負け犬は光のヒーローをあがめる   作:ソウブ

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8 極楽浄土で永遠に生きろ

 

 

 

 ライバルトは既に敗残者に堕ちた身とはいえ、全てのステータスが俺の上を行く強者だ。

 スピード、身体能力、技量、出力、どれもが俺より遥か上の水準に達している。普段の状態だったら俺に万に一つの勝ち目もありはしない。

 忘れてはならない、この男は修司と真正面からやり合えた最上位の異能者、属性司者(ファクターズ)だ。

 虫の息になって、俺とはやっと互角といったところ。

 

 いや、互角にすら届かないのか。

 

 だって、氷が瞬時に溶かされる。

 

 俺が手を(かざ)し氷の壁を作っても、ライバルトの炎拳(えんけん)が命中した瞬間(・・)に溶けた。0.1秒のラグすらない。そのまま素通りしているようなもの。時間稼ぎも(ろく)にできやしないんだ。

 

 相手は、瀕死だというのに。

 

 炎拳が乱舞と放たれる。

 

 俺はあの炎に掠った時点で終わりだ。永遠に消えることのない炎を体に付与されてしまうから。俺は生きながら焼かれる苦痛になど耐えられない。隙を完全に晒し殺されるだろう。というより、耐えられる存在の方が超越した異常なのだ。

 

 絶対に避け続けなければならないが、スペックが全て上回られているのなら、為す術はない。

 いや、たった一つだけ優位な部分がある、ライバルトは今、瀕死だということだ。

 動きが鈍っている、それでも俺より速く(うま)いが、奴のふらつくような動きの隙を突いて、全力で『氷結滑走』(アイススラスター)を扱えば避けられる。

 出力上昇の苦しみを忌避した瞬間死ぬだろう。今泣き言を口にしたら、永遠の業火に焼かれて命を落とす。

 

「ぐぅっ……」

 業炎(ごうえん)を、高速で滑走し避ける。避け続ける。近づかれないように逃げ続ける。

 

 攻勢に出る余裕も無い。ここまでして時間を稼ぐのが精一杯だ。

 だが放っておいても死ぬ状態のライバルト相手なら、時間さえ稼げれば動きも鈍っていく。勝機はあるはずだ。

 

「オレは、生きるんだアァッッ!」

 

 炎魔人(えんまじん)が吼える。

 

 (はや)い。瀕死とは思えぬ機動で迫る魔人。逃れられない。

 

 そう、ライバルトも元は表舞台の強者だ。精神力で限界突破する側の者であることは自明の理であり、これは必然だった。

 ライバルト・グンダレンという男は、なまじ生への執着しかないから、強い。その為だけに他すべてを捨てられる。痛みも苦しみも、限界のハードルも。

 

 逃れること叶わず、炎が右腕を掠った。消えない永遠の炎を、付けられてしまったんだ。

 

「があああっっ!?」

 熱い、痛い、苦しい。耐えられない。生きながら焼かれる責め苦に、精神は千々(ちぢ)に乱れ、のたうち回ることしかできないんだ。俺みたいなやつは。

 

 目前には、魔人の拳が迫っていた。もう避けられる距離じゃない。

 当然だ、目の前でのたうち回るなどという、誰でも止めを刺せるような隙を晒す愚か者は、ただ殺されるのみ。

 ああ……ここで頑張って動けないから俺は負け犬なんだ。

 修司みたいに平然としていられればとまでは言わない。せめてのたうち回らずに動き続けていられたら、俺はここで終わることはなかったかもしれないというのに。

 

 しかし、(とど)めの直前、ライバルトがふらついた。

 これは都合の良い偶然などではない。

 忘れてはならない、ライバルトは瀕死(・・・・・・・・)なのだ。

 

 突然降って湧いたやり直しの機会。迷う猶予は刹那の間ほど。

 今ここで動かなければ、予定通りに死を迎え終わるだけだ。チャンスは二度と訪れない。己は負け犬だと(うそぶ)き諦めるならそれもいいだろう。

 

 だけど、俺はまだ光を見ていたいんだ。

 

「頑張りたくないッッ!!」

 変わらない心情を叫びながら俺は動いた。

 『氷結滑走』(アイススラスター)で後ろへ全力で逃げる。地獄の苦しみの中、ただ逃げることだけを実行していく。

 

 俺はわかっていたのに目を逸らしていた。戦いとは、頑張らなければ勝てない(・・・・・・・・・・・)のだ。

 殺し合いならなおさら、相手も殺されたくないから必死に殺しに来る。そんな相手を頑張らずに(たお)せるわけがない。

 だからこそ俺はもう誰とも戦いたくなかった。

 けれど今、戦うと決めて戦っている以上、敵を倒すための最大限の努力をしなければ殺されるだけなんだ。

 ちくしょう。ちくしょう。もうこれっきりだからな。これが最後の一回だ。これ以上は頑張らない。そう言い聞かせないと気が狂いそうで堪らない。

 

 ああ、奮起しても、熱いものは熱いし痛いし苦しい。顔は涙や色んな液体でぐちゃぐちゃだ。情けない。無様すぎる。

 氷で体に付いた炎の勢いを和らげようにも、属性神(エレメンタル)の炎を和らげられるほどの氷を出すには出力を上昇させる必要がある。炎で焼かれて苦しむか、出力上昇の苦しみを受けるか、どちらにしろ地獄だ。なにを選んでも苦しみしかない。

 

 もう時間稼ぎなどと言ってられるか。虫の息のはずの魔人が絶命する前に、俺が業火に焼かれて灰になる。

 この炎はライバルトの属性神(エレメンタル)に繋がっている。だから紐づいた属性司者(ファクターズ)が存在している限り永遠だが、属性司者本人が命を落とせば存在できなくなる。

 ライバルトさえ斃せば消えるのだ。だから早急に炎の魔人を打倒する必要がある。この苦しみを終わらせる為に。

 

 けれど、やはりここで壁になってくるのはライバルトの純粋な強さだった。

 

 技量が遥か上過ぎて、近づこうものなら武術で叩き伏せられる。

 

 これが生きる為に努力を惜しまなかった者と、諦め努力を止めた者の差。

 

 ライバルトが瀕死ゆえの隙を晒しても、俺が攻撃の予兆を見せただけで対処されてしまう。ライバルトは命の危険に対してだけは容易く己の限界を超えていくのだ。

 

 逃げ回るので精一杯なのは最初からなにも変わらず、攻勢に出れない。無策に特攻しても即座に炎の拳が俺の急所を貫くだろう。

 このまま俺は焼かれて死ぬのか。それとも痛みの方に、精神を焼かれて死ぬのか。

 

「ああああああ熱いッッ!」

 策なんて考えてられるか!

 

 限界が来た。耐えられない。とにかくこの苦しみから解放されたい。冷静な思考は消し飛んでいる。

 

 ちょうどライバルトが喀血(かっけつ)した。今だ。今しかない。この隙に突っ込む。

 

「馬鹿め」

 

 炎の右ストレートが頬にクリーンヒットした。喀血は故意だったんだ。急所を氷で防御しながら突貫していたとはいえ焼け石に水。ライバルトが瀕死でなかったら脳漿(のうしょう)をぶちまけていただろう。頬が焼ける眼球が焼ける。脳を焼かれたらもう終わり。ギリギリ、脳までは焼かれていない。

 

 生き汚い魔人は脳まで焼こうと俺の頭を鷲掴みにしようとしてくる。その為に一歩、こちらへ踏み出した。

 俺はヒーローじゃない。覚醒して逆転なんてできない。

 

 だから、罠を準備しておいた。

 (むろ)の一件があった時点で、敵と遭遇する可能性を考慮して準備だけはしておいたんだ。

 俺の属性司者(ファクターズ)としてのステータス()は、精密性だけは少し高いが、出力もスピードも効果範囲も持続力も大したことがない。

 だから仕掛けた罠というのも使う気のなかったちゃちなものだ。地面の一地点に、氷の槍が生えるだけだ。何度も重ね掛けしてどうにかそれなりの威力にはなっているが、普段なら瞬時に対処されて意味をなさないような罠でしかない。

 されど、今のライバルトにならば、届く。

 

 なぜなら、唯一罠にかかるその位置に、今この瞬間ライバルトは立っているのだから。

 

 これは、俺の策が巧くいったわけではない。

 

 かかるかもわからない罠を張って機を待ち続けた豪胆(ごうたん)? ――いいや、違う。

 

 これは、ただの偶然。無様に踊った結果訪れた、偶然に過ぎない。俺は全く意図などしていないのだから。

 

 俺は、瀕死の相手にすら、偶然に頼らなければ勝てないんだ。

 

氷柱落とし(アイスフォール)

 

 氷突一閃(ひょうとついっせん)

 意識外の地面から()り出した小さな氷山は、炎魔人の心臓を一突きにした。

 

「おおおおおおオッッ!?」

 

 けれどライバルトの体は炎で出来ている。当然心臓も。故に炎の魔人。氷槍は燃やされて一気に貫けない。だが氷は溶け切ってなどいない。変わらず心臓を貫こうと氷柱は夜空()へ向かい落ちていく。

 奴が今より僅かでも力が多く残っていたら、重ね掛けして強化した氷であろうと瞬時に溶かされ終わっていただろう。

 最初から罠にかけようとせず、逃げ回り時間を稼いだのがここに来て効いている。

 

 そして拮抗しているならば、時間が在る。罠に属性力を注ぐことでさらに氷柱の進行を後押しできるんだ。

 少しずつ少しずつ、心臓へ氷は浸食していく。

 

「お前の負けだ! 再生怪人(ライバルト)オオオオオオォォォォ!」

「オレは、死なないイイイイィィィィ!」

 

「ライバルト、お前は聖戦に参加さえしなければ長く生きられたはずだ。お前の生存を脅かす者なんて修司ぐらいだろう。生きたいなんて言っておいて、なぜこんな愚行しかできない」

 

「オレは「永遠」に生きたいんだ。長く生きようといつか死ぬのなら意味がない。オレはその恐怖に耐えられない。「永遠」が欲しい。それだけだ」

 

「やっぱり、お前は駄目だ。自分の為だけに戦うやつはかっこ悪いぜ」

 自分の生の為だけに行動するという点だけ見れば、一つの人の生き方としては正しいのかもしれない。少なくとも生物の行動原理的には正しいだろう。でもかっこ悪い。魅力的じゃない。

「人の為に戦う光はかっこいい。光の英雄はかっこいい。天谷修司はかっこいい」

 

「うるせえ異常者がッ! オレの方が正しい。よっぽどまともな理由で戦っている。人の為に命投げだすお前らの方が狂ってる!」

 

 生存を渇望する者は吼え猛る。嘆きと祈りと共に。

 

「なあ、死ぬのがそんなに嫌なのは、死んだら無になるとでも思っているからか?」

 

「当たり前だろう! 死とはすべての喪失だ。一度死体へと堕ちれば、意識が、記憶が、魂が、何もかも消失するんだッ! 意思を持てない無になど、何としてでもなりたくなどないッッ!」

 

「死んでも無になんかならない! そういう考え方だってあるだろう。でなければ宗教なんて生まれない。死んで無になるなんて、正しく認識してちゃんと考えたら気が狂わないわけないだろう。少なくとも俺はなるし、お前もなってるように見える。だから、極楽浄土はあるんだよ。お前は理不尽な現実(絶望)を考えすぎて、信じすぎたんだ」

 

「黙れ夢想家がッッッ! オレはしっかりと現実を認識してそのうえで対処しているんだ!」

 

「そっちこそリアリストを気取った大馬鹿野郎だよ。現実を認識してるなんて悟ったふうに言って苦しみ続けているだけじゃないか。周囲も巻き込んで、何の罪もない一人の少女を、お前の一番嫌っている死に追い込もうなんて、本当にくだらねえやつだよ」

 

五月蠅(うるさ)い。死んだら無になるんだ。オレは、忌避して当然のことへ、抗うために努力しているにすぎない。仮に宗教通りに死後があったとしよう。だとしてもオレのような奴は地獄行きさ。だから生きるんだよ」

 

「地獄なんてない。意識が無になることもない。天国も極楽浄土もある。お前の望んだ永遠は最初からあるんだよ」

「黙れ妄想野郎ォ! アアア心臓に食い込んでやがるッッ! 死にたくねえェェッッ」

 

「…………」

 ライバルトの命は、風前の灯火だ。すでに死は確定している。

 

「なあ、オレ間違ってるか? 間違ってるのかよ! 生きたいッ! 生きたいッ! 生きたいんだよッッ!」

 

「……間違ってねえよ」

 

 かっこ悪いし嫌いだが、間違いだとは微塵も思わない。そもそも人の考えに「間違っている」と賢しらに言葉の暴力を叩き付けてくるような奴も嫌いだ。

 

 俺も、生き残って安堵してしまったから。

 

 わたとリリュースは死んでしまったのに、それでも自分は生き残って、生きていることに安心してしまった。

 

 できることなら代わってやりたかった気持ちもないわけじゃない。俺なんかより二人の方が生き残るべき優しい人だった。

 けれど代わりに死ねたとして、自ら命を差し出す選択を取れるかと考えると、怖くて思考停止してしまう。

 極楽浄土、信じてるんだけどな。

 それでも俺も、死ぬのが恐いのは変わらない、ライバルトほどじゃないけれど。

 結局死後なんて死んでみなければわからないのだから。

 

「そんなかっこ悪いお前()が大嫌いだよ」

 

 氷柱が、炎魔人の心臓を貫いた。

 

「が、あ゛ぁ゛……いき……る……」

 

「大丈夫。極楽浄土で幸せになれる。そこで永遠に生きればいい」

 

 わたとリリュースも、幸せにやってるはずだ。きっと。

 

 

 

 


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