でも彼のファンだった女子生徒達はいたが、彼女達の百年の恋を冷ますには彼の失態は十分すぎた。まあ彼にスリザリンの矛先が向かってくれるなら私の被害も減るから構わないだろう。
そう思ってそそくさと教室から退室しようとしていたら、後ろから肩を叩かれる。私は嫌な予感を感じつつ、ギギギと首を後ろに回すとチャーミングな(殴り飛ばしたい)笑顔を浮かべたロックハートがいた。
「ミス・アーシュ!君は私に相談したいことがあるのではないのかな?」
周囲で気の毒そうにこちらを見てくる同級生を見ながら、私は初めてホグワーツに入ってから仲の良い友人を作っていなかったことを後悔したのだった。
ロックハートの研究室は時間的にはまだ荷物を移して間もないにも関わらず、既に彼に染められつつあった。どこかしこから彼の笑顔が飛んできて、こんな正気度が削られる部屋でよく発狂しないなとロックハートにほんの少しの尊敬を抱いた。
「よく来てくれましたね、ミス・アーシュ。君は何故私が呼んだのかは分かりますか?」
「え、えぇと……先程のテストの点数が低かった、からでしょうか?」
確かにロックハートのことは嫌いで全く興味が湧かないが、それを考えても私はクラッブとゴイルにすら負けたのかよ。かなりショックだ。
「いえいえ!確かに貴方の点数が良くないものであったのはも確かですが、貴方以上に出来の悪い子も居ましたし、それについてはこれから私について理解を深めれば大丈夫ですからね!」
良かった、どうやらあの2人には勝てたらしい。あの2人の点数が高い可能性もあるが、単純に私のプライドの問題として想定でもあの2人に負けるのは許さなかった。
「ありがとうございます。それでは、なんで私は呼ばれたのでしょうか?」
「悲しいです。私は非常に残念なのですよミス・アーシュ。ホグワーツには十数年ぶりに帰ってきた私ですが、貴方のようなかよわい少女がマグル生まれという理由だけでスリザリンから虐められているなどと!」
うわ、誰だよコイツに私のこと教えたのは……ネズミにして追いかけまわしてやろうか?
「あ「何も言わずとも結構です!貴方はよく耐え抜いている。それこそ私は先程の授業の様子を見ても貴方が虐められているとはさっぱり分かりませんでした。しかし、貴方の敬愛する寮監殿は貴方のことをいつでも見守っているのです」
あ、追いかけまわすのは冗談デス。全身切り裂かれて死ぬのは御免だ。
クソ、それにしてもスネイプ教授の仕業か。私が寮から離れて生活していることを不審がってて手頃な奴を寄越して行動を制限させるつもりか?それともただ単に嫌いな奴と嫌いな奴をぶつけるってだけか?
私が今後のことを考えている間にも彼はにこやかな笑顔を絶やさずに私に話し続ける。
「しかしあの寮監殿でさえも、虐められ続ける貴方に心を痛めるばかりで貴方の境遇を改善することはできませんでした!そこで!この私が!貴方の可哀想な学校生活を薔薇色にして差し上げましょう!」
まず大前提として、彼に時間を費やされることになってしまえば私の計画は完全崩壊するだろう。ただ、第二プランとして考えると、彼に付き纏われる被害者を演じることで完全なアリバイを作ることができるため、悪くない提案ではある。
いや、それでもロックハートの顔はこれ以上見たくないな……そうやってかつてないピンチに頭を高速回転させる私だったが、一つの名案を思いついた。
「教授!実は……私は既にスリザリンの皆と仲直りしているのです!」
「あれ?ですがスネイプ教授からはそんな話は……」
「ロックハート教授、よく考えてみてください。スネイプ教授は魔法の先生としてはとても優秀です。しかし、人生の先達としてはロックハート教授に及ぶのでしょうか?」
彼は頭を上げて考え込む。その脳内ではスネイプ教授のいかにも自分は不幸な人間ですという顔がありありと浮かんでいるだろう。
「もしロックハート教授が私を見て虐められていると分からなかったのならば、それは正しいのですよ。何故なら本当に虐めなど存在しないのだから!」
「成程、スネイプ教授は貴方達の友情に気づかなかったのですね!そして私は彼の勘違いに巻き込まれたわけだ!すまないね、ミス・アーシュ」
「いえ、私はロックハートのお心遣いに感激しています!私達の寮監はスリザリンの内部事情にまで踏み込もうとはしたことなかったので」
「はっはっは、この分なら私がスリザリンの寮監を代わってくれとお声が掛かるのも、そこまで遠い話ではありませんな!」
「失礼しました、ロックハート教授」
よし、とりあえずこれでロックハートのことは大丈夫だろう。流れに身を任せてスネイプ教授に失礼なことを言った記憶もあるが、篩にかければ大丈夫大丈夫!世界で一番下らない篩の使い方だなコレ。
だが時間的にはまだまだ余裕がある。大事の前の小事とは言うしまずはこのままスリザリン寮に向かうか。
スリザリンの談話室に向かうとレアキャラの出現に驚いたのか、彼らの目がこちらに向かう。私はその中の1人の元へと駆け寄ると、座っている彼よりも目線が下がるように跪いた。
「マルフォイ様、失礼ながら相談したいことがあります」
「相談?君ごときが僕に相談など恐れ多いとは思わないのか?」
「申し訳ありません、ですがこの話はマルフォイ様にした方が良いかと思いまして……」
本来ならここでギャラリーから野次が飛んでくるだろう。だが、周囲はマルフォイの発する圧力に押し黙る他ないようだった。彼はしばらくの間考え、十秒に満たないほどの間を開けて口を開いた。
「……なんだ?聞くだけ聞いてやろう」
「はい、先程私はロックハート教授に呼び出され、教授の研究室に招かれました」
「ああ、それは僕も目にしている」
「そこで私はスリザリンに馴染めていないことを彼に指摘され、彼から相談を受けようと告げられました」
「ふん、あの男がつくことが君にとってはそこまで重要か?」
「いえ、逆です」
「……逆?」
私の話の先が読めないのだろう。困惑した様子を浮かべるマルフォイを見て私は畳み掛ける。
「私は彼に何事もないことを主張しましたが彼の思い込みは激しく、もし私が嫌がらせを受けている場面でも目撃されてしまえば、彼は勇ましくもスリザリンに介入してくるかもしれません」
他の学年の生徒達も彼の暴れっぷりを実感したのだろう。周囲の誰もが言葉にするのも憚られる嫌な想像をしていた。
同じように苦々しい表情を浮かべつつ、マルフォイは呻くように口を開いた。
「あぁ……そうか。確かにロックハートが我らスリザリンに楯突いたところでその驕りを粉砕するのは苦ではない。が、ただでさえ授業の間でもかなりの苦痛なのにこれ以上彼と関わると病気になる。分かった、君への被害が収まるように僕が掛け合ってやる」
「ありがとうございます」
「お前達も聞いただろう、ここにいない奴にも知らせておけ」
マルフォイが周りの生徒に言うと、彼らの中には了解を得たのを示すように談話室を出ていく者達がいた。恐らく彼らは半純血だろう、スリザリンに於いて半純血は最下層に位置する立場で、最上位の聖28一族の言葉に楯突くことは許されない。
あ、最下層はこのイレナ・アーシュでした(笑)
彼らに続くように私も談話室を出ようとマルフォイに背を向けると、小声でマルフォイが私に話しかけてきた。
「これで貸し借りは無しだ」
随分と人の良い独裁者だ、と私は思いながら今度はグリフィンドールの寮へと向かった。
道中誰にも見られないところでネズミに変身し、連れていたネズミのジャンに先導されてグリフィンドールの寮に向かう。そして誰かが肖像画を出入りする隙に寮内に侵入する。
取り敢えず談話室を覗いていなければ深追いするつもりはなかったが……いた、ジニー・ウィーズリーだ。あとは変身薬の効果が切れそうになったらジャンに薬を飲ませてもらい、彼女が自室に入るまで待つ。
動物に変身することの1番のデメリットとはなんだろうか。杖が使えない?動物特有の欠点を受け継ぐ?確かにそれらのデメリットも馬鹿にできないが、個人的に1番恐ろしいのは本能に飲み込まれて身も心も動物になってしまう危険性があることだ。
仮に変身呪文で動物になりそのまま理性を失って動物の巣に帰ってしまえば、その魔法使いは失踪、行方不明となりまず助からないだろう。アニメーガスが卓越した変身術の技術を必要とする上、意味不明かつ難易度が高い習得経路(1ヶ月間マンドレイクの葉を口に含むって何!?)を経てやっと習得できる超超高等呪文なのにも関わらず、魔法界にアニメーガスが多数存在しているのはそれだけ使い勝手が良いからだ。その殆どが魔法省未登録なのを考えると、その目的も推して知るべしだが……
その点、私の動物変化薬+同じ種類の賢い魔法動物という布陣は流石にアニメーガスほどの柔軟性はないが、即席で用意できるにしては相当の使いやすさを誇る、と勝手に思っている。
本人に何か異常があれば直ぐにペットがそのフォローできるし、例えそれでも解決できずに本人が本能に飲み込まれても、魔法薬の効果が切れれば自動的に魔法使いに戻ることができる。
隠密の手段として考えるなら目眩しの呪文で透明化すれば大体万事解決だが、それでもバレる時はバレる目眩しと一見ただの動物2匹にしか見えない私のやり方を比較すると、かなり良い戦術なのではないか?
特にネズミなのも良い。体は小さくどこにでも出没するから隠密性に優れていて、2匹で行動していても番いにしか見えない。元々ペットショップで賢い動物を買う前提ありきで、ネズミに変化するのはなし崩し的に決まったのだが、そのシナジーはかなりのものだろう。
「(そうだな……ネズミの複数形であるマイスと行進のマーチを掛け合わせてマイチスとはどうだろう)」
「(ご主人様変なこと考えてるな……考える余裕がある分には大丈夫らしいが)」
そうやって時間を潰していると、ジニーが立ち上がり友人を連れて自室に向かおうとしている。ジャンに合図をして彼女についていき、階段を登っていたのだが……
突然、殺気を感じて後ろに全力で跳躍する。鋭い爪で私を殺しかけた張本人(人?)はハーマイオニーの飼いネコのクルックシャンクスだった。
あ、ヤベぇ。
クルックシャンクスとは魔法動物であるニーズルの血を引いていて、凄い賢いネコである。その最大の特徴は動物に変身した者を見分けることができ、アズカバンの囚人ではシリウス・ブラックと協力してロンのペットに扮していた死喰い人、ピーター・ペティグリューを追い詰めていた。
まあそんな彼?彼女?からすると私達は賊以外の何者でもなく、それを証明するかのように私の元に向かってきた。
「狙いは俺だけだ!ジャンはさっきの女から日記を盗め!」
ジャンは了解したかのように一度だけ鳴くと、閉じようとしているジニーの部屋へと滑り込む。それを見届けながら、私は迫り来る爪を横に避ける。
「魔法使いになってから初めての戦いがコレってどうなってんだ!」
私は取り敢えず談話室に駆け込み、障害物を利用してクルックシャンクスの攻撃を間一髪で避け続ける。私の小さな体はともかくクルックシャンクスの巨体はなにかと目立つようでグリフィンドールの生徒達がなんだなんだと様子を見に集まってきた。悪戯好きのウィーズリー兄弟が私の生死で賭けしてやがる!未成年賭博は違法だバカ!
バカなことを考えるのをやめて目の前の現実を直視する。もし仮にここで攻撃で倒れて、そのまま変身が解除されたら私はいったいどうなってしまうんだろうか……自分達グリフィンドールの寮に忍び込んだスリザリン生、彼女はスリザリンの中でも疎まれており、かと言って庇い立てできるほどグリフィンドールの誰かと仲良くはない。
うん……十中八九、退学した方がマシな目に遭うだろうな。そしてそのタイムリミットはあと数分だ。もうこれ詰んでねぇかなあ(遠い目)
もう多少の攻撃は受けてでも押し通るしか道はない。大型の猫の攻撃を受けて小さなネズミが死なない可能性に賭けて、私は入り口の肖像画が開いたのを見計らって飛び込む。
だが、慣れない人間が動かすネズミのスピードと、大型とはいえネズミを捕らえられる俊敏さを持つネコでは後者の方が速い。出口まであともう半分というところでクルックシャンクスは私のすぐ後ろまでやってきていた。
振りかぶる爪の音に死を覚悟しながら、それでも足を前に動かす。
「コラ!何やってるの!?」
飼い主の叱責にクルックシャンクスは硬直したのか、その爪は私の背中を浅く切り裂くだけに終わり、その隙に寮を出る。背中の痛みに耐えながら、取り敢えず必要の部屋まで急ぐ。
覚悟していたよりは断然浅く、期待していたよりは重すぎる傷を庇いながら必要の部屋に入る。何よりもしんどかったのは傷が背中だから人間に戻ってもすぐに治療できなかったことだ。ローブやらなんやらを全部脱いで背中に癒しの呪文を唱える。
このレベルの重症はエピスキーで治ることはなく、ヴァルネラ・サネントゥールという上級呪文でようやくといったものだ。勿論私が覚えているエピスキーでは治らず、取り敢えず必要の部屋に用意された消毒薬や包帯を使って治療する。
本来ならマダム・ポンフリーのところに今すぐ向かうべきなのだろうが、グリフィンドールでネズミが背中を負傷し、それと同時に私が背中を怪我した。これらのヒントがあれば、動物変化薬の存在を知るネビルは間違いなく真実に気づく。去年はなんだかんだ良い雰囲気だったが、それだけで私の所業を隠すほどの義理はない。
それだけでない。このタイミングで保健室で拘束されでもしたら計画に大きな狂いが生じる。私は傍らで心配そうに見守るジャンとその横にある日記に視線を向け、全ての計画の準備が完了したことに安堵し、意識を失うのだった。
ネビルに舌戦で負けハーマイオニーの飼い猫に戦いで負けるイレナですが、いったい誰になら勝てるんですかね。