負け犬は光のヒーローをあがめる   作:ソウブ

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9 どうかお願いします。蘇生を否定しないでください。

 

 

 

「光の少年は、死者を蘇らせるということについてどう考える?」

 

 後日、スイム戦の負傷を治すため療養している修司の家に尋ねてきた土の男は、突然そう言い放った。

 

 会うなり土屋創(つちやそう)と名乗った土の男は、姫墜劇(プリンセスサクリファイス)定式(セレモニー)にいた属性司者(ファクターズ)の一人だ。

 

 俺もあの時のように、修司の家の外から隠れて様子を見ている。また修司の見舞いに来たら土屋が先にいたので身を潜めたのだ、

 

 それにしても、死者を蘇らせる、か。

 

「わたたちを生き返らせたい?」

 

「ああ」

 

 栗色とスカイブルーが目に写る。生き返らせることができるのなら、生き返らせたいに決まっている。また、逢いたい。

 

 修司はやっぱり、ヒーローだから蘇生を否定してしまうのだろうか。だとしても俺は、ヒーローが好きなのは変わらない。

 

「それがあなたの望みなんだね」

「そうだ」

 

「理由を聞いても?」

「愛する人にまた逢いたい。それだけだ」

 

 俺と、同じか。けれど修司の王道の方が優先だ。俺の共感なんてどうでもいい。わたとリリュースは極楽浄土で幸せだから大丈夫。

 

「蘇生は間違ってなどいない。方法があるのなら、全霊で行使していいものだ。愛する人と共に在りたいという願いは間違ってなどいない」

 

 修司は、どんな反論をするのだろう。俺は身構えた。

 

 だが。

 

「僕もそう思う。あなたの願いを、奇跡を否定しないよ。でも、僕の大切な人を犠牲にして成り立つ奇跡だけは許さない。絶対に叩き潰す」

 

 ――――。流石だ。俺みたいな弱者の意さえ組んでいる精神性。弱き只人の願いを否定しないでいてくれた。それでいて自分の光は譲らない決意。俺が拝するヒーローの光は微塵も陰らない。

 

「また、わたしがいるから、そんな希望を見てしまう人が生まれるんだね」

 願望器の運命を背負わせられた、誰からも求められる「特異姫(プリンセス)」。彼女は心を痛めている様子だ。

 

「ルー、気にする必要なんかないよ」

 

 そんな姫に、王子(ヒーロー)は光を差し伸べる。

 

「土屋さん、あなたの願いを否定しない。けれどルーにはこう言うよ。君は幸せになれ。勝手なことを口にして殺そうとしてくる奴の話で心を傷つけることなんてない。堂々としていていいんだ。自分の力を求める人にふざけるなって言ってやるぐらいが丁度いい」

 

「……うん」

 

 ルーお姫様は安心したように微笑んだ。やはり修司は、大切な女の子(ヒロイン)を救える存在だ。俺とは違う。

 

「話はもういい?」

「うむ。聖戦の前に、一度話しておきたかっただけ故な」

 

 土屋は帰っていく。俺も見つからないようにこの場を離れた。

 

 

 

 住宅街をだらだらと歩く。今日も聖戦までやることないな。

 

「まっ、わたたちはいつまでもそばにいるから安心していいよっ」

(たかし)はお姫様をどうこうしようなんて最初から考えてないでしょ? だからアタシたちを生き返らせるかどうかなんて、考えても意味のないことで苦しまなくていいの」

「ああ……」

 わかってる。わかってはいるんだが、土屋を見ていたら、なんかな。

 

「なんかってなによ」

「悲しくなっちゃったんだねっ。よしよし」

 わたに頭を撫でられる感触があるような、ないような。幼い頃、わたに撫でられた時の感触を想起しているにすぎないのだろう。

 

 

「やっと見つけた。呼びに来てって言ったよね?」

 

 

「……うるせえ」

 黒髪を肩まで伸ばした巨乳美少女。夢中麻奈(ゆなかまな)が背後に立っていた。二度と会うつもりはなかったんだけどな。

 

「私と会ってなかったうちに何度異能バトルが繰り広げられたの? 回数によっては許さないよ」

「一回だ一回」

 夢中と知り合って以降の表舞台で起きた聖戦は修司VSスイムぐらいだ。(負け犬)の小競り合いは数えなくていいだろ。

「むむむ……一回ならギリギリ許す。アニメだったら一回でも見逃したくなかったけどね。話わからなくなるから」

「お前が許そうが許すまいがどうでもいい」

 

「ということで」

 夢中が近づいて、手を握ってきた。いや、逃がさないように捕まえてきたのか。

「もう張り付くね」

「やめろストーカー女」

「そんなつれないこと言わないで。私たちもう異能バトル友達でしょ」

「なんだそれは。そんなけったいな友達俺にはいない。もう俺に関わんな。良いことないぞ」

「なんでなんでいやだよ。私は異能バトルがいいの」

「耳元でわめくな」

「私を運命へ連れてって」

「もっとロマンチックな場面で言ってほしかったセリフだ」

「私とそういう場面になりたいの?」

「そんなわけあるかアホ」

「小指!」

 夢中は壊死した小指を見せつけてくる。

 

「お前それ、俺がなんでもいうこと聞く魔法かなんかだと思ってないか?」

「違うの?」

「……」

「ねえねえ、いいじゃん異能バトル、わたしは非日常の常識を超越した能力を持った者のバトルじゃないといやなの」

「お前といると調子狂うんだ。シリアス(真面目)がどっか行く。真面目な顔してるのが馬鹿らしくなってくるんだ」

「悩みがどっか行くならいいじゃん」

「俺は考え続けていたいんだよ。なにもかも忘れて放りだしたくない」

「でも苦しみたくないんでしょ?」

「ああ、いやだ」

「矛盾だね」

「人は矛盾するものだろう。矛盾しない奴がいたら、それはもう、多分人じゃない」

 

「それは、さっきものすごく熱烈な視線で見てた人のこと?」

「違う。修司にだって人らしいところぐらいあるはずだ。ヒーローだって人だからな。というかどこから見てたんだよ」

「高山くんが不審者みたいに隠れたところから」

「ほぼ最初からじゃねえか」

 

「なんであんな熱視線送ってたの? ホモなの?」

「お前ら俗人はすぐそうやって性愛に繋げたがる。これは少年が特撮ヒーローに憧れるのと同じような想いだ。男の理想を俗な恋愛感情に見るな」

「ふーん? よくわからないけど大好きなんだね」

「そうだ」

 

 夢中が手を放してくれないから家に帰ることもできずに、ただぶらぶらと街を歩く。夢中は一般人だし、振り解いて逃げることも簡単だが、一線を超えて傷つけた負い目の象徴(小指)を目の前に出されたら、無理に振り解く意思が削がれてしまった。

 今は、この前一緒にクレープを食べた公園に足を運んでいる。

 

「いつまで手を握ってるつもりだ。俺手汗凄いんだよ」

「もちろん異能バトルに出会えるまで。あと高山くんがそちら側に関わらせてくれると確信できるまで」

「俺の手なんか握ってても気持ち悪いだけだろ」

「気持ち悪くないよ。高山くんは優しい人だから」

「お前の小指壊死させた悪人だぞ」

 

「いやいや悪人なわけないよ。その、修司くん? って人に対するスタンスからして人と違うし。自分がなりたくてなれなかったものになれている人なんて、普通なら嫉妬して嫌いになって不幸を願っちゃう。でも高山くんはそうじゃない。だから高山くんは優しい人だよ」

「諦めきっているだけだ。それに修司(ヒーロー)は格好いい。ヒーローに嫉妬なんてしない。ただ格好よくあってくれるだけで嬉しいんだ」

「それが異常だって気づくべきだね」

「お前も異常者だろ」

「異常者コンビ、いいね」

「よくねえよ」

 

「ってかなんで俺が修司みたいになりたかったなんてわかるんだよ」

「高山くんの事情はこの前聞いたし、その修司くんのことヒーローって崇拝してるし、少し考えれば分かるよ」

「お前……ただの馬鹿じゃないんだな」

「私頭いいよ」

 頭おかしいけどな。

「修司くんも異能力者なの? 詳しく教えて」

「教えるか馬鹿」

「小指」

 

 俺のヒーローがどれだけ格好いいか教えてやった。

 

「やっぱりホモじゃん」

「殺すぞ」

 

 

 

 結局聖戦の時間になるまで、張り付かれたままだった。夢中が延々と話してくるから、一人考えて苦しむ暇も、わたたちと話す暇もない。

 飯はマックを二人で食べる羽目になった。俺のポテト七割ぐらい奪って貪る夢中に後で体重計見てムンクになればいいと思ったが、多分栄養は全部胸に行くんだろうな。あの食欲で今太ってる様子ないから。

 

「聖戦第三夜だ。早速始めようぞ」

 

 深夜零時の真徳(しんとく)高校で、光と願いが対峙する。

 土屋が詠唱を終えると、土色の聖鎧(せいがい)が大柄な体に装着された。今までの者と例外なく、仮面のヒーローのような姿をしている。

 

「詠唱だぁ……」

 隣で夢中が瞳をキラキラと輝かせている。俺たちは並んで学校近くの物陰で聖戦を観戦することになっていた。夢中が離れないからもう遠ざけるのは諦めた。好きにすればいい。

 

「さあ、蘇生行脚(あんぎゃ)の始まりだ」

 

 大地が持ち上げられた(・・・・・・・・・・)

 

 グラウンドの土すべてが、数十メートル地下まで含めて巨大な塊として上空に浮いたのだ。

 

 修司の立っていた地面も含めて持ち上げられたが、地が揺れた時点で修司は飛び退いて上昇範囲から離脱している。

 

「潰れろ」

 

 校庭に純白の聖鎧纏いて立つ修司(ヒーロー)へ向けて、地面の塊が投げつけられるように落下した。

 

 土の壁が迫るが如き天変地異へ、避ける選択肢は消失している。いくら修司でも、落下範囲から抜ける前に押し潰されてしまうだろう。

 

 土の壁と光の激突。白の装甲鎧(修司)は自らに落ちる大地を、光うねりしガントレットで破砕していく。

 光は何にも負けない。たとえ東京タワーが落ちてこようと修司は粉砕してみせるであろう。

 

 突如、修司の立つ地面が崩壊した。

 跳躍するために踏ん張る足場さえ崩れ、大きな裂け目が下から修司を喰らうように広がる。大規模すぎる落とし穴にヒーローは重力へ従い落ちていく。 

 落とし穴の中はここからだとよく見えないが、土の属性神なら最低でも最深数百メートルの落とし穴を造るぐらいなら余裕だろう。

 さらに修司の上から落下中の土塊(どかい)も止まってなどいない。落とし穴の上から大地で蓋をするつもりだ。

 

 されどヒーローは帰ってくる。絶対に。俺は信じている。

 

 足をつける場が無くなっても、土の壁を蹴って移動し始めたはずだ。視覚的には見えないが、修司ならそのぐらい確実にやってみせる。

 蓋をしてくる大地も光宿した拳で散らしながら、地上へ戻ってこようと空中戦ならぬ地中戦を繰り広げているのだ。

 

 そうして、実際に修司(ヒーロー)は地上に拳突き上げながら飛び上がってきた!

 

 流石だ。俺の光。

 

「わあああああああ!!!!!! すっごーーーーいっっっ!!!!!!!!!」

「声抑えろ気づかれる!」

 

 夢中は大盛りあがりである。

 初めて目にする本物の異能バトルに興奮を隠せないようだ。俺がスイムに遊ばれていたのは見ていたようだが無様なだけだったからな。

 なまじ修司の戦いは派手だから琴線に触るんだろう。俺も好きだ。

 

「土使いなのにあんなことできるの!?」

「土使いへの偏見が凄いが、あれは属性神(エレメンタル)だからだ。属性の究極へと至った存在だからできる例外で、普通はできない。そしてそれを打ち砕く修司はかっこいい」

「ザ・超越バトルだね! いいねいいねいいよー! こういうのを待ってたんだよっ!」

 

 土屋の出力が上がった(・・・・・・・)

 

「我もできるぞ、光の主人公よ。貴様だけの特権などではない。おおおおおおおおおおおッ」

 

 つまりは奴も、極限の痛みを負うことで出力を上げられるタイプの属性司者(ファクターズ)だったのだ。声を張っていることから修司よりは痛みに強くなさそうではあるが、痛みで発狂しないどころか動きが鈍りもしない時点で常軌を逸していることに変わりはない。

 

 修司に殴り散らされた土は再び一塊に集まり、射出される。威力の増した一撃が白き鎧にぶつけられた。

 

「特権だなんて思ってないさ」

 

 修司の出力も上がる。巨大な土塊(どかい)と拮抗し、修司の聖鎧が歪むが、土も砕けていく。

 土が消し飛んだあと、また土屋が出力を上げた。

「蘇生を阻むのはいつだって主役だ。我はもう、うんざりなのだよッッ」

 

 土が聖鎧の上から全身を覆って行き、それは土の鎧と成る。強度は当然、この世に存在する物質の硬度を外れている。土属性の属性神(エレメンタル)で構成されていることにより、核兵器だろうと傷一つ付けられはしない。

 

 光纏う英雄(ヒーロー)と土纏う夢追い人(ロマンチスト)が衝突した。

 

 土屋は近接戦も鍛え抜いているようで、剛の武術が土の強度と共に唸りを上げる。

 土で光を逸らす(・・・・・・・)などという常軌を逸した離れ業さえ現実にしてみせる属性神(エレメンタル)を交えた技術は、ただ理想を唱えるだけの凡人では辿り着けない域に達していた。

 

 出力は二人とも上がり続けていく。相手が上がれば、対する側が出力を上回り、その繰り返し。ここに来てもなぜ二人とも意識を保てているのか、そもそも指一本でも動かせていること自体が理解できない。

 

 覚醒合戦だ。痛み度外視で出力を上げられる外れた者同士が戦うと、こんな馬鹿げた光景が生まれるのか。

 

「あれどうやってパワーアップ? してるの?」

「痛みを負うことで出力を上げられるんだ。常人なら何度も発狂する痛みだから普通は耐えられない。気絶するか精神が焼き切れて死ぬ」

「なんか、どっちも自分を痛めつけるのが好きみたいだね」

ドM(被虐趣味)みたいに言うな。仕方なくだ。己の望む光の為に甘んじて受けているだけだ」

 

 土屋は聖鎧(せいがい)に土の鎧を重ねた二重鎧による体術だけではなく、周囲の地面を操作し修司の足元を崩して隙を作る。

 それどころか、最初にしたように大規模な落とし穴へ呑み込もうとしたり、ひとたび距離を置けば土塊を投げつけるなど多彩な手段で攻めてくる。

 その全てを修司は光でいなし、致命的な隙は晒さない。

 

「ねえねえどっちが勝つと思う? 私はやっぱり主人公に勝ってほしいから天谷(あまがや)くんに千円賭けるね」

「トトカルチョすな。修司が勝つに決まってるだろ」

「同じ方選んだら賭けにならないんだけど」

「俺に修司以外を選べと?」

「ごめんね。なら私は土使いさんの方にするね」

「修司が負けるとでもいうのか!」

「高山くんめんどくさい!」

 

 光が世界を照らした。今までよりも遥かに強く。

 

「ほら見ろ、また大きく覚醒したぞ!」

 

 修司(仮面のヒーロー)は光り輝きながら何十メートルも空高く跳躍する。空にいれば地面を操作されようと関係ないからだろう。

 修司はそのままシームレスに土屋へ向かい光の速さで降下した。

 

 学校の敷地すべての土が持ち上げられ集束すると、流星となった修司へ直撃した。されど光を止めることなど叶いはしない。土の属性力ごと打ち砕き、土屋へ肉薄。

 

 光速降下で勢いを乗せて、体術合戦も強引に払い除け、致命の一撃を修司は叩き込むのだ!

 

 

「まだだァ! 我は、絶対に、黒羽を生き返らせるんだッッ!!」

 

 

 

 ――もう、そうちゃんはいつもそうだよね。ふふっ、なんか駄洒落みたいになっちゃった。ふふっ。

「なんだお前」

 黒羽(くろは)は、よく笑う女の子だった。

「ふふっ」

 

 ()は孤児院で育った。

 

 俺は両親に捨てられたらしい、それはどうでもいい。孤児院の人たちは優しくなかった、それもどうでもいい。

 心は土のように渇き、不動で、なにもかもどうでもよかった。

 

「ここなら、寂しくないよ。大丈夫、わたしがついてるよ」

 けれど、黒羽に手を取られた時から、俺の心は土のように柔らかくなった。

 どうでもよくないことが一つだけできたんだ。

 唯一、俺に優しくしてくれた人。彼女だけが、俺の救い。

 不幸なことなんてなかった、幼馴染(黒羽)さえ居れば幸せだったのだから。

 

「ねえ、そうちゃんって呼んでもいい?」

 一度そう聞かれて頷いた時から、黒羽がずっと呼んでくれている名だ。

 

 一緒にゲームをした暖かい思い出がある。

「このラスボスさんかっこいい! 同じ喋り方してみて!」

「やだよ俺がしてもかっこ悪いだろ」

「ええー……かっこいいと思うんだけどなあ。()って」

 

 仕事ができる歳になって孤児院を出てからも、ずっと一緒にいた。

 

「そうちゃん、わたし、幸せだよ。ふふっ」

 

 そうなるのが自然なように、俺たちは結婚した――――次の日のことだった。

 

 黒羽が、事故に遭った連絡が来たのは。

 

 彼女の死体前で立ち尽くす中、俺は土の属性神(エレメンタル)に選ばれた。

 

 

 俺は幸福だった。けれど愛した女が死んだことですべてが狂ってしまった。

 大切な人の死が、どうしても受け入れられない。

 多くの人が、そういうものだと受け入れ乗り越えていくことだと、死とは否が応にも誰しもに訪れるものだと理解はしている。早いか遅いかだけで、黒羽は少しばかり早かっただけなのだと、理解、している。

 よくある別離なのだろう、わかっている、わかってる、わかってるんだよ。

 

 それでも痛みが風化しない。別のなにかを求められない。諦められない。強く生きられない。なあなあなまま生を続けられない。自殺を選んで黒羽との生を諦められない。俺のこの先の未来すべては、黒羽と共にしかあり得はしない。

 

 苦しみだけが、心に(こご)ったまま腐敗し続けていく。

 

 黒羽がいないままだと、俺はもう進めない。俺は、()には、無理だ。無理なんだ。

 

 死の現実(その当たり前が)、許せない。赫怒(かくど)が際限なく燃え上がり、否定せずにはいられないのだ。

 

 死んだ人を生き返らせたい。共にいたい。死んだ人間とまた会いたいと望んでなにが悪い。間違い正しさなどどうでもよい。道理など殺す。

 

 だから。

 

 なにをしてでも、取り戻さねばならない。

 

 

『世に燻る源よ、属性の()に至れ、我ら自然の体現者』

 

 

『愛しき人よ、生で在れ。お前は誰よりも美しい。何よりも美しい存在が、朽ちてはならない。失われることがあってはならない。

 

 愛する人へまた逢いたい。願いは間違っておらず。祈りも届いて(しか)るべき。残酷な現実などという逃げの言葉は許さぬ。光よ、在れ。

 

 蘇生(理想)は成るのだ。土になど還らせない。夢想妄想空想、否、これは否なのである。これは現実だ。蘇生が成るという現実。あり得ないなどと(のたま)うな。蘇生は現実に起きている。起きていることなら受け止めよ。無様な説法など口を慎め。今の(ことわり)として新生の価値観を持つのだ。

 

 

 ――蘇生よ、世に浸透せよ』

 

 

 

属性神(エレメンタル)――

来たれ新大地、(アースリフューザル・)

蘇生が当たり前の世は此処に在る(ヴィーダーベレーブング)

 

 

 

 そう。

『蘇生士』(リヴァイヴァラー)は諦めない。

 

 禁忌の果実を得るために、修羅道を踏破するために。ただ大切な人とまた逢うために。

 決して、諦めはしないのだ。

 

 たとえ自分と同じ苦しみを他人に押しつける(一人のお姫様を犠牲にする)ことになったとしても。

 

 正しさよ、死に落ちろ。

 

 

 

 修司が土屋に止めを刺す刹那、蘇生士は覚醒する。

 

 

 ヒーローは、地面に引きずり込まれた。

 

 

 地面すべて(・・・・・)が土の属性神(エレメンタル)で動いている。そう、地球が修司を殺す為だけに操作されていた(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「ぐ、ぅうおおおおおおおおおおおお」

 ヒーローは地下に神速で埋められていく。凹凸状に変形された大地の壁で聖鎧も肉体も削られながら。

 

「土とは、大地である。大地とは、この星である」

 

 馬鹿げた拡大解釈を現実とするのは、死の間際に想念の覚醒を果たしたことによって――属性神の在処――この世遍くすべてのエネルギーが集積する場所へ接続した影響だ。

「その場所」へ繋がった結果、主人公()に否定され続けてきた蘇生の願いを持つ者たちの嘆き、怒り、執念が、土屋創(つちやそう)という一人の属性司者に収束していた。

 今まで負け続けていた概念を背負う者の覚醒は、その想いを持つ者全てを巻き込んだのである。

 

「正論に苦しめられ潰されてきた哀しき同胞達よ。今こそ力を、我に託してくれ」

 

 勝てと、その願い(蘇生渇望)を抱き敗亡(はいぼう)したすべての者が言っている。土の蘇生士の背中を全霊で以って押している。

 土屋の逸脱した出力と効果範囲があったからこその「その場所」への接続、今まで属性力を扱う者の中で蘇生の願いを抱いた者達の精神とリンクし、出力を無限大に上昇させていく。

 

「我にはこれほどの運命(覚醒要因)がついている。光の少年、君はどうだ?」

 

 光の墜落が止まらない。修司が最初に落とされた数百メートルどころか、地殻を突破し、上部マントル、下部マントルを抜けて、D"層、外核、地下約2900km地点まで到達。まだ埋められる。

 川さんの祈りの力ですら、焼け石に水だ。

 

 

「――正論が蔓延(はびこ)っている。

 

 蘇生が成り立つ世の中になってしまったら命の価値は無くなる。失ったら取り戻せないからこそ人の命に価値はある。倫理に反している。死んだ人のためを思うなら背負って進むべきだ。彼女は生き返ったとしても悲しむだろう。生き返ったとしてそれは本当にその人なのか、違う誰かなのではないか。

 

 ああ、聞き飽きた。聞き飽きたぞ。

 うんざりだもうやめてくれ。

 

 それらの言葉は死者を蘇らせる手段がないという現実があったからこその、「今」に納得するための方便でしかない。

 実際に蘇生を実現させる手段が出て来てしまった今、無理に苦しんで納得する必要などどこにもない。

 可能になってしまえば容易く常識は変わる。常識など脆いものだ、所詮人が定義したもの。

飛行機がなかった(人が空を飛べなかった)頃も、人は大地に足をつけているからこそ人なのだとでも(さか)しらに(のたま)われていたのではないか? 今なら嘲笑されるような価値観だ。蘇生も同じだ。できるようになれば、同じように当たり前になる。

 生き返らせる手段があるのなら生き返らせればいい、また会えるのなら会えばいいのだ」

 

「何度でも言おう。僕は願いを否定しない、それは嘘じゃない。けど、「自分の大切な人を取り戻すためなら、人の大切な人を犠牲にしてもいい」なんて、そのやり方だけは絶対に許さないし阻止するよ」

 

「耳が痛いな。完膚なきまでの正論だ。だからこそ苦しい。いらないのだよそんなものは」

 

 土屋はもう止まれない。黒羽(愛する女)に逢えないのなら、彼にとって間違い正しさなど総じて無価値でしかないのだ。

 

ヒーロー(正しさ)、埋まれよ」

 

 内核、地下約5100km地点に到達、まだ埋められる速度は衰えない。

 

 

 

「何が起きてるんだ……」

 状況は犇々(ひしひし)と理解している。出力が上げられ過ぎた属性神(エレメンタル)は、属性司者(ファクターズ)である俺に状況を正確に理解させた。だが、現実が認められない。修司(ヒーロー)の抵抗がほとんど意味をなしていないなどと。

 

「埋めたぞ。地球の中心まで」

 

「は?」

 

「光の少年は今、地下6400㎞の地点にいる。364万気圧、5500°Cという超高圧高温地帯だ。人が生きていられるような空間ではない」

 

 でも修司は普通の人間ではない。

 生きているはずだ。

 先までと同じようにすぐ脱出してくるはずだ

 ヒーローは覚醒して戻ってくる。今にも光に覚醒し、腕を突き上げながら地面から飛び出てくるだろう。

 絶対に。

 絶対にそうなんだ。

 

「属性神で操るマグマに浸からせ、属性神が凝縮した地球すべてで潰したのだ。どのような超越者だろうと、死以外に末路は用意されていない。地球の中心で、死ね」

 

 ……。

 

 …………。

 

 ………………。

 

 遅いな。

 

 あれ。

 

 なんで。

 

 覚醒するのに時間がかかっているんだな。そういうときもあるからな。

 

 ………………。

 

 …………。

 

 ……。

 

 だが、いくら待っても、何も起こらない。

 

 戻ってこない。

 

「聖戦のエネルギーは、確かに充填された。属性司者が命を落とさないとあれは充填されない。つまり、我は、勝った、のだ」

 

 土屋は息も絶え絶えに、自分が本当に勝ったのか確かめる。杜撰(ずさん)な勝敗確認だ。修司が負けることはないのだから。

 

 俺には、散った属性神が無数の粒子となって降り注いでいる光景など見えない。

 

「思い知ったか、主人公()よ」

 

 お前こそ修司の凄さを思い知れ。今すぐにでも戻ってくるんだからな。

 

「負けちゃったね、天谷くん……」

「そんなわけないだろ」

 

「しゅう、ちゃん……?」

「うそ…………」

 

 川さんとお姫様も、ただ目の前の光景が信じられないのかその場で動かない。もっと修司を信じて堂々としてろよ。君らあいつのヒロインだろ。絶対に修司は戻ってくるんだ。

 

「我は、間違っていない。そうだろう。黒羽」

 土屋の呟きが、寂しげに深夜の学校に響いた。

 

「蘇生の願いが勝利した瞬間だ」

 

 なに、勝ったつもりになってんだよ。

 

 

 

 


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