ベル・クラネルの治癒魔法の使い方は間違っているだろうか?   作:救命団副団長

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凶狼と戦うのは間違っているだろうか?

 同時に駆け出した二人。ステイタスによる敏捷性能の高いベートは風が流れるように、筋力で物を言わせるベルは路面に亀裂を走らせながら地面を蹴った。

 救命団随一の足を持つナックにも引けを取らないベルの速度にベートは目を見開くも対処する。

 振るわれる拳。第一級が放つそれは常人にも並の上級冒険者にも視認不可能。

 

「おっせえ!」

 

 しかしもっと理不尽な拳を知っているベルは直前で回避し懐に潜り込み拳を振るう。ドン! と大気を揺する音が響きベートの体が空に浮かび上がる。

 

「え、えええ!?」

 

 その光景に叫ぶのは果たして誰だったのだろう。

 第一級冒険者が無名の冒険者に殴り飛ばされる光景に、誰が叫んでもおかしくない。

 

「っ……てめぇ!」

「………………」

 

 ふっ飛ばされた勢いのまま地面を滑るベートは腹を押さえながらベルを睨む。ベルもまた、不用意に近づけなかった。

 反応された。回避し、動揺を誘ったつもりだったが直前で後ろに飛ばれ十分な威力を与えられなかった。

 

「………本気で行くぞ」

 

 ベートはベルを殴りつける直前で、拳の速度を落としていた。それでも人を殴り飛ばすには十分だったが本気ではなかった。だが、それはベルも同じ。

 両手に緑の光を纏う。これで、やりすぎても問題ない。でもその前に………

 

「っ!」

 

 高速で飛来する緑の光。詠唱がなかったことから、何らかの強化スキルかと思いきや飛ばした。驚愕しながらも回避し、二発目に気付く。

 投げるような動作からして連続で撃てるものではない。が、二発目を追うように駆けてくるベルを見てまるごと叩き潰すと体を回転させ蹴りを放つ。

 

「あ……?」

「え?」

 

 ベートの銀靴が緑の光を吸収し、輝く。その光景にどちらもほうけ、ベートの蹴りがベルの頭に叩きつけられた。

 

「っ!」

 

 悲鳴が響く。慌てて足をどけるベート。路面が砕けるほどの衝撃で叩きつけてしまった、しかも頭に、何らかの魔法を纏って。最悪な想像をしてしまうベートだったが、ベルが跳ね起きその頬を殴り付けた。

 

「ごっ!?」

 

 首の骨がミシリと嫌な音を立て、再びベートが吹き飛ぶ。困惑も合わさり今度は背中から地面に激突するも直ぐに跳ね起き、己の頭を押さえる。

 酒が抜けた。

 泥酔から素面に戻り現状を認識できないベートは困惑しながら辺りを見回す。何故自分は外に居る?

 と………

 

「ああ?」

 

 殴りかかってきたベルに気付き顔を歪め、顎を狙った拳を身体をそらしかわし腹を蹴り上げる。打ち上げられたベルは空中で身をひねり着地する。

 

「なんだ、てめぇは………? なんで俺外に……」

「記憶失うほど飲んでたのか」

「記憶? あ〜………」

 

 ガシガシ頭を掻きながら、漸く思い出したのかチッと舌打ちする。

 

「俺の発言が気に食わねえ、だから手ぇ出したってことか。度胸のあるガキだ、力もある。だがそれだけだ……てめぇが吠えたからって何が変わる? 情けなく逃げ出したトマトやろ………トマ………ト」

「………………?」

 

 ベートが何かに気づいたように固まり、ベルが首を傾げる。

 

「てめぇトマト野郎じゃねえか!?」

「え、トマト野郎って僕のことだったんですか!?」

 

 ベートの言葉に驚愕するベル。トマト野郎さんが何者かはわからないが、ミノタウロスに殺されかけ、それを嗤っていたから怒ったというのにそのトマト野郎は自分だった?

 何で?

 あ、でも確かにミノタウロスの血頭から浴びたし、ミノタウロス斬ったのアイズだ。傍目から見れば助けられたように見えた………のかな?

 

「誰だと思ってキレたんだよ!」

「えっと………それは、知りませんけど」

「見ず知らずの、誰とも知れねえ奴にキレたってかあ?」

 

 と、ベートは不快そうに言う。

 

「馬鹿かてめえ。強い奴が弱い奴庇って何になる。誰かが守ってくれると思い込んだ雑魚ほど使い物にならねえもんはねえ。てめえが守ろうとした誰かが、また守られると勘違いしてくたばりやがる! 雑魚は罵れ、見下せ! それが強者の特権だ!」

 

 そのいいように顔を顰めるティオナやアイズ。それに対してベルは………

 

「まあそれは解ります」

「………え?」

 

 理解を示した。純真無垢そうな子供が、よりによってオラリオでも随一の実力差別主義のベートに共感した。

 

「弱い人が戦場に出たら死んじゃいますもん。戦場に出るのに弱いままでいようとするなら、罵倒して見下して殴って蹴って岩投げて踏み潰して投げ飛ばしたりするぐらいはしたくなります」

「…………そこまで言ってねえよ」

 

 あれ? この見た目純朴そうな少年、ややもすればベートより過激じゃね? と【ロキ・ファミリア】の面々は戦慄した。

 

「僕も何度殴られて蹴られて潰されたか! 畜生、あの人の皮被ったオーガを超えた何かめ!」

 

 何やら思い出したのか虚空に向かって叫ぶベル。ふぅーと息を吐き落ち着かせる。

 

「とにかく、弱い仲間をなじろうとそれは貴方の自由です。でも、守らない理由にはならない」

「はあ?」

「というか貴方、守らないとか無理ですよね絶対。むしろ率先して守る人だ。だって雰囲気師匠に似てるもん」

「はああ?」

「でも不安になるのはわかります。あんなに強い人ですら、そうだったんですから………強くなってくれって思いますよね。まああの人は間違いなく性癖入ってるだろうけど、貴方は優しい人だ!」

「はあああ!?」

 

 何やら好意的なベルの態度に分けが解らんと叫ぶベート。ロキは腹を抱えてゲラゲラ笑っている。

 

「でも死にかけた人を嗤うのは駄目だ」

 

 シン、と静まり返る。それだけの威圧感を、目の前の少年は放っていた。

 

「死者を嗤うのは駄目だ。懸命に抗ったとて、力が足りなかった者を嗤うのは許さない」

 

 ベルの脳裏に映るのは、この世界での砂漠の出来事。懸命に戦い家族を逃してみせた戦士を笑う畜生共を見た。

 

「貴方は彼奴等とは違う。それは解る………解るけど、演じられるのは我慢ならない」

 

 あの時程の怒りではない。深さは違う、しかし種類は同じ。その怒りに対し、ベートは目を細める鼻を鳴らす。

 

「てめえの好き嫌いなんざ知ったことか。ここはオラリオ、冒険者の街。意地を通したきゃ力を示せ」

「なるほど解りやすい」

 

 意地っ張りなベートの言葉にベルは苦笑する。少なくとも嗤われていたのが自分であると解った今、ベートに対する怒りはそこまでない。面倒くせえ人だなとは思うが。

 ベート自身己の失言に怒るのは当然だと思っていたし、何より噛み付いてきた眼の前のガキをそれなりに気に入っていた。

 だけどどちらも、一度始めた喧嘩を、決着をつけぬまま終わらせる性格ではなかった。

 一度拳を振るい合った。ならばどちらが上かまずハッキリさせる。

 弱肉強食の部族の教え。

 己を鍛えてくれた者への敬意。

 形は違えど勝者を決めるという意志は同じ。細かい話はそれからだ!

 再び、先程の焼き回しのように駆け出す二人。

 酔が覚め、冷静さを取り戻したベートは己の拳を避けたベルに即座に対処する。

 身をひねり回避し、肘をベルに打ち込む。吹き飛ばされるベルの足を掴み地面に叩きつけ、再び持ち上げようとしてガクンと固まる。ベルが路面に指を食い込ませ、抗った。体を回転させ無理矢理手を弾くと両足を曲げ蹴りを放つ。今度はベートが吹き飛ばされた。

 

(こいつ、どういう力してやがる!)

 

 パワーだけなら自分に匹敵、或いは凌駕しているかもしれない。反応速度も尋常ではない、()()()()()()()()()()()

 動きを読むのも馬鹿らしい程の反応速度を持つ奴と戦っていたのだろうか? だからどうした、反応されたならその都度修正すればいい。

 

「オラアアアア!!」

 

 鞭のようにしなる蹴り、砲弾のように迫る拳。

 『強者』と認めたが故に手加減はない。そんなものは侮辱だ。

 だというのに、耐えてくる。耐えて反撃してくる。

 

「ああ!!」

「がっ!?」

 

 ダメージがないわけでは無い筈だ。それでも倒れず、ベートの蹴りを踏みつけ止め、拳を連続して叩き込む。

 力だけではない。耐久力も異常の一言に尽きる。常日頃から第一級冒険者に殴られ続けたのかと思うほどの『耐久』のステイタス。

 そのくせ避ける必要があると判断した時は確実に避ける。

 闘い方がちぐはぐだ。傷付くことを恐れぬタンクタイプかと思えば自分と同じ高速戦闘のヒットアンドアウェイの戦闘スタイルも併せ持つ。

 そして何より、既視感。

 【フレイヤ・ファミリア】の連中と戦っているような、対人戦になれすぎた戦い方。

 

「っ!」

「らあ!」

 

 だがその戦い方には若干の諦め、どうせ避けられないという意志が見える。ベートの攻撃が、ではない。この少年を鍛えた何者かだろう。

 そのせいで僅かに遅れる。そこをついて、蹴りを加速させる。

 防御するつもりで、直前で威力が増した蹴り。防いだ腕からベキッと音がなりベルの身体が吹っ飛び壁に激突する。利き腕は折った。戦闘能力は半減では済まない。

 良くやった。吠えるだけはある。だがここまで。

 それだけの気概があれば直ぐにでもさらなる高みに至るだろう。今回は俺の勝ちだと瓦礫から出てきたベルの意識を刈り取る蹴りを放ち、左腕で防がれ()()()()()()()()

 

「かっ──!?」

 

 ガードも威力を流すことも敵わぬまともな一撃。胸を打つ一撃に肺の中の空気を押し出され、折ったはずの腕に殴られるという現実に困惑し明確な隙を晒す。

 

「おおおおおお!!」

 

 その隙を逃す道理など存在しない。放たれる連撃(ラッシュ)。一撃一撃が第二級冒険者の上位陣ですら大ダメージを与えうる威力。ランクアップ間近の第一級冒険者とはいえ、意識が飛びかける。

 

 負ける? ふざけんな!

 

 飛びかけた意識を無理やり引き戻し、拳を振るう。

 

「ローズ、さんのほうが………速い!」

 

 意地と気合で放たれた拳は避けられるもしかしベルの頬と耳を切り裂く。それを無視して兎のように飛び跳ね、体を中で高速回転。

 

「僕の勝ちだ!」

 

 回転エネルギーを蓄えた蹴りがベートの頭に当たり、先程の仕返しとばかりに頭を路面に減り込ませる。

 ドゴォン! と罅割れ細かい砂塵が煙のように舞う。

 煙が晴れ、肩で息をしながら腰を落とすベルと地面にめり込んだまま動かないベート。

 決着はついた。歓声があがる。

 

「うおおお! すげえぞあのガキ! 【凶狼(ヴァナルガンド)】を倒しやがった!」

「どこのファミリアだ!?」

「おい誰か情報持ってねえのか!?」

 

 ワイワイガヤガヤと成り行き見守っていた冒険者や一般市民が騒ぎ出す。賭け事でもしていたのか悲鳴と喜びの声が混じる。

 

(これが、冒険者………これがLv.5………)

 

 強かった。勝つには勝てたが、また勝てるかと言われれば断言できない。

 自分と殴り合いが出来る者なんて数えるほどしか居なかった。もしベートが武装した状態だったら………そして、そんな彼等ですら油断ならぬダンジョンという危険地帯。そこで命を救いたいと叫ぶなら、もっと強くならなくてはいけない。

 グッと握りしめた拳に力を込める。と………

 

「アミッド連れてきたよ〜!」

 

 とアマゾネスの少女がアミッドを連れてきた。

 

「これは、ベートさん!? 一体何が………【フレイヤ・ファミリア】と抗争でもあったのですか!?」

「ううん、そこの子………」

「え………ベルさん?」

「…………ど、どうも」

 

 アマゾネスがベルを指差すとアミッドはベートとベルを見比べる。

 第一級冒険者と強いのは知っていたが駆け出しの少年が戦った?

 少年は結構埃だらけ、頬には血と泥が混ざった汚れも見える。

 

「詳しく………説明してください。今、私は冷静さを欠こうとしています」

「ひえ」

 

 この世界でベルを初めて恐怖させたのはモンスターでも冒険者でもなく、治癒師(ヒーラー)だった。どこの世界も医療に携わる者達の長って恐ろしいのかな、ベルは現実逃避気味にそんな考えを抱くのだった。


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