えんだーりりーず! ~リリィの秘密の日記帳~ 作:ひょうたんふくろう
今日はいったん崖の村まで戻り、みんなで修業をすることにしました。なんと言っても、目下の課題はリリィの身体能力の向上についてです。リリィはみんなと違って速く走ることもできないし、力も弱いから、いつも守ってもらってばかりです。だからせめて、いざと言う時は自分一人で逃げるくらいはできるようになる必要があります。
ユリウスおじさんにアドバイスを求めたら、「新兵は皆、走るところから始める」と教えてもらいました。ただ、この辺りは瓦礫も多く、崖の上でもあるので走り回れるほど広い場所はありません。
そんなわけで、村長さんに手伝ってもらい、びたーんっ! ってやるやつで修業をしました。
黒騎士の次に会った、あの男の子の得意技。リリィもシルヴァに会うまでは、あの子の真似をしてびたーんっ! って逃げることが多かったので、ここで一つ、基礎的なことを改めて鍛えようと思った次第です。やっぱり、いざってときはそう言う最初に覚えた何気ないことが咄嗟に出てくると思ったから。
具体的な修行法はこうです。まず、村長に下に寝っ転がってもらい、次にリリィが屋根の上まで登ります。そして、勇気を出してそこから村長に向かってびたーんっ! ってやるのです。
村長のおなかはぽよぽよで柔らかいです。だから、どんなに全力でぶつかってもへっちゃらで、全然痛くありません。こうすることで、全身を満遍なく鍛えて瞬発力を上げると同時に、いざってときにびっくりしないための勇気を身に付けます。
何度も何度もびたーんっ! ってやったので、きっと今のリリィは昨日のリリィよりも最強です。全身が筋肉痛なので、間違いないと思います。
……あと、これはないしょのすごい発見なのですが、もしかすると村長はシーグリッドどころかシルヴァよりもふかふかで柔らかいかもしれません。イレイェンには勝てないと思うけど……。
ふう。今日は疲れたのでこのくらいにしておこうっと……明日起きて、筋肉ムキムキになってたらどうしよう? さすがにそんなことは無い……よね?
リリィ、頑張った! 今日はこの辺で、おしまい!
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リリィへ。勘違いしているようだから、この際はっきり言っておこう。
お前の身体能力は、間違っても低くはない。低くないどころか、類稀なるものを持っていて、さらにはっきり言って……その年齢、体格にしては異常なほどの頑健さを誇ると言ってもいいだろう。
まず、ああも見事なヘッドスライディングができる人間はそうそういない。私が最初にお前のヘッドスライディングを見た時は、そのあまりの美しさに感動したほどだ。小さな体躯が描くあのアーチには、ある種の芸術性すら秘められていると思う。
お前が何気なくこなしている崖登りも、本来は普通にできることじゃないんだ。お前は片腕さえかかればどんな崖だろうとよじ登って見せるが、大人であってもそれができる人間は多くない。必死に、懸命に身を持ち上げるその姿は微笑ましく、愛おしさを覚えるものであるのは事実だが、実はかなりパワフルで凄まじいことをやっているんだ。
そして、雪が降りしきる中でもお前は弱音の一つも呟かない。ひらひらした薄い巫女服で腕も足も晒しているのに、あんな粗末な靴だというのに平気で極寒の雪の中を走り回っている。むしろはしゃいでいつもより楽しそうにしている節すらある。本当だったら凍えてまともに動けなくなるというのに。
何より。
何より、お前には穢者を前にしても臆さない勇気がある。いいか、恐れるのと怯えるのは別の話だ。お前は心の底で穢者を恐れていたとしても、それでも穢者の前に立つ勇気を持っているんだ。普通の子供なら……いいや、鍛え上げた屈強の戦士であっても、それができるのが果たして何人いることか。
リリィ。お前は私たちに助けてもらってばかりだと言うが、それは違う。私たちも、お前のその勇気ある姿に何度助けられたことか。お前のその心の輝きがあるからこそ、私たちはお前のために頑張ることができるのだよ。
……あと、お前の身体能力は本当に凄まじいから。この前、全てが終ったら剣を教えようと日記に書いたが、アレ九割方本気だからな。私もユリウスも、リリィなら本当に戦士の天辺を取れると思っている。身体能力だけで巫女の護衛の騎士と王国の騎士団長にそう思わせたんだから、もっと自信を持っていいんだ。
ちょっと照れくさいが、これが私たちの本音だ。リリィはいつも通り、リリィらしくあればそれでいいんだ。難しいことを考えるのは、全部私達大人の仕事だからな。
最後に。
ファーデンの蔵書の中に日記を隠すとは、なかなか考えたな。今回は正統派かつ予想外で結構苦戦したぞ。これからもこの調子で励むように。
──柔らかさなら負けませんよ♪
──何の、儂だって。
──イレイェンの悲鳴が聞こえる。激昂した二人から逃げているらしい。村長は無事だろうか。
──もうすでに手遅れだ。廃墟の裏で悲しそうに笑ったまま伏していたよ。