ベル・クラネルの治癒魔法の使い方は間違っているだろうか?   作:救命団副団長

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祭りで跳ね回るのは間違っているだろうか?

 街中に現れた食人花に巨大な芋虫。

 出現箇所は12箇所。

 治癒魔法を薄く広げ、さらに細かく探知。

 数は……食人花51。芋虫39。

 芋虫が吐く粘度の高い液体が冒険者達の装備を溶かしている。

 巻き添えを食らった食人花一匹が溶けた。

 装備を溶かす芋虫に、工夫しなければ素手で殺すのは厳しい食人花。

 ベルは一度地面に降りる。

 

「ヘファイストス様、このナイフって不懐属性(デュランダル)ですか?」

「え? そ、そうよ………どうして?」

 

 Lv.1とは思えぬ動きを見せられ固まっていたヘファイストスは突然の質問に動揺しながら応える。

 

「装備を溶かす体液を持ったモンスターがいたので。でも、不懐属性(デュランダル)なら多分大丈夫」

「待ちなさいベルさん。鉄も溶かす体液って、それ貴方自身が────待ちなさい!」

 

 アミッドが慌てて止めようとするがベルはその場から掻き消えるような速度で走り去ってしまった。

 

「……あの子駆け出しよね?」

「そうなんだよねえ………」

 

 

 

 

「うわあああ! 足、俺の足がああ!?」

 

 芋虫の吐き出す粘液により鎧が溶け、皮膚が消え剥き出しの肉が赤黒く染まり骨が形を変える。

 仲間の惨状に半狂乱になりながら芋虫に槍を投げつける冒険者。思ったよりあっさり刺さった槍は溢れ出した体液に溶かされ、空いた穴から溢れた体液が地面を溶かしていく。

 

「オオオオオッ!!」

「ガッ!?」

 

 呆然とその光景を見ていると緑の体躯が冒険者を吹き飛ばす。刺し傷や切り傷だらけの食人花。武器さえ無事ならやりあえたそのモンスターは、打撃には滅法強く、武器を失った冒険者達には勝ち目はない。

 

「み、皆! 少しだけ耐えて!」

 

 後方にて叫ぶ茶髪のエルフの少女。彼女は何も無責任なことを言っているわけではない。

 

「【蒼穹を流れる風よ──】」

 

 彼女は魔法を放てる魔導師。そして、足元に浮かぶ魔法円(マジックサークル)がただの魔導師ではなくランクアップを果たし『魔導』のアビリティを得た上級魔導師であることを示す。

 魔法円(マジックサークル)で増幅された魔法は、中層のモンスターすら屠りうる。放たれればの話だが。

 

「「「────!!」」」

 

 グリンと振り返る食人花と芋虫。毒々しい極彩色の花と芋虫が眼の前の冒険者を無視して迫る。

 

「え?」

 

 思わず詠唱を中断してしまったエルフの少女。眼前に広がる食人花の口。

 綺麗に生え揃った牙の奥に広がる闇は今まさに少女の命を飲み込まんとして、ガキンと空を噛む。

 

「大丈夫ですか?」

「………え?」

 

 直ぐ側からかけられた声と、膝裏や肩周りの感覚から自分が誰かに抱きかかえられたのだと認識する少女。エルフの本能が表に出るまもなく混乱。赤い瞳と目が合う。

 

「……あの?」

 

 心配そうな顔で覗き込んでくる幼さを残した中性的な美少年。白い髪に赤い瞳。まるで兎を連想させる少年に助けられたのだと、ようやく気づく。

 

「え、ええ……大丈夫」

「良かった」

「……………」

 

 安心したように微笑み少女を降ろす少年。降ろされると同時に落ちている少女に気付かず飛び降りる。

 あの一瞬で自分を助け更に抱えたまま建物の屋根の上に移動したのだと気付いた少女は少年を少なくとも第二級冒険者だと判断した。

 獲物を見失い右往左往してい食人花の一匹を芋虫に向かって蹴りつける。

 

「オアアア!」

「ピィギイイ!?」

 

 芋虫が巨大な食人花に押し潰され腐食液を溢れさせながら破裂し食人花を溶かす。この場の食人花は3体、芋虫は4体。残り2体と3匹。

 

「今治します」

 

 その隙間を掻い潜り足を溶かされた冒険者の下に移動した少年は片手に緑の光を灯し冒険者に向ける。

 原型を失いかけていた足が一瞬で治る。と……

 

「オオオオ!」

「ピィイイイ!」

 

 芋虫と食人花が少年達に向かってくる。

 

「着地は自分でしてください!」

 

 少年はそう叫ぶと冒険者を屋根の上までぶん投げる。残された少年に迫る食人花を拳や蹴りで逸らし、遅れてきた芋虫を切り裂く。

 

「っ!」

 

 傷口から溢れ出た腐食液が少年の掌をじゅっと音を立て溶かす。すぐに緑の光を纏い傷を癒やす少年。食人花と芋虫が再び迫る。

 

 

 

 

(魔力に反応してる?)

 

 食人花と芋虫の反応を観察するベル。再び治癒魔法の光を纏うとやはり過剰に反応する。ならば誘導しようもある。

 ギリギリまで引き付け、魔法を解除。目印となる魔力が突然消え一瞬動きが鈍る極彩色のモンスター。

 狙いは芋虫。一陣の風が絡みつき無数の裂傷を刻み込む。

 再び治癒魔法の光を灯すベルに迫ろうとした食人花達は足を切られ動けなくなった芋虫とぶつかり傷口から吹き出た腐食液をまともに辺り、魔石が溶け灰に変える。

 

「ピュイイイイ!」

「ピギュゥゥゥ!」

 

 食人花の巨体にぶつかった衝撃で限界を迎えた芋虫。倒されれば破裂し腐食液を撒き散らす特徴を持っている芋虫であるが、体中の傷口からブシュブシュと腐食液を吐き出すのみで、内圧が足りず破裂できなかった。

 最後の芋虫は屋台を組んでいた骨組みの鉄棒を胸に突き刺す。バキリと体内の魔石が砕け腐食液を撒き散らすこともできず灰に還る。

 

「…………」

 

 倒せたが街の被害が大きい。路面も近くの建物の壁も溶けている。となると芋虫は一瞬で消し飛ばせる威力…………街にも被害が出る。いっそ、氷結属性の魔法ならばととある女騎士を思い浮かべるベル。と…………

 

「あれは…………!」

 

 そこまで離れていない街の一角で吹雪が吹き荒れた。屋上へと駆け上がり、凍りついた食人花と芋虫、体中に痛々しい腐食跡を作ったアマゾネスの二人と金髪の剣士、そして魔法を放ったであろう腹から血を流すエルフの少女。

 

「………………」

 

 ベルはすぐに行動に移る。

 

「あ、あの、お名前を………!」

「ベル・クラネルです!」

 

 名前を告げ、駆け出すベル。

 吹雪を放ったエルフの少女に真っ直ぐ………向かわず他の芋虫や食人花のいる方向へと向かうべく曲がった。

 

 

 

 

「はふぅ、倒せた〜……」

「ケホ……」

「レフィーヤ、大丈夫?」

 

 武器を溶かす芋虫、拳では殆どダメージを与えられない食人花。おまけに魔法を使おうとしたら魔力に反応し魔導師を狙ってくる。

 風を纏えるアイズは借り物の剣が砕けてしまうし、かなり苦戦するもなんとか倒せた。

 

「どうする? 別のところは、他の冒険者達に任せる?」

 

 ティオネの言葉にティオナはうへぇ、と言いたげな顔をしながらも立ち上がり、アイズも砕けた剣の柄を強く握る。

 

「出来ることは、したい」

「うん。まだ行けるからね!」

「皆さん…………わ、私も………………ん?」

 

 憧れのアイズが、仲間のティオナ達がまだやると言っているのだ。自分だけ弱音を吐くわけにないかないと腹の痛みも無視してレフィーヤも付いていくと叫ぼうとした時、地面が揺れているのに気づく。後なにか大きな音が迫ってくるような?

 

「わっ! 何あれ!?」

「え、え? 怪物進呈(パスパレード)!?」

 

 ダンジョン内で行われる作戦、戦術の一つ。自身のパーティーを追ってくるモンスターを別のパーティーに押し付けるという擦り付け。擦り付けられた者達が死んでいる事が多いから問題になることが少ない非情な行為。それを連想する程のモンスターの群れは緑に輝く少年を追いかけてきた。

 時折食人花が振るう蔓の鞭を後ろに目でも付いているのかと思うほど完璧なタイミングで避け、時に切り裂き鞭のように振るい街灯に引っ掛け()()()()()()()()()()()()()()

 

「すいません一緒に来てください」

「ぐげふ!?」

 

 タックルさながらの勢いで掻っ攫われるレフィーヤ。少女が上げてはならない類の悲鳴を上げる。

 

「な、何をするんですかこのヒューマン!」

「さっきの吹雪、もう一回撃てますか!?」

「はい!?」

「撃てるなら、お願いします!」

 

 何に対して撃て、など聞くまでもない。そのためにあの数を集めてきたのだろう。

 

「詠唱に時間がかかります、稼げますか?」

「はい!」

 

 少年はレフィーヤの言葉を肯定し、緑の光を消し屋根の上に飛びレフィーヤを落とす。路面に降りると再び緑の光を纏い、極彩色のモンスター達を引き付けて走る。

 

「っ! ………あれ?」

 

 後を追おうとして腹の傷を思い出し、しかし傷がなくなっているのに気づく。そういえば彼、確かベートと殴り合っていた治癒師(ヒーラー)だったか?

 

 

 

 

 食人花と芋虫を引き連れ大通りを通り広場に出るベル。魔力を纏うベルを喰らおうと迫りくる食人花を切り裂き殴り、対処する。

 

「…………?」

 

 と、ベルは治癒魔法がナイフに吸い込まれるように動いているのに気付く。後に知ることだがこのナイフは魔力伝達率の高い精製金属(ミスリル)製。

 ベルの魔法に感応しているのだ。

 

「…………………」

 

 その光景に、兄弟子の技の一つを思い出すベルは全身に纏っていた治癒魔法を移動させナイフに込める。魔力をどんどん注ぎ込み、ナイフを緑の輝きが包む。

 

「オオオオオオ!」

「ピギュアアアア!!」

 

 その魔力に反応しベルの周りを渦巻くように取り囲む食人花と芋虫。振るわれる蔓を、噛み砕こうとする牙を避け、踏み付け地面に叩き落としながら上へ上へと駆け上がっていく。

 

「オオオオオ!!」

「っ!!」

 

 と、先回りするように同胞を足場に登ってきた食人花。迎撃は容易いが、このままでは食人花と芋虫に囲まれた檻の中に押し込められる。食人花だけならともかく、芋虫に不用意なダメージを与えるのは避けたいベル。と………

 

「【吹き荒れろ(テンペスト)】!!」

 

 文字通り、一陣の風が食人花達を吹き飛ばす。現れたのは、金の剣士。アイズ・ヴァレンシュタインその人だ。

 

「何時でも、撃てるって!」

「解りました!」

 

 その言葉に下から迫ってきた食人花を思い切り踏みつける。打撃に高い耐性を持つ筈の食人花の頭部が歪み地面に叩きつけられる。その反動でベルはアイズと手を取り合い上に跳ねる。

 

「【吹雪け三度の厳冬──我が名はアールヴ】!」

 

 視線を向けた先には魔法円(マジックサークル)の中心にて翡翠の輝きをまとった誇り高き妖精(エルフ)の少女。

 

「オオアアアアアア!」

 

 ベルの治癒の光とアイズの風がよほど魅力的なのか同胞を押しのけながら追ってくる。

 

「そんなに欲しけりゃくれてやらあ!」

 

 そう言って、ベル今にも破裂しそうなほど魔力を纏ったナイフを地面に向かって投げつける。

 

「「「────!!」」」

 

 バッと転身する食人花。渦のように絡み合いながら我先にとナイフを狙う食人花。その食人花の渦を越えようとする芋虫。モンスター達が密集する。

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

 

 解き放たれる純白の吹雪がモンスター達を凍り付かせる。広場に現れた巨大な氷蔵。その中心が、緑に発光する。

 

「全員、伏せてください!」

「え?」

「ちょっ!?」

 

 アイズの腕を掴み氷像を足場にエルフの少女の下に跳ねるベル。二人を庇うように押し倒すと同時に、氷像が内から緑の衝撃波によって砕かれた。

 冷気により凍りついたダイヤモンドダストに混じり緑の粒子が宙を舞う。

 

「お〜い! レフィーヤ、アイズ〜!」

「ティオナさん! は、離れてください!」

 

 仲間の呼び声に反応したエルフの少女は自分達が男に押し倒されているのを思い出し慌てて突き飛ばす。

 

「あ、あなた! いきなり私やアイズさんを押し倒してどういうつもりですか!?」

「す、すいませんつい!!」

 

 顔を赤くして怒る少女に謝るベル。少女も自分達をかばう為だと解っているので素直に謝られ何も言えなくなる。

 

「あ、さっきの人攫い!」

「ひ、人攫………あ、でも間違ってないかも」

 

 アマゾネスの少女の言葉にショックを受けつつも何処か納得した様子のベル。

 

「って、それよりティオナさん! ティオネさんもですけど治療………を………あれティオナさん、傷は? ティオネさんも…………」

「ん? おお! 傷が治ってる!」

「あらほんと……」

 

 全身についた傷が何時の間にか治っているのに気付いたアマゾネスの二人は周囲に降り注ぐ緑の光の粒子に気づく。

 

「ひょっとしてこれのおかげ?」

「君の纏ってた光に似てるね」

「まあそれですからね……うん、結構広範囲に振り撒けたみたいですね」

 

 流石にオラリオ全域とまではいかないが襲撃があった場所全体を包む程度には緑の粒子が広がっていた。怪我人も治癒されていってることだろう。

 

「それじゃ、僕はこれで」

「あ……」

 

 アイズが手を伸ばすが遅く、屋根から飛び降りたベルは広場に落ちていたナイフを拾って走り去った。

 

 

 

 

「その手はどうしましたか?」

「ええっと、僕の治癒魔法って魔力を込めれば込めたぶんだけ扱いが難しくなって、怪我するリスクが増えるというか」

「街の話を聞く限り、被害地域を覆えるほどの範囲で使用していたそうですね」

「はい、それでもう魔力もなくなっちゃって自己治癒出来なくて」

 

 あはは、と笑うベルだったがだんだんその笑いも尻すぼみしていく。

 

「オラリオにも治療師(ヒーラー)は比率が少ないだけで十分居ます。貴方一人、頑張る必要はなかった。出来ることは、やらなくてはならないことではありません。私はそう言ったはずです」

「はい、言われました………」

「…………まあ、貴方のおかげで怪我人は居なくなりました。これ以上強くは言いません………ただし、もう少し己を大切にするように」

「はい」

「では手を……治します」

「え、そんな! マナポーションだけ頂ければそれで……!」

 

 血が固まり初めたベルの手を取るアミッド。ベルが慌てて振り払おうとするが、睨まれ大人しくなる。

 

「これは別に迷惑になりませんよ。ええ、貴方の頑張りは迷惑ではありません。ただ、心配はかける………それをしっかり覚えてください」

 

 そう微笑むアミッドに照れたような困った顔をするベル。しっかり者の姉に叱られる弟のようにも見えた。

 

「………あんたがあの子の武器を欲しがった理由、少しは解ったわ」

 

 その光景を眺めるヘファイストスは隣のヘスティアにそう告げた。

 

「Lv.1とは思えないほど強くて、だからこそ危険に挑めてしまう。しかも他人のために頑張っちゃうんだから気が気じゃないわよねえ」

 

 厄介な眷属を持ったものね、と肩を竦めるヘファイストス。

 

「でもいい子だ」

「そうね、応援したくなるのも分かるわ。だからといって、値段はまけないわよ?」




治癒爆裂剣
ウサトの治癒爆裂波の応用技。ヘスティア・ナイフに限界まで込められた魔力を爆発させることで対象を吹き飛ばし広範囲に回復効果のある粒子をばら撒く。
チャージに時間がかかるが通常種のゴライアス程度なら爆散できる治癒魔法。治癒魔法ったら治癒魔法。

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