ベル・クラネルの治癒魔法の使い方は間違っているだろうか? 作:救命団副団長
顔のない蛇、とでも言おうか。
緑の長い体にひまわりの種のような顔。目も口も鼻も見当たらない。
「新種? っ、来るよ!」
迫りくる新種にアーディが剣を抜きベルが拳を構える。
ドッ! と剣の腹で一撃を受ける。
強い衝撃、明らかに中層、下層クラスの攻撃力。
「らぁ!」
ゴッ! と伸び切った体に飛び跳ね接近したベルの拳が叩き込まれ、大きく仰け反る。殴られた箇所は凹み、急激な変形に耐えられなかったのか皮膚の一部が裂けている。
「かった!?」
逆に言えば、
赤くなった拳をブンブン振るうベル。
「うわ!!」
己の体を鞭のようにしならせベルに叩きつける。空中では踏ん張ることもできず石の柱を数本砕きながら吹き飛んでいく。
「いたた………硬いな、結構」
瓦礫をどけ埃を払いながら立ち上がるベル。己の拳を見つめる。
皮は破けていないが、内出血ぐらいはしてるかもしれない。と……
『オ、オオオオオオオ!!』
ベルに殴られた個体の頭にピッと線が走り、
「花? ……蛇じゃなかった」
アーディの言う通り、顔のない蛇かと思っていたモンスターの正体は長く太い曲がる茎を持った植物型モンスター。よくよく見れば尾を持たず、体の末端には根のようなものがあり、そこから伸びる蔓もそのモンスターが植物であると言っているようだ。
花の色は毒々しい極彩色。
「はっ!」
振るわれた蔓を切り払い、本体にも斬りかかる。ザグリと大きな傷が付き食人花は悲鳴を上げる。
「斬撃は通る………ベル君!」
サポートをお願い! そう言おうとした瞬間、食人花達は一斉にベルへと接近する。
「!?」
突然の行動にアーディの反応が遅れる。己に決定打を与えられないベルを狙った? モンスターが?
いや、下の方ならその手の知恵を手にするが………!
「よし………」
手の内出血を治癒魔法で癒やしながら、ベルは迫りくるモンスター達を一瞥する。
打撃に対する耐性が異様に高い。それ以外のスペックは、ベルの格下。体が大きく重い分、体当たりの威力はまああるのだろうが、ベルにとって問題はない。
最初の1匹を踏みつけ2匹目を蹴り上げ3匹目、4匹目を肘で殴りその勢いで回転し5匹目にぶつけ、6匹目を掴み2匹に叩きつけ最後の1匹の上顎を掴み引き千切る。
「……千切ろう」
殴られた付近がやはり割けていた。その付近を両手で掴み、左右に力を込める。ブチブチと傷が広がり、食人花の体が裂けた。
感覚をつかんだのか、次からは傷に片手を突っ込み強引に引きちぎる。
ブチブチミチミチと嫌な音と食人花の絶叫が広間に響きアーディがうわぁ、と声を漏らした。
悲鳴も消え、素手にて引き千切られたモンスターの死骸が広間に転がる。
「ふう……」
「…………お疲れ、ベル君。私、お姉ちゃん達呼んでくるからここ見張っててもらえるかな?」
一仕事した、というように額を拭うベルにアーディが呆れたように言う。
「僕が呼んで来ましょうか?」
「ううん、ここにいて。絶対居て……水持ってくるから、自分の姿を良く見て」
素手で超大型級のモンスターを引き千切ったため、血だらけだった。因みに血の色は紫だ。
「新種だな……しかしこれは、どういう倒し方をしたんだ?」
「ベル君が素手で引き千切ったよ」
アーディが連れてきた【ガネーシャ・ファミリア】の団員達がモンスターの死骸を回収していった。シャクティはその異様な殺され方に疑問を持つとアーディが教えてくれた。
濡らした布で血を拭いているベルをなんとも言えない顔で見つめるシャクティ。
「ここって貯水槽? 何年も前に埋め立てられたことになってるけど」
「ああ、とはいえ当時杜撰な仕事をしている職人達も多くいたようだ。それを利用されたのだろう。問題は……」
「どこから運んだか、だよねえ」
「? ダンジョンからじゃないんですか?」
「そうだろうよ。で、どうやって俺達にバレず。それが問題だ………」
と、顔に傷のある男が会話に入ってくる。確か、ハシャーナという名前だった。
「団長、俺達が気付けねえダンジョンからモンスターを連れてくる方法、あるいはルートがあるとしたらあの件も」
「口を慎め。ここには部外者もいる」
「フェルの件といい、俺としては教えてやっていいと思いますけどね」
フェル? どうしてここで彼女の名前が出てくるのだろう。確かにモンスターだが。
「あの、そもそもダンジョンから持ってきたんですか? 地上のモンスターの可能性も」
「地上のモンスターは繁殖の過程で弱体化する。それに、この辺のモンスターじゃねえ以上どっかから俺達に気付かれないように引き入れたって事だ」
この辺りで確認されたことがない以上、たまたま迷い込んだとは思えない。地上のモンスターにしては強い。やはりどうやってかは知らないがダンジョンから連れてきたと考えるのが妥当だろう。
「このタイミング……狙いは
「モンスターフィリア?」
「ああ、坊主は来たばっかりだもんなあ」
ハシャーナが説明してくれる。
モンスターの
モンスターを
「モンスターに忌避感持って
主催は【ガネーシャ・ファミリア】だからか、ハシャーナは自慢するようにベルの頭をグシャグシャと撫でる。
「何なら参加するか?
「う〜ん。ハシャーナとベル君じゃ、ベル君の方が圧倒的人気になりそうだけどなあ」
「おい………」
「お前は顔が怖いからな。クラネルは平気なのか?」
「え? やだなあシャクティさん、怖いっていうのはなんの宣言もなく人を谷底に落とす人を言うんですよ」
それは怖いな、と笑いでも求めていたのかもしれないが普通に引いた。ベルはあれ? と首を傾げる。どうやらはずしたらしい。
「そ、それにハシャーナさんが怖かったら僕の所属していた救命団はオラリオに近づいただけで憲兵が出動しちゃいますって」
「だからどんな救命団なのさ……」
アーディが呆れる。ベルの脳裏では幼いベルがガチ泣きした強面集団の顔が思い浮かぶ。
「僕はあの人達に人は顔で判断できないってことを教わったんです。だから、ハシャーナさんも怖くありませんよ」
「はっはっは! いいな坊主、気に入った! まだ18階層には行ってねえんだろ? 俺があそこ案内してやるよ、坊主はカモにされちまいそうだしな!」
「え〜! 私がベル君を案内しようと思ってるのに、横取りだよ!」
「………結局ハシャーナが強面であることを否定はしないんだな」
と、シャクティは呟いたが生憎と誰にも聞かれなかった。
「18階層になにかあるんですか?」
「リヴィラの街だ。ダンジョン内に存在する街………救命活動を方針とするお前にはいずれ必要になるであろう場所だな」
ダンジョンの中に、街? とベルは困惑する。なんでも、唯一モンスターが生まれない階層なのだとか。とはいえ下や上の階層から18階層に存在する緑の楽園を求めてやってきたモンスターは居るらしいが。
「休憩地点ってことですね。覚えとこ」
「おう、酒場もまた地上とは違った雰囲気でな」
「ただ、地上より物価が桁違いに高い。足元に見られないよう気をつけろ」
シャクティの忠告にはい、と答えるベル。妹に似て素直な性格に思わず笑みが浮かぶ。
「おお、力と耐久のアビリティが50ぐらい上がってるぜベル君!」
「本当ですか!?」
「勿論だとも。ベル君が戦ったっていう新種が硬かったおかげだね」
あのモンスター、生息階層はどこなんだろう? 皮膚がドロップしたら砂を詰めてサンドバッグに出来ないだろうか?
「推定下層級なんだって? ベル君がアビリティあげるにはそこまで潜らなきゃならなそうだ」
「でも、地上に運んでオラリオの地下に隠されていたのがあれだけとは限らないらしいですよ」
「探すのかい?」
「う〜ん。シャクティさん達には探す過程で壁を破壊されてはかなわん、って………これまでの水路図と現在のを比べて探して見るそうです」
それでも全てを見つけられるとは限らないから、祭りの当日は街の見回りを増やすらしい。
「ふ〜ん。ベル君に見つかりさえしなければ、不意を襲えたかもだけど、その黒幕もついてないね!」
あはは、と笑うヘスティアだが内心ちょっと慌てていた。
ベルのスキルもあるだろうが、これだけ上がるということはそれだけ力と耐久に受けた影響があるということ。
中層域のモンスターならワンパンらしいが、今後拳一つでは対処できないモンスターが増えてきたら……。
「よし、以前言ってたナイフの心当たり、たずねてみるよ!」
「本当ですか!?」
「もちろん! というわけで、暫く留守にするから戸締まりはしっかりするんだよ?」
「はい!」
因みにローズと7年後ウサトは素手でヴィオラスを爆砕する