ハリー・ポッター、英国魔法界崩壊RTA ヴォルデモート勝利チャート 作:らっきー(16代目)
スリザリンのロケットは手に入れたと思ったけど偽物だったよ!の部分とだけ認識しておいてください。
潮の香り。波の音。随分と懐かしい場所だ。
荒れた海も、荒涼とした岸壁も、少なくともピクニックに向いた場所とはかけ離れている。
マグルにとっては、より正確に言うならマグルの子供にとっては。このような場所に連れてこられたというだけでも恐怖心を掻き立てられた事だろう。それが理解出来ない方法なら尚更に。
──私にとってはその程度の、昔来た事がある懐かしい場所。という程度の物でしかないのだけれど、リドル……ヴォルデモートにとっては違うらしい。
彼にとって孤児院に居た期間で一番印象深かったのはその程度の事しか無かったのだろうか。それとも単純に、他の場所よりは見つかりにくいだろうという判断故なのだろうか。
「先生様! どうなされたのですか?」
キーキーと聞こえてきたしもべ妖精の声に思考を中断させられた。
「ん……なんでもないよ。それじゃあ、付いてきて貰おうか」
どうせ今考えても無駄な事だ。本人に聞くなり日記に聞くなりした方が私が考えるよりは真実に近いだろう。
結局、今になっても私は彼の事が理解出来ていないのだから。
かつて脅すために他の子供を連れてきた奥を目指して崖の割れ目を進む。濡れないように魔法でも使おうかという思考が頭をよぎったが、下手な事をして仕掛けを刺激しても困る。そんな物があるのかは分からないけれど。
幼い頃、脅迫の為の魔法を使うのはリドルの担当だった。暴発とも評されるような子供の魔法は、どうにも私のような冷めた人間は使いにくかったから。
何が言いたいかといえば、要は私はあまりここの地形に詳しくないということだ。つまり、何かしらの仕掛け等の変化があっても気づかない可能性が高い。
そんなことを考えつつ、洞穴に続く段差へと辿り着く。記憶より随分と早く行き止まりまで着いたのは、恐らく気のせいでは無いだろう。
魔法というのは、簡単で単純なものほど長く続く。
マグル式に例えるのなら、電子媒体より紙に書かれたもの、紙媒体より石板に刻んだ文字の方が後世まで残るというのが近いか。手の込んだものを長続きさせるのは労力がかかるし、些細な影響で台無しになる事もある。
だから。分霊箱という、下手をしたら未来永劫守らなければならないものを隠す為に、そう手の込んだ魔法は使われていないだろう。
その推測を裏付けるように、洞穴の岸壁に魔法の痕跡を見つけた。恐らくは奥へと続く道を隠すものか。
解呪しようとして、厄介さに気づいて小さく舌打ちをする。簡単で単純で、だからこそ強力な守り。
対価を払わねば通れない道、というのは古今東西何処にでもある話だ。それだけ効果的で、しかも再現しやすいということでもある。今回の場合は──
「……血液、かな」
考えを纏める為にポツリと口に出した言葉に、しもべ妖精は敏感に反応してきた。
「先生様、血が必要なのでしたらワタクシの血を使って──」
「いや、君には帰り道を頼みたいからさ。こんなとこで怪我される訳には行かないよ」
威力を弱めた切り裂き呪文。杖を持たない腕に生じた幾つかの切り傷から流れる血を岩に塗り付けてやれば、予想通り奥までの道が現れた。
杖で傷口をなぞるようにして治療した後、現れた道を素直に進む。
延々と変わらない景色。即ち、岸壁と湖。鏡のように滑らかな湖は、如何にもといった様子の緑色の光に照らされている。本命があるとしたらその中心だろう。ヴォルデモート……リドルは、そういうところで変に外してくるタイプでは無いはずだ。そこが変わっていたとしたら、ここに分霊箱があるという予想も怪しくなってくる。
ならば、どうやってそこに行くのか。馬鹿正直に湖を渡れると思うほど楽天家ではない。
一先ず、ダメで元々としてしもべ妖精に呼び寄せ呪文を唱えさせる。ヒトの使う魔法と彼らの使う魔法はどうにも根本から違うらしく、例えば姿現しを封じられているホグワーツでも平然と使ってみせる。
だからヴォルデモートの妨害も越えられるのではないか……なんて、大して期待はしていない。
案の定と言うべきか、結果は失敗。分霊箱の代わりに反応したのは水中に潜んでいた何か。あからさまに手を出そうとした者への妨害手段だろう。
まあ要は、ズルは出来ないということだ。ついでに、水に入るのも賢い手段とは言えないと示された。
……おかげで、別の手段が用意されていると勘づくことが出来た。大切な分霊箱に、一度場所を決めたら動かせなくなるような仕掛けをするとも思えない。何かしら回収する方法は用意されているはずだ。それが本人にしか使えないようにはなっていないだろうというのは、そんな魔法は長続きしないということからの推測だ。
その前提を持って目を配ってみれば、魔法の痕跡も見つかるものだ。
傍から見れば虚空を握って杖で叩いたようにしか見えなかっただろう。だが効果は劇的で、結果として小舟が一つ姿を現した。
しもべ妖精が小さいおかげで共に乗り込んでも苦ではなかったが、人間二人で来ていたとしたら、罠云々の前に物理的に一人置いていく事になっただろう。
勝手に進む小舟に進路を委ね、視線を下に……水中に向ける。
湖面のすぐ下を漂う白いもの。人の手。仰向けの死体。
死霊術はマグルの妄想という訳では無い。大半の魔法使いは忌避しているが、優れた力を持ち、倫理観を失った極一部の人間は、死者を操り隷属させる。休養も栄養も呼吸も必要としない、絶対に裏切らない存在というのは、確かに番人とするには便利なものだろう。魔法を使えば墓を掘り起こすのに大した労力は必要無いし、ある程度なら修復も出来る。
それが今この瞬間襲ってこないということは、やはり手段は間違っていないのだろう。問題はそれがいつまで続くのかという事だが……場合によっては焼き払ってしまう事も視野に入れるべきだろう。まだ判断を下すには早いが。
何かにぶつかり小舟が止まる。杖灯りで照らしてみれば、例の分霊箱があるであろう場所に着いたらしい。
舟から降り、光の源へ近づいてみれば、そこにあったのは緑色の液体に満たされた水盆。
触れることは出来ず、呪文も通じない。幾つか調べて分かったのは、正しい取り除き方以外は通用しないということ。単純に言えば、この明らかに罠であろう液体を飲み干せという事だ。
これが致死的な薬物なら、その時点で終わりだろう。むしろ確実に分霊箱を守るならその方がいい。ヴォルデモート自身が取り出したい時は、私のようにしもべ妖精でも連れてきてそいつに飲ませれば済むだけの話なのだから。
私はそうはいかない。秘密でここに来ている以上、怪しまれる可能性は一つでも減らしておきたい。その為に絶対的な口止めが出来るしもべ妖精を連れてきたのだ。
結論。私が飲み干すべきだろう。それに、あながち分の悪い賭けでも無い。あの自信家でプライドの高い男の事だ。分霊箱を奪うような相手は自分で殺したがるだろう。ならば薬は精々が弱らせる程度……それに、ここで死ぬのならそれはそれでいい。ある意味では私の願いが叶うのだから。
「しもべ妖精、命令。この薬を私に飲ませて」
「は、はい?」
「私が泣き喚こうと、拒絶しようと、それにより死を迎えようと。この水盆が空になるまで液体を流し込むように。分かった?」
別に念を押す必要は無い。そもそもしもべ妖精に、主人の命令に逆らう機能など存在しないのだから。精々が命令の穴をついて行動するぐらいだ。
少々長い沈黙の後、しもべ妖精は了承の返事をした。
杖で盃を作り、しもべ妖精に手渡す。そのついでに魔法をもう一つ。
亡者の弱点は光と炎だ。水中に居るのはそれを避けるためでもあるのだろうが、水で消えない炎が無いわけではない。
悪霊の護りは実に便利なものだ。焼き払うと同時に、亡者がこちらに来ない為の壁にもなる。洞窟を崩しては困るから抑える必要はあったが、それでも暫くは近寄って来ないだろう。
「……それじゃあ乾杯、は一人で飲むなら違うかな?」
液体を飲み干した途端、酷く懐かしい感覚が下腹部を走った。賭けを外したか? と頭に過ぎる。
いや、それならばむしろ喉か胃に感じるのか?
ああ、それにしても。痛みとは、随分と懐かしい──感覚──
過去を思い出している、と気が付いたのは、それが私の中に強烈に刻み込まれている記憶だったからだ。
現象としては憂いの篩が近いのだろうか。尤も、あれと違ってロクでもないものなのだろうが。
「✕✕✕✕✕!」
後ろから聞こえてきた音は、名前だ。私が『リリー・ウール』になる前の名前。最早誰一人知らないはずの名前。
心臓は痛い程に鼓動を早めている。あの液体の幻覚だろうとか、記憶の再現だとか、そんな事を考えても何一つ慰めにもならない程の恐怖感が込み上げている。
自分でもぎこちないと分かる動きで振り返れば、そこには。
とうに死んだはずの、私が殺したはずの父親の顔があって──
初めての時は、ただ痛みで泣き叫んでいたのを思い出した。……同じ目に合わされれば、嫌でも思い出す。
激痛と悍ましさに絶叫を上げて──上げようとして、喉を締めて止められた。
二桁にも満たない子供の身体で、成人した男性に勝てるわけが無い。それこそ、魔法でも使えない限りは。
声も出せない。身動きも取れない。涙と唾液と鼻水を垂れ流して、苦痛の中終わりを待つことしか出来ない。
ようやく父の身体が離れていった時には、もう顔を拭く体力も、身体に付いた汚物を取り除く気力も残っておらず、ただ気が遠くなるのに身を任せた。
次に母が家を空けた時が二度目だった。
最初に比べればほんの少しだけ痛みはマシになった……代わりに、相手の体温だとか、押し付けられる肌の感触だとかを明確に感じてしまって、胃液をぶちまけた。
頬に走った衝撃と熱で、殴られたと理解した。
自分がされている行為より、暴力より。最初からずっと変わらない父の笑顔が怖かった。
肉体的な苦痛も尊厳を奪われる事も、これ以上何をされるか分からない恐怖よりはまだ受け入れられる。
ただ怒りを買わないように怯えながら、ひたすら終わりを祈っていた。
三度目には、もうどうでも良くなった。
痛みには慣れた……というより、感じなくなった。気持ち悪さは消えなかったが、堪える事は出来るようになった。
父が何かを呟いていた事だけが、奇妙に印象に残った。
四度目。媚びる事を覚えた。
声で、仕草で、言葉で。この地獄から逃げられない以上、他にどうする事も出来なかった。
何度目だかもわからなくなった頃、どうしてこんな事をするのかと聞いてみた。そんな刺激をするような質問をしたのは多分、理由も分からず苦しめられ続けることに壊れ始めていたのだと思う。
「✕✕✕✕✕の事を愛しているから」
細かい所は理解出来なかったし覚えていないが、父の返答の大意はそんなものだった。
「愛しているから」「僕のモノだと理解させたいから」「✕✕✕✕✕が魅力的だから」
並べ立てられた言葉の意味を理解出来ないまま、ぼんやりと身体の中に吐き出される薄汚い欲望を感じていた。
ああ、『愛』とは、こういうものか。
いつから知っていたのかは未だに分からないが、媚びる事にも慣れてきたある日、今度は母から殴られた。
娼婦だとか淫売だとか罵られながら……まあ、当時言葉の意味は分からなかったのだけど、ヒステリックな喚きを聞かされ、殴られる。
痛みを感じる機能なんてとっくに壊れていたし、逆らおうなんて発想も父に潰されていたから。ただ耐えようとして、殴られて、殴られて、殴られて。
現実では、この時に初めて魔法を使った……なんて言えるほど上等なものではなかったが。ただ何もかも燃やして灰にしただけだ。
しかし、この世界はどうやらそれでは終わらないらしい。
魔法が使えない。それだけでどうにもならなくなるのだと思い知らされた。
出来るのはぼろぼろにされながら、泣いて許しを乞う事だけ。
当然そんなものに効力があるはずも無く、意識が飛ぶのにそれほど時間はかからなかった。
「✕✕✕✕✕!」
気が付いたら、またあの声であの名前をあの男に呼ばれて──
あの笑顔をまた見せつけられた。
一度耐えた苦難にならもう一度耐えられるなどというのは大嘘だ。
折れた心は二度と治らないし、苦痛は心にヒビを入れて壊れやすくする。
もう数えるのもバカらしい。思考も無意味だ。ただいつか来る終わりを祈るだけ。
発狂していないのは、とうに狂っているから。
世界への憎悪と復讐心だけが、壊れた私に残っているものだ。
顔に感じる冷たさに思考を取り戻した。
激しい喉の渇きが命じるままに本能的な欲求を満たす。気付かないうちに全て飲み干し終わったようだ。
弱っている、なんて言葉が生温いような状態にある自覚はあるが、グズグズはしていられない。焼き払いきれていない亡者どもが近づいてきている。
「……しもべ、ロケットを取って、姿現しを……」
自分でも聞き取れないほどの掠れた声ではあったが、聞き取ってくれたらしい。やはり連れてきたのは正解だった。
「……趣味が悪すぎない、かな。リドルは……」
特有の不快感に襲われながら、そんな無意味な言葉が思わず漏れた。
今回の探索は成功で失敗だった。
ヴォルデモートの仕掛けを乗り越えたのは成功といっていい。ただ肝心の分霊箱が手に入らなかったのは失敗だろう。
手に入れたのは、スリザリンのロケット……の、偽物。
入っていた手紙によれば、ヴォルデモートに敵対していた何者かが既に盗み出していたらしい。
R.A.B。誰だか知らないが余計なことをしてくれたものだ。
ただ。その正体も、今後どう動くべきかも、今だけはどうでもいい。
流石に少し、疲れてしまった。
レギュラス、なんでロケットの場所知ってたかって公式で出てたっけ?
日記とかみたいに渡されてたのかな