ハリー・ポッター、英国魔法界崩壊RTA ヴォルデモート勝利チャート 作:らっきー(16代目)
マグルの世界……虐待と言っていい扱いをしているダーズリーの家から出られる、というだけでもハリー・ポッターにとっては望外の幸福であったが、彼の目に映る魔法界は此処こそが自分の本当の居場所だと感じさせるものであった。トム・リドルが感じたように。
魔法界へ導いてくれたルビウス・ハグリッド、ホグワーツ特急で一緒に過ごしたロン・ウィーズリーといった風に、出会う人々の印象が良いものであったというのも関係しているだろう。ドラコ・マルフォイですら、ダーズリー家の住人に比べれば可愛いものだ。
ただ、そんなワクワクした気持ちもホグワーツ城に入ってすぐ、組み分けの儀式を行うという発言の前に萎まされた。
何かの試験をする、痛いことをやる、無責任に流される情報に惑わされ、恐怖心が生まれる。
何をやらされるのか分からないという恐怖が一つ。それより大きいのは、これで上手くいかなかったらまた元の場所へ……ダーズリーの家へ戻されるのではないかという恐怖だ。
一度解放された地獄へもう一度戻されるのは、そこにずっと居るよりなお悪い。
帽子をかぶるだけでいい、と分かってハリーは少しだけ安堵した。知識も能力も必要とされないのなら追い返されることは無いだろうと。
他の子供たちが次々と組み分けされていく様を見て、また別の不安が湧き上がってきた。
もし、どこの寮にも組み分けされなかったら? ここまで呼ばれたのが何かの間違いだとしたら?
順番が回ってきて、帽子をかぶる瞬間までハリーはそんな事を考えていた。
流石にどこの寮にも入れないなんて事にはならなかったが、帽子はハリーをスリザリンに入れるかグリフィンドールに入れるかでずっと悩み続けていた。
希望だけを言うなら、スリザリンは嫌だった。ダイアゴン横丁で出会った嫌な男の子の事も頭にあったし、『例のあの人』の出身寮だと聞いたせいでもあった。
スリザリンに入れば偉大になれると誘惑してくる。それに少しでも揺れていたとしたら、ハリーが入る寮はスリザリンで決まっていただろう。
結論から言えば、組み分けの先はグリフィンドールだった。
入れる寮が無いなんて事にもならず、しかもスリザリンでも無かった。その安堵感は、ハリーに周りの大歓声を聞こえなくさせるほどに大きなものだった。
グリフィンドールの寮テーブルに着いて、ようやく辺りを見渡す余裕が生まれた。上座の来賓席の方にハグリッドが座っていて、ハリーと目が合うと手を振ってくれた。
真ん中に座っているのはアルバス・ダンブルドア。ハリーが汽車の中で見たカードと同じ姿をしていたのですぐに分かった。
それから漏れ鍋で出会ったクィレル先生。ターバンを付けた姿が一際目立っていた。
後は知らない人達──の、はずだった。
眼帯で顔の三割程を覆った女性。普通の感性であれば、怖いと思うか近寄り難いと思うかそのような第一印象になるだろう。
だが、ハリーが感じたものは違った。
安心感、懐かしさ、罪悪感。──そして、愛おしさ。
当然、困惑した。記憶を探ってみても、その女性に見覚えは無い。そもそも大人の女性の知り合いなどダーズリー家周りを除けば猫好きのフィッグ婆さんくらいだ。
ならば何故? ……という疑問は、すぐに霧散することになった。
そのよく分からない感情はすぐに消えていったし、友達になったロン・ウィーズリーの組み分けの番になったからだ。
それから美味しいご飯を食べたり、寮までの長い移動に疲れきってしまったりで、その女性の事はすっかり頭から消えてしまった。
ベッドに入って、夢の中でもう一度だけ思い出したような気もするが、翌朝にはもう全く覚えていなかった。
ホグワーツは魔法を学ぶ学校であるから、当然日々の大半は授業が占める。
そして、その時間が楽しいかどうかは、授業を受け持つ教師の気風によって大きく左右されると言っていい。
例えばゴーストであるビンズ先生が教える魔法史の授業は、ホグワーツで最も退屈な授業として有名である。レイブンクローの寮監でもあるフリットウィック先生は生徒の誰もが試験に合格出来るように楽しく分かりやすく教えてくれる。
そして、最も悪評高いのはセブルス・スネイプの魔法薬学の授業である。
自分の寮であるスリザリンを贔屓し、他の寮からは容赦なく減点をしていく。当然の事としてスリザリン以外の生徒からは蛇蝎の如く嫌われていた。
そして今年。ただでさえ嫌われているスネイプに、更に悪い噂が流れている。即ち、ハリー・ポッターを憎んでいると。
「セブルス、聞いたよ。ハリーに随分キツく当たってるんだって?」
「……ウール先生には関係ないでしょう」
魔法薬学教授の研究室。薬の調合に使う材料の保存の関係で涼しく暗い地下室に存在するその部屋はお世辞にも快適とは言えないが、生徒に聞かれたくない話をするのにはうってつけだ。
「まあ他の生徒なら関係無いで済ませてもいいんだけど。彼は……特別だからね。色々な意味で」
「特別扱いするなと聞いた覚えがありますが」
「そりゃあチヤホヤしろとは言わないけどね。悪い方に特別扱いもどうかと思うんだ」
自覚は有るのか、リリー・ウールの言葉にスネイプは反論を返さなかった。
「エバンズの息子を守ることには納得したんだろう?」
「同時に、あのポッターの息子です」
「子供は親を選べないよ。親の罪と子供は別さ。見た目がいくら似ていてもね」
正論だけで行動できるのなら、人間というものは随分と簡単に生きられる生き物だっただろう。感情の問題は、時には本人の知性とは無関係になる。
「……エバンズの息子に、好かれようとは思わないの?」
「流石に、怒りますよ」
今話している相手が、幼馴染の女性と喧嘩別れしたことは知っている。そして、それをずっと後悔していることも。それ故に、何故好きだった女性の息子にキツく接するのかを推測することが出来た。
「……ああ。憎まれたいのか」
沈黙は、時として雄弁よりも肯定を物語る。
「自分自身が許せなくて。誰かに裁いてもらいたくて。……不器用だね、相変わらず」
「もういいでしょう。私にも、立ち入られたくない部分は……ある」
「ん。無神経だったね、ごめん。……ねえ、セブルス。一人で色々背負おうとするのは、君の美点でもあり欠点でもある。だから……頼りたくなったら頼ってよ。大したことは出来ないけどさ」
教師にとって生徒はいつまでも生徒である、というのも事実ではあるのだろう。ただ、この女性にそんな殊勝な感覚の持ち合わせは無いだろうが。
彼女を表すなら、獲物を逃がそうとしない蛇の方が相応しい。
どうせ、利用しやすい相手としか思っていないのだから。
時は流れ、ハロウィン。
同寮の女子生徒と喧嘩した事だとか、今日の為に用意されたご馳走だとか、そんな物がどうでも良くなるような事態が起きた。
学校の中にトロール──魔法生物の危険度ではxxxxに分類されており、暴力的で対話は不可能な魔法生物──が侵入したと。
教師と監督生の指示に従って寮へと避難しようとしたところで、ハリー・ポッターはある事に気がついた。先程喧嘩した女子生徒、ハーマイオニー・グレンジャーはトロールの事を知らないのではないかと。
きっと、それを教師に伝えて自分達は指示通り避難するのが正しい選択だったのだろう。
だが、若さ故の無鉄砲さか、グリフィンドールの勇敢さか。ハリーとその友人がとった行動は、自分達でハーマイオニーを助けに行くことだった。
予想外だったのは、ハーマイオニーが居るであろう場所に辿り着くよりも先にトロールの姿を見つけてしまったこと。
機転を利かせてトロールを入っていた部屋に閉じ込めた──までは良かった。そこに人が残ってさえいなければ。
部屋の中から悲鳴が聞こえてきて、そこが女子トイレだと……つまり、ハーマイオニーが居るのだと悟った。
自分達の行動がとんでもない裏目に出たのだと気づいて、もう冷静な判断は出来なくなった。
自分で閉めた扉を開けてハーマイオニーを助けに向かう。
彼女は奥の壁に張り付いて震えていた。そんな彼女のもとへ、トロールが洗面台を薙ぎ倒しながら近づいていく。
落ちている手近な物を投げつけ、注意を引く。幸いにしてトロールの知能は低く、直前の行動を忘れ新たな乱入者へ対応する事を選んだ。少なくとも、この瞬間にハーマイオニーが挽肉になる事は無くなった。
代わりに二人の方へと向かってくるトロール。二人に出来たのは、少しでも怯ませようと飛び散ったパイプや蛇口を投げ付けることぐらいだ。魔法使いであっても、まだトロールに立ち向かえるような魔法を知らない以上、原始的な行動を取るぐらいしか出来ない。
頭部に当たれば少しは怯むが、逆に言えばそれだけだ。いくらトロールの動きが鈍くとも、じわりじわりと距離が縮まる。向こうの気が変わって走り出しでもすれば終わりだろう。
少しずつ追い詰められ、逃げ場を求めて個室へと逃げ込む。それはつまり、袋小路に追い込まれた事を意味している。
このままであれば、個室の扉が壊されるのと共に命を散らすことになっただろう。そうならなかったのは、第二の乱入者がやってきたからだ。
自分の寮を持つような立場で無い故に、生徒の安全よりも敵の排除を優先出来たリリー・ウール。トロールの居場所を探るのも特別な目のおかげでさほど労力は必要無かった。ハリー達の不在に気づいていたのかは本人のみが知るところだろう。
何発かの呪文を撃ちながら──ある程度以上の力量がある魔法使いにとっては、呪文の詠唱は必須では無い──生徒達に何処かに隠れているように告げる。尤も、そんな事言われずとも隠れたまま出てくる事は無かっただろうが。
返り血を浴びせないようにという配慮の後、強力な呪いで面倒な作業を終わらせた。杖から閃光が放たれる度に、トロールの身体が切り刻まれる。失神や石化が効きにくい魔法生物であっても、物理的な傷ならば通用する。
生徒の避難誘導を終えた寮監達が到着した時、視界に入ったのは部屋中に飛び散るトロールの血液と、無惨な姿になった死骸だった。
後は、ただの事後処理だ。
ハーマイオニーが教師に嘘を告げるという彼女を知っている者なら冗談としか思わないような事はあったが、概ね穏便に片付いた。トロールに立ち向かった代償として減点された事にハリー達は不満そうにしていたが。
「……じゃあ、私から一人五点あげよう。気高い友情と騎士道精神に」
危険な事に首を突っ込む事は賞賛されるべきでは無いだろう。味をしめれば同じ事を繰り返してしまうだろうから。
しかし、子供はそういう大人の方に、分かってる人だと好感を抱くものだ。
安い好感度稼ぎだが、いつの時代でも有用だ。
クリスマスに、ハリー・ポッターは透明マントを手に入れた。
ホグワーツに通う生徒で、その城の秘密に魅了されなかった者は皆無と言っていい。隠された部屋、変化する通路。解き明かしたいと思うのは自然だろう。
ハリーもその欲求に従って、その結果として違う物に魅了された。
みぞの鏡。鏡を見た者の望みを読み取り、それを映し出す魔法道具。ハリーはそれに……正確に言うなら、それに映し出される家族の姿に夢中になった。
毎晩ベッドを抜け出して鏡を眺める。友達付き合いも学生生活もそれに比べればどうでも良くなっていた。
ハリーは今夜も鏡を見に行く。そこに行けば家族に会えるのだから。
「やあハリー。いい夜だね」
身が凍る思いをした。ハリーが振り返ると、そこに居たのはリリー・ウール。鏡に夢中になるあまり、先生にすら気づかなかったのだろうか。
「先生、その……僕、気づかなくて」
「随分と夢中になってたみたいだしね。そのみぞの鏡に……というか、君の家族に」
「どうしてそれを?」
「夜中に出歩いてる悪ガキが居たからね。こっそり見張ってたんだ」
怒られるのかとハリーは思わず身構えたが、彼女がうっすらと微笑んでいるのを見て少しだけ安心した。
「さて、ちょっとだけ授業といこうか。ある意味これも防衛術だしね。君は、これが何を見せてくれるものかは分かったかな?」
少し考えて、ハリーは首を横に振った。
「じゃあヒントだ。この世で一番幸せな人にはこの鏡は普通の鏡になる。そのままの姿を映すんだ」
「欲しいものを映す……? その人が求めているものを……」
「うん。そうだよ。だから君の友達は自分が一番注目される所が映ったし、君は家族を鏡に見た。でもね、所詮これはただの鏡で、幻影さ。いくら見たって、それが手に入るわけじゃない」
「それは……分かります。けど、僕の家族はここにしか居ないんです。幻でも会えるのなら、僕は……」
「教師に従わないのは、ジェームズ譲り?」
呆れたようにも笑っているようにも見える顔で、思いもしない名前を口にした。
「え……?」
「君のお父さんも、規則とか教師の言葉を無視するタイプだったんだ。……ねえ、そんな鏡よりさ。君の両親を知ってる人から話を聞いてみなよ。君が話しやすい相手なら、ハグリッドかな。私でもいいけど」
言われるまで気が付かなかったこと。両親が魔法使いなのであれば、ホグワーツに通っている。ならば教師達は知っているのではないか。その発想を手に入れた瞬間、鏡に映る家族が大して魅力的に思えなくなった。
「まあ今日はもう遅いからまた今度にしようか。特に君のお母さんは名前が同じだから、それなりに親しかったんだよ。そのうち話してあげよう」
もう鏡から離れることに否は無かった。明日、ロンに謝ろう。ハリーはそう決意しつつ、ふと浮かんだ疑問を尋ねてみたくなった。
「あの、先生だったらこの鏡には何が見えるんですか?」
「私? ……そうだね、食べたい物を好きなだけ食べてるところかな。体型の維持は結構大変なんだ」
先生が言ったことが嘘なのかもしれないとハリーが思ったのは、ベッドに入ってからの事だった。
でも、きっとあれは無遠慮な質問だったんだ……
いつか謝ろうと心に決めて、睡魔に身を委ねた。
みぞの鏡に何が映るのかは次のおまけです
追記
更新が反映されておらずおかしくなっていた部分を修正しました。本筋には関係無いです
今後について
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映画版の情報で書いていいよ
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ちゃんと小説版を元に書いてクレメンス