負け犬は光のヒーローをあがめる   作:ソウブ

15 / 16
15 Savior

 

 

 

 俺の目の前でダーシウムがいきなりエメラルドグリーンの光になって飛んでいったと思ったら、なんか、物凄く強そうになって空に浮かんでいた。闇の属性神を解放した時よりも、さらに遥か上だと感じるほど。

 

「なんだよ、あれ……」

 

「友情で強くなるのは光側だけの特権じゃないってことさ」

 

 場所は遠いのに、ルークスの声は良く聞こえた。ダーシウムに見える漆黒の聖鎧から、ルークスの声が聞こえたんだ。

 つまり、さっき詠唱で口にしていた通り合体した、ということか。

 いやわからん。

 けれど、そうなっている、のか。

 とにかく俺は学校へ向けて走り出す。夢中もついてきた。

 

「今こそ、蘇生行脚(あんぎゃ)の終着点へ」

「光を殺し、高山孝を絶望させ、俺は楽園へ至る」

 

 一人の属性司者から三人の声が発されている。精神は独立して存在しているのか。そんなのでまともに動けるのか。動いた。

 

 『三位属聖』(トリニティ)は聖鎧から闇泥を、修司目掛けて放出した。それも光速を越えた概念速度「神速」で。

 

「――っ!?」

 

 瞬間移動を越えた速さに、修司は為す術なく直撃を受けた。

 

 瞬時に消滅即死の闇がヒーローの命を奪――わない。

 修司が光で消滅の力を食い止めているからだ。だが命を奪う消滅は今も獰猛(どうもう)に暴れ続けている。

 

 最初の一手で、修司は常に消滅が浸食する中の死闘を強いられることになってしまった。

 

 

 神速の闇泥は、神速を保ったまま幾度も射出される。

 

 修司は死浸食の最大最悪のデバフに耐えながら覚醒。

 漆黒の粘性液とぶつかり合いながら飛翔、ダーシウムたちへ急迫した。

 

 数十メートルはある土の塊が複数修司の周りに浮かび、移動を制限され、その隙へ粘性液は飛び込み、びしゃっと音を立てて命中した。修司はまた死へ近づく。

 

 されど光は覚醒し、『三位属聖』(トリニティ)の目の前へ至った。

 

 光纏う拳が、闇纏う拳が、振るわれる。

 光と闇の衝突は、互角の破壊力を撒き散らす。

 

 そう、互角。光が覚醒した一撃へ正面から挑んで、敗北するどころか押されもせず、互角。

 

 修司は食らいつく程度(・・・・・・・)のことしかできていない。

 

 

『三位属聖』(トリニティ)の性能は、今まで出会った超越者たちが只人に思えるほど常軌を逸していた。

 

 奴らの戦法は俺が見た限り、触れただけで消滅せしめる闇泥を、光速を越えたもう何が何やらわからない概念速度で、周りの環境を操作し妨害しながら命中させて殺す。というもの。

 

 必殺の一撃を誰よりも速く命中させれば勝てるという、机上の必勝戦術を現実とした形態。

 

 馬鹿げているにもほどがあった。

 そもそも光のヒーローが食らいつく止まりでいる時点で、今のダーシウムたちは最強の域へと達している。

 

 修司(ヒーロー)だから、まだ生きているんだ。俺だったら『終幕への仮剣』(ラストセイバー)を持っていたとしても、さっきの初手で消滅させられていただろう。

 

 

 『三位属聖』(トリニティ)は修司と拳が衝突した際に発生した衝撃波を利用して距離を取ると、また闇泥を神速射出した。

 

 修司は光を輝かせ対応するが、風が吹く。

 

 属性神の風は闇泥を飛散、拡散させ、修司の周りに無数の黒滴(こくてき)がばら撒かれた。この一滴(いってき)一滴が触れたものを死に至らしめる雨雫(あましずく)だ。

 死の豪雨(スコール)が神速で降り注ぐ。修司へ向けて全方位から。逃げ場はない。

 修司は先に射出された闇泥へ光を行使した瞬間だ、タイミングをずらされた修司には回避する時間も再び光を輝かせるまでの時間もありはしない。

 

 だがそんなことは彼に通用する現実(理論)ではないことは、ここに至っては聖戦に関わった者達周知の常識だ。

 

 覚醒し、修司は己の肉体の可動域も、力の発生機構すらも超えて、光を拡散させる。

 

 まるで、拳を振り抜いたと同時に反対方向へ同じ拳で振り抜くような物理無視のリアルが、死のスコールを殲滅した。

 

 すごいぜ修司。今の技には『(つばめ)返し』と命名しよう。

 

 

 回避不能の攻撃が間髪入れずに迫り続ける。速度で勝るダーシウムたちは、常に先手を取っていた。

 覚醒しなければ乗り切れない状況ばかりが修司を襲う。

 純白と黒緑茶(くろみどりちゃ)の三色が衝突を繰り返し、夜空に軌跡を描いた。

 

 修司は大地の檻に閉じ込められ、内部は闇の粘性液で満杯になる。覚醒で乗り切った。

 

『三位属聖』(トリニティ)の一手一手が必殺なんだ。

 刹那ごとに覚醒し続けなければ対抗できない。無限覚醒の理不尽を可能にしなければ、最強のラスボスとは戦うことすら不可能なのだと、自分の入り込む余地のない頂上決戦の光景に思い知る。

 修司はこの戦闘が始まってから、少なくとも三桁は覚醒していた。

 

 

 でも、最終的に修司(ヒーロー)は必ず勝つんだ。俺は信じている。

 だから、このままだと確定で、ダーシウムたちは死ぬのだろう。

 

「………………」

 

 ダーシウムは、土屋と違って大切な人を取り戻したい訳じゃない。ただ苦しみ無く安らかに存在していたいだけなんだ。それを薄情と捉える人もいるだろう。実際他人を犠牲にして自分だけ楽になろうなんて屑の考えだ。多くの人はそう思うことは、俺だってわかる。

 けれど俺は、ダーシウムをただ否定して責めるだけではいられない。

 

 ダーシウム(あいつ)は、つくづく俺と同じなんだ。弱くて凡人な負け犬。能力(できること)や辿ってきた運命()じゃなくて、心が、どこまでも俺と同じなんだ。

 むしろ俺よりも軟弱なんじゃないかとすら思う。

 

 そんな弱すぎる人間が真に救われるためには、他人を犠牲にしてまでも起こす奇跡しかないとダーシウムは言った。

 でも、何度も言うがそれは駄目だ。

 

 結局、甘ったれるなってことなのか。

 甘ったれず、強く正しくあろうとしなければ屑でしかなく、強く正しくなければ不幸になって苦しみ続けろ、嫌なら死ね。そんな苦しい結論なんかが真実なのか。

 ――いやだ。俺は、いやだ。

 

 

「ねえ、孝」

 

 

 修司が、極限の集中を強いられている筈の決戦の最中に、俺へ語り掛けてきた。

 

 

「僕に、どうあってほしい?」

 

 

 ヒーローは、己に憧れてくれている未熟者(子供)に問う。

 

 

「どういう結末が、一番光らしいかな」

 

 

 まるで俺の気持ちを察したかのような言葉だ。実際察しているのかもしれない。修司はすごいからな。

 口を開こうとして、躊躇い、少し開き、閉じた。

 

 俺は、迷う。

 今も、僅かでも油断すれば死に落ちる死線の渦中にいる修司へ、子供の我が侭を押しつけていいものか。

 

 頭を抱え、迷う、迷う、迷う。ヒーローに望みを叶えてほしいけれど、ヒーローが心配だから。

 

「私だったら本音をそのまま言うよ」

 (かたわ)らの夢中が俺を落ち着かせてくれようとしているのか背中をさすってくる。その仕草に、俺は亡き二人を感じた。

 

「夢中なら、そうなんだろうな」

 お前は自由だから。

 俺へ寄り添うために支障が出ないように、わたとリリュースが生み出してくれた存在だから、なにものにも縛られはしない。

 だが俺は別だ。俺は現実世界に縛られる一人の人間だ。好き勝手言っていいことと悪いことがある。

 

「ううん、今はそれこそ別だよ。私と同じようにやっていいんだよ」

 

「なんでだよ。一定の年齢を超えた人間が子供の我が侭を言っても、いいことなんて一つもねえんだ。修司以外の属性司者を見ればわかるだろう。大きな子供じみた自分勝手なやつは、周囲に迷惑を撒き散らし害を及ぼすんだ」

 

「普段の日常ならそうかもね。でも今はいいの。向こうから訊いてるんだから、本音を出して言ってあげればいいんだよ」

 

 背をポンと叩かれる。

 

「それに、親友なんでしょ? 言いたいこと言わなきゃ」

 

「孝、君の本音を、教えてほしい」

 

 夢中の言葉か、修司の言葉か、どちらに背を押されたか自分でもわからないまま俺は思いを吐き出していた。

 

「修司、ダーシウムたちを、殺さずに救ってくれ」

 

 ああ、言ってしまった……。一度言ったら、あとは(せき)を切ったようだった。

 

「ヒーローだったら、悲しんでいる人を助けてあげてくれ」

 

 悲しんでいる善人も、悲しんでいる悪人も。

 

「本物のヒーローなら、自分の大切な人だけじゃなく、誰か(・・)を助けられるヒーローに成ってくれ。世界を救える、ヒーローに」

 

 悪に堕ちたなら、殺す。それが正義の光。そういう正義もあるだろう。修司も系統としては悪を殺す正義だった。普段ならそれを格好いいと思うし、否定もしないだろう。

 けれど今この瞬間は、違う。

 

怪人()へとなってしまった者を、殺すだけじゃなく、救ってくれ。

 闇を照らすのが、本当のヒーローだろう。

 ダーシウムも、土屋も、救われたいだけの弱い人間なんだ。

 悪いことをしたから絶対に不幸になって死ななければならないなんて考え方、俺は嫌なんだ。

 ああ、でも、実際に俺へ被害を与えてきたスイムのことは今も赦せないし、実際この手で殺しもしたんだよな。

 少し待ってくれ修司、前言撤回しそうだ」

 

 スイムを、これからも未来永劫赦すことはないだろう。だけど赦せそうな相手だけは、ヒーローへ無理難題を押しつけて救ってくれなんて、それこそ許されないエゴではないのか。

 何度も言うが命の選別なんて人がやっていいことじゃない。

 

 結局目的が相容れない相手とは、どちらかが潰れてなくなるまで殺し合うしかないのだろうか。そんなものが冷たい真実だと、俺に突きつけるのか。

 

 スイムだろうとダーシウムたちだろうと相容れない敵であることに変わりはない。敵ならば倒せ殺せ。それで迷惑なやつらは全員いなくなっておしまい。それが最も望ましい、今回の騒動の結末なのか。

 

 違う。いいや違わない。

 

 現実見ろよ理想主義者(ロマンチスト)のクソガキが。

 

「たたくん!」

「たたくん言うな」

「またややこしいこと考えてたでしょ」

「ややこしいってなんだ。重要なことだ。真剣に考えるべきことだ」

 

「もう! ただ思ったことを言うだけでいいんだから、深く考えずにどうしてほしいかだけ言えばいいの! 高山くんが大好きな修司くんは、それをこそ望んで待ってるんだよ」

 

 見上げると、ヒーローは戦っていた。戦いながら、頷いて、俺を待っていると、示した。

 

 ええい、ままよ!

 

「前言撤回なんかしない。具体的な方法なんてわからないけど、俺が救われてほしいと思った人を救ってくれよヒーロー!」

 

 

 

「わかった」

 

 

 

 親友(修司)親友()の願いに即答してくれた。

 

「僕はヒーローであることを己に課した身。親友のヒーロー感を信じるよ」

 

 光が高まっていく。

 

「僕では、考えてもわからなかった。迷いが芽生えはしても、大切な人を護ることにしか強い思いを抱けなかった。僕は「大切な人を護る存在」として、既に己を定義し終えてしまっているから」

 

 なにかが結実しそうな予感が湧いてくる。

 

「だから僕は、大切な者()が望むヒーロー像を演じる。大切な者の心を護るという理由を携えて」

 

 ヒーローは、ダーシウムたち(救済対象)を見つめた。

 

「大切な者の願いを守るということも、また大切な人を護るということ。ヒーロー()の護る対象に、君たちも今から、入ったよ」

 

 修司は『三位属聖』(トリニティ)へ向けて、綺麗な手つきで指を差した。

 

 

「今から僕が、すべてを救う」

 

 

 修司が仮面の眼に決意を湛えて宣言をした。

 

「うるせえこの傲慢野郎がッッ! 俺を救うだと? 思い上がるな。俺は光になど救われない。自分の決めた方法を貫いて救われるんだ。儀式を完遂することでな」

「我も、黒羽の蘇生以外で救われはしない」

「ボクたちは、このまま進む。救えるものなら、この二人を救って魅せるといいよ」

 ルークスだけは、期待しているような声音だった。

 

 

 修司は考える。どうすれば救えるのだろう。方法はまだ思いついていない。

 具体的な救済方法は頼んだ孝にもわかっていないのだ。ヒーローは、最適解を考えながら死線を進まなければならない。

 

 ダーシウムは、苦しみを感じるのが最も嫌なことなのだろう。

 

 なら、苦しむ感情の消去? それではただの洗脳になってしまう。

 辛い記憶を封印? ただ本人たる所以(ゆえん)を消してしまうだけだ。

 もう苦しまないように命を奪う? それではいつもの悪を殺すことと何が違う?

 望んだ幸せな夢を見せる? (はた)から見たらバッドエンドのような方法でいいのか? 

 

 ならば本当の救いとはなんだ? 苦しみからの解放とはなんだ?

 

 人が救われる要因とはなんだろう。大まかに考えて……三つあると修司は思った。

 自分を苦しめる要因が無くなったとき。

 自分のすべてを掛けられる何かを見出せたとき。

 男女問わず、友情でも愛情でも、この人と一緒にいたいと思える人と仲良くなれたとき。

 他にもあるかもしれないが、修司が僅かな時間で考えた結果この三つが、人が救われる理由の重要要素だった。

 

 苦しむ要因を無くす? ダーシウムはあらゆることに苦しんでいる。ダーシウム以外のすべてを消すことなどできはしない。

 なにかを見出させる? 見出せなかったから一つの奇跡しか頼れなかったのでは?

 

 そこまで考えて、ダーシウムにはルークスという友がいることを思い当たる。

 

 ダーシウムにはルークスがいることを気づかせればいいのではないか? 幸せを願っている友がいることに気づきさえすれば、救われる。のか?

 

 ルークスがダーシウムの為に動いていることは、ダーシウムも既に知っている筈だ。むしろ一番よく知っている筈だ。なのに救われていないではないか。

 

「ダーシウム、ルークスという幸せを願っている友達がいても、考えは変わらない?」

 

 駄目元で口にする。

 

「俺に友などいない」

 

 返ってきたのは零度の一言。

 

「まあボクが勝手に友達のつもりでいるだけだね。どうにか頑張って好きに動くことは許してもらったけど」

 

「俺を想う友だと? そんなことで救われるのならば、一人の少女を犠牲にしようなどと最初から考えはしないッ!」

 

 駄目元で発した言葉は、ダーシウムに反感と怒りしか抱かせなかった。

 

「仮にルークスを友だと思い救われたとしよう。だがそれは光の解決法だ。「友達がいない人は結局救われない」などという、闇に優しくない目を焼く光の結末だ。いけ好かない光のな。だからその結論は許さない。俺に友などいない」

 

 ダーシウム・ローレンスという男は、どこまでもこじれてしまっていた。どのような言葉を並べ立てたところで、簡単に救われなどしない最下層の闇なのだ。

 

「救済者気取ってんじゃねえ。怪しい宗教家にしか見えないぜ」

 

 故に、彼を救う方法はない。

 

 三つの救済要素は土屋にも当てはめて考えても方法に辿り着けないだろう。

 土屋が苦しむ要因は命を落とした妻がいないことに発している、自分のすべてを掛けられると見出した存在は既にいない死人だ。共にいたいと思える人も、その死人だけだ。

 蘇生達成以外で救われはしない土屋も、ダーシウムと同じく八方塞がりの亡者なのである。

 

 されど、方法がない程度で諦めるほど、ヒーローの決意はやわではない。

 

 

 方法(可能性)がなにもないのなら、創り出せ。

「――――――――――――――――――――ッッッ」

 無限の覚醒を重ねた先に、理想の光が、見えた。

 

 

『宿る光よ、属性の先を掌握せよ、己は概念光(がいねんこう)の体現者』

 

 この世の異能の最上級である属性神のその先へ、光の少年が今、初めて手に掛ける。

 

『救いを求める手は無く、救う為の手段は閉ざされ、苦しみに喘ぐ者は闇に生きるしかない。

 しかし己は、救い亡き原罪に塗れたこの世に光を差したいのだ。

 闇に居る者を焼かない光で優しく照らし、なにかを理不尽に奪うという邪悪を(たお)す存在こそ、本物のヒーローだと今は思うから』

 

 この先もなにが正しいヒーローか、考えることを止めず、迷い続けていこう。正しさは一つではないんだ。一つの結論のみではいつかなにかを取り零す。それを親友が教えてくれた。

 ヒーロー道は、終わらない。

 

根源属性神(エレメンタルテオス)――光の英雄がすべてを救う』リヒトユスティーツ・パラダイスロード

 

 さあ、御伽話(おとぎばなし)を現実へ。

 

 ヒーローの聖鎧が進化する。純白に黒色が混ざった新たな装甲が、重量感を増して装着された。

 

 この力にステータス(物差し)などはない。すべてを賭して、すべてを救う。それだけの力だ。

 

 誰もが例外なく光に魅入られ、見惚れていた。

 

『第一の救済』(セイヴァー・ファースト)!」

 

 光のヒーローが揮った拳は『三位属聖』(トリニティ)へ届く。速さ? 技量? 関係ない。ただ、届くのだ。

『三位属聖』(トリニティ)の一翼を担う土屋創(つちやそう)へ、合体しているにもかかわらずピンポイントで概念的に命中した。

 

 土屋は『三位属聖』(トリニティ)から分離され光に包まれながら地面にゆっくりと降ろされる。

 その傍らには、黒羽がいた。土屋の体から生えていた中途半端な紛い物ではない。しっかりとした体を持つ一人の人間として、土屋創の愛しき人は蘇生を果たしたのだ。

 

「そうちゃん……ここどこ?」

「黒羽……!? 黒羽!」

「なんでそんなに、泣いてるの……?」

「黒羽」

「ふふっ……大丈夫だよ、そうちゃん。わたしはここにいるよ」

 黒羽は事故死の瞬間から今の時点に記憶が繋がっている。状況はなにもわかってなどいない。けれど彼女は土屋の背を優しくさする。微笑みながら、安心させるように。

 

「蘇生でしか救われないのなら、ルーの犠牲なしで、僕がするよ」

 

 此処(ここ)に、蘇生は成った。

 

「なんだ、あれ……」

 二人きりの『三位属聖』(トリニティ)となったダーシウムは、目の前の事態を信じることができない。

「あははっ」

 ルークスはまた期待するように笑った。嬉しげに。

 

 川碧唯(かわあおい)修司(幼馴染)へ熱い視線を向け、ルー・リーンバーグ姫は、優しい光を見ていながら、心配そうで複雑な思いが籠った瞳をしている。

 

「うおおおおお! 修司ィ!」

「私今、伝説を目の当たりにしている気がする!」

 空想好きの二人はテンションマックスと大はしゃぎしていた。

 

 

 救済はまだ終わらない。

 

「ダーシウム・ローレンス、次は君が救われる番だ」

「――――やってみろォ!!」

 ヤケクソと期待と反感が混ざった叫びだった。

 

『第二の救済』(セイヴァー・セカンド)!」

 

 ヒーローはダーシウムへ、苦しみからの解放という概念を叩きつける(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 『三位属聖』(トリニティ)の体は完全に分離され、ダーシウムは光の粒子となってこの世界から消えていこうとしていた。

 これは死ではない。望めばこの世に戻ってくることすらできる。苦しい今世(こんせい)に存在することを望んでいないダーシウムに合わせて、(はた)からは消えているようにしか見えない現象が起きているだけだ。

「なんだ、これは……俺は楽園へ行けるのか?」

「行けるよ。君が、望んだ場所へ」

 

「そうか……それなら、いいんだ」

 ダーシウムは憑き物が落ちたように体を弛緩させる。

 

 一瞬だけダーシウムは孝の方を見たが、すぐにどうでもよさそうに目を逸らした。

 

「まだどこかいけ好かねえ気もするが。闇じゃなく光に包まれてるしな。だけど、俺みたいなやつにはこういう身も蓋もない結末がお似合いなのかもしれない」

 

 自嘲するように鼻を鳴らして、最後に零した。

 

「結局のところ、苦しまずに幸せでいられるなら、方法なんてどうでもいいんだしな」

 

 苦しみ続けた負け犬は、楽園へと旅立った。満足そうに笑みながら。

 

 

 

「あれで、良かったの?」

 お姫様が疑問を発露させた。

「ダーシウムが満足できるなら、それがいいのさ」

 ルークスは親愛を込めて友を見送っている。俺もダーシウムが本気で幸せそうだから、この結末でいいと思う。ルークスが俺へ振り向いた。

「やっぱり高山君がトリガーになってくれたね」

「なにがだよ」

「君がヒーローに頼むことで、ダーシウムが救われる奇跡は起こったんだ。だから、ありがとう」

 

 

『第三の救済』(セイヴァー・サード)!」

 

 室一輝(むろかずき)――俺が最初に戦った竜の属性神に選ばれた負け犬も、救われた。と修司が俺に理解させてくれた。

 室は俺に負けてからも、考えを改めてなどいなかった。いつか絶対に川さんを手に入れてやると思いながら家に引きこもっていたんだ。

 けれど今現在、コンビニにカップラーメンを買いに行く道中、空から女の子が降って来る運命的な出会いを果たす。

 川さんへのドス黒い執着などそのうち薄れて消えてしまうほどの、奇跡的に相性のいい少女(ヒロイン)と巡り合えたんだ。これから面白おかしく楽しい非日常でも繰り広げていくのだろう。俺とは一切関係のないところで。

 

『第四の救済』(セイヴァー・フォース)!」

 

 死人であるライバルト・グンダレンですら、救われたのだと俺は知る。極楽浄土で安らぐ、生を渇望する炎だった男を幻視した。

 あれ。

 修司が救うことで極楽浄土にいるライバルトが見えたということは、極楽浄土は、元は無かったということなのか……?

 いや、極楽浄土はある。生きていると感知できない概念的な場所に存在するから、修司がライバルトも救われている様子を俺に確認させるために、覗かせてくれただけなんだ。

 

「孝、これで、いいかい」

 

 そうか。修司は俺が救われてほしいと思ったすべての人間を救済してくれたのだ。この場にいたダーシウムと土屋だけでなく、俺が出会った負け犬たちを。

 宣言通りにすべてを救ってくれたヒーローの背中は、眩しかった。

 

 ああ、ヒーロー。君は本物のヒーローだ。俺のヒーロー。

 

halleluiah(ハレルヤ)…………」

 

 こうして姫墜劇(プリンセスサクリファイス)は終演を迎え、平和が訪れるんだ。

 

「ヒーローというより、神様みたいだね」

 

 夢中がなにかを(のたま)っていた。

 

 

 聖戦を終えた修司は地上に舞い戻り、聖鎧を解く。

 顔を歪めたことのなかった修司が、一瞬苦しそうな顔をしたような。存在が希薄になったような感覚がしたのは、気のせいだろうか。

 

 

 『ハッピーエンドでなんて終わらせてあげませんよ~?』

 『私はまだまだ、負け犬さんの苦しむ姿が見たいのですから~』

 

 

 幻聴だろうか。

 俺が殺したスイム・スーの声が聞こえる。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。