「あはは~。気持ちいい~」
真夜中に
俺は遠くの物陰から、スイムの虐殺をただ見ていた。
修司が回復したから、今日の夜は聖戦がある。その相手がスイムなのだろう。
けれどあの女は、意味もなく人を殺して回っている。気持ちよくなるのを我慢できない
「今日はお祭りですからね~。お祭りは本番の前もパーッと楽しまなければなりません~」
「聖戦は学校でやるはずだよ」
「君は、なにをしている?」
正義の
「別に、ただ英気を養っているだけですよ~」
「なら行こうか。すぐに始めよう」
冷静に心の火を燃やしながら、光は邪悪を誘導する。
「わかりました~」
学校へと向かう修司たちを俺は追った。
「では、死んでください~」
聖戦が始まるなりスイムは水色の
修司が聖鎧を纏うか纏わないかの時点で、
出力の暴力。俺がやられたら、為す術なく一瞬にして水中死体と成り果てるだろう一手。ただ相手を殺すことしか考えていない。
「あなたは危険すぎますからね~。芸術作品にするだけにしてあげます~」
「あの
驕るなよ邪悪。光の御膳だぞ。
修司が
周囲数十メートルの水が、襲い来ていたありとあらゆる凶器が霧散する。
「ふふ~やはりそうなりますよね~。でも、知ってるんですよ私。なんの代償もなく化け物やれてるわけじゃないってこと~」
修司の超越性は出力を無理矢理どこまでも上げられることにある。無理矢理上げれば上げるほど狂い死にするほどの激痛が襲い、寿命が削られていく。
されどその通常人には耐えられない代償に耐えられるからこそ彼は光の戦士なのだ。
「耐えられても無限に体が持つわけじゃないですよね~。ならやりようなんていくらでもありますよ~」
スイムは先と同じように遠くから、水で最短の殺人工程を為し、慎重を期す。
修司は正面から光で水を払いつつ、走り進む。
「私はここまでやっても全然消耗しませんが~、あなたは違いますよね~?」
そう、スイムは最大出力が高すぎることで無理に出力を上げる必要がなく、リスクが一切ない。修司は時間が経つごとに寿命を削り体を壊していく。
時間を稼がれたら、敗北の可能性が増えてしまうのだ。
だけど修司は絶対に勝つ。俺は疑いなどしない。ヒーローは負けないんだ。
「ねえ、お話しませんか~? あなた、そんなに無理して痛くないんですか~?」
スイムは時間を稼げば稼ぐほど有利になる、だから
「君と話すことなど特にない。邪悪の臭いがするぞ。悪党の臭い。一目見た時から分かっていた。この目で虐殺を見て確信した。スイム、君は邪悪にしかなれない可哀そうな人だ」
「……ふふ~。邪悪でもなんでも、いいですけど~」
スイムの声色に苛立ちが混ざった気がした。
「その憐れむような言い方は嫌いです~。私は気持ちよくなれれば幸せなので~。昔から楽しく生きられているので~、憐れまれる謂れはありません~」
自分の幸せを間違っていると言われて、スイムは怒りを感じているのだろうか。
正しくないことでしか幸せになれない人間は生きていてはいけないのか、と。
どうでもいい。俺にとってスイムは自分のすべてを奪った存在だ。奴が何を考えているかなんてわからないし、知りたくもない。邪悪に同情の余地などない。ただ不幸になって死ね。
「私もあなたは面白味が一切なくて嫌いです~。でもいい花だけは咲かせてくれそうですから~。すぐに殺してあげますよ~。題名はシンプルに「光の花」にして愛でて上げます~」
スイムは校舎の屋上縁に足を組んで座ったまま、グラウンドから少しずつ歩み寄る修司へ、全力の攻勢を緩めずかけ続ける。
これはシンプルな戦いだ。
修司がスイムへ辿り着いたら勝ち、スイムは辿り着くまでに削り殺せば勝ち。
「ふふ~」
さらにスイムは全力をぶつけるだけが芸ではない。精密性の高さで、修司が光を発揮する緩急を突き、水圧ドリルで刺してくる。
純白の聖鎧が砕け穴が開き、その穴から水が流入し内部の肉体にもドリルで穴が開いた。光を炸裂させ水を追い出すが無傷は不可だ。
圧縮に圧縮を重ねられた水圧の斬撃が、背後の死角から襲い、ヒーローの頭部鎧――
「あはは~。溺れちゃってくださ~い。あなたなんて醜く藻掻きながら死ぬのがお似合いです~」
破面からも入り込んで来る水を修司は光で消し飛ばす。けれどそれは一瞬の時間稼ぎにしかならない。
何故ならスイムは常に修司を水の空間に閉じ込め続けているからだ。何度消されても瞬時に水を展開し光を深海へ閉じ込める。
だから修司が溺れない為には、常に水を排除し続けなければならない。
いうなれば海の底で周囲の水を否定し続けるようなもの。
当然修司のエネルギーは僅かな時間の間に膨大と消費されていく。
早くあの快楽主義の
いや修司は死なない。死なないけれど、寿命が削れ過ぎればヒーローは戦い続けることができなくなってしまう。
けれど修司のヒロインたちも、ただ見ているだけの存在じゃない。
「しゅうちゃん……私の力、受け取ってください」
川さんの祈り。それはただの祈りではないようだ。俺は良く知らないが、彼女の祈りには実際に力が在る。
祈りを現実にする聖女なのかもしれない。
修司の輝きが、少し増した。
そう、彼は一人でも最強の英雄だが、力を貸してくれる仲間だっているのである。
修司は
いけー!
「~っ――!?」
私は初めて強い恐怖に襲われました。私は恐怖させる側なんです~。こんなのあり得てはいけません。
やはりこの人は、面白くないです~。ただただ私のような存在を焼く光で、辛い顔一つしない。儀式相手が愛しの負け犬さんだったらどれだけよかったか~。
人質を取りましょう~。
巫女のお姫様は狙えませんけれど、あの幼馴染ちゃんを人質に。
いいえ、そもそも儀式に倣ってやる必要などありません~。お姫様も狙っちゃいましょう~。今は邪魔なんて入らないのですから~。
「私を殺そうとすればあなたの幼馴染ちゃんかお姫様は美しい芸術に昇華されますよ~」
二人の喉元へ水を極限まで圧縮させた刃を添える。
光の人は私の目の前ですから、人質との距離は遠く離れています。
「動かないでくださいね~、光を微塵も輝かせないでくださいね~、ビカビカ眩しいんですよ~」
「よく悪党が使う手だ。知ってるかい、昔の特撮でその手を使って成功した悪はいない」
「それフィクションの話ですよね~? 人質は
「僕はヒーローであることを己の使命とした身だ。なら、物語と同じように、人質を護った上で君を倒してみせるよ」
殺気。
凄まじいまでの光の殺気を全身で浴びました。
――やられる。人質とか関係ない。刹那の間に殺されてしまう。そう理解させられました。
人質は二人いるのだから、殺気を放たれた時点で一人殺してしまえば、と一瞬思いましたが、それは悪手とすぐに思い直します。
この男は大切な存在を傷つけられればより手がつけられない光になるのでしょう。
正面から馬鹿正直に戦う方が、まだマシになるなんていう、理不尽。
「……わかりました~人質は取りません~」
「どちらにしろもう遅いよ。僕は勝たなければならない」
「ですよね~」
光の拳が迫る。私の心臓に命中してしまう。
至近距離に近づかれた時点で、有象無象ならともかく頭のおかしい光相手では勝ち目がなかったということですね~。
逃げましょう~。
私には奥の手があります。手を抜いていたわけではありませんが、聖戦が始まった時からずっと背中で水を圧縮し続け製造していた爆弾が。
私の心臓へ光が到達する瞬間に、爆発させた。私の体が爆発四散。そう、まるで特撮番組の怪人が倒される時のように。
ふふふ~。光の人至近距離から爆発を受けたようで~、無様に負傷してますね~。あれ瀕死なんじゃないですか~?
さらに爆発四散した私の体、実は偽物でした~。最初からあんなのと正面切って戦うつもりなんてないです~。近距離で勝てないとわかってて身を晒すお馬鹿さんじゃないんですよ~。
先まで意識を宿らせていた義体は。姫墜劇で敗北した時に還元される生贄のエネルギーとしても申し分ないシロモノです。なにせ私の芸術作品の中でも
私の芸術作品を手放さなければならないのは大変腹立たしいことこの上ないですが、背に腹は代えられません。
これで斃されたと見せかける偽装の完成です~。
「あんな異常者とはやってられませ~ん」
「たお、した……?」
属性神が粒子となって降り注ぎ、儀式へエネルギーが充填されている様子から、スイムは死んだのだと理解が染み渡っていく。
修司が、倒してくれた。あの
ああヒーロー。俺のヒーロー。
やはり天谷修司は素晴らしい。俺の目に狂いはなかった。
俺の
あの絶対に勝てないはずの悪者を、
――たかくんっ、気をつけて。
脳内幼馴染が警鐘を鳴らす。つまり、俺の感覚が警鐘を鳴らしている。
「生きたい……生きたい……」
背後から聞こえてきたその声には、
冷や水を浴びせられたようだった。せっかくのいい気分が台無しだ。
「なんで、お前が生きている……?」
振り返った先には、炎の魔人が息も絶え絶えに立っている。
「ライバルト」
「オレは、不死鳥だ……」
「死にそうじゃないか」
様子を見てわかった。もうこいつは不死鳥なんかじゃない。恐らく放っておいても死に絶える。属性司者の超回復特性も一切機能していない。
不死の概念を持っているライバルトを、修司が無理に殺した影響で矛盾が生じた
殺せなかった修司が弱い訳ではない。むしろ
「表舞台の奴と関わる気は、毛頭なかったんだけどな」
俺は戦いたくないんだ。安全なところから修司を見ていたいだけなのによ。
「ヒーローも都合の悪い時に隙を突かれれば死ぬだろう? オレはオレの望みを果たす」
今ならスイム戦を経て修司は瀕死状態だ。回復する前に襲われたら、どうなるかわからない。光は不死身だ。修司はそれでも死なないだろうが、かなりの負担となるだろう。
俺が、この死にぞこないを始末するしかない。
「誰だ、お前……?」
今気づいたという風にライバルトは初めて視線をこちらに固定する。先までの言葉は独り言だったのだろう。俺に会いに来たわけではなく、聖戦後の修司を狙うための通り道に、俺がいただけということ。道を塞ぐように立つ俺に、しゃしゃり出てきた場違いなモブでも見るような顔をしてくる。
「表舞台の強者は知らなくていい小物だ。その反応が正しい。むしろ今までのやつらがおかしかったんだ」
「そうか。ならどけ。オレはお前に用などない」
「俺も本当はそうしたいんだが、どけない。ライバルト、矛盾するようでなんだが、もうあんたは強者とは言えない。すでに
「だったら、どうするってんだ?」
「ご退場願おう、再生怪人さん」
炎の魔人が、俺を遥かに凌駕したスピードで迫る。
ここに再び、「負け犬」同士の小競り合いが幕を上げた――いや、幕は上がらない。ここは表舞台ではないから。
小競り合いが、ただ、始まった。