ベル・クラネルの治癒魔法の使い方は間違っているだろうか? 作:救命団副団長
父と母の夢を見た。何年も思い出すこともなく風化しかけていた、平穏な日々の一時。
何故今になってと考え、昨日の少年を思い出す。冒険者特有の歪みを感じさせぬ、無垢な白。純粋な子供のような、ダンジョンに居るのが不思議な少年がモンスターに襲われていた光景が、父に助けられた時の自分と被ったのだろう。
夢を運んできてくれたかもしれない白兎に、アイズは知らず唇を小さく和らげていた。
その日の夜は遠征の打ち上げ。
宴会の前に、ドロップアイテムや依頼されていた品物の交換に、武器の整備や再購入。アイテムの補充などを行う。
【ディアンケヒト・ファミリア】から深層のドロップアイテム採取の依頼も受けており、アイズ、ティオネ、ティオナ、レフィーヤはそれを渡しに来たのだ。
「いらっしゃいませ【ロキ・ファミリア】の皆様」
「アミッド、久しぶり!」
ティオナが親しげに話しかけたのはアミッドだ。精緻な人形を思わせる彼女はアイズ達の顔見知りでもある。
「本日のご用件は、引き受けていただいた
「ええ。今は大丈夫?」
「はい。どうぞこちらに」
アミッドが案内しようとした時、不意にティオナが腕でキラリと光る装飾品に気付く。
「あれ、アミッドがお洒落なんて珍しいね」
白銀のチェーンにアミッドの瞳と同じ色の
しかしアミッドがその手の装飾品を身につけるなど始めて見た。
「これは貰い物です」
「へぇ、でも貰い物なんてしょっちゅうでしょうに受け取るなんて初めてじゃない?」
「それは治療のお礼として渡されるものですから。既に代金を頂いている以上頂けませんが、これは個人的な贈り物なので」
と、ブレスレットを微笑むアミッド。ティオナはハッとなにかに気付き目を輝かせる。
「もしかして、もしかしてさ! 男の人からのプレゼント!?」
「ティ、ティオナさん! プライベートに踏み込んではいけませんよ!」
「え〜、良いじゃん。レフィーヤだって気になるでしょ?」
浮いた話の一つも聞かぬが人気の高い、オラリオでも知らぬ者のいないアミッドの異性関係の話など誰だって興味持つ。レフィーヤも思わず言葉に詰まっていた。
「男の人というよりは、男の子というべきでしょうか。異性というよりは年の近い弟を見ている感覚です。
「へ〜、じゃあ新人なの? どの子?」
「いえ、彼は別の【ファミリア】に所属しました。様々な【ファミリア】で門前払いされていたのを見ていた女神様に見初められて……」
「アミッドは誘わなかったの?」
「誘いましたが、彼の目的を考えるとウチよりも自分で方針を決められる新興【ファミリア】の方が魅力的だったようで……」
少し残念そうに言うアミッド。
その後は
そして武器の整備に【コブニュ・ファミリア】によって剣の整備を頼み、予備の剣を貰った。因みにティオナは超重量の特別製、二つ名【
そして宴会。
夢の影響もあってか、何時もの宴会よりも気分がいいアイズ。しかしそれは一人の男の声で覆る。
「そうだアイズ! お前のあの話を聞かせてやれよ!」
ロキを中心に遠征の話で盛り上がっていると斜向かい、陶然としているのベートが話を催促してきたが、心当たりがなく首を傾げる。
「あれだって、帰る途中で逃したミノタウロス。最後の一匹、お前が9階層で始末しただろ!? そんでほれ、あん時いたトマト野郎の!」
「────」
彼が言わんとしていることが解った。自分が助けた、あの白髪の少年。
「ミノタウロスって17階層で返り討ちにしたら逃げたやつ?」
「それそれ! 奇跡みてえにどんどん上層に上っていきやがってよ、俺達が泡食って追いかけていったやつ!
こっちは帰りで疲れてたってのによ〜!」
ティオナの確認にべートはジョッキを叩きつけながら答える。
普段より声の調子が上がっている彼に嫌な予感を覚えるも、耳を傾けるロキ達にベートは詳しく説明を続ける。
「そこでいたんだよ、いかにも駆け出しっていうようなひょろくせえガキが!」
──止めて、と。
アイズは反射的に心の中で呟く。
「ミノタウロス前にしてなっさけねえ声で叫んでよお!」
「ふむぅ? それでその冒険者どうしたじゃ?」
初めて感じる感情の名前が解らない。何故心を乱されるのかも解らないが、それでも聞いていたくなかった。
「冒険者ですらねえよ、サポーターだ。アイズが間一髪でミノを細切れにしてやったんだけどよぉ。そいつ……あのくっせー牛の血全身に浴びて、真っ赤なトマトになっちまんたんだよ! くくくっ、ひーっ腹痛えぇ……!」
「うわぁ……」
ティオナが顔を顰めながら呻いた。それだけで悲しくなる。
「アイズ、あれ狙ったんだよな? そうだよな? 頼むからそう言ってくれ!」
「……そんなこと、ないです」
アイズはそれだけを喉から絞り出す。聞き耳を立てている冒険者達の忍び笑いが耳に響く。
「それにだぜ? そのトマト野郎叫びながらどっかに行っちまってっ……ぶくくっ! うちのお姫様助けた相手に逃げられてやんのおっ!」
「………くっ」
「アハハハハハハッ! そりゃ傑作やあー! サポーター怖がらせてまうアイズたんマジ萌えー!!」
「ふ、ふふっ……ご、ごめんなさい、アイズっ、流石に我慢できない………」
どっと笑い声に包まれる【ロキ・ファミリア】。
レフィーヤが、ロキが、ティオナが、誰もが堪えきれず笑い出す。
自分の周りだけ穴が空いた気がする。
自分一人を残して世界が遠くなる。と──
ドガアアアアアン!
何かが砕け散る音が響き、喧騒を静寂へと変わる。
意識が今に戻ってきた。音の発生源に目を向ける。
「……………あ」
白髪の少年がいた。机が壊れている。まさか、彼が?
そう思っているとこちらにやってくる。
やはり、笑い者にされ怒ったのだろう。そう思うと何と声をかければいいか解らず、結果俯くしか出来なかった。
「あ! ベルっち。どないした、何や怒って。ミア母ちゃんの店で命知らずやなあ」
ロキの知り合い? 酔で顔を赤くしたまま話しかけるロキに対して、ベルと呼ばれた少年は不機嫌そうに眉間にしわを寄せていた。
「どうした? そんなこともわからないんですか?」
「……………あ〜……これ、ウチらに怒っとるん?」
「故意でないとは言え中層のモンスターを上層に逃がして、そのせいで人が死にかけたことを酒の肴にゲラゲラ笑う。恥を知れ!」
「その通りだな。返す言葉もない、不快な思いをさせたことを詫びよう少年」
良く通る声だった。ベルは大きさ。それに賛同したリヴェリアは透き通るような綺麗な声で。
副団長であるリヴェリアにまで言われれば文句を言える者は居ない。一人を除いて……
「はっ! ゴミをゴミと呼んで何が悪い? 強いモンスターに遭遇するなんて可哀想に、助けてあげますとでも言えってかぁ!? 中層から昇ってきたから何だってんだ。
「………」
その言葉にベルは僅かに目を見開く。気のせいか、険が僅かに取れたような?
「なるほど。そういう考えですか………確かに僕の師匠も滅茶苦茶罵倒しそう、情けねえって………だけど、あの人は人が死にかけたことを嗤わない!」
「っ!?」
そう言って首を掴む。いけない!
ベートはLv.5の第一級冒険者だ。しかも酔っているため加減を忘れるかもしれない。アイズが慌てて止めようとしたが……
「人を殺しかけておいて嗤うな犬っころ。表出ろやてめえ!」
再び怒気を纏い直したベルが叫びベートを投げ飛ばす。その光景に、思わず固まる。
強そうに見えない。見た目以前に、纏う気配が戦う者のそれとは思えなかった。なのに、酔っていたとはいえベートを投げ飛ばした!?
「っ!」
「てめ──!」
「二人共座れ」
立ち上がりかけたティオネとティオナをフィンが止める。ティオナは納得がいかないというように叫んだ。
「で、でもフィン! 酔ってもベートはLv.5だよ!?」
「そうだね。そして、酔っていたとしても彼はベートを投げ飛ばした」
そう、そうだ。腐ってもLv.5の、それも近接戦を得意とするベートを投げ飛ばした。ありえない。実は第一級冒険者? いや、彼のような冒険者は聞いたこともない。
「ロキ、君が言っていた追い返されてしまった
「あ〜、うん………門番殴り飛ばした子や。まさかベートまで投げ飛ばすとは」
門のそばが壊れていたがあれ人が殴り飛ばされた跡だったのか。それをやったのが、彼?
「………これは僕等が起こした不祥事を彼が看破出来ぬと手を出してきた結果。それでもベートは納得しないだろうし、彼も多分そうだろうね……危なくなったら止めるとして、暫くは静観した方が良さそうだ。【
ベルが座っていた席にいた女性、アーディがフィンの言葉に固まる。
「まあ止められるように待機はすべきだろう」
「そう、だね………」
フィンが席を立ち外に出る。ラウル達に待機を命じ、止めるための要因としてガレスやティオネ、ティオナを立たせ、リヴェリアもいざという時回復させるためかついていく。アーディも。
アイズも慌てて店の外に出ると、ベルとベートが睨み合っていた。
「色々言いたいことはありますが、まずは」
「やってくれたなてめぇ……!」
「「ぶっ飛ばす!」」
二人は同時に相手に向かって飛び出した。
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