負け犬は光のヒーローをあがめる   作:ソウブ

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1 俺は君を拝する

 

 

 俺は『負け犬』だ。

 何故(なぜ)なら失敗したからだ。

 同じ大きな失敗を、二度も。

 

 何度か「後悔ばかりするんじゃない、反省だけして同じ失敗さえ繰り返さなければいい」などという言葉を聞いたことがある。

 俺は、反省した上で同じ失敗ばかりする無能だ。

 何も為せない愚かな敗残者。

『負け犬』正に俺だ。

 選ばれていながら主役になれなかった。

 舞台に上がる権利だけはあった、分不相応な弱者だ。

 

 もう、彼女たちには会えない。

 二度と笑いかけてくれることもない。

 陽だまりは失われた。

 どれだけ手を伸ばしても、藻掻き(もがき)足掻いても、取り戻せない。

 気力は萎え、心は枯れ、暗闇のみが覆い光は果てた。

 

 だからもう、希望なんて持たない。

 静かに隠れて生きていこう。

 

 変わらない俺の価値観だ。

 変わらない、魂に刻まれた傷。

 

 ――希望の光なんてこの世には存在しない。

 

 俺の持論だった。

 

 ほんの数刻前までは。

 

 

 

 炎が爆裂する。

 

 赤髪の男が、異能の炎を纏いて、俺と同じ高校の制服を着ている男子生徒と対峙していた。

 男子生徒の後ろには、一国の姫のような豪奢なドレスを着た白髪(しろかみ)の少女が、震えて座り込んでいる。 

 

「早く終わってくれ。なあお姫様、オレの(ため)に犠牲になってくれよ」 

 

「勝手なことを、言わないでくれ」

 

 男子生徒は握った両の拳に光を輝かせ泰然(たいぜん)と立つ。

 

生憎(あいにく)勝手なことしか言わずに生きてきたんでな」

 

 炎が赤髪の男の全身に燃え滾り、拳が放たれる。あの炎は炎属性の最上概念を持つ、化学現象ではない炎だ。それが俺には解る。

 男子生徒は光の拳で防御するが、苦鳴を漏らして押された。炎と接触した拳は焼け焦げて、一部が炭化している。

 男子生徒から感じる力は、光属性のものだ。光属性の属性力(エレメント)はすべての属性を祓う力を持っているはずだというのに、炎の勢いは僅かも衰えていない。

 

 俺は目の前で繰り広げられる異能の殺し合いを、遠くの物陰から息を殺して見ていた。

 

「燃え尽きろ、光の少年」

 

 常人を遥かに超越した身体能力で、炎の拳撃(けんげき)蹴撃(しゅうげき)が男子生徒を襲う。

 こちらも凄まじい身体能力と体捌きで応戦するが、炎が体を焼き。腕や足が炭化していく。こんな攻防を続ければ彼の命は長く持つまい。

 それなのに男子生徒の表情は微塵も揺らがず光の力を(ふる)い続ける。

 

「もう終われ。こっちは早く安心したいんだよ」

 

 炎が爆裂する。出力を上げた炎が襲う。

 男子生徒は火達磨(ひだるま)になった。光で防御しているだろうに、肌が骨が内臓が焼かれる。

 

 もう彼の命は終わりだろう。

 俺は確信した。

 いつもそうだ。絶望だけが事実で。

 順当に希望は食い荒らされて無くなるだけ。

 (かす)かでも期待を持つだけ無駄なんだ。

 

 

 光が闇を照らし輝いた。

 目を焼かない強く優しい光が、属性力(エレメント)の炎に抗う。

 

 

「終われない。終われないよ。護り抜くまでは」 

 

 息も絶え絶えに、彼は立っている。光を携え戦意は消えず。

 されど彼に纏わり付いた炎は光を喰らい続けている。

 

 なんでそこまで、頑張れるんだ。

 

「これでも死なないかよ。なら止めを刺してやる。滅却(めっきゃく)されろよ光の少年」

 

 炎の出力が、まだ上がる。

 すべてを焼き尽くす属性力(エレメント)の炎が燃え上がり、光の拳を払い除け、炎の武が光を焼却せんと波頭の如く襲う。

 

 男子生徒は紙一重で避けているが、熱に炙られ皮膚は(ただ)れていった。

属性力(エレメント)の究極へと至った焦熱は、直撃した瞬間骨も残さず炭化を通り越して焼滅させるだろう。

 

 一瞬でも気力が揺らげば炎に呑まれ死んでしまう、そんな苦境というのも生温い状況の中、男子生徒は諦めなど一切浮かべない顔で、ボロボロの体を動かし続けている。

 

 だけどそんなの、長く続くわけがない。

 

 無理なんだよ。もう諦めちまえよ。

 諦観が俺の心を埋め尽くしていく。

 こんな絶望的な状況、覆せない。

 俺は無理だった。

 気持ちのいい逆転劇なんてそうそう起こるはずがないんだ。

 そんなものは御伽話(おとぎばなし)の中だけのこと。

 実際は順当に負ける。

 そうだ。光なんてない。怪物には打ち勝てず、失うのが世の常。

 

 気づいた時には、炎の腕が少年の腹を貫いていた。

 

 ああ……やっぱりだ。

 

 絶対の炎が少年の腸を、胃を、肺を、心臓を溶かしていく。

 少年は膝を突いた。負けだ。

 

 いつもこうなる。光なんてない。誕生したそばから吹き消されるのが現実だ。

 

 順当に、絶望は事実になる。

 

 光の少年の物語は、ここで終幕だ。

 

 俺はつまらない劇を観終わった観客のように、背を向けて立ち去ることしかできない。

 

 また、無気力な日々が――――

 

 

 

 後ろから、眩い光が差した。

 

 

 

「……!」

 振り返る。

 

 光り輝く少年が、立ち上がっていた。

 

「僕は、僕は、負けない……輝く明日を大切な人に(もたら)すまではッ!」

 

 諦めなどという言葉は己の何処(どこ)にも存在しないと証明する輝きが、少年を内側から焼いていた炎を掻き消す。

 少年が発する属性力(エレメント)の出力が莫大(ばくだい)に上がっていた。

 先までの出力は大したことのないものだったはずなのに。

属性力(エレメント)の出力など無理に上げたら、地獄の激痛が襲っているだろうに。

 

 何故立ち上がれるんだ。

 俺は、どんなに頑張っても立ち上がれなかったのに。

 精神力じゃどうにもならなかった。体は動いてくれなかった。物理法則を押し退けることなんてできなかった。

 でも、彼は論理も常識も轢殺(れきさつ)していく。

 光の主役は絶体絶命に追い詰められてからが本番なのだと。

 

属性力(エレメント)の光で、溶かされた内臓を補い、光の手で炎の腕を掴む。

 

「捕まえた」

 

 炎の魔人は、逃げられない。

 奴は、少年の危険性に押されて一旦退こうと動いてしまった。

 されど少年は腕を掴んでいる。退くことはできない。だというのに退こうとする行動を起こしたことで、致命的な隙が生まれた。

 

 

 目の前で繰り広げられるは、神話の一幕。

 

 

 光の拳は炎の体を穿(うが)った。光が炎を浄化していく。

 

「がっ……アァ……アアアアアアアァァッッ!!」

 

 炎の体が崩れていく。

 

「オレは、死ねない。死ねないんだよオオォォォォッッ!!!」

 

「死んでくれ。僕の大切な人の命を脅かすのなら」

 

 

 俺はその日、英雄を見た。

 嫉妬さえ湧く隙もない、眩いばかりの目を焼かぬ光。

 本物の光は、美しかった。

 絶対に覆せない絶望を覆した英雄(ヒーロー)

 ああ、主役(ヒーロー)

 俺の目の前に現実として存在する主人公(ヒーロー)よ。

 

 

 炎の魔人は高出力の光に存在を消滅させられた。

 

 

 俺は君を(はい)する。

 

 

 

 

 


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