ベル・クラネルの治癒魔法の使い方は間違っているだろうか?   作:救命団副団長

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リヴィラの騒動
地下の街に潜るのは間違っているだろうか?


「こんにちは! レフィーヤさんとアイズさんと………ええっと、アマゾネスの姉妹のお二人いますか?」

 

 『黄昏の館』の門番に元気に挨拶する白髪赤目の少年。元気な挨拶に門番なんていう退屈な仕事による疲れが吹き飛びかけたが、所在を確かめている相手が相手なので慎重に対応する門番。

 

「今アイズさんはいない。【ゴブニュ・ファミリア】に行っているからな。用件は?」

「昨日の祭りの際、助けてもらったお礼にと……これ、つまらないものですが」

 

 と、クッキーを差し出す少年。うまそうな匂いだ。

 

「そうか。なら俺が渡しておこう。あ、その………失礼だが【ロキ・ファミリア(ウチ)】には敵も多くてな。名前と所属を聞かせてもらえるか?」

「【ヘスティア・ファミリア】所属、ベル・クラネルです。よろしくおねがいします!」

 

 

 

 

 

「そうか、会えなかったか」

「まあ、その後ロキ様が来てまた後で御礼を言いに来れば良いって言ってくれました」

 

 1()8()()()、リヴィラの街。ベルの現在の最高到達階層にてハシャーナに朝の出来事を話すと豪快に笑われる。

 現在ベルは臨時治療院を開いている。暇なフェルがくふぁ、と欠伸をしながら尾を揺らしていた。

 

「ま、機会があるならその時会いな。俺はこれから少し深く潜るから、舐められないよう気をつけろよ。帰ってきたら酒を奢ってやる」

「一人で大丈夫なんですか?」

「ああ、下で合流する予定のダチがいるんだ。そいつ等と組むからな……何、階層は言えねえが半日ぐらいで戻る」

 

 ハシャーナはそう言うと下層に降りていった。

 そして、Lv.4(ハシャーナ)が居なくなった途端、態度を変える者達が現れるのは必然と言えよう。

 

「おい、怪我治せ」

 

 と、腕の傷を包帯で応急処置した冒険者が二人ほど仲間を連れてやってきた。

 

「はい。傷の具合にもよりますが、魔石かドロップアイテム、または【ファミリア】の証文を──」

「は? おいおい俺達は冒険者だぜ? 誰のおかげでこの街があると思ってやがる。誰のおかげで治療師(ヒーラー)風情がこの階層で安全に過ごせると思ってやがる? ただにすんのが誠意ってもんだろうが!!」

「そうだそうだ! 兄貴の言うとおりだぜ!」

「さっさとただで治せよ雑魚!」

「………………」

 

──舐められないよう気をつけろよ

 

──いいかベル。治癒魔法使いを下に見るような奴と関わっちまった時は、遠慮なくぶっ飛ばしていい

 

 バキッ!

 

「ぶべら!?」

 

 ドゴォォン!

 

「「あ、兄貴いい!!」」

 

 頬を殴られ吹き飛ぶ冒険者。建物に突っ込みピクピク痙攣している。

 

「ええと、腕の傷と頬の打撲、そしてその建物の損害金で締めて──」

「おいまて、頬の傷お前のせいだろうが!?」

「建物壊したのもお前じゃねえか!?」

「はい?」

「「さーせんした!!」」

「あはは、冗談ですよ。建物の損害金は僕が払います」

 

 つまり頬の打撲に関しては対価を払えと。

 その後、ベルを恐喝する冒険者が姿を現すことはなかった。

 

 

 

「よし、落ち着いてきたし一旦休憩してご飯食べに行こっか」

「ワフゥ」

 

 やっと? というようにのそりと起き上がるフェル。ベルがまたせてごめんね、と言うように顎下を撫でてやる。

 

「お、何だ切り上げるのか?」

「あ! ハシャーナさん、お帰りなさい!」

「おう」

 

 タイミング良くハシャーナが戻ってきた。その装備にベルはあれ、と首を傾げる。

 

「ハシャーナさん、斧落としたんですか?」

「え? ああ………あれは魔剣なんだよ。魔法を内包してんだが、使いすぎると砕けるんだ」

「へえ……そんな武器もあるんですね………」

 

 回復魔法を内包した魔剣を作れたら、自分のような存在を量産できないだろうか? と考えるベル。

 

「それより飯行くんだろ? 俺がおすすめの店案内してやるよ。フェルはやっぱり肉がいいか?」

「フェルは林檎が大好物ですよ」

「グルゥ」

「林檎か〜……果物は特に高ぇからなあ………」

 

 と、その時だった。

 

「おい」

 

 不意に声をかけられる。振り返るとローブの女が立っていた。女と解るのはその声以上に、ローブの上からでも解る肉感的な肢体故だ。ハシャーナは思わずヒュゥと口笛を吹く。

 

「お前、私を買わないか?」

「え、俺?」

 

 突然の身売りに困惑するハシャーナ。それはそうだろう、何せ今時分は純朴そうな少年と共に歩いているのだ。誘ったところで乗らない可能性が高い。事実買う気はない。

 

「悪いな嬢ちゃん、俺は今こいつ等と飯に行くんだ」

「その後でなら良いんじゃないですか? あ、それとも一緒にご飯行きます?」

「…………ん?」

 

 と、ベルはしかし彼女に好意的に接する。しかしその声や顔に、そういった俗欲染みたものも感じない。

 

「なあ坊主、買うってどういう意味か解ってるのか?」

「パーティーメンバーとして雇わなかいってことじゃないんですか?」

 

 当たり前のことを聞かれたかのように、何故そんな質問をしてくるのか解らないと言う表情をするベルにハシャーナは思わず笑った。

 

「はは! そうか、パーティーメンバーか! ははははは!!」

「??」

 

 豪快に笑うハシャーナに疑問符を浮かべ首を傾げるベル。

 

「そういうことらしいからな。ま、俺も元々の依頼品の受け渡しも終わってるし、また潜るぐらいなら……」

「……あれ?」

 

 受け渡しが終わった、その言葉に女が僅かに反応したのをハシャーナもベルも見逃さなかった。二人の変化に気づいた女はチッと舌打ちした。

 

「お前、何者だ?」

 

 応えるまで逃さんといった雰囲気のハシャーナに対して、女は気怠げに声を発した。

 

「ああ……面倒だ」

 

 ドッと女の足下が爆ぜる。そう錯覚するほどの踏み込みで接近する女。狙いはハシャーナ。想像以上の速度に反応が遅れるハシャーナ。

 

「ハシャーナさん!」

 

 ハシャーナを押しのけるベルが、変わりに女の拳をもろに受ける。右肩がバキボキ音を立て砕け、吹き飛ばされ民家を破壊し吹き飛ぶ。

 

「坊主!」

 

 女はハシャーナを一瞥し、追撃より目的のものを見つけることを優先することにしたのか踵を返す。ザワザワと狼狽える冒険者達に興味も持たず懐から取り出した草で草笛を吹く。

 

「なっ!?」

 

 その音に呼応するように現れる大量の食人花。つい最近存在が確認された新種。それが何十匹も現れ待ちを取り囲む。

 

宝玉(たね)を探せ!」

 

 女の叫びが誰に向けられているかなど明らかだ。モンスターを操っている。調教師(テイマー)? アーディ以外で、この数のモンスターを操る者がいるのか?

 

「っ! クソ、逃がすか!」

 

 ハシャーナ・ドルリア。所属ファミリアは【ガネーシャ・ファミリア。位階(レベル)は4の第二級冒険者上位。二つ名は【剛拳闘士】。

 本来の戦闘スタイルは二つ名が示す通り、拳による超近接戦。その一撃は一つ上のLv.5にも通用するだろう。

 

「なっ!?」

 

 その拳を、女はあっさり受け止めた。

 

「エニュオからは目立つななどと言われたが、皆死ねば同じ事か」

 

 その何気なく行ったかのような動作だけで彼女がLv.5の上位、あるいはLv.6級の能力値(アビリティ)持ちであることが伺える。顔こそ隠しているが、そのレベルなら武勇を聞きそうなものだが心当たりがまるでない。

 

「死ね」

 

 腕を引こうにも化け物じみた握力で拳を引き戻せず、拳が振るわれる。彼女が真にLv.5以上であるなら致死の拳砲。

 

「あああああ!!」

「!?」

 

 その一撃より早く、女の顔にめり込む拳。ハシャーナの拳を掴む指圧が弱まり剥がれ、女が吹き飛ぶ。

 

「いったあああ!! 指が、折れた!?」

 

 拳を反対の掌で包み叫ぶのは先程殴り飛ばされたベルだ。

 

「肩の骨は砕いた筈だが」

 

 と、瓦礫を押しのけ立ち上がった女はゴキゴキ首を鳴らしながらベルを睨む。

 

「顎の骨を砕いた感覚はあったんですけど」

「その程度治る」

「奇遇ですね、僕もです」

 

 と、砕けた拳を治癒するベル。

 

「ドウゾク………いや、スキルか? 厄介なものだな、冒険者というのは。だが、それなら頭を砕けば死ぬだろう」

 

 同属……いや、同族?

 所属ではなく種族? まるで自分が回復速度が早い種族であるかのような言い回し。と、ベルが疑問に思うも接近してきた女にすぐに思考を切り替える。

 拳と拳の暴風雨。

 どちらも相手の骨を砕いたと言っていただけあり、相手に十分なダメージを与えられるだけの膂力を持って殴り合う。

 そのどちらも受けた側からダメージを回復する。

 

「っ、くそ! 近づけねえ!」

 

 破壊の嵐がリヴィラの街を駆け巡る。時折巻き込まれた家や打撃に強いはずの食人花が爆砕する。

 

「しぶといな」

「そっち、こそ………僕達みたいなのを相手してるみたいですよ」

 

 条件はほぼ同じ、ならば地力が高い方が勝利するのは道理。

 

「!っ……は、ぁ………」

 

 胸ににえぐるような拳が減り込む。肺の中の空気が一瞬で吐き出され、悲鳴を上げることも出来無いベル。地面に膝をつくベルを冷たく見下ろす女は片足を上げる。頭を踏み砕く気だろう。

 

「坊主! っ、くそお!」

 

 自分が女にダメージを与えるのは不可能。たが、ベルを運ぶだけなら………!

 間に合え、と駆け出すハシャーナだったが、無慈悲にも足が振り下ろされる。

 骨が砕ける音が響く。

 

「っ! 往生際が悪い………!」

 

 それは頭蓋が砕ける音、ではない。頭と足の間に挟まれた腕の骨が折れる音。ベルは女の足を万力のような握力で掴む。

 片足を捕まれバランスが取れない女はしかし反対の足でベルを蹴ろうとする、が。

 

「ぬううううう!!」

「な!?」

 

 まともにやってもダメージを与えられないのは十分()()()()()()ベルは一先ず女をこの場から離すことを優先。砲丸投げのようにその場で回転する。

 

「飛んでけええええ!!」

「きゃああ!?」

 

 遠心力に加えベルの腕力によって投げ飛ばされる女。グングンその姿が小さくなっていき肉眼では確認できなくなる。数秒後、18階層の外壁に大きな亀裂が走った。

 食人花を斬り伏せながらベルはそれを横目で確認しつつ、再び戻ってくると時に備え探知を最大範囲に広げる。

 兄弟子のような広範囲は無理でもこの規模の街なら十分覆える。

 

「このモンスターは打撃に強い! 刃物を使用してください! 魔力にも反応するので、魔法で迎撃する場合には魔導師を守ってください!」

 

 リヴィラの街をかけながらベルは対処法を住人に教えていく。しかしここは冒険者の街。力こそ全てで誰もが自己中心的な冒険者であり、特にここは破落戸の街(ローグタウン)と呼ばれるような場所。

 今まで見たことがない冒険者=最近ランクアップした新人と取られるベルに命令されはいそうですかと従うかと言われれば………

 

「偉そうに命令すんなガキぃ!」

「だいたいその情報本当なのかぁ!?」

「俺の長年の冒険者としての勘が嘘だって言ってるぜぇ!」

「るせぇ! さっさと行動しろ、ぶちのめされてぇのかてめぇ等は!!」

「「「はい! さーせんした!」」」

 

 まあ強けりゃ従う。ここはそういう街だ。食人花の頭部ごと地面を踏み砕き盆地を作ったベルに逆らう者は居なかった。

 とはいえ、何処まで凌げるか………。

 流石に数が多い。

 

「う、うわあああ!!」

「あ、兄貴いぃぃ!?」

 

 食人花に加えられミシミシと食い千切らんと力を込められていく男性冒険者。その食人花をナイフでバラバラに切り裂き冒険者を抱え地面に落ちる。

 

「お、おめえなんで………俺はお前に」

「命を救うのが、僕のやるべきことです。それより………」

 

 迫りくる食人花を踵落としで地面に叩きつけ魔石を皮膚の上から踏みつけ圧潰させながら、ベルは男に尋ねる。

 

「僕が治癒に回るとして、あと何分耐えられますか?」

「………この街の今の戦力じゃ、あんたが回復に回ったら完全に勝機はなくなる。一日もあれば押されて潰されるだけだ」

「……………」

 

 ここであのローブの女が居なければじきに降りてくるであろう冒険者が街の異変に気付き上に連絡し救援に来るのを待てた。

 しかしあの女が再び来れば相手できるのは自分だけで、その場合他者を治癒している暇はなくなる。せめて………せめて一人でも第一級冒険者が居てくれたら!

 と、食人花達の何匹が一斉に振り返る。魔力に反応した? だとしても各々距離がある食人花達が……ならばそれは、一体どれだけの魔力が………

 

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!!」

 

 降り注ぐ炎の矢。愚かしくもその魔力に飛び込んだ食人花の群れが焼き払われていく。極東や兄弟子の故郷には飛んで火に入る夏の虫という言葉があるらしいのを思い出した。因みにこの言葉を知ったのは救命団の訓練に参加したお姉ちゃんズ筆頭だったりする。

 

「やあ【剛拳闘士】、状況は?」

 

 トン、と軽やかに着地した小人の青年。何でもないかのように現れた彼だがその間に存在した食人花が全て倒されていた。

 

「【勇者(ブレイバー)】……!」

 

 主神より勇者の二つ名を与えられし最強の小人族(パルゥム)。その位階(レベル)6()

 【ロキ・ファミリア】団長フィン・ディムナの登場に、冒険者達に活力が戻る。

 

 

 

 

 それを見つめる、白い影。

 

「ふん、【勇者(ブレイバー)】か。あいも変わらず冒険者共の希望であるらしい。彼女の寵愛も受けられぬ凡俗めが」

 

 色が抜け落ちたかのような病的な白髪の長身の男。肌も白く、モンスターの頭蓋骨(ドロップアイテム)はもちろん服も白い白ずくめ。

 嫌悪と嘲りを含んだその声色は、同時に確かな殺意も宿していた。

 

「しかしあの程度の子供にやられるとは、情けないなレヴィス」

「…………」

 

 レヴィスと呼ばれた女は白髪の男の言葉に苛立ったように目を細め、担いでいる剣の柄を握る力を強める。

 

「あのガキは私が殺す」

 

 

 そして、別の場所から見つめる別の影。

 手に持つ水晶に話しかける。

 

「【勇者(ブレイバー)】に【九魔姫(ナイン・ヘル)】、【剣姫(けんき)】……それと、私が居ない間に増えた第一級のアマゾネスの姉妹でしたか? 豪勢な面子ですね、私が出るまでもなさそうですよ」

『そうか、ではリド達と合流してくれ』

「ええ………しかし、Lv.4以上の冒険者が増えたら伝えるように言ったはずだが?」

『何の話だ?』

「白髪の小僧だ。純朴そうな見た目をしているが、間違いなくあの若さで第一級に片足を突っ込んでいるぞ」

 

 その言葉に水晶越しに困惑するような声が聞こえてくる。

 

『いや、すまない。そのような冒険者の話は聞いていない』

「何だと?」

『心当たりが無いといったのだ。可能性としてはレベル詐称…………いや』

「?」

『噂だが、【ロキ・ファミリア】の第一級冒険者と渡り合った駆け出しが白髪という話が………』

「はあ? 寝言なら寝て言え。そんなことが可能なら神の恩恵になんの意味がある。肌が荒れぬからと睡眠を削るから寝ぼけるのだ骨め」

『骨は関係ないだろ!』

 

 水晶の向こうから聞こえてくる声に特に気にした風もなく【勇者(ブレイバー)】の指示に従い策の材料を一度に大量に運んでいる白髪の少年を見つめる。と………

 

「目があった。やはり駆け出しではないだろうあの小僧」

 

 かなりの距離があるというのに視認された。敵か味方か判断に迷っているのか立ち止まり見つめ様子をうかがう少年に、微笑み軽く手を振る。少年は手を振り返し作業に戻った。

 

「………少し心配になるぐらい素直ですね。あのポンコツエルフの好きなタイプだ」

『何を言っている?』

「昔を懐かしんでいただけです。私は移動します」

『ああ、リド達によろしく頼む』


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