ハリー・ポッター、英国魔法界崩壊RTA ヴォルデモート勝利チャート 作:らっきー(16代目)
ヴォルデモート卿が死んだ。
死喰い人以外のイギリスの魔法使いはほぼ全て例外なくその知らせに喜んだ……いや、狂喜したと言っていい。
昼からふくろうが飛び交い、流れ星が土砂降りになり、魔法使いの装いのままマグルの世界に繰り出して後ろ指を指された。
皆で酒を酌み交わして口々に称える。「生き残った男の子、ハリー・ポッターに乾杯!」
そんな喧騒から離れ静かな部屋で一人過ごす、数少ない例外の女性が居た。
ヴォルデモート卿の死を喜ぶでなく、死喰い人のようにその死に恐慌するのでもなく。ただ一人の人間の破滅としてその事実を受け止めていた。
ノックの音が来客を告げる。こんなお祭り騒ぎの日に、わざわざ訪ねてくるような人間の候補はそう多くない。
「……ダンブルドア先生。用事は終わったんですか?」
「うむ。ハリーは叔母夫婦のところに預けてきたよ。……これで、リリーの愛がハリーを護ってくれるじゃろう」
「ハリーがそこを家と認識している限り、でしたか。……私としては、その条件で大丈夫なのか疑わしいですけど。それより、貴方が育てれば良かったのに」
「おお、老人を誘惑せんでくれ。儂は魔法界の英雄を育てるのに相応しい人間ではないんじゃ。知っての通り、名誉や承認に弱いからのお」
「ふふっ。そうやって自覚してる人こそ相応しいと思いますけどね。……まあでも、魔法界よりマグルに育てられた方がいいのかもしれませんね」
「正しく。才あるものとて、育ち方によってはそれを駄目にしてしまう。ハリーには、そうなって欲しくないんじゃよ」
二人の意見は大枠では一致している。確かに、自分が何を成したのかもわからない内からヴォルデモート卿を滅ぼした英雄として扱われるというのは、人格形成に良い影響を与えるとは考えにくいだろう。それに比べれば、魔法使いとしての知識は得られなくともマグルの世界で育った方がいい、というのは真っ当な意見と言える。しかし。
「……ところで、その叔母夫婦というのは……その、信用できる人間なのですか? 育ち方と言うなら、悪すぎる環境でも駄目でしょう」
女……リリー・ウールの過去を考えれば当然とも言える疑問。尤も、ダンブルドアは彼女の過去は知らないのだが。
「聖人君子とは流石に言えないが。少なくとも真っ当に社会に溶け込んではいる。……事情は説明するし、様子を見てくれる者も置くつもりじゃよ」
「まあ……それで納得しましょうか。血縁による愛情について議論するつもりはありませんし。……そういえば、まだ何故訪ねてきたのか聞いていませんでしたね」
「この祝うべき日に一人で過ごしている教え子の様子が気になったから、では駄目かね?」
とぼけた様子の老人の言葉に、リリーは愛想笑いの一つも返さなかった。
「年をとると話が回りくどくなるんですか? ……どうせ、ヴォルデモートのことでしょうに」
「君は相変わらず無駄を好まないのう」
「性分です。……それで?」
「うむ……君は、ヴォルデモート……いや、トム・リドルが本当に死んだと思うかね?」
「……『予言の子』に殺されたのでしょう? ならば、死ぬのでは?」
「愛の護りは、母が子に施す護りじゃ。トムの肉体を破壊したのはリリー・エバンズとも言えるのではないか、と思っての」
「もし、そうなら。何らかの形で生き延びていると? 死の呪文を受けただろうに?」
彼女の言葉を老人は肯定する。重々しい動作での頷きや次の言葉を口にするまでの間は、計算された振る舞いか、或いは死を克服したかもしれない闇の帝王への恐れか。
「有り得ない、と言い切りたいのだが。恐らく、世界で一番死の呪文に詳しかったのはトムじゃ。あやつが対策を考えていないとは……儂には、思えん」
「リドル、あれで臆病でしたからね。……ああ、それで心当たりを聞きに来たと? 悪いですけど、私には分かりません。確かに彼と一番仲は良かったのは、私でしょうけれど」
「本当に?」
「ええ」
真偽を問うたダンブルドアの青い瞳は、まるで吸い込まれるかのような、覗き込まれているかのような錯覚を相手に覚えさせるものだった。
「……そうか。時間をとらせてしまってすまなんだ」
「お気になさらず」
老人のいなくなった部屋で、また女は一人になる。
静かに旧友の死を悼んでいた……訳では無い。
「分霊箱を使って、あれだけ人を集めて、それでも負けか」
慢心。予言。勢力の質。敗因は様々であろうが、重要なのはヴォルデモート卿が負けたという事実。
「焦りすぎ、かな。どうせ純血派が権力を握ってるんだから、もっとじっくりやればよかったのに」
拙速は巧遅に勝る、などというのも場合によりけりだ。少なくともアルバス・ダンブルドアが死ぬまでは待つべきだった……尤も、そうなれば賢者の石を使ったかもしれないが。どのみち、意味のない仮定でしか無い。
「まあ、君の残したものは精々利用させてもらうよ、ヴォルデモート」
嫌悪も憎悪も彼が持っていった。残った力は彼女のものに。
ヴォルデモート卿の死、という祝勝ムードは、しかし長くは続かなかった。
大半の死喰い人が投降──或いは服従の呪文にかけられていたという主張──をする中、闇の帝王に最も忠実で、彼の死を信じないグループがあった。
ダンブルドアがそれを知ったのは、守護霊が飛んできたからだ。優れた魔術師は守護霊を有体で生み出し、メッセージを伝えさせることができる。
守護霊の持ち主は、ロングボトム。『襲撃。危機』の二言を伝えて消滅したことから、恐らく相当な窮地にあると予想できた。
戦力だけで言うのならダンブルドア自身が向かえれば良かったのだが、立場や肩書が軽はずみな行動を許さなかった。
即座に動かせる戦力としてダンブルドアの頭に真っ先に浮かんだのはリリーだった。実力は申し分ないし、その性格のお陰で堅苦しい身分にも縛られていない。ついでに祝勝に浮かれてもいない。
彼女と、彼女が声をかけた、常在戦場を体現している人間であるアラスター・ムーディの二人で救援に向かうことになった……既に手遅れではあったが。
魔法使いは、マグルとは違い簡単に結果を手に入れられる。
火が欲しければ呪文。水が欲しければ呪文。明かりを、離れたところの物を、戦闘を、全て魔法で簡単に済ませてきた。
代償として、望んだ物が手に入らない事に慣れなくなった。
闇の帝王の死が受け入れられず、居場所を闇祓いから聞き出そうとした過激派。
当然、そんなものを狙われたロングボトム夫妻が知っているはずもない。だが、そんなはずはないと、隠しているだけだと、受け入れられない闇の帝王の死という事実から目を背けるため、魔法に頼った。
服従させて聞き出そうとする。その程度で操られる人間ではなかったし、そもそも知らないことを答えようもない。
磔で拷問する。死を救いとすら考えるようになる苦痛は、確かに心を折るには効果的だろう。しかし、繰り返しになるが知らないことは答えようがない。
たとえ目の前で妻が/夫が磔の呪いを受け続けていようと、誇りを捨てて止めてくれと懇願するしかできなくなるような目に合わされようと、苦痛の果てに人間性を失おうと、死喰い人が満足する答えを差し出すことは出来なかった。
リリーとムーディが到着した頃には、既に磔の呪いを受けても何も反応が返ってこなくなった頃だった。
クルーシオ、クルーシオ。もはや無意味な呪いを唱える声だけがする。怒りの表れか、趣味か、他の行動も考えられないのか。
姿現しをした直後に見えたその光景に、すぐさま飛び出そうとしたムーディをリリーが制す。
バレていない今のうちに、奇襲で倒す二人を決め潰してしまおうというその発言は、冷静さというよりは冷酷さだろう。非道を見ても心を動かさない彼女故だ。
二本の杖から飛んだ閃光が、拷問をしていた女と警戒をしていた男に当たる。もう一人の男は狼狽えている内にムーディに捕らえられ、一番若い青年と言っていい男は素早い反応を見せ緑色の閃光を放ってみせたが、経験の差で敗北した。
「ムーディ、とりあえず闇祓いに連絡を。保護と拘束の人員と、聖マンゴへの連絡。ダンブルドアには後でいいかな」
「人使いが荒いな。守護霊ぐらい自分でも出したらいいだろう」
「使えないんだよ。私は。あと……」
「まだあるのか?」
「ちょっとだけそこの男の子と喋らせて欲しいんだ。責任持って魔法省に連れてくから」
「何? 知ってる相手……ではあるだろうが、話すことがあるのか?」
「……まあ、目をかけてた生徒だからさ。色々言いたいんだよね。あと一発ぐらい殴りたい、かな」
「……分かった。闇祓いには伝えておこう。今更お前が死喰い人に情を移すとも思えんしな」
「ありがと、恩に着るよ」
リリーは会話を終え、バシッという音とともに、姿くらましで死喰い人の一人を連れ場所を変えた。
後始末や後から来る闇祓い達への現状の説明を全て押し付けられたことにムーディが気づいたのは、それから少し経ってからだった。
「……ウール、先生」
「おはようクラウチ。卒業以来だね」
目を覚ました青年──バーテミウス・クラウチが最初に見たのは、学生時代に見慣れた無表情の教師の姿だった。
「さて、色々聞きたいことが有るんだけど」
「話すことなんてありません。さっさとアズカバンに入れるなり殺すなりすればいい」
「冷たいなぁ。そんなにご主人さまが大事?」
「闇の帝王は偉大な方だ。忠誠を尽くすのは当然でしょう」
「そのために死んでも?」
「今更惜しむ命などありません」
彼の様子を表すなら、会話が通じない狂信者。或いは信仰に殉じようとする殉教者だろうか。
「お父さんはあんな出世してるのに、君はケチなテロリストとして死ぬんだね。惨めだねぇ」
「父さんは関係無い!」
彼女の嘲弄は、彼の心の一番繊細な部分に突き刺さった。
「そう? 誰もが言うだろうさ。偉大な父親と、馬鹿な息子ってね。ああ、それに赤ん坊に殺された間抜けなご主人様も」
「闇の帝王が滅びるものか! 帝王がお戻りになった時、お前達全員が後悔することになる!」
「ふぅん……じゃあさ」
帝王の役に立つ方法、教えてあげようか?
その一言は、激情に支配された青年を落ち着かせるほどには効果的な言葉だった。
「今の、強力な魔法省の根源は、君の父親の影響が大きい。死喰い人は殺してもいい、なんてあの人以外には言えなかっただろうしね。勿論、ダンブルドアにも。だからさ、彼を権力の座から追い落とせば、帝王が戻ってきた時にやりやすくなると思わない?」
「……どうやって?」
興味が出たかな? と笑う彼女を、蛇のようだと青年は思った。
「簡単さ。君はひたすら哀れに振る舞って、周りの同情を誘ったらいい。君が慈悲を請えば請うほど、親子の情で流されたと言われないために君に厳罰を与えるだろう」
「そして血も涙もない指導者だと思わせて、民意で追い落とす?」
「理解が早いね。その通り。平和になった時代に、ああいう男は不要なのさ。少し後押ししてやれば、権力闘争で勝手に落ちていくだろう。まあ、君がアズカバンに入る勇気がある前提の話だけど……どうかな?」
「言った通りです。帝王のためなら、命は惜しまない」
「期待しているよ。……じゃあ、闇祓いのところに送ろうか。何を話していたか聞かれても、何も答えなくていい」
「先生、最後に一つだけ。先生は、どちらの……誰の味方なんですか?」
「私は皆の味方さ。今は君の。或いは、全員の敵とも言える」
言葉の意味をクラウチが考える前に、赤い閃光が意識を奪った。
裁判はクラウチの、リリーの思い通りに運んだ。
何も関与していないと泣き叫び、ただひたすらに父に慈悲を乞う青年の姿は、見る者に同情の念を呼び起こさずにはいられなかった。誰しも、自分は他人を慈しむ善人であると思い込みたがるものだ。たとえそれが正しく、規則に従ったものであるとしても、息子を投獄する父親の姿は善人ぶりたい者達に嫌悪の念を抱かせた。
以降の死喰い人達への裁判で、温情のある判決が出たのはその反動であると言えるかもしれない。バグマン、スネイプ、カルカロフ、マルフォイ、クラッブ、ゴイル──多くの死喰い人、或いはその疑いのあった者達が無罪となった。ある者は司法取引で。ある者は財力とコネで。ある者は人望で。
ダンブルドアを頼った者が一番賢いグループに属する。どのような悪人でも一度はやり直す機会が与えられるべきであるという信念のもとに、可能な限りの便宜を図ってやった。それを活かせたかどうかは本人次第だが、慈悲のもとに新しい生活を手に入れた死喰い人は少なくない。
次に賢かった者達は、リリー・ウールという教師のことを思い出した。
彼女は、元とは言え教え子の頼みだから、とダンブルドアのように便宜を図った。ただしこちらは何処に賄賂を送るのが効果的か、誰を説得するのが労力が少ないかを教えるというやり方だったが。
死喰い人に手を貸しているのではないかという声は、彼女を恩師とするホグワーツ卒業生の怒りを買った。勿論、甘すぎるという批判の声が無くなった訳では無いが、そのような声を上げる者はクラウチシニアの失脚とともに消えていった。
リリー・ウールは具体的な見返りは求めない。財産も要求しないし、ダンブルドアに降ることも求めない。
ただ礼を言いに来た相手に、少しだけ柔らかくした表情で告げる。
貸一つ。
自分達が何と取り引きしたのか。死喰い人達は気づいてはいない。
ムーディがタメ口なのは仕様です。多分何度か共闘した経験があるんでしょう
考察とか疑問点とかを感想で投げてくれるのは助かります。時々素で間違えてたりするので……
今後について
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映画版の情報で書いていいよ
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ちゃんと小説版を元に書いてクレメンス