負け犬は光のヒーローをあがめる   作:ソウブ

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5 負け犬さんと私の逢瀬

 

 

 

 後日の昼下がり。人が行き交う街中で。

 

「やあ」

 

 姫墜劇(プリンセスサクリファイス)定式(セレモニー)で見た、風の男が目の前に立っていた。

 

 俺は即座に戦闘態勢を取った。

 なぜ俺の前に現れた? 定式(セレモニー)を隠れて見ていたことがバレていたのか?

 それとも昨夜の(むろ)との戦闘を見られた?

 俺は表舞台には関わりたくないのに、ヘマしてしまったのか。

 

「そう警戒しないでくれよ。ボクには敵意も殺意もない」

 

 緑髪の優男は、微笑みを浮かべたまま顔色一つ変えずに、両手を上げて無抵抗を示す。

 

「なにが目的だ」

「話がしたいんだ」

「俺と話してなんになる。話をするんなら修司に命乞いでもしたらどうだ。彼は悪以外を無慈悲に殺したりはしない」

「それもいいけど、ボクにも事情があるからね」

 

 目的が読めない。

 けれど、どちらにしろ俺は、覚醒したばかりの属性司者以外の、戦いを知っている属性司者には勝てない。

 恐らく最弱である室にすら一歩間違えば殺されていたのだ。

 逃げても捕まるし、立ち向かっても殺される。それにここで事を荒立てても周囲を行き交う人達に被害も出るだろう。

 言うとおりにするしか選択肢はない。

 

「話ぐらいなら、してもいい」

「よかった。なら昼食でも取りながらゆっくり話そう。まだ食べてないよね?」

 俺は無言を返答として、風の男の背に続いた。

 

 

 ラーメン屋のカウンター席で二人並んで座る。床が油でギトギトした狭い店だ。

「お前は洒落たレストランを好むと思ってた」

 見た目的に。

「ラーメンは美味しいよ。それと、お前なんて寂しい呼び方しないでくれよ。ボクの名前はガリオン・ルークスだ。ガリオンでもルークスでもお好きにどうぞ」

「ならルークス、早く話しを始めろ」

「君の名前も教えてよ」

「敵に名乗る名はない。早く話を始めろ」

「悲しいこと言わないでくれよ。名前がわからないと君としか呼べない」

「ならそれでいいだろ」

「頑固だなあ。なら後で調べるね」

「気持ち悪いな……早く話始めろよ。何度も言わせんな」

 

 二人ともラーメンを(すす)ってから、ルークスは口を開く。

 

「簡単な話さ。一言二言で済む。ボクと、リーダーのダーシウム・ローレンスの目的について」

 リーダー、定式で演説をしていた、闇の男のことか。

 

 スープを飲む。俺は醤油で、ルークスは豚骨だ。

 

「大層なことじゃない。呆れるほどありふれてつまらない理由さ。ダーシウムは、ただ今が辛くて救われたいだけなんだ。ボクは、その手助けをしたいだけ。友達だからね」

「お姫様を犠牲にしてでもか」

「一人を犠牲にして、友達を救えるのなら」

「その時点で悪でしかないと、なぜ気づかない」

「気づいてるさ。もちろんダーシウムもね。それでも、救われる方法が悪行しかないのなら、大人しくずっと苦しんでやるつもりもないんだろうね」

 

 室と似たようなものじゃないか。結局誰もが救われたがっている。

 俺は光のヒーローに救われた。だから室やローレンスよりも恵まれているのだろう。

 

「そんなこと俺に聞かせてどうしたいんだ。なにを言おうが光のヒーローの勝利しか俺は信じないぞ。同情を誘っても無駄だ」

「いやはや、手厳しいな」

 寂しげに苦笑して、ルークスは水を一気飲みした。

「それでもいいさ。ボクはただ、聞いてほしかっただけだから」

「なぜ、俺なんかに」

「君に伝えるのが、一番聖戦に影響を及ぼす要素だと思ったからだよ」

「なんだ、それ」

 やめてくれよ。

「俺のような負け犬風情に、表舞台へ影響を及ぼせはしない」

「それはどうかな。君は光だけを知って光を好きになったわけじゃない。そうだろう?」

「わかったような面をするなっ」

「まあ納得しなくてもいいさ。聞いてくれてありがとう」

 

 しばらくラーメンを啜る音だけが周りに響いた。

 

「ごちそうさま。それじゃあ、またね」

「…………」

 

 またね、じゃねえよ。

 

 俺はメインストーリーになんて関わらない。ルークスと二度と会うこともない。

 光を、修司の物語を観ていたいだけなんだ。

 

 スープを飲み干し、水を一気飲みし、店を出た。

 

 

 ラーメン美味しかったねっ。たかくんっ。

 

「わたは、食べてないだろ」

 

 もう、食べられないだろ。

 

 

 ルークスに無駄な時間を浪費させられてしまった。今日はライバルト戦で重傷を負った修司の見舞いに行く日なんだよ。

 さすがの修司も全身焼け爛れて右腕が千切れたら、完治するのに数日はかかる。

 俺も室に折られたあばらや潰れた内臓が、一晩寝ていくらか治ってはいるが、油断したら体を引き摺りそうになる。

 気を奮い立たせ、自宅療養している修司の家へ向けて歩いた。傷の痛みなんかより修司の見舞いの方が重要だからな。

 

 

 

 殺気。

 に気づいた時には手遅れだった。

 

 俺の全身は属性神の水に包まれ、身体が千切れそうなほどの暴流に攫われる。

 上も下も右も左もわからない。息ができない苦しい、不意打ちで水を多く飲んでしまった。

 しかし俺の精神を占めていたのは、混乱よりも懐かしい恐怖だ。

 深く深く刻まれた恐怖。

 古傷が開いて、まともを保っていた精神が崩れていく。

 

「げほっ……げほっ……」

 

 水から投げ出され、咳き込み、這いつくばり、周囲を見ればひと気のない路地裏。

 

「ふふふ~」

 

 心臓が跳ねた。二度と耳に入れたくなかった甘ったるく毒々しい声が聞こえたから。

 

 見上げた建物の屋上、その端に腰掛けて足を揺らせている水色が視界に入って。昔からずっと変わらない、小中学生ぐらいの少女の姿が、視界に入って。

 

「あ……あ……」

 

 恐怖が臨界点を突破した。

 

「うわあああああああああああああああああああ!!」

 

 逃げる。それしか考えられない。情けなく躓きながら背を向け走る。

 

「逃げないでくださいよ負け犬さん~、あっそっびっましょ~」

「あがあっ!?」

 水に両足を絡め捕られ、顔面からコンクリートの地面へ突っ込んだ。

「いやだ、いやだぁ……」

 藻掻いても藻掻いても、あいつ(・・・)の方へ向けて引き摺られる。

 

「なにがいやなんですかワンちゃ~ん? あんなに遊んだ仲じゃないですか~」

 遊びだと!? あの地獄を遊びだと!?

 ふざけてる狂ってるおかしいんだよあいつは二度と口を開くな。

 

 怒りと憎悪で、ようやく僅かに冷静さを取り戻した。

 属性神を発動させ、足に纏わり付く水を凍らせ、割ることで脱出する。

 

 逃げる、逃げるんだ、逃げるしかない。

 立ち向かうことはしない。絶対に勝てないからだ。

 

 足場を凍らせ、室戦でも使用した地を滑る移動技、『氷結滑走』(アイススラスター)で逃走を図る。

 

 視界が水に包まれた。

 周囲数メートル、全身、あいつが自由にできる属性神の水に囚われて、水流を操作され口の中に水を入れられていく。こうして溺死させるのがあいつの常套手段だ。

 

 迷ってる暇も嫌がってる暇もない。属性神の出力を二段上げる。激痛に狂いそうになりながら、自分の周囲の水を凍らせながら『氷結滑走』(アイススラスター)で水の外までかっ飛ぶ。

 

「逃げられるとでも~? それにその技、前にも見たんですけど~? 新しい技とかないんですか~?」

 

 また水に全身囚われる。一度抜け出しても大して意味はない。エレメントの水を広域に発生させるのなんて、あいつにとって二本の足で立ち上がるよりも容易いことだ。

 

 俺は挫折してから努力なんて一切していない。新技なんて一つもありはしない。

 くそっくそっ。

 ああ……わかってる。

 俺はあいつに、勝つことも逃げることもできないんだ。

 あいつにまた狙われた時点で、もう駄目なんだ。終わりなんだ。

 

 そもそもあいつなら俺なんて殺そうと思えば今すぐにでも殺せる。

 俺はまな板の上の鯉。遊ばれて嬲られるだけ。

 なにをしても無駄なら、もうなにもしたくない。

 

「ねえ~? 負け犬さん、ちゃんと抗ってくれないとつまらないんですけど~? ……もう殺しちゃおっかな~」

 

 本気の殺意を浴びせられた。壊れた玩具はいらないってか。 

 

 修司……。

 親友の背中を思い出す。光のヒーローの最高に格好いい背中。ずっと見ていたかった。

 

 でも、もういい。

 いいんだ。

 考えたくない。知らない。

 

 

 ――生きて! 生きなさい! 立ち上がるのよ(たかし)

 

 それは過去に聞いた言葉。スカイブルーの長髪が目の前を(なび)く。リリュースだ。

 

 ――孝はやればできる男よ。あなたが幸福になる為には勝つしかないのなら、戦いなさい。戦って、必ず勝ちなさい!

 

 ――アタシが全力で背中支えてあげるから、あなたも全力で進みなさい! 

 

 そう言った君は、いなくなった。

 

 でも。

 

 

 

「気持ちよくしてくれない人は興味ないんで~。死んでください」

 

 水が目から入り、脳に入り込もうとする。

 あとは、この僅かな水が高水圧で震動しただけで俺は死に至る。人を殺すのに大量の水を操作する必要はない。

 スイム・スーの本当の恐ろしさは、属性神の水ではなく、その広域展開力と精密性だ。

 だから本気で殺しにかかられたら俺に勝ち目なんてない。

 呆気なく死ぬ。

 

 でも。

 

 ここにアタシはいるじゃない! 生きて孝!

 

「リリュースっ!」 

 

 動かなければならないと錯覚したから。

 

「うああああああああああ」

 

 脳に入り込もうとする水を凍らせて止め、出力を上げて、上げて、また『氷結滑走』で水の牢から抜け出す。

 

「あはっ。やればできるじゃないですか~」

 

 刹那の間にまた全身が水へ囚われた。

 

「まぁ、無駄なんですけどね~」

 

 スイムの水が途切れることはない。あいつの出力は尋常ではないのだ。抜け出しても抜け出しても、逃れることは叶わない。

 

 それでも視界に映るリリュースの叱咤が諦めを踏み止まらせる。

 

 出力なんて上げたくないのに、狂いそうな痛みになんて耐えられないのに、抗うんだ。

 

 何度も水の中を、氷を舞わせながら走り続ける。

 

 水は間断なく発生し続ける、絡み付いた水女(みずおんな)の腕が放してくれない。

 

 どうして。なぜ。頑張っているのに。

 手なんて抜いてない。全力で生き足掻いている。必死に光へ向かって頑張ってるんだ。

 

 それなのに、ちくしょう。

 

 頑張っても頑張っても、勝てない奴は勝てないんだ。

 

「ふふっふふふっ。楽しいです~。このまま私と、ず~っと踊り続けましょ~」

 

 スイム・スー、快楽の「虜囚」(ジャンキー)。俺は負け犬に堕ちてからイカレ女の鎖に繋がれ続けている。

 

 

 

「申し訳ないけど、ダンスパーティーは一旦閉幕にしてくれないかな」

 

 風が吹き荒れた。

 

 周囲の属性神の水が全て暴風に吹き消される。解放された俺は膝を突いて咳き込んだ。見上げると、俺を護るように背を向けてルークスが立っていた。

 

「今高山(たかやま)君を殺されると困るんだよね」

 

 俺の名前、本当に調べたのか。今は気持ち悪いなんて思うほどの気力もない。

 

「すぐに殺す気なんてないですよ~。まだまだ楽しめますから~」

 

「それでもだよ。退いてくれないかな」

 

「え~」

 

 吟味するように、スイムはルークスを細めた瞳で見つめて。

 

「あなたとは相性が悪いですからね~。仕方がないから退いてあげます」

 

「助かるよ」

 

「まあ、光の人が回復するまで時間あるようでしたから、暇を潰すために遊びに来ただけですし~。ふんっ」

 

 頬を膨らませ悪態を吐きながら、スイムは水に乗って飛行し、どこへともなく消えた。

 

 ルークスが振り返る。

 

「なんていうか、出戻りみたいで締まらないけど」

 

 微笑みに苦笑を滲ませて。

 

「また会ったね」

 

 俺は、会いたくなかったよ。

 助けられといて、なんだけどな。

 

 

 

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