Another days -case of Karin- 作:瑠和
元々2話に分ける予定だったのを一話にしました。続きは希望がありましたら書こうと思います。そして、この作品の派生元作品の彼方の近江、続編をまもなく投稿します!
この日、エマは何かおいしいものでも食べようと出かけていた。ここ最近は瑠和のことで頭を悩ませていたりしたので軽くストレスが溜まっていたのだ。璃奈に言われたこともあり、とりあえず瑠和の出方を待っているものの待っているだけというのも難しい話だったのだ。
「な………悪かったですねぇ!!」
ヴィーナスフォートに響いたその声に偶然買い物に訪れ、カフェの前を通り過ぎようとしていたエマが立ち止まる。エマはちらりと物陰に隠れながらカフェの内部の様子を伺う。
「え……瑠和君に、果林ちゃん…?」
なぜ、二人が一緒にいるのかエマは理解が追い付かなかった。
「なんで………二人が……」
エマが動揺している間に二人はカフェを出て歩いて行ってしまう。エマは自然と足が動き二人の後を追って行った。
まだ短い付き合いではあるが、エマと果林は親友と呼べる間柄になっていた。初めて会ってから今日までの間、同じ寮暮らしであるエマは果林の世話に、そして親しくなってからは果林がエマの世話になった。持ちつ持たれつの関係かつエマにとっては初めての友人だからかその仲は深くなった。
しかし、この瞬間を目撃してしまったエマは親友に裏切られたような気分だった。いったい何のために二人でいるのか、その真実を見抜くために尾行を始める。
しばらく経過を観察し、服屋で楽しそうに話す二人を見て、エマは何かに気づく。
「…果林ちゃん………瑠和君も…楽しそう」
最初は二人が一緒にいることにショックのような、嫉妬のような感情を持ったエマだったが、二人の笑顔を見てその感情は不思議と小さくなった。なぜ最初の気持ちと打って変わったのか、それはわからないが普段見ない二人の笑顔を見ていると何か見えてなかったものが見えてくるように感じた。
服屋の後、色々と見て回る二人を最後まで見届けようかと歩いていると、誰かとぶつかった。ぶつかった相手は手に持っていた段ボールを落とし、中身をぶちまけてしまう。
「あ、ごめんなさい!」
「いえ、こちらこそ不注意でした」
エマは慌てて荷物を拾うのを手伝う。段ボールの中身は花を飾るための道具などだった。
「………あなた」
ぶつかった相手はエマの頭を見て手を止める。
「…?」
「その髪飾り…」
エマはそっと手を頭に伸ばすと先日瑠和にもらった髪飾りに触れる。
「あ……もらったんです。大事な人に…」
「………先日、僕の店で同じものを買った人がいます。それをプレゼントしたのが僕のところに来た人かは知りませんが。不思議な偶然もあるものですね」
それを聞いた瞬間、エマはハッとした。
「……その人は、何か言ってました?」
「え?ああ、部活の先輩へのお礼だと。エーデルワイスは国によってはプロポーズの意味もあるからやめた方がいいって伝えたんですが、先輩さんのイメージにぴったりだからって聞かなくてですね。ははっ」
「…」
心の中にあったもやもやした気持ちが晴れていくようだった。日本で恋は盲目というがその通りだとエマは実感していた。エマと瑠和が一緒にいる時と果林と瑠和が一緒にいる時、そこで見せる表情の違いに気づいたのだ。その意味も。
あの楽しそうな表情を瑠和は果林と一緒の時にしか見せなかった。
果林、瑠和、エマの三人で居ることの多かったエマは勘違いしていたのだ。エマはその楽しそうな表情が好きだった。だが、それは自分に向けられていたわけでないことも、それを向けられる相手の意味も理解した。
「そういうことだったのかぁ……」
小さくつぶやきエマは天を仰ぐ。
「あれ?エマ先輩?」
「?」
エマに声をかけたのはかすみ、歩夢、侑の三人だった。どうやら三人でお出かけだったらしい。
「どうしたんですかこんなところで」
「うん、ちょっとね」
「あ、エマ先輩も良かったら一緒に行きませんか?タワーパンケーキ!」
そういってかすみはパンケーキ店のチラシを取り出した。すると急にエマのおなかが鳴った。考えてみれば瑠和たちの尾行をする前は昼飯を食べようとしていたのにすっかり忘れていたのだ。
全てを理解してすっきりしたエマは空腹に今気づいた。
「うん、行こうか!」
エマはかすみたちと一緒に歩き始める。瑠和と果林の進む方向とは逆方向に。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
瑠和が男を磨いた休日からの週明け、放課後に瑠和はエマを呼び出した。
「エマさん、すいません。急に呼び出して」
「ううん、気にしないで?どうしたのお話って」
「はい…実は………」
少し間を開けてから瑠和は覚悟を決めて告白しようとした。いや、形式上は既にやっていることだが、改めて自分の想いを伝えようとしたのだ。
「俺は…エマさん、あなたのことが…」
「あ、そうだ!瑠和君!ちょっといい!?」
「え?」
そう言ってエマは瑠和の手を取って引っ張った。
「一緒に来てほしいところがあるの!」
「えぇ~!?」
瑠和はエマに引っ張られるまま様々な場所を回った。正しくは回らされただが、これから恋仲になる相手の願いだったので瑠和は快く受け入れた。色々と回ってから二人が最後に行き着いたのは日本科学未来館だった。
巨大な地球のリアルタイムの見た目を表示した展示の前で二人は並ぶ。
「そういえばこの間プレゼントしてくれた髪飾り、すっごく気に入ってるんだ。ありがとう♪日ごろのお礼だったんだよね?」
「え?」
「お花屋さんから瑠和君が買って行ったって聞いたんだ。それならそうって言ってくれればよかったのに~」
「…あ…あの、その花にはちゃんと意味が…」
予想外のケースで自分の行動がバレてしまったものだと瑠和は焦る。これから告白しようとしていた計画が完全に破綻したからだ。何とか取り繕おうとしたとき、瑠和の唇にエマの指が当てられる。
「ダメだよ」
「………!?」
「自分の気持ちに素直にならないと。今言おうとしてるのは、ほんとのあなたの気持ち?」
「………それは」
本当にエマが好きなのか?エマはスクールアイドルの良さを教えてもらった人で、璃奈に繋がりを作ってくれた恩人だ。しかし、それはきっと好きとは違う気持ちで、この告白だって勘違いさせてしまった贖罪のようなものだ。
それを思うと外的要因が多い流された意見なのでは?瑠和の中に疑問が生まれた。
「………俺は」
「………前に言ったの、覚えてる?見てくれた人の心をポカポカにできるアイドルになりたいって」
「……はい」
「でも、私は近くにいてくれた瑠和君の心も温めてあげられてなかった……」
エマは今日確認したのだ。この間、果林と瑠和が一緒にいた時の笑顔、それをエマは引き出すことができるかを。結果としてそれが叶うことはなく、エマはそれが意味する事実を何となく察していた。
「そんなことないです!エマさんは俺の心をポカポカにしてくれました!あなたの笑顔が………大好きがあったから俺はスクールアイドルのすばらしさに気づけた!」
「でも、瑠和君の笑顔は今日一日輝いてなかった」
「え…」
「瑠和君の笑顔も輝かせられなかった私が誰かの心を変えるなんて無理なのかもしれないけど…………果林ちゃんと一緒の時に、瑠和君の笑顔を久しぶりに見たの!もっと瑠和君に笑ってほしい!!」
「……エマさん」
「だから、瑠和君のこと………瑠和君の心をもっともっと知りたい!」
「……………」
瑠和の心の中で様々な思いが巡る。
自分の気持ち、自分の責任、思い出。
「エマさんのおかげで、スクールアイドルに興味を持って、璃奈を手伝う名目で同好会に入りました。俺は幸せでした………そう思えたのは、あなたのおかげです。エマさん」
「瑠和君…」
「エマさんが大好きを話しているとき、俺は人が自分の大好きをさらけ出しているときに見える色が好きなんだって初めて知りました。せつ菜も、上原も、かすみちゃんもみんなの大好きを表現している色が大好きなんです。もっともっと見ていたくて………………だけど…………」
そこまで言って言葉に詰まる。両手を強く握り、歯を食いしばる。その先の言葉を言うのはエマにとって残酷だと思ったからだ。自分の軽率な行動が招いた結果であることは重々に承知している。だからこそ、その責任は大きく瑠和の肩に重くのしかかった。
「瑠和君」
身動きが取れなくなった瑠和を、エマは後ろからそっと抱きしめた。
「大丈夫。私は大丈夫だから。瑠和君の本当の気持ちを、私に教えて?」
ずっとそばにいて自分のことを支えてくれた人がいる。まだ見たことがないのに、その人の大好きの色が見たいと思ったのはいつからだろう。瑠和自身そんなこと初めての経験だった。だから戸惑っていた。自分の気持ちに。
「だけど……」
「私は瑠和君が幸せじゃない方が嫌だよ。もしさっき伝えようとしてくれた言葉が私のための言葉でも、私はきっと、ごめんなさいって言う」
「…」
エマのこの言葉が、瑠和に覚悟を決めさせた。いや、ようやく気付いたのだ。瑠和自身は意識せずとも表面に出ていた瑠和の想いに。
「ずっと、そばにいてくれた人がいます。不器用なくせに誰より優しくて………俺は、あの人の大好きの色が見たい………」
「…………うん♪私も同じ気持ちだよ」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
とある日の早朝。香ばしい香りで果林は自然と目を覚ます。
「ふぁ…………」
起きた果林は居間に向かう。台所では一人の男性が料理をしていた。
「おはよう、果林」
「………おはよ。今朝は…なにかしら?」
「ああ、今朝はパンケーキ。サラダと目玉焼き、ベーコンにデザートのフルーツも添えてね。もうすぐできるから顔綺麗にしておいで」
「ん…」
果林が顔を洗い、歯を磨いて居間に戻ると朝食の準備は完了していた。
「いつも悪いわね。朝も起こしてもらってばっかりなのに」
「果林は二十歳過ぎても一人じゃ起きれないんだからなぁ」
「もう、放っておいて」
からかわれ、果林は顔を赤くする。
「でも、果林がモデルとして大成してるわけだから家事を頑張れるわけだからな」
「頑張ってるものね。私もあなたと夢を追えてうれしいわ」
「………果林」
果林の正面に座っていた人物が席を立ち、テーブル越しに果林の顎に手を添えて顔を近づける。
「ちょ………ちょっと…どうしたの急に」
「綺麗だよ、果林」
「…………瑠和」
二人の唇が重なる瞬間、果林は薄暗い部屋の中で目を覚ます。果林はしばらく考えてから大きなため息をつく。そして体を起こしてスマホを見るとまだ朝の四時であることを認識してから片手で頭を抱える。
「なに?今の夢」
成人した後の自分と瑠和が同棲か結婚かわからないが少なくとも恋仲になって一緒にいる夢。
「………」
(エマのためよ…………あとはきっと告白すれば…じゃあ、お幸せに)
どこか後ろ髪引かれる思いで瑠和と別れたあの日。やはり夢の内容が本当の自分の欲望なのだろうかと思いながら果林は起き出す。
「…………あれでよかったのよ…」
親友の望みを叶えた。それだけで十分だったはずだ。それだけでいいのだと思いながら果林は登校の準備を進める。昨日はエマの帰りは遅いことを知っていた果林はきっと瑠和が告白しうまく行ったのだろうと考えていた。
しばらくしてからエマがいつも通り果林を起こしにやってきた。インターフォンが鳴ったタイミングで果林が部屋から出てくるとエマが驚く。
「果林ちゃん!一人で起きれたんだね」
「ええ、行きましょ、エマ」
この時期には珍しく曇天の空模様のこの日、いつもより少し早い時間に二人は学校に向かって歩いていた。
「………顔色、良くなったわね」
「え?うん♪最近の悩みがなくなってすっきりしたんだ」
そういうエマの表情は本当に健やかなものだった。きっとうまくいったのだろう。そう思って果林は微笑む。
「ねぇ果林ちゃん。果林ちゃんはスクールアイドルに興味はないの?」
「え?」
「よく協力してくれるし、興味あるのかなって思ったんだけど……」
果林は驚いていた。エマに誘われたことではない。エマの行動に対して自分の中に沸いて出ている感情にだ。誘われたことへのうれしさでも、驚きでもない。小さな怒りのような感情が果林の中にあったのだ。
「まだ………」
「え?」
「………何でもないわ。考えておくわね」
「果林ちゃん?」
どことなく果林の雰囲気が変わったことに違和感を覚えながらエマは果林と一緒に学校に向かった。
―昼休み―
どうしても果林の態度が気になっていたことが放っておけなかったエマは昼休みに瑠和と璃奈を呼び出して今朝のことを話す。
「果林さんが?」
「うん………穏やかな感じだったけど……確かに拒絶された気がするの」
「スクールアイドル、嫌いなのかな?」
「そういえば前の同好会のとき、朝香さんちょっと俺らのこと避けてたような……」
しかし瑠和はすぐにこの間までのことを思い出した。少なくともエマと瑠和が近づかない様に監視名目とはいえ同好会を手伝っていた果林が楽しくなさそうには見えなかった。
「……二人はどう思う?」
「…」
「本人がやりたくないっていうんなら………もう、これ以上は…」
「お兄ちゃん……」
「どうかしましたか?」
そこに優木せつ菜及び中川菜々が現れた。
「せつ菜」
「申し訳ありません、ここでは菜々と…」
「ああ…」
瑠和は菜々に何があったかを一通り話した。プロポーズがどうとかは無視し、ともかく朝香果林をどうにかしたいということに焦点を絞っての説明だった。
菜々は最初は黙って話していたが、しばらくすると笑いだす。
「…なんで笑ってんだ?」
「すいません…瑠和さんらしくないなぁと思いまして…」
「俺らしく………?」
「お忘れですか?私が今も同好会にいるのは、瑠和さんの我が儘のおかげなんです」
(俺の我が儘なんだけどな、俺はみんなが大好きを叫んでいる色がみたい。それはお前も例外じゃない)
そう瑠和は菜々に伝えた。そのことを瑠和は菜々にいわれて思い出す。考えてみれば璃奈もいま同好会にいるのは半分くらい瑠和の我が儘だ。
「だけど、お前のときは、お前が本当にスクールアイドルをやりたいって知ってた……だからあそこまで強気で行けたんだ」
「果林さんだって冷たく突き放したことにも理由があると思います。それを確かめてからでもいいんじゃないんですか?」
「…」
「瑠和さんは、どうしたいんですか?」
「俺は…」
自分の胸に手を当てる。あの日、エマの言葉の通りに素直になった自分が思うこと。それは、果林の大好きの色が見たいということだった。その思いを聞いたエマがいたから今朝果林をスクールアイドルに誘ったのだ。
「これは私の勝手な想像なんですが、瑠和さんのわがままって不思議とその人の本当にやりたいことを引き出す力があると思うんです。まるで、その人の気持ちが見えてるみたいに」
「………俺は」
「結局私の感性でしかないですが………瑠和さんは瑠和さんらしく行くのが一番だと思います」
「………スクールアイドルが嫌いどうかなんてわからないけど…俺は朝香さんが本心をさらけ出してる表情は見たことがない…………たとえおせっかいだとしても、俺はあの人の本心をさらけ出させてあげたい……だって、あの人がスクールアイドルの手伝いをしてるときすごく楽しそうだったんだ!あの色を、もっともっと見たい!出させてあげたい!自分の心に嘘をつくのってすごく難しいことだから…」
「それでいいんですよ。瑠和さん」
瑠和の決断に菜々は微笑んだ。
「朝香さんのところに行ってくる!」
「私も!」
エマと瑠和はもうすぐ昼休みも終わるというのに走って行ってしまった。その場に菜々と璃奈がとり残される。
「決めたらまっすぐな方ですね本当に」
「うん。お兄ちゃんのいいところ」
「璃奈さんはいかれないんですか?」
いっしょに行かなかった璃奈を見て菜々は珍しそうな表情をする。初めて同好会に来た時からずっと瑠和のそばをついて回っているイメージだった菜々にとっては一緒にいないことが少し珍しかったのだ。
「私、表情を出すの苦手だから。一緒にいると果林さんに嫌な思いさせちゃうかもしれない」
「そんなことはないと思いますが………」
「でも、あり得るかもしれないから」
璃奈はそう言い残して璃奈はその場から離れて行った。ずっと同じことで失敗してきた璃奈にとって大切な兄の邪魔にならないことが一番の役目だと思いながら。しかしそうは思いながらも自分に尽くしてくれた兄に恩返ししたい気持ちもある。
そんなことを思いながらたどり着いたのは学校の正門横のちょっとしたスペースだった。璃奈は薄暗いベンチの上に誰かが横たわっているのを見つける。
「…あ」
そこにはたまたま昼寝をしていた彼方がいた。
「おやぁ?璃奈ちゃ~ん。璃奈ちゃんもお昼寝かい?」
彼方に聞かれ、璃奈は首を横に振る。寝起きの彼方は若干ながら璃奈の表情が暗い気がした。
璃奈は先客がいたことで別の場所に移動しようと振り返ったところで、彼方が後ろから抱き着いてくる。
「暗い顔してるのだ~れだ」
「…………別に、してない」
「そうかなぁ?いつもより元気がない気がするけど。彼方ちゃんでよければ相談乗るよぉ?」
「………」
最初は乗り気ではなかったものの、璃奈は彼方に少し相談する。兄の役に立ちたいが、自分の悪いところが気になって動けずにいることを。
「ふ~ん、彼方ちゃんはあんまり気にしないけどなぁ。同好会のみんなだってそうじゃない?」
「でも、大事な話だから………」
「難儀な悩みだねぇ………そういえばね、彼方ちゃんお家ではあんまりお昼寝しないんだけど、たまにすることがあるんだ。どんなときかわかる?」
「どんな時?」
「彼方ちゃんの大事な大事な妹の遥ちゃんが元気ないなぁって思うとき。それで、彼方ちゃんがわざと寝息を大きくしてお昼寝してるとね、遥ちゃんが悩みを話してくれたりしてくれるんだ。悩みを話されても彼方ちゃんがどうにかできることは少ないけど、話すことで軽くなったりするし……」
彼方は枕を持ち上げて璃奈の顔の前に持ってくる。
「わっ」
「表情が気になるんなら、こうやって隠せば誰かの悩みを聞いてあげることくらいはできるんじゃない?そうすればお昼寝してる彼方ちゃんに遥ちゃんが相談してくれるみたいに、話しやすいと思うけどな」
「……」
璃奈の目から鱗が落ちる。いままで考えたこともない手法だったからだ。璃奈は急に立ち上がり、走り出した。
「彼方さん、ありがとう!」
「どういたしまして~………さてさて、まだ時間もあるしもう少しスヤピしますかね」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
一方、こちらは走って果林を探しに来た瑠和とエマだが、目的の果林が廊下を歩いているところを発見した。
「朝香さん!!」
「果林ちゃん!」
「アナタたち………何か用?」
走ってきたものの話す内容は決まっていない。しかし、やることはきまっていた。
「朝香さん、一緒にスクールアイドルやりましょう!」
「………………私、そういう騒がしいの苦手なの」
普段よりも冷たい対応に瑠和は少し怖気ずく。それだけではない、果林の表情の中に見える小さな嫌悪感のようなものを感じ取ったのだ。
「朝香さん…」
「果林ちゃん、とっても楽しそうだったよね?それに、スクールアイドルの雑誌買ってたの私知ってるよ?もし興味があったなら…」
「アレはエマのためになると思っただけ」
「だけど…」
瑠和の気持ちを知ったエマは少し強引にでも果林の本当の気持ちを引き出そうとした。普段であればそれでも良かったのだが今回だけはそうもいかなかった。
「いい加減にして!!!!」
エマの言葉を遮るように果林の怒号が廊下に響き渡る。唐突な激昂に二人とも困惑する。
「果林ちゃん…?」
「瑠和を手に入れたのに…………まだ足りないの!?そうやってスクールアイドルに誘うのは情けのつもり!?幸せなんだからそれでいいじゃない!!これ以上………私をみじめにさせないでよ!!」
「朝香さん俺たちは…」
「もう放っておいて!!!」
果林は走って行ってしまった。二人はすぐに追いかけようとしたが昼休みの予鈴がなってしまいそれ以上は追いかけられなかった。
「朝香さん………」
―放課後―
果林が帰りの準備をしてさっさと教室を出た時、廊下の先に小さなピンク色のなにかが見えたことに気づく。
「………?」
果林が立ち止まると、小さいピンク色は物陰から果林の様子を伺っていた。どうやら璃奈のようだと正体に気づくと果林は璃奈を無視して立ち去ろうとした。
「ま、待って…」
「なに?」
「果林さんと、お話ししたい」
「悪いけどスクールアイドル関係なら私はパス」
「違う、ただ、お話ししたいだけ…」
「…」
果林は璃奈が瑠和の差しがねではないかと訝しむ。しかし、瑠和の性格を考えると自分以外の人間を差し出すとはすこし考えにくかった。
「ダメ………なら…」
小動物のように縮こまる璃奈を見て果林はすこし微笑む。かわいい璃奈を見たことですこし気が紛れたのだ。
「いいわよ。すこしだけなら」
「本当?」
二人は校舎裏に移動し、飲み物を買ってベンチに座った。
「それで?話って?」
「待って…」
璃奈は鞄を漁り、そこからリングノートを取り出す。そしてペラペラとページをめくり、顔が書いてあるページを顔の前に持ってくる。
「なぁにそれ?」
「私、表情を表に出すの苦手だから。勘違いさせないように表情を書いてみた。名付けて璃奈ちゃんボード」
「面白いこと考えるのね」
果林はくすくすと笑いながら璃奈の頭を撫でる。
「果林さん、ちょっと元気がなさそう。心配だから声をかけた」
「あら……そんなに顔に出てたかしら?」
「私じゃなにもできないかもしれないけど、話を聞くくらいはできると思うから…」
璃奈の健気な思いに癒されながら果林は自然と本音を溢し始めた。
「…………恥ずかしい話なんだけどね。エマに、嫉妬しちゃったの」
「嫉妬?」
「エマって素直で芯のあるまっすぐな性格で、それが眩しくて、私には眩しすぎて…。エマだって留学してきて大変なはずなのに世話焼きでいつも自分より他人。私は自分のことで精一杯なのに。そんななんでもできて、なんでも手に入れるエマが………羨ましかった」
「…」
「エマがスクールアイドルに誘ってくれたとき、嬉しかった。だけど、見栄はって欲しいものすら手に入れられなかった自分と、素直な心ですべてを手にいれたあの子。二人が並んだ姿を想像したら………私が惨めで仕方なかった…。そうしたら急にエマが憎く思えた。なんにも手に入れられなかった私を憐れんでる見たいに見えたから…。ええ、わかってる。あの子はそんな人間じゃない。わかってるけど…」
わかってるからこそ、天然とも言える行動が果林の逆鱗に触れてしまったのだろう。そんな果林の思いを、璃奈はなんとなく理解できた。
「なんとなく、わかるかも」
「え?」
「私も、表情を表に出すのが苦手でずっと勘違いされてきたから。だから、そう思っちゃうのもわからなくない。璃奈ちゃんボード「うんうん」」
璃奈はボードを切り替えてうんうんと頷く。その行動が暗い話題になった空気をすこし和ませた。しかし、果林の表情は暗いままだ。
「ありがとうね。それで、それを直接言っちゃったの。だから、悪いのは全部私。あなたのお兄ちゃんも、エマも悪くない。わざわざ相談に乗らなくても大丈夫よ」
「果林さんは…悪くない。自分の心に正直なだけだと思う」
「え?」
「そうやって自分の心を正直に伝えられるのってすごいと思う。私にはできないから」
果林の胸がすこし痛んだ。理由はわからない。だが、胸が痛んだと言うことは、璃奈の言葉のなかになにかしら後ろめたいことがあったからだ。
「………それで関係が悪くなってるなら誉められたものじゃないわ」
「悪くなったの?」
「え?」
「お兄ちゃんも、私も、エマさんもきっと、果林さんのことよくわかってるからわかってくれると思う」
「…………そうかしら」
璃奈は再びボードをめくる。
「私は果林さんのこと好きだよ。璃奈ちゃんボード「にっこりん」……それに、それはみんな一緒だと思うから」
果林は璃奈の顔をちらりと見る。正しくは璃奈を通して璃奈によく似た人物を見ていた。兄妹だからか、誰かのためになにかをしようとする行動はよく似ている。
「私も、果林さんと一緒にスクールアイドルをやりたい。だから、できることがあったら言って欲しい。もし果林さんが本当に嫌だったら…無理にとはいわないけど……」
「…」
(私は…あそこへいけない……)
果林はそっと璃奈を抱き締めた。
「相談に乗ってくれてありがとう。すこし気分も晴れたわ。少しだけ考えておくわね」
果林は璃奈に礼を言った。璃奈は瑠和のように他人の表情から感情を読み取るようなことはできない。しかし、それでもこの果林の言葉は本心ではないことはわかった。
(違う、これは果林さんの本心じゃない……)
「じゃあね」
「あ…」
立ち去ろうとする果林に璃奈は手を伸ばしたがその手は途中でとまってしまう。自分ではこれ以上果林のためにできることがない。それに気づいてしまったからだ。すこしは励ますことくらいはできただろうが根本的な解決にはならなかったのだ。
「璃奈」
一人で座っているとそこに瑠和が現れた。
「どうしたんだこんなとこで」
「…」
璃奈は事情を話す。果林のためになにかできないか色々試行錯誤したがうまくいかなかったこと。
事情を話終えた璃奈の顔はいつも通り無表情だったが暗くなっていることはすぐにわかった。
「…ごめんなさい。お兄ちゃん。結局役にたてなかった」
「…」
瑠和は璃奈のボードを手に取り、璃奈の顔の前に持ってきた。
「そんな顔するな。俺は人と話すことも難しかった璃奈がここまでしてくれたこと、それがすっごく嬉しいんだ。朝香さんが素直に話せたのは、きっと璃奈のお陰だ」
瑠和は璃奈にボードを渡して頭を撫でる。
「あとは兄ちゃんにまかせろ」
「ありがとう……お願い。璃奈ちゃんボード「ファイト!」」
瑠和は笑って果林が去っていった後を追った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
璃奈と別れた果林は一人帰路についていた。璃奈の気持ちもエマの気持ちも瑠和の気持ちも全部わかった。わかった上でスクールアイドル同好会にいく気にはなれなかった。
むしろ嫌っていてほしかった。そうすれば全部楽になれた。思えばあの日、瑠和との出会いがすべての始まりだった。あの日、あのとき、瑠和と出会わなければ。瑠和の家に招待され、璃奈と仲良くなり、朝早く起きてエマと出会うことも、スクールアイドルを知ることも、こんな気持ちを知ることもなかったはずなのだ。
そんなことを思っていると、果林の頬に冷たいものが当たる。見上げてみるといつの間にか曇天だった空はさらに暗くなり、雨が降ってきていた。まるでいまの果林の心情を表すように。
「雨…」
近くに雨宿りできそうな場所はあるが、いまはとにかく一人になりたかった。突然の雨で自然と人がいなくなり、果林は雨の中一人歩いて帰ろうとする。
夢の大橋を歩いていると。背後から走ってくる足音が聞こえた。
雨に慌てた見知らぬ人かと思ったが、その足音は果林の後ろで減速した。
「朝香さん!」
「…」
振り向くとそこには息を切らした瑠和がいた。傘を指してない瑠和は果林と同じようにびしょびしょだった。果林は瑠和をちらりと見てまたすぐに歩きだす。
「待ってください!朝香さん!」
「なんで…来たの?放っておいてって、言ったと思うけど」
「ごめんなさい。放っておけなくて」
「そういうの、余計なお世話っていうの。あなた自分が人を助けてるっていう事実に自惚れてるんじゃないの?」
果林に厳しめな言葉を貰い、瑠和は一瞬怖じ気づくがもう瑠和は下がらない。エマに、せつ菜に、璃奈に背中を押された。だからできるところまで開き直る。
「ええ。そうですよ。自惚れてます。余計なお世話だってのもわかってます。だけどそれ以上に、俺は…」
「もう私のことは忘れて?あなたは璃奈ちゃんやエマの隣にいればいいのよ…」
「俺は!」
瑠和は駆け出し、果林の肩を掴んで自分の方に向かせた。
「朝香さんの大好きが見たいんだ!」
「……………………………………………………え?」
果林の耳にもう、雨の音は届いていなかった。人生で言われて嬉しい言葉はたくさんあるだろう。しかし、果林がこれほどまで嬉しいと感じた言葉も早々ない。一番誉められ、認められたい相手に嬉しい言葉を言われたのだ。
だが表面上だけの誉め言葉など言われ慣れた果林はすぐに冷静さを取り戻す。
「やめてよ…そんなこと」
「俺は本気です。朝香さん、俺は今エマさんとは付き合ってません」
果林は目を大きく見開いた。
「え………………どういう…こと?」
「エマさんやみんなが気づかせてくれたんです。俺の本当の思いを。だから、一緒に来てください。朝香さん………」
瑠和の真剣な眼差しに果林はすこし顔を赤くする。しかし、すぐに瑠和の手を振りほどき、離れた。
「無理よ……」
「…どうして」
「私にはできない……エマとあなたのために、スクールアイドル同好会の手伝いをして…楽しかった。下らないと思っていままで遠ざけてきたものが、全部…全部」
「…」
「エマに誘われて嬉しかった。だけど、そんなのは朝香果林はそんなキャラじゃない。いつもクールでかっこつけて大人ぶって………それをいまさら」
「それは本当のあなたじゃない!俺は知ってる!面倒見がよくて、かわいいものが好きで、子供っぽい一面もある……それが本当のあなただ!」
「だから…難しいのよ。あなたや同好会の前にいると朝香果林のキャラが崩れていく…怖いの……いままで積み上げてきたものが壊れていくみたいで……」
「…決めるのはその朝香さんを見た。周りのみんなです。いつか、そんな風に言ってくれたじゃないですか」
ほんのすこし、沈黙が流れる。雨の音が二人の会話をかき消してくれている気がした。覚悟を決め、果林は瑠和に向き直る。
「あなたは、どっちの私がいい?」
「…」
「クールでかっこつけてる私と、あなたが思う、本当の私」
「どんな果林さんでも、笑顔でいられればそれで一番だと思います。だけど、俺は俺と一緒にいるときの朝香さんが、一番好きです」
「じゃあ、本当の私の気持ちを…聞いてくれる?」
「え?」
果林は急に駆け出し、橋の中心で振り返った。
その瞬間、瑠和には世界の色が変わったように見えた。雨は空中で止まり、果林が美しい衣装を纏っている。そう見えていた。
「今日もまた…飛び交う話のなか、ほらなんだか取り残されて…。気持ちに身を任せた素直な笑顔がどこか遠くて…♪」
それは、果林の素直な気持ちだった。それを歌に乗せ、果林は歌う。そんな音はしないはずなのに、音楽は雨音よりも大きく瑠和の耳に届く。
「いつからなんだろう…理想の姿に届きそうなのにあなたの願いが一番でいい…………そんな筈なのに…どうして……♪」
果林は切ない表情で瑠和に手を伸ばした。
「大切な…っ!あなたの胸に飛び込めない…無邪気に甘えられたなら…本当の私弱い私をその手で抱き締めてよ壊れるほど……♪」
声が響き渡る。瑠和はその歌声に、自然と涙を流していた。感動なんて言葉じゃ表せない感情が溢れ、涙と言う形となったのだ。
「今誰よりも、かけがえないけど…この場から抜け出すの…すこしだけ私の話を聞いて届くかな小さな望みを…♪」
そんな瑠和の前まで果林は近づく。
「私の本当の気持ち、聞いてくれてありがとう…こんな私でも…受け止めてくれる……?」
果林の言葉に瑠和は果林の手をとって小さく頷いた。
「あなたの胸に飛び込めない…無邪気に甘えられたなら…本当の私弱い私をその手で抱き締めてよ……隠れてた、本当の私…弱い私をただ愛してほしいの…壊れるほど……♪」
歌い終わった果林は遠慮ぎみな瞳で瑠和を見つめた。何を求めているかなんて瑠和は色を見るまでもなくわかっていた。
瑠和は思いっきり果林を抱き締めた。しばらく全力で抱き締めたあと、すこしだけ離れる。
「…あなたを愛してます朝香さん…いや、果林」
「いきなり名前呼び?」
「嫌ですか?」
「ううん、私も愛してる」
気づけば雨は上がり、雲の隙間から日の光が差し込んだ。差し込んだ光に包まれながら、二人は唇を交わす。
ようやく正直に慣れた二人の、新たな日々の始まりだった。
fin