私が第221海上突撃隊に着任して3ヶ月が経った。
季節はもう7月、沖の護衛艦隊とそれに座乗して海路を警戒する艦娘によって平和は保たれていた。あくまで警戒群や沿岸防備隊の警備隊区では。
妖精が見えて、大卒程度の学力と強健な体があればなれるような“特幹”すら経験してないド素人提督の出る幕と言えば「ほんちゃん」の目を盗んで侵入して非武装の民間船舶相手に猛威を振るう敵、駆逐イロハ級と潜水カ級が出没した時である。
昼夜問わずに出動が掛かり、夜間の場合は勤務隊舎から徒歩5分の距離にある築8年の生活隊舎に伝令役の艦娘が飛び込んでくる。
一度、エッチな漫画本を読んでいた時に電話が鳴り、全力で走って来たらしい吹雪が「司令官、非常呼集です!」と間髪入れずに部屋にやってきたときには生きた心地がしなかった。
本来なら2交代などでシフトを組むべきなんだろうが人員が足りず、上級部隊や隣接する佐伯防備隊の由良岬衛所からの電話連絡で即応するという状況だった。
そんな勤務環境であってもベテラン艦娘で固められた我が海上突撃隊は指揮官がヘッポコでもいまだに損害なく、ことごとく敵発見撃滅の功績を上げ続けている。
だが、夏休み(部隊統一夏季休暇)も近づいてくると練度を確かめたくなるのが軍隊で、4警群は隷下の6個海上突撃隊の艦娘と提督たちに夏季錬度判定なる海上演習を命じてきたのである。
赤レンガの一室に特幹出身の提督たちや防大出たような軍人の中の軍人いわゆる「ほんちゃん」の海軍士官が集まって、艦娘や艦艇、飛行機を使った戦闘を実演するわけであるが、少しでもまずい所を見せると本職さんに「ガツン」とやられるらしい。
大淀さんによる“にわか士官学校”でなんとか軍服を着続けることが出来ている私にとっては恐怖でしかない。
錬度判定の存在を知った昼休み、勤務隊舎の1階ロビーの自動販売機脇でくつろいでいると深雪がやってきた。
「サっさん、今度の演習どうすんの?」
「どうとは?」
「ほら、深雪様にだけでいいから考えてる編成話してみ?」
「編成って5人で1艦隊だけど」
「そーいう事じゃない、偵察役と主攻をわけないとダメなんだよ」
「ただでさえ少ない人数なのにさらに割るのか?」
「本チャンが聞いたら『貴様、敵状の解明もなしに全隊突っ込む馬鹿があるか!』と怒鳴られるぞぉ」
プロ軍人の真似か深雪は拳を振り上げて、演習の目的である“作戦指揮の手順の演練”について話してくれた。
見た目は女子中学生か高校生だけれど、私よりはるかに長い軍歴を持つだけあって海軍をよく知っている。
午後は体育だったが、深雪より「錬度判定対策会議をやろう」という意見具申があり、大淀が課目の変更を許可したため急遽、会議となった。
こういう時小人数はフットワークが軽くていい。
「提督、最小のユニットたる海上突撃隊の場合、各隊は偵察1隻、主攻3隻、予備1隻で行われます」
作戦室の黒板に大淀が凸のような図を描いて、矢印を伸ばしてゆく。
『X湾を3個突撃隊で警戒中に、後方に浸透してきた優勢なる敵部隊と遭遇、交戦に入る』という想定である。
「松木提督の時はどうしてたんだ?」
「松さんの時は私が偵察、吹雪と叢雲、五月雨が主攻、初雪は予備だね」
深雪が胸を張る。
よほど、偵察役に自信があるのだろう。
「提督、予備は見ているだけじゃなくて、何でもできる“遊撃”戦力ですので有効に活用してくださいね」
「遊撃は回りこんだり、本隊の支援したり、時には偵察役の後退支援なんかもやる……」
大淀の説明に初雪は親指を立てて見せる。
6月実施の曳航標的射撃やら防空訓練での命中率も高く、回避も上手いので遊撃もそつなくこなせるのだろう。
「電ちゃんは初めてだよね、得意なことってあるかな」
「電は水雷戦隊にいたので、雷撃戦と夜襲なら任せてほしいのです!」
吹雪の問いに電が答える。
そういえば、夜戦の話って聞かないな。
「大淀、演習に夜戦ってあるんですか?」
「おととしの土佐湾事件以降、無くなりました」
「え?」
「後段演習の夜戦中に多重衝突事故が起こって、重傷者複数、4人の艦娘が亡くなりました」
「確か巡洋艦娘の神通さんと龍田さん、初雪さん、名前忘れたけど海防艦の子ですよね」
五月雨と大淀が事故の概要を教えてくれた。
外洋で艦隊決戦の補助や深海棲艦の根拠地を襲撃する水雷戦隊の演習があった。
おととしの七月末前段の艦隊決戦、後段の「襲撃作戦」を模した演習が土佐湾沖合で行われた。
ある提督が夜戦練度の高さをアピールしようと、灯火管制を敷いて真っ暗な海の上で近接戦闘を命じたところ転舵が間に合わず次々と激突したのである。
足の航走具破損で沈没し海面に浮いて救助を待っているところ、助けに向かった艦娘に跳ねられるなど計8人の多重衝突で死者が出てしまった。
事故原因は提督の虚栄心、艦娘の夜間戦技の技能不足、演習統裁部の安全管理不足の複合要因という内容でまとめられ、指揮を取った提督は自決、司令官ら数人が更迭という重大不祥事となった。
「司令官さん、水雷戦隊はいかに近づいて必殺魚雷を叩き込むかってところなのです」
「あいつらはお高い魚雷を当てるために敵に近づいたほうが練度高いってチキンレースやってるからなぁ、提督もそんな頭だったんだろうな」
「艦娘用でも外したら高級車1台分無駄撃ちだから、絶対に当てたいんですよね」
電と深雪、吹雪の言う水雷屋の心情はわからなくもない。
戦艦級をも屠れる2リットルペットボトルくらいのサイズの魚雷が一発あたり価格二千数百万円であり、弾薬申請の際に青くなったぐらいだ。
こんな小さな部隊の少ない弾数を揃えることすら結構かかるのだから、艦隊決戦を控えた水雷屋なら物凄い出費になるのだろう。
いかに無駄弾を減らして確実に狩るかという意識から下した命令の対価が艦娘の命なんてな。
「頭を踏まれたのは私と同じ初雪タイプで顔見知りだった……それから、夜戦はきらい」
「すまん」
「別に……終わったこと」
「提督、何度も言うようですけれどこれだけは心に留めておいてください。艦娘は身一つで海を行きます、艤装が壊れたら死にます」
「わかった」
ゲーム内の大破進軍で轟沈するというのは、艤装の防御帯と呼ばれる機能が壊れて無くなっている状態で敵の攻撃が直撃して沈んでいるのか。
ただ、この世界では防御帯が一撃で抜かれることもあるらしく、被雷から一分以内に艤装の機能が止まり“轟沈”や生身の部分にダメージが行って即死という結末があるとか。
幾たびかの実戦を経てほぼ無傷で帰ってくるから忘れがちだが、戦場はそういうところなのだろう。
「少々わき道にそれましたが、電さんを加えての編成はどうされますか?」
思えば、電は小柄な体躯を活かして敵に近接し魚雷を撃ち込んだり錨で敵を殴り殺すという技能を有し、真夜中の出撃では照明弾の明かりに浮かぶ敵に近づき探照灯で目つぶししてから殴っていた。
「いつものはちょっと……」
「あ、心配しなくても危害防止で一定より近づけないのです」
「そうそう、それと砲も演習弾(TP)だからそんなに命中精度高くないんだよね」
「敵弾もヘロヘロだから、手前に落ちて当たらない」
電と深雪はため息をつきそうな雰囲気で言った。
初雪は弾道特性をよく理解しているようで、手ぶりで弾道を示して見せる。
「そんなので訓練になるのか?」
「“どんぐり”は当たってもケガしないように木くずを固めたものを樹脂でコーティングしたものです」
要は少し大きいコルク玉か。吹雪はどんぐりと呼んでるようだ。
「艦娘の個人戦技よりも提督の指示や現場判断力を試すためにするわけですから」
艦娘たちが演習弾を避けたり、精密に当てたりすることより、私がどう指揮するかを重点に見ているってわけか。
「でも当たったら痛いんですよ、竹刀で突かれたくらいには」
「それ結構効いてるよね」
「さみちゃんのは暴発事故の感想です、ふつう、防御帯で弾は木っ端みじんになります」
「隣のやつの砲が不時発射で、主機入れずに待機していたさみちゃんの脇をズドンと」
「はい、あれからしばらく青あざ消えなかったんです」
生身で当たるとそんなに痛いの……というか、暴発事故とかあるのか。
吹雪と深雪が砲口管理甘かったのはどこの隊の睦月型だっけとか言い出している。
初雪が「213だよ」と言って、話題がそこの提督になりそうなところで大淀がストップをかけた。
何かやらかしたらずっと言われ続けるのかよ、コワッ!
「で、電はどこのポジションが上手くやれると思う?」
「今回は主攻をしてみてもいいですか?」
「それじゃあ皆、深雪が偵察、主攻が吹雪、五月雨、電、予備が初雪でどうか」
電と叢雲を入れ替えた以外は松木の編成のままという芸のない組み合わせだ。
「まー順当だね」
「そうですね」
「いいと思います!」
「オーケーなのです!」
「うん、私は大丈夫……」
「みんなの合意は得られたようですね。提督、訓練で不具合が出たら入れ替える方式で行きましょう」
役割が決まったところで、次は錬度判定の状況設定と指揮官に求められているものの話になる。
「私たちの任務の特性上、敵をいかに華々しく撃沈するかより安全管理を重視した指揮をしてください」
「そうですね、『土佐湾事件』で海軍への風当たりきつかったですもんね、営外に出るなといわれるぐらい」
「テレビに海軍は溺れる女の子を見殺しにした無能なんて叩かれたからなぁ」
「それに影響受けた人に酷いこと言われた子もいたみたいですね、うちは田舎過ぎて人いないですけど」
「遠く離れた洋上決戦は一般にはわからないけれど、沿岸防備は国民の目につくのです」
「見た目女の子だけど、絡まれて殴り返したら重い罪に問われる……」
艦娘は事故からしばらくのあいだ嫌がらせや罵倒されるなどの被害を受けたりしたようだな。
自衛隊の事故報道のときにバッシングする声があがるが、深海棲艦と戦うここでもそういう流れはあるのか。
「偵察艦が見つけた敵に本隊が攻撃を仕掛けて、予備が戦場を駆け回るっていう流れになります」
「敵側の予備戦力は奇襲要員だったりするから、その対処もやる」
「初雪は『動きたくない』とか言いながら、キッチリ敵遊撃隊を食い止めてくれるんですよ」
「それは深雪が
「テキトーはダメだろ」
「提督、ここでは『最良とか理想的』っていう意味です」
「あーっ、サっさんまだ海軍用語不慣れなのか」
「特幹出身の提督だからってナメてかかる水兵もいるから、慣れたほうがいいのです」
「電さん、それホントですか?」
「電が乗っていた輸送艦で、提督が数人の上等兵に絡まれてるのを何度か見たのです」
「あっちは艦娘たちより『星の数より
「深雪、司令官を脅さない」
「それはさておき、今想定において提督に与えられた任務は、『巡洋艦で編成された優勢なる敵艦隊の撃破』ですからいつもの感覚でやると負けます」
「頭と
「電の残虐ファイトはそういうところから……」
「司令官さん、攻撃を腕で防いでくるなら錨で叩きつぶせばいいってのは天龍さんの教えです」
「天龍・龍田タイプはみんな物騒なんだよな、駆逐艦には優しいんだけどさぁ」
深雪も天龍や龍田と会ったことがあるようだ。
私の脳裏に「フフ怖」とか遠征の編成などから「天龍幼稚園」なんて言われていた天龍ちゃんが浮かび上がる。
こっちの世界でも彼女たちは駆逐艦を引き連れているのだろうか。
「私も龍田さんに近接格闘習いましたよ、でも意外と使うところが少ないんですよね」
「吹雪さん使うところあったんですか?」
「むかし、今より安全管理が緩い時代にちょっと……」
「ま、私たちの期の駆逐艦娘はたいがい格闘できるんだけど」
「吹雪さんと深雪さんの期はいろんなことをやらされてましたね」
そういう大淀はいつ入隊したんだろうと思ったが、追求しないでくれと訴えているように思えたので触れない。
こうして艤装と艦娘化によって実年齢不詳のベテラン軍人たちの昔話を交えた会議は3時間続いた。
7月の最終週、いよいよ本番である。
出撃の合間に演習のための練習を繰り返し、分隊指揮の訓練を何度もやってきた。
基地内で大声を出す私の姿に、分屯地運営の実務をやっている業務隊の人間や分屯地警備隊の隊員は笑うでもなく、「ああ、特幹の司令さんが稽古つけられてる」とほほえましいものを見るような眼で見ては平然と通り過ぎて行った。
分屯地業務隊長に留守を任せ、白い夏服に着替えた私たちは交通船に乗って
第4警戒群の置かれている呉鎮守府ではなく大分の佐伯基地なのは近くに演習ができるエリアがあり、海上突撃隊の置かれている分屯基地の中では宿毛基地に次いで大きいからだ。
ほんちゃんの軍人さんが、高知自動車道があるとはいえ何時間もかけて四国の端の山奥まで来たくなかったからかもしれないが。
それはさておき、佐伯基地に向かうとき岬にはんぺんの様なレーダー施設*1があったりする一方でリアス式海岸には昔ながらの海岸砲陣地があって、上空を飛ぶプロペラの哨戒機とか時代が分からなくなりそうなものもあった。
「大淀、あれって海軍機?」
「ええ、海軍の哨戒機P-3C*2ですね。妖精さんの乗っている“東海*3”の上位互換です」
「基地航空隊妖精さんもいるんだ」
「はい、でもどういうわけか、P-3Cは人間しか動かせなかったんですよ」
「サっさん、やたら古めかしい形のものがあったら大体妖精さんかうちら絡みの装備だよ」
「そうですね、例外は通信装備とかレーダーでしょうか。潜水艦の子がスマホみたいな情報端末を使ってます」
「さみちゃん、それホント?」
「はい、先週寄港した伊168潜水艦の子でしたけど、航法と浮上通信用って言ってました」
「うわ、いーなー。私たちの
「吹雪、ヒロムはスマホじゃない……」
「画面付きで下手に光を漏らすと、目立ってしまうのです」
ワイワイと交通船の中で盛り上がっていた私たちだったが、佐伯基地の岸壁に降り立つと緊張感が増してきたのか口数が減る。
大きな用具庫、隣接する航空基地にはゼロ戦……いや、なんか海軍の航空機が止まっていて妖精さんだろうか小柄な搭乗員や整備兵がいる。
レトロなウチと違って白い近代的な鉄筋コンクリート製の隊舎の中にその一室はあった。
豊後水道を守る艦娘と男女様々な提督が6人集められていて、顔は知らないが無線連絡などで声を聞いたことがあるという人もいた。
集まっている提督の中からひときわ目を引くショートヘアーの女性提督が近づいてきた。
「あなたが211の新任さんね、213の花形少佐です。よろしくお願いします」
「211の笹井少佐です、こちらこそ」
「うちの子たちが随分とお世話になっているそうで」
吊り目の美人さんだなあと思ったが、言葉とは裏腹にどうも友好ムードという感じではなさそうだ。
所属の艦娘は睦月型のようだけど、何だったか。
花形少佐と入れ替わるようにやってきた提督は高柳中佐で、お隣の宿毛基地の第229突撃戦隊指揮官をされている。
第229戦隊は艦娘の艦隊を2つ持っていて、今日の演習で留守になったところを第2艦隊が守ってくれている。
私たちが過労死しないのも229戦隊が南方の警戒区域を一部肩代わりしてくれているからである。
「お疲れ様です。私は笹井少佐です、若輩者ですがよろしくお願いします!」
「よろしく、高柳中佐だ。声で聴いたよりも若々しくていいね」
「あ、ありがとうございます」
「うちからも君の所ほどではないがベテランを連れてきた、今日の演習はドンと行こう」
年齢は30代後半くらいだろうか、頼れる大人の風格を醸し出しており今いる提督の中でも最も年上だろう。
上野・中井・
士官は人事異動で入れ替わりが激しいらしく、その3人もお互いに自己紹介をしていた。
各部隊所属の艦娘たちは普段から海上で会うこともあり、全員が顔見知りといった感じで特別感はないみたいだ。
そこに特幹とは少し違ったデザインの白い制服を着た上官たちが入ってきた。
高柳中佐の号令でバネ仕掛けのように椅子から立ち上がって姿勢を正す敬礼を取る。
入ってきた人の胸には略綬というリボンが一杯ついてて偉そうだ、肩章の上に錨と2つの桜がついている。
「私が今回の錬度判定の訓練統裁官を勤める第4警戒群司令、長島海将補だ」
訓練統裁部のメンバーは全員自衛隊時代から引き継いだ階級持ちの本ちゃんで、旧海軍の名前を借りた特幹や予科練とは雰囲気が違う。
さすがは防大や江田島を出てきただけはある。
三等海佐や二等海佐の彼らと並んで「特技少佐です」と名乗ったところで、素人めと鼻で笑われるだろう。
「海上警備の主たる戦力である海上突撃隊の練度を確かめに来た。普段の演練の成果をぜひ私に見せてほしい」
短い挨拶が終わると、紅軍と青軍に分かれての状況付与が行われた。
私と高柳中佐と下玉利少佐が紅軍、花形少佐と上野、中井が青軍となってお互いを深海棲艦の敵部隊に見立てて戦うのだ。
「作戦としては、セオリー通り3隻の偵察艦を先行させ、報告と共に単縦陣で突入というところか」
「高柳中佐、うちの夕立の練度に難がありまして、追従が難しいかと」
「下玉利君のところの子は補充兵か、笹井君は何か不安なところはあるかい?」
「艦娘の練度は十分ですが、的確な指示を与えられるか不安で」
「正直で結構、艦娘の不足は提督が補う。提督の不足はともに戦う仲間が補うものだ」
高柳中佐に勇気づけられた私たちは、本ちゃんの軍人たちに見られながらも作戦を組み立て始めた。
作戦準備時間1時間半、対抗艦隊の演習区域移動待ちが終わると、それぞれの艦娘たちに命令を下達する。
そこも評価点であり、ひたすら大声を出して伝える内容を暗記する練習、すなわち命令下達の練習をしたのはこのためだ。
「
「了解!」
「陣形等は追って指示する。出航用意!」
「出航よーい!」
3人の提督の命令下達が響き渡り、艤装を装着した艦娘が桟橋より整斉と海面へと降り立ち、集結地に整列する。
「211、集合終わり」
「229甲集合終わり」
「215集合終わり!」
各隊の分隊長の集合報告を受けて、提督たちは号令をかけて陣形を取らせる。
「これより偵察艦は先行し、片白島の岩影より敵状を視察せよ」
「続いて主攻艦隊は複縦陣をとれ。間隔は広・長、速力は15ノット!基準艦に追従!」
「予備艦は主攻艦隊の補助として開始地点で待機」
ここから各艦同士のデータリンクを切って、
指揮所という想定の部屋で指揮所妖精さんが描画する海図上のコマを見て、無線で指示する。
「野分、敵艦2発見、片白島より真方位340、距離2200」
野分の報告に分度器のようなものを使って角度を見て妖精さんが青く光るマーカーを置いた。
どうやら敵は主攻戦力を釣り出すつもりか、野分に発見された偵察艦2隻はどこからか見ているであろう本隊へと逃げ帰る。
「深雪、敵別動隊はまだこっちにいないよ」
「おなじく白雪、主戦力の位置を探りに来いって言ってるみたいですね」
深雪と215の白雪が見張っている大入島の東側、
生け簀があるので片白島西側は航走禁止区域だ。そちら側に回りこむには時間が足りないし、そもそも島に近づく前に遠くから発見しているはずだ。
隠れられる場所と言えば
だが、座礁の危険があってあんまり近づくわけにはいかない。
「高柳中佐、敵の狙いは主攻を岩場の陰まで誘い出して各個撃破することだと思います」
「そうだろうね、ここから岩場まで行く間に予備戦力からは離れ、偵察隊を先行させてもやられるのが見えている」
下玉利少佐は大入島の北側に敵が潜伏していると疑っている。
岩場に近づけない以上、待ち伏せされている中に少し大回りで突入することになって狙い撃たれる可能性が高いのだ。
「シンプルに全部隊投入して、数で圧倒したらどうでしょうか」
そう、小出しに突入させて各個撃破されるなら最初から兵力を集中させればいいのだ。
「笹井少佐、敵も同数で技量も不明、そうなると運と艦娘任せになりませんか」
「虎穴に入らずんば虎子を得ずというのはわかるが、それは思い切りがよすぎる」
「待ち伏せされているでしょうから、偵察艦と予備をすぐ近くに置いて敵の射撃場所を探ったうえで突入させます」
「少しは考えているみたいだし、概略を聞こうか」
予備と偵察艦で編成した6隻からなる機動班が岩陰で待機し、本隊が突入すると同時に援護射撃と敵の潜伏位置を報告する。
突入する本隊は敵の初弾の回避に努め、機動班が敵陣を撹乱して陣形が四分五裂したところを各個撃破する。
「機動班の練度任せな面もあるが、それは今更か。下玉利君、どうかな」
「偵察と撹乱で陣形を乱すということですが、向こうがそう釣れるでしょうか?」
「動き回る敵を照準しようとしたら、間髪入れずに本隊の射撃が飛んでくるというのが理想ですね」
「よし、時間もそうないし、笹井少佐の案で行こう。本体の陣形はどうする」
「機動性に優れた単縦陣で3方向から突入しましょう」
「斜行陣で前方に火力を集中させられるほうがいいのでは」
「笹井少佐は初弾の回避、下玉利君は火力投射に重きを置いていると」
斜行陣は前方に火力を集中させることが出来るのだが、陣形上大きく動きを取りにくいのだ。
対して単縦陣は真正面には撃てないが、前方の艦に追従して動けばいいので蛇行から急旋回まで対応が容易なのである。
「3個突撃隊に割って突入させるのか」
「はい。火力投射は各隊の統制に従って斉射してもらう」
「理屈はわかるけど、各個前進とあんまり変わらなくないか?」
「突入のタイミングを合わせて、狙いを絞れないようにするということです」
「だったらよし。それで行こう、下玉利君もどうか?」
「構いません」
私たちの命令に妖精さんの海図のコマが動き始める。
大入島北部の崖の陰まで偵察艦が進出し、向こう側をクリアリングしてから突入する。
「こちら深雪、頭を出した瞬間に撃ってきてるね」
「野分です、偵察艦と思しき4隻が岩の陰にいる」
「白雪、前方1300の岩陰に敵艦隊を発見しました、指示をお願いします!」
大きく突き出した崖の向こう側には敵がいるようで、偵察隊と砲撃戦が始まったようだ。
「こちら初雪、響、舞風到着、予備隊は偵察隊に合流します」
深雪と初雪に229甲の野分、舞風と215の白雪、響を加えた混成の機動班が敵の偵察艦と射撃しながらも突っ込んでいく。
「こちら深雪、駆逐艦撃沈」
「初雪より、偵察各艦!11時の陽炎型魚雷発射、注意!」
「響、魚雷回避、敵艦撃沈」
敵味方入り乱れての乱戦になったためか個艦位置を示すコマが激しく蛇行し、青いコマが二つ取り除かれる。
「舞風、敵艦隊発見、こっち撃って来てるよー!」
「白雪です、岩陰の敵主攻艦隊がこっちに向かってきます!」
「舞風、前に出すぎ!下がって!」
野分の声と共に砲声と水の音が響き、激しい攻撃を受けているようだ。
舞風と野分ペアが挑発するように動き、傍にいる白雪が的確に敵の位置情報を送信してきている。
敵の偵察艦を撃沈したうちの深雪初雪ペアと響が合流し、モールスで本隊突入可能の合図を送ってきた。
__ト・ト・ト
「本隊突入!高柳中佐!」
「よし、229戦隊、211に呼応し突入せよ」
「215、突入!」
岩陰から返事と共に9隻の主攻艦隊が敵艦隊向かって突進し、横陣を組んで迎え撃たんとする敵に至近弾を浴びせ始める。
211所属艦娘は215の艦娘より速いスピードで、距離を詰めていく。
229甲の陽炎型もそれなりの速さで敵の撹乱をしているようだ。
初雪言うところのヘロヘロ弾でも当たるときは当たるようで敵艦隊と距離700を切ったくらいで彼我両方に被害が出始めていた。
「こちら谷風、ちくしょー被弾した!まだ戦闘継続可能!」
「松風、敵艦撃沈!……あれ?松風撃沈、すみません!」
「夕立、敵撃沈っっぽい!」
「夕立ちゃん、撃沈判定出てない!まだ生きてる!」
「えっ!」
「白雪撃沈されました!」
近くの内火艇から審判員が着弾の状況などを見て、撃沈か継続かの判定を出してるのだ。
ドングリが当たったからと言って即撃沈というわけでもないのか?
提督たちができることは無線から流れ来る部下の報告をじっと聞いていることだけだ。
「五月雨、敵艦撃沈」
「電、敵艦撃沈」
「吹雪、被弾するも戦闘続行可能。かすり傷です」
「初雪……敵艦撃沈、睦月型」
「深雪、雷撃発射……命中、撃沈確認」
安全圏内ギリギリのラインで敵味方入り乱れ、模擬砲雷撃をぶつけ合って1時間が経って、状況が終わった。
撤収命令を下して艦娘が寄港してくるまでに仮の戦闘指揮所を撤収する。
艦娘たちの艤装の潮落としが終われば紅軍と青軍が一同に会して講評と反省だ。
「統裁官登壇、かしらー、中っ!」
「直れ!」
今回の錬度判定の統裁官である長島海将補より、講評をいただく。
「まずはお疲れ様。えー今回の錬度判定の講評にはいる。良かったところ、悪かったところあるから心して聞いてほしい」
良かったところは艦娘の個人戦技の練度が高かったところと、状況に入っていたところらしい。
避けて、隠れて、機動と戦技で敵を圧倒する姿こそ、軍艦であり海上歩兵である艦娘の真価であり、「海上突撃隊」の名に恥じない姿であるとのこと。
私たちが指示を出すまでに島の陰で待機を命じていた際、分担して周囲を警戒し奇襲に備えていたようなのだ。
統裁部が上空からの確認のために飛ばしていたヘリコプターでさえも敵機を見るように、無線を飛ばしていたそうだ。
ああ、「当該機は状況外、状況外である」と統裁部の将校が言ってたやつか。
こういった実戦を意識した動作が“状況に入っている”と評価されていた。
反対に悪かったところは、提督間での意見すり合わせに時間をかけて艦娘を有効に活用できてない面が見られたこと、撃沈判定が出るまでに油断して逆襲によって撃沈された艦が出たことである。
待ち伏せの可能性がある、逐次投入か集中投入か、陣形は?と3人で話している間も艦娘たちは海の上で待っていてくれたのだ
特幹であっても海軍軍人、船乗りなのだから「スマートで、目先が利いて、几帳面、負けじ魂」が必要だと叱られた。
『目先が利く』要は短い時間で状況や求められているものをつかみ、『スマート』すなわち機転を利かして次の行動次の行動を素早くできることが要求されているのだろう。
講評の後、ヘリからの空撮や内火艇からの撮影画像を見て、艦娘の戦いがいかに苛烈か実感した。
自分が指揮した3隊に分かれた単縦陣での殴り込みだが、海上の内火艇からの映像ではまるでパシュート競技のような絵面でそこからスラローム射撃を始めるのだ。
敵味方の訓練弾が飛び交うなか、ざぶざぶと波を蹴り上げて回避して撃ち返している。
青軍の村雨が弧を描くような回避運動を取っていたところに、深雪の黄色く塗られた模擬魚雷がきた。
海面からジャンプする間もなく、村雨は被雷し撃沈判定となる。
第213海上突撃隊の睦月と如月は突進してくる初雪を食い止めようと弾幕を張るも当たらない。
訓練弾の小さな水柱が初雪の後方に幾重にも立ち上り、映像で見ているだけでも酔いそうな動きで的確に至近弾を浴びせてくる初雪には恐怖しかない。
暴れまわっていた紅軍の夕立と松風、谷風に命中弾を与えた青軍の綾波が電と安全距離を取っての戦いを繰り広げていたが、魚雷は跳んでかわし砲撃の中に平然と突っ込んでいくわと乱戦になり、最後は時間切れで終わった。
戦闘結果
紅軍(指揮官)●:撃沈 △:被弾 ▲:重傷
229突戦(高柳中佐):野分△・舞風●・谷風▲・松風●・長月
211海突(笹井少佐):深雪・初雪・吹雪△・電・五月雨△
215海突(下玉利少佐):白雪●・響・夕立●・磯波△・初霜
青軍(指揮官)●:撃沈 △:被弾 ▲:重傷
212海突(上野少佐):黒潮△・暁●・浜風●・嵐●・萩風▲
213海突(花形少佐):睦月●・如月●・弥生▲・長月△・綾波
214海突(中井少佐):村雨●・白露△・春雨●・海風・旗風
青軍は紅軍の迎撃ならず、両軍の被害状況かんがみ戦闘継続困難なり。
評価すべきところ、両軍とも士気天を衝くがごとく敢闘し、近接戦闘においての個人戦技は素晴らしい。
改善すべきところ、両軍ともに指揮官の決心及び、共同戦闘において命下に時間がかかる点。
演習が終わると、愛南分屯地に帰るまでの間に佐伯の街で買い物などを楽しむ。
大淀に引率された艦娘たちが街に買い物に行く間、高柳中佐に連れられて私と上中下提督トリオ、そして花形少佐は将校クラブへと行ってお疲れ会……宴会をやる。
程よく酔いが回ってきたところで、花形少佐が睦月型大好きで数年前の誤射事故以来211とわだかまりがあることを漏らしたり、高柳中佐の奥方が元艦娘だったりと色んな事を知った。
外来宿舎で一泊し、翌朝、提督と艦娘たちはそれぞれの基地に交通船で帰る。
共に戦い、杯を交わしたことで親近感が湧いていたため帽子を取って帽振れで見送る。
「お疲れ様です、御武運を!」
輝く夏の海で艦娘たちも提督も笑っていた。
演習についての話、艦娘で編成された部隊がどうして「海上突撃隊」という名称になったのかがよくわかる風景でした。
自衛隊式階級と旧海軍的階級が混ざっていて、艦娘や妖精運用のために集められた素人あがりの特幹や予科練は旧海軍の階級で呼ばれているので、二佐と中佐で並んでいても出身がバレます。
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