由紀「倒れた…!?
一体何があったの!!」
晴翔「そいつはこれから確かめる。
ひとまず、俺は爆速で病院に向かう。
お前はヨシのやつにさっさと飯食わせて寝かしつけておいてくれ。
武蔵、お前もついでに食ってろ。」
と言い残し、晴翔は行ってしまった。
由紀は子供を寝かしつけに行ってしまい、今は武蔵だけがテーブルに残されている。
目の前にはすっかり冷めてしまったカレーが置かれていた。
武蔵「…この状況で、「食ってろ」って言われて呑気に食えるわけねぇだろ。」
病院で別れた後、長門に何かあったのだろうか?
事故か、何かしらの事件にでも巻き込まれたのだろうか?
ふと、雲雀島での記憶が蘇る。
姉と2人で手術室の前で、自動車に撥ねられた姉の友人の処置の経過を待った日のこと。
そして、「あの日」。
遺体の安置所で見た…、冷たくなった姉の姿を。
胸が、締め付けられる。
何であんな余計な事を言ってしまったのか?
何であんな別れ方をしてしまったのか?
こんなはずじゃなかった。
ただ、離れ離れになってしまった幼馴染の元気な姿を見たかった。
ただ、ずっと眠り続けている親友のお見舞いがしたかった。
それだけだったのに……
ガチャ
玄関が開く音が聞こえる。
晴翔が帰ってきたのだろう。
慌てて玄関へ駆け込む。
由紀も直ぐに駆けつけてきた。
晴翔「安心しろ、眠っているだけだ。
医者によると…過呼吸がどうって話だったな。
とりあえず、今は落ち着いている。
安静にしてれば大丈夫なはずだ。」
晴翔が長門をおぶりながら、説明してくれる。
長門は、無事だった。
由紀と武蔵は揃って安堵のため息を漏らす。
由紀「お疲れ様。
私が部屋まで運ぶから、後は任せて。」
晴翔「ああ、助かる。」
と、今度は由紀が長門をおぶり、部屋まで運ぶ。
こうして見るとお互いに助け合って生活している、良い夫婦に見えた。
「利害の一致」とは、もしかしたら「この事」なのかも知れない…と、武蔵が考えていると…
晴翔「それと…これ……。」
晴翔が包みが入った袋を見せる。
由紀が中を確認して…
由紀「……。
……なんでスッポン?」
晴翔「俺が聞きてぇ。」
由紀「生きてる。」
晴翔「…新鮮だな。」
武蔵(…言えない。せっかく用意してくれた優勝祝いの品を病院に置いていっちまってたなんて言えない…。)
「とりあえず、明日は鍋だな」、「亀の捌き方知らないよ…?」と、夫婦揃って困惑しつつも取り敢えずそれは冷蔵庫に保管されることとなった。
そして…
晴翔「武蔵、少し話がある」
と、武蔵はリビングに連れられた。
晴翔「なぁ、武蔵。
お前、病院で長門とは会ったんだろ?
何の話をした?」
武蔵は、病院での長門とのやりとりを包み隠さず話した。
晴翔「…お前じゃなくてハルが助かるべきだった?
まぁ、確かにその通りかもな。
今のお前はただの腑抜けだ。」
心底、軽蔑しきったような冷たい声で晴翔は告げる。
武蔵「…んな事分かってるよ…。だから俺は…」
晴翔「いや、テメェは何も分かってねぇ。
だから腑抜けだと言ったんだ。」
武蔵「…は?」
晴翔「テメェ、よくも長門に向かってそんなふざけた事言ってくれたな。」
晴翔は、「来い‼︎」と武蔵の胸ぐらを掴んで引き摺る。
晴翔は武蔵より遥かに体格が大きい。
あっさりと長門の部屋の前まで引き摺られたと思えば、部屋の中に放り投げられた。
武蔵「…っ、痛ってぇな‼︎」
由紀「え…、ちょ…何よ!?」
逆上する武蔵と、突然のことに困惑する由紀。
2人に構わず、晴翔は壁を叩いて怒鳴る。
晴翔「こいつを見ても同じことが言えるか!!?
言えるモンなら言ってみろ!今度こそブチのめしてやる!!」
武蔵「……あ」
その壁には新聞やスポーツ雑誌の切り抜きが貼られていた。
内容は、武蔵が参加した試合やその後の取材に関するものが大半を占めている。
加えて…
武蔵「……ジェラール…」
欧州で開催されたサッカー大会に関する記事も多く貼られており、その中にはあの後もサッカーを続け、祖国の大会で活躍するに至ったジェラールの姿がある。
晴翔「…長門は、ずっとお前ら2人を気にかけていた。
あの決勝戦だって見てたんだ。現地でな。」
武蔵「………」
言葉が出ない。
長門は彼女なりに4人の繋がりを守り続けていた。
自分が一番苦しい境遇にいるはずなのに、だ。
武蔵「長門…」
ベッドに寝かされている長門の姿が目に映る、前に由紀によって視界を遮られた。
由紀「…アンタたち、どういうつもりなの?」
晴翔・武蔵「え?」
由紀「え?じゃない!!
ノックもなしにレディの部屋に入って来るな!!
この唐変木共!!!!」
激怒した由紀によって2人は仲良く蹴り出される。
どうやら、長門を着替えさせていたらしい。
一瞬だがチラッと見えてしまった。
武蔵は居間で正座させられ、晴翔は由紀に絞られている。
由紀「信じらんない!何考えてんの!?」
晴翔「誤解だ!俺はただアイツに見せたいものがあって…」
由紀「最低!!何てもの見せようとしてんのよ!!」
晴翔「だから誤解だって…」
由紀「誤解もヘチマもない!そもそも年頃の女の子の(ry」
ガミガミと由紀が晴翔に説教している。
長門が絡むと、晴翔は強気に出られないらしい。
それだけ大切に思われてるのだろう。
由紀「それと武蔵君」
晴翔への説教は終わったらしい。
次はこちらの番だと覚悟を決める。
由紀「…武蔵君、いくつになったの?」
かなり、意外な質問をされる。
武蔵「…11」
由紀「そっかぁ、もう11歳か。
まぁ長門と同級生なんだから、そうよね。」
と、感慨深そうに呟く。
由紀「色々、難しいことが分かるようになって…、色々悩んじゃう年頃よね。
正解が分かり辛い事とか、そもそも答えのないようなことを深く考えちゃって、苦しいでしょう?」
由紀が優しく武蔵の頭を撫でながら言う。
晴翔「甘やかすな、調子に乗るだろ。」
由紀「……嫉妬?」
晴翔「ほざけ。
…なぁ、武蔵。お前、居なくなっちまった人間と、今目の前にいる人間…どっちが大事なんだよ?」
武蔵「…どっちでもない。
俺にとって一番大事なのは、姉さんと、アイツら3人だ。」
あれから7年。
榛名がいない時間の方が、長くなってしまった。
それでも、榛名と、長門と、大和と、ジェラールと共に過ごした黄金のようなあの日々は、今でも胸に刻まれている。
晴翔「…そうか。質問をかえるぞ。
お前にとって、サッカーは何だった?」
武蔵「…分かんねぇ。
…けどサッカーしている時は、姉さんとの、みんなとの繋がりを強く感じられた。
「俺はこの瞬間の為に生まれてきたんだ」って本気で思えた。」
そうだ。
単にサッカーそのものが好きだったんじゃない。
姉さんが、みんなのことが、好きだったんだ。
みんなを繋げてくれるサッカーが、好きだったんだ。
あの日までは…
武蔵「だから、…あの日、姉さんがいなくなって、大和や長門とも離れ離れになった途端に分からなくなった。
何の為にサッカーをするのかも、何を目指せばいいのかも」
それでも、続けていくからには動機と目的が必要だ。
武蔵「気づけば俺は周りの連中を、楽しそうにサッカーしてる奴らを打ち負かすことに躍起になってた。
…羨ましくて、妬ましかった。
だから不幸にしてやりたかった。
優勝したのは…単にその副産物だよ。」
ポツポツと独白を並べる武蔵の話を静かに聞いていた由紀が、ようやく口を開いた。
由紀「…そうかな?」
武蔵「え?」
由紀「それだけの為に、全国大会で優勝できるようになるまでサッカーに打ち込めるとは思えないよ。」
武蔵「それは…、必死だっただけで…」
由紀「そう!それって凄いことだよ!」
武蔵は由紀が何を言っているのかがわからなかった。
武蔵が目を丸くしていると…
晴翔「何であれ、「道」を極めることはそんなに簡単なことじゃねぇ。
例え好きなことであっても、な。
動機…目標…、確かにそれらは不可欠だろうが、それ以上に大切なものがある。
何か分かるか?」
武蔵「……………」
晴翔「情熱だ」
武蔵「情、熱…?」
何を言っている?
さっきの話を聞いていなかったのか?
サッカーを自分勝手な八つ当たりの手段に使うような奴に、そんなものが備わっているはずが…
晴翔「あるに決まってるだろ。
そうじゃなきゃ、全国大会優勝なんてできるわけねぇ。
お前が気づいていないだけだ。
……少しの間、サッカーから離れてみるってのも手かもしれんな。
お前には時間が必要だ。
疲れきった心と体を休める時間。
自分自身と向き合って、考える時間がな。」
武蔵「それは、ダメだ。」
晴翔「何でだ?」
武蔵「約束なんだ。「ずっとサッカーを続ける」って約束したんだ。
みんなと…
俺は、姉さんの分も、大和の分も…、サッカーを続けていかないと…。
2人の夢を背負わないと…」
晴翔「戯け、重く考えすぎなんだよお前は。
夢は背負うものじゃない。
もう少し、肩の力を抜いてみろ。
人生は、もっと楽しいぞ。」
晴翔は武蔵の肩に手を置き、続ける。
晴翔「新しい目標を探せ。
…ハルの影を追うのは構わん。
だが、影だけに囚われていれば、本当に大切なものを見失う。
お前が新しい目標を見つけた時、燻っていた情熱は再び目を覚ます筈だ。
そうしたらお前、サッカーしたくてたまらなくなっちまうと思うぜ?
そうなった時、もう一度始めればいいじゃねぇか。
サッカーは、いつでもお前を待っていてくれる。」
武蔵「…はい…」
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翌日
由紀「ここまででいいの?」
武蔵「うん、送ってくれてありがとうな。先生。
…長門。昨日は悪かった。それと、ありがとう。」
長門「もう何度も聞いからいいよ〜。
てか、私こそ迷惑かけたよね。
だからお互い様!」
実家へ帰る為、駅のロータリーで別れることになった。
長門は一晩で回復し、例のスッポンを捌き、鍋を振る舞ってみせた。
…一体どこであんな技を覚えたのであろうか。
あいも変わらず、底が知れない。
長門「武蔵…、サッカーやめちゃうの?」
武蔵「…ああ。
でも少しの間だけだよ。
晴翔さんの言う通り、考えたいんだ。これからの事を。」
長門「…戻ってきてよ。絶対だよ。」
武蔵「大丈夫だよ、長門。
これからはちゃんと前を向いて、頑張っていくから。」
決意を新たに、武蔵は長門へ微笑みかける。
長門「信じてるからね…武蔵…。」
長門が少し寂しそうに呟き、互いに見つめ合う2人を見て…
義晴「…できてりゅ?」
と、義晴が2人を指さして母親に尋ねる。
武蔵「できてない!!」
慌てて武蔵が誤解を撤回しようとすると
長門「ない…の?」
と、長門が寂しそうな目で武蔵を見つめる。
武蔵「な…!?」
長門「冗談冗談〜。ほら、ヨシ君、武蔵お兄さんに「バイバイ」してね〜。」
義晴「バイバイ」
晴翔と由紀の子、長門の新しい弟が手を振って来る。
「あの日」の武蔵と同じくらいだろう。
少し、当時の大和に似ている。
僅かではあるが、やはり血の繋がりはあるのだ。
そっと、義晴の頭に手を置き、
武蔵「またな。
お姉ちゃんを大事にするんだぞ。」
笑顔で別れを告げる。
武蔵(新しい、目標。
真面目に考えてみるか。)
11歳のある冬の日、寒空の下、武蔵は新たな一歩を踏み出した。
さらに連投です。
この回は武蔵君の闇の部分の独白と、晴翔お兄さんによるセラピー回でした。いつのまにか晴翔さんの存在感も大きくなった気がして生みの親としては嬉しい限りですね。
持論ですが、必死にやればやるほど盲目になって、大事な事を見失う事ってあると思います。だから、あえてその事柄から距離を置いて、離れた所から見つめ直してみるのってすごく大事だと思うのですよ。
停滞ではなく、もう一度前進するための休息という意味で。
「第1章 Re:Start」は、武蔵君がサッカーと、自分自身と向き合い立ち上がる為の章です。この回で武蔵君は「新しい目標」を見つける。という目標(?)を得ます。それを手にしたところで、次章という流れになるのでしょう。
それではまた、次のお話で