諸兄は艦隊これくしょん、通称『艦これ』というゲームを御存知だろうか。
第二次世界大戦の艦艇が美少女化して
ちょうど私が大学1回生の頃にサービスが始まり、同じゼミで知りあった友である松木の紹介で始めた。
双六のようなマスを思った通りに進まない、轟沈条件がわからず手探りであり中破で即帰投、攻撃目標指定ができないが故に敵旗艦残ってやり直しなど「運と時間」で攻略するゲームだった。
幾度か夏のイベントを乗り越えた私たちは社会人となって割けなくなった時間、複雑化したシステムやギミックについて行けなくなって、いつしかログインすることもなくなっていた。
松木は近畿圏の某私鉄の社員になり、私は大手建機メーカーの営業マンとして転勤に次ぐ転勤で年に1回か2回連絡を取るくらいとなって久しく会っていなかった。
艦これが続いていたのは知っていたが、自分のアカウントも忘れてしまったし9周年というのもツイッターで流れてきて気づいたくらいだ。
そんな艦これ9周年も目前だった今年の4月、松木が死んだ。
「ゴールデンウィークに飲もうぜ」と誘おうと思っていたところに松木の母親から電話がかかってきて、北九州の営業所にいた私は急きょ有休をとらせてもらって松木の実家の神戸三宮まで向かった。
葬儀には親族のほかに連絡のつく元アニ研メンバー、あと松木がツイッターで出会ったというオタク仲間たちが数人参列してくれた。
どうも去年の暮れくらいから体調を崩していたらしく、コロナ禍ということもあって心配を掛けまいと連絡を入れずにいたという。
葬儀の後で数年ぶりに松木のアパートに上がらせてもらうと、よく整頓されていた。
窓際には食玩の戦闘機がキレイに列線を作り、ベッド脇の本棚には漫画がツライチで並び、しわひとつない鉄道会社の作業服がハンガーに掛かっていて几帳面だった彼の生きた跡が残っていた。
松木の母親に促されて机の上にぽつんと置かれた封筒を手に取って中を見ると私にあてた手紙で、死の一週間前に書き残されたものであった。
読み進めるたびに大学2回生の春に経済学部のゼミで出会って、萌えミリオタク同士意気投合していろいろアニメやサバゲのイベントに行ったこと、卒業旅行で呉に行ったことと思い出がよみがえる。
__靖国で会おうぜハルー提督。
今までの感謝、思い出話、そしてやり残したことが綴られていた手紙を読み終えた時、記憶の端にあった艦これが蘇ってきた。
そう、ハルー提督とは私が松木に勧められて艦これを始めたときのユーザーネームなのだ。
しんみりしすぎないようにっていうあいつなりの気遣いだろうけど、遺書の最後をネタで締めるんじゃないよ。
「松木、俺達軍人じゃねえよぉ……」
白い将校の軍装に身を包んだ松木がコスプレイベントで敬礼している姿が浮かんだ。
あの時、大学生だった私達は“電子の海の海軍将校”だったのだ。
スマートフォンの中の彼は微笑み続ける、これからも。
母親のスマホに軍装姿の写真を送ると、新幹線に乗るためにお暇させて頂く。
「あの子と友達でいてくれてありがとうね」
「いえ、こちらこそ。お世話になりました」
松木がいなかったら私の大学生活はどんなものになっていただろうか、サークルやイベントで知り合いも増えず無味乾燥なものだったに違いない。
松木のご両親と別れてひとりになると駅まで何処をどう歩いたのか覚えていないほど、どっと疲れが押し寄せてきた。
重い気持ちのまま新幹線に乗った私は指定席にドッカと座ってすぐにウトウトと眠りについた。
つんと青い草と潮の臭いがした。
新幹線の車内とは思えない匂いで、私は松木の棺に入った玉串と花の匂いを想起した。
だが、小倉までは長いトンネルで潮の匂いなどするはずがないのだ。
不審に思った私が目を覚ますと、そこは路線バスの中だった。
よく晴れた日の昼下がり、窓の外には青黒い海原とコンクリで固められた山の斜面が続いていて田舎の道路といった風景だ。
バスは小さな漁村のようなところを抜けて、赤いレンガ造りの建物が並ぶ場所へと入っていった。
今までハンドルを握っていた中年のバス運転手が座っている私のほうを向いて声を掛けた。
「将校さん、到着でっせ」
一瞬、何を言っているのか分からなかったが、「しょうこうさん」と言うのが私を指すことに気づく。
他に乗客は居ないのだから、私しかいない。
かつてのコスプレで着たような白い軍装で、白手袋までつけていて名前の入ったボストンバッグを足元に置いていた。
未だ夢心地でよくわからない夢だなあと思いながら、出口に向かい財布に入った750円を運賃箱へと投入した。
バスから降りると自動で扉が閉まり、淡い水色と白の路線バスは車庫へと走っていった。
新幹線の車内からいつの間にかバスに乗って放り出されたというのに私は全く危機感を覚えることもなく、レンガ造りの建物が並ぶほうへと足を向けていた。
敷地に入るための門には守衛室があって、若い警備員が数人いる。
オーデー色の迷彩服にヘルメットを被って“警備”と書いた腕章をつけた彼らは私を見て、敬礼をした。
そこで軍隊設定の夢なのかと思い、敬礼を返した。
「おつかれさまです、身分証の提示をお願いします」
身分証、運転免許証でいいのか、夢にしては設定が凝ってるなとチェーンの付いたパスケースを取り出した。
運転免許証ではなく、薄いグリーンの顔写真入りの身分証が入っていて氏名の脇に少佐
(技)という階級が記されていた。
それを見た警備兵たちは、守衛室の中の内線電話でどこかを呼び出しているようだ。
程なくして赤レンガから眼鏡をかけた若そうな女性士官が私を迎えに門までやってきた。
白いセーラー服に青いプリーツスカートといういかにもコスプレ臭い軍服であったけれど、門の警備兵の反応からして本当に階級を持っていそうだ。
「はじめまして、笹井提督。私は
「はじめまして、大淀さん。
「フネの名前なので『大淀』で結構ですよ。執務室までご案内いたしますので、ついてきてくださいね」
軽巡大淀、秘書官ということでこれが艦これのキャラクターが登場する内容であると認識した私は「提督」になりきろうとしたのだった。
大淀について行くと、ひときわ大きい建物の入り口に3枚の木の看板が掛かっていた。
『
『第4警戒群第211海上突撃隊』
『第403整備支援隊』
古めかしい雰囲気の廊下を歩き、マルーンのカーペットが敷かれた階段を上る。
夢とはいえ、だんだん不安になってきた。
ブラウザゲームの艦隊これくしょんでは宿毛湾泊地サーバーにて着任していたが、リアルの高知県宿毛市なんて知らないのだ。
さらに自衛隊のことなんて全く分からない私は前を歩く大淀におそるおそる尋ねた。
「私がここに来たのは、どうしてか聞いているか?」
大淀は一瞬首を傾げ、私の何処かズレた認識に何らかの意図を見出そうとしたのか考えるそぶりを見せていった。
「群司令からは新任の笹井少佐が艦隊司令として着任されるとしか伺っておりません」
「ありがとう、こうした指揮を執るのは初めてでね。部下にどう接していいか戸惑ったんだ」
正直に軍隊のことも、提督という仕事のことも全くわかりませんと打ち明けようかと思ったが言い出せずに、新任の司令が記憶喪失もかくやという状態ではまずかろうと感じつつもそれらしく繕った。
「ああ、そういう事でしたか。ご心配なさらずともここの娘たちはいい子ばっかりですよ」
微笑んだまま大淀は“執務室”と書かれた部屋に入っていった。
続いて入室するとマルーンの絨毯が敷かれ、木で出来た執務机にキャスター付きのオフィスチェアが私を出迎える。
同時に目を引いたのが部屋の隅に積まれたダンボールの山だった。
「こちらは前任の
「え?松木が?」
「はい、松木提督を御存知なんですか?」
「大学時代からの友だった。彼はどこへ?」
「松木提督は呉鎮守府へと栄転されました」
松木の名前に先ほどまでの葬儀が蘇る、彼は荼毘に付されて白木の箱へと収まってしまったはずなのだ。
ワケが分からないけどなんか面白い夢だと思っていた私に冷や水を浴びせるには十分で、身辺整理のための時間が欲しいといって大淀を下がらせると、ダンボール箱に手を掛けた。
そこには数十冊の教範という教科書と、手紙が一枚入っていた。
『ハルー提督……笹井提督、いきなり着任して戸惑っているだろう。この世界は艦これの世界に近い異世界だと思う』
そんな書き出しで始まった手紙だが、ユーザーネームに加えて“艦これ”を知っているということは間違いなく私と同じ時を過ごした松木である。
おそるおそる手紙を読み進めていくと『夢ではなく、れっきとした現実なのでもしも夢だと思っているなら気を付けろ』という忠告のあと今の立場についての説明があった。
ここは艤装の適合者が艦娘になる世界で、妖精さんと呼ばれる不思議な存在が見える素質を有する者が特別幹部候補生、通称:提督候補生になるようである。
そして、こちらの笹井は松木の二期あとの提督候補生で、私は士官としての基礎を学ぶ特幹課程修了後に憑依してしまったようなのだ。
呉鎮守府サーバーと宿毛湾泊地サーバーというまるで艦これを始めた時のような状況に懐かしいものを感じつつも、松木が残してくれた教範に目を通す。
几帳面なあいつらしく、覚えるべき場所にアンダーラインを引いたり付箋を付けてくれている。
これはゲームでいうところのチュートリアルだろうか。
着任以降の概略が記され、『細部は大淀に確認して』と書いてあることからいかに松木が彼女を信頼しているかがうかがい知れる。
『PS.初期艦なんだけど
一通り目を通した私は付け焼刃の礼法でボロが出ることは承知のうえで、大淀に連れられて部下となる艦娘が待つ艦隊事務室へと向かった。
そこには五人の女の子が座っており、藍色と白のセーラー服姿ということもあって地元の中学校にでも迷い込んだような感じだった。
「気を付けェ!」
髪を後ろでまとめた少女が大声で号令をかけると、一斉にガタンと立ち上がりこちらに正対して見せた。
あまりの光景に面食らってしまった私に大淀は「答礼してください」と耳打ちしてくれた。
脱帽時の敬礼という動作を思い出すより先に腰が曲がっていて、頭を上げると「休め」の号令がかかる。
隊付秘書艦というポジションの大淀がよく分かっていない私に代わり、着任式の式次第やこの後の行動について説明を始めた。
「じ後、乙装備で舎前にて集合。質問は?」
舎前ってどこなんだとか、私は何をしたらいいのかとかいろいろ聞きたいがこの場で上官が部下に質問というのも示しがつかないんじゃ……と迷っていると、部下から元気よく声が上がる。
「なし!」
短い髪の女の子の回答に、大淀はこちらを向いて言った。
「それでは、軽く自己紹介をお願いします、提督」
着任のあいさつも全く考えていないのに、いきなりの無茶ぶりだ。
名前と階級を伝え、趣味の読書について話した。
その後、彼女たちから自己紹介を受けるのだがゲームと違った雰囲気で驚く。
「吹雪です、211では最先任です!よろしくお願いします司令官!」
「深雪だぜ、吹雪とは準備隊の頃からの同期なんだけど、着隊日で次席やってます!」
「電です、転属してきたばかりで分からないことも多いですが、よろしくお願いします」
「五月雨です、よろしくお願いします。船団護衛はお任せくださいね」
「初雪です……荒れた海は苦手だけど、がんばります」
吹雪と深雪はゲームで見たのを実写にしたような容姿であったが、電、五月雨、初雪が残りの三人がゲームとは違った雰囲気なのだ。
なのです!やドジっ子、ダウナーといったキャラ付けがされていたが、こちらでは見た目からは想像できないような歴戦の軍人の雰囲気を漂わせていた。
松木が引っ張っていった“叢雲”の補充要員で来た電タイプの彼女に至っては、幼げな見た目とは裏腹にマラッカ海峡派遣隊で巡洋艦狩りをしていたらしい。
五月雨は船団護衛で
初雪は吹雪と深雪に次いでこの艦隊にいる古株で、黙々と任務を遂行する生真面目さとそれに裏打ちされる高い練度が自慢だ。
これらの情報を大淀より聞かされた私は、素人同然の“特技少佐”というヘッポコ提督がやっていけるのだろうかと不安でしかない。
こうして私は第211海上突撃隊という総員7名の小部隊の指揮官をやることになってしまった。
不慣れなこともあってドタバタとした着任から数日して、初めての実戦がやってきた。
上級部隊の4警群から、豊後水道に侵入したはぐれと思しき深海棲艦を捜索撃滅せよという命令が下ったのである。
戦争なんてテレビのワイドショーでしか見たことがなかった私は、戦いがとてつもなく恐ろしく感じて必死の形相で教範に目を通し大淀に助言をもらいつつ何とか出動命令を下したのだ。
「分隊は用具庫まで前進する、前へ」
「イチ、ニ、イチ、ニ」
着任して最初の出動は「提督自身で艦娘を勤務隊舎から
「提督、次を左です、あのポールくらいで号令かけてください」
ミスりそうになったところを列中の大淀がフォローを入れてくれる。
号令を出すことに精一杯で分隊員の彼女たちが苦笑いしているのか、それともムッとしているのかそれすら見ている余裕がなかった。
海に面した戦闘用具庫の建物に着いただけで一仕事した気になるがこれからが本番なのだ。
「分かれて艤装装着、出航用意!」
「わかれます!」
用具庫に入っていった彼女たちを見送ると、大淀と分厚いコンクリートで出来た戦闘指揮所に移動する。
「大淀、すまん」
「いいえ、特幹の部隊配属はこんなものですよ」
外観は第二次世界大戦の戦争映画で見たような古めかしい建物であったが、中にはタッチパット式の無線機やパソコン、数枚の大型液晶モニターがあってミスマッチな感じである。
畳一枚分はあろうかという大きな海図板の前に座り、脇にある無線機の電源を入れる。
「提督、こっちの画面の指揮通信システムの内容は追々覚えていくとして、まずは無線機の操作に慣れてください」
広帯域無線電話システムⅠ型という名称のタッチパッド機器を机の上に置いた。
DDフブキ_STBY
DDミユキ_STBY
DDハツユキ_NOSIG
DDサミダレ_STBY
DDイナヅマ_NOSIG
すると液晶画面に艦娘の名前とアイコンが表示されて、信号無しからスタンバイという文字へと変わっていく。
「提督、艤装とのリンクが終わってるようですので、分隊長の吹雪さんに出航命令出してください」
吹雪のアイコンを押して、短切に号令を出す。
「出航!」
アイコンから指を離した直後に、「了解、出航します」の声が帰ってきた。
指揮所内がにわかに騒がしくなり、タッチパッドから目を離すとどこか大淀に似た小人のような者が15人くらい現れていた。
彼女?たちは小さい体でパソコンを使っていたり、海図板によじ登って光るコマのようなものを置いていたりとパタパタと動き回っている。
「大淀、えーっと」
「彼らは司令部施設妖精さんです、私たちの任務遂行には欠かせないので仲良くしてくださいね」
「よろしくおねがいします」
「よろしく提督さん」
声を掛けると一言だけ返事をして彼女たちは目の前の仕事に戻っていった。私もぼうっとしていられない。
大淀がセットアップした指揮通信システムがつぶさに情報を伝えてくれる。
吹雪たち第211海上突撃隊は入り江の愛南分屯地を出て、宿毛湾へと舵を取り豊後水道を目指す。
豊後水道を挟んで対岸の佐伯基地および分屯基地所属の4個海上突撃隊や、岬に設けられた観測所や対艦ミサイル隊からも情報提供が行われ、数方向から迷い込んだ敵を探しはじめる。
海図上の吹雪たちも豊後水道南方より
新米提督らしく一挙手一投足を見逃さぬように戦術画面、妖精たちがコマを動かす海図を見つめ、震える指先がタッチパッドの上を彷徨っていた。
「提督、コーヒーでもいかがですか」
「大淀、艦娘たちが戦っているのにいいんですかね?」
「今、気を張っていてもどうしようもありませんよ、敵の掃討は発見まで時間がかかるものです」
私の様子を見かねたのか、先ほどまでパソコンの前で座っていた大淀がすぐそばまでやって来てコーヒーを勧めてくれる。
「わかりました、お願いします」
「味はどうされますか?」
「ブラックで」
戦闘指揮所に似つかわしくない茶器棚からポットと二人分のマグカップを取り出した彼女はインスタントコーヒーを淹れてくれた。
「ここ、コーヒーも置いてあるんですね」
「半日以上缶詰になるような長丁場も珍しくありませんからね、眠気覚ましの艦隊コーヒーなんで味は期待しないでください」
はじめての艦隊コーヒーは熱くて苦く風味も何もあったもんじゃない。
同じものを飲んでいる大淀は慣れた顔だ。
「脱脂粉乳と砂糖、使いますか?ちょっとはマシになると思いますよ」
「いただきます」
カフェオレにした“艦コーヒー”を片手に報告を待つこと30分。
「敵、駆逐ハ級、3発見、
吹雪の声が無線機より流れてきて、今まで映っていなかった大型ディスプレイに戦闘の様子が映し出されていた。
最後尾を行く電の偵察カメラらしく、単縦陣を組んで航行する前の4人がよく見える。
水上を滑るスケート靴のようなユニットが白い航跡を引き、背負っている煙突の付いた艤装が透明の煙を吐き出していて不思議な光景である。
その向こうに黒くクジラのような何かが海面を進んでいるのが見え、吹雪たちは後ろから回り込むように動くと散開してあっという間に砲撃で沈めてしまった。
具体的には吹雪と深雪が手元の艦砲で行き先を塞ぐとともに至近弾で痛めつけ、五月雨と初雪が援護のもと接近し至近距離からの砲撃でとどめを刺す。
こうして
記録担当の電が3体撃破の戦果確認を行って、わずか15分の戦闘は終わった。
「合戦終わり、残存する敵がいなければ警戒航路で帰投しますがよろしいですか?」
総火演のビデオを見ているような心地でぼんやりしていた私を引き戻したのは吹雪の合戦終わりの報告だった。
「了解、大淀、敵の残存情報は?」
「4警群各隊は警報解除とのことです。えっと、掃討作戦はおしまいです」
「それは、敵がいないってこと?」
「あくまで『敵の捜索が終わった』という事なので、油断せずに帰ってきてもらいましょう」
大淀いわく哨戒網で発見された敵を撃破しただけであり、監視の目を逃れた敵が潜伏している可能性があるという。
沿岸防備に就く経験の浅い艦娘が沈むのは、こういった隙を突かれての奇襲であるらしい。
戦闘が終わった直後は「任務完了さあ帰りましょう」と注意も散漫、燃料弾薬も減っていて敵にとっては狙い目なのだろう。
「了解、対水上・水中警戒を継続しつつ帰投せよ……」
提督としてようやく指示らしいものができた。
ブラウザゲームである艦これでも「進撃」か「帰投」かを選ぶこと以外は見ていることしかできないのだが、もどかしい。
号令ひとつ下せないド素人提督が何を言うかと思われるかもしれないが、見ているだけはとてもつらいものがあった。
「提督、吹雪さんたちを信じて待ちましょう」
「はい」
吹雪たちが母港である愛南分屯地に帰投したのは指示から1時間後で、それまでずっと海図を穴が開くほど睨んでいた。
「提督さん、そんなに見つめられると恥ずかしいです……」
「すみません」
海図のコマを動かしていた妖精さんが私の緊張をほぐそうとしてか冗談を言っていたが、それどころではない。
革靴……短靴が床との間でコツコツと音を立て、逸る気持ちから貧乏ゆすりをしていることに気づいたくらいで作業着に黄色いヘルメットを被った妖精が指揮所にやってきた。
「艦隊が帰投しました、整備隊準備完了です!」
戦闘指揮所を出て、港へ向かうと青いツナギに着替えた艦娘たちが高圧洗浄機で艤装を水洗いしていた。
そのままだと海水でサビてしまうからだろう。
「司令官!ただいま帰投しました!」
「おつかれさまです!」
「あっ、司令官さん、そこ水が飛ぶので離れてほしいのです」
駆け寄った私に潮落とし作業の手を止めて、敬礼する吹雪と深雪。
「敬礼不要」と言おうとしたところで横から水しぶきが掛かる。
振り向くと高圧洗浄機のガンを構えた電がばつの悪そうな顔でこっちを見ていた。
「電ちゃん!」
「司令官さん、ごめんなさい」
「いや、頭が冷えたよ、ありがとう」
不慮の事故なんてよくあることだ、気にしない。
そこに雑巾、ウエスがバサッと降ってきた。
「ごめんなさい!」
五月雨が転び、艤装拭き上げ用の雑巾の入った籠をひっくり返したというわけだ。
わざとではないだろうが、タイミングが良すぎてもう笑うしかない。
雰囲気は違うけど、ドジっ子属性はそのまんまなのか。
「提督、これをどうぞ」
「ありがとう」
初雪にウエスを借りて制服に着いた水滴を落とす。
艦娘によって潮落としと拭き上げ、整備隊による防錆油の塗布が終わると台車に乗った艤装は戦闘用具庫に収められる。
ここから整備作業をするのが隣接する第403整備支援隊の仕事である。
本部の基幹要員以外は妖精さんで編成されている“コア部隊”で、艦娘の装備関係はこの部隊がいなければネジ一本交換できないとされている……とのこと。
所々煤けて、弾痕のような傷が残る鋼鉄の艤装は普段見ていた発電機や農業機械にはない迫力があった。
しげしげと本物の艤装を見つめていると、大淀がやって来て司令業務をするようにと言った。
艦娘から上がってきた戦闘の推移を報告書にして上級指揮官に提出したり、燃料や弾薬の補給に関する運営管理である。
__その晩、『海軍補給小六法』や大淀が準備してくれた書類のひな型を脇に申請や報告書を作成した。
艦これ世界も楽じゃないんだなあ、なあ、松木。
この不思議な憑依もの展開の謎を知るであろう彼と会える日まで、私は戦い抜いて見せると決意するのであった。
よくある提督体験モノの冒頭部分を私が書くならこんな感じになるだろうなという作品です。
息抜きの一発ネタですが、設定を組んでいるので続きを書くこともできるという。
ご感想、ご意見等あればお待ちしております。
艦これ9周年ということで、時間の経過を感じました。
電で始めた艦これですが、グラーフ掘りとか照月、伊13・14くらいが最後だったかな……。
松木のモデルの人物は居ます。元気だといいな。