ベル・クラネルの治癒魔法の使い方は間違っているだろうか?   作:救命団副団長

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作戦を立てるのは間違っているだろうか?

 怪物祭(モンスターフィリア)のモンスター襲撃事件。事前に地下に潜むモンスターの発見により、冒険者達の警戒が強まり一般人には被害が出ず、冒険者達も降り注ぐ緑に輝く粒子により傷が癒やされ実質的な人的被害はゼロ。黒幕もさぞやブチギレてるであろう現状で、事件の黒幕とは別に大きな損害を受けた者が居た。

 何を隠そうアイズ・ヴァレンシュタインその人だ。《デスペレート》という愛剣の整備中、貸し出し(レンタル)されていた剣を何時もの感覚で使い、へし折ってしまった。借金四千万ヴァリスを背負った。

 その返済のための金稼ぎとしてダンジョン中層に潜ろう、となったらしい。小遣い稼ぎに中層に行こうと言えるのは大手派閥の特徴。

 メンバーは金の必要なアイズ、アイズを慕うレフィーヤ。フィンに、フィンのストー……もとい愛の奴隷ティオネ、発案者ティオナにフィンを誘う時に部屋にいたリヴェリア。第一級5人に第二級ながら高い火力を持つ魔導士が一人と中々どころかオラリオでもトップクラスの戦力パーティー。彼等のおかげで一時的に敵を押しのけた。

 ならば今のうちに逃げようとしたが、食人花や巨大な芋虫に取り囲まれていた。逃がす気はないらしい。

 

「それだけその布の中身が欲しいんだろうね」

 

 フィンの言葉にギクリと身を振るわせる獣人の褐色少女。名をルルネ。ハシャーナから荷物を受け取った運び屋だ。

 

「それにしてもこれだけのモンスターを操るなんてね………ハシャーナ、いざという時はそれを破壊してくれ。ここまでして奪還したがるものの正体こそ気になるが、奪われる可能性を消せるならそれに越したことはない」

 

 ところで、とフィンは視線をずらす。

 

「赤髪の調教師(テイマー)と戦ったという君の話も聞きたいんだけど」

「ええ! もちろん教えます!」

「何でそんなに離れているんだい?」

 

 ベルは離れた場所から会話に参加していた。

 岩陰ならぬ水晶陰からヒョコッと顔を出すベルは髪や目の色も相まって兎を連想させる。その後ろで巨大な狼が呆れたような顔をしていた。

 

「気にしないでください!」

「いや気になるよ………」

「えっとね、アイズが『後で闘おう』って言ったら脱兎の如く走り去ったの!」

「………ほう?」

「っ!」

 

 ソロリソロリとベルの隠れる場所に近づいていたアイズがリヴェリアの漏らした声にビクッと震え、近付いてきたアイズに気付いたベルがシャー! と威嚇しアイズはトボトボ戻ってきた。

 因みに闘おうと言われたことを警戒してるのもあるが、威嚇の理由はアイズがフェルを斬ろうとしたからだ。あの状況、モンスターの見た目のフェルに敵意を抱くのは仕方ないとは思うが一瞬感じた黒い何かを警戒せずにはいられない。

 

「シャー!」

「野生化してるな〜。お〜い、白兎く〜ん」

「フシャ………はい?」

「あのね、アイズの闘おうはね、君に怒ってるとかじゃないんだよ」

「………………」

「!!」

 

 ティオナが駆け寄っていき説明し、ベルがチラリとアイズに視線を向けるとコクコク勢いよく頷く。

 

「ベートさんと、闘った後仲良くなってたから…………」

「……………つまり、あなたも僕と友達になりたいんですか?」

 

 少しだけ水晶陰から出てくるベル。アイズにゆっくり近づき、立ち止まり、近づく。アイズはアワアワとし出してリヴェリアに助力を求めるように視線を向ける。

 その様子はさながら動物園の触れ合いコーナーで中々自分に懐かなった兎が近付いてきてどうすればいいのか母に助けを求める子供のようで………何だ殆どその通りだ。

 

「私より前を見ろ」

「!?」

 

 はっとした頃にはベルはすぐ前に居た。ベルのほうが僅かに背が高いが、ほとんど同じ。じっとアイズを見つめアイズも負けずに見つめ返す。エルフの少女が何やら叫ぶ。

 

「………もうフェルを虐めませんか?」

「う、うん………」

「はい、解りました。友達になりましょう!」

「…………!」

 

 ぱあ、と花が咲く………髪の色も合わせれば雪景色の中に花を見つけたかのような笑みを浮かべるベル。漸く仲良くなれた少年の存在にアイズの中の小さなアイズが大はしゃぎ、ほぼ無意識に、無感情で、無拍子で眼の前の兎を抱きしめる。

 

「ああー!!」

「何をやっているんだお前は」

 

 エルフの師弟の声に正気に戻る。正気に戻ってモフモフの髪の毛の感触に気付く。

 

「だ、駄目ですアイズさん! 男は狼なんです! そんなことしたら調子に乗るに決まってます!」

「…………兎だと思う」

「とりあえず離せアイズ………」

「…………もうちょっと」

「駄目だ」

 

 リヴェリアに叱られしぶしぶベルを開放するアイズ。

 

「大丈夫白兎君」

「はい、年上の人に抱きしめられるのはもうなれてますから」

 

 ついでに妙な名前で呼ばれるのも、と疲れた顔で笑うベル。

 

「とと、年上に抱きしめられ…なな、なれなれれ………なれてるうぅぅぅ!? なんて破廉恥な!!」

「僕ってハレンチ? なんですか?」

「リヴェリア、ハレンチってな〜に〜?」

「気にするな」

 

 リヴェリアはごっ、とレフィーヤにゲンコツを落とした。魔導士なのに、こういう時の拳骨はアイズ達にも見えない。

 

「話が進まないな。本題に入っていいかい?」

 

 向こうもフィン達に警戒こそしているだろうが、戦力が揃えば攻めてくるだろう。早く話を進めたいフィンの言葉にベルは慌てて会議場に集まる。

 

「それで、今回の襲撃者の強さ?」

「単純な膂力ならベートさんや僕を上回ってます。硬さも異常で、殴ったこっちの拳が折れました。速度はベートさんの方が速いです!」

「…………」

 

 ベートさんを嬉しそうに褒めてる、とアイズはジェラシー。

 

「ベートより……? ベートと殴り合った君が言うのだから間違いないんだろうけど、相手はLv.5以上(第一級)か………」

「フードを被ってたので顔はよく見えませんでしけど、長くて綺麗な赤い髪を持ってました」

「赤い髪、第一級………やはり心当たりはないかな。他になにか気づいたことは?」

「う〜ん。戦い方に違和感があったから、本当は何か武器を使うんだと思います。あと、確かに骨を折った筈なのに治ってました」

 

 ベートから似たような言葉を聞いたな、とフィンはじっとベルを見る。

 

「硬くて強くて速くて、その上自己回復もちなんて厄介な相手ですよ」

「それはひょっとしてギャグで言ってるのかい?」

「?」

 

 フィンの言葉にベルは首を傾げた。

 

「まあその女の相手は僕達がしよう。モンスターによる物量にて向こうが勝ってる今、ベル・クラネル。君には味方の回復に専念してほしい」

「もちろんです!」

「食人花、芋虫の対処については僕等から共有しておこう。街としての機能は一度完全に捨てる。修復用の木材、建物を壊して得た廃材で防壁、高台の構築。それと人員の配置にあえて穴を用意してくれ………敵が僕を知ってるなら、()()()()()()()

「じゃあどうするんですか?」

「問題ない。なら何処から来るかは予想できる」

 

 は〜、と感心するベル。当然だな、といった顔のリヴェリア。クネクネするティオネ。

 

「ベル・クラネル。君の治癒魔法は距離があっても使えるかな?」

「はい、少し痛いですけど」

「そうか………ん? 痛いの?」

「こうやって投げるので」

 

 えい、とものを投げるような動作するベル。付与魔法のようなもので手持ちの何かに付与するのだろう、と自前の知識から推測するフィン。

 

「まあその際戦闘の邪魔にならないようにしてくれるならそれでいい。活動範囲をこの範囲に絞ってそこから遠距離の味方の回復も頼む」

「………駆けつけちゃ駄目ですか?」

「必要と感じたなら、そう動くといい。ただ、君にしてやられた女が君を狙う可能性もあるからね。僕等の誰かが対処できる位置に居てほしい」

 

 つまりなるべく回復に専念してほしいということだろう。

 

「作戦は以上。細かいことは冒険者達を配置に移動させる際に各々伝える。ティオネ、ティオナは防壁、高台の構築の手伝い。ハシャーナ、通達を頼む。リヴェリア、レフィーヤ、アイズはついてきてくれ」

「僕も防壁作り手伝います!」

「………なるべく休んでいてほしいところだけど、君はその方がやる気が上がりそうだね。よろしく頼むよ」

 

 

 

 そしてたくさんの廃材や木材を運ぶベル。ティオナ達にも負けない量を運んでいる。

 

「ベル……少し、嬉しそう?」

「え、そうですか?」

「……ごめん。少し、違う……楽しんでるわけでもないけど………」

 

 己の配置に移動しようとしていたアイズはそんなベルの様子を見てうまく言い表せずに言葉に詰まっていた。ベルはああ、と気づいたような声を出した。

 

「そうですね。少しだけ、喜んでいるのは確かです。懐かしい………とは違うかな。でも、聞いてた状況」

「?」

「頼りになる沢山の人達が戦ってくれて、だから安心して怪我人の回復に専念できる。体験したことはないけど、何度も聞かせてもらったあの人達の戦い………僕も、漸くそこに立てたって……」

 

 子供は駄目だって言われてたんです、と苦笑するベル。

 

「なんて、不謹慎ですよね」

「……ううん、解るよ」

「え………」

「解る……」

 

 アイズはそう言って、目を細める。自分に当てはめるなら父やその仲間達のような英傑達と肩を並べられた、そうでなくとも力を頼りにされた時のような心境なのだろう。

 アイズも、あるいはそう思えたろう。しかしそう思う時は無かった。心に宿る黒い炎に背を押されるまま、走って走ってここまで来てしまったから。

 

(この子は、綺麗だな。真っ白で………眩しい)

 

 幼い心を残したまま大きくなったような。とても愛されて育ったのだろう。優しい人に囲まれ、それを自覚し、他者に優しさを振り撒ける人。

 自分のような真っ黒な衝動のまま突き進んできた存在が隣りにいていいのか、そう思ってしまうほど白くて眩しくて、だけども、だからこそ、幼かった頃、両親がいた頃の真っ白だった自分を思い出せる。

 

(もっと………もっと知りたいな、君のこと)

 

 最初は、謝らなきゃ。次に、仲良くなりたい。Lv.1だと知った時はその強さの秘訣を知りたいと思った。

 でも今は、ただこの少年………ベル・クラネルについて知りたいと、そう思った。

 君は、どんな物語が好き?

 家族との思い出は、何が印象的?

 好きな食べ物はなんだろう。

 お母さんはどんな人だった?

 知りたいな、色々。話してみたい。

 

「? どうかしました?」

 

 その視線に気付き、微笑みを向けてくるベル。無遠慮に眺めていた気恥ずかしさから慌てて顔をそらすアイズ。

 周りの恋人居ない冒険者達から黒いオーラ。と………

 

「動いた、来るぞ!」

「っ! い、行ってくる!」

「はい、お気をつけて!」

 

 見張りの叫び声。響くモンスターの咆哮。

 18階層にてモンスターと冒険者の戦いが、今始まる。




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