負け犬は光のヒーローをあがめる   作:ソウブ

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14 合体超越人

 

 

 

 深夜11時40分。

 真徳高校のグラウンドでは「2VS1の聖戦」が始まろうとしてた。

 

 

「なあ」

 

 土の男。土屋が息も絶え絶えに(・・・・・・・)。心底不可解そうに顔を歪めていた。

 

「地球の中心に行ったなら、死するが条理であろう。貴殿(きでん)は人ではないのか?」

「……そうだね。僕は人じゃないのかもしれない……。何度もその頭のおかしい人を見る目――いや、化け物を見る目をされてきた」

 修司はごく僅かだけ寂しげに、決意の色を瞳に湛えていた。

「だけど、僕たちは属性司者(ファクターズ)だ。全員、人を逸脱してるよ」

「――その通りであるな。我も蘇生を目指す修羅、人ではないのかもしれぬ」

「実際、今の君は……」

 

「ああ、朝起きたらこうなっていたのだ……」

 

 土屋の二メートル近いガタイの背から、華奢な女性の体が生えていた(・・・・・・・・・・・・・・)

 

「そうちゃん……」

 土屋と一体化した女性は、彼の幼馴染である黒羽(くろは)だ。死者であるはずの彼女は長い黒髪をだらんと垂らし、自分の(へそ)の辺りから繋がった土屋()を労わるように見つめている。

 

 

「あれは、なに……?」

 

 この場にいるもう一人の属性司者へ修司は視線を向けた。

 

「一度死んだ君が舞い戻ったことでバグが生じたのか、中途半端に儀式の到達点が顕現している、ぽいね」

 風の男。ガリオン・ルークスは飄々(ひょうひょう)と答える。

 

「対戦相手が二人なのもそのバグのせいかい?」

「いいや、ヒーローくんが一度土屋さんに負けて、エネルギーが予定より多く充填されたんだ。だから残りの必要エネルギー量が少なめになって、一対一で君と戦う必要が無くなった」

 

「ルークス、だったよね」

 修司は孝から聞いていた風の名前を呼ぶ。

「このバグは、君にも何か起きているの?」

「起きていないよ。抽象的な願いに影響はないみたい。今残っている属性司者で物理的な願いを持っているのは土屋さんだけだからね」

 

 だから、「体」を持つ想い人を求めた土屋の願いだけが、中途半端な蘇生だけが、成ってしまっている。

 

 

「そうちゃん、もうこんなこと止めて……」

「黙れ。喋るな」

 

 土屋は再会を完全でなくとも果たしたというのに、煉獄の業火に焼かれるが如き苦しみを味わっていた。

 そう、願いの顕現は中途半端なのだ。

 

「そうちゃん、もう戦わないで……」

 

 まだ蘇生を果たしたわけではない、だが黒羽の、本音の声は確実に聞こえる。

 

「だから、なにも、言うなと言っているッ!」

 

 取り戻したい対象(ヒロイン)からの救わなくていいという声が、土屋の精神を追いつめていた。

 

 蘇生される本人が望んでいなかろうが関係ない。土屋は今まで本気でそう思って来た。けれど強固な決意も。すぐ(そば)で本人から懇願され続けることで少しずつ揺らいでいった。

 信念は変わらないまま、精神だけが摩耗していく。

 彼は、限界寸前だった。

 

 蘇生に向かって邁進する修羅はもういない。

 

 いるのは、蘇生士(リヴァイヴァラー)の成れの果て。

 

「それじゃ、始めよっか」

 

 風の軽い宣言と共に、今宵の聖戦は開始された。

 

 

『世に燻る源よ、属性の()に至れ、我ら自然の体現者』

 

 聖なる戦場を風が通り抜ける。

 

『ボクは気ままな旅人。何者にも縛られず、風の向くまま気の向くまま、思想さえ変化させ続け、世の苦楽を漂い続ける。

 仙人のように、ただ穏やかに在るだけの生を送る者。

 ボクは自由な風旅人(ライゼンデ)

 

 ――そう気取っていたのは、過去のこと。

 信念は、ただ一つ。ボクがいる場所は、定まった。

 今の己は、友の幸福をこそ望む者である』

 

 風が柔らかく、されど吹き荒ぶ。

 

属性神(エレメンタル)――気ままな風は友を知り仙人の先へ至る(リベルテヒッツェシュライアー)

 

 エメラルドグリーンの聖鎧がガリオン・ルークスの全身へ装着された。土屋も土色の聖鎧を、修司も純白の聖鎧を纏う。

 

 仮面のヒーローの様な姿形(すがたかたち)の存在が三人、ここに揃った。されど本物のヒーローはただ一人。天谷修司のみ。

 

 疾風。

 

 気づいた時には、修司は殴り飛ばされていた。

 

 ルークスが修司の反応速度を上回る動きで急迫し、風を逆巻かせた拳を命中させたからである。

 

 このファーストアタックに修司は内心驚愕した。

「光速よりも速い風って、なに?」

 移動速度と反応速度は別とはいえ。

「ボクは風の究極、「速度」特化なんだ。光という「概念」に特化したヒーローくんよりも速いのは当然だよ」

 

 修司が光速で光の一撃を振るおうとした時には、ルークスは攻撃範囲から風だけを残し去っていた。

 

「反射速度だけじゃないよ。光速で動いた後でも、ボクは捉えられない」

「そうみたいだね」

 

 修司の聖鎧にまた風の拳が突き刺さる。今度はカウンター気味に修司は反撃を繰り出した。

 だが彼の足元が崩れる。

 修司の光は風に届かず空ぶった。

 

 土屋が地面を操作したのだ。修司がルークスの対処に追われている隙を突いて。 

 

 修司の光は今までなにものをも打ち砕いてきた。

 けれどそもそも光が届かなければ、なにも打ち砕けはしない。

 

 風と土のコンビネーションに翻弄され、修司は削られていく。ルークスは幾度もヒット&アウェイで攻撃と離脱を繰り返し、細心の注意を払って修司へ堅実にダメージを与えている。

 土屋のサポートもあり、確実にヒーローの聖鎧は傷ついて行き、(ひび)割れ剥がれ落ちていった。

 

「このまま削れ死ね。蘇生の糧となれ正しきヒーロー」

「そうちゃん、そんなに苦しんでまで戦わなくていいの。私はこんなの嫌だよ」

「黙れ! 黙ってくれ! 頼むから……。今()を苦しめているのは、黒羽だ」

「そうちゃん…………」

 

 意気消沈したように土屋の背中から生える黒羽(ナニカ)は黙る。

 

 

 ダメージが蓄積し続け、聖鎧が四割ほど砕けピンチに陥った修司は――。

 

 当然のように覚醒した。

 

 対処できない攻撃を受け続けながら、ヒーローは怯まない。攻撃(動き)が中断されない。まるでゲームのスーパーアーマーのように。

 修司の全身は光り輝き、手に収束する光の属性神は全てを打ち砕く。

 

 風と土(二人)の力を合わせた技術の()は、光の力技によって木っ端微塵に蹴散らされた。

 

 ルークスの神速は覚醒の拳に捉えられ、余波の衝撃波に土屋も吹き飛ばされる。

 

 あっさりと協力技を破られ、ヒーローの敵は二人とも倒れ伏す。

 

「ははっ」

 ルークスは、笑うしかなかった。

 

 修司は追撃せずに二人を見つめる。修司は、考えごとをしていた。

 

「…………なんだ? 蘇生を否定したげだな。今の我を見て、不幸になるだけだと、悲惨な末路を迎えるだけだと、間違っていると言いたいのだろう?」

 

 恨めしげに地べたから顔を上げた土屋が光を睨み上げる。

 

「いいや、そんなこと思ってないよ」

 

「嘘を吐くな!!」

 

「嘘じゃない。僕はその純粋な願いを否定しない」

 

 土屋は、悲痛(・・)に顔を歪めた。

 

 

「――――否定してくれよ!!」

 

 

「「それでも」と言って、意志を強く持つことができないじゃないか!」

 

 そう、否定とは試練なのだ。そして試練を乗り越えることで人は覚醒し強くなれる。

 常道(じょうどう)に背く土屋が心を強く持ち抗っていく為には、定めた敵への反骨心が必要だった。

 だがそもそも試練が与えられなければ、人は強くなれない。土屋は今の苦境に、強く在れない。

 

「だから、否定しろよ英雄」

「しないよ」

「否定しろォォオオッッッ!!」

 

「しない。どれだけ間違っていようと、貴方は、黒羽(その子)に逢いたいんだ。だから苦しんでいるんだよね」

「――――」

 

 土屋は絶句した。

 

 すべて解っている優しさに。それでも立ち塞がる光に。

 

「なら」

 

 沸々と強い、強い強い赫怒(かくど)が噴出した。

 

「邪魔するなよォォォオオオオオオッッッッ!!!」

 

 

 その赫怒と執念が、土屋に今生最高の覚醒を果たさせた。

 

 

『怨敵光・英雄殺しの嵐』(ズィーゲルソー・テンペスト)

 

 

 地面()が弾丸を作るように、細かく無数に浮き上がった。

 

 礫弾の数の暴力(大軍団)が、究極の一(修司)を襲う。

 

「ぐっ……!? ぐ……」

 

 修司はなぜか防御も回避も失敗し、動こうとする度に被弾していく。一回の被弾ごとに聖鎧が砕けるどころか、内臓が破裂し骨が砕けた。

 

 一弾一弾の出力が、度を超えている。

 

 土屋の全身から血が噴出。普段の全力を越えた出力上昇に身体はぐずぐずに崩れ、命が湯水のように消費されていく。

 

 正しき光を潰す為だけに、土屋創(つちやそう)のすべてが費やされていた。

 

 今までの何百倍もの出力と命中率は、土屋の覚醒を果たした全霊だけが理由ではない。

 

 風が、土の弾丸の速度をさらに上昇させ、ルークスが修司の初動を読んで、光の力を発揮される前に弾を命中させているのだ。

 

 即座に完璧の技で合わせるガリオン・ルークスは、サポートの天才といえるだろう。

 先程も土屋がサポートに徹していたように見えたが、違ったのだ。

 誰かと合わせる天才(・・・・・・・・・)のルークスが、土屋がサポートしやすいように立ちまわっていただけなのである。

 

 執念覚醒と最上級のサポートにより、先までとは別物の域としかいえないほど威力が昇華されていた。それは異能を扱う者達の常識すら遥かに逸脱しているほど。修司がダメージを無視して覚醒することは不可能だ。上がり過ぎた威力は覚醒疎外の概念すらも付与させている。光の前進(スーパーアーマー)は、破られた。

 

 どれだけ追いつめようと何度も覚醒し立ち上がるのがヒーロー。

 真正面からの出力勝負では、ヒーローの敵となってしまった者は敵わない。

 ならば。覚醒する余地を与えなければいい(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 覚醒を許さない。光を赦さないという執念が 覚醒封じを為していた。土屋の覚醒によって(・・・・・・・・・)

 

 

 ヒーローの覚醒は、絶対に不可能だ。

 

 光の属性神では、この状況を打ち破ることは叶わない。

 

 このまま天谷修司が負けるのは順当、当然、現実。

 

 

 ――ああ、だが、それで?

 

 なにがあろうとヒーローは諦めない。

 

 諦めないヒーローは、絶対に勝つのだ。

 

 

 修司はまず、(けん)に徹した。急所を護りながら。

 礫弾(れきだん)の動きを見る。自分が動こうとした時に、どこから、どの程度の速度で、どのぐらいの威力で飛来するのか。

 

 どこからは、どこからでも。空に浮かんだ土塊(くちくれ)からでも、足元の地面()からでも、全方位から。

 速度は、神速。

 威力は、こちらが被弾を無視して光の力を発揮できないほど。

 

 言葉だけでなく、感覚で学んでいく。

 

 修司は礫弾に対する動きを軌道修正していった。

 

 一歩どころか一ミリずつ、だが確実に動きを洗練させ技を磨いていく。

 

 動きを潰す為の攻撃へ対処する技術を、見出し研ぎ澄ましていく。

 

 すると、少しずつ礫弾を逸らせるようになってきた。

 

 修司は無数の弾に蹂躙され、血を垂らし続ける肉袋のようになりながら、覚醒ではない「技術」を、戦いながら体得していく。

 

 こちらの攻撃の隙を突く攻撃に対応する逸らし技、または攻撃の意思を騙す読ませない動き。微々たる速度で形になっていく。

 

 修司(ヒーロー)は、戦いながら成長していた(・・・・・・・・・・・)

 

「馬鹿な、戦いながら成長するなど、漫画だけの話だろう!?」

「もうわかっているはず。僕は物語の英雄(ヒーロー)を体現する存在だ」

 

 死線の中の、爆発的な超短時間成長。それは天性の才が為せることだった。覚醒ではない、属性神など一切使っていない。天谷修司という人間一人の力。

 才能と、今までの血を吐き続ける努力、さらに土屋と同じく己の在り方への執念が、ヒーローをヒーローたらしめていた。

 

「だからその英雄(ヒーロー)を斃す為の技なのだよ、これは!!」

「それでもヒーローは、負けない」

 

 光はすべてを打ち砕く。

 

 引き絞った光の拳を、修司は撃ち放った。

 

 当然のように土屋とルークスは倒れていた。もう彼らに立ち上がる力は残されていない。

 

 

「…………どうして、殺さない?」

 

 土屋は疲れ切った声で問うた。

 

「ずっと、考えていたんだ」

 

 そう、修司(ヒーロー)は考えていた。

 

「価値観を見直し続けることが重要だって、気づいたからさ」

 

 (親友)を見て、ただ大切な人を護る為に敵を倒すだけの自分に、違和感を覚えた。

 正しさに苦しんでいる弱き人が、親友になったから。

 

「孝のことを優しい気持ちでちゃんと考えたら、さ」

 

 もう戦いたくないと嘆く親友の思いを受け止めたら、相対する敵も親友と似ていることに気がついたから。

 

「僕はこのまま、あなた達の命を奪うのは、嫌だと思っている」

 

 もう何人も悪を殺してきた。大切だと思った人を護る為なら斃すことを躊躇わなかった。今さらだと罵られるだろう。けれど、別の結末を望みたい。

 

「なら、どうするというのだ。我は黒羽の蘇生を諦めなどしない。目的が競合するのなら相手を潰す(殺す)しかなかろう」

「わからない。今から考えるよ」

「そんな曖昧な考えでどうにかなるとでも思っているのか。そうしたいのなら、手段を用意しろ。でなければ誰も納得しない。我は、納得しないぞォ……!」

 

 土屋は濁った恨めし気な目でヒーローを見た。

 

「貴殿は誰かを殺す、目を焼く光にしかなれはしない」

 

 嫌いな相手へ、お前は度し難い(悪い)存在にしかなれないと、呪詛を吐いた。

 

 まだ道は、見えない。

 

 

 

 

 ――俺はまだ、サンドバッグだった。

 ダーシウムの恨みが晴れるまでぶつけられ続けるのだろう。晴れるのかは知れないが。

 

「ぐっ……あぁ……」

 

 このまま俺は、同類に極楽浄土へ送られるのか。

 

 ――――!

 

 負け犬にはお似合いの、末路なのかもな。

 

 ――――ねえ!

 

 でも、死にたくねえなあ……。

 

 ――――ねえってばっ!

 

 極楽浄土、本当に在るのかよ……在ってくれよ……。

 

「――――小指!!」

 

「は」

 

 夢中が、俺に向けてずっと叫んでいた。

 完全に夢中の言葉を意識から遮断していたから、小指を出されるまで気づかなかった。

 

「たたくん!」

 

 たたくん言うな。

 …………?

 その呼び名は、空乃咲わた(俺の幼馴染)しか呼んだことはないはずだ。

 

「私、わたちゃんとリリュースちゃんだった!」

 

「――は?」

 

 夢中がなにを言っているかわからない。

 

「早くしないと死んじゃうから! わからなくていいから力は受け取って!」

 

 なにもわからないまま、強大な力だけが送られてくる。

 

 とりあえず死を忌避するままに後ろへ跳んで離脱した。

 

「たたくんが死んじゃいそうって思ったら、記憶戻ったの。というより記憶なんて最初から私には無かったの。私はわたちゃんとリリュースちゃん二人に創り出された存在だから」

 

「その前に夢中にそう呼ばれるのは違和感が凄い。やめてくれ」

「はい、高山くん。それでわかった? 私がわたちゃんとリリュースちゃんとほぼ同じ人だって」

「いやわからないし、突然そんなこと真実ですって突きつけられても飲み込みづらい」

「ええー」

「ええーじゃない。突拍子がなさすぎる」

「でもとりあえず私からの力は受け入れてこの場は勝とう? 私わたちゃんとリリュースちゃん、二人分の巫女の力使えるようになったんだよ」

「まあ、それは、本当みたいだな」

 実際、俺の氷の属性神は、自分の力とは思えないほど強化されている感覚がある。

 

 ここで、今の状況を切り抜ける力を否定してただ死んでいくよりは、信じた方がいいだろう。とにかく夢中がわたとリリュースからの贈り者であるという前提で考えていこう。今だけは。

 

 ――――色々と、予感はしていたしな。

 スイムと決着をつけたあの時、わたとリリュースの死体は、なぜか他の無数の死体と違い粒子となって夢中の体に入って行ったのだから。

 恐らくあれが夢中の記憶というか、自覚に繋がったのだろう。多分。取り戻した二人の巫女の力が、夢中に帰ることで。

 

 けれど俺は、修司以外の希望なんて持ちたくなかった。

 だから今まで死体が消えた光景を忘れようとしていた。

 希望なんて持ってもすぐに裏切られるだけだと思ったから。

 修司以外には、いつもそうだった。

 期待を裏切らずに俺へ光を魅せてくれたのは、修司だけだった。

 

 だけど、信じていいのだろうか。

 

 夢中は、わたとリリュースだって。二人の意思が宿った、大切な女の子だって。

 

 小指を壊死させられても怒らない異常な寛容さは、俺の絶対的な味方となるように、わたとリリュースが創ったからなのかもしれない。

 異能バトル(変なこと)に拘っている異常者なのは、二人が頑張っても完璧に理想の少女を創り上げられたわけではないからなのかもしれない。夢中も後天的に得た趣味だと言っていたし。生命創造は禁忌の域に達している難易度だから。

 

 実際夢中が来てからの俺は、前より明るくなった。重く真面目(シリアス)にしかならないはずの感情が、心が軽くなる明るさ(コメディ)に変化した。

 

 それはすべて、俺の幸せを願う二人のおかげだったんだな。

 

「夢中は、わたとリリュース(彼女たち)なんだな……」

「おっ、信じてくれた?」

「いいや、信じていない。今だけはそう思って、浸ってみているだけだ」

 

 夢中のことをずっと奇妙な人間だと思ったのに、なぜか一緒にいて落ち着いたのは、心の芯が暖かくなっていたのはそういうこと。だと思うことにする。

 

 彼女たちの、夢の中。そして、俺の夢の中。

 幸せな過去の続き。

 わたとリリュースと共にありたかったという願いを、夢中麻奈は体現しているのだと。

 

 

『星屑に堕ちた氷剣士』(ノヴァグラース・セイバー)

 

 

 すべて凍てつかせる氷の剣が、この手に現出した。修司から授けられた聖剣と違い、光は宿っていない。ただの、氷の剣。されど敵を討ち倒す力だけは、俺の元の力と違って確かと在る。

 

 一度剣を振るえば、氷色の残光を()きながら氷刃は、なにものをも防御する鈍色のオーラを凍てつかせ、砕け散らせた。

 この剣に触れたものは、能力ごと凍てつき活動を停止する。不定形のオーラだろうと構わずに。

 

 もう一度振るえば、浮遊する四角い金属の破片が凍りつき落下していく。

 

 ダーシウムも回避していないわけではない。技量は俺よりも上のはずで、されど俺の刃はダーシウムに届いている。

 わたの巫女の力で出力上昇しているだけではない。リリュースの剣技も、俺に宿っていた。

 

 この力すべてに、わたとリリュースを感じる。錯覚だろうけど。

 だけどこうも思ってしまう。俺はもう、救われていたんだ。いつの間にか。夢中と出会った時点で、と。

 

「救われてるんじゃねェェエエエエェエエ!! てめえ全然不幸じゃねえよ! 自分の女取り戻せてんだからよォオ!!」

 

「そう思い込んでるだけだ。(ひが)むことないだろう」

 

「ふざけるなァア!!」

 

 悲痛な妬み(そね)み。ダーシウムの顔は様々な悪感情が混ざったように歪んでいた。

 

 俺には関係ないと、あんなのただの八つ当たりじみた醜い嫉妬だと斬り捨てればいい。

 ああ、でも。その苦しみを俺はよく理解できてしまうから。

 

 真実、俺はダーシウムよりも不幸じゃないのかもしれない。不幸度なんて、人と比べるもんじゃないって、わかってはいるけど。

 今の俺は、認めたくはないが、幸福な部類の人間なんだ。

 だからって、ダーシウムに合わせて自分も同じ度合いの不幸までまた落下すればいいというものでもない。悪行を伴う行為を見過ごし、なにかを譲ればいいというものでもないんだ。

 俺は殺されてなどやらない。お姫様も殺させない。

 

 だけど。だから敵対するお前は不幸になって死ね(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)などと、どうして似たような状況にいた俺に言えるだろう。

 

 そんなの、悲しすぎる。

 

 鏡の向こうで未だ苦しんでいる自分を見ているようで、辛い。

 

「その目で俺を見るなァ……」

 

 ダーシウムは全霊の殺意を向けてきた。

 

「殺してやる」

 

 先までのように俺を痛めつけ嬲る余裕は見られない。ただ俺に消えてほしいのだろうと、血走った悪意と殺意から、理解した。

 

 

『世に燻る源よ、属性の()に至れ、我ら自然の体現者』

 

 それは、苦しみの末に、闇の底から出でる悪意だった。

 

『苦痛よ消えろと叫ぶ。されど気づいてしまったのだ。

 苦痛の無い世界など存在しない。()へ向けた行動は苦痛と切り離せはしないのだから。

 ――嗚呼(ああ)、嫌だ、(いや)だ、(いや)だ。 

 故に罪と辛苦(しんく)に塗れた(すべ)てよ、闇に()せ。

 意識、感情(かんじょう)、総じて無に落とされれば、苦しみも共に殲滅される。ならば己は望んで敗走者と成ろう。

 

 だが、やはり許せない。

 

 楽園は在る。信じさせてくれ。真実であってくれ。事実であってくれ。救済よ、救済よ。

 光よ』

 

 それでも未だ己の希望を諦められない負け犬よ、何と憐れだろうか。

 

属性神(エレメンタル)――闇泥に堕ち、今世よ無に消え果てろ(ドゥンケルハイトシュメルツダウン)

 

 『敗走者』(ヴェルトルーザー)は安穏を求める。その為に、貴様ら死ねよと叫ぶのだ。

 

 黒よりも黒い、漆黒の底色の聖鎧がダーシウムを包み、仮面のヒーローと対峙する悪役のような姿へと変貌する。

 

 すべての色を飲み込む闇色の、泥のような粘性の何かが溢れた。ダーシウムの聖鎧(全身)や周りの空間から。

 

 濁流のように押し寄せる闇泥(あんでい)は、根源的な恐怖を呼び起こす。その恐怖心は間違っていない。濁流はあらゆるものを触れた瞬間から消滅させていったのだから。あれには一瞬でも生身で触れてはならないと、直感した。

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛アァッ!! 痛てェ……! 畜生ッ! 苦しいんだよォ……!」

 

 ダーシウムは属性人(エレメン)を苦しまない為に編み出したと言っていた。それは、相手から痛みを与えられない為だけではなく、自分の属性神が発動しただけで相当の苦しみを伴うものだったからなのか。

 だがそのデメリットの分、闇の属性神は強力無比だ。

 

 『星屑に堕ちた氷剣士』(ノヴァグラース・セイバー)を、リリュースの剣技に乗せて幾度も振るう。

 

 闇泥の濁流は凍りつき砕けはした。だが一部だけだ。必死に氷剣を振り続けていなければ、今にも夢中諸共(もろとも)濁流に飲まれる。津波に大砲を一発撃ち放ったところで意味を成さないのと同じように。

 

「ねえ私の初覚醒なのにいきなりピンチなんだけど!? 私の活躍もう終わり!?」

「これ……出力が本気の修司に匹敵してないか!?」

「当然だ。この力の為に、俺がどれほどの目に遭ったと思っているッ……。

 すべて奪われた……! セリアとはもう逢えることはない。貴様はそこの女を取り戻せているのによォ!」

 

 俺は剣を振り続けるのに精一杯で、これ以上なにもできない。止まった瞬間粘性の闇に呑まれ終わるのだから。俺がなにも言えないのをいいことに、ダーシウムは憎悪に乗せて捲し立ててくる。

 

「他力本願の屑野郎の癖に、俺より先に救われやがって。なにが見ているだけでいいだ。自分で必死になって行動しろ。嫌だから、辛いからって投げだしていいのは餓鬼だけなんだよ」

 ダーシウムは自分にも言っているのだろう。己が駄目人間で、悪で、闇だと自覚している。それでもなお楽園を求めることを誓った愚者、なんだ。

「救われる価値のない塵屑(ゴミクズ)なんだ、俺たちは。けれど救われたい。でも俺は救われていない。なのにお前だけ救われている。おかしいじゃないか。ズルいぞ。ふざけるな。殺してやる。この野郎」

 まるで子供の駄々だ。

「変われないと負け犬気取るならなにも得るなよ。お前は大切な者も勝利も得ているじゃないか。それで負け犬だと? 笑っちまうぜ。中途半端な卑しい底辺人間(ボトムヒューマン)の癖によォッ」

 聞いていられない。 

「俺はなにも得られていない。変われもしない。苦しみ続けている。ああ、妬ましい」

 見ていられない。

 

 お互いの心が、ただただ傷ついて行く。

 ダーシウムは自分が嫌いなのだろう。嫌いな自分に似ている俺も、嫌いなんだ。

 

「お前、悲しいよ。見ているだけで心が痛い」

「憐れむなァ!」

 

 闇泥が、もう抑えられない。

 

「ねえねえどうするのこれ本格的にまずいってばっ!」

 わかってる。でも、どうすりゃいいんだ。

 

 さっきまでサンドバッグにされていた上に、無理をしたから、俺は足を滑らせた。

 俺は光じゃない。瀕死状態でも心の力一つで動き続けられるなんて超越の所業、できるわけがない。

 腕から、足から、力が抜ける。

 

 俺たちは、闇の濁流に呑まれて消え果てるしかない。

 

 

 ――孝。

 

 

 光が降ってきた。

 

 再び氷の剣に宿った光は、携える剣を『終幕への仮剣』(ラストセイバー)へ進化させる。

 

 修司が俺のピンチを察してまた光の力を貸してくれたんだ。遠距離からでも送れるなんて流石修司だ。一度貸してくれたときに属性力の繋がりができたというのもあるのだろうが。

 

 再び湧き上がってくる力を振り絞って、転倒の最中に聖剣を振り抜いた。

 

 (あまね)くすべてを消滅させる粘性の闇泥は、修司の光と夢中の力が合わさった光の斬撃により払われ消滅していく。

 

「また、他人の力かァ!」

「そうだ! 俺が一人で、お前みたいなバケモンに勝てるわけねえだろうが!」

 

 俺は変われない負け犬なのだから、強大な敵に打ち勝てるとしたら、誰かの力を借りたときだけだ。俺のような人間は、自分の力では決して勝てない。

 

「この期に及んで抗うな! 諦めろ負け犬ううウウウッッ!!!」

「諦めてんだよオォッォッッ!」

 

 だから俺は、自分では覚醒できないんじゃないか。

 出力は互角。光の斬撃と闇の粘性液が相殺(そうさい)し合っていく。

 

「諦めてるなら立ち上がるなよォ!」

「立ち上がらなければ、苦しんだうえで死ぬだけだ。自殺も苦痛も嫌だから、俺たちは足掻いているんじゃないか」

 

 二人分の息切れ音が、かつて我が家があった敷地内に響いた。俺の家は、既にダーシウムの闇属性神(エレメンタル)の所為で木片すら残さずに消滅させられている。

 周囲の住宅は聖戦の影響で無傷なのは不幸中の幸いと言えた。

 いややっぱり全然幸いじゃない。俺の家返せ。

 

 決着がつかないまま究極を衝突させ続け、お互い限界寸前まで消耗していた。

 

「もう、終わりにしないか……? 空しいだけだろう、こんな戦い」

「貴様が死ねば終わりにしてやる。こんな戦いでも俺には意義があるんだ」

 

 このまま今の状態が続けば、最低でも俺かダーシウムのどちらかは死ぬ。悪くて共倒れだ。

 

 俺は、勝てたとしてもダーシウムを殺せるのだろうか。殺さずに倒す余裕も力も、俺にはない。

 

 けれど多分、俺はダーシウムを殺せない。俺が殺したことがある相手は、既に死ぬ行く定めの状態だった敵(ライバルト・グンダレン)と、自分と因縁のあり過ぎた邪悪(スイム・スー)のみなんだ。自分と似ている一人の人間を、殺せはしない。殺す命の選別なんて傲慢なのだろう。けれど、その瞬間が来たとして、殺す為に身体が動いてくれるとは、どうしても思えない。

 

 

 突然、ダーシウムの様子が変わった。

 

 

「ハ、ハハハハハ……」

 

 ダーシウムの体に()が纏わり逆巻き、緑色の光に包まれていた。

 

「てめえの天谷修司(希望)、目の前で潰したらどんな顔してくれるんだろうなァ」

 

 ダーシウムは、本気で修司(ヒーロー)を殺せると思っているようだった。

 

 

 

 

 ――――ガリオン・ルークスは過去、属性管理教会に対する反逆組織に所属していた。

 特に教会へ恨みがあるわけでもなく、風の向くまま気の向くままを信条とする彼の、その一時(ひととき)だけの居場所に過ぎなかった。

 

 そうしてガリオンは、運命と出会う。教会にスパイとして潜入していた彼の前に、闇が降り立ったのだ。

 

 血の涙を流しながら教会の属性使いを、蟲を潰すように容易く殺していく闇の男。

 その男こそが、ダーシウム・ローレンスだ。

 

 ダーシウムは自分のすべてを奪った組織を調べ上げ、たった一人で壊滅させようとしている。

 

 ガリオンはダーシウムの境遇を知っていた。潜入中に情報収集は欠かしていなかったから。情報としてダーシウムの過去を見た時には、ガリオンの心に大した波風も立ちはしなかった。戦争ならば、裏社会ならばよくある不幸だろう、と。

 

 けれど目の前で実際のダーシウムを見て、ガリオンの心は嵐のように揺れた。

 

 悪を殺す悪鬼と化した男の慟哭と闘争に、魅入る。

 

「なんて、悲しい人なんだ……」

 

 不純物の()じらない、ただ「苦しみたくない」という一念に純化された精神は、異端のレベルまで突き抜けていた。

 常人ではどれだけの理不尽に遭い絶望に落とされても、こうはならない。必ず他の考えも纏わり付く。後悔や、このままでいいのかという迷い、他にも様々な考えが浮かんでは蝕まれるのが人間だ。己からすべてを奪った存在に復讐するところまでは誰でも到達すれど、苦痛を忌避する一念のみの存在などという人を外れたナニカになど、普通はならない。

 

 それにガリオンは一種の感動さえしてしまったから。

 

「ボクが救わなければ」

 

 ガリオン・ルークスはダーシウム・ローレンスの味方になると、決めた。

 

 それが、今までの人生で最も感情を動かされた彼の、今後の指針となる。

 

 この瞬間、ルークスは風の属性神へ選ばれた。

 

 まずは面と向かって出会い、友となろう。それからは、親友を救う為にはあらゆる行動も辞さないようにしようと、今後の在り方を軌道修正した。

 風の向くまま気の向くままを信条としていたルークスの、風向きが変わったのだ。

 

 

「――だからボクは、友の礎となろう。さあ、ダーシウム、何処(どこ)までも目的に向かって、風に乗って飛んで往こう」

 

 ルークスが、土屋が、ダーシウムが緑色の不定形(風のオーラ)に包まれ、飛翔した。

 

「さあ『合体』だ。ボクらの友情パワー、見せてやろうぜ」

 

 真徳高校の敷地上空で、緑色の光が三つ集まり、重なって一つとなった。

 

 

『合体』(フュージョンテオス)

 

 

 此処(ここ)に三人の属性司者(ファクターズ)が合体した究極の属性司者(ファクターズ)が一人、誕生する。

 

 

『三位属聖』(トリニティ)

 

 

 ダーシウムが装着していた漆黒の鎧は、光の敵になる意思によりそのまま。風色と土色のオーラを極大の威圧感と共に纏う、三属性の頂点を掌握した超越人の中の超越人(スーパーウルトラマン)

 

 

 ルークスが為したのは、属性神の合体。融合。

 

 誰かと合わせる才が突き抜けているルークスが、願いがない自分の、姫墜劇達成で叶える願いを前借りする形で手に入れた力だ。

 これは土屋の黒羽()が曲がりなりにも蘇生されているバグと同じ。儀式達成目前だからできたことである。

 孝とダーシウム、修司とルークス&土屋。先までの状況は、二つの戦いのどちらの聖戦参加者も命が危うい状態になっているという、土屋のバグが発生した時よりも儀式達成目前の状態だった。

 

 救済などの曖昧な概念すら叶えてしまえる姫墜劇の力は、目の前の敵を倒す力を授ける程度(・・・・・・・・・・・・・・・)の願いなら、相性さえよければ前借り可能だった。本来のやり方を無視している以上、合体しなければならないなどの面倒な手順は必要になってはくるが。

 さらに失敗すればどうなるかも未知数で、肉塊が混ざったキメラになる可能性もあった。けれどルークスは友の命が危うくなったのを風で感知し、事前に話し合っていた最後の手段を敢行したのだ。

 

 結果、合体は成功し、光のヒーローを斃せる力を願望器から授けられたのだ。いや、ガリオン・ルークスが友情の為に命を賭し掴み取った力である。

 

「さあ、最終決戦と往こうじゃないか」

 

 

 


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