12月前半。
吐息が白くなる頃。
GⅠレース。
『朝日杯フューチュリティステークス』
ジュニアのウマ娘達が挑む大舞台。
フルゲート18人。
そうだ、僕を含めて18人走っているんだ。
それなのに、たった一人の名前を呼ぶ観客たち。
僕ではない誰かの名前だけが呼ばれる。
みんながその赤に熱狂していた。
ちくしょう。こちとら転生者だぞ。
この場では全く意味がない心の愚痴を溢す。歯を食いしばって、掛かりそうになる心境で足を回す。バ群の先頭を行く楽しげな少女を追って、ターフの上を必死の形相で駆けていく。
それでも。
それでも先頭を行く少女がどんどん遠くなっていく。
勝ちたい。
勝ちたい勝ちたい! なのに、距離が縮まらないのはどうしてだよ!
実力差、天性のものが違う。鍛練が足りない。
……それが分かっていても、たとえ実力が伴わなくても負けたくない。
そうだ、僕は。
──勝ちたいんだ!
真っ赤なスーパーカーのテールランプが視界に焼けつく。そのまばゆい光が残像のように、彼女が楽しげにドライブした残光を僕に届ける。
勝ちたい。届かない。
うるさい、届け。届かせるんだ。
心臓を死ぬ気で鳴らせ。
足を死ぬ気で回せ!
でも、全然届かなくて……!
心臓がはち切れそうだ。懸命に足を回す。
くそ、もうゴールが見える。
実況が残り200mの絶望を告げる。
観客はスーパーカーに釘付けだ。
8バ身先へ、嘶きを吠える。
まだ伸びる。また離される。
9バ身。
──10バ身、大差。
それでも。
それでも僕は!
勝ちたい!!
君に勝ちたいんだ!!!
「──マルゼンスキー!!!!」
『一着はマルゼンスキー! 後続を離して大差での勝利です!! ……二着は大きく遅れてハッピーセット!!』
一人旅でゴール板を駆け抜けた少女が振り返る。
全力を振り絞って余力の残らない足をガクガクと震わせながら、僕『ハッピーセット』はゴール板の向こうに悠然と佇む『マルゼンスキー』を睨み付ける。
睨み付けられたはずなのに真っ赤な彼女は心底楽しそうに、期待に瞳を揺らして口元を緩めるのだった。
◇
行きつけのバーガーショップ。
トレセン学園の生徒があんまり居ないエリアにあるここは、我らモブウマ娘ーずの憩いの場であった。
その窓際の席に僕たちは二人で座っている。
「どこもマルゼンスキーさんで一色だねぇー」
「そだねー」
僕の横でペラリと雑誌を開く少女がいる。雑誌はみんな大好き『週刊トゥインクル』だ。見出しは一人旅の文字とスーパーカー。
雑誌を読んでいる彼女の名前はヴァッサゴ。
同じ舞台を走り、マルゼンスキーにぶち抜かれた負けウマ娘仲間。ついでに僕のルームメイトでもある。特徴は赤毛でツインテの可愛い子。腕は伸びないし、チェストブレイクもしない至って普通の女の子だ。
ヴァッサゴちゃんの横で山積みのハンバーガーをむしゃむしゃする僕の名前はハッピーセット。ハンバーガーが好きな一般TS転生者だ。
僕って転生者だし良いとこまでいけるんじゃね? とか最近まで調子に乗っていた愚か者でもある。
『領域』なるすーぱーぱぅわーに目覚める様子はない。
なんだよ、ターフが急に首都高に見える集団幻覚って。よくわかんねーよ、お前写輪眼持ちかよ。しかも実際に加速していくし、固有時制御・二重加速かよ。マジカル八極拳使うぞちくしょう。
……そして、先ほどから名前が出てるマルゼンスキーというのは、この間僕に10バ身という絶望的な実力差を見せつけた今最高にマブイチャンネーである。なお、僕はそいつと同期デビューである。絶望かな?
前世でリアル競馬は知らなかった。それでもアプリのウマ娘はやっていたから強いんだろうとは思っていた。
だが、所詮ジュニアよ。フハハ、転生者の僕にはかなうまい! とか思ってたんだよぉ……。
でもさぁ、サクラチヨノオー√ばりの他と一線を画した『怪物』で登場するとは思わないじゃん?
レッドリボン軍と戦って調子に乗ってたら、ラディッツ降ってきたんですけどぉぉ!? フリーザ編始まっちゃったんですけどぉおお!! って感じだ。
「私らの事なんて端っこにちょこんとだけ。おかしい、私たちも同じGⅠレースに出たはずなんだけどなぁ……」
「そだねー」
「……ねぇハッピーセットちゃん、私の話聞いてる?」
「そだねー」
「……はぁ」
ずぞぞぞぞ、と行儀悪くストローを鳴らしてコーラを呑む。考え事をしていたらペースを考えずに空にしてしまったようだ。ハンバーガーまだ残ってるのになぁ……。
頬を膨らませたヴァッサゴちゃんへとおざなりな返事をしながら、考えることは一つ。
「マルゼンスキーに勝ちたいなぁ」
「……あの大差つけられてその台詞が出るのは流石はハッピーセットちゃんだね」
「誰が頭ハッピーセットじゃ!?」
「言ってないよ!? あーっ! 私のポテト取らないでよー!」
ヴァッサゴちゃんに言いがかりをつけて、僕は彼女のポテトをむしゃむしゃしてやった。
その後涙目のヴァッサゴちゃんを放置して、頬杖をついて空を見上げながら意味もなくストローだけを咥えてぷかぷかとふるって遊ぶ。
「僕、G1勝利ポーズのためにチャクラ宙返りも練習したんだけどな」
「また良く分からないこと言ってる……。勝てなかったから意味なかったね!」
「うるしゃい。チャクラローキックぶつけんぞ」
「……私以外の競技ウマ娘に言っちゃだめよそれ。選手生命に関わるから大事になるよ」
「……世知辛い世の中だ」
うわぁあああ! 世知辛いのじゃー! と腕を振り回して暴れる。バーガーショップの店長の目が厳しくなるけどいっぱい頼むから許してくれ。てかここまじで立地悪くて僕らモブウマ娘ーずくらいしか見かけんのだ。今も僕らしかいないし。……経営大丈夫かな。
一通りわちゃわちゃして、ぐったりと机に伏す。
それだけふざけていても。
脳裏からずっと離れない思考がある。
どうすればマルゼンスキーに勝てるか。
「勝ちたい……」
「あんなのに勝てるのかな。私、全力だったよ。でも……どんどん遠くなった」
ヴァッサゴちゃんが僕の不安な気持ちを代弁して、席が静まり返る。
ひえっひえの空気になった。
暗い表情。ヴァッサゴちゃんは折れかけているのか。
僕は横に首を振ってから、残りのハンバーガーをむしゃむしゃする。
「でもさ、もぐ。勝ちたいじゃん」
「でも、全然格が違うよ」
「違う。勝てる勝てないじゃなくて、んぐ」
あるだろ。ウマ娘に生まれたんだから。
こう、胸の中のウマソウルが囁くだろ。
「僕ぁ勝ちたいのだよ、ヴァッサゴ君。ぐまぐま、んぐ。ご馳走様」
「あっ! ……痛っ!?」
自分のハンバーガーの包み紙をくしゃくしゃにして、ヴァッサゴちゃんの残っていたポテトを全部食べる。お手拭きで手を拭いたら席を立ち上がる。そしてヴァッサゴちゃんの背中を強めに叩いた。
涙目のヴァッサゴちゃんに親指で外を指して、ニヤリと笑う。
「いくよヴァッサゴちゃん、友情トレーニングタイムだ!」
「…………ハッピーセットちゃんって意外と暑苦しいよね」
「うるしゃい! 勝てない強敵が登場した後は修行編なの!」
「はいはい、付き合うよ」
「うむ、良きにはからえ! ジャーマンケーキちゃんとムシャムシャちゃんも誘うぞー、おー!」
「おー!」
今名前をあげた二人も前回のレースの犠牲者。
いうまでもなく、僕の友達。いわゆるモブウマ娘たちだ。
僕たちは折れずに駆け出した。
脳内BGMはベートーベンをぶっ飛ばせ改め、マルゼンスキーをぶっ飛ばせでセッション開始である。
三冠路線の僕たちは12月から3月前半まで修行を敢行することにした。マルゼンスキーに勝ちたい、その僕の熱はみんなに伝播してものすごい熱量になった。
担当トレーナーさんたちも目に炎を宿していた。
修行内容はこんな感じ。
まず峠を攻めるスピードトレーニングを行った。
マルゼンスキーの土俵(?)で一度走り込むことでヒントを得るためだ。ユーロビートを爆音で流すラジオを背負いながら死ぬ気で走った。騒音で警察に厳重注意されてからは粛々と走った。途中で謎の豆腐屋ウマ娘が『領域』を見せながら参戦してきて僕たちは新たなスキルのヒントを得た。
だからなんだよその『領域』ってのはよぉ!
ぶっ飛ばすぞ、ぶっ飛ばされたけど、ちくしょう!!
後、ムシャムシャちゃんが豆腐屋のリピーターになっていた。
冬の海で寒中水泳を敢行してスタミナトレーニング。
冬の海は寒い。ただそれだけを僕たちは脳裏に刻んだ。
遠泳中に足が攣りかけたジャーマンケーキちゃんがしばらく海は見たくないと遠い目をしていた。途中で鯛にこだわる謎の芦毛ウマ娘に襲われたりもしたが、僕たちは元気だった。
KARATE道場に突撃して押忍ぴょいの瓦割りパワートレーニング。
急に現れた謎の暗黒門下生と僕たちは看板を巡って死闘を繰り広げたり、ムシャムシャちゃんが闇堕ちしてムシャクシャしたりして本当に大変だった。プリファイなる謎のウマ娘が謎の暗黒流派を壊滅させなかったら、僕たちは無事に帰ってこれなかっただろう。彼女には王子様と幸せに暮らしてほしいものだ。
山奥の曰く付きの神社に向かって『領域』くれー! と駆け込む根性トレーニング。
ヴァッサゴちゃんが存在しないはずの弟の声を聴いたり探し始めたりして大変だった。その時たまたま通りかかった寺生まれのウマ娘さんが破ァ! と喝を入れてくれてなんとか元に戻ってくれた。
やっぱり寺生まれってすごい、僕たちはそう思った。
最後はレース展開を考えるための賢さトレーニング。
市営の体育館を貸し切って、広々とした空間のど真ん中で眼鏡をかけて将棋をした。やっぱ『歩』が成った後の『と金』パイセンはすげーんだわ、僕たちもこうなりたいものだなと皆で語り合った。『と金』を取られないといけない展開になった時、僕たちモブウマ娘ーずは悲しくて涙した。
そして。
僕たちはトレセン学園に帰ってきた。
修行編の終わりということで、横一列で学園の門を通る。
担当トレーナーたちも後方師匠面で腕組して壁にもたれている。
修行を終えた僕たちを見た一般トレセン学園生徒たちからどよめきが上がった。
──全員の作画が劇画風に変わっていたのだ。
『領域』を誰も覚えられなかったが、修行は成功したと言ってもいいだろう。うん、だからヴァッサゴちゃんそんな目で僕を見ないで欲しいんだ。
ごめんて、ファン商売なのにこんな感じにしちゃって。
実際強くなったから良いじゃん!
ごめんって!!
結局僕たちは元の作画に戻るまで一週間ほどそのまま過ごすのだった。
そして僕たちはマルゼンスキーが出走すると公表されていたGⅡレース『スプリングステークス』へと乗り込むのだった。
◇
『スプリングステークス』当日。
僕たちは唖然としていた。
なぜなら、マルゼンスキーと僕たち修行組モブウマ娘ーずの合わせて5人しかレースに出走しないからだ。
これ重賞レースっすよね? 僕は首を傾げる。
トレーナーに聞いたところ、マルゼンスキーの圧倒的な実力に大多数が彼女の出場するレースを避けた結果だという。
??? 僕はさらに首を傾げた。もう90度くらい傾いている。
勢い余って180度回ってしまいそうだ。
このレースに参加しない子たちはマルゼンスキーがGⅠレースを走らないとでも思っているのだろうか? 負けたくないから戦わない。別にそれでも良いけど、彼女がダービーとかに出場表明した時も彼女たちは逃げるのだろうか? 一生に一度しか走れないレースだ。その冠が欲しい子、夢だった子もこの世代にいるはずなのに。
「よし、決めた。僕が勝ったら逃げるなって挑発してやる。……こういうこと、マルゼンスキーはやらなさそうだし」
今日の僕はただのハッピーセットじゃない。
今日は前回の雪辱を晴らしマルゼンスキーに勝利して、全国に向けて言いたいこと全部言ってやる。
つまりスーパーハッピーセットってことさ。
いまだに作画が戻らない僕の担当トレーナーにそれ伝えると、メラリと瞳の中の闘魂を燃やした。
どうなってるのそれ。
そして僕たちは割り当てられた各待機室へと移動した。
流石にレースになると馴れ合いは無しだ。
全員でブロックすりゃ確かにマルゼンスキーは潰せるかもしれない。
でもそれは、僕たちの思い描く勝利ではないのだ。
マルゼンスキーはいつも通り逃げだろう。
ジャーマンケーキちゃんは差し。
ムシャムシャちゃんは先行。
ヴァッサゴちゃんも先行。
僕は、追込だ。
あの真っ赤な背中を最後方からぶち抜いてやるのだ。
作戦を決めて、僕はトレーナーに行ってくると告げ、外に出る。
パドックに向かう途中の地下バ道。
どことなく煤けたマルゼンスキーを見かけた。
隠しているが、調子は最悪そうだ。
あまり関わりのない僕でも気がつけるくらい、普段の明るさがない。
「マルゼンスキー」
「……あら? ハッピーセットちゃん」
「誰が頭ハッピーセットじゃ!」
「言ってないわよ!?」
声をかけるつもりはなかった。
なかったのだが……。
なんか気に食わないので声をかけてしまった。
このウマ娘は楽しんで走れればいいとかその類のキャラだったからな。
僕のように溢れんばかりの勝ちたい欲、それが少ない子なのだ。いや、その有り余る力をぶつける相手がいなかったからその欲まで行きついていないというべきか。
だから宣戦布告する。
こなかった奴らに気を取られてる場合かと。
僕自身、このよくわからない感情をマルゼンスキーにぶつける。
ふんす! とドヤ顔をして腰に手を当ててふんぞりかえって大きく声を出す。
「聞いて驚け! 僕は二位以下のウイニングライブの練習をほとんどしてこなかった!」
「ええっ!?」
急に何を言い出すのこの子は!? とマルゼンスキーが心底驚く様子を見せる。
ふふふ、怖いか! 調子に乗った僕は啖呵を切っちゃうんだぜ!
「だから勝つ。このレースは勝つ! 次のレースも勝つ!! よそ見してる場合じゃないぜ!」
僕のセリフに、マルゼンスキーはまぶたをパチパチと瞬く。
今の僕は不退転のアルティメットハッピーセット。
勝てんぜお前は。とドヤ顔を決める。
そんな僕にマルゼンスキーは先ほどまでの煤けた様子を吹き飛ばして、ひどく楽しそうに笑顔を浮かべた。
その笑みは。うん。
猛獣とかその辺の獰猛さを感じさせて、ちょっとヒュンとしてしまったのは内緒だ。
ちょっとカチカチになりながら僕はマルゼンスキーに言い捨てて逃げるようにパドックに向かう。
その僕の背中にマルゼンスキーが声をかけてきた。
「……ハッピーセットのお陰で調子はバッチグーよ。レースの後に一位のあたしが二位以下の振り付けを教えてあげるわ!」
「う、うるしゃい! 僕が勝つからそんなことは起きないもん!!」
僕は逃げ出した。
なんでだろう、やべー導火線に火をつけた気がする。
嬉しそうな笑い声が背中に届くのを感じるが、僕は振り返ることはしなかった。
パドック。
観客たちはマルゼンスキーの名を呼び続ける。
かっ飛ばすスーパーカーを見せてくれー! 等の後続をいくら突き放せるかの声ばかり。
観客の中じゃ、もうマルゼンスキーが勝ったも同然らしい。
僕らはアウェイ感を感じながらも、絶好調っぷりをアピールすることは欠かさない。
ヴァッサゴちゃんたちが少し萎縮しているので背中を叩いてやる。
ニヤリと笑えば、修行のことを思い出したのかどことなく劇画風な表情になる。
客席の観客が沸いていない静かなところになんとなく視線を向けると僕は驚いた。
修行の時に出会った豆腐屋ウマ娘ちゃんと寺生まれのウマ娘ちゃんがいたのだ。
そして行きつけのバーガーショップの店長の姿も見えた。
シュノーケルを装備した謎の芦毛ウマ娘とプリファイちゃんと謎の暗黒門下生たちも集っている。
あそこだけキャラ濃すぎだろ、ぶっ飛んでるぜ。
周囲の観客もちょっと離れてるじゃん……。
でも、ちゃんと応援してくれてる人が見つかった。
僕らはそれに気がついたから、心内からさらに力が湧き上がってくるのを感じた。
人気投票はダントツでマルゼンスキーが一位。
申し訳程度に残り物票が入って、我らモブウマ娘ーずの人気順位が決まる。
僕は二位だ。この評価は少し不満な顔をしておく。
実況解説のメインは当然マルゼンスキーについて。
僕たちのことも同じG1を走っていたことを把握しているのか、雪辱なるかと会場を盛り上げてくれている。
軽くストレッチをしてからゲートに入る。
狭い自分だけの空間で、僕は自分の中のウマソウルを強く意識する。
勝ちたい。
ウマソウルはその思いだけを伝えてくる。
そうだ、僕は。
──勝ちたいんだ!
レースがついに始まる。
観客たちはスタートの邪魔にならないように黙り込む。
会場の音がなくなる瞬間。
息を整えて、構える。
ガコンッ!
ゲートの開く音。
踏み出す。風を切る。
視線の先に、挑発的な笑みで一度僕を見たマルゼンスキー。
ニヤリと笑って返してやる。
レース前半。
最後方で脚をためる。
気が荒くなる。
ウマソウルが活発化していく。
勝ちたい、勝ちたい、勝ちたい!
まだだ、掛かるな。まだだ。
レース中盤。
最前方で気持ちよく逃げるマルゼンスキーを、僕たちモブウマ娘ーずたちが速度を上げて狙う。
早いレース展開かもしれない。
だけど、そうでもしなきゃあの赤いスーパーカーには追いつけない!
今だ!
僕は荒ぶるウマソウルに身を任せ、徐々に進出を開始する。
ジャーマンケーキちゃんも差し切るために僕の目の前で速度を上げた。先行策のヴァッサゴちゃんとムシャムシャちゃんが必死にマルゼンスキーからハナを奪うために速度を上げているのが見えた。
僕たちとマルゼンスキーのバ身が狭まる。
実況が盛り上がっているのを感じるが、内容まで頭に入ってこない。
だが、中盤が終わり最終コーナー付近でアレが起こる。
マルゼンスキーが一段と強い踏み込みを見せた瞬間。
僕たちは再び目撃する。
凄まじい勢いで速度を上げる、赤いスーパーカーの幻影を。
その時、一瞬だけ。
一瞬だけだ。
マルゼンスキーが僕を見た。
遠くて聞こえないはずなのに、僕の耳に彼女の言葉が届く。
追いついてみなさい、と僕にはそれが挑発に聞こえて、額に青筋がビキリと浮き上がる。
吠える。
「誰が!」
初めにムシャムシャちゃんが脱落した。
レースの展開速度に追いつけずに、下がっていってしまう。
僕は彼女を追い抜いた。
「誰の頭が!!」
次に早めにスパートをかけたはずなのに、マルゼンスキーのいる先頭に届かないジャーマンケーキちゃんが沈んでいく。
苦しそうに、でも諦めていない表情で足を動かしている。
僕は彼女を追い抜いた。
フシュウ! と鼻息を噴き出してペースを全開にマルゼンスキーを追う! ヴァッサゴちゃんと並んで互いに、マルゼンスキーの前を狙った!!
僕もヴァッサゴちゃんも、お互いのことをいっさい意識せずに、マルゼンスキーだけを付け狙う。
マルゼンスキーをぶっ飛ばす!
その思いで死ぬ気で足を回す。
残り400。
マルゼンスキーにどんどん追いついていく。
その途中、ヴァッサゴちゃんが沈んだ。
お願い、と聞こえた気がした。
僕は彼女を追い抜いた。
残り200。
会場が、観客たちのどよめきで沸いている。
スーパーカーのテールランプに死ぬ気で突っ込む。
これが、今が僕の現状の最高速度。
目ん玉カッぴらいて、歯を食いしばって死ぬ気で踏み込む。
残り50。
マルゼンスキーと並んだ!
いつかと違って視界に入ったマルゼンスキーの横顔は、僕と同じくらい死ぬ気で踏み込む必死の形相だった。
残り10。
並んだまま、お互いに決して譲らない!!
勝ちたい、勝ちたい勝ちたい!
僕が、僕が僕が僕が!!
「あたしが!」
「僕が!」
残り0。
「「勝つッ!!!」」
ゴール板をほぼ同時に駆け抜けた。
僕は、ゼヒューゼヒューと呼吸を繰り返しながらターフにぶっ倒れる。
そして、掲示板の表記を待つ。
映った。
書いてある文字は、──ハナ。
一着と二着を明確に分ける言葉。
僕は涙が溢れた。
会場が、歓声に沸いた。
『凄まじい接戦を制したのは、一着マルゼンスキー! わずかハナ差で敗れたのは、二着ハッピーセット!!』
ちくしょう。
また勝てなかった。
嗚咽が漏れる。
倒れたまま涙をこぼす僕に、影が落ちる。
こちらに手を差し伸べて、頬を上気させた少女の姿。
「あのね、本当に楽しくて。こんなレース初めてで」
「うるしゃい」
「あっ……、そのごめんなさい」
僕は涙を腕で拭いながら、マルゼンスキーの言葉を拒んだ。
そして、宣言した。
「次は、僕が勝つ……!」
「! いいえ、次もあたしが勝つわ!」
マルゼンスキーの差し出された手を握って、僕は立ち上がった。
心底嬉しそうにマルゼンスキーは、僕と同じように瞳を潤ませて強く頷いてみせた。
観客が僕たちの様子を見て、次のレースが今から楽しみだと騒いでいた。
僕は勝利者がいるべき場所にマルゼンスキーを送り出し、一人寂しく地下バ道へと歩いていく。
そんな僕の背中に3人の手が乗せられた。
振り返る。
モブウマ娘ーずのみんなが優しい笑顔で僕を見守っていた。
代表して、ヴァッサゴちゃんが口を開いた。
「いいレースだったね」
「でも、僕負けちゃったよ」
止まったはずの涙がまた溢れそうになる。
そんな僕の頭をガシリとヴァッサゴちゃんは掴んだ。
……ガシリ?
「うん、負けたもんね。死ぬ気で振り付け覚えなさい。じゃないと一生頭ハッピーセットって呼ぶからね」
「ひえっ」
僕は白目を剥いた。
ヤベェ、忘れてた。
どうしようMake debut! の二位の振り付け中途半端にしか覚えてない。
マジで知らんもんげ……。
やばいよぉ、どうしよぉ……。
そして僕はヴァッサゴちゃんに頭をつかまれたまま、ずるずると連れ攫われて行ってしまうのだった。
この後のことはあまり思い出したくない。
そこから、とにかく僕は死ぬ気で振り付けを覚えて、途中で勝利会見を長引かせてくれたマルゼンスキーも参加してくれて、約束通り踊りを教えてくれた、ちくしょう。
最後にギリギリの時間でなんとか合わせをして、本当にギリギリでなんとかなった。
だがしかし、観客も目が肥えていたようで。
僕の踊りはどこかカクカクしていたと噂されたそうな。
ウイニングライブ後、次からは絶対にこんなことがないようにとみんなに正座を強要されて、釘を刺された僕と担当トレーナーなのであった。
ハッピーセット情報
身長141のつり目っぽいアホ毛生えたハッピーミークみたいな奴。
基本どや顔してるか、アホ面さらしてるかの二択。
だいぶウマソウルに毒されているので、前世分が若干薄いウマ娘転生者。
ハンバーガーみたいな靴を履いてる。
推しはトーセンジョーダンだった。
ヴァッサゴ情報
モブウマ娘ーずの一人。かわいくて好き。
寺生まれのウマ娘に破ァ!されていなかったら、私は愛バで狂暴ですとか口走るようになっていた。
ジャーマンケーキ情報
モブウマ娘ーずの一人。可愛いしアプリでも地味に強い。
本当に地味に強い。
ムシャムシャ情報。
モブウマ娘ーずの一人。褐色可愛い。
ドカドカにするか迷ったけど、ムシャムシャしてこっちになった。