負け犬は光のヒーローをあがめる   作:ソウブ

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12 Justice

 

 

 

 光が。

 スイムに目を見開かされていたから、光が、よく見えた。

 幻覚じゃない。幻聴じゃない。これは、魂に届く、眩いばかりに輝く光なのだから。

 

「ああ……本当に」

 

 邪悪の水を払い、俺の前に立つ光の男。

 

「しゅうじくん!!」

 

 辛くて痛くて悲しくて苦しくて、どれだけ頑張ってもどうにもならないとき、ヒーローが助けに来てくれた。

 幻想のはずの光が、ここにある。

 

「立つんだ、孝」

 

 修司はお姫様抱っこした夢中を俺に渡してから、手を差し伸ばしてくる。

 

「邪悪が許せないのなら、立つんだ」

 

 夢中は安らかな寝息を立てていた。死の間際なようには、見えない。修司が、治してくれたのかな。

 

「修司、俺には無理だ……」

 お前がヒーローなんだ。俺じゃない。お前の光を、見せてくれよ。

 

「いいや、できるよ。孝なら、できる」

「違う。違うんだよ修司」

「護るために孝は戦った。僕も護るために戦っている。護りたい気持ちがあるのなら、君も僕と同じさ」

「ヒーローは、お前なんだ! お前だけなんだ!!」

 

「――――わかった。なら、僕と一緒ならどうかな?」

「え……」

「僕と一緒なら、立てるかな」

 

 修司が真っ直ぐで優しい瞳で見てくる。けど、ごめんな。俺がヒーローを見ていたいだけなのは変わらないんだよ。

 

「本当に見ているだけで満足なら、どうして友達になったの?」

 夢中の声が聞こえた。腕の中へ視線を落としても、夢中は寝ている。

 

 俺が修司に近づいて、友達になったのは、近くでヒーローの活躍を見ていたかったからだ。

 

「本当に、それだけなの?」

 

 そのはずだ。

 

 …………。

 

 けれど。

 

 ――――――――――ああっ! ちくしょうっ!

 

 憧れの頼みだ。これは、修司(ヒーロー)が、俺にそうしてほしいって、求めていることなんだ!

 

 俺は、それに応えるだけ。

 

 だから俺は光に向かうわけじゃない。俺はヒーローじゃない。俺は変わらない。

 

「……一回だけだ」

「?」

「修司にそこまで言われたら、一回だけなら、立ってやらんこともない」

「うん。じゃあ、それでいいよ」

 

 修司の手を取って立ち上がる。スイムを俺の手でぶっ飛ばしたいとは、思うからな。

 

 ここまでスイムは、周りを窺いながら考えごとしている様子だった。

 

「逃げないのか、スイム?」

 慎重派なんだろう、お前は。修司が来て逃げないなんて悠長すぎるぜ。

 

「逃げたいのはやまやまなんですけど~逃げられそうにないんですよね~。儀式はちゃんとしないとあの人たちに怒られてしまいますので~」

 他の属性司者たちのことか。スイムの事情なんてどうでもいいけどな。

「ああもーなんで生きてるんですか化け物ですか人を名乗らないでください~っ。無粋な光(あなた)が生きているせいで全部台無しです~」

「これが修司だ。参ったか。参れ」

「ふふふふ~……そんなに元気になっちゃっていいんですか~? 負け犬さんのくせに~」

 

 殺気が。そこらの属性力使いなら向けられただけで意識を手放しそうな全力の殺気が叩き付けられた。先程までの殺気ですら、過去最大だと思っていたのに、あれでも本気で殺す意思はなかったっていうのか。

 

「私は、全力を出せばいいだけなんです。ここで終わらせてしまいましょう~」

「油断はしないんじゃなかったのかスイム。ヒーローを正面から潰そうなんて最大の油断だろう」

 スイムがどれだけ恐ろしかろうと、修司は負けないんだ。現にこうして戻って来てくれたのだから。

「油断ではありません~。本当に「全部」使えば、規格外の一人や二人、私なら()れますよ~」

 

「孝、受け取って」

 俺の肩に手を置き、修司が俺に、勝つ為の力を貸してくれる。

 属性神の氷に光が注ぎこまれた。なにも為せない闇の氷が、勝利することができる光の氷へと進化する。

 修司は、他者強化すらできてしまうんだな。すげえぜ。

 

照誕(しょうたん)せよ――終幕への仮剣(ラストセイバー)

 

 氷の属性神に力を籠めると、形状は自然に剣と成り、光輝く氷の剣が手に携えられていた。

 

「そういえばスイム、お前とやり合うのもこれで四度目だな。お前も今回で終わりって言ったんだし、そろそろこの因縁にも決着をつけるとき、だよな」

「そうですよ~だから私が気持ちよくなって終幕するんです~」

「いいや、俺の勝ちで終いだ」

 

 学校の敷地内が水の世界と化す。

 俺は剣を一度薙いだ。それだけで水はすべて瞬時に凍りつき、砕け、光となって散った。

 これが、悪を切り裂く聖剣、だ。

 借り物の、だけどな。

 

「負け犬さんみたいなミジンコレベルでも、ここまでにするなんて、ほんとにふざけてますね~」

「当たり前だ。俺が憧れたヒーローの力だぞ。ナメんな」

 

 斬ッ。

 無数に降り注ぐ水の槍も。

 斬ッ。

 水の世界と共に暴流が襲いかかろうとも。

 斬ッ。

 すべてを氷散させる(斬り裂く)

 

「どうしたスイム? さっきと同じ技だぞ。本気で来いよ。最後なんだろォ!」

「ふふっ。負け犬さんいきがり過ぎですよ~?」

 鼻で笑いやがったなこの女。

 終わらせてやる。

 

 俺は屋上を蹴り跳躍し、光の速さでスイムへ迫った。

 

「はいわたちゃん」

「は――――――」

 目の前にわたが浮いていた。懐かしい栗色の髪が水に漂って。

 いや、これは死体だ。スイムがあの時奪って、保管していた。それをどこからか取り出して俺の目の前に出現させたんだ。

 

「――孝!」 

 

 修司が焦ったように叫ぶ。俺は思考停止していた。それは致命的な隙となる。

 

『水素爆弾』~

 

 視界が白く、白くなる。あとは、わからない。滅茶苦茶だった。轟音が、聞こえたのかもわからない。

 ただ、光に護られた。修司に助けられた感覚だけがある。

 

 ――――――――――ッッ。

 

 気づいた時には、倒れていた。煙が晴れた視界には息も絶え絶えに立つ修司と、俺と同じく護られたお姫様と夢中、そして無傷で水中を浮遊するスイムが、わたの死体を抱きしめている。汚い手で、触れんなよ。

 俺も修司も全身が焼け爛れて血塗れだ。水素爆弾とか言っていたから、放射線に被爆もしているかもしれない。属性司者はそれぐらいで死にはしないだろうが、俺は今指一本動かしたくない。それなのに俺より傷が酷い修司が立ったままなのは流石だ。

   

 校舎は木っ端微塵に消滅し、学校の敷地内は更地どころか、死の土地と化していた。

 これが聖戦内でなかったら、国が容易く滅んでいただろう。

 

「私の力を侮っていたようですけど~忘れていませんか~? 私は負け犬さんと遊ぶのも大好きですけど、芸術品を創って収集するのも大好きなんですよ~? わたちゃん然り、世界中から集めた巫女の力は、たっぷり貯蔵しているんです~」

 

 この惨状を生み出した破壊力は、わたの死体に保存してあった巫女の力を、使った結果なのか。それで、水素爆弾を発生させるほどの力を引き出したんだ。

 

 重()素と三重()素の核融合。それによって水素爆弾は作られる。核融合を個人で現実にするほどの馬鹿げた力を、巫女の力は秘めているってのか。

 スイムの精密操作性が元から高いのもあるだろう。巫女の力の後押しで、核融合させるほどの原子核衝突(操作)ができるようになったんだ。属性神の水を用いて発生させていることから、核兵器の威力すら凌駕しているだろう。

 

「それがお前の奥の手かよ、くそったれ」

 お前はいつも、どこまでも俺を苦しめる。よりによってわたの死体を俺の目の前に突きつけてきやがって。

 

 まだ、君も囚われているんだな。わた。

 俺が、救ってやる。

 

「そうだ孝。やるんだ。君ならやれる」

 

 ああ、『終幕への仮剣』(ラストセイバー)は健在だ。お前となら、まだやれるよ。

 

 いつもなら諦めていた状況、俺は立ち上がる。

 

『水素爆弾』

 

 強威力だから一発しか撃てないなどということはなく、スイムは即二発目を撃ってきた。だが今は先よりも距離が離れているし、隙を突かれたわけでもない。爆発に合わせて聖剣を振るえば、凍りつき光となって核の破壊力は霧散した。

 

「私からすると光の力の方が、摩訶不思議で理不尽だと思うんですよね~。自覚ないんですかイカレ野郎ども~?」

「うるせえ、んなもん知るか!」

「ふふふふ~……」

 

 水素爆弾が発破される。何度も何度も。いくら聖戦内とはいえ、こんなに乱発されたら聖戦が終わった後も、本当に人が住めない土地になっちまうぞ。これ。

 核の威力を斬り散らしていくが、完封は無理だ。タイミングをずらされたり連続で発生されたりなどされたら、逃した余波で身体は焼かれる。

 それに修司から借りた光も無限ではない。もうすでに容量を超えて扱い続けている結果、血管が千切れ内臓が軋み、喀血が零れた。

 

「もう瀕死なんですから~、このまま消耗していけば死にますよね~? 死んでください~。できれば、負け犬さんの死体は綺麗なものが欲しかったです~……」

 憂いを露わにした表情で、本気で残念に思ってんだろうな。この女は。

「おい、もう勝ったつもりかよッ……余裕だな、スイムゥ」

「勝ちですよね~? いくら「光」が馬鹿げていると言っても、その体で巫女の力を何度も耐えられるとは思えません~」

「地球の中心から帰って来た男の力を舐め過ぎじゃないか?」

「地球の中心より私の方が強いですよ~」

 

 奴が言う通り、このままではジリ貧な事実は立ち塞がった現実だ。

 俺は、一度でも水素爆弾の直撃を受けたら死ぬ。修司はともかく、俺はな。だから迂闊に近づくことすらできない。

 ただなにもできないまま、属性神で造られた核の余波で命が削られていくだけ。

 

 ならば、どうするか。

「どうすればいい……」

「ここから刃を届かせ、止めを刺すんだ」

「できるのか、修司」

「うん、できる。行くよ」

「わかった」

 修司がいうなら、その通りになるさ。俺は信じている。

 

「孝、今だ」

 修司の光が、瞬間的に先までの数倍多く注ぎ込まれた。俺の体が壊れない、ギリギリまで。いける(・・・)。そう感覚でわかったから、聖剣を振るった。

「届けェッ!」

 

 上空数十メートル先まで、聖剣が刹那の間に伸びた(・・・)

 

 水素爆弾の威力を斬り払いつつ、光の刃がスイムの首筋へ、到達する。

 

 

 

「くひっ……」

 光の刃が、私の、もう目の前に迫っています。ここから避けるのは、無理そう、ですね~。

 

 

 ――私が属性神に目覚めた時、水の世界の中、仲の良かった妹の死体が浮いていました。

 

 高級糸のような私と同じ水色の長い髪。ふわりと広がり漂うかわいいワンピースのスカート。

 

 私は崩壊したお屋敷のリビングに座り込みながら、釘付けになっていました。

 

 あのワンピースは、私とお母さまが選んでプレゼントしたのを妹が気に入って、毎日のようによく着ていたもの。あの子に似合うそのワンピースは、死に装束としても、とても素敵で。

 けれど、表情が、苦しみ抜いた後の、この世すべてを呪うような醜い顔だけが美を損なっていたから。

 

 どうか、いつものかわいい妹の顔に戻ってくださいって、願ったんです。その祈りが自らに宿った属性神(かみさま)に届いたのでしょうね、見る見るうちに醜い表情が整えられて、安らかに眠っている天使のような表情に変わってくれました。

 

 その光景が、あまりにも、あんまりにも、綺麗だったから。

 

「エクスタシィ…………!」

 

 私は、十歳にして初めて絶頂してしまいました。

 

 それが、私の原点です。

 

 これ以外では、気持ちよくなれません。

 

 気持ちよくないと、生きていけません。

 

 気持ちよく、生きていきたいから。

 

「だから私は、これからも美しいものを創って、快楽を貪るんです~!!」

 

 リリュースちゃん(負け犬さんの女その二)と、巫女ちゃん数十人(・・・)を水の中に出しまして~。

 

『水楽園・終幕』(バッサァエデン・フィナーレ)

 

 

 

 

 俺の視界全てが暗闇に包まれた。

 

 さらに全身へ超高負荷の圧力が掛かる。そして。

「ごぱぁっ……!」

 水。ここは極寒の水中だ。

 

 属性神で創られた深海の底、此処(ここ)は、そんな場所なのか。水圧が、自然界の深海を越え何千倍も――潰れた。

 

 俺の全身は、水に潰されて塵屑(ごみくず)と化す。

 

 逃げる術など無かった。抗う術など無かった。いつの間にか周囲すべてが深海だったのだから。

 

 スイムの出し惜しみのない全力は、抵抗を一切許さずにすべてを力でねじ伏せる。

 

 俺の意識は水底(みなぞこ)に沈んでいく。セイレーンに足を全力で引かれるように。修司の光が、見えない。お姫様も、夢中も、何も見えない。

 

「言った通りでしたよね~? 私が全力を出せば超越者の一人や二人、容易に殺してしまえるんですよ~」

 

 最後に、あの女の声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 これで終わりなのか。

 いいや、違う。違うんだ。

 

 俺はこうして、まだ、ものを考えているじゃないか。なら生きている。生きているなら、まだ終わりじゃない。

 

 死んだら極楽浄土に行ける。ものを考えられない無になんかならない。ああそう信じているよ。いるけれど。

 

 今は、考えられるということを戦う力にさせてくれ。

 

 だが俺では、なにもできない。一人では、負け犬の俺に勝利を掴むことは不可能だ。

 

 修司!!

 

 

「俺は、ヒーローを信じ続けると決めたんだ」

「僕は、ヒーローで在り続けると決めたんだ」

 

 

 だから、ヒーロー。

 

 たすけてくれ。

 

 

「わかった」

 

 

 暗闇の底から、光が芽生え、やってきた。光の球のようなものが、俺を助ける為にやってきてくれた。

 俺の前に、光がある。暖かい。体の感覚が、徐々に戻ってくる。

「行こう」

 光に誘導されるように、死の世界を共に泳いでいく。

 何処(どこ)へ向かっている? 愚問だ。

「勝利を得られる場所へ」

 

 

 道の途中、光が離れた。背中を押されるように、推進力だけ残しながら。 

「ここからは、一人で往くんだ」

 心細さが襲った。自転車に乗れなかった幼き頃、後ろの荷台を支える親に手を離されたのを知った瞬間のような、そんな、先への不安。

 けれど、待ってとは言えない。

 今言ったら、恐らく俺はこの暗闇の底に墜ちていき、二度と光を見ること叶わないと感じてしまったから。

 奴の本気は、油断した者を刹那の間に足元を(すく)い終幕させるだろう。

 

 この先に、あの女がいるのがわかる。

 俺の人生を蝕み続けた、これからも忘れることはできないだろう邪悪が。

 

 視界が、開けた。

 

 そこ(・・)へ辿り着いた時、聖剣の切っ先がスイムの心臓を貫いていた。

 

 

「斃せたと、思いましたか~?」

 

 

 心臓を、貫いてはいる。

 

 しかし、刃が通った心臓の内側は属性神(エレメンタル)の水と成り変わり、聖剣を挟み込んで止めていた。

 

「心臓を取った程度で私を殺せるとお思いでしたか~?」

 

 刃と水の間で、光の粒子と氷と水が火花のように散り拮抗する。

 

「だが動きを封じた俺を今この瞬間に殺せていないということは、お前も防ぐので精一杯ということだよなァ!」

 

「こんな棒切れすぐに()し折ってやりますよ~」

 

 スイムの右隣にスカイブルーのツーサイドアップが、左隣に栗色のふんわり髪が翻る。わたとリリュースの死体が水中に浮いていた。

 

リリュースちゃん(この子)も、負け犬さんの大切な女の子ですよね~?」

 

 ああそうだ、その通り。リリュースも大事だ。だがそれはまたお得意の精神攻撃だとわかっている。二番煎じなんだよ。動揺してなどやるものか。

 リリュースも、わたと同じで囚われたままってことなら、今すぐに解放してやるだけだ。

 

「リリュースちゃんは本当にいい感じです~。この子、私に一番力をくれるんですよ~。髪色が同じだと、属性神と巫女の親和性が増すんですよね~」

「リリュースの、綺麗なスカイブルーの髪を侮辱するな! お前の(水色)なんてドブ色で十分だッ」

「失礼ですねひどいですよ傷ついちゃいます~。負け犬さんの分際で~」

「ぐっ!?」

 

 聖剣の半ばに(ひび)が入る。

 

 スイムの出力が上昇(・・・・・)し、聖剣へ掛かる負荷が上乗せされた結果だ。

「お前も、出力上げられるのかよッ」

 ただでさえ最高峰の出力を誇っているくせに、痛みを伴いさえすればまだ上げられる(強くなれる)など、世の不平等が具現化したような存在だ。

 

「この、インチキめッ」

「だから、それ負け犬さんが借りてる力にも言ってくださいって~」

 

 このままだと本当に()し折られる。折られたら、そのまま殺されるだろう。

 

 だが剣から手を離せばスイムは全力で抵抗する必要がなくなり余力が生まれ、致命の一撃が飛んでくることは確実だ。今拮抗しているのは、俺がこの手に持つ剣で斬り伏せようと力を入れ続けているからに他ならない。

 

 ならば、この局面俺はどうすればいい。修司には一人で往って来いと送り出された身だ。ヒーローの力を借りた後は、一人で考え勝ち取らなければならない。

 (けん)を手離せず、この(つるぎ)に意思を込める以外に力を割く余裕などないのは俺も目の前の敵と同じ。

 

 ――つまり、あとはもう意地だ。根性で乗り切る(・・・・・・・)しかない。普段の俺なら根性で強くなれなどしないが、修司から借りた光が根性論を最善の論に昇華させていた。

 勝ちをもぎ取ろうと意志を強く持つ度に、力が湧いてくる。

 

 ただヒーローを信じる。ヒーローから授けられた聖剣を信じる。

 

「わたぁ! リリュースゥ!」

 

 その叫びを奮起の気合に、鎮魂の想いを乗せて柄を握る。精神へ呼応し聖剣が輝いた。

 

「――スイムゥッ!」

 

 勝利への道を、長年の怒りと共に見つめる。

 

「そんな熱烈に見つめないでくださいよ~。ぐちょぐちょになっちゃいます~」

「血でぐちょぐちょにしてやるから待ってろ」

 

 聖剣から溢れ出した光が、物理的な破壊力となって拡散した。その光は俺を擦り抜け、スイム(邪悪)のみを傷つけ凍らせる。

 スイムは避けようと体を捻らせたが、頭部を覆う聖鎧()が砕けた。いや、兜を犠牲に衝撃を逸らしたんだ。憎たらしいスイム・スーの顔がお目見えだぜ。美人だなァ。見飽きたよ。ずっと隠しとけ。

 

 相手が回避のために動いたことで拮抗のバランスが傾いたからか、属性神の水(スイムの心臓)へ光の刃が食い込んだ。水が光に割かれていく光景はモーセの海割りの様。

 

「ふふ……ふふ~…………」

 

 焦っているのか、スイム。汗が垂れてるぞ。

 

 本当に、修司の力は強いな。

 

 誰かを救える剣。邪悪を討ち倒せる剣。最初からこの力を持っていたら。――そんなもしも(IF)、今さら考えたって意味はない。

 それに今だって持っているわけじゃない。ただの借りものだ。拝するヒーローが望外(ぼうがい)にも力を授けてくれただけなんだ。

 

 だけど。だけどだ。借りものでもいい。今この瞬間だけは、わたとリリュースの為に戦う「男」でいさせてくれ。普段の俺は、勝利を投げ捨て敗北に憑かれた「犬」でしかないからな。

 

「うおおおおおおおおおおおおッッ」

 

 スイムの心臓は徐々に切り裂かれていく。

「終わりだスイム」

 

「――っ舐めないでくださいっ~!!」

 

 スイムの出力がまだ上がる。体のあちこちから血を噴き出させながら女邪神(めじゃしん)の如き形相で水を操る。

 

「なっ!?」

 

 水の心臓に聖剣が、(ひび)の部分から折られた。

 

「負け犬さァァァァんっっっっ?」

 

 女邪神が水の槍を手に致命と突き込んでくる。

 回避は不可能。逸らすのも防御も。

 

「知ってるかスイム。光は復活するんだ」

 

 折れた『終幕への仮剣』(ラストセイバー)の半ばから光り輝く刃が神速で再生し槍を弾いた。

 

「スイム死ねぇぇええ!」

「私はまだ快楽を得たいんですぅぅぅぅ~!」

 

 至近距離で聖剣と水剣水槍の剣戟が巻き起こる。様々なタイミングで水に閉じ込められ溺れさせられそうになりながらも、それを光で消散させながら、ただ剣を振り続けた。

 

「くぅぅぅううっぅ、あ、はぁはぁぁ……」

 スイムは苦悶に喘ぎながら血塗れの戦鬼と成りこの場の勝利を優先している。

「私は気持ちよくなりたいだけなんです~こんな苦痛感じながら戦いたくないです~……」

 

 だが、戦況は順当(・・)に俺が押していた。

 

 なぜなら、修司は途中から俺へ送り込む力の容量オーバー分の代償を肩代わりしてくれているからだ。

 属性神の出力を上げるには常軌を逸脱した痛みを伴うが、今俺は痛みを受けていない。すべて修司が引き受けてくれている。

 スイムは消耗しながら強くなり、俺は痛みを受けずに強くなる。その違いが順当に俺を優位にしていた。

 

 それにスイムは俺と同様あまり痛みに強くはないようだ。

「意外と根性がないんだな、スイム。お前はいつも余裕そうになんでもこなすから、自分の痛みにも強いと思ってたよ。人には苦しませ抜く癖に、恥ずかしいとは思わないのか。修司と土屋は平然としてたぞ」

「あの二人が異常なんです~っっ!!」

 

 そうだろうさ、わかってるよ。

 

 ああ、勝てそうなのに。長年の悲願を果たせそうなのに。――自分への嫌悪感が止まらない。

 

 今のスイムを見ていたら、先までの高揚が嘘のように心は萎え始めていた。

 

 俺は自分が痛みを伴って全霊で前に進んでいないから、助けられているだけのズルい人間だから仇敵を追いつめられているんだ。

 

 痛みを他者に背負わせて勝ちを拾おうとしている、卑怯者で臆病者で弱虫な俺だから、今スイムの前に立てている。

 

「ふふ~……私に勝てそう(こんな状況)でも苦しそうな顔するんですね~。あなたはいつも苦しそうな私好みのいい顔をしています~」

「綺麗な顔が好きなんじゃなかったのか」

「芸術品にするならそうなんですけど~、生きている異性なら苦しんでいる顔の方がかわいくて好きなんですよ~」

 

 俺はそんなことを言うお前なんかの頑張る姿を見て、己を客観視して苦しんでいるのか。

 最悪だ。本当に、最悪だ。

 

 俺は変われないのに。今さら客観視しても苦しむだけなのに。思い知らされている。わたとリリュースを殺した、お前なんかにッ。

 

「このままだとただ私が負けますね~。――ならば~」

 

 スイムは、また巫女の死体をどこからともなく数人出現させた。チリチリと頭の裏に嫌な感覚が奔る。俺は『水素爆弾』の発動予兆を察知した。

 

 残りの巫女をすべて使って水爆を起こし、自分をも巻き込む自爆をするつもりなんだ。

 

 スイムは普段なら先に使ったように、水爆の威力を自分には及ばせないことが可能な程精密性に優れているが、今は超接近戦の最中。爆発性の類を自分から逸らすには流石に距離が近すぎた。スイムは今、自爆しかできない。

 

 俺も自爆を止めることはできない。爆発の起動自体はスイムの後ろに浮く巫女から発されるからだ。目の前のスイムを無視して起動の阻止は不可能。そして水素爆発の威力を斬り払ったとしてもこの距離では致死量の威力は残る。

 

「負け犬さんとの心中も、気持ちよさそうですし~。一緒に絶頂しましょ~?」

 

 奇しくもこの過去最大に仇敵へ近づいた状況が、彼女と俺の死を確定させていた。

 

「その確定を、僕が変える」

 

 修司が光となって飛来し、抱えきれない巫女の死体七人ほどの服に指をひっかけ攫って行った。

 これで水爆を撃てるほどの精密性とエネルギーはスイムから失われる。

 

「修司……」

 一人で往くんだとか言っておいて、俺の親友は過保護だな。いや、彼が甘くなければ、俺はここで確実に怨敵と運命を共にしていた。修司が優しいから、ここで俺が勝つんだ。

 

「ふざけてますよあのビカビカ野郎っっっっ!!!!」

 

「貫けぇぇぇぇええええッッ!」

 

 最終手段が崩され動揺した隙を突き、スイムの心臓を再び聖剣で以って貫いた。

 今度は、心臓を属性神の水化できなかった奴は、生命の鼓動に致命の光を受ける。

 

 

「……なんで~?」

「お前の負けだ」

「なんで、私負けるんでしょうね~? 油断してなかったんですけどね~……確実に殺せたと、思っていたんですけどね~…………実際深海にぶち込んであげた時に死んでたじゃないですかおかしいですよ……」

 

「知りたいか? 教えてやる」

 

 『終幕への仮剣』(ラストセイバー)に突かれながらも拗ねたような態度をとる、俺の人生に居座り続けた邪悪へ贈る言葉は。

 

 ――俺はズルいから勝ったんだ。

 

「正義は勝つ、からだ。俺はそれを真実だと、事実だと、信じてるからだ。修司は勝つって、俺の親友は最強なんだってッ!」

 

 邪悪(こいつ)へ叩き付けるのは、光だけでいい。俺が苦しむ真実を伝えたところで、スイムは悦ぶだけなのだから。

 

 それに実際どちらも本音(真実)だ。借りた力が最強だったから勝った(・・・・・・・・・・・・・・・)。どちらにも共通すること。正義は勝つ。借りた力が正義だった。それだけに過ぎない。

 

 数日前(以前)までは信じていなかった正義()。けれど今は修司(正義)がここに在るから。

 

 我がヒーローへ今一度感謝を込めて、聖なる剣の柄を強く握り込む。

 

 スイムの心臓に光と氷が浸透し広がり、『終幕への仮剣』(ラストセイバー)がスイムの全身を光へ浄化していった。

 

「なんですか、それ……あなた、光の人のこと好きすぎでしょう……結局「光」が理不尽だっていうことじゃないですか…………」

 

 諦めたように、呆れた表情をした後、スイムはなぜか口元を綻ばせて笑んだ。

 

「死ぬのは嫌ですし、まだまだ気持ち良くなっていたい気持ちもあるんですけど~……あはっ。負け犬さんに貫かれるのは、なんだか、今まで生きてきた中で、一番、気持ちいいです~」

 

 瞳を潤ませ頬を染め、恍惚に塗れた表情は恋する乙女のようで。

「満足するなよ。外道が」

 お前のような邪悪は、できるだけ長く苦しんで、不幸の限りを尽くしてから、消えろよ。頼むから。

 

 懇願空しく、スイム・スーという一人の女は、満足そうに死へと身を(やつ)した。己の殺した者たちと違って、死体は残らず、跡形もなく。

 

 

 

 

 スイムが消滅した後、何百人もの人間の死体が大地に投げ出された。あの女風に言うのなら、貯蔵されていた芸術作品たちが。

 確かにどの死体も見てくれだけは綺麗で、それが(むな)しく(おぞ)ましく、悲しい。

 

 その中には、わたとリリュースもいる。今、俺の目の前に、空乃咲(そらのさき)わたとリリュース・ローグインパネスが並んで安らかそうな表情を浮かべ、眠っていた。いつまでも愛おしい、スカイブルーと栗色が。

 

 俺の安らぎだった女の子と、俺を救って(再起させて)くれた女の子。

 

「わた……リリュース……」

 

 俺は、ようやく二人を取り戻した。――死体の、だけどな……。もう、遅いんだよな。

 

 今更だ。助けたなんて言えない。救えただなんて言えない。今はすでに負けた後でしかなくて、勝利の高揚も、僅かすら湧き上がってこないんだ。そもそも俺に本当の勝利はありえない。二人を殺された時点で。

 

「ごめんなさい……まもれなくて(弱くて)、ごめんなさい…………」

 

 いつの間にか、頬を熱いものが濡らしていた。俺は戦闘中何度も情けなく泣いたから、いつのものかはわからない。

 けれどやけに、渇いていなくて、今も熱い。

 

 肩に、手が置かれた。

 硬くて、頼もしい手。修司の手だ。

 

 それから、俺が二人の前から動けない間、親友はただそばにいてくれる。

 

 なにも言わないでいてくれたのが、脆い俺の心には、暖かかった。

 

 

 

 もう、わたとリリュースの声は、聞こえない。

 

 

 

 


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