ベル・クラネルの治癒魔法の使い方は間違っているだろうか?   作:救命団副団長

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黄昏の館に来たのは間違っているだろうか?

「ところで………」

「はい」

「昨日言ってたあれは実体験か?」

 

 恐らくは弱いままなら罵倒して見下して殴って蹴って岩投げて踏み潰して投げ飛ばす辺だろう。

 

「はい、実体験です」

 

 ベルは顔を青くしながら答えた。

 

「……………そうか」

「取り入れますか?」

「………彼奴等は雑魚だが屑じゃねえ。反感だけ抱くくせにケツ蹴られなきゃ何もしねえ、走りもしねえなんてことはねえよ」

 

 てめえはどうだったんだぁ? と聞いてくるベート。

 

「確かに、僕は7歳の頃はサボるなって怒られてたなあ。半日も走り続けるなんてあの頃には無理だったし」

「それは普通にお前の師匠がおかしいな」

「でも、おかげで強くなれました。僕、物心ついた頃から両親がいなくって、ちょっとだけお母さんってこんな感じかなって……」

「普通、母親は子供に岩を投げねえよ」

 

 照れくさいというように頬をかくベルだが7歳からかは知らんがやらされたことを考えると親子の絆を夢想するのは間違っていると断言できる。

 しかし恐ろしいし苦手な部分もあるが慕っていたベルは食って掛かる。

 

「そ、そんな事ありませんよ! 探せば子供をモンスターの巣が山程ある森に放り込んだり岩を括り付けて嵐の海に投げ込む母親だっているかも!」

「居てたまるか、んな母親!」

 

 それは母親とは言わない。悪魔とか魔王とか、そんなちゃちなもんじゃねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わった気分だ。

 

「まあそんな生活すりゃお前の強さも納得だ。納得…………まあ納得してやる。ようは恩恵刻む以前から規格外ってことだ。よく死ななかったな」

「師匠の治癒魔法は千切れかけた腕もくっつけられるらしいですし」

 

 らしい、なら………少なくともこいつは千切れてないのか? 気絶してる間に四肢を別人のと取り替えられて無かったことにされたんじゃないだろうな、とベルの過去が心配になるベート。と………

 

「ここに居たか。ラウルが慌てていたぞ………まあ、アイズの失言のせいらしいな。済まなかった」

「よく見ろベル、これが母親だ」

「………お母さん?」

「…………………」

 

 普段から母親扱いされることはあれど眼の前の青年からそう言われるのは初めてだ。母親ではないというのに何だそのこれが常識だ、みたいな言い方は。少年もキラキラした目で見てくるな。悪意がないから怒れない。

 と、声をかけたエルフ、リヴェリアは困ったように唸る。

 

「こいつの母親像がおかしいんだよ。皆にママママ言われてるババアが教えてやれ」

「おかしい?」

「モンスターの住処や嵐の海に投げ込まれんのが普通だと思ってやがる」

「…………苦労しているな」

「く、苦労はして来ましたけど結果に繋がって………!」

「それこそ結果論だろう。まさか結果に繋がったからよし、などとしているわけではないだろうな?」

「? いえ、毎回終わった後まず殴りに行きますよ。まあ殴り返されるんですけどね……」

 

 ベートと渡り合ったベルを殴り返せる師匠。Lv.5、或いは6級。もしくは7年前のような『最強』の生き残り。

 そうなると彼はかの『大神』か『女神』の系譜………いや、流石に考えすぎか。

 

「ベートはどうせ謝らんだろうからと呼んでなかったが、確執はなくなったらしい。同行するか?」

「………もうすんだ」

 

 ベートはそう言って立ち去った。ベルが手をヒラヒラ振るのを横目で見て、フンと鼻を鳴らした。

 

「では、案内しよう」

「はい、お願いします」

 

 素直な子だ。ベートの発言も譜面通りに受け取らず、本質を見抜き懐いている。

 元々は【ロキ・ファミリア】に顔を出していたということだが、彼が来てくれればベートと他の団員との架け橋になったかもしれない。

 追い返した門番の調教期間をもう少し伸ばすことにした。

 

「ああそれと、ベートはああ言っていたが私を母親(ママ)とは呼ぶなよ?」

 

 

 

 

 リヴェリアの案内のもと、団長室へたどり着く。リヴェリアがノックすると入ってくれ、と声がかかった。

 

「昨日ぶりだね、ベル・クラネル。来てくれてありがとう」

「こんにちは」

 

 部屋にはフィンの他にガレスやロキが居た。

 

「ああ。ベルと呼ばせてもらっても?」

「はい、構いません!」

 

 ベル・クラネルの印象は、人が良い。いや、冒険者という職業を思えば良すぎる、といった感じだろう。

 親しげな笑みの下で、フィンは冷静にベルを観察する。都市外からきた得物なしとはいえベートをくだせる冒険者。しかもLv.1と来た。

 ありえない。都市外で鍛え、改宗(コンバージョン)させたと言われたほうがまだ納得できる。

 

「今日は神ヘスティアは来てくれなかったのかな?」

 

 そうなるとヘスティアは外部ファミリアと繋がっていることになる。ロキはそれはないやろ、と言っていたが。フィン・ディムナは神の感覚を信用こそすれ、信頼はしない。神とて地上では零能にして、心を持つ。他者の裁量は予測するものであって信頼するものではない。

 まあその場合様々な【ファミリア】に顔を出したことが説明つかないが。

 

「はい、ロキ様と口喧嘩して仲直りを邪魔しちゃうかも、って……必要ないけど謝罪したいなら、時間と場所を言ってくれれば、時間をとるそうです」

「そうか。なら、謝罪は別の機会にさせてもらうよ。今は不要だと言ってくれた女神に感謝を……そして、門番の件、ミノタウロスの件、昨夜のベートの件。本当に申し訳なかった」

 

 フィンはそう言って頭を下げ、ベルが慌てる。

 

「だ、大丈夫ですよ! 門番もベートさんもぶっ飛ばしましたし、ミノタウロスのあれはボーッとしてた僕にも非が………それに、ベートさんとは仲直り出来ました」

「…………やっぱり冒険者なんだなあ」

「…………?」

 

 拳で解決するあたり、冒険者らしい冒険者だ。見た目は純朴で歓楽街に迷い込んだら年上の女達に食われそうな容姿なのに。

 

「とはいえ僕達が君に迷惑をかけたのは事実。ギルドから通達が来てると思うけど、街の修理費はこちらが負担しよう」

「い、いいんですか!?」

 

 正直助かるとベルは喜んだ。フィンの目から見ても、その気持ちに嘘はないだろう。

 

「昨日の件の謝意だ。ミノタウロスと、門番の件はまた別………そうだね、君ほどの強さなら上層じゃ経験値(エクセリア)がたまらないだろう? かと言って、知識のないまま中層は危険だ」

 

 モンスターだけではなく、場所そのものが冒険者に牙を向いてくることもある。なんの知識もなしで向かうのは第一級冒険者並の戦闘能力を持っていたとしても避けるべきだ。

 

「どうだろう、流石に遠征に同行させるかはまだ決められないが、何度か僕達と潜ってみるのは」

 

 とはいえ、これは昨日アーディと居たところを見るに大きな旨味とは言えないだろう。本質はフィンがベルを見定めたいのが大きい。

 

「その、同行していいんですか?」

「謝罪のつもりだけど、こちらにも得があるからね」

 

 あの強さで治療師(ヒーラー)。戦場を駆ける治療師(ヒーラー)なんて彼ぐらいしか居ないだろう。しかもあれだけ殴り合っていた二人が無傷。

 恐らくあの緑の光が彼の治癒魔法。超短文………あるいは世界初の無詠唱であの精度。正直欲しい。追い返した門番、しばらく減給したい。

 

(うちに入ってくれたら、見定める時間なんていくらでも取れたけど………)

 

 田舎から出てきたばかりのあどけない少年。しかしその力はオラリオの中でも上位に食い込み、冒険者らしくない少年かと思えば時折冒険者らしい口調になる。

 

「門番の件は………そうだね、改宗(コンバージョン)が行える一年後…………いや、必要なさそうだ」

 

 言いかけ、申し訳なさそうな顔をするベルに首を降る。

 

「僕は神様のところで………いいえ、神様のところがいいです」

「…………そうか、残念だよ」

 

 【ロキ・ファミリア】という栄光をまるで欲していない。自分には出来ないその生き方に、眩しさすら覚える。とはいえ………

 

「ところで、君。あの強さ本当に何処かの【ファミリア】に所属していなかったのかい?」

 

 聞くべきことは聞くが。

 

「はい、神様……ヘスティア様が僕の初めての主神です」

 

 ロキが黙ってみている。嘘はない。

 一体どんな修行をすればあれだけの強さを得るのか興味は尽きないが、これ以上借りを作るわけにもいかない。

 

「なら、門番の件の謝罪はまた改めて。時間を取らせて悪かったね………リヴェリア、頼めるかい?」

「ああ……ではベル・クラネル。ついてきてくれ」

「あ、はい!」

 

 

 

 

 

 『黄昏の館』から出て廃教会に向かうベル。不意に足を止める。

 

「っ? また視線」

 

 キョロキョロ周囲を見回すも、やはり人影は見えない。『黄昏の館』内では昨晩酒場にいた者達が畏敬、居なかった者達が疑問、遠くで金髪の剣士が凝視していたが、それらとは違う。もっと、こう………粘着くような舐め回されるような………。

 あったばかりのお姉ちゃん呼びを強要してきたスズ姉のあれをより濃くした感じ。

 

「…………?」

 

 一体どこかから?

 視線の犯人を探ろうとすると直ぐに切れる。来るタイミングもバラバラで、警戒を緩めた瞬間にまた来る。

 

「…………………」

 

 目を閉じ、生き物の魔力を薄く広く伸ばし反応を探知する。やはり不自然な動きをしている人影は…………

 

「…………あれ?」

「あ、お〜い! ベルく〜ん!」

 

 と、アーディがベルを見つけ駆け寄ってきた。ベルは足元をじっと不思議そうに見つめていた。

 

「どうしたの?」

「なんか地下から大型の生き物の気配が……」

「あ〜、まあモンスターも地上に結構住み着いてるからね。人が踏み込む場所は退治してるんだけど………大きさはどのぐらい?」

「えっと………6、7メドルぐらいが複数」

「…………調査しなきゃ」

 

 

 

 

 案内して、とアーディと地下水路へと向かった。

 入り口は少し離れた場所にあったので、改めて探り直した。

 

「このすぐ向こうです」

「ん? う〜ん、地図によるとこの向こうに大型のモンスターを隠す部屋ないんだけどな」

 

 眼の前には壁。この壁の向こうは地図上では土の中。ベルが嘘を付くとは思えないし、となるとこの向こうは………。

 

「仕方ない、お姉ちゃんに怒られるかもしれないけど………モンスターが巣にしてたら危ないし壊そう」

「解りました!」

「あ、待って躊躇いがな──!!」

 

 ボガァン! と壁が破壊される。やはり奥には空間があり、緑の蛇のようなモンスターが爆音に起こされたのかベル達の方に鎌首をもたげた。




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