ハリー・ポッター、英国魔法界崩壊RTA ヴォルデモート勝利チャート 作:らっきー(16代目)
孤児院での生活で、まず始めにトム・リドルが感じたのは「屈辱」だった。
歳の差で、或いは体格で、それらを持たないのならば人数で。新参者であり周りと馴染もうとしなかったリドルは、親の愛情を受けられなかった子どもたちのやり場のない負の感情のはけ口とされた。
この孤児院においては大人の助けも期待できず、リドルが普通の子供ならその力関係は変わること無く刻み込まれることとなっただろう。
だが、ある時を境にそれは反転することとなる。
いつものようにリドルに暴力を振るおうとした子供が、触れる前に弾き飛ばされた。孤児院の椅子がひとりでに動いて、コソコソとわざと聞こえるぐらいの声で陰口を言っていた子供の方に飛んでいった。
リドルを虐めていた子供のペットが首を吊っている状態で発見された。リドルと共に洞窟に行った子供が、恐怖に全身を震わせている姿で発見された。彼は、何が起きたのか一切語ろうとしなかった。
カースト最底辺だったはずのリドルは、いつの間にか頂点に上り詰めていた。自分を特別だと思いこむのも無理はないだろう。
その思い上がりは、新しく来た一人の少女によって正されることになる。
「リリー・ウール」それが新しく来た孤児の少女の名前だ。ウール孤児院において、「ウール」のファミリーネームは本来のそれが分からなかった事の証明だ。名前すら付けられなかったのか、名前を捨てたいと思うような環境だったのか、何かしらの事情で使えなくなったのか。いずれにせよ名前が無いというのは、孤児院の子供たちからも嘲られることであった。
親がいないという共通点があるのに──いや、その共通点が有るからこそ、だろうか。親からの最低限の愛情の証明である名前というものを持たない子供は、カースト最底辺であることが既に決定されていた。
だから。その少女がリドルと同室にされると聞いた時──普通であれば男女の部屋は分けるのだが、現在空いているベッドは一人で部屋を使っているリドルのところにしか無かった──大いに反発した。
せっかくこの孤児院で地位を得たというのに、それを脅かされる……かは分からないが、その可能性があるようなことが許せなかったから。
とは言え、リドルは聡い子供であったから、自分達の生活が大人が居なくては成り立たないことぐらいは分かっていた。よって自分の持つ「特別な力」を大人に向けるのではなくその新参者に向けることにした。それで本人がこの孤児院を拒否すれば最も良い。そうならなくとも部屋さえ変われば満足だ。
「よろしく、リドル」
そんな平凡な、なんの特徴もないセリフが少女の第一声だった。
リドルは返事をする必要性も感じていない。少し脅かしてやって、それでもう関わりは終わりだと考えていたから。
繰り返し使っている内に、リドルは自分の力の使い方を理解し始めていた。目の前の邪魔者を追い出したいと祈る。それだけで部屋の家具は少女の方へ動き出した。
悲鳴をあげるか、恐怖で動けなくなるか。その辺りの反応をリドルは予想していたが、現実はそのどちらでもなかった。
ため息を一つ。少女がチラリと動き出した家具の方に視線をやると、それだけで動きは収まった。
「……ずいぶんと変わった歓迎だけど。まあいいや。それで? 私はどこを使うべきなのかな」
「お前も、同じなのか?」
少女の(割りと切実な)問いかけを無視して、詰問をする。自分の優位性が崩れるのではないかという動揺が七割に、自分の同類が居たのではないかという期待が三割。
「同じ? 孤児だってことなら、そうだけど」
「違う! ……今のことだ。この力……そう、魔法の様な、これの事だ」
「ああ。……魔法って表現は分かりやすくていいね。うん、多分同じなんじゃないかな」
どうやら、少年の中で喜びが勝ったらしい。喜色を顔に浮かべて、自分がやった事を忘れたかのように態度を変えた。
それなら話は別だとでも言うかのように、どこを使えばいいのか示してやり、孤児院のルールについて説明してやっていた。最後に僕と同じ特別な君なら心配無いだろうと付け加えたのは、子供らしさの現れと言えるかもしれない。
リリー・ウールという少女を言葉で表すなら、事なかれ主義、或いは可愛げの無い子供といったところだろうか。
同室となったリドルを除き、他の子供とは可能な限り関わらないようにしている。大人から何かを頼まれれば最低限はこなす。必要であれば誰とでも話すが、そうでなければ一日中黙っていることもある。
当然の結果として他の子供からは敵視されていたが、何かされる度に無抵抗な平和主義者では無いところを見せつけてやっていた。
リドルと違うところを挙げるのなら、絶対に大人に見られる所では仕返しをしていない事や、証拠となりうるような戦利品を求めなかった事。
要は、狡猾であったのだ。
だからこそ、と言うべきだろうか。
2人の「特別な力」を制御する方法を教えるべく──より正確に言うならそれが叶う場所へ招くべく──ホグワーツ魔術学校の教授であるアルバス・ダンブルドアが2人に見えた時、事前に問題児であると聞いていたトム・リドルと同じくらい、リリー・ウールも警戒に値する人間ではないかと直感した。
警戒と興奮を同じくらいに浮かべて、質問というより詰問という言葉の方が相応しい態度で少年が魔法の世界について聞いている時、少女は興味無さそうにその会話を眺めているだけだった。
洋箪笥が燃やされた時も、そこから少年の戦利品が出てきた時も、それを持ち主に返すようにダンブルドアが諭した時も。まるで興味無さそうに、冷たい目をしているだけだった。
片方の子供の、表に出ている悪意──残酷さ、秘密主義、支配欲。その悪意を明確に自分の意思で力を行使して発揮する。リドルのそれは確かに心配に値するものであって、将来間違った方向に進むのではないかと思わせるものだった。
ならば、それを近くで見てきて。窘めることも怯えることも無く、何も感じない者はどうなのだろうか。
根拠のある考えでは無い、ただの直感である。ただ、この少女は例え目の前で人が殺されていようと興味無く見つめるだけなのではないか。もっと極端に言えば、必要に迫られれば躊躇いなく他人を犠牲にするのではないか。そう思ってしまった。
例えば、『より大きな善のために』他人を犠牲にする未来を思い描いていた二人の若者のように。
答えを得る一番簡単な方法は開心術だ。熟練した、ほんの一握りの才能のある魔法使いならともかく、年齢が二桁になったばかりの子供に抵抗できるほどダンブルドアのそれはヤワではない。
楽な道を選ぼうという誘惑に駆られなかったと言えば嘘になるだろう。ただ、この教授は自分の悪性を自覚していたし、他人の心を勝手に覗き見る事の罪深さも知っていた。より大きな善のためのささやかな犠牲として少女の心に土足で踏み入る事を良しとはしなかった。
「……それで、私だけ呼び出したのは何故ですか?」
その結果が現在の、わざわざ別室を借りてのリリーとの一対一での面談だ。
「大した話ではない。君の目から見たトム・リドルという少年について聞きたい」
「リドル? 私よりもっと長く接している人はたくさん居ますが」
「同じ魔法族……彼が言うところの『特別な力』を持つ者からどう見えるかが知りたいんだよ」
リドルの悪事についてどう考えているのか。それを知れば彼女の価値観について分かるのではないかと考えた故の質問。止めたくても止められないのか、寧ろ積極的に加担しているのか、或いは本当に何も思っていないのか。それが分かればどう応じていくかも決まるだろう。
「どう、と言われても……普通の子供では? 子供の私が言うのもおかしいかもしれませんが」
「他の子供の物を盗んだり、『特別な力』を振るって従わせていることは?」
ああ、そういうことですか。と温度のない声で納得したように呟いて、僅かな間の後に言葉を続けた。
「ダンブルドア教授に分かってもらおうとは思いませんが。私やリドルのような者にとっては必要な事ですよ。見くびられて、虐げられて。自分達の居場所を手に入れるのに、これでも必死なんですよ」
「だが、彼なら……いや、君達なら他にもやりようはあったのでは無いか? 少し話しただけだが、君達は実に……聡明だ」
「獣に言葉は通じませんから。教授にも心当たりがあるのでは? ……いえ、貴方のような人はそんな相手とは関わらないのでしょうね」
「…………」
何も言い返さなかったのは彼女の言葉に納得したからではない。周囲を獣と蔑む彼女に、マグルを見下し優れた者によって支配されるべきだと主張していた二人の若者を思い出したからである。
「──ホグワーツでは、対等な友が得られるだろう。少なくとも、私はそう信じている」
「へえ、リドルのような?」
「君達は……在り来りな言葉だが、友なのかな?」
「ええ。……いえ、向こうがどう思っているかは分かりませんが。少なくとも私は友人だと思っていますよ」
「君達が友人として、正しい道を歩んでいける事を願っているよ」
「まぁ、必要が無ければわざわざ悪いことはしませんよ」
その言葉を最後に、二人の会話は終わった。
帰り道。あえて姿現しを用いず歩きながら、先程の邂逅を思い返す。
片や悪の道に進む素質を十二分に持っていると思わせるような少年。片や悪に嫌悪感を持たず、必要があれば悪行もこなす少女。
彼らが凡人であればどうとでもなった。だが二人とも、あの年齢にして誰に教えられることも無く自分の力を──魔法を理解して、明確な目的の元に行使している。
かつての親友にして、現在の革命家の顔がダンブルドアの脳裏に浮かぶ。独善と過信に溺れ、間違ったやり方で望みを叶えようとしている哀れな男の顔が。
導いてやらねばならない。ダンブルドアの中で結論が決まる。ホグワーツは学校で、彼は教師だ。そしてかつて同じように愚かな道を進もうとした先輩でもある。
ダンブルドアは気づいていない。正しさを自分の価値基準で決め、その道に進ませようとする傲慢さに。支配も、教育も、扇動も。相手を望むように動かす事に変わりは無い。
だが、気にする事は無い。全ては、『より大きな善のために』
ダンブルドアとの邂逅から時が経ち、リドルとリリーの二人は連れ立ってロンドン……ダイアゴン横丁を訪れていた。
本来であればホグワーツの教師が付き添うはずであったがリドルが拒絶した為、子供二人で魔法界という未知の世界へ踏み入れることとなった。
何の変哲もない壁にしか見えないが、そこの煉瓦を教わった手順で、ダンブルドアから貰った棒──魔法を使うのに必要な杖とは違うもの。ダイアゴン横丁へ入る為には魔法力の篭ったものが要るということで受け取った──で叩くと、まさしく『魔法のよう』な現象が起こり彼らを魔法界へと招き入れた。
鍋屋、ふくろう屋、薬問屋。マント、望遠鏡、見た事は無く使い方も分からないような道具を売っている店。少年達にとってまさしく未知の世界で、久しく無かった好奇心の拍動を感じられるような場所だった。
ふらりと近くの店に入って行こうとするリドルを、手を引っ張ってリリーが引き止める。
お金ないでしょ。分かってる! そんなやり取りを何度か繰り返して、ようやく目的地であるオリバンダーの店へと辿り着いた。他を全て学校の備品にして杖だけは新しい物を買うか、杖を借りて他に支度金を回すか。二択のうちの前者を二人とも選んだ。
天井近くまで積み上げられた細長い箱と、青年と壮年の間くらいの男性が一人。店内の光景はそんなものだった。
「子供だけとは珍しい。杖をお探しで?」
「それ以外に何がある?」
「ふむ、それもそうだ。では……」
幸いと言うべきか、リドルの礼儀知らずな物言いにも気分を害した様子を見せず、無数にある箱を開けて次々に杖を取り出していく。
五十程も試した所で、ようやく満足のいくものが見つかった。イチイの木に不死鳥の尾羽、三十四センチ。
「少年よ。君は傑出した、偉大な魔法使いになるだろう……英雄になるか、悪名を残すかは分からないがね……」
その言葉は、どうやらリドルの自尊心を満足させたらしい。愛想や媚びで言っている訳ではなく、心からそれを信じていると分かったからだろうか。
ともかく、次はリリーの番である。
リドルに比べれば実にあっさりとその杖は見つかった。黒檀にドラゴンの心臓の琴線、二十三.五センチ。
「お嬢さん。君はその心の強さで何かを成し遂げるだろう……それが善か悪かは、私には分からないが」
相も変わらずの無表情からは、その言葉をどう受けとったのかは読み取れない。
そうですか。と愛想の無い返答をして代金を払った。興味が無いのか、その程度言われるまでも無いのか。知るのは、本人だけだ。
ともかく、これでダイアゴン横丁に来た目的は果たされた。先立つものが無い以上他にできることも無い。魔法の世界と別れを告げて、息苦しい孤児院へと──
「リドル? 帰らないの?」
「……いいだろ、もう少しぐらいここに居たって。僕達はこっちの世界が居場所なんだから。嫌なら先に帰っていれば良い」
「見てるだけって、虚しくならない?」
「それは……どうしようもないことだ。けど、いつか絶対僕の物にしてやる」
「盗もうとか言い出さなくて安心したよ。じゃあ、少し見て回ろうか」
──帰った。
一度本来居るべき世界を知ってしまったが故の苦痛な時間──或いはようやく厄介払いが出来ると期待が膨らんでいく時間──は何事もなく過ぎた。
強いて出来事を挙げるならホグワーツの学用品……ローブや教科書などが送られてきたことだが、孤児院の職員が恐れていた、もしくはリドルが期待していたような、魔法的な手段で送られてくるなどということはなく、実にマグル的な手段で手元に届いた。
そしてホグワーツへの入学の日。九と四分の三番線という謎掛けには困惑したが、周囲を観察し合わせるというのには慣れている二人だ。明らかに一般人とは違う雰囲気を漂わせた人を見つけ、その行動を真似する。そうして無事にホームへと辿り着くことが出来た。
魔法を教える学校の入学式とはどのようなものなのか。教科書に目を通してみたが大したことは無さそうだ。早く魔法を使いたい。僕達以外の『同類』と果たして上手くやれるだろうか。
そんな事を話して──リドルが主に喋り、リリーは最低限の相槌を打つだけ。それでもどことなく楽しそうにしている辺り、それが彼らにとって丁度いいコミュニケーションなのだろう──いるうちに、列車の速度が落ちていく。もうそんな時間になったかと、私服からホグワーツのローブへと着替える……一緒に。そのような遠慮は孤児院で同室になって一ヶ月持たずに消え去った。そのようなことを考慮するにはまだ幼いというのもあるかもしれない。
列車を降りて、ボートに乗る。教師の先導……というよりは魔法だろう。勝手に動くボートに導かれ、巨大な城へと辿り着く。ホグワーツへの到着だ。
新入生がホグワーツに足を踏み入れて、真っ先にやること。すなわち、組分けの儀式である。
儀式と言っても大層ななにかをするわけではない。ただ帽子を被って、心を読ませる。それだけだ。
ホグワーツ創始者が作ったマジックアイテムである組み分け帽子は、被った者がどの寮に入るのが相応しいか、血統や気質から判断する。本人の希望は考慮される場合もあるし、そうならない時もある。
トム・リドルは、帽子が頭に触れるかどうかというぐらいですぐに「スリザリン!」と叫ばれた。
リリー・ウールは──
『さて、これはどうしたものか。勇気はある。だが騎士道精神とは程遠い。忍耐強いと言えなくは無いが、ヘルガの寮には馴染めないだろう。才能は素晴らしいものがある。だが意欲は薄い。狡猾ではある。しかし血統は無い。さて、それなら君の望みを聞こうか。君はこのホグワーツに、何を望む?』
帽子の問いかけに、数十秒の沈黙。そして出た答えは。
(リドルと、一緒に居たい)
『よろしい、友を望むのなら相応しい寮は決まりだ。すなわち──』
「スリザリン!」
歓声と共にスリザリンの机へと。孤児院で共に過ごした少年の元へと向かっていく少女を見て、アルバス・ダンブルドアは僅かながら安堵感を覚えた。
何故なら、初めてその二人が年相応の笑顔を浮かべている所を見たから。
願わくば、このまま友として成長していって欲しいものだ。──共犯者ではなく。
ダンブルドア(壮年期)の口調が全く分からないので失踪します。高評価が付いたら続きを書きます
今後について
-
映画版の情報で書いていいよ
-
ちゃんと小説版を元に書いてクレメンス