いつの間にか、水の中にいた。
「がぼっ、んごばぅっ」
ああっ。ああ……これはっ! あの女だ……っ!
俺と夢中とお姫様は水に囚われ、 暴流に為す術なく流される。
「げほげほぉっ……!」
いつの間にか、学校のグラウンドへ投げ出されていた。三人揃って激しく咳き込み、水を吐き出す。
「ふふふ~。丁度お姫様と一緒にいてくれてありがとうございます~」
聞きたくない声、聞きたくない声が聞こえるっ……!
「なんで生きてるんだッ、スイムゥゥウウ!!」
「きゃーん可愛い反応です~っ。今日もイジメがいがありそう~」
校舎の屋上端に足を組んで腰掛け、スイムがこちらを睥睨している。
「なになにまたバトル!?」
「なんで嬉しそうなのまなちゃん!?」
「お姫様、そいつは異常者だ、捨て置け」
「……なに私を放って楽しそうにしてるんですか~?」
なぜか怒りを露わにしたスイムが夢中とお姫様を巨大な水球の中に捕らえ溺れさせた。
「がぼぼぼっっ……!?」
「ごぼっ……んぐぼっ……!?」
「そうそうそんな感じで苦しそうにしててくださいよ~」
「やめろスイム。二人を解放しろ! また俺を痛めつけたいだけなんだろう!?」
「いいえ~。聖戦完成のために、惜しいですけど負け犬さんを殺しに来ました~」
「聖戦……? 聖戦に俺は関係ないだろう!?」
「ありますよ~?
その生贄に~、私が負け犬さんを選びました~。パチパチパチ~。だからもう、負け犬さんは聖戦の一部に組み込まれてるんです~、どぅーゆーあんだーすたん?」
「わかってたまるかッッ!! 修司は生きてるんだよォォオオ!!」
「今日は良く吠えますねえワンちゃん。その修司さんが死んだから儀式がこの段階まできたんですよ~? 現実見てくださいね~」
そっちこそ今に見てろ。光のヒーローがいるという現実を。
「私が生贄に選んだとはいえ、あっさり終わってしまったらもったいないので、じっくり味わってから殺してあげます~」
スイムには勝てない。さらにこの前逃げることもできないと、既に思い知らされている。
だから俺はここで死ぬのだろう。
それでも夢中とお姫様を逃がすぐらいはしないと、死んでも死にきれない。
いや、俺が死んだら
なら俺もここで死ねない。だが勝つことも逃げることもできない。
どうすれば、いいんだ……?
修司……。
「早々に絶望顔晒さないでくださいよ~萎えちゃいます~」
不満そうに唇を尖らせ、スイムは視線を巡らせる。目に留まったのは、夢中だ。
「負け犬さん、この子のこと大好きですよね~?」
「な、なにを言ってるんだ? 急に」
「答えないと今すぐ皆殺しにしますよ」
本気の匂いが漂って、恐怖に流されるまま俺は叫ぶ。
「そんなわけないだろう!? 会ったばっかりだぞ!」
「いいえ、あなたはこの子のこと大好きです~。私にはわかります~。女の感舐めないでください~、気に入った男の子の好いた惚れたなんて簡単にわかりますよ~」
スイムは何故こんな話を突然しだしたんだ。わかりたくない、
「それに好きになるのに時間は関係ありませんよ~。私だって会ったばかりの時に好きになったんですから~」
「俺は嫌いだよ。死ねよお前」
「ん~、この子が負け犬さんの好みなんですかね~それともお胸が大きいからでしょうか~。私も結構あると思うんですけどね~」
スイムは自分の胸を持ち上げ何度も揺らす。あんな下種の体に俺は興奮したりしない。
そうしてスイムは、俺が察していながら思い至りたくなかったことを簡単に口にする。
「そんな子を苦しめたら、さぞいい反応をしてくれるんでしょうね~」
「やめてくれ……」
「ふふふふっ、もういい反応してくれるなんてサービス精神旺盛ですね~。かわいいなぁ、好きな子傷つけられるのがそんなに嫌なんですか~? ふふふふっ~」
スイムは溺れ死にそうになっていた夢中とお姫様を水球から放り出した。
「げほげほっけほっ」
「ぶえ~じぬがどおもったっ……」
夢中だけ、頭部を除いてまた水に捕らえ、水圧カッターで身体を切り裂く。
「いたっ」
綺麗な白い腕や足がぱっくり裂け、鮮血が舞った。
「いったっ。いたたたっ」
「…………」
あれ、なんか呑気だな。
実際傷つけられてるし命の危機なのは確かなんだが。
夢中のリアクションが軽すぎて、重大に思えない。
「なんですかこの人。全然気持ちよくなれません」
「私今、異能力で傷つけられてるよね!? やばっ、貴重な体験だよ!」
「夢中……なんでそんないつも通りなんだよ」
「え? だって、高山くんがなんとかしてくれるよね?」
「できねえよ……俺の事情を脅して聞いたくせに、よくそんなこと言えるな」
「まー大丈夫だよ。大丈夫大丈夫っ。なんとかなるよっ」
「なんで笑顔なんだよ。いかれてる……」
異常者だ異常者だと何度も思ったが、本気で頭が人と違うんじゃないかと、今真面目に思う。
でも、怖いとも、嫌いとも思えない。
なんでだろうな。夢中といると、やっぱり落ち着くんだ。
「あなた不愉快です……なに私の負け犬さんとイチャイチャしてるんですか? 死んでください」
「へぷっ」
夢中は間抜けな声を出して、糸が切れたように倒れた。首から血が噴き出している。
「まなちゃん……!」
お姫様の悲鳴と、穴の開いた夢中の喉からひゅーひゅーと辛そうな息が響く。
「騒げないほど傷つけてしまえば関係ありませんでしたね~」
「夢中……?」
さっきまで騒いでいた彼女は、もう騒いでくれない。騒げない。
夢中は、俺から
「頸動脈は切ってないので~まだ病院へ連れて行けば助かりますけど~どうします~?」
「やめろ。やめてくれ。もう十分だ。もういやなんだよ!!」
「あははははっ、それですそれですっ負け犬さんは本当に私を喜ばせるのが上手なんですから~」
「あ、あああ…………」
脳をあの女の指でぐちゃぐちゃに掻き回されているみたいだ。
わたが眠ったように水中を漂う光景が、浮かび上がって張り付く。
リリュースの死に顔も――。
だから女と一緒にいるのは嫌だったんだ。俺と親しくなった女は死ぬ。いつもそうだ。そういうジンクスがあるんだよ。二回もあったんだから。
なのに俺は、なあなあのまま夢中を遠ざけなかった。傷つけた罪悪感で脅されていたとか関係ない。無理矢理逃げて関係を断つのは簡単だったんだ。それなのに、俺は。
ヒーローさえいれば良かったんだ。それなのに、ちくしょう。
――――――いや。
修司も、死んでしまったのではないのか?
考えてはいけない、思考するべきではないことが鎌首をもたげる。
だって、何度も言われた。修司が死ななければ儀式が今の状態になることはないって。なら、なら、そんなわけが、ああ、でも。
結局、みんな死ぬのか。わたもリリュースも、夢中も修司も。
俺が出会った大切な人は、全員いなくなるんだ。
「ねえ負け犬さん? 頑張らなくていいんですか~? み~んな、死んじゃいますよ~?」
今、目の前で、夢中が殺されようとしている。
夢中は俺が助けてくれることを疑っていない。藍色の瞳は光を湛えて俺を見つめている。
また、奪われるのか。これで三度目だ。
「……ちくしょう」
勝てるだなんて微塵も思えない。けれど目の前で殺されそうになっていて放っておくこともできない。
結局スイムに感情と行動を誘導され、コントロールされているだけなんだとしても。
「『
「あはっ、ようやく、頑張る気になってくれましたね~。そうです、私だけを見なさい。私も、頑張っちゃいますよ~」
『世に燻る源よ、属性の
『気持ちよくなりたい。快楽こそ、私が意思を持って存在する理由なの。
この世よ、芸術であれ。
醜き
悲鳴も苦鳴も、花開く前の祝福
恐れることなどないわ。最上の美という高次存在へ至れるのだから。
美しい花よ、あなたの
私はあなたの
だってこんなにも、気持ちがいいのだから。
その綺麗を私の魂に突き入れて、絶頂の果てに逝かせてほしいの。お願いよ』
それは恋文のようで、呪いの怨嗟のようで。
透き通る水のような色の
そうか、これは「聖戦」なんだ。ここにきて俺は既に聖戦に巻き込まれているのだということを実感した。聖鎧を纏う敵に、自分が相対することで。
「れっつらすとぷれい~」
腰をくねらせた
属性神の水を細く渦巻かせた水圧ドリルが百、いや二百、無数に発生した。それをスイムは、俺へ向けて射出してくる!
「うおおおおおおおおおッ!」
ドリルの
こんな惨状でも、スイムが手加減しているからこの程度で済んでいるにすぎないんだ。本気で急所を貫くつもりで二百発以上も撃たれたら俺は既に肉の残骸と化していただろう。
俺は
そう、俺は勝てない。
わかってる。わかってる。
「わかってんだよおおおおおッ!!」
ただ突貫する。ザシュザシュザザザザザッッ。肌を斬り刻まれた。
俺に痛みをより多く感じさせる為だろう、奴は俺の肌を破壊し過ぎないよう絶妙に裂き続け、さらに傷口を抉ってくる。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」
「あはははっ~苦しそうな顔! 快感~♡」
もう、やぶれかぶれに、我武者羅に、や、る、しか、もう、わかんねえ……ッ。
「あまり欠損させすぎるのもいやですね~。命を奪った後は、負け犬さんも私の芸術作品の一つにするんですから~」
「あぶごはぁっ……!」
口に水を捻じ込まれ、喉へ隙間なく固定された。
息、がっ。
「がはぁっ! はぁ……!」
窒息死しかけたとき、水の固定が解除され吐き出した。
一瞬呼吸ができた。と思ったら間髪入れずにまた喉に水が固定される。
溺れさせられ、窒息する前に解放され、また溺れさせられる。これは拷問だ。地獄の苦しみが延々と続けられる、拷問。
「げほげぼぅぉぁっ……」
息ができないから、走ることもできない。いや、修司たちのような強者ならこんな状態でも走れただろう。でも俺には無理だ。反射で苦痛にのたうってしまう。
「うえあああ……」
抜け出せない。
「え、泣いてるんですか~?」
体の反応だ。ただの、鼻に水が入った体の反応で涙が出ているだけだ!
「泣いちゃいました~? 泣いちゃったんですか~? かわいすぎます~!! はぁぁぁ……♡」
頬に手を当て恍惚の息を漏らす
「泣かないでたかしくん!」
お姫様が、なんか光っていた。綺麗な白い髪が広がりながら。
そういえば
「たかしくん、まなちゃんを助けて!」
属性力、だと思う力が流れ込んでくる感覚。これで俺に戦えっていうことか。
やってやるよ。
喉にある水を凍らせた後、溶かし飲んだ。これほどの精密性は、俺にはない。普段の力では喉ごと凍らせてしまっていただろう。お姫様が俺の属性神を強化してくれたんだ。
だからこれは、俺の力じゃない、お姫様の力だ。
うぬ惚れない。今さらうぬ惚れられるわけがない。
ただ、戦おう。
速さは、以前の優に十倍はくだらない。
「やはり巫女の力は規格外ですね~。ふふふふっ~とてもいいですよ~」
水の空間となった球形へ囚われた。それはもう効かねえぜスイム。
周囲を凍らせ、足元を凍らせ、前へ進む。こんな程度で、もう止まらない。
「なら、これはどうですかね~」
千を超える水圧ドリルが発生、射出された。
ははっ、本当に、昔撃たれた数発は子供のお遊戯みたいなもんだったんだな。
笑えてくるぜ。これでもスイムは修司とやり合った時よりも手を抜いてるんだ。ナメやがって。
ドリルを避けながら空中を凍らせ足場を作り、屋上にふんぞり返るスイムへ向けて空を滑る。
避けられなさそうなドリルは凍らせ落とし、それも無理なら氷の楯で逸らした。それでもドリルは掠め体は削られる。だが速度は意地でも緩めない。今は、
「そろそろ、溺れてみます~?」
学校の敷地内すべてが水で満たされた。スイムの効果範囲と維持性もやはり伊達じゃない。
また周囲だけ凍らせて道を作ろうとしたが、暴流に攫われ体を滅茶苦茶に振り回される。すぐに上も下も右も左もわからなくなった。
方向がわからずとも自分の周囲を片っ端から凍らせ、御せる空間を増やして態勢を整えようとしたが、無駄だ。すぐに大量の水に押し流され壊される。
ただただ大きい力に翻弄され潰される。また、今までと同じなのか……?
いいや、違うッ!
「
お姫様の強化で、出力はいつもより上げられる。痛みを越え、昇華しろ。
ただお姫様の力を信じて、進め。あいつに触れられる距離まで。その距離なら殺せるはずなんだ。
いつしか俺の目前に、スイムの見慣れない仮面があった。いつもの憎たらしい顔が、今日は隠れて見えないな。ありがたいぜ。恐怖が薄れる。
始めて、俺は
この女は生粋の遠距離型。俺の、勝ちなんだよ。
「と思ってますよね~?」
「がっ……!?」
衝撃が
しかも。
「
「私が遠距離だけが取り柄で、他を鍛えていないと思いましたか~? 楽しむためには技術がいるんですよ~?」
遠距離チートのくせに武闘派とか、ふざけんなよ!
「光の人相手なら、近づかれたら終わりでしたけど~。負け犬さん程度の実力なら~、余裕ですよ~」
水を纏わせた足をくの字に曲げて構えながら、スイムは絶望を突きつけてくる。
いや、違う。まだ絶望じゃない。近距離戦ができるからといって、今の俺が勝てないとは限らない。こいつと遠距離で戦うよりはマシなはずだ。
「ふふ~まだ戦意があるんですね~、かかって来なさ~い」
「言われなくてもッ」
宙に発生させた氷の上を滑り、スイムの上から強襲する。戦いは上を取った方が有利だからな。手を翳し、聖鎧ごと氷つかせ――パリッ、スイムの表面に発生した氷は砕け散った。
まずいッ……!
嫌な感覚が走り抜け咄嗟に氷の楯を作ったが、無駄に終わる。
パリン、ドンッ。
「かはっ……」
こいつ、全身に水を薄く纏わせ細かく振動させて、破壊力と防御力を上げてやがるッ!
出力は上がった筈なのに、凍らせきれない。もっと、出力を
――ドドドドドドドドドォォッッ!!
全身に衝撃が奔り、気づいた時には屋上の硬いコンクリートに落ちていた。
スイムはめり込ませた足で俺を宙に放り、秒間何十発かの連続蹴りを叩き込んできたんだ。
長い脚を使った
俺はもう、ボロボロだ。スイムへ近づくまでに体を削られて血を流したのに加えて、奴の足で内臓にダメージを受け過ぎた。口の中は血の味で一杯だし、骨もいくらか折れている。
「ふふふふっ~接近戦ならなんとかなるかもしれないって思っちゃったんですよね~? 簡単に超えられると思い上がらないでくださ~い。私は慢心した油断を突かれて負けるような愚かしい敵役とは違うんです~。
そう、
「ううぅぅ……っ」
「私の目の前までこれたのだって、お姫様の力じゃないですか~。か弱い女の子におんぶにだっこで恥ずかしくないんですか~?」
「う゛う゛うぅぅぅっ……っ」
「ふふふっ~かわいいなぁ~もう~」
もう、駄目だ。
結局スイムは、遠距離だろうと近距離だろうと超越した強さを誇ることに変わりはない。修司を相手にした時は例外中の例外、だったんだ。修司は接近戦最強だから、スイムでも近づかれたら終わり。だが俺は、接近戦が強いってわけじゃない。
俺相手なら、あの女にとってはどちらの方法で遊ぶか程度の違いでしかなかったんだ。
「ぐえっ」
蹴り転がされた。しかも腹を、骨が折れてる箇所を。
「ふふふふ~」
「がっ」
続けて転がされる。
「こうしてると、本当に面白いおもちゃみたいです~。蹴ると、気持ちいい音が鳴ってくれる私だけのおもちゃ~」
「ぐぅぁっ」
「楽しいなぁ本当に~……」
「ごぇっ」
「あなたとの逢瀬は、いつも私を
「おぉっ」
「ここで終わらせるのは、本当に惜しいと思ってるんですよ~?」
蹴り転がされ続け、ボロボロを越えたボロ雑巾以下のなにかに、今、俺は、なっている。
「でも、ここで負け犬さんを聖戦に組み込んだら、とっても気持ちいいんだろうなって思っちゃったんですよ~。思った通り、すっごく気持ちよくて楽しいです~」
でも、一回だけ。力を、隠しながら溜める。
「だから最後まで、この時間を、ながくなが~く、続けさせてください~。できれば、永遠に~。時が止まればいいのにな~、ね、ねっ~? 負け犬さんもそう思いますよね~?」
俺が、気力を完全に失ってるように見えるように。されるがままにやられてるように、見せかける。
スイムが蹴り込んでくる瞬間――今だッ。奇襲で最大出力、以前までの全力の数十倍はある氷結攻撃を、腹への蹴りを甘んじて受けたままスイムの心臓へぶち込む。
水を振動させて纏おうと、この威力と急所への命中なら――
「ふふふふっ~」
余裕の笑い声が耳元をくすぐる。
スイムは心臓の部分に、大量の水を覆うように留まらせていた。先までよりも強く細かく振動させて、さらに圧縮までさせて防御力をどこまでも高めていく用心ぶりだ。
「言ったはずですよ~? 油断なんてしませんって~」
スイムは、奇襲にも即対応してくる。
言葉通りの卓越した技術が、隙を一切与えてくれないんだ。
こんなのもう、どうしようもないじゃないか。
「ではそろそろ~、目の前であのうるさい子を殺しちゃいましょうか~」
「なっ……」
「今諦めましたよね~? だから変化が必要だと思ったんです~」
「ふざけるなやめろっ!」
「同じことしか言えないんですか~? やめろと言って止まってくれる相手なんていませんよ~。特に私みたいな人は~。私のこと、何度も一緒に遊んで、あなたもよくわかってますよね~?」
「遊んでない。「一緒に遊んだ」ってのは双方が楽しいから遊びになるんだ」
「ふふふふ~」
「楽しいのは、お前だけだろォ!!」
「そうですよ~。それでいいんです~。私は最初から、自分が気持ちよくなりたいだけなんですから~!」
水に攫われて、夢中が俺の目の前まで連れてこられた。ぐったりしていて、首からの血ももう流れていない。……おい、これ、今から助け出せたとして、夢中、死ぬんじゃ、ない、のか……?
ふっ、と体から力が抜ける。なにをしても、無意味。虫が脳を食い荒らすようにそんな言葉しか考えられなくなっていく。
もういやだ。なんで俺がこんな……。
「まだ、この子は生きてるんですよ~? 止血だってちゃんとしてあげました~」
希望を捨てるなと、絶望を与えてくる側が
「今からじっくり殺すので、ちゃんと見ててくださいね~?」
「たかしくん頑張って……! 勝って! 勝ってよぉ……」
お姫様の懇願する声も耳を素通りしていく。俺は今まで誰も護ってこれなかったんだ。ちょっと力をまた与えられたからって、うまくいくはずがなかったんだ。俺なんかに期待しないでくれよ。
諦めきっていたのにな。なんでまた頑張ったりなんかしちまったんだ。だからまた、目の前で失うことになる。
スイムが水の刃を、夢中の白い肌に刺し込んだ。呻き声、跳ねる体。聞きたくない! 見たくない! 耳を塞ぐ目をきつく閉じて
「だめですよ~ちゃんと聞いてください見てください~」
水に腕を無理矢理引っ張られ、瞼を裏返るほど開かされた。
「ああっ……あああ……」
「ふふふっちゃ~んと、魂に刻み込んでくださいね~、私が与えた傷を、今まで与えた傷を、今から与える傷を、その身にずっと宿していてください~」
「ぁぁぁぁぁ……」
「だってあなたは、私のものなんですから~」
――――――――――――もう、いい。
また護れなかったな。
「諦めるな、孝」
光の、声。