「お、起きたか弟よ。なんか3年ちょいぐらい寝てた気がするぞ」
「そんな寝てる訳ねえだろ……何してんの姉ちゃん」
ある朝、起きると海外から帰って来た姉ちゃんが台所で何か作っていた。
3年前……なんてはずもなく、ほんの数週間前に帰ってきたばかりの姉だ。
ようやっと時差ボケが治って来たわ~なんて言ってたのがつい先日。
こうして朝にキッチンに立っている姿を見るのはなんていうかこう……慣れない。
「何って……朝だからトースト作ってんだけど」
「へ~……俺の分も作ってよ」
冗談半分にそう言いながら椅子に腰かけ、テーブルに置いてある新聞に手を伸ばす。
「ああ? まあいいけど」
そう言うと姉ちゃんは台所の近くに置いてある食パンの袋を……手が届かないのでふわっと浮かせて取り、封を開け、トースターの中に入れ、スイッチを……入れる前に何故か指を鳴らし、トースターを開ける。
するとまだ数秒しか経ってないのにも関わらず、中からホカホカこんがり小麦色に焼けた食パンが現れ、これまた一人でに浮いてやってきた皿に乗り、姉の手の中に納まった。
「バターとジャム、どっちがいい」
「……バターで」
「あいよ」
そう言うと、冷蔵庫が一人でに開き、中からバターが飛んでくる。
イイ感じに一切れだけ切れると、その一切れがパンの上に乗って溶けながら馴染んでいき、バターの匂いが部屋中に広がる。
「ほらよ」
「……うん」
バターが塗られた食パンを俺に渡し、自分は普通にジャムを塗った後、俺と向かい合う形で座り、リモコン無しでテレビを点け、くつろぎながらニュースをぼーっと眺める。
「……姉ちゃんさあ」
「あん?」
「それ、手品とかじゃないでしょ」
「手品だよ」
手品、らしい。
ふうん、そっかあ……。
最近の手品ってこんななんでもかんでも簡単に浮いたりするんだ……そっか……。
「いやそんなわけないよねえ!? 手品で一瞬でパンが焼けたり一人でに皿とかバターとかが動き出すわけないよねえ!?」
「うわビックリした、何急に」
「こっちはもっとビックリしてるっつうの!! 手品でやっていい領域超えてんだよ!」
「はん、これだから素人は……想像を超えた事するから手品なんだろーが」
「限度があるだろ限度が!! ていうか、観客俺しかいねえし! なんかもう、ジ●リ作品みたいになってたぞ今のキッチン!!」
「そんな事よりお前、さっさとパン食っちゃえよ、今日も学校だろ」
「そんな事ってアンタ……くっ……」
そう言われて時計を見ると確かに時間が無い。渋々パンを口に含む。
……俺も、姉が言わんとする事は分からんでもない。だけど、もし仮に、百歩譲って手品だったとしたらいちいち家の中でまでそれをやらなくても良くないか? 手品ってくらいなんだから、こう、仕込みとか種とか色々大変なハズなんじゃないか?
「……手品の仕込みとかいつやってんの?」
「仕込み? ……あ~、仕込み、仕込みね……なんか、お前らが学校行ってる間にちょちょいっとやってるよ」
「大変じゃね? 別に家の中でまでやらなくていいんじゃないの?」
「そこはお前、ほら……こう……修行みたいなもんだよ、こういうのはずっとやらない期間があると腕が落ちちまうんだよ」
「ふーん、そんなもんなんだ」
「おう」
「……」
「……」
「……姉ちゃんさ、ホントにそれが手品だっていうなら、それ俺にも教えてよ」
「やだよ、めんどいもん」
即答。
これを言うといつも決まって姉は断固拒否する。どれだけ頭を下げようとも頑なに。
「そこを何とか!」
「朝からしつけ~ぞ。大体……覚えてどうすんだよ?」
「えぇっ? それはほら……かっ……こいいじゃん?」
咄嗟に理由と聞かれても、知りたいから知りたい、しいて言えばカッコいいから、ぐらいしか思い浮かばない。だって実際、出来たらカッコいいと思うし、それにほら、あれだ……モテるかもしれないし?
「ふぅ~ん?」
「な、なんだよ?」
そう言うと急に口角を吊り上げて目を細め、マンガだったら擬音で「ニマァ」とかつきそうな表情で俺を見てこう言った。
「……てことは逆説的にお前は私の事カッコいいと思ってんだあ~?」
「は……はあ~~!? ち、ちがうけどォ~~!? マジックがカッコいいんであって姉貴がカッコいいとは微塵も思ってませんけどォ!?」
「だっはっはっは!! 照れんな照れんな!!」
そう言いながらバシバシ人の背中を遠慮なくぶっ叩いてくる。
クッソ腹立つ。姉貴ってこんな人だっけな。こんな人だったかも。こんな人だったわ。
男みてーな豪快な笑い方をしながら肩を組んで、でもまあ、と声のトーンを落とす。
「カワイイ弟の為に一肌脱いでやるのも吝かではないんだがな……ぶっちゃけ、練習しねーと危ないのとかあるし、それにお前今高校生だろ~? お姉ちゃんみたいになるには高校辞めてガチで練習しないとだけど……」
「ウッ……」
言外に「そんな覚悟あんの?」と言われた気がして腹がキュッとする。
当然、そんな覚悟あるわけない。
ぶっちゃけカッコいいから学びたいってのは……嘘ではないけど方便だ。
俺はただモテたいから姉ちゃんみたいなマジックが出来るようになりたいだけだ。
「でもほら……危なくないのとか、簡単なのとか無いの? 俺もその……特技っつーか、一発芸? 話のネタ的なのがあればいいなってぐらいでさ」
主に可愛い女の子と奇跡的に知り合えたり話す機会があったりとかした時用の。
肩に組まれた腕をどかしながらそう聞くと、姉は難しい顔をしながら腕を組んで唸りだした。
「簡単で危なくないの~??」
「そんな全部危なくて難しい事やってんの……?」
まぁ考えてみれば、ワイヤー……とか? 多分そんな感じの道具使ってる……使ってんのかな? 本当に? マジで浮いてるようにしか見えないし、試しにパンの上とか手をかざして見てもなんも無いようにしか見えない。マジでどうなってんだよこれ。魔法か?
「……てかお前そろそろ学校行かないとじゃねえの?」
「は? うわやべっ!!」
そんな事言ってたら時計の針はいつの間にか俺が家を出るべき時間をとうに過ぎ去っていた。
慌てて姉が焼いたトーストの残りを口に咥え、そのまま玄関から飛び出した。
クソ、次こそは絶対そのマジックを伝授してもらうからな……。
===(それを見届けた姉)===
「……そろそろなんか真面目に手品学んだ方が良いかな……」
どうも、お久しぶり……お久しぶりでもないか。ないよな?
一般TSチート転生者のタダクニ(姉)である。
弟子は面倒だしマジックとか知らんしという理由でとってないタイプのマジシャン。
最近、久々に帰省したら弟から手品を教えるようにせがまれ、いよいよ断る理由を考えるのにも疲れてきたここ数日。
すまんな弟よ、教えるのが面倒とかそういうんじゃなくて、ただのナチュラルボーンチートだから教えるとか無理なんだコレ。
最初の内は「まあでも言うて数日で別のもんに興味が向くだろ」とタカをくくっていたが、予想に反して弟の熱意というか執念は凄いもので、ここ数日は事あるごとに手品のネタについて暴こうとしたり、何かにつけて手品を教えてもらおうとせがんでくる。
じゃあ家で魔法使わなきゃいいじゃんと思うんだけどさ……なんつうかもう、息をするようについ使っちゃうんだよね。便利だし。
高い物にあるもん取ろうと思ったらちょっと背伸びするだろ? あれと同じ感覚で、ちょっと遠いとこにあるものをひょいっとつい魔法で浮かせて取っちゃったりするんだよな。
いっそ弟には魔法であるという事をバラしちまうか……? いや、でもなあ……。
そしたら「じゃあ魔法教えて」って事になるだけな気がするんだよな。
っていうか絶対になる。間違いなく。そして魔法が実在する事を知った弟は、高校生にもなって中二病になってイタい思い出が増えて行く……ウッ、誰だ俺の古傷を抉るのは……。
う~ん……なんか……良い感じに魔法のアイテムとか作って「これが手品の道具」とか言って誤魔化すか……? ……それもし出来ちゃったら弟魔法使いになれるんじゃね?
空飛ぶ箒とか……ん?
そんな事を考えながら玄関に置いてある竹箒に目を向けようとすると、玄関の靴箱の上に見覚えのある青い布巾に包まれた四角い物が……これは弁当か?
……アイツさては弁当忘れて行ったな? フム……。
===(昼頃のタダクニ弟)===
「あ? どうしたタダクニ?」
「……やべ、弁当忘れた……」
「マジかよ、じゃ買いに……」
そこまでヨシタケが言った所で、何やら隣のクラスが騒がしい事に気付く。
「なんだ?」
「校庭に犬でも入って来たか?」
そう言って窓を開けて周囲を見渡すヒデノリ。
その次の瞬間……。
「お、居た居た」
「……はぁ!?!?」
「な、なんで空飛んでんだよ姉ちゃん!!!」
『姉ちゃん!?』
そこに居た、居たというか、浮かんでいたのは俺の姉だった。
いつもよりちょっと余所行きの服(と言ってもジーパンにブカッとした黒パーカーだが)に身を包み、これまた……それウチにあったただの竹箒だよね? ……に跨って、さながら日本の日常に溶け込んでいる魔女である。
「やっべえ!! どうなってんすかそれ!?」
「マジ!? 浮いてる!?」
「てか可愛くね?」
「タダクニの姉だってよ」
「アイツに居るの妹じゃなかったっけ?」
それを遠目から、あるいは近くで観ていた馬鹿共は一斉に窓辺へ押し寄せる。俺ごと。
「あぁもう! ちょ、押し寄せんな!! おい! 姉ちゃん! 何しに来たんだよ!?」
「も~ぉ、タダクニ君ったら、お・べ・ん・と❤ 忘れてったよ❤ はい❤」
「あ、ありがと……って姉ちゃんいつもそんなんじゃないだろ!! 面白がってんだろアンタ絶対!!」
「わはは」
わははじゃねえよコイツマジで……!!
「どういう事だタダクニお前コラァ!! 説明しろォ!!」
「弁当わざわざ届けてくれる空飛ぶお姉ちゃんってなんだお前それ!! 漫画か!?」
「お姉さんを僕に下さい!!」
「知らん知らん!! 俺はもう何にも知らん!! 姉ちゃ、ちょ、たすけっ」
事の元凶である姉に助けを求めようとしたが時すでに遅し。
遠くで「じゃ~な~」と手を振りながら空へ消えて行こうとする姉の姿が見えた。
「おいいい!! どうすんだよこの状況!!」
俺一人じゃ収拾つけらんねえよ!! もう終わり終わり!! 今回の話これで終わり!!!