モブウマ娘ーずはスーパーカーをぶち抜きたい   作:唯のかえる

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その星の隣で

 

 マルゼンスキーには大切な友達がいる。

 

 出会った切っ掛けは、お互いが敵同士のレース。

 一度マルゼンスキーは圧倒的な勝利を彼女たちに見せつける。

 それは、それまで仲が良かった子たちの心を折るレース。

 マルゼンスキーにとって、一つの契機となるレースだった。

 

 それでも。

 そんなレースの後でも。

 とっても素敵な情熱を持っている子達がいた。

 その子達は、マルゼンスキーと正面から競い合おうとしてくれた。

 このトレセン学園の生徒達でも音を上げそうになるトレーニングを敢行して、体を仕上げて再び立ち塞がった。

 今までのマルゼンスキーの知り合い達とは全く違う性格のウマ娘達。

 レースで何度も何度も競い合った。

 

 そうして心を許しあう友となった。

 

 彼女たちはロックバンドもやっているみたいで『モブウマ娘ーず』と名乗ってグループを組んでいた。マルゼンスキーがピアノを弾けると言うことを知ると、その中のみんなを振り回すリーダーが思いつきのように電子キーボードを持ってきてセッションに参加させてくれたりもする。

 マルゼンスキーが巻き込まれて動揺していると、リーダー以外の悟った目をした子たちが、あーあ目をつけられちゃったねと笑っていた。

 ひどく楽しげな笑みだった。

 

 今までやったことがないことに挑戦するのは新鮮で、本当に物凄く楽しい日々。

 

 それまでのマルゼンスキーの知り合いは、大人の先輩として慕ってくれてトレセン学園でもGⅠを取れると期待してくれた後輩ちゃんたち。気持ちよく走る自由を優先してくれる自身のトレーナー。他には大好きな母経由で知り合ったバブリーなお姉様方など。

 ……そして、少し疎遠になってしまった同世代のトレセン学園の友達たち。今でも話はするけれど、やはり胸の内を少し隠して、気に障らないようにお互い手探りで語り合う関係になってしまった子達だ。

 

 マルゼンスキーには気になる友達がいる。

 

 その子は無茶苦茶なことばっかりやってて、そばから見ていて放っておけない子。

 少し目を離したら訓練と称してバーベルじゃなくて大岩を持ち上げようとしてたり、理事長にお願いをして重力室なる謎のトレーニングルームを建造させようとして困らせたり、ちょっとどこか頭のネジが緩んでいてみんなで必死で諌めたりする天然気味の子。

 先ほど話したバンドグループのリーダー……と言うより心配で周りが放っておけない誰よりも行動力のある子。

 

 マルゼンスキーには大好きな好敵手がいる。

 

 その子はいつも一生懸命に逃げるマルゼンスキーの背中を追ってきて。

 自分に才能がないと思っているみたいだけど、誰よりも努力をする才能を持っている素晴らしい子。たまにふらりとどこかに行って、今までよりも強くなって帰ってくる努力の子。

 マルゼンスキーが出走を決めると誰よりも先に出走登録を済ませて、堂々と宣戦布告をしに来る気持ちの良い子。

 

 その子は気がついてないけど、その子のおかげであたしはここまで強くなった。

 一人であったなら、きっと知らない世界。

 

 そんな幸せな世界を見せてくれた、大切なライバルだ。

 

 

 ◇

 

 

 かちゃん。

 高いところから物を落とした音が響く。

 いつものバーガー店で、サイドメニューのナタデココを食べていたマルゼンスキーがスプーンを指から滑らせ、皿に落としてしまった音だ。

 普段であれば慌てる素振りを見せるだろうが、今日は微動だにせず、視線は壁にあるテレビに釘付けだった。店長が注意してもよさそうだが、その店長はドンガラガッシャーンとよく聞く音でひっくり返ってしまってそれどころではない。

 ポテトを安心して食べていたヴァッサゴちゃんとケーキを食べていたジャーマンケーキちゃんと机の上に沢山食品をのせてムシャムシャしていたムシャムシャちゃんがバタバタと店内を駆け回る。

 

 直前の事だ。

 全員がテレビで頭ハッピーセットの宣言、インタビューを聞いていた。

 前半分を微笑ましくそんなこともあったなとニコニコ聞いていたら、その後の燃える闘志の押し売りで相変わらずだなと衝撃を受け、その直後の『休学』発言で絶句したのだ。

 

 怪我の心配や、ついに私がレースに出ている事で? とマルゼンスキーは血の気の引いた顔で、インタビューが終わった後の慌ただしい店内を呆然と見ていた。

 そんな時、倒れた店長の処置を終えたヴァッサゴ達がマルゼンスキーに近づいてくる。怒っている様子だ。

 なにか言われるのだろうか? マルゼンスキーは不安になった。

 だが、ヴァッサゴ達が口に出したのはハッピーセットへの不満だった。

 

「マルゼンスキーさん! マルゼンスキーさんはあの頭ハッピーセットから『休学』の話って聞いてました!? ……あー、その顔見るになにも言われて無かったんですね」

「え、ええ……」

「もう! 勝ちたいライバルにこんな顔させて!!」

「ジャーマンスープレックス……はだめ? じゃあピコピコの刑だねー」

「私もさすがにムシャクシャしてきました!」

 

 ジャーマンケーキちゃんとムシャムシャちゃんまで珍しくご立腹である。どこからともなくピコピコハンマーを取り出して装備し始める。

 マルゼンスキーはあまりの光景に呆気にとられた。

 そんなマルゼンスキーの手を三人が握る。

 

「「「あのアホを今からとっちめに行きますよ!」」」

 

 一緒に行こう!

 みんながマルゼンスキーの手を握って、ハッピーセットに理由を聞きに行こうと提案してくれた。

 それを、マルゼンスキーは。

 

「ごめんなさい。あたしは…………行けない。いいえ、行かない」

 

 断った。

 心配そうな三人が顔を見合わせた。

 マルゼンスキーは言葉を続ける。

 

 先ほどの衝撃を受けた表情から立ち直っていた。

 ヴァッサゴ達が自分よりも遥かに感情を昂らせていたから冷静になれたのだ。

 ハッピーセットのインタビューを思い出す。

 彼女は『休学』と言った後に何と言っていた? 

 今のままじゃ実力が足りないと言っていた。

 

 であれば。

 彼女はまた、挑みにくるはずだ。

 絶対に。

 

 ────あの子は逃げるのが苦手なんだから。

 

 宣戦布告を受けた選手としての姿でマルゼンスキーは告げる。

 

「確かに『休学』と言っていたわ。でも、その後に『絶対に追いつくから』と言っていたわ! 彼女は絶対に追いついてくる。そうでしょう?」

「………………はぁ。何だか妬けちゃうなぁ」

「え?」

 

 ヴァッサゴが耳と尻尾を一瞬しょんぼりとさせて、ジャーマンケーキとムシャムシャに肩を叩かれてすぐに立ち直る。

 

「ううん、何でもないですよ。ま、ハッピーセットちゃんが『休学』を相談したり報告しなかったことに関してはとっちめますからね?」

「ふふ、そうね。とってもびっくりしちゃってチョベリバよ! しっかりと懲らしめてあげて!」

「ちょべ……」

 

 立ち直って話を聞いていた店主がすごい勢いで首をブンブンと縦に振った。

 あれは絶対に追いつくと言っていた部分への首肯だろうか? それとも懲らしめるという提案に対しての首肯だろうか……? 

 ふふ、と口元を隠してマルゼンスキーは微笑む。

 

 その会話の後、店にあった一番新しい月刊トゥインクルを掴んで店を出てトレセン学園に戻ろうとしたヴァッサゴ達。

 

 だったのだが……。

 

 彼女達は少しだけ物言いたそうにモニョモニョと口を動かしてから、ええい! と気合を入れたようにまたマルゼンスキーの前まで戻ってくる。

 そしていつかのようにズビシ! と指をさして言ってやった。

 

「一応! 私たちも、マルゼンスキーさんのライバルだと思ってますから!!」

「あの子がいない間に、貴女に勝つのは私達だからねー」

「長距離でなら、今度こそ私が勝ちますから!」

 

 そう一方的に言い捨てて、今度こそ三人はバーガー店を飛び出して行ったのだった。

 

 残されたのは目を丸くしたマルゼンスキーと、クツクツと笑う『モブウマ娘ーず』のファンである店主だけであった。

 呆然とするマルゼンスキーに、店主は親指でいつかの色紙を指差す。

 

 その動作を見て、かつて言われた店主の言葉をマルゼンスキーは思い出した。

『モブウマ娘ーず』全員の名前が書かれた色紙に目を向けたマルゼンスキーは、ばつが悪そうな顔で前髪をいじるのだった。

 

 

 ◇

 

 

 少し時間を置いて、トレセン学園に戻るマルゼンスキー。

 するとトレセン学園の校門の前に見慣れた白いちびっ子ウマ娘ハッピーセットの姿を発見し、慌ててその身を周りの電柱の影に隠す。

 そして、彼女の後ろで腕組みをして格好をつけていたトレーナーに思いっきり目撃された。

 

 しー! とマルゼンスキーは申しわけなさそうに口の前に指を一本立てて、黙っていてほしいとお願いをした。

 隠れた理由は、ヴァッサゴ達にハッピーセットの下へ行かないと言った手前なのと、次に会うのであればレースがいいとマルゼンスキーが思ったからだ。

 

 ちょうどその時、待つのに飽きたのかハッピーセットがマルゼンスキーのいない校舎の方に向かって大声を出し始める。

 

 言っていた言葉は首を洗って待っていろ! 次に勝つのは僕だ! 

 悪役がしそうな三段笑いを行った。

 しばらく笑ってから、……なぜか不思議そうに首を傾げている。

 そしてまた何かを思いついたのか、何度も何度も同じような勝利宣言を繰り返し始める。

 やれやれと後ろでその様子を見守っていた彼女のトレーナーが、何か悪戯を思いついた顔で隠れたマルゼンスキーを見た。

 その後、ニヤニヤと笑いながらハッピーセットの隣に並んでハッピーセットのように大声を上げる。

 

 彼女のトレーナーは、──学園の生徒全てに宣戦布告をかました。

 

「うちのハッピーセットは長い間休学をするが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!! 詳しくはこの子のインタビューを見るんだな! わーはっはー!!」

 

 ハッピーセットは気が付いていなかったが、叫ぶハッピーセット達を見ていた学園に在籍するウマ娘達の動きが一瞬ピタリと止まり、ぎろり! と二人を睨みつける。

 それもそのはずだ。

 彼女のトレーナーは『お前らじゃ数ヶ月あってもマルゼンスキーには勝てないで? ま、うちの子は次に戦ったら勝つがな! ガハハ』とはっきりと喧嘩を売ったのだ。

 ここは天下のトレセン学園往来。

 自身の夢のレースに勝つためにきついトレーニングを続けられる勝ち気なウマ娘が多い場所。

 なんて太い奴だ! と、ウマ娘達の勝負に対する意識の導火線に火をつけたのだ。

 

 陰口? いいや、真っ直ぐな言葉でぶん殴るね! 

 彼女のトレーナーも、だいぶ頭がハッピーな奴であった。

 

 その直後、流石にその発言はアウトだったのか笑顔のまま校舎から疾走してくる駿川たづなの姿と慌てて逃げ出すハッピーセット達が見えて、マルゼンスキーはあはは……と乾いた笑いをこぼす。ちなみにトレーナーの方はバチ☆コーン! と大して上手くないウインクをマルゼンスキーに飛ばしてから逃げ出していた。

 

 多分あれは、彼女のトレーナーなりの激励だったんだろう。

 マルゼンスキーに対しての『うちの子以外に負けるなんて不甲斐ないところを見せてくれるなよ』というメッセージ。

 

 

 数日後。

 話はするが気持ちが疎遠になっていたかつての友人がマルゼンスキーのもとに訪れる。

 真っ直ぐに目を見て謝罪を受けた。かつて心無い言葉を言って申し訳なかったと。

 

 その友人の目には強い光が宿っていた。

 その目には。

 

『あの頭ハッピーセットに吠え面をかかせてやる。そして何より、自分が逃げ出してしまったマルゼンスキーに勝利したい』

 

 そう書いてあった。

 熱い心が燃え盛っていた。

 誰かさんの闘志の貰い火が、学園中で燃え盛った。

 

 マルゼンスキーはしっかりと謝罪を受け入れた。

 だが、謝罪に来た子にキッパリと告げた。

 

「かつてのあたしは、確かに気持ちよく走りたかっただけだった。──でも、今はもっと気持ちよく走りたいの」

 

 そう。

 

「たくさんの強い意志を持った子達と戦うの。そして、それぞれの持っている全力で戦うわ。ね? 想像するだけで最っ高に気持ちの良いレースができると思わない? 案外、あたしは欲張りだったみたいなの」

 

 かつての答え。

 気持ちよく走るだけ。

 今もその思いで、それを目的に走っていることを告げる。

 なにも間違いじゃない、私は今その目的を堂々と言えると胸を張って宣言した。

 

 さぁ久しぶりに並走して練習しましょう! と、眩しい物を見る目をしていたその子の腕を引いて、マルゼンスキーはターフへ向かっていく。

 

 

 それからマルゼンスキーは、様々な強さを持った選手達と戦った。

 全力で、楽しげに、最高に! 

 そして、その結果。

 

 ────無敗のまま、ハッピーセットが語った『一番星』として『有マ記念』へと臨む。

 

 

 ◇

 

 

 有マ記念。

 フルゲート16人。

 

 その戦いの幕が落とされる。

 

 ビリビリと各ゲート内からプレッシャーが放たれる。

 気の弱いウマ娘やゲートが苦手なウマ娘がいれば確実に出遅れてしまいそうな緊迫感。

 

 それでも。

 一度強く目を瞑ってから、カッと目を見開いて。

 不敵な笑顔を浮かべマルゼンスキーとハッピーセットはレース開始の合図を待つ。

 

 客席が静かになる。

 ビリビリとゲート内で各ウマ娘の緊張感が高まって行く。

 レース参加者全員、観客すら見逃すまいと集中力が高まる。

 空気すら張り裂けそうな、その瞬間。

 

 ガコン! 

 

 全員が集中力を高めた一秒一瞬たりとも無駄にしない一歩を踏み出し。

 各々の作戦の位置を狙って争いが始まる! 

 その中、マルゼンスキーはかつての『スプリングステークス』のように、ハッピーセットと視線を交えようとする。

 

 ──その油断を狙う者がいる! 

 

「死ぬほどゲート練習をしてきたんだッ! 私がハナを頂く……!!」

「ッ!」

 

 逃げの作戦。

 マルゼンスキーの得意とするソレをこのレースに参加した『流星』の一つが、マルゼンスキーよりも上手く駆け出し、集団の先頭『ハナ』を奪う。

 

 先駆け、──否! 

 先手必勝! 

 

 そう言わんばかりの逃げを狙う『流星』は、髪を靡かせ誰よりも早く加速する。

 

「やるわね! けど……甘いわっ!」

「!?」

 

 だがマルゼンスキー。その少女の二つ名『スーパーカー』は伊達ではない。

 清々しいほどの晴れの日。それゆえの良バ場。

 踏み締めるターフの芝を確かめ、観客の視線を釘付けにする、まるで優雅な踊りのように最前方へのステップを踏む。

 

 地を固める、そう言える表現で本日の芝の感覚を一瞬で体に慣らし、この中山レース場での踏切の最適解を見つけ加速する! 

 後ろに向けようとしていた視線を戒め、眼前を行く『敵』を見据える! 

 

 奪われた『ハナ』を一瞬で奪い返す!! 

 

 決して油断をしてはいけない、そう自分に言い聞かせてマルゼンスキーは笑みを深める。

 このレースに参加する全てが『最強』に挑んでいるのだ! 

 そう戒める!! 

 

 

 激しい位置取り争いがレースの先頭で行われる。

 ──故に、マルゼンスキーは気が付かない。

 その激しい『ハナ』の奪い合いの様子を見て遥か後方で、一人の『星屑』が口元を吊り上げた事に。

 

 

 ◇

 

 

 半年間だ。

 マルゼンスキーは、半年間の間とある少女がいない場所を走った。

 初めは少し心細かった。

 再び心折れるものが現れ、自身がレースにすら出場できなくなるのではないかと、小さな不安があった。

 

 だが、そんな不安をよそにレースは次第に白熱していった。

 

 心折れる者などおらず、僅かな癖でも見抜こうとトリックを仕掛けてくるウマ娘まで現れ始める。

 そのことごとくをマルゼンスキーという少女は面白いと正面から迎え撃っていく。いつだってギリギリの戦いを描いてきたとある少女との真っ向勝負のせいで、生半可な負けはしたくない、そう胸に誓っていたから。

 同世代全員が闘志を剥き出しにマルゼンスキーに挑んできた。

 

 危うげな時もあった。背後まで迫られる時もあった。

 

 それでもマルゼンスキーは勝利してきた。

 だって、あの白い少女ならもっと激しい接戦を繰り広げてきたから! 

 あの少女ならもっと激しい闘志で向かってきた! 

 

 その思いでマルゼンスキーは。

 

 

 ──その少女のいるレースに参加してしまった。

 

 

 ◇

 

 

 レース中盤も終わりに差し掛かる。

 

 先行策のウマ娘たちが加速する。

 自分達の前を逃げるウマ娘たちの『ハナ』を奪い、そのままバ群の中へと導き、体力の無くなっている所を仕留める作戦。

 

 成功すれば勝負を決めるほどのキラーチューン! 

 

 マルゼンスキーさえ存在しなければスピードスターとも呼ばれるだろう速度で、逃げるマルゼンスキーからハナを頂こうとする先行策の『流星』たちが鍔迫り合いを仕掛ける!! 

 それを見逃さずに虎視眈々とタイミングを図っていた差し策の『流星』が我こそは! と迅速果断に差し切り体勢を整え、勝利を狙う!! 

 

 だがしかし。

 残り四ハロン。残り800mの場所。

 カーブに入る瞬間。

 

「遊びはおしまいよ!」

 

 先行策、差し策。

 もろともに『ハナ』を奪おうとした瞬間。

 マルゼンスキーの凄まじい踏み込み。

 逃げていたマルゼンスキーの体勢が沈み込む。

 

 後ろのウマ娘たちを振りきるように加速して、勝負服の紅の残光が後続の視界に焼けつく! 

 

 トップスピードでカーブに挑み、後ろを突き放す。

 彼女の『領域』が目覚める。

 

『スーパーカー』

 その本領を発揮する! 

 

 マルゼンスキーは笑っていた。

 楽しげに、少女のように。

 勝利を目前に見据えて、気持ちよく走りきるために。

 

 そして。

 

 ──そういえば、ハッピーセットは? 

 

 ゾクリッ! 背筋が粟立つ!! 

 

 完全に意識の外に置いていた己の好敵手の気配を探した。

 曲がりながら、カーブの外を見た。

 かつてのレースなら、距離を詰めるハッピーセットの姿が確認できたはずだ。

 

 ────誰もいない。 

 

「っ、まさか! ……!?」

 

 カーブの内側。

 マルゼンスキーがトップスピードでカーブに入ったせいで一人分空いてしまった空白のエリア。

 

 そこに白く迫る影を見た。

 虎視眈々と息を潜めて、遥か後方から上がってきていた少女の姿。

 以前なら絶対に思考から外さなかった相手が、マルゼンスキーの虚をついて勝負を仕掛けてくる! 

 

「真打、登場ッ……だッ!」

 

 歯を食い縛って、激痛に耐えるような滝汗を流す白い星屑、ハッピーセット。

 彼女はとんでもないことをやっていた。

 高速で速度を一切落とさずに直進するように曲がるという絶業。

 ハッピーセットに理屈は解らないが、トレーナーに知らずのうちに日本縦断する間に躾けられた足技。

 

 それは歩幅を極端に使い分ける『等速ストライド』と海の向こうで呼ばれた究極の技術。

 ……といっても、ハッピーセットのソレは本家に比べれば稚拙と言えるものであった。

 

 だが飛び抜けたマルゼンスキーの才能を、繰り返した努力の技術で一歩分ずつ詰めていく!

 

 カーブで曲がる時、人は曲がる方向の外側に重心をかける。

 体を守るために、足の負担を少しでも減らすために本能でそうしてしまう。

 だがそれを無理やり歩数を増やし、体の内側にのみ重心をかけ、膝の関節にウマ娘の最大速度の負荷を掛けて、マルゼンスキーの内側をついてゴールへの最短距離を目指す。

 

 一般的な他のウマ娘が行うと一瞬で故障する足技。

 ハッピーセットの体の頑丈さを存分に生かした究極の選択! 

 半年休学して物にしたスピードトレーニングの足捌きを存分に生かす一手! 

 

 壊れても良い! 

 この瞬間に人生の全てを賭ける後先なにも考えない刹那主義の行動。

 まさに、博打うち! 

 曲線のソムリエ。弧線のプロフェッサー! 

 それは今の彼女を表すに相応しい名称だった。

 

 マルゼンスキーは感じた。

 最終カーブを終えて直線に入り、絶対に負けたくない相手が────半バ身先にいることを! 

 

「ォ……ッァア! 僕、が!!」

「…………………………ッ!!」

 

 最終直線に入る。

 残りのウマ娘たちは遥か後方。

 

 マルゼンスキーの視界がスローモーションになる。

 世界が真っ白になり、ハッピーセットの背中だけを視界がとらえた。

 

 音が消える。

 脳でアドレナリンが全開で放出される。

 それはスポーツ選手が入るゾーンの領域。

 

 ──負ける。

 このままだと、半バ身を維持されたまま負けるぞ。

 胸の中から誰かの囁き、ウマソウルの嘶きが聞こえた。

 

 バチバチ、思考が弾ける! 

 頭の中で沢山の選択肢が生まれた! 

 

 そして──────掴んだ。

 

 マルゼンスキーの口元が、三日月に歪む。

 

「まだよ!」

「……ッ!」

 

 まだだ! 

 中山レース場に一陣の風が吹く。

 

 観客は見た。

 一瞬。

 ほんの一瞬だけ速度を落とした『一番星』の再加速を。

 逃げて差すと言わんばかりの時代の先取り、ソレをこの時代の最強が行う。

 

 まさに好転一息。

 並の精神では出来ない行動選択。

 最終局面で一瞬だけ息を入れて、再加速する『怪物』の姿があった。

 

 一瞬で空いた半バ身差が詰まる!! 

 白と紅が、横に並んだ! 

 

 残り200。

 

 ビキリ、あまりの理不尽を感じたハッピーセットの額に青筋が走る。

 真横にはいつもいつも理不尽を与えてくる深紅の姿。

 沸々と並々ならぬ感情が押し寄せてくる。

 

 もう、ゴール板が見える。

 最後の上り坂、その先に栄光が待っている。

 

 残り100。

 

 今度はハッピーセットの視界がスローモーションになる。

 真横には、かつてのようにスーパーカーの姿。

 

 このままだとまたハナ差で負けるぞ。

 胸の中で誰か囁き、ウマソウルの嘶きが聞こえた。

 

 残り50。

 

 バチリ、思考が弾ける! 

 そして────なにも思い浮かばなかった。

 

 ずっと望んだ特別な『領域』も。

 勝ち筋を確定させる特別な選択肢も。

 最後に賭ける人生の残金すらも。

 

 

「──ぁああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 

 残り10。

 

 ハッピーセットは全力で腕を振った。

 何度も『モブウマ娘ーず』と練習したフォームで。

 ハッピーセットは足で強く地面を蹴った。

 何度も『マルゼンスキー』に敗北した鍛え抜いた強靭な足で。

 がむしゃらに、ぼろぼろと涙をこぼしながら吠えた。

 言葉にならない、マルゼンスキーに勝ちたい答えを!! 

 

 

 ──全身全霊で、一人の少女の青春の力、全てを振り絞った!! 

 

 

 残り0。

 白と紅がほぼ同時にゴール板を抜ける。

 

 

 ハッピーセットはよたよたと歩く。

 ぜひゅ、ぜひゅ! 自身の呼吸音がうるさい。

 

 耳をペタリと伏せて、恐れるように尻尾を足に巻いた。

 地面の芝を見て、立ちすくむ。

 電光掲示板を見るのがこわかった。

 勝敗が分からないのに、涙が止まらなかった。

 

 その時ぎゅっと誰かに抱き締められる。

 マルゼンスキーだ。

 それを契機にレースを終えたウマ娘たち全員が、ハッピーセットとマルゼンスキーを抱き締めに来る。

 

 そして。

 ──────実況が叫んだ。

 

 

 

「年末、貴方の夢を叶えたのは!! 

 

 

 最高の『幸せの詰め合わせ』だぁーっ!!」

 

 

 

 観客が感極まったように、涙をこぼしながら歓声を上げた! 

 

 ──ハナ。

 

 電光掲示板に、そう書いてあった。

 視界が歪む。

 一着ハッピーセット。

 二着マルゼンスキー。

 

「ぁ…………」

「ついに負けちゃったわ。……おめでとう、ハッピーセット」

 

 ぼろぼろとハッピーセットは涙溢しながら、信じられないように目と口を開いたまま、声にならない嗚咽を漏らした。

 

「でも、いつまでもそのままじゃダメよ? ほら、ウィナーズサークルで皆が待ってる。ほーら、涙を拭いて!」

 

 レースに参加したウマ娘達が次は私が勝つと宣言しながら、抱き締めるのをやめてその場を離れていく。

 そして、マルゼンスキーと二人になる。

 観客は拍手と口笛、歓声を上げながらハッピーセットを待っていた。

 

 許可をもらったのか、ハッピーセットのトレーナーと『モブウマ娘ーず』のみんなが手を振りながら駆け寄ってくる。

 

 みんな泣いていた。

 

 それを見届けたハッピーセットは強く涙をぬぐうと、改めてマルゼンスキーに向き合う。

 

「マルゼンスキー」

「どうしたの、ハッピーセット」

 

 言いにくそうに、涙をこぼしながらポツリと言葉をこぼす。

 

「僕は……。僕は、ライバルになれたかな? ……これからも君のとなりで走れるかな? きっと僕なんかより強い奴らがいっぱい来る。それでも僕が君のライバルを名乗ってもいいかな……?」

 

 ずっとマルゼンスキーに勝ちたかった、ハッピーセットというウマ娘の吐露。

 

 始まりは大差を覆したかった。

 続いて走って、最高のレースを何度でも。

 実力の頭打ちで、置いていかれるのを恐れた。

 それでも。

 それでも横で走っていたかったから。

 だって、その少女と走るレースは最高に楽しくてワクワクして、とっても幸せだったから。

 

 なんとしても一勝をもぎ取って、隣に並べるという結果が欲しかった。

 そのためだけに、彼女は人生全てをかけた。

 

 キョトン、その表現が似合うようにマルゼンスキーの目が丸くなる。

 そして吹き出した。

 

「ふふ、あはは! やっぱりハッピーセットはハッピーセットね。そんなの、ずっと前からそうよ。……本当に気がついてなかったの?」

「誰が、頭ハッピーセットじゃ……。 ……そっか、そうだったんだ」

 

 心底安心したと、その場にへたり込むハッピーセット。

 それを見たマルゼンスキーはいたずらな少女の笑みを浮かべて提案をする。

 

「ね、あたしのライバルさん。アレ、やりましょう!」

「アレ?」

 

 マルゼンスキーが手を差し出す。

 宙ぶらりんに揺れる手。

 

 そして──()()()()()()()()()()()()()

 

「次はあたしが勝つわ!」

「……へへ。次も僕が勝つよ」

 

 その手を、互いに取った。

 

 一人は逃さないようにしっかりと。

 一人は追いかけてきてと力強く。

 

 お互いに手を握り合わせて。

 

 清々しいほどの青空の下、二人のウマ娘は再戦を誓う。

 どちらも、溢れた涙の跡が残る美しい笑みで笑い合う。

 

 これからたくさんの綺羅星が台頭してくる時代がくる。

 一つ一つの強い輝きに、スーパーカーの隣を流れた一瞬だけの星屑は忘れられてしまうかもしれない。

 

 だが、その時代、その横に確かに存在した。

 強い輝きに負けないように、持てる全てを使って輝く流星達が。

 

 

 確かに、美しく空を飾っていたのだ。

 

 

 ある所に強いウマ娘を見つけるとレースを挑みにいく少女がいた。

 少しちゃらんぽらんで、目を離すと訳の分からない行動の多い不思議な子。

 どんなウマ娘にも『幸せの詰め合わせ』を送り届けるウマ娘。

 

 

 ──その子の名前は『ハッピーセット』と言ったそうだ。

 

 

 




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