えんだーりりーず! ~リリィの秘密の日記帳~ 作:ひょうたんふくろう
今日はみんなで禁域と呼ばれるところを探索し……ようとしたけど、あまりうまくは進みませんでした。
禁域は穢れでいっぱいです。普通にしているだけでもかなり苦しいし、とびきり穢れの濃い所ではファーデンさん特製のマスクが無いと息をすることもできないです。こんなところに研究所を作ったファーデンさんは、ちょっとその……不思議な人だと思います。
ちょっと話が反れたけど、ともかく禁域はとても危険な場所です。リリィやみんなは最強だから大丈夫だけど、普通の人は近づくだけでも危ないです。
なにより……あの、おっきいお肉のお化け! あれがリリィ、すっごくヤなの!
もうね、リリィよりずっとおっきくて……! ゲル爺よりも大きいんだよ!? しかもブクブクに膨れたお肉なのにカサカサ動くし! なんかすっごく速いし! 動きが本当にキモチワルイの。
禁域はそんなお肉のお化けがたくさんいるのでリリィは嫌いです。大きいから倒すのも時間がかかるし、攻撃だってすっごく強いし……。しかもそんなのが何十匹もいるんだもん……。リリィじゃなきゃ泣いてたよ?
あれは穢者……であっているのかなあ? 毒を吐いたり手でびたーんっ! ってやったり、かと思えば体からにょきっ! って棘を生やしたりするし。他の穢者はまだ生き物って感じがするけれど、あのお肉のお化けはそんな感じが全然しない。もっとこう、ルールからかけ離れた別の何かって感じがする。
……やっぱり早く、穢れをなんとかしないと。あんなのが今でも生まれ続けているだなんて耐えられない。リリィには直接アレをどうにかすることはできないから、せめてできることだけでもやらなくちゃ。
今日はちょっと、本当に疲れたからここまでにしておくね。
リリィ、頑張った! 今日はこの辺で、おしまい!
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旅をしていて困ることがいくつかある。その最たるものが穢者の呼び名だ。
今更語るまでもないだろうが、穢者は実に多種多様で様々な姿、能力、特性を持つものが確認されている。正確に数えたことは無いが、我々が頻繁に遭遇し、容易に判別できるものだけでも三十種類ほどはいるだろう。
例えば旅の途中で自分が真っ先にその穢者を発見した時。例えば休憩時にそこによく出る穢者への対応方法を相談する時。
もっと言えば、その穢者について呼称する必要がある時──穢者の名前が無いというのは実に不便で、由々しき問題だ。
「騎士」、「弓手」あたりは別にいい。見たままだし、それ以外に形容のしようがない。「兵士」、「弓使い」と多少表現のブレがあったとしても、何を指しているのかは簡単にわかる。というか実際、そのあたりは我々の間でかなり呼称のズレがある。
ただし、それ以外の奴が問題だ。
例えば、「キノコ」、「魔術師」、「ぼんくら」、「杖持ち」、「ふわふわマッシュマン」。
例えば、「クモ」、「信徒」、「ブラブラ」、「虫けら」、「ぶらぶらアルケニー」。
例えば、「ツボ」、「カメ」、「ゴソゴソ」、「潜み人」、「度し難い引きこもり」。
例えば、「騎兵」、「馬」、「ぱかぱか」、「槍使い」、「馬型四足歩行人間」。
例えば、「樹」、「触手」、「うねうね」、「化け樹」、「邪悪なる血肉樹」。
例えば、「ネズミ」、「害獣」、「ちゅうちゅう」、「雑魚」、「パニック・チューチュー」。
……と、同じものを指していても個人によってこれほど呼び名が違う。元より穢者に名前なんてあるはずがないからしょうがないのだが、会話がかみ合わないことが多々あり、そのたびにお互いに説明をしなきゃいけないのがもどかしくて敵わない。容姿で説明しようにも、穢者なんてみんな似たようなものだ。
これが地味に面倒で、そして思った以上に厄介なのかは……おそらく、私達だけにしかわからないのだろう。あの水の中にいる奴なんて、「水の中にいるやつ」としか呼ばれてないし。
さて、そんなわけで日々互いの認識のすり合わせをすることが常である私達だが、そんな中、唯一あのクソ肉塊だけは最初から全員の認識が一致していた。
「肉塊」と言うその一言だけで全員が間違いなく同じものを思い浮かべ、そして全員があの肉塊のことを「肉塊」と最初から呼んでいた……これがどれだけすごいことか、果たして他の人に伝わるのだろうか?
まぁ、「肉塊」以外に形容する言葉が無いからな。逆にアレを見て他の言葉が浮かぶのなら、ぜひとも聞いてみたいところだ。
あの肉塊には我々全員が手を焼いている。無駄にタフで攻撃力も高く、図体もデカいものだからやり過ごすのも難しい。被弾せずに戦うのはかなり厳しく、その上遭遇するのが禁域という環境としては最悪の場所だ。足場も悪くて狭いのに、何十匹もいるとか悪夢でしかない。
おまけにあいつ、見計らったかのようにお守りの欠片の前や絶対通らないといけない通路に陣取っていやがる。本当に腹立たしい。いったい何度心の中で舌打ちをしたことか。
結局、あのクソ肉塊に一番有効なのは至近距離でファーデンにぶっ放してもらうことだろうか。それでさえ、懐に潜り込むというリスクがある。イレイェンなら遠くから攻撃できるが、いかんせん火力が足りないうえ、あのクソ肉塊のリーチはイレイェンのそれと同等以上。正直言ってあまり有効ではなかった。
……こうも手こずる相手だからこそ、みんなが「肉塊」と呼んでいるのかもしれない。もし取るに足らない相手だったら、名前すら付けられずに終わっていたはずだ。
なんだか少々愚痴っぽくなってしまったが、この辺りにしておこう。肉塊のあの動き、夢に出てきそうで正直私も好きじゃない。もはや眠ることのできないこの体に、今だけは感謝する。
リリィへ。
シルヴァのスカートの中に日記を隠すのは反則だろう? 次はもっと別の場所にするようにな。
──前から思ってたけど、みんなセンスがひどいね!
──あんたに言われたくないんだけど? 「ぱかぱか」は可愛くていいじゃん。
──それよりも、黒騎士さんはいったいどうやって日記を……まさか……。
──いや、彼女はリリィの添い寝をするシーグリッドに夢中になって、スカートが盛大に捲れていることに気づいていなくてな。黒騎士が日記を見つけられたのはそのおかげだ……安心しろ、ちゃんと毛布は掛けておいた。
──全然安心できない。