「何?近くにいた男子生徒の方を撥ねてしまった、だと?
獅子王榛名ではなく?」
報告を受けた男性は眉間にシワをよせる。
男の名は影山零治。
帝国学園の総帥にして少年サッカー協会副会長を務める人物だ。
「何をしている?「獅子王榛名の決勝戦出場を阻止しろ」と言ったはずだが…。
ほう、利き手を痛めた?おそらく出場は断念する?ふざけるな。「おそらく」ではない。確実に阻止しろ。
と言いたいところだが…」
チラッと新聞に視線を向ける。
「村上中サッカー部員、車に撥ねられ重体」
先日の試合以降、世間から注目を集めていた村上中サッカー部。
その部員の1人が轢き逃げに遭ったというニュースはメディアを通して凄まじい勢いで世間に知れ渡っている。
当然、警察も動いており捜査に入っている。
場所は瀬戸内海に浮かぶ小さな島。住民同士の結束は固く、そして外部の人間には敏感だろう。
下手に手を出して証拠を増やすリスクを犯すような価値は、今の獅子王榛名にはない。
「…いいだろう。これ以上の手出しは不要だ。」
(仮に出場してきたとしても、奴は手負いだ。
やりようはいくらでもある。)
〜同じ頃〜
「みっちゃん…」
事故の翌日、榛名は病院で政道の看病をしていた。
その隣には、
「……。」
一言も発さず、黙々と林檎を剝いている政道の母親が座っていた。
(気まずい…)
昨日謝罪の言葉を一蹴されて以降、一言も話していない人物と二人きりだ。
榛名の精神的負荷は計り知れない。
(場違い…かな。私が隣にいたら、お母さんもきっと気分が悪いよね…。)
席を立ち、病室を出ようとする。
「どこへ行くの?」
「え?…いや、その…。飲み物…。」
咄嗟に、すぐにバレそうなウソをつく。
不審に思われてはしないかと恐る恐る相手に目を向けると
「ん。」
スポーツドリンクが差し出されていた。
「あ、…ありがとうございます。えっと…、お母さん。」
「…お義母さん?」
ギロッと冷たく刺すような視線。
「字が違う!」心の中で叫ぶ。
「真紀(まき)よ。伊吹真紀。
弟さんが通っている保育園に、「由紀」って先生がいるでしょう?アレの姉。」
「!ご挨拶が遅れました!獅子王榛名です。
政道君とは、同じチームで…。」
「知ってる。政道や由紀からよく話は聞いているから。
大会、残念だったわね。」
「え?」
「え?って何よ。その手じゃ出場は無理でしょう?」
そう、私は昨日医者から大会への出場は諦めるように言われた。
でも、それはあくまで医者の判断だ。
私の意思じゃない。
「私、出ます。」
「…。」
「試合には出ます。次の試合できっちり勝って、政道君にトロフィーをプレゼントしたいから!それくらいしか、私に出来ることは無いから…」
「…呆れた」
パシンッ
病室に響く、乾いた音。
頬に走る衝撃。
思わず床にへたり込む。
真紀は容赦なく榛名の襟首を掴み、眠っている政道の前に突き出す。
「一体、誰のおかげでその程度の怪我で済んだと思っているの?
何の為に、この子がこんな目に合ってると思っているの?
そんな手で試合に出て怪我が悪化でもしたら、この子はどう思うか考えてる?」
そんなことは分かっている。
彼のおかげで、自分は今こうして話していられる。
彼は自身を犠牲にして、自分を守ってくれた。
そんなお人好しが、「無茶をしてでも試合に出ろ」なんて言うはずがない。
「そんなことは!分かってますよ!!」
「分かっていない!!」
再度頬を打たれる。
同時に、病室のドアが開いた。
「お見舞いに来たよー~。
…って、何してるの!?お姉ちゃん!」
「由紀?ああ、来てくれたのね。ありがとう。」
「あぁうん、ハルちゃんのお見舞いも兼ねて武蔵君たちと…じゃなくて!!」
「ん?これ?
何にも分かっていない小娘を躾ているのよ。」
言いながら、再び榛名の頬を打つ真紀。
「待って待って、落ち着いて!ちゃんと話を…」
「話ならちゃんとしたわよ。だからこうなっているの。」
再び真紀が榛名を打とうとして…、
「おね…」
「姉ちゃんをイジメんなぁーーーーーー!!!」
由紀の隣にいた武蔵が真紀に向ってタックルをくらわす。
「きゃ!?」
突然の衝撃によろけて倒れる真紀に向かって、武蔵はポカポカと追撃をくらわす。
「ちょっ、何よ。由紀!止めなさい!」
「はいはい。
武蔵君、オバさんはもう降参するって。
やったね!武蔵君の勝ちだ!」
やれやれ、という感じで武蔵を引き剥がす。
追撃はやめたものの、真紀を睨む武蔵。
俯いたまま座り込んでいる榛名。
数刻の沈黙の後、真希が口を開いた
「…先生がね、言っていたの。
この子は、もう以前のようにサッカーは出来ないだろうって」
「…え」
榛名の表情が凍りつく
「脳や内臓は大きな損傷はなかったから、生命活動に支障はないと思うけど、足の状態が悪いって。場合によっては、杖を使って歩くことになるかもって、言っていたの」
「そん、…な…」
「でもこの子の事だから、きっと後悔はないはずよ。そういう子なの。分かっているでしょう?」
「……」
「でも、もしあなたが今無理をして、もっと大きな怪我をしてしまったら、この子がした事は何の意味も無くなってしまう。
大事な大会なのは分かっている。私だって、あなた達の試合を楽しみにしてたのよ?
でも、今は我慢しなさい。ちゃんと休んで、しっかり怪我を治すの。
今は無理でも、また来年挑戦すればいいじゃない。」
「…はい」
「今、あなたがするべき事は二つ。
その怪我を完全に治す事と、政道が目を覚ました時に笑顔で迎えてあげること。
この子にとってはそれが何よりも大事な事なの。
それが、「責任をとる」ということよ。」
「はい…!」
「由紀。
林檎、剥いておいたから、みんなで食べてて。」
「…お姉ちゃんは?」
「トイレよ、言わせないで。」
「…そう。」
「あの…」
榛名は呼び止めようとして、すぐにやめた。
「今はそっとしてあげて」
由紀が榛名の肩を抱き、囁く。
「はい…」
静かに、真希の背中を見送る。
その背中は小さく、微かに震えて見えた。
おのれ影山‼︎
あの世界、理不尽なことは大体影山総帥のせいってことに出来るから良いですよね。
白状しますと、帝国の不敗伝説を破るのは円堂の役目ですので、榛名ちゃんには負けてもらうしかありませんでした。でも、榛名ちゃんが帝国に負ける様を書きたくなかったので、不戦敗ってことにしたかったんです(負けるより酷い目にあってるけど)。
今回もまた重い話になってしまったうえ、結局大和達は登場させてあげられませんでした…。
次話はもう少しは明るい話をかけると思います。
それではまた、次のお話で