夢幻のリザレクティア   作:瑤姫

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序章(2)「それは輝きのように」

 ギムナジウム。

 訓練場とか、シミュレーターとか、プールとか。ギムナジウム内の施設でここを呼称する人がいるけど、正式名称はギムナジウムだ。そして、その呼称通りの様々なものが揃っている総合訓練施設でもある。

 能力保持者の内、戦闘者の多くはその能力がそのまま武器であることが多い。だから能力の訓練をするのであれば、ソレに適した場で回数を重ねるのが最も手っ取り早いのだ。古谷さんならチャクラム、みたいにね。

 

 そんな中で、シミュレーターだけはちょっと異質。ある程度テンプレート化されたデータファイルに必要な情報を入力する事でその時の戦場を完全再現することのできる超技術が使われている。ギムナジウムの敷地半分以上を使用したそこは、特殊な材質、特殊な性質を持っているため、破壊を考慮せずに戦闘することも可能。所謂AR技術という奴だ。

 死を恐れずに訓練が可能であるため、その人気も結構高い。逆に死の危険がないから緊張感がない、という理由で嫌っている子も多いけど、予約を取らないと訓練できない程度には人気のある施設。

 

 ちなみに予約はちゃんと取ってあった。古谷さんは準備を怠らない人なんだね。

 

 ああ、けれど、ギムナジウムには基本人がいる、ということには思い至っていなかったらしい。

 

「夢野さん。私達が注目を浴びている理由は何でしょう」

「君と僕に、大した関係性を見出すことができないからだよ、古谷さん」

「出動者の記録は残っているはずですが」

「そんなものをちゃんと見ているのは真面目な君くらいだ、という話だよ」

 

 視線が凄い。

 僕は自他共に認める根暗男子である。この学園に入ってから友達の一人も出来たことの無いぼっちである。今まで組んだ子達にも「何をしてくれたのかわからない」「いなくても良かった」なんて言われる始末。まぁ基本戦闘者は敵の攻撃避けるからね。古谷さんみたいに棒立ちになってしまう、なんてデメリットを抱えている方が珍しい。

 そして、デメリットはなくとも火力に長けない戦闘者は、だからこそ回避に長けてキルタイムは遅かれど着実に低級悪魔を撃破するから、回復術師の出番なんてないのだ。文字通り「いなくても良かった」が発生してしまうわけだね。

 

 大して古谷さんは結構な美少女だ。その性格、口調上少しばかり冷たい雰囲気があるかもしれないけど、友達もそれなりにいて、能力にも華がある。真面目だからそれを評価する人も少なくないしね。

 

 そーなってくると、やっぱりつり合いというものが発生する。

 何故古谷さんと僕が仲睦まじくシミュレーターを? っていう。

 

「夢野さん、理由はわかりましたが、取るに足らない理由でした。何故、の部分は私が後で皆さんに説明しますので、どうぞシミュレーターの起動をお願いします」

「あ、うん。わかった」

 

 シミュレーターを起動する。

 一瞬のノイズの後、広がるのはどこぞの荒野。昨日のそれではない。今朝言ったことを気にしてか、昼休みの間にでも新しい再現データを作っておいたのだろう。

 

「初期観測によるデータでは低級デーモンが七体となっています」

「七体? ……成程、よっぽど気にしたみたいだね」

 

 今朝僕が言った、知ってたら訓練にならない、という言葉。

 このデータは観測後不測の事態が起きたデータなのだろう。追加で悪魔が出てくる、というのはよくある話で、敢えてそれを選んだのは、昨夜の失敗を成功で上塗りするためか。

 失敗だ、なんて思って無いけどね。

 

「では──作戦開始します」

「了解」

 

 降下する──。

 

 

 

 

 さて、放課後シミュレーターデートも終わり、夜。

 結果はまぁ上々だった、とだけ。僕なーんもしてないし。

 

 それで、なんか土日には本当に中級悪魔を倒しに行くらしい。日曜日の午後七時に学園のヘリポート集合だってさ。真面目か。

 

「──……あー、暑い。熱帯夜……程じゃないけど」

 

 夜だ。

 強く吹き付ける風さえも熱風。なんというか、なまぬるーい水に包まれているような、そんな気持ち悪さを覚える。この島国は湿気がねー、ホント。

 

 特にこの辺は盆地だから、水が逃げないんだろう。昔の人はよくこんな所に住もうと思ったもんだよ。

 そんなことを考えながら廃屋を伝って歩く。廃屋だ。この村、家は沢山あるけど人はいない。廃村という奴。廃村で、一応でっかい小学校があるけど、それも勿論廃校になってる。

 雰囲気、という点ではばっちりだ。ユーレーでも出そうな雰囲気がね。

 

 風が強い。だから建物がギシギシと鳴っているけど──まぁ、それだけじゃあ、ない。

 

 僕がこんな所に一人でいる理由にも繋がるソレ。

 

「まだ……出てないか。観測隊の仕事も雑だなぁ」

 

 携帯端末を見ても、警報や出動要請は来ていない。

 ここら一帯ではなく、いつものように低級悪魔の多い荒野や、中級のいる山林に要請が集中している。こんな田舎にソレが出てくる気配は無い。

 

 無いけど。

 

「リバイヴ」

 

 呟いた瞬間、僕の半身がごっそり消える。ギリギリで避けたつもりだったけど、引っかかっただけで持ってかれてしまったらしい。

 だけど、寸前にかけていた魔法──保険魔法、なんて呼んでる状態保存の魔法により、えぐり取られた場所が再生する。そのままメディテーションをかけて、大気中のマナから魔力を回復。消費魔力えぐいんだコレが。

 

 再生が終わった頃合いに、のそりと。

 僕の半分を消し飛ばした奴が……暗がりから、その巨体を出す。

 

「何者──か」

「ああ、ただの半端者だよ。君を殺しに来たんだ。困るんだよね、上級悪魔。もっと力を誇示してくれなきゃ、ウチの観測隊じゃ見つけられないって。どこで覚えてきたのさ、その身を潜めるって知恵。誰かに教えてもらった?」

 

 牛の頭に筋骨隆々な胴体。翼。──そして灰色の体。

 悪魔の代名詞、ガーゴイルって奴だ。動く石造。である分、耐久力も折り紙つき。

 言葉を繰る時点で上級悪魔確定で、しかも身を潜めての奇襲、なんてことができるあたり、中の上くらいの位置付けにはいるはず。

 

 普通、悪魔というのは自分の存在をアピールするものだ。なんでって沢山殺したいから。弱いのを沢山じゃなくて、能力保持者を沢山殺したいんだよね。殺せば殺すほど、沢山強くなれる。だから自分はここにいるぞ! って強い奴を呼び集めるのが基本。

 コイツみたいにコソッコソと隠れてるのは異端だ。

 

 何より。

 

「君さ、僕が気付かなかったら見逃す気だったでしょ。こんな隙だらけの能力保持者、誰もいないここなら簡単に狩れるのに」

「……罠を警戒した。貴様が何者か判別がつかなかった──何故ここにいるのか。何故ここを、嗅ぎ付けることができたのか。正体不明に此方から仕掛けるのは愚の骨頂だ」

「罠じゃあないよ。証拠に誰も連れてきていない。狙撃手もいないよ。姿を消している奴もいない。ホントのホントに、僕一人さ。その僕にしたって、君の攻撃を避けられないような半端者。君のその慎重な姿勢はとても良いと思うけれど、些か杞憂が過ぎるよ。折角上級悪魔にまで上り詰めたんだから、自信を持たないと」

 

 手を多く広げて、おどけた様子で。

 やめてほしい。悪魔というのは考えなしだから人類も対抗できているのに、狡猾になられたら勝てる所が無い。目の前の上級悪魔は僕が来なければこの廃村を突き進み──学園の裏手にまで回ることができていたはずだ。そこまでずっと森だからね、身を隠しやすい。

 そこでようやく己を発露して、何の準備もしていない子供たちを残虐なパーティへご招待する予定だったんだろう。

 

 本当にやめてほしい。

 狡猾な悪魔なんて──本物、みたいなことは。君ら、あくまで侵略生物だろ?

 そんなさ、まるで地球の悪魔みたいなコト、しないでほしい。

 

「さて、そろそろ殺し合いをしようか」

「……断る」

「ありゃ」

「ここで戦闘を行えば、こちらの力に反応し、増援が来るのだろう」

「冷静だね。じゃあどうするの?」

「逃げる」

 

 言って、その翼を用いて飛び上がる悪魔。

 

 そうして空の彼方へ消えようとした彼の翼を──パシュンと、輝く弾丸が貫く。

 

「……!」

 

 突然の事にバランスを崩した上級悪魔。そんな彼に伸びるは銀の鎖。廃屋、そして地面の中からジャラジャラと音を立ててその身を拘束する。抵抗する上級悪魔。けど、その鎖から逃れる事は出来ない。

 この鎖──シルバーバインドは、能力も魔法適正も妨害系の捕縛能力A級保持者が朝から練りに練った魔法である。それも一人二人じゃあない。十人──軍部にいる捕縛能力A級保持者が十人集まっての大封印だ。あ、狙撃したのも軍部の人ね。

 

「……罠はない。狙撃手もいない。姿を消している者もいない。──全て、嘘か」

「うん。だって僕、C級だよ? 君らで言う所の低級悪魔よりちょっと抜けてるくらいの能力保持者だ。そんな奴が、上級悪魔である君の前にノコノコ出てくるわけないじゃないか」

「そうか……だが、力を隠しているのは此方も同、じ──」

「だろうね」

 

 何かをしようとした。

 何か、力を解放しようとした。

 そんな悪魔の首を──不可視の剣が断ち切る。ガーゴイルだ。岩石と同じか、それ以上の硬度を持つソレを、簡単に、バターを切るみたいに。

 

 ゴトりと落ちた悪魔の首。けれど、その目がまだ生きようとしている事も見逃さない。

 風を切る音。

 直後、石造がぐしゃりと潰れる。石がつぶれる程の大質量が彼に圧し掛かったのだ。それも勿論、透明で。

 妨害系支援者。味方の姿を消す能力保持者だ。

 

「他には?」

「いませんね。僕が感知できたのはコイツだけです」

「そうか。では、細胞の採取後すぐに撤収する」

「ハッ!」

 

 見えないところからの見えない声と共に、大勢の足音が場を離れて行く。残ったのは二人程。さっき言ってた悪魔の細胞採取をする係の人たち。僕は彼らの護衛を終えたら、ようやく帰る事が出来る。

 

「でも、大変ですね、夢野さんも」

「はい?」

「昼間は学業、夕方には出動、夜中にはこうやって私達の手伝い……過労死とかやめてくださいよ?」

「ああ、ちゃんと報酬は貰ってるんで大丈夫ですよ」

「あはは、それが支払われてなかったら大問題ですよ……。ただでさえ学生の起用でそれなりに揉めたんですから」

「あー、まぁ、でしょうね」

 

 世間話をしつつも警戒は怠らない。といっても範囲内に入ってきたら警戒してなくてもわかるんだけど。

 

「……あ」

「どうしましたか?」

「いや……変なコト聞いていいですか?」

「はぁ」

 

 軍部の人は、大人なので。

 

「デートって、何着てけばいいと思います?」

「はい?」

 

 

 

 

「夢野さん……何故服装を変えたんですか?」

「え? これ、大人の人に選んでもらったんだけど、何か変かな」

「いえ。……戦闘服にこだわりは無いんですね」

「まーそうだね」

 

 採取やってた女性に選んでもらった服装──私服じゃなくて買った──での出動。正確には出動じゃなく志願での討伐参加なため、学園の方の点数(内申点みたいなもの)には加算されない。というのにこういうのに出張る生徒が多いのは、みんな血気盛んである、ということだろうか。

 ちなみに古谷さんの服装は一昨日の通り、短パンTシャツにインナースーツのそれだった。可愛い子は何着ても可愛いよね。

 

「それで、中級討伐だけど……共闘する人たちはいるの?」

「いませんよ。二人だけです」

「古谷さん、中級デーモンの討伐経験は?」

「六度程。夢野さんは?」

「僕は回復術師だからなぁ。この前見せた通り、コレじゃトドメは刺せないし」

「交戦経験は?」

「それは数えきれないよ」

「……」

 

 共闘無しの、B級保持者と中級討伐か。

 うーん。まぁ勝てはするだろうけど、時間がかかりそうだなぁ。

 

「つまり、文句があると」

「そうだね。古谷さんの火力じゃどうしても時間がかかりすぎる。多対一は得意なんだろうけど、強い一体を倒す能力じゃないでしょ、それ。誰か一対一に長けたアタッカーがもう一人欲しいかな」

「それでは成長の糧になりません」

「ああ、苦労したいんだ? でもそれだと、僕に危害が及ぶかもだけど」

「させないための逆境です」

 

 意思は固いらしい。

 それじゃ、仕方ない。意思を変える気がないのなら、そのまま行こう。

 

「無理そうだって判断したら、僕の知り合い呼んでいい?」

「どうぞ。ただし、無理そう、にはなりませんので」

「うん。じゃあいこっか」

 

 ヘリに乗り込む。

 えーと、単体火力の人……軍部の人でもいいよね?

 

 

 

 

 さて、戦場は荒野──ではなく破壊された市街地、とでもいうべき場所。そもそもある程度知能を付けたデーモンは荒野なんて狙われやすい場所にはいない。能力者を食べるために力を誇示するのが悪魔だけど、だからと言って自ら死にに来る、なんてことはないのだ。荒野で群がっているのは脳の無い悪魔、低級や中級の下くらいのもの。

 中級以上の悪魔はそのほとんどが自分にとって都合の良い、有利になる地形を好んでそこに居を構える。昨夜の上級悪魔のように全力で隠れているのは稀だけど、そうでないものでも簡易の罠や複数での待ち伏せなんかを画策しているから注意が必要である。

 

 ヘリから降下した僕ら。

 だけど、未だ目当ての中級悪魔を見つけられずにいる。

 

「……いませんね」

「その中級悪魔って、大きさはどれくらいなの?」

「それなりに巨大なはずです。五メートルから七メートルはあると観測隊からの情報にはありました」

 

 五メートルから七メートルある奴が見つからない、となると……観測隊の情報が間違っているか、何か姿を消す術を持っているかのどちらかだろう。あるいは僕らを見ながら逐次死角へ移動しているか、だけど。

 教えてあげるべきなのかな、こういうのって。

 

「建造物の破壊許可は下りています」

「え」

「斬走──」

 

 声をかけるかかけまいかを悩んでいると、突然古谷さんが物騒な言葉を吐いた。

 破壊許可。まぁそうだろう。取り戻したい区画でもないのなら、破壊許可くらいは下りる。どうせこの辺はもう使える物資取り尽くしているだろうし。

 

 だから、と。

 言霊を呟き、緑白いチャクラムを出現させる古谷さん。仕方がないのでマナ・コントラクトとメディテーションで古谷さんと僕の魔力を回復させる。

 

「夢野さん、もう少し近づいてください」

「え、うん」

「体を密着させるくらいでお願いします」

「いや、そういうのはまだ早いと思うよ」

「はい?」

 

 物事には順序というものがあるはずだ。段階を踏まなきゃ入り込んじゃいけないラインがある。

 全く、気が早いと思うよ。

 

「まぁ安心してよ。古谷さんのチャクラムには当たらないからさ」

「そうですか。あとで泣き言言っても知りませんから」

 

 チャクラムは二枚から四枚へ、四枚から八枚へ、八枚から十六枚へと……古谷さんの体を覆うようにして増えて行く。ギチギチと音を立てる戦輪。

 密着して、といった理由はこれかぁ。

 

「再度言います。体を密着させるくらい、近づいてください」

「その必要はないよ」

「……」

「ああ、面倒だから、とかじゃなくて──ほら、上」

 

 間に合ったのは、チャクラムの方だった。

 増やしに増やしたチャクラムを既のことで頭上に集め、その拳を防ぎ切る。

 

「く──!?」

「防ぐカ! ならバ!」

 

 ソレは拳を大きく振り、古谷さんを弾き飛ばす。チャクラムの盾は面なので、斜め方向への攻撃は彼女の軽い身体を簡単に飛ばしてしまう。

 

 降り立ったのは──赤。

 翼の生えた、赤鬼。

 太い腕には血管がうねり動き、その身は揃えてもいない毛が清潔感のセの字も感じ取らせない。頭部に這えた大きな角と、下あごから鋭く伸びる歯。どこからどう見ても昔話に出てくる鬼なのに、その背についた天使が如き白翼が既存の鬼とは違う事を示している。

 

 ずっと。

 ずっとコイツは、上に、上空にいた。なんなら僕らがヘリで来た時からも。

 

 古谷さんやヘリの操縦士が気付けなかったのは、コイツが遥か上空にいたがためだろう。大気圏近く。そんな所まで見える人間は中々いない。

 

「まずハ、お前からダ!」

「考えた方は正しいね」

 

 大振りな蹴り。けど、速度があまり出ていない。だから簡単に躱せる。

 しゃがんで、逸れて、退がって。ちゃんと攻撃を目で見て避ければ、こんなに簡単なことはない。

 とはいえ万一を考えてリジェネレーションは使っておく。

 

「ただ、君は、もう少し頭を使うべきだったかもしれない」

「何ヲ!」

 

 その腕は、確かに当たれば即死クラスだろう。蹴りも、僕の骨の全てを潰すようなものかもしれない。

 

「だけど──君が出てきた瞬間に、僕が逃げなかった時点で君は気付くべきだった」

「こノ」

「逃げないってことは、勝算があるってことだよ。余裕のある相手には退くべきだ。それが生存への唯一の近道なんだから」

「避けてばかりカ!」

「避けてばかりは気に入らない?」

 

 トンファーは抜かない。僕の腕力じゃあ打ち合えない事は知っている。

 僕の役割。僕という存在が、どのようにして戦闘に役立つべきか、なんて──僕が一番よく知っている。

 

「なら、当ててみればいい。避けられない君の切り札を使えばいい。あるんだろう? ただ殴る蹴るだけが取り柄の悪魔が、中級になんてなれるわけがない」

「その余裕、いいだろウ! そこまデ死にたイというのなラ!」

「初めから全力で来なよ。君達悪魔の取柄なんか、それしかないんだからさ」

 

 空間を割り、取り出されるは金棒。芸が無いな、とも思いつつ、その金棒が太さを増していく事に気付いて冷や汗を垂らす。

 成程、成程。

 確かにこれは、避けられない。その金棒は、振り上げられた質量は、まるで隕石のように。

 

「潰えるがいイ──!」

 

 僕ごと、地面を圧潰した。

 

 

 

 

「──カ?」

 

 赤鬼の体に幾本もの線が入る。

 彼が気付いたのは、己の視界が分断されたことくらいだろうか。

 考える脳など、もう動いてはいない。

 

「……少し、早く出てき過ぎたか?」

 

 彼女が。

 弾き飛ばされ、遠くのビルに激突した古谷里香が戻ってくるまでに、彼女の視界の中で夢野透が善戦していたことは見えていた。回避に徹していたとはいえ、余裕があり、何の問題もないのだろうその姿は見えていた。

 だから、それが油断だったのだろう。

 あるいは夢野透が射線から外れるまで待ってしまったのが最大のミスだったのだろう。

 

 彼女がチャクラムを飛ばす前に、夢野透は悪魔の武器によって潰れ。

 それを叫ぶ暇も無く、悪魔は微塵切りにされた。

 

 突然現れた、一人の剣士によって。

 

「問いますが」

「うん?」

「貴女は?」

 

 ようやくそこへ到着して、問う。

 着物の胸元につけられた紋章が軍属である事を指し示していたが、それにしたって突然現れるのはおかしい。

 まるで、どこかで待機していた、かのような。

 

「簡単に言えば」

「詳細にお願いします」

「簡単に言えば、夢野透の妻だ」

 

 その、言葉に。

 思考が止まる。

 

「透。私が口下手なのは知っているはずだ。早く出てこい」

 

 言いながら、悪魔の遺した武器──金棒を切り裂く女性。

 ズシンと音を立ててそれが切れた後、むくっと起き上がったのは……無傷の、夢野透。

 彼がつぶれたところは確実に捉えていた。支援者に危害を及ぼすのは戦闘者失格だ。そう自戒しつつ、けれどその死については特に何とも思っていなかった。死など、特に感情を動かす必要の無い程に森人であるのだから。

 だが、まさか生きているとは。

 

「出てくるの、早いよ。古谷さんが戦えなかったじゃないか」

「そうか。申し訳ない」

「いえ。……そのように話されているということは、貴女は夢野さんの要請で来た増援、ということでしょうか?」

「簡単に言えば、そうだ」

「難しく言ったらどうなりますか?」

「難しく言ってもそう」

 

 ……。

 噛み合わない。そう感じたのは、果たしてどちらだったのか。

 

「前戦った時思ったけど、古谷さん感知が甘いからね。どんな展開になってもピンチにはなると思ったから、予め呼んでおいたんだ。僕はあくまで回復術師。バッファーやデバッファーじゃないから、直接の支援はできないし」

「そこでお前より強い私が選ばれた」

(ひかる)、初対面の人にお前とか言っちゃダメだよ」

「そうか?」

「そうだよ」

 

 光──そう呼ばれた女性に手を引かれ、立ち上がった夢野透。

 その身体に、やはり怪我は存在しない。

 

「それで、夢野さんの妻、というのは?」

「あ、掘り返すんだソレ」

「そのままの意味だ。私は透の妻だ」

「はあ。ええと、お幸せに」

「ちなみに違うからね」

「虚言ですか」

「籍は入れていない。まだな」

「ちなみに入れる予定もないからね」

 

 夢野透は自他共に認める根暗男子である。

 

 控え目に言って。

 

「戦場でする話ではないのですが、どこが好きなのですか?」

「それを問われると困るな」

「簡単に言ってくださっていいです」

「簡単にも言えない」

 

 嚙み合わない、と感じたのは──多分、双方だった。

 

「はあ。では、もういいので、帰投しましょう」

「それがいいだろう。透、帰るぞ」

「いや僕は古谷さんと一緒に帰るよ。来てくれてありがとうね、光」

「そうか。それじゃあ、後でな」

 

 後で。

 そう言って、光と名乗った女性は──消える。

 単なる高速移動か、そういう能力か。

 

 その場から、忽然と姿を消した。

 

「……夢野さん、妻、というのは」

「さっきも言ったけど、光の嘘だよ。好意は寄せてくれているようで嬉しいけどね」

「はあ。意外とモテるんですね」

「意外とね」

「否定しないんですね」

「事実だからね」

「……」

「古谷さんは、奥ゆかしい方が好きなんだね」

「ええ、まぁ。どちらかと言えば」

 

 そこで会話は途切れる。

 

 帰投のヘリが来るまで、新たな会話は発生しなかった。

 

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