寂れたビルの一室に集う者達がいた。
最奥にてパイプ椅子へだるそうに座る男は、闇を
「ライバルトは先走ったか」
嘆息一つ。
「まあいい。やることは変わらない。俺達の目的は
闇の者の声音は疲れ切っているにもかかわらず、たった一つの目標に向けてのやる気だけは強く宿っていた。
「安らぎを、平穏を。この手に永遠とする為に」
闇の敗北者は傷つかない世界を求めている。苦痛のない楽園を現実とすることを全身全霊で目指していた。
「好きに進みなよ。ボクはそれに寄り添う風と成ろう」
そんな友を苦笑しながらも暖かい目で見守る風の男は、
悟った旅人は、友情を何よりも大事にしていた。
「もうすぐだ。もうすぐ会える。必ず君と巡り逢おう」
土の如く不動で腕を組んだ巨漢は、最愛の人との再会を望んでいた。
彼はなにも譲る気はない。全てを粉砕し願いを果たさんとすることしか考えず、最愛の人以外その視界に映してはいない。
「私は別にそんなのどーでもいいんですけどねえ~」
快楽の虜である水の
少女は
だらしなく黒のジャケットを着崩した闇は、枯れた精神で駆動する。
「さあ、始めようか」
属性を司る者。
「ほらっ、仲良くしたいんでしょ?」
栗色のふんわり髪が視界に揺れる。
「ああ」
「なら、行こ? ――たかくん」
ほんわりと「
一人のヒーローを拝するようになった運命の日から、夜が明け。
俺は学校で彼が所属する教室を調べて、会いに行くべく廊下を歩いていた。
同じ
立ち止まり、ドアの上部付近にあるプレートを見る。
2年A組。こんなどうでもいいところでも俺の
「デュエルしようぜ」
教室の窓際、一番後ろの席に座る黒髪の少年、その目前に立っての第一声だ。
「いいよ」
「マジか」
デッキをお互いに懐から取り出す。
「「デュエル!」」
俺たちはトレーディングカードゲームで遊んだ。遊び倒した。次の休み時間も、昼休みも、放課後も。
俺は
デュエリストに多くの言葉は必要ない。デュエルをすれば相手のことがわかるのだ。
同じ趣味を持ち、同じノリを理解し、馬が合って遊んでいれば仲良くなれる。ってことかもしれない。
そう、俺は修司と友達になりたくて話しかけたんだ。
我が光の
「これより、
「お祭りの始まりです~」
闇が
俺は修司たちからいくらか離れた後ろの物陰に潜み、覗く。
修司の後ろにいる少女二人のうち一人は、以前見た修司が護ろうとしているお姫様だ。もう一人の黒髪ロングの大和撫子な雰囲気の美少女は知らないが、修司の味方だろう。
……俺はもう一度、屋上の四人を見た。
水色の髪が視界に入った瞬間、嘔吐感が襲う。
考えるな。
思い出すな。
気づいた時には噛み締めていた唇から血が垂れる。強く握り過ぎた拳からも血が滲んでいる。
水色だけはなるべく視界に入れないようにしながら静観することにした。
「これは宣告であり、儀式参加者の認識を統一する
大仰に手を振りながら闇の男は声を張り上げる。
「儀式内容は「属性の巫女」であるルー・リーンバーグ姫の目前にて
「なお
「もう黙ってくれないか。結局ルーを殺して自分の望みを叶えたいってことだろう」
「まあそう睨むな。
「僕は今全員相手にしても構わないよ」
今ここで戦っても、さすがにあの炎の男と同レベルの
けれど彼の強気な言葉はハッタリだとも思えなかった。彼ならば奇跡を起こして本当にここで全員を相手に勝利をもぎ取ってしまいかねないと、そう思えてならない。
「なら私とヤっちゃいます~?」
「やめろスイム、俺の話を聞いてなかったのか?」
体を扇情的に捻じらせる水の少女は快楽しか求めない。一触即発の空気が漂った。
ここから姿を見せて修司と共に戦うという選択肢があることは、常に頭を過ぎっている。
しかし俺は修司と共に戦うことはできない。
俺なんかが修司の王道を穢してはならないからだ。
彼は彼の道を魅せてくれればいい。俺は輝きを見ていたいだけなんだ。
……あと、もう一つの理由としては。
俺はもう、大きな流れに身を投じて苦しみたくない。
「落ち着いて。ここで一時の快楽に走って、
風の男が凪の如く柔らかな声音で諭す。
「ライバルトが先走ったのは、儀式中でなくとも姫の力を奪えば一人分の望みぐらいは叶うからだけど、君の快楽という目的なら話は別だ。ちゃんと儀式を成功させた方がより大きな快楽を得られる。それはわかっている筈だろう? それでも今「事」を起こすというのなら、ボクが相手をするよ」
「我もだ。なるべくなら皆で望みを達成した方がよかろう」
土の男も追従する。
「そうですか、ならここは退いてあげます~。あなたたちとヤり合っても面倒くさくなるだけですし~」
仕切り直すように、闇の男が告げる。
「明日の深夜零時、この聖地にて聖戦を行う。時間を過ぎた時点でこの場に「姫」と「光」が到着していなかった場合、周辺の一般人を虐殺する」
「させないさ」
「ならば遅れるなよ」
闇の男が背を向けた。
「それでは解散だ。
後日放課後、俺は修司を遊びに誘うべく2ーAにやってきた。
のだが。
「こっちを睨んでるあいつはなんだ?」
自分の席から動かないまま修司に視線を向けてくる、線が細く影が薄そうな男子生徒がいる。
「
「なんだそれ。ちょっと締め上げてくるわ」
「待って。個性的なだけの大切なクラスメイトなんだから」
「個性的ってなあ」
「なにか嫌なことをされたわけじゃないよ」
「俺はわけもわからず睨まれたら嫌だけど」
「僕は気にしないからいいよ」
「……お前がそう言うなら」
俺もこれ以上は言わないでおこう。
お姫様と修司の幼馴染が歌っている。この幼馴染さんは昨日の深夜修司と一緒にいたもう一人の少女だ。
ここはカラオケボックス、俺と修司は並んでメロンソーダを飲みながら、アイドルのような二人の声に耳を傾けていた。
俺は修司を遊びに誘ったが、二人との先約があったみたいで、俺は同席を許されてここにいる。
「なに? アタシたちはかわいくなかったっていうの?」
リリュース・ローグインパネスが綺麗なスカイブルーの髪を揺らして、むくれ顔を向けてくる。
「そんなわけないだろ」
「本当に?」
「ほんとかな~っ?」
空乃咲わたも、ひょっこりと視界に出現した。
「本当だ」
胸に
「なにぶつぶつ言ってるんだい?」
「いやなんでも」
カラオケになんて来てしまっているが、修司は鍛錬しなくてもいいのだろうか?
彼は主人公だ。絶対に負けてはならない。
強くなるための行動をし続けるべきなのではないか。
先日の戦いを見る限りかなりの鍛錬を積んでいることは窺えたが、それでも欠かさずしなければ衰えていくだろう。戦いが近いことはわかっているのだし、技を研ぎ澄ましておくべきなのではないか。
もちろん休息の時間は必要だ。
休みなく体を虐めたところでオーバーワークになることもわかる。それに
「なあ、なんか、お前にはやらなきゃならないことがあるんじゃないのか。こんなことしていていいのかよ。自分で誘っておいてなんだが」
俺は修司を試したいのだろうか。彼は本当に光なのか、まだ確信できていないとでも。
そんなはずはないが、何度も確認しておきたい。
「なぜ
「それは……」
それが、修司の光の原動力なのか。
「俺と過ごす時間もか……?」
「
――っ。俺たちは友達になったとはいえ、まだ知り合って数日すら経っていないというのに。
彼にとって、もうすでに俺も失いたくない大切な周りの人間となっているのか。
修司は大切な身近な人間を蔑ろにできない。
一緒に過ごす時間を大切にしている。
だからこの時間は必要なんだ。
そうか。
それならいいんだ。
俺は安心して光を拝することができる。
「君は自分の幼馴染を、修司をどう思う?:
「急にどうしたんですか?」
修司の幼馴染、
お姫様と修司は今デュエット曲を歌っているのでこの会話は聞こえていない。いや修司には聞こえてるか。属性司者がこの距離で聞き逃すはずがない。でも、聞かれてもいいか。
「できればでいいんだが。答えてくれないか」
「……いいですよ」
「ありがとう」
「しゅうちゃんはですね、なんといいましょうか」
川さんはおとがいに指を当てて思案し、冷たいお茶を一口飲んでから語り出した。
「しゅうちゃんは真っ直ぐ突き進んでいきますから。私は寄り添って支えるんです。
突き進み過ぎてしまうこともありますけど、私はいつでも後ろで待ってます。しゅうちゃんが選ぶ道なら正しいと信じられますから」
素晴らしい。
川さんは、彼の隣に相応しい女の子だな。
とはいえ。
「会って間もない俺になんでそこまで話してくれるんだ」
「なんででしょうね。なんか、言いたくなっちゃいました」
なっちゃいましたって。
「あなたは、どこかしゅうちゃんに近い所があるように思えるからかもしれません」
「まさか」
俺は光にはなれない。立ち向かう勇気なんて、もうないのだから。
現に隠れて見ているだけで何もしていない。
ただの負け犬だ。
そういう君も、俺の幼馴染のわたに似ているよ。
そう? と栗色の髪が揺れる。
性格は似ていない。けれど。
「わたを思い出しちゃう?」
そんな感じだ。
ドリンクが無くなったので、俺はお姫様と一緒におかわりを注ぎにドリンクコーナーへ来た。
ジュース3種類くらい混ぜてやる。
「なに子供みたいなことしてるの?」
「修司のも混ぜて持って行こう」
「やめて」
いつもはこんなことしない。俺の光を見つけられたから、最近はテンションが上がってしまうことがあるだけだ。
そういえば。
わたともこんなことして遊んだっけ。
最近の俺は活力に満ちている。あの時の俺に戻ったとまでは言えないけどな。
希望に満ちていたあの頃にはとても戻れない。
敗残の傷が癒えることはない。
俺は光を拝し仰ぎ見て満たされたいだけだ。
「たかしくんは気楽そうでいいね」
羨ましそうな光を宿した瞳を半目にして、お姫様は俺を見てくる。
「そうさ、気楽さ」
もう苦しいのは嫌だ。
「たかしくん、あんまりしゅうじくんと一緒にいない方がいいかもしれないよ」
「…………」
優しさ。だろう。
お姫様は俺を自分たちの戦いに巻き込まないように言ってくれてるんだな。
「なんでそんなこと言うんだ?」
黙ったままでは不審に思われそうだったから一応問いかける。
「いいから、しばらくでいいからわたしたちとは離れて生活していて」
「断る」
「そこをなんとか!」
「断る」
「本当に危ないんだよ!」
「断る」
「うぅぅぅっ……
「ほら疲れただろ。もう戻ろうぜ」
「もー! もっと真剣に取り合ってよー!」
地団太を踏むお姫様。
「落ち着けよ」
「たかしくんが話を聞いてくれないからでしょー!」
「ちゃんと聞いてるだろ」
「いう通りにしてくれなくちゃ意味ないんだよ!」
「ごめんな、諦めてくれ」
「うぅぅぅぅ……とにかく、伝えたからねっ!」
諦めてくれたようでお姫様はホットコーヒーをカップに注ぎ始める。
「どうなっても知らないんだからっ……」
まだ不満はあるようだけれど。ぶつぶつ言いながらコーヒーを出すボタンを連打している。
「コーヒー零れるぞ」
「え? あっあっ零れるっ。熱っっ!!」
次、バトルあります。