ハリー・ポッター、英国魔法界崩壊RTA ヴォルデモート勝利チャート 作:らっきー(16代目)
偶々同じ名前だったという程度の、ささやかな縁だった。
リリー・エバンズがリリー・ウールと初めて会話をしたのは──授業等の事務的なものは除く──魔法薬学を教えているホラス・スラグホーンが開催しているスラグクラブに招かれた時のことだった。
共に来たセブルス・スネイプはスリザリンの生徒と一緒に居るし、ここにいるグリフィンドールの生徒は実家の太い、いわゆるボンボンばかりだ。
どうにも場に馴染めなくて、来たことを少し後悔し始めていたときのこと。
「やぁ。つまんなそうな顔してるね」
「あ……ウール先生」
「こういう場所は苦手?」
「正直に言えば、はい。ごめんなさい……」
「謝んなくていいよ。私も苦手だし」
「先生も?」
「まあね。気取った連中の集まりに居て、何が楽しいんだか」
あまりの言い様に、エバンズは思わずくすりと笑いを漏らした。
闇の魔術に対する防衛術の助教、というほとんど関わりのない相手だったが、思っていたよりは話しやすい相手なのかもしれない。少なくとも、眼帯で顔を三割ぐらい覆っている印象よりは。
「先生は、なんで来てるんですか?」
「君と同じだよ。魔法薬学の先生に目をつけられたから連れてこられたのさ。学生の頃にね。……教師になってからは、暇そうにしてる子にちょっかいを出してるけど」
君も暇なら私にかまってよ。なんて言い方だけれど、気を遣っているのだろうというのは余りにも分かりやすかった。
同じ名前の二人が、仲を深めていったきっかけはこんなものだった。
ジェームズ・ポッターの性格を、一言で表すのなら『悪ガキ』だ。
規則よりも自分の欲求を優先する。優秀ではあるが、あまり他人の気持ちを考えはしない。なまじ能力もあって機転も利くから、咎めるのも難しい。
親から送られてきた透明マントを使って、誰にも見つからない夜の散歩を楽しんでいる。夜の学校という非日常感と、他の人間にはできないことをしているという優越感がスパイスとなっていた。
いくら探検しても、ホグワーツは知らないことばかりだ。知らない通路、まだ見ていない部屋、図書室の読んだことのない本。なにもかもが好奇心を刺激する。
今日は禁書に指定されている棚の本でも見てやろうと思って、マントで姿を隠しつつ図書室に来ていた。
とはいえ表紙等を見ても、どれが何の本なのかはまだジェームズには分からない。とりあえず適当な本に手を伸ばし──
「ポッター。そこの本は止めといた方が良いよ」
背後から聞こえてきた声に、心臓が止まるほどに驚かされた。
透明マントから身体がはみ出ているなんてことはない。物音だって立てていないはずだ。ならば、何故? カマかけ……いや、名前まで呼んでおいてそれは無いだろう。
「……ああ。私の目は特別製でね。透明マントも見えるんだ」
だから早く出ておいで、という言外の意図を察してマントを脱ぐ。怒られるかと予想したが、その考えに反してウールの表情は優しげなものだった。
「言うことを聞いてくれて助かるよ。流石に、生徒が病院行きになるのは後味悪いから」
「そんなに、危ない本なの……なんですか?」
「ん? まぁ、そうだね。正しい開き方じゃないと本の中に閉じ込められるとか、文字通りドラゴンが“飛び出してくる”絵本とかね」
「そんな物、置かなきゃ良いのに……」
「ははっ。まあ、その分中身は有益なんだよ。読めるようになったら読んでご覧。……ちゃんと許可を取ってからね。ところで──」
「分かってますよ。夜中に出歩いた罰でしょう?」
半分は諦めで、もう半分は少しばかり拗ねて。先を促す。大人はいつだって子供から楽しみを奪う。そんな気持ちを込めて。
「え? そんなつもりはないけど。別に寮監でもないしね。罰則考えるのも面倒だし」
そんな気の抜けるような答えを聞いて、ジェームズは思わず口を間抜けに開いて固まってしまった。こんな適当な大人を見たのは初めてだったから。
例えばこれがグリフィンドールの寮監であるマクゴナガルだったら五十点は引かれて、キツイ罰則を受けることになっていただろうに。
「そうじゃなくて、誰かと一緒じゃないのかなって。君、いわゆる人気者でしょ? スリルは分かち合った方が楽しいよ」
「……教師が、規則違反を勧めるんですか?」
「教師としては、教え子に親友の一人ぐらい作って欲しいのさ。ま、深く考えず、適当に思いついた子を誘ってみなよ」
じゃあ、夜更かしも程々にね。と言って不良教師はその場を去っていった。
適当に思いついた子、と言われ、初めに浮かんできたのはホグワーツ特急で一緒になった一人の男子。
今後マローダーズと呼ばれ、教師達の頭を悩ませることになる悪ガキ集団の、中核の二人が仲を深めるきっかけとなった。
それからの学生生活でもしばしば交流は続いた。シリウス・ブラックという共犯者を得た彼……彼らは相変わらず深夜にホグワーツを探検して、時折不良教師に鉢合わせてはお目溢しをしてもらっていた。
ある日の朝のこと。二人でふくろう便の通販で頼んだ花火を、ついうっかり朝食の席で打ち上げてしまった。
当然大目玉を食らい、減点と罰則──食事を台無しにした故の、今日一日の食事の禁止──を受けることになった。
空腹のまま一日を過ごし、食事時の悪戯は絶対にやめようと──今回は自分の意思とは関係のない事故だったが──を誓ってベッドに潜り込んだ時、一枚のメモに気がついた。
『深夜零時。地下廊下の絵の前で。マントと友人を忘れずに』
差出人は書いてなかったが、平然と校則違反を促すような知り合いは一人しかいなかった。
親友と言える間柄になったシリウスに声をかけ、メモの指示の通りの場所へと向かう。もちろん、透明マントで身を隠すことも忘れずに。
地下廊下についた時には、既にメモの主──不良教師ことリリー・ウールはその場に居た。
「お、来たね。……それじゃあ、ホグワーツの先輩として。悪ガキ共に知識を分けてあげようか」
そんなことを言いながら、壁にかけられた肖像画を──肖像画に描かれた梨の絵を撫でる。すると、それは通り道へと変化した。
促されるままについていくと、まず視界に入ったのはたくさんのしもべ妖精。とはいえジェームズはその生き物を知らず、後々シリウスに聞いてその生き物について知ったのだが。
つまり、ここに連れてこられた意図を先に察したのは彼の方だったということだ。
いらっしゃいませ! と口々に挨拶をするしもべ妖精達に、とにかく食べごたえのあるものをくれと要求する親友の姿を見て、ジェームズの方もどういう意図で連れてこられたのか察したらしい。同じ注文をする。
「そちらのお嬢様は?」
「いや、もうお嬢様なんて歳じゃないんだけど……私はいい……いや、甘いものでも作ってもらおうかな」
キーキーとした声に反論して断ろうとしつつ、露骨にがっかりした顔をする妖精たちにほだされたのか、結局食べ物を頼んでいた。
なにか口にしようと迷っていた子供たちは、しかし妖精の早業によって作られた料理を見るとすぐに意識をそちらに持っていかれた。
「……うん、まあ。食べてから話そうか」
異論の出るはずもなかった。
子供にとって、一日分の空腹というのは大きかったようで、出された料理が胃の中に消え去るのはあっという間だった。
「先生、ありがとうございます。でも、なんで?」
「なんで知ってるのか? ホグワーツは歴史が古いからね。悪ガキの知恵と知識も代々受け継がれてるんだよ」
「なるほど……いや、そうじゃなくて。なんで連れてきてくれたんですか?」
「ああ、そっちか。罰は今日……もう昨日だね。昨日一日の食事抜きだったし。それに……お腹が空いたまま寝るのは、辛いでしょ? それは、よく知ってるからさ」
妙に実感の籠もった言葉だったが、子供たちは優しい先生だと思う程度で、それ以上のことには気が付かなかった。
それはさておき、今回の経験は、彼らのホグワーツの隠された秘密を全て暴いてやろうと思わせるきっかけとなった。
「先生! リリーと仲がいいって本当ですか!?」
「……ノックぐらいしなさい。リリーは私だけど……冗談だよ。そんな顔しないで」
もうそういう年頃かと思いつつ、ジェームズの話を聞いてやる。ずっと喧嘩してた割にどういう風の吹き回しだろうと思いつつ。
今更生徒の恋愛に口を出そうとは思ってはいなかったが、面倒だからと追い返したら余計面倒なことになるのだろうとは簡単に予測できた。
「……何回も言ってるつもりだけどね。ああいう子にモテたいならまずはスリザリン生への嫌がらせを止めなさい。それか、もっとバレないように……なんてのはグリフィンドールには無理か」
「……僕達が悪いんじゃない。あの死喰い人共と仲良くするなんて、無理だ」
「その『死喰い人』と友達だからねぇ、彼女。君が彼と仲良くできないなら……まあバレないようにやるか、仲違いするのを祈るか、彼女に近づこうと思わなくなるぐらい痛めつけるか」
最後の提案にぎょっとした顔をしたのは、ジェームズにそんな発想ができないことの証明だろう。
「相変わらず、とんでもないことを言いますね」
「……ん。まあ、死喰い人には、個人的に恨みがあってね。私だって好きな生徒と嫌いな生徒はいるさ。スラグホーン先生ほどじゃないけどね」
その言葉を聞いて。この先生にここまで言わせるなんて、やはり死喰い人はロクでもないと考えを──偏見を──強固にした。
恋愛は人の目を曇らせるし、偏見は相手の正しい姿を見えなくさせる。
結論を先に言ってしまえば、ジェームズ・ポッターとリリー・エバンズは結ばれることになる。彼女が幼馴染みの死喰い人志望の少年と仲違いしたことによって。
ジェームズはそれを、当然のこととしか思わなかった。
有り得たかもしれない、二人の和解は。ついぞ起こることはなかった。
シリウス・ブラックにとって、『ブラック』という家名は最早呪いのようなものだった。
純血主義者である『ブラック』の悪名は、死喰い人が暴れまわっているこの世の中ではあまりにも大きい。
その中で。純血主義者からは裏切り者として。そうでない者からは『ブラック』の長男として。どちらからも煙たがられているのがシリウス・ブラックという少年だった。
彼にとって幸運があるとすれば、ジェームズ・ポッターという少年とホグワーツ特急の時点で知り合えたことだろう。
シリウスと同じくらい賢く、シリウスと同じように死喰い人を憎んでいて、シリウスよりも人気者だった。
二人は、共に規則違反をしていく間に更に仲を深めていった。人気者であるジェームズと共に過ごしていく内に、徐々に彼への偏見の目は消えていった。表立ってスリザリンと対立していたというのも大きいだろうが。
彼自身が友人を増やし、寮での地位を確立していく中、とある一人の生徒だけは全く接し方を変えてこないことに気がついた。それも、あまり良くない意味で。
その生徒の名は、リーマス・ルーピン。穏やかな子供で、誰に対しても優しいと評判だ。
シリウスが違和感を覚えたのは、そんな彼が特定の誰かと仲を深めるのを避けているように思えたことと、月に一度夜に何処かに出ていくこと。後者は、しょっちゅうベッドを抜け出しているからこそ気づいたことだ。
その理由は単純にして深刻なものだった。
ジェームズに協力してもらい、夜に抜け出したルーピンを追った先で見たのは、狼人間。
避けられていた理由を、ようやく理解した。こんな秘密を抱えていては、それは友達も作りにくいだろう。
理解したと同時に、何とかしてやりたいとも思った。あんなにいいヤツが、そんな理由で寂しい人生を送るなんてことが許せなかった。
何にしても、まずは知識をつけなければならないと考えて──しかし、本とにらめっこなどは性に合わなかったから。知っていそうで、信頼できる人に聞くのが手っ取り早いと思った。
「狼人間? まだ授業はそこまで行ってないけど」
リリー・ウール。毎年教授が変わる闇の魔術に対する防衛術の助教をやっている女性。或いは規則違反を笑って見逃してくれる不良教師。
「いえ、偶々知る機会があって……例えば、もし友人がそうなったらと思うと、怖くて」
「ふぅん? ……まあ闇の帝王の陣営には居るらしいしね。狼人間だとか、巨人だとか、そういうのが」
「はい、先生。……狼人間というのは、もしそうなってしまったらどうしようもないのですか? 一緒には居られないのですか?」
「治す方法って意味なら、無いね。もし治療薬でも作れたら歴史に名を残せるよ。一緒に居る方法は……人間としてってことなら思いつかないな。縛り付けるのを一緒に居るって言うなら別だけど」
「人間以外なら方法がある……?」
「さすが悪ガキ。頭が柔らかいね。……人狼はね、普通の狼と違って動物は襲わないんだ。だから、動物もどき……まだ習ってないか。変身術で動物に成れれば、襲われない。まあ、言い切れるわけじゃないけど。人に戻ったら噛まれて仲間入りだろうし」
帰ったらジェームズに相談しようと、そう決めた。規則違反だとか、恐らくかなり難しい変身術だとか、そんなものはあの優しい彼と本当の意味で友達になるためなら何でも無いことのように思えた。
「……なんでそんなことを聞いてきたのかは、聞かないよ。行き詰まったら、また部屋においで。こう見えても変身術は得意科目だったんだ」
「……ありがとうございます。先生」
生徒を危険に晒すと予想ができているくせに、それを焚き付けるあたり、教師としては失格だろう。
それでもシリウスは、人間としてはこの人のほうがよっぽど上等だと思った。
内心も知らずに。
ある日、シリウス・ブラックは暇を持て余していた。
親友であるジェームズは女の子を連れてホグズミードに出かけている。リーマスは満月が近いせいか体調を崩している。最近仲間に加わったピーターは補習らしい。
自分もジェームズのように誰かを口説いても良かったが、最近は子供っぽい同級生の女子に少しばかりうんざりしていた。
そして向かった先は──
「折角の休みに教師の部屋に来るのは、悪ガキとしてどうなのさ」
「いいじゃないですか。先生だって暇でしょう?」
「……七学年分の授業を用意するの、結構大変なんだよ?」
「貴女じゃなければそうでしょうね。暇すぎて夜の見回りを押し付けられてるくせに」
「余計なことを教えたかなぁ……紅茶ぐらいしか出せないけど、いいかい?」
「勿論」
シリウスは、マグル式で淹れてくれる彼女の紅茶が好きだった。これだけでも、魔法にこだわり、魔法使いを至高とする純血主義が愚かだと思えたから。至極簡単に言えば魔法を使って淹れるより美味しかったから。
「全く。こんなところに来るより友達とでも遊べばいいだろうに。それか、彼女でも作ったらいい。暇つぶしにはなるだろう」
「先生は居たんですか? そういう相手」
そう問われた彼女は、懐かしさと悲しさを同居させた顔をしていた。
「うーん……仲の良い相手は居たよ。一人だけだし、もう疎遠になったけど」
「喧嘩したんですか?」
「うん。音楽性の違いでね」
「……バンドじゃないんですから」
「おや。魔法使いにこのジョークが分かってもらえたのは初めてだ。嬉しいね」
「いや、つまらないからでしょう。そのジョーク」
「……結構傷ついたな。で? 君こそ友達は? いつもの四人組以外で」
次は、シリウスが難しい顔をする番だった。
「最近はマシになってきましたけど、やっぱりみんな『ブラック』を気にしてるんですよ。特に、親が闇祓いとかそういう奴は。人によっては、先生達も」
「ああ、スラグホーン先生とか? 一回だけ呼ばれてたね」
「もう二度と行きませんが。……だから、先生と居ると楽なんですよ。『ブラック』に興味無いし、ついでにマグル趣味も分かってくれる」
「家族なんて呪いみたいなもんだからねぇ。勝手に決まるし、自分では辞められない」
「……先生?」
家族を語る彼女は、今まで見たことのない顔をしていた。
「……何でも無いよ。さて。折角教師の部屋にいるんだ。勉強でもしようか」
「他の教師の言葉だったら逃げてますけどね。今回は何を?」
「んー……動物もどきにする? 最近練習してるみたいだけど、独学じゃ難しいでしょ」
「……犯罪教唆では?」
「なぁに。バレなきゃ何しても良いのさ」
彼女自身が動物もどきだと知ったのは、シリウス達、いつものメンバーが全員動物もどきを習得してからのことだった。
彼女にも、動物もどきになってまでやりたい何かが、或いは一緒に居たい誰かが居たのだろうか。
飄々とした彼女の内心を推し量るのは難しくて、直接聞こうとも思えなかった。
確かなのは、マローダーズと呼ばれることになる四人組が彼女に恩義ができたことと、互いに秘密を共有する相手になったことだ。
世の中には信頼してはいけない人間が居て、そういう人間こそ表面上は優しく見える。そんなことを知るには、彼らはまだ幼かった。
次回おまけ5(半純血のプリンス)
補足としてリリー先生はマローダーズを決め打ちしてる訳ではなく優秀そうな生徒にはそれなりに良い先生ごっこをしています。なので多分ルシウスとかともそれなりに仲良いんじゃないですかね
追記
誤字だらけなのは毎日投稿を続けるために深夜まで泣きながら書いてたからだと言い訳させてください……誤字報告めっちゃありがとね……
今後について
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映画版の情報で書いていいよ
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ちゃんと小説版を元に書いてクレメンス