ベル・クラネルの治癒魔法の使い方は間違っているだろうか?   作:救命団副団長

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再び謝罪に行くのは間違っているだろうか?

「なるほど、自分が侮辱されているとは思わず、ミノタウロスを逃し、結果死にかけた人を笑ったのが許せず挑んだ、と………それで?」

「え、えっと………それだけ、です」

「それだけのはず無いでしょう。それが自分を指していたと解った後も戦いを続けたそうではないですか。ええ、殴って殴られて叩きつけられて。なぜ続けたのです? 怒っていません、私は理由を訊いているのです」

 

 腕を組む銀の聖女の前で正座しプルプル震える白兎。まだ幼さを残し、小柄ではあるのだが何時にも増して小さく見える。

 

「あの〜、アミッド? 少し良いかな?」

「後にしてください」

「………そうするよ」

「ちょっとアミッド! 団長が──」

「後にしてください」

「あ、ハイ」

 

 フィンがアミッドに話しかけ、助かったと思ったらその後のティオネもアミッドの威圧感に何も言えなかくなった。Lv.2なのに………と、Lv.1のベルは思った。

 

「どうしましたベル? 私は何も、なぜ生物は呼吸をするのか聞いているのではありませんよ? どうして続けたか、その理由を言いなさい」

 

 笑顔だった。聖女が浮かべる美しい笑顔。なのに敬称すらつけ忘れるほど怒っている。

 

「ごめんなさい……」

「それは何に対しての謝罪ですか?」

「あばれ──」

 

 て…と、言いかけ止まる。漸く俯いていた顔を上げ、アミッドの目を見たからだ。

 

「………心配させて、ごめんなさい」

「………………」

 

 その謝罪に目を瞑り、はぁとため息を吐くアミッド。組んでいた腕を解き、膝を付きベルと視線を合わせる。

 

「貴方がLv.1の規格に収まらないのは知っています。ですが、第一級もまた規格外………」

 

 伸ばされた手にビクリと震えるベルだが大人しく受け入れる。頬を優しく撫でられた。

 

「…………?」

「怪我は、もう塞がっているようですね」

「あ、あの………出来ればベートさんの治療も…………私だけじゃ、多分」

 

 経験上、岩をも砕くデコピンほどでなくとも打たれるかと身構え、予想が外れ困惑するベルを見てアミッドが呟く。それを見た眼鏡の少女が未だ路面から剥がしたベートに膝枕しながらアミッドに懇願する。

 

「必要ありません。怪我はしてない……いえ、既に治療されているようですし」

「え?」

 

 確かに、路面が砕けるほどの威力で叩きつけられたのに血が出ていない。痣だらけになったと思った身体も、肌が覗く範囲だが痣は見えない。

 

「治療って、でも……誰が…………」

「ベルさんです。この子は治療師(ヒーラー)ですから」

 

 クシャリとベルの頭を撫でるアミッド。

 

「………え……治療師(ヒーラー)? ベートさんと殴り合ってたその人が?」

「ダンジョンに潜り怪我人、行方不明者を探し治療する、そういった形を目指しているようです。超長文詠唱故に私には単独で行えないあり方ですね」

「…………」

 

 ワシャワシャと毛並みがふわふわした兎のようなベルの頭を撫で続けるアミッド。アイズがソワソワ見ている。ベルは目を細め大人しくされるがまま。

 

「どうせ自分の怪我も治すから良いと、そう考えたのでしょう」

「きゅ──」

 

 そのまま両手で頬をガシリと掴む。力で逃げるのは簡単だが、非はコチラにあるので逃げられないベル。

 

「貴方は、治療の力もLv.1としては信じられぬほどの規格外でしょう」

 

 位階上位冒険者(かくうえ)が何人も存在する治療師(ヒーラー)の中でもLv.2でありながら世界最高峰のアミッドが言えたことではないが。

 

「それに胡座をかいていないことには好感を持ちます。ですが、行き過ぎた責任感は傲慢と変わらない」

「…………」

 

 まだ、怒っている。

 至近距離の紫水晶(アメジスト)の瞳の奥に、確かな怒りを感じる。美人を怒らせると怖いというのは何も師匠だけではなかったらしい。そういえばアマコお姉ちゃんも怖かったなあ、と現実逃避したくとも現実は目の前だ。

 

「………出来ることは、やらなくてはならないことではありません。ベートさんの言葉はたしかに不快でしょう。立ち直れない方もいるかもしれない……それでも、貴方が怪我をしてまで止める必要はないはずです」

「………………」

「あの場で誰も言わなかった。言ったとしても、止められたのは【ロキ・ファミリア】の誰かだけ。なら止められるかもしれない自分が行く。それは素晴らしい心がけですが、やはり貴方である必要はない。ベートさんが最初から酔ってなかったら? 武装していたら? 貴方の強みを知っていたら?」

 

 勝率は下がっただろう。負けていたかもしれない。相手がベートではなく、徹底的に追撃するような輩だったら目も当てられない。

 

「貴方の方針を考えるなら、無茶をしてはいけませんとは言いません。ですが、だからといって危険に飛び込んでいいわけではありません」

「……はい」

「よろしい。では、続けたことに対するお説教です」

「……………はい」

 

 

 

 

 

 その後、街の建物や路面を壊したとしてギルドと【ガネーシャ・ファミリア】に叱られた。ギルドからはエイナが物凄く怒っていた。

 ベートに勝ったと聞き、驚いていたがそれはそれ。危険な行為をしたことには変わらない。

 【ガネーシャ・ファミリア】からはシャクティが。

 冒険者同士のいざこざは多々あれど、街を破壊する前に止めるべきだったとアーディも隣に座らされ叱られていた。

 

「も、燃え尽きてる!」

 

 帰ってきた眷属が燃え尽きている件。

 ヘスティアは真っ白……何時もより真っ白になったベルをつんつん突く。ううん、と反応するから生きている。

 

「どうしたんだいベル君、怒らせたら怖い美女3人にお説教を食らった兎みたいだぜ?」

「怖かったです……」

「そうかそうか。よーし、ボクの胸でお泣き」

 

 ギュッと抱きしめポンポン背中を叩いてやるヘスティア。一体ベルに何があったのだろうか?

 アーディと喧嘩………は、ないな。どっちの性格的にも。とりあえず事情を聞いてみる。

 

「ロキんとこの子と喧嘩か〜。良くやった、とは言い難いねえ……」

 

 ロキは嫌いだがその子供まで嫌いなわけではない。この街に住んでいれば嫌でも耳にするロキを称賛する声。しかしそれは、ロキの眷属(子供達)を称賛する声でもある。

 彼等がこの街を守っている勢力の一つであるのはもう知ってる。

 

「その、明日午後に謝りに行くつもりなんです。ただ、フィンさん達も謝りたいことがあるらしくって………神様にも来てほしいそうなんですが」

「う〜ん。ロキと顔を合わせるのはなあ………ボクとロキの喧嘩で仲良くなろうとしてる子供達まで巻き込んで、なんてのは避けたいし………」

 

 ウンウンと唸るヘスティア。どうもロキとは気が合わないらしい。

 

「で、でも前回は………」

「あの時は新入りだろう? 今回は幹部だ………どの程度贔屓してるのか、あるいは全く贔屓してないのかわからないんだ。それにあの時は、ボクよりあのアーディって子を侮辱されてた怒りが強かった」

 

 普段なら喧嘩する程度の敵愾心も、あの場では些事になった。ヘスティアとロキが喧嘩しなかったのはそれも大きい。

 

「ボクはベル君に謝罪してくれるだけでいいよ。どうしても謝罪したいなら、時間と場所は用意するから伝えるよう言ってきてくれ」

「はい神様!」

 

 

 

 

 

 そして翌日。『豊穣の女主人』に床と机の修理代を払ってから、再び【ロキ・ファミリア】のホームにやってきた。門番二人の他にこれといった特徴のない容姿の青年が立っていた。

 

「あ、来たっすねベルさん」

「あの、さん付けは別に……」

「ベートさんを殴り倒すような人を呼び捨てには出来ないっすよ。案内するっす!」

 

 歩く動きに無駄がない。流石は天下の【ロキ・ファミリア】。門を通る際の門番の態度からも、幹部もしくは準幹部だと思われる。リングル王国だと騎士になれる。すごいなー。

 

「な、なんすか?」

「【ロキ・ファミリア】には強い人が多いな、って…」

「あはは。自分なんて大したことないっすよ………」

 

 謙遜しながらも嬉しそうな青年。なんだろう……

 

((なんか、仲良くなれそう)っす)

 

「そう言えば自己紹介がまだだったすね。自分はラウル・ノールド。一応二軍の指揮をしてるっす」

「凄いですね! あ、僕はベル・クラネルです」

 

 と、お互い自己紹介した時だ。曲がり角から人が現れた。

 

「あ………」

「………あ」

 

 アイズ・ヴァレンシュタインだ。

 アイズはベルを見ると目を見開き、直ぐに泳がせる。ベルもベルで戦いに挑まれぬよう警戒し、ラウルは首を傾げる。

 

「…………あの。えっと………君、強いんだね」

「あ、ありがとうございます。まあ、鍛えてますから………」

「そっか………」

「………………」

「………………」

 

 

 

 

 どうしよう、会話が続かない。アイズは何か話題を探そうと必死だ。いや、そもそもまずすべきことが……何だっけ?

 アイズは混乱している。

 

「えっと………じゃあ、戦おっか」

 

 もう一度言おう。アイズは混乱している!

 

「ご、ごめんなさあああい!!」

 

 ベルは逃げ出した!

 アイズはガーンと固まる。何がいけなかったんだろう。あの時、ベートさんに好意的だったから戦いの中で仲良くなったのかと………。

 

「何やってるんすかアイズさん! 自分ら今日謝罪のために呼んだんすよ!?」

 

 謝罪。そうだ、謝罪だった。怖がらせてごめんね、と。いやまて、そもそもあの子怖がってたのか? ベートさんとも戦えるのに。

 一旦状況を整理しよう。彼はベートさんと殴り合える。なら、ミノタウロスに恐れるなんてことはない。じゃああの時自分は余計なことをしてしまった…………あれ、トマト野郎と揶揄されるほど真っ赤になったミノタウロスの鮮血、あれ………私のせいじゃない?

 つまりベル・クラネル(少年)のアイズの評価はいきなりミノタウロスの血をぶっかけてきた失礼な女………。

 

「…………っ!」

 

 さらなるショックがアイズを襲う。なんてこった、嫌われてたっておかしくないや。泣けてくる。

 とりあえず追わねば!

 

 

 

 

 

「ふう、ここまでくれば……どこ、ここ……………あ」

「ああ?」

 

 と、中庭らしき場所でキョロキョロしてると見知った顔に出くわした。ベートだ。

 

「てめえなんで………いや、そうか。昨日の………」

 

 ベルを見て不機嫌そうに顔を歪めるベートにベルはなんだか申し訳ない気持ちになる。そそくさ去ろうとすると、ベートがおい、と呼び止めた。

 

「………悪い事したとか思ってんじゃねえぞ」

 

 ベルをベンチに座らせ、隣のベンチにドカッと乱暴に座り込んだベートは目を合わせず言う。

 

「てめえが俺のやり方を気に入らねえって喧嘩売って、俺がてめえの言い分がうざってえって買った喧嘩だ。それともなんだあ? あの時の考えは嘘でした、なんて言うつもりか?」

「いいえ」

 

 それにはオドオドした態度もなりを潜ませハッキリと返した。ベートはハッ、と鼻で笑う。

 

「俺もだ。だから、あれは俺が負けてお前が勝った。その結果があるだけだ………次は負けねえけどな」

「次も僕が勝ちます」

「吠えんな…………いや、今回負けたのは俺か」

「でも、ベートさんが初めから本気だったら解らなかったです」

「少なくとも、本気で潰す気だった。這い上がるまでもなくお前が強かった、それたけだ」

 

 強情っぱり。勝てたかもしれないと言われて喜ばないのか? 喜ばないんだろうなあ。なんかこの街師匠に似てる人多いな。

 

「………ベルです」

「あ?」

「ベル・クラネル。トマト野郎じゃないですよ…………」

「……………ベート・ローガだ。てめえとはやり方は合わねえが、まあ話は出来そうだ」

 

 そんな男達のやり取りを見て、ワナワナ震える人影が一つ。

 

 

(な、なな………ななな!)

 

 仲良くなってる!?

 何で、どうして!? 罵倒してたくせに! 殴り合ってたくせに! 私のほうが先に仲良くなりたかったのに泥棒狼!

 などと混乱するあまり自分でも何を言ってるかわからない、アイズ・ヴァレンシュタインだ。

 

(やっぱり、戦って仲良くなったの?)

 

 そういえばロキが夕日の中で殴り合って築く友情もあるのだと言ってた気がする。夜だったけど、それだろうか? 自分も仲良くなるためにはやはり戦うしか?

 

「うん。よし……行こう」

「何をしてるんだお前は」

 

 いざ、と勇み足で駆け寄ろうとしたアイズだったが不穏な気配を察知したのかリヴェリアがアイズの襟を掴んで止める。

 不味いところを見られたと顔を青くするアイズと、ベートとベルを見てはぁ、と頭を抱える。

 

「アイズ、お前は話が終わるまで部屋で待機してるか、外に行ってろ」

「!!」

 

 再びガーンとショックを受けるアイズ。首元を捕まれ項垂れるその姿は猫にも見える。

 リヴェリアを怒らせると後が怖い。アイズはトボトボ自室に向かって歩いていった。




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