やはり俺が大紋章を持って生まれてくるのはまちがっている。   作:リシテアすこすこ侍

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HACHIMAN要素があるかもしれませんがそれでもよろしければ読んでいってくれると幸いです。


やはり俺が転生するのは間違っている。

 今にして思えば、なんでそんな事をしたのか分からない。熱狂的なまでの犬派という訳でもなければ、動物愛護団体の一員を自称したこともない。

 

「ああ……血が……! っ……そうだ、救急車! 救急車呼ばなきゃ!!」

 

 黒塗りの高級車に追突する所だった犬は無事だろうか。もう意識が掠れて確認も出来やしない。先ほどまで泣き叫びたくなる程の激痛も、悪い意味で和らいできた。

 

 これから自分は死ぬ。時間が経てば経つほど、それは確信に変わる。

 

 心残りがないと言えば嘘になる。続きが気になる小説、読み切っていない漫画、消化しきれていないアニメ、そして小町。

 

 俺の妹は結婚するのだろうか。どんな馬の骨がついて回るのか。普段ならそう思うと虫唾が走るあまり、その鬱憤をゲームのモンスターに当たり散らして発散する所だが、もうそんな余裕もない。

 

 父さんと母さんはショックを受け……いや、小町が居るんだ。大丈夫だろう。2人とも生んでくれてありがとう。唾棄すべき人生だったが、まあそれなりには楽しかったかもしれん。

 

 ああ……もう駄目だ。これは死んだ。救急車も間に合わない。

 

 俺の事を思って泣いてくれる人間は……多分いないな。うん。

 

 そう思うと、余計意識が遠のいて来た。

 

 さらば、愛しの千葉。

 

 さらば、愛しの日本。

 

 

 

 この日を最後に、比企谷八幡は最期を迎え、人生に幕を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「旦那様!! 無事生まれましたよ! 元気な男の子です!!」

 

 筈だった。

 

(……HA?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あれから7年の月日が経った今でもなお、俺はなぜこうなったのか定かではない為、俺の推理が間違っている可能性は少なくないが、自分の最もなじみの深い表現を使うのであれば……

 

 俺は、異世界に転生した。

 

 比企谷八幡改め、ハインケル=フォン=ゲルズという名前を与えられた。フォンという名前の通り、高貴なる者、つまり貴族である。ドイツ系の名前だろうか。にも拘らず、この世界を異世界だと断じたのには二つ根拠がある。

 

 まず一つに、自分の生まれた大陸はフォドラと言われており、この大陸はファーガス神聖王国、レスター諸侯同盟、そして自分の生まれた国であるアドラステア帝国の三つの国が1:1:2ぐらいの比率で占められており、こんな歴史を持つ土地を俺は知らない。そもそもこのフォドラという大陸自体明らかにヨーロッパ州どころか地球上に存在しない筈である。

 

 もう一つは、この世界には魔法というファンタジックなテクノロジーが存在しているという点だ。発達し過ぎた科学は魔法と区別がつかない的なアレではなく、れっきとした技術として存在している。

 

 手のひらから火の玉が出るし、敵の居る場所に雷を降らせることもできるし、生命の外傷を瞬時に直すこともできるし、酷い物だと隕石も降らせられる。

 

 それを魔力という生体エネルギーのような物で発生させているんだ。明らかに科学ではない。最も、科学という概念の解釈次第では科学の一つと言えるのかもしれないが……

 

 そういう訳で、自分は過去の世界に輪廻転生してきたという説は否定的であったのだ。

 

 しかしこの魔法と言うのも万能ではない。魔力という明らかに存在する才能の優劣、それに伴い必然的に人間の厳選は行われる。そういう事情もあって人間の生活に効率的に組み込まれているかと言われると、微妙と言わざるを得ない。

 

 唾棄すべきクソテクノロジーである。前までの自分であればそう思っていただろう。だが、いざ自分が恵まれた才能を保有していると分かれば、途端に手のひらを返してしまったのはなんと酷い皮肉だろうか。

 

 マクイルの大紋章。これは異世界転生特有の神様から授かるチート特典という奴だろうか。フォドラの人間のごく一部が保有している摩訶不思議な力、紋章と呼ばれている物があるが、その中でもマクイルの紋章という種類を宿した人間というのは得てして聡明な魔導士として名を馳せているらしい。

 

 そんな紋章を宿している為、紋章を持たない兄と姉からは酷く嫌われた。誰だってそーする、俺もそーする……と言いたいところだが流石に実害が及ぶような嫌がらせは止めて欲しい。

 

 

 

(にしても、折角転生させてくれるならせめてこの死んだ魚みたいな目はどうにかならなかったんですかねぇ? 神……いや、この世界じゃ女神か……)

 

 鏡の前で心の中で盛大に愚痴を吐く。驚くべきことに、前世と見た目が殆ど変わってない。呪いのトレードマークと化した瞳を始め、癖のある髪にアホ毛、顔の造形、挙句の果てには声まで何から何までクリソツである。

 

 別にイケメンにしてモテるようにしてくれという訳ではないが、実害が出るような見た目からチェンジしてくれる程度の恩情は与えられないものだろうか。親の付き添いで社交界に出るような機会もあったが、自分と会話しなければならないと知るや絶望のあまりその場で泣き崩れてしまう令嬢と、それを青筋を立てながら叱り飛ばす父親の光景はこの世界に来てからの最大のトラウマである。

 

 ああ女神様、こんなクソみたいな祝福(マクイルの大紋章)はどうでもいいんで見た目どうにかしてくれませんかね。顔立ちはそこそこいい線行ってると思っているが、この目が全てを台無しにしているのだ。

 

「っ……ハ、ハインケル様! お食事のっ、ご用意が……できておりますよ」

 

 そら来た。屋敷のメイドと顔を合わせれば、表情を引きつらせてしまう。まあ社交界で女子に泣かれたトラウマに比べれば可愛いものだが……

 

 このように誰も幸福になどはしないのだ。態々この目玉に拘る必要もあるまいだろう、女神様……

 

 

 

「ハインケル、勉学の方はどんな調子だ?」

 

「……まあ、及第点とは言われました」

 

 現在自分が食事をしているこのダイニングルーム、貴族らしく高そうなテーブルに職人が丹精込めて作り上げたであろう食器やフォーク、ナイフ、こうも高級品が並ぶと委縮してしまって食事がしにくいのだが、よくわからん絵画や壺か何かと言ったような無駄に五月蠅い装飾品の類が一切ないのは高評価であった。

 

 ゲルズ公爵。自分の父親であり、自分の生まれ育ちの国であるアドラステア帝国の外務卿を務めている男との会話も、あまり気が休まるとは言えなかった。

 

 何しろduke、公爵だ。これはアドラステア帝国皇家であるフレスベルグ家の次に権力を持っていることを意味する。

 

 クラスのカースト上位や教師と対面するのとはわけが違う。問答の内容次第で命に関わるからだ。人権など存在しない中世ヨーロッパ風の価値観、公爵となれば逆らえる人間も相当限られてくる。今こそ帝都で暮らしているが、ゲルズ領内ではこの男の存在そのものが法律と言っていい。俺を抱えることによって生じるデメリットがメリットを上回るようでは、クソガキの俺などいつでも処分できるという訳だ。

 

 なんてことを考えたが、現状俺がこの男の手で処分される可能性は99%あり得ない。念願の紋章持ち、しかも大紋章だ。寧ろある程度の我儘が通ってしまう程度には、この男にとって俺の存在価値は非常に大きな意味を持つ。

 

 そこまで紋章とやらが重視されているのか? と思いの人もいるだろう。俺以外の兄弟がこの時この場で食事をしていない時点で色々と察して欲しい。

 

 最も、この人とて悪代官という訳ではないし、俺もこの人に嫌われなければならない理由はない。

 

 だがしかし、そうとは分かっていても、緊張するなと言われると首を横に振らざるを得ないのだ。血が繋がっていようとも。例えば絶対に人を襲わないライオンがいたとして、であればそのライオンに臆さず近づけるかという話だ。

 

「及第点で満足されては少し困るんだがな。ハインケル、紋章持ちとして生まれたからには、お前にはゲルズ家の当主として家を守ってもらわねばならん。その為に相応しい技能を身に着けられるチャンスは、潤沢という訳ではないんだ。お前が当主に就任するまで、しっかり励まなければならないんだぞ」

 

「……存じております」

 

 奇妙な事に、フォドラでは家の継承権は十中八九長男ではなく紋章の有無で決められる。戦闘以外では役に立たなそうな紋章がだ。宗教上の理由が拗れに拗れた結果こうなったそうだが、こんな馬鹿げた取り決めが千年近く続いている。

 

そして不本意ながら、ゲルズ家でただ一人紋章を持つ俺が次期当主として白羽の矢が立ったわけだ。おかげで俺は、専業主夫になって嫁に養ってもらうという夢がどう足掻いても叶わない。

 

 普段羨ましがられる異世界転生だが、実際に転生してみればどうだ。ステータスオープンは出来ない。攻撃力や防御力の数値が9999とカンストしている訳でもない。頼みの紋章とやらは、現状俺が知っている限りでは、自分の魔法の威力を多少底上げする程度の価値しかないように思う。その程度では盗賊や魔物なんかを相手に無双してヒロインを助けては惚れさせてを繰り返してハーレムなんてことは現状無理。

 

 そしてさっきも言ったが、この世界には人権という概念が存在しない。現状俺は平民に対して特に理由のない暴力で虐げてもある程度は黙認されるし、その逆でこの立場が追われればそこから先は命の保証はできない。羨ましがられる要素がどこにある。

 

 あまり状況は芳しくない。なろう小説で常識が麻痺していたが、現状異世界転生という時点でスローライフの道は断たれたと言っていい。さっきまで愚痴ってきたが、転生先が貴族だったというだけでも泣いて感謝すべきだという認識を持つべきだ。平民として転生すれば、どんな理不尽が待ち受けているか想像するに余りある。

 

 いっそ肉を両面に焼いたり、椅子に座って食事をするだけですげーすげーと称えられるレベルでフォドラ人の知能が低レベルであれば、いくらでもやりようはあるんだが、残念ながらフォドラ人は頭がいい。この世界には鶴亀算という概念は存在しないが、それに類する問題を俺を担当する家庭講師に出してみた所、15秒で解かれた。どうやら知識チートも許されないらしい。

 

 この異世界は想像以上に厳しい。夜道は老若男女問わず襲われるような治安(この場合は日本の治安の良さを舐めていたと言うべきか?)、人権意識が存在しない事による人間の攻撃性、自分の身を守るためにも自分の全体的な能力の底上げは急務と言えた。最早働きたくないでござるとか言っている場合ではない。

 

 こんな事なら、異世界転生などせずに日本で生きていたかった。少なくとも命を狙われる心配はなくて、努力しなくてもある程度許される日本に帰りたい。そんな怠惰な自分に嫌気がさすも、どうかそう思うことぐらいは許してほしい。

 

 

 

 食事を終えた俺は自室に戻り、ダラダラしたいという欲求を噛み殺して理学の勉強を行っていた。魔法の技術を底上げしたいならこれが一番手っ取り早い。努力などまったくもって似つかわしくない俺がこうやって勉学にいそしんでいるのは、偏に状況が自分を無能にすることを許さないのと、単純に魔法に興味があるからだ。

 

 折角の特典だ。それを最大限に利用しない手はない。この紋章とやらで聡明な魔導士になってみせようじゃないか。寧ろなれなかったら泣く。

 

 あと、普通に魔法とくればワクワクするだろう。流石に黒歴史ノートを応用することはなさそうだが、それでも手のひらから火の玉や雷は心躍らせるには十分すぎるのだ。

 

「……」

 

 

 

 コンコン

 

「……ん?」

 

 自分の部屋からノック音。扉を開けてみれば――

 

 

 

「お、お兄様……少し、いいでしょうか……?」

 

 

 

 そこには天使がいた。小動物を思わせるような小さな体形、控えめな態度がそれに拍車をかける。俺と血がつながっていると言えばエイプリルフールを疑われる程の、まるで宝石のように綺麗で輝かしい瞳、整った顔立ち、スラッとした髪。まだ1人でいるのは寂しいのか、クマのぬいぐるみを抱きしめている。小町が小悪魔とすれば、彼女はまさに天使と言うべきだろう。

 

 なお、先ほどのは属性の話をしているのであって小町が下であるという話は断じてしていないのであしからず。あと小町とティナを天秤に掛けるような真似をしてみろ。俺の必殺闇魔法、『ドーラΔ』が火を吹くぜ? ……やべぇ、自分で勝手に思っておいて頭痛くなってきた……

 

「えっと……お兄様?」

 

「あっ、すまん。何か用か? ティナ」

 

 クリスティーネ=フォン=ゲルズ。この世界でたった1人の俺の妹だ。愛称として俺はクリスティーネの事をティナと呼んでいる。

 

 控えめな性格に、瞳をウルウルさせながらの上目使いと、一種のあざとさを感じないと言えば嘘になるが、まだ4歳の幼女がその手の高等テクニックを習得しているとは思えん。純粋に可愛らしい天使なのである。

 

「えっと、お兄様。今日も、少し教えてほしい事が……」

 

「何だ、また算術か?」

 

「違うんです。今日は、白魔法を教えてほしいんです!」

 

「うっ、白魔法か……分かった。お兄ちゃんが教えてやるから、少し場所を変えよう」

 

「! はい、ありがとうございます、お兄様!」

 

 見てくれ、この勉強熱心で努力家な天使を。誰が言ったか、頑張る女の子は可愛いと。本当におっしゃる通りだ。

 

 愛しい妹に勉強を教えてやれるこの時間は、この世界に転生してからの俺にとって何よりも幸せな時間だった。この時間があるから、俺は辛い勉強も耐えられるし、人権のない世界で生きていくという絶望の未来に立ち向かう勇気を貰える。

 

 

 

 俺の自室から出た後、ゲルズ家の庭に足を運んだ。

 

 白魔法というのは生命の神秘に大きく関わりがある。これを極めれば、まあ早い話がホ〇ミとかベホ〇ズンみたいな魔法を使えるようになるらしい。ギガド〇インなんかも出来るらしいが、俺もそこまで詳しく知ってる訳じゃない。

 

「言っておくが、俺もあんまり白魔法得意じゃないからな? 教えられる事も少ないと思うぞ?」

 

 さてこの白魔法、どういう訳かこのフォドラ大陸で浸透しているセイロス教という宗教の信仰心が必要不可欠らしい。その上で術式を構築して初めて白魔法を行使できる。

 

 俺は白魔法は得意ではない。八百万の神々を無意識の内に信仰する元日本人としては、一神教であるセイロス教はどうも肌が合わない。一応信仰の自由は認められているらしいが、こんな時代で無神論者なんか名乗ればどうなるか。イスラムのように特別厳しい戒律があるわけではないが、排他的な空気が鼻につくし、そもそも俺は宗教自体そんなに良く思っていない。

 

 そんな訳で俺は、この白魔法の上達に悪戦苦闘していた。間違っても他人に教えられるような技量ではないのだが……

 

「いいんです。私、お兄様に教わりたいんです」

 

「……そっか。そんじゃあまず、白魔法の何がわからないんだ?」

 

「えっと……お兄様、私、ちゃんと女神様の事、しっかり信じてるんです。でも、ライブの魔法が上手く行かなくて……私、女神様の信仰心が足りないのでしょうか……?」

 

 そう言われて俺は少し違和感を感じた。ティナの言葉は裏を返せば、魔法の術式には問題はないと思っている訳だ。であれば足りないのは信仰心。しかし見た限りにおいては、ティナに信仰心が足りないとは思えない。

 

「そうだな……とりあえず、この枝で魔法の術式を地面に書いてみな」

 

 俺の指示に従い、ティナは術式を書き上げたが、やはり、と俺は思った。

 

「あー、こりゃアレだ。昨日俺が教えた算術の公式と混ざっちゃってるんだな」

 

「えっ?」

 

「例えば、この『+』は算数じゃ合わせるって意味だが、魔法の術式じゃ意味合いが違うんだ。……というかお前、もうライブを使おうと思ってるのか? 一番簡単な治療魔法とは言え、過程飛ばしちゃ出来るものも出来ないぞ。まずは基礎勉強してからだろ」

 

「えっと、それは……」

 

 ティナが申し訳なさそうに口籠った。推測するに、ライブの魔法を何かよからぬ事に使おうとしていると考える事ができる。だが、現代と異世界ではありとあらゆる価値観が異なる。それを踏まえた上で考えると……

 

「……おおかた、小動物か何かを見かけたけど怪我をしていて、従者に見せても汚いから捨ててきなさいと言われて、でも可哀想だから治してあげたいって所か?」

 

「お、お兄様!? 何故分かったのですか?」

 

「ティナのお兄様だからな。ティナの事は何でも分かるぞ」

 

 自分でも相当気持ち悪いことを言ってるのは自覚しているが、どうせガキの戯言に収まる範囲だ。7歳の今だけは優越感につかる自由が保障されるのだ。

 

 しかしティナの性格から考えてこの推理に到達するのは当然だろう。

 

 話を聞いてみれば、ティナは庭で怪我をした鳥を見つけてきたらしい。自分もその元に駆けつけてみたが、軽い打撲のようだ。安静にしていれば治ると妹に説明をして安心させる。医療に精通しているわけではないが、飯の面倒だけ見ていれば大丈夫だろう。

 

 その後、妹は自分の分のパンを匿っている鳥に分け与えているらしい。少しとは言え食事の量を減らすのは兄としては容認しがたいので、自分の分のパンを少しちぎって妹に押し付けた。

 

 

 

 俺は、優しい女の子は嫌いだ。ほんの一言挨拶を交わせば気になるし、メールが行き交えば心がざわつく。電話なんか掛かってきた日には着信履歴を見てつい頬が緩む。だが知っている、それが優しさだということを。俺に優しい人間は他の人にも優しくて、その事をつい忘れてしまいそうになる。真実は残酷だというのなら、きっと嘘は優しいのだろう。だから優しさは嘘だ。いつだって期待して、いつも勘違いして、いつからか希望を持つのはやめた。訓練されたぼっちは二度も同じ手に引っ掛かったりしない。百戦錬磨の強者。負けることに関しては俺が最強。だからいつまでも、優しい女の子は嫌いだ。

 

 だが、ティナに対しては特別な考えを抱いている。いっそ現実離れしているとさえ言っていいその歪な優しさには、俺は間違いなく尊さを感じている。

 

 絶対に失いたくないと思った。ティナのいない日常を考えるだけで鬱になる。

 

 しかしこの世界は、ティナに幸せな人生を送ることを許すだろうか。

 

 そうは思えなかった。ティナには紋章がない。こう言うと腸が煮えくり返る思いだが、帝国の間で長いこと繰り返されてきた紋章ガチャという悪い文明のハズレ商品、それがティナだ。そんな人間の末路など、碌なものでもない。良くて飼い殺し、悪くて廃嫡だ。女に至っては、家畜のように子供を孕ませ続けるなんて事も珍しくないというのは父から聞いた話だ。

 

 ふざけるな。

 

 女神ソティスさんよ、アンタは人間を苦しませたいから、人間に紋章を授けたのか? 違うというのであれば、ティナを、紋章ガチャで苦しんでる人間を救ってやれよ。なんならそういう空気を作ってくれるだけでもいい。

 

 少なくとも俺は、ティナの為なら世界ですら敵に回せると思っているんだ。

 

 

 

 

 

 

 そんなことを思いながら10年の時が過ぎた。それまでにブリギットという国の王妃が家に来たり、知り合いの家が没落したり、帝国を出て行ったり、残酷な事件を起こして雲隠れしたりもしたりと色々なことが起こった。自分が何か出来る訳でもないから、そういう意味ではあまり関係ない話だが……

 

 なんやかんやで弧月の節の今、16歳になって体は死んだ時と大差はないだろう。

 

 そんな折に、父からはこんな事を問われた。

 

「ハインケル、お前はセイロス教についてどう思っているんだ?」

 

 唐突だった。別に生活スタイルなんかを変えたわけではなかったが、いつでも追及できたことをなぜ今になってそんなことを? と疑問に思ったが、答えないわけにもいくまい。

 

「……聖職者様からしてみれば恥ずかしい限りですが、これでも女神様への信仰心はあるつもりです」

 

「……建前の話をしているわけではないんだがな。まあ、そう言っておけば外面はいいだろうな。お前がセイロス教に対してどんな考えなのかは知らないが、もしも否定的な考えなのであれば、これから通う士官学校で得るものがあるかもしれないな」

 

「そうですか……」

 

「ああ、話はそれだけだ。もう行っていいぞ」

 

 あの時の父の問いはどういう意味なのか、女神様を信じるきっかけが士官学校にあるという意味であれば単純なのであるが、それにしては何かが引っかかるのだった。信仰心に対して矯正したければ、士官学校に通ってからと言わずに今やればいい。それに帝国は前に教団の関与があった内乱で、帝国と教団の関係は冷え込んでいる。その帝国の貴族が信仰心をそこまで重視するだろうか。

 

 ……まああの人も有能な人間だ。そんな人が得るものがあるというのであればそうなのだろう。

 

 この、『ガルグ=マク大修道院』に……

 

 

 

 

 

 今思えば、ここが俺の人生の転換期だったのだろう。その時の俺は、知る由もないが……




この作品は大団円を予定しておりますが、比企谷八幡、及びハインケル=フォン=ゲルズに救いがありません。
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