インフィニット・ストラトス 〜絶望の未来から来た戦士〜   作:HOPE

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第1話 隻腕の青年

 

 

 

 落ちていく…落ちていく。どこまでもどこまでも。無限にも感じられる空間。太陽の光に照らされる事なく、時すら止まった大きく小さい空間。人の魂が重力によって地球に引っ張られていく様に己の体が落ちていく。朦朧とする意識の中、己の右手が空を切る感触を感じる。

 これが死という物なのだろうか。父から聞いていた物とは全く違う様に感じられる。喜び、悲しみ、恐怖、全ての感情を失ったかの様な気分になってしまうほど、ここは暗い。

 

 ──父…さん…

 

 幼き頃に憧れ、尊敬していた強く立派な父の姿を思い浮かべながら、唯一残っていた右腕を天に向ける。否、この落ちゆく空間において天や地があるのかは知らないが、少なくとも今だけは天に手を向けていると思いたい。

 瞼が重くなり、身体から力が抜けていく。あぁ…この感じは。きっとそういう事なのだろう。まだ微かに生きていたのかもしれない。だが、もう今度こそ消えるのだ。自身に宿っていた命の灯火が…消え…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ♦︎♦︎♦︎♦︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 澄み切った空を眺めながら手に持った缶コーヒーを口に運ぶ。厳選されたコーヒー豆から生み出される苦味は、朦朧としていた脳の働きを活性化させ、再び現実世界へと意識を蘇らせる。持て余したボールペンを器用にくるくると回転させ、再び書類に向き合うものの、一度失せてしまったやる気というのは再び元には戻らないものだった。

 

「お疲れ様です、織斑先生。少し休憩しに行きませんか?」

「そうだな。気分がてらに休憩にしよう。…何か甘いものが食べたくなってきたな」

「それならドーナツでも如何ですか? 実は今朝買ってきたんですよ」

「ほう、ドーナツか。いただいてもいいかい? 山田先生」

「勿論ですよ」

 

 そう言って織斑千冬にドーナツを差し出す山田真耶。お互いに疲労感から解放されたのか、椅子にもたれかかっているが、幸いな事に今ここにいるのはこの2人だけだった。

 真耶から貰ったドーナツを一口かじる。甘めのパン生地にふんだんにかけられた砂糖が糖分を欲していた体に染み渡り、思わず頬が緩んでしまう。その後に再びコーヒーを飲むと、甘さと苦味の丁度いいバランスとなり、またしても頬を緩める事となる。

 普段の彼女からは想像できない反応だろう。言い換えるならそうなるぐらい仕事に追われている言える。実際彼女たちの目元には深淵に匹敵するぐらいの濃い隈ができていた。

 

 がらんとした部屋…いや、普段は他の職員で賑わっている場所だが、あいにく今は皆がお昼休憩を取っている。否、ここ最近は皆お昼寝をとっていると言った方が良いだろう。なにせ今日で4徹目の人がいるぐらいなのだから、飯より寝れるうちに寝たいと思うのは自然だろう。

 

「あの馬鹿め… 普通IS学園と愛越学園を間違えるものなのか?」

「ま、まあ…何か手違いがあったんですよ…きっと」

「どんな手違いでそうなる…!」

 

 そう言って天を仰ぐ4徹目を迎えた千冬。馬鹿こと織斑一夏…名前から察せれる様に織斑千冬の実の弟が起こした『世界の常識すら塗り替える大事件(インフィニット・ストラトスを動かした事)』の後始末に追われている千冬にとって、恨み言の一つはや二つは言いたくなってしまうだろう。まだ仕事をしているだけマシと言える。もし法律とか破っていいのだとしたら、彼女はISにのって気晴らしに物を破壊しまくるだろう。

 ただ、今後のことを考えると恨みよりも姉としての心配が出てきてしまうのも事実。

 

(…問題は一夏の今後だな…ブリュンヒルデの弟という肩書きはアイツの重石になるだろう…それに女尊男卑に染まった奴らが何をしでかすかわからん)

 

 かつて己が獲得した最強という称号が今の女尊男卑の世界を作り、そして弟を苦しめることとなっている。その現状を考えると、千冬のため息はますます重くなるばかりだった。

 

(アイツには普通に日常を過ごしてほしかったんだがな)

 

「この調子ですと、男性の操縦者は織斑先生の弟さんだけになるんですかね?」

「その点はわからんな。ただ一夏以外の男がISを動かしたと言う報告は日本を含め、各国からも今現在報告されていない。隠蔽しているのならば話は別になるが…」

「隠蔽して人体実験するより、男性操縦者として世界にアピールした方が利益が出ますもんね…」

「どちらにしろ私たちがやらないといけないことは、ISをファッションの一つや二つと思っている新米共に、その危険性について叩き込むことだ。性別など関係あるものか」

「そうですね」

 

 新しくIS学園に入学してくる以上は、誰であれISについての知識とその危険性を叩き込むことに変わりはない。例え男が入ってこようとそれは変わらないのだ。『IS』という()()()()()がどのようなものかを、彼らは知らなければならない。

 それはそれとして。新たな男性操縦者が見つかって欲しいのも事実。理由は至極真っ当、弟が孤立するのを防ぐためだ。そういうところがブラコンと言われる由縁なのだが、その事を指摘した末路は…言わなくとも分かるだろう。

 

(新たに男性操縦者が出るのならば、一夏の精神的にも楽になるかも知れんが…そんな簡単に見つかるわけがないか)

 

 そう思いながら最後のドーナツに手を伸ばした瞬間…

 

 

「「───っ!?!?」」

 

 世界()()()()が震えた。海洋プレートが大陸プレートに沈み込む事で起きる地震とは違う。何故だか、そうハッキリと感じられる揺れが起きていた。

 その直後、この施設にあるアリーナの方からまるで()()()()()()()()()()()()()音がする。気が緩んでいたこともあり、一瞬何が起きたのか事態が飲み込めなかったが即座に頭を切り替える。IS学園が襲撃される、ということはないだろうが、もしもの可能性は否定できない。

 

「山田先生、先程の音の方角はアリーナだ! アリーナの被害情報はっ!」

「は、はいっ! えっと……使用していた生徒はいませんので生徒の怪我人はありませんっ! アリーナの被害情報については遮断シールドを突破されているようですっ!」

「最悪な状況だな…」

 

 遮断シールドを突破したということは、IS持ちの襲撃者の可能性が高い。この学園にいる実戦経験のない生徒達が襲われようものならば、どれだけの死傷者がでるか見当も付かない。

 

「山田先生は他の教員を引き連れて、IS装着後にアリーナへ向かうように。もしもの可能性もあるため準備は怠らないようにしてくれ」

「織斑先生はどうするつもりですかっ!?」

 

 真耶の返事に答える事なく、持ち前の常人離れしたスピードでアリーナへと向かっていく。道中、頭の中には侵入者の可能性としてとある馬鹿兎がよぎる。確かに彼女ならアポ無しで遊びに来た友人の様に襲撃に来る可能性はあるだろう。寧ろそうであってほしいと思うのは、やはりまだあの馬鹿を信用している自分がいるという事なのだろう。

 そんな事を考えているうちに直ぐにアリーナの前に着く。煙がまだたちこもっており、誰がそこにいるかは肉眼では分からなかった。ISだった場合は生身で時間稼ぎをしなければならないのだが、千冬にとってそれは決して不可能ではない事だ。細胞の一つ一つがオーバースペックとも呼べる馬鹿兎と同等の力を持っているのが千冬だ。その気にさえなればIS程度どうともなるだろう。

 

(あの穴…遮断シールドをこじ開けたというより、たまたま何かが墜落した様に見える…となると襲撃は思いすぎだったか?)

 

 幸いな事に生徒達がアリーナを使っていなかったので負傷者はいない。とにかくこの煙の中を掻き分ける様にして近づいていくと、徐々に地面に倒れ伏している人影が目に入ってきた。動く気配がない事を見るに気絶しているのだろう。

 

(あの人影から見るに、ISは解除されたらしいな…ならば今のうちに捕らえておくべきか)

 

 そう思った直後、やっとこさ視界が晴れ墜落してきた人物の顔を見ることができた。そしてその姿を見た時、千冬は思わず目を逸らしたくなってしまう。

 

 そこには山吹色の胴着を着たボロ雑巾のような青年が横たわっていた。身体中から血を流し、顔には生々しい傷跡が入っている。明らかに何かに襲われたであろうその傷口から流れ出した血液が、乾いた大地を赤く濡らしていく。そしてなにより目を引くのが…本来あるべき筈のものがない左袖だった。

 

「…かふ…」

「まだ息があるのか…?」

 

 何故生きているのかと思わずにはいられないその傷の中で、青年が息を吹き返した事に思わず驚愕する。間違いなく致命傷であろう傷だというのに、なぜ息を吹き返すことができるというのだろうか。

 

「織斑先生、大丈夫ですかっ!!」

「あぁ…私は大丈夫だ。とりあえずこいつを医療室に運ぶぞ」

「こいつ…って…!? な、なんですかその人は!?」

 

 真耶もこの状況の異常性に気づいたのか声を上げてしまう。それは他の教師も同様で騒めきが波紋になって伝わっていく。

 しかし、そこは流石プロと言ったところか。すぐさま青年の体を抱え、医務室に即座に運んでいった。

 

(なんだ…この胸騒ぎは…)

 

 そんな中で感じる妙な胸騒ぎ。これから何か良くないことが起きる、そんな確信めいた不安が千冬の脳裏を駆け巡った…。はたしてその予感があたることになるのか…それは神のみぞ知る。

 

 





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